ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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49.表と裏

 それから数日後、俺はレインとともに75層主街区コリニアにある、ローマのコロッセオのようなところに来ていた。というのも、ヒースクリフとキリトがデュエルすることになったらしい。今や攻略組トップといってもいい二人がデュエルするとなれば、自然と耳目は集まる。それは分かる。が、

 

「はーい、串焼き一本200コル!安いよー!」

「バタービール一杯100コル!味は保証するよー!」

「勝敗予想はこっちだよー!一口10コルか、一発儲けようぜぃ!」

 

「・・・何でこんなお祭り騒ぎになってんだ?」

 

「なんかね、KoB側の経費回収と、こういうお祭り騒ぎが最近なかったプレイヤーの要望と、いい加減ネタが尽きかけてきたマスコミ陣営の利害が一致した結果なんじゃないか、って、エリーゼさんが」

 

「あー、なるほどな」

 

 俺の疑問に、既に答えを出していたエリーゼの理屈に納得した。ましてや主役は有名人なのだ、どうあっても話題にはなる。何より、傭兵としてあれこれいろんなプレイヤーを見てきたりしているエリーゼの分析は的確である場合が多い。今回もきっとそうだろう。

 

「さて、どうする?」

 

「観客席行かない?」

 

「そうだな」

 

 レインの言葉で移動しようとした矢先、俺たちに声がかかった。

 

「あー、お二方もいらっしゃっておりましたか」

 

 声のほうを向くと、たいそうな腹をお持ちな男がいた。確か、

 

「ダイゼンさん、でしたっけ」

 

「そうです。覚えてもらっていてうれしいですわ」

 

「で、何か用事があったんじゃないですか?」

 

「ああ、ワシとしたことが。

 いやはや、前座でもう一つ、大きなデュエルをやろか、という話が、急に持ち上がりましてな。となると、ビジュアル的にもうちの副団長さんに協力を願ったんですがな、旦那さんと一緒にいたんで、ま、拒否された、ということにしようかと思いましてな」

 

「長い。三行」

 

「前座っちゃあなんですが、デュエルしてもらえやしまへんか。何せ、攻略組を支えてきて、ここ一番で復活した鬼神コンビ。そのデュエルとなれば、客目は集まりましょう。・・・前座、というのが申し訳ありませんが、後程報酬はお渡ししますし、今日の席は特等席をご用意します」

 

 俺の端的な要求に帰ってきたその言葉に、俺はレインと顔を見合わせた。お互いの顔に、どうする?と書いてあった。

 

「私としては、場所はともかく、久しぶりに手合わせしたいとは思ってたから、願ったりかなったりですけど・・・」

 

「OK、なら決まりだ。

 ダイゼンさん、その代りひとつ条件。報酬は直接もらいに行く。その時に、クラディールっていう団員について、本人には内密にして情報をもらいたい。頼めるか?」

 

「ええ、そのくらいお安い御用ですわ。こっちです」

 

 そういって、腕で指し示す。そちらに俺たちは歩いて行った。ダイゼンさんの言葉が真実なら、おそらくそこまで時間的余裕があるわけではないだろう。

 

 

 

「こうしてじゃなくても、デュエルするのって久しぶりだな」

 

「そうだね。戻ってきてからデュエルしてないもんね」

 

「前はちょくちょくやってたんだがな」

 

「その時から全然勝てなかったけどね」

 

「あの時とは状況が違うだろ。もう俺のほうがレベル低いし」

 

「まあ、ね。でもその代り、PoHとかザザとかとPvPの練習してたわけでしょ?」

 

「それは、そうだな」

 

「なら、そういう意味じゃ負けるかもね。悔しいけど、あいつらはPvPに関しては強いだろうから」

 

「そんなこと言ったら、こっちこそ。俺のほうがレベル低いからな」

 

「レベルがすべてじゃないでしょ?」

 

「ま、そうだけど」

 

「手加減したら怒るからね」

 

「誰がするか。てかできるか」

 

 そう言いつつ、手を出す。意図を察して、レインも手を出して、何も言っていないのに示し合わせたように二人の手が中間で鳴る。

 

「お二人かた、そろそろお願いします」

 

 KoBの伝令役の声で、俺たちは決闘場に入場した。そこから見上げた観客席は、想像以上に人が入り、熱気があった。

 

「こうしてみると圧巻だな」

 

「本当にちょっとしたお祭り騒ぎだね」

 

 俺たちも、その光景と雰囲気に思わず圧倒される。だが、やることは同じだ。

 

「さて、いつも通り、お互いの剣先が当たらないくらいの距離で、初撃決着モード。時間制限は、今回は無し。それでいいな?」

 

「うん、いいよ」

 

「よし」

 

 そういうと、俺は幻日を抜いた。レインも、自身の剣を抜く。切先を落とした、細身の剣。一目で業物だと分かる。あの後リズに打ってもらった、と言っていた剣だ。名は確か、

 

「フェアーソード、だっけか。こうしてみるのは初めてだな」

 

「すごくいい剣だよ。素直で扱いやすくて」

 

「そうか。さて、このくらいか」

 

 そういうと、俺は幻日を左手にいったん持ち替え、メニューを操作する。少しして、空中に60のカウントダウンが始まった。それを見て、俺は幻日を再び右手に戻して、オニビカリを抜き放つ。

 

「最初から二刀で行くんだね」

 

「お前さん相手に、手加減も隠し玉もいらんだろう」

 

 何より、隠すような手札がない。俺は右手を正眼に、左手は手元に、胸元に剣先が来るような構え。対するレインは、剣道の中段に似た、少し俺から見て左側に剣を傾けた構え。左手は体側。仮にもお互い相棒だ、手札はある程度以上に読めている。ここの駆け引きは実質無意味として、お互いあえて一番考えられる攻撃パターンが多い手札を切った。

 カウントが10を切る。

 

「行くぞ」「行くよ」

 

 同時に俺たちがつぶやく。カウントダウンが終わった瞬間に、俺たちは同時に踏み込んだ。俺はあえて胸元に寄せたオニビカリで押すよう斬りかかる。レインは左手で柄頭を軽く押しつつ、右にステップして軸をずらしつつ俺の攻撃をいなす。直後にその陰から右手で振るった振り上げは横のステップで躱す。左手での俺の追撃はバックステップしつつ距離を取る。すかさず追撃に入る俺に、レインは逆に踏み出しつつ突きを見舞う。ほんの少しの体捌きで躱し、あえて急ブレーキから、刀を握った手でバク転の要領で繰り出したサマーソルトキックで得物を弾きにかかる。が、これはレインが素早く得物を引き戻したことで躱される。着地でしゃがんだ俺には薙ぎ払いがお見舞いされるが、これに関しては逆に着地時に交差させた腕を利用して、居合の要領で二段の飛び上がりの斬り上げで攻勢防御。これは素早いレインの太刀捌きでいなされる。降り際に二刀同時の振り下ろしはバックステップで躱される。そこまで読んでいた俺は、着地と同時に二刀で交互に4回突きを見舞うが、これは下がりつつの回避しつつ両手でいなされる。ただし、最後の一太刀はいなしつつ前進し、斬りかかる。最後のいなしの構えを見た時点で俺はすぐさまに相手の意図を読んで、右手の刀を盾にレインの拳を防御しつつ後退する。続いてきた相手の袈裟を、左手でたたき落とし、続く右手の胸元への突きは左手でいなしつつ後退され、お互い距離を取る。仕切り直しだ。

 

「お互い、なまってはいないようだな」

 

「そっちこそ。隙あらば攻める姿勢、変わってないね」

 

 構えたまま笑い合う。だがその目は一厘たりとも笑っていない。

 ここまで、レインは突きを多用している。突き技というのは、ピンポイントで攻撃できるので当たり所さえ正確にコントロールできれば、一撃で比較的高い威力を、しかも簡便に得ることができる。だが、その反面、当てづらく躱しやすい。あえてそれを細身の剣で正確にやってのける技量には舌を巻くばかりだが、それだけの技量があってなお、ここまで突きを多用する理由が読めない。何より、突きはモーションが独特で読まれやすいわりに、引き戻してから次の動きにつなぎにくい。かといって突きっぱなしから薙ぎ払いにつなげても牽制程度にしかならない場合も多い。これに関しては腕を伸ばした状態では始動位置の違いやら力の入り方の違いやらが影響するからだ。あと、左手をほとんど防御に使っていることも気になる。俺の記憶が正しければ、彼女は俺と同じで、片手がフリーになったら、拳による体術をフル活用した攻撃をやってくることが多い。ましてや俺は今二刀。彼女の体捌きを見れば、鎬の部分をわざわざ触れるというリスクを冒すより、普通に躱したほうが幾分楽だ。となれば、次は薙ぎ払いを多く使った打ち合いか。と、俺は読む。

 再びの踏み込みと同時に、レインは突きを放つ。左手でいなしつつ、あえてそのまま左手で切り返しつつ左手を狙う。下がりつつこれは回避し、切り返した左手はかがんで回避。右手を封じる狙いを読み、拳の警戒もかねて少し後退する。その隙を逃さず、すかさずレインが追撃に入る。それを読んでいた俺は、刀を納刀してわき腹にあるホルスターからスローイングタガーを抜いて投げる。が、これは先に足の前に構えられたレインの剣で防がれる。突進のエネルギーも載せた振り下ろしは、あえて飛び込みつつ放った掌底で攻める。当たった感覚は確かにあったのだが、

 

(浅い・・・っ)

 

 当たる寸前、自分で後ろに飛ぶことで回避していた。それは、俺が掌底に込めた力の割に大きく吹き飛んだことが証明している。今の攻めは我ながら結構意表をつけたと思ったのだが、とっさの反応は攻略組に長くいたせいか。その手のステータス的な意味での速度は相手のほうが見慣れているはずだ。限界速度域での戦闘は向こうのほうがいろんな意味で上手(うわて)。できるだけPvPの範囲内で戦うことがこちらの勝利条件の一つだと思っていたのだが、少しそれは訂正する必要がありそうだ。

 小太刀を右手に持ち替える。右手を前に出して少し斜めに、左手は胸の前に構える。それは、かつて俺が刀のみを使っていた時の構え方。今でこそ小太刀との二刀流と使いこなす俺だが、オニビカリの鞘づくりの時もそうであったように、この構えもまだまだ現役として使える。二刀でブレイクポイントが作れないのなら、片手をフリーにさせてみればいい。それだけの発想だ。あえてそのままにじり寄るようにして踏み込むと、フェンシングのように少しだけ軸をずらすように突く。滑り込むような、間合いを図り辛い突き方を意識したつもりだが、レインはなんということはないといった風に体をひねりつつ躱しながら左の拳をねじ込んでくる。素早く回転して腕を取り、そのまま腰を落として無理矢理投げる。投げると言っても振り回すといったほうが適切な投げ方だ。体勢が崩れたところに、さらに投剣を()()()素早く投げる。すでにオニビカリは逆手で納刀していた。これは予想通りというかいなされる。が、そこまでは俺の想定通り。俺の予想通り、レインはセオリー通りいったん距離を取り、一気に距離を詰めつつ勝負を決めに来た。ならば。

 

「―――ライトウェポンチェンジ、“白波”」

 

 ぼそりとつぶやく。高速武器換装で右手の刀を幻日から白波に変える。あまり使わないが、こうやって一部の武器だけを変えることも可能だ。その場合、変更のボイスコマンドは装備している側を指定する。つまり、今回、幻日は右手装備扱いだったので、ライトウェポンになる、という理屈だ。

 そのまま柄に添えた手を抜き放つ。元から剣道の脇構えは、その刃の長さが見切り辛いことが大きな利点とされていた。ましてや、先ほどまで対峙していたのは刀よりさらにリーチの短い小太刀(オニビカリ)で、今変更したのは野太刀(白波)。レインはその間合いの変化に対応できず、俺の刃は過たずその首をとらえた。躱して完全に断ってはいないものの、想定通りクリティカルヒット扱いになり、俺の勝利となった。斬られたことと無理な回避を行ったことで崩れ落ちたレインは、思わず拳で地面をたたいて悔しがりつつ、俺に抗議した。

 

「やっぱり反則じゃないそのスキル!?」

 

「取得条件が厳しいってだけで誰でも習得可能らしいぞ」

 

「いや、そうじゃなくて。ほとんどノーモーションで武器入れ替えれるとか、突然間合いが変わるってことじゃん!」

 

「つっても、これをそもそも使いこなせるだけの技量があれば、の話でもあるんだがな」

 

「それを使いこなせるだけの技量があれば厄介この上ないんだけど?」

 

「それは、まあ、俺だし?」

 

「まったく、それが問題なんだけど」

 

 俺の半分開き直ったようなコメントに、レインは半ば以上に呆れたようなため息をついた。

 

「さて、最後のファンサービスだ。観客に軽くてでも振ってさっさとおさらばと行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 そう言って、俺はレインに手を差し伸べて笑いかける。素直に俺の手を取って立ち上がったレインと俺は並んで観客に手を振った。

 

 

 

 

 ダイゼンさんは約束をきっちりと守ってくれた。特等席の言葉に偽りはなく、きっちり双方の動きが見える位置にいた。加えて、座る席も快適そのもの。お互い、不満はなかった。

 試合展開は、思った通りというか、キリトの猛攻を冷静に受け流すヒースクリフという展開で進んだ。見た目にはキリトが優勢だが、こうも完璧に受け流されると一概にそうとは言い切れない。二刀流は確かにそのラッシュ力こそ魅力だが、それ相応に消耗もすれば区切りの隙も大きいはず。それは、変則といえど同じ二刀を扱う俺だからわかる。消耗しやすい戦術に消耗戦を強いらせるというのがおそらくヒースクリフの狙い。現に、ヒースクリフから若干余裕がなくなりつつある。それを見切ってか、キリトがソードスキルを繰り出した。その光は、あの時フロアボスに繰り出したのと同一のそれ。最後の一撃の前、ヒースクリフの防御が抜かれた。

 だが。その直後。()()()()()()()()()()()()()。それで最後の一撃をぱりぃされたキリトは、その直後の反撃できっかりとクリティカルをもらい、決着。

 

「なあ、レイン」

 

「やっぱり、気のせいじゃないよね?」

 

「あんな気のせいあってたまるか」

 

 正直かなり怪しいが、今はそれしか疑う要素がない。確定にするにはあまりに情報が少なすぎた。

 

「今のところは頭の片隅に置いておくのがせいぜいだな」

 

「・・・そっか。なら、私もそうする」

 

 そんな会話を最後に、俺たちはその場を去った。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。

フェアーソード
元ネタ:テイルズ武器、使用者:ミラ=マクスウェル(TOX)
 ミラのパッケージ武器。細身の直剣。ググるとグラブルばっかり出てきますが、そのくらい代表的な武器。TOXの続編であるTOX2において、とある重要なストーリーの船内においてこの武器が宝箱からドロップします。その直後、なぜこのタイミングだったのかを知ったときに、比喩でもなく鳥肌が立ちました。
「―――その剣を、貸してくれるか」

 あけましておめでとうございます、なのかな。といっても、これを投稿しているのは、まだ2017年の前半も前半なので、全くその実感がわきません。果たしてこれ投稿されるころの自分はどうなっているのだろうか・・・。

 今回はデュエル回でしたね。サブタイトルに関しては、まあ、例によって例のごとくエスコンですね。英語のセリフを直訳したものから抜粋しました。どこか分からないって人は、没サブタイトルが「ZERO」とかだった、というと大体見当つくのではないでしょうか。
 実はこれ、実はもっと早く決着がつく予定だったのですが、あんまりあっさり過ぎた上に、彼のPvPの極意がなかった。なので、彼にしかできないだろう、PvPの技術ということで、こういう結末にしました。
 いまいち最後の展開がピンと来ていない方のために解説しますと、打刀は大体刃渡り70cmくらいを想定しています。で、白波はめっちゃ長い刀です。個人的に想定している刃渡りは150cm以上。わからない人は「Fate 佐々木小次郎」で画像検索すると分かりやすいかな、と思います。Fateの佐々木小次郎が身長176cmらしいので、画像を見ればその長さがよくわかるかと。突然武器の長さがそんなに変わったら、いかにレインちゃんといえど対応しきれないのも無理はないです。が、それ以前に、それほどの長刀を正確に片手で振るえるロータス君が規格外ともいえましょう。
 脇構えがよくわからないという人は、一般的な居合の構えから、抜刀済みにして刀の位置を左右逆にした状態と考えればわかりやすいかな、と思います。Fate/Stay nightが分かる人なら、青セイバーがよくやってる腰に構えた状態が近いですね。もっと剣先がまっすぐ背中側に抜ける感じです。
 そして、目の前でこれを見れたことにより、二人があの事実に何となくでも感づきます。ま、これがないとSAOif編ラスト付近で進めなくなりますんで。

 次はユイちゃんのお話です。書きながら、原作と大きくストーリーが逸脱したなぁと思っていたストーリーになっております。お楽しみに。

 ではまた次回。

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