それから数日後。俺は血盟騎士団の本部に来ていた。例の報酬を受け取るためだ。応接室に通されてから少しして、でっぷりした巨漢のダイゼンが入ってきた。
「お待たせしましたな、ロータスさん。まず、こっちが金銭的な報酬ですわ」
そういわれて、目の前には麻袋が現れる。中に入っていたのは、ちょっと俺の想像を超えるレベルの臨時収入だった。
「急だったこと、また、かの鬼神の決闘を見られたこと、勝手に見世物にしたこと。それらを勘案して、前線での狩りの収入から算出した金額です。不満ならお出しできる範囲で追加します」
「いや、十分だ。で、情報のほうは?」
「こちらに書面でまとめました」
そういって、ダイゼンさんは羊皮紙と思われる冊子を取り出す。それをこっちに渡しながら、さらに言葉を続けた。
「ですが、簡易で口頭説明させてもらいます。
彼は、そこそこ前からのKoBメンバーですわ。加入時期からして、ラフコフとは関係がないだろう、というのはすでに調査が出ておりました」
だろうな。その辺はラフコフ主要幹部四人が口を酸っぱくして跡がつかないように言っていたからな。どうやらかなり真面目にそれを遂行していたらしい。
「ラフコフ討滅戦にて、犠牲は出ましたが、ラフコフメンバーの一部をキル、および捕縛に成功しました。これに関しては、釈迦に説法、という奴ですな」
「ああ。何せ当事者だからな」
「重要なのはその後です。あなたの処遇に関する打ち合わせと並行し、これ以上攻略組がPKされたりすることによるボスレイドの損失は防ぎたかった。そこで、KoBは幹部陣にそれぞれパーティプレイを勧告しました。あくまで
「それでか。クラディールの名前を聞いたのは、俺の知り合いの店にアスナがそんな名前のプレイヤーを連れてきていた、って言ってたからなんだ」
当然ながら、もっと早くからクラディールのことは知っている。だが、改めて知ったのは知り合いことエギルの話を聞いてからだ。知っていても、名前を最近聞いた、という点で、嘘はついていない。
「ああ、それはこっちにも報告が上がってます。黒の剣士殿と夕食を楽しんだ、と」
「あー、そういえばあいつ、ラグーラビット手に入ったって言ってた、って言ってたっけな」
「そうらしいですな。かのSS食材、私も口にしたいもんですわ。・・・っと、話がそれましたな。
ある程度お察しの通り、アスナさんにも護衛が付くことになりました。特に彼女はあの美貌ですからな、逆ハニートラップのような真似は、まあ、本人の性格的に引っかからんとは思いますが、念のため、というものもありますんで。で、そこに立候補したのがクラディールだった、っちゅーわけですわ。もともとアスナさんの、一種の、シンパというか信者というかおっかけというか、ま、そんなとこだったんで、危害を加える恐れもなかろうと幹部陣もこれを承認、今に至っていたんですわ」
「至ってい
「そう、至ってい
過去形になっていることに気付いて指摘すると、ダイゼンさんもそれを大きく肯定した。
「ですが、その翌日、黒の剣士とコンビで攻略に繰り出すことになったとき、彼が・・・」
そこで一瞬ダイゼンさんが言いよどむ。大体何を言いたいかは分かってはいるが、さすがにおおっぴろげに自分のギルド員の悪口を言うのは憚られるらしい。案外いい人なんだな、とぼんやりと思った。
「隠さず言いましょう。ストーカー化してたことが露見しまして。黒の剣士さんなら、アスナさんともお似合いだし、実力も申し分ない。クラディールがその体たらくなら、護衛の交代はやぶさかではない、という判断になりまして。しばらく謹慎になっとったんです」
「なっとった、って、これまた過去形ですか」
俺の再びの指摘に、ダイゼンさんは頷いた。
「このまま
その言葉に、俺は椅子を蹴倒した。突然の俺の行動にダイゼンさんが面食らう。
「それは、どこで?」
「え、74層の迷宮区で行うと聞いとります」
それを聞いて、すぐさま俺は転移結晶を取り出した。無礼は承知だが、今はそんなこと言っていられない。
「すんません、ダイゼンさん。用事が出来ました。―――転移、カームデット」
前、ちらと聞いたことがある。こういう緊急時の応対に備え、KoB本部はあえて、本部によくある結晶無効化を行っていないらしい。だからこそ、俺は即座にこういう対応をしていた。即座に俺はアスナにボイスチャットをつないだ。すぐにチャットはつながった。喋りながらメニューを操作して、魔物避けの香水を取り出す。
『ロータス君、どうしたの?』
「アスナ、時間がないかもしれんから単刀直入にいくぞ。今どこにいる?」
『KoBの本部だけど、どうして?』
「今日のキリトとクラディールに関しては?」
『知ってるわ。参照してる感じは特に何も―――ちょっと待って、なんでロータス君がそれを?』
「事情は後だ、時間が惜しい。キリトは今迷宮か?」
『その前のフィールドにいるみたい。ここは・・・峡谷に入って少ししたところじゃないかな』
峡谷エリアは、森エリアの前に位置する。となれば、今追撃に入れば追い付く目は十分にある。
「了解した。俺が先行する、アスナも後から来い」
『ちょっと待って、本当にどうしたの?』
「さっきも言ったろ、時間が惜しいんだ。切るぞ」
『え、ちょっ―――』
チャットを切断しながら、魔物避けの香水をつけ、走る。迷宮区でやるというのなら、大体の方向はわかる。問題は峡谷エリアのどこにあいつらがいるか。フレンドの表示だけではそこまで追跡するのは不可能。ならば、自力で読むしかない。だがそこはそれ、俺の実力でカバーする。
峡谷である以上、侵入点は限られる。その性質を利用し、あらかた先に目星をつける。そのあとはしらみつぶしだ。あらかじめ索敵スキルのModである追跡機能を起動しっぱなしで走り続ける。隠密スキルを使われると効果範囲が狭まるが、パーティを組んでいるときにわざわざ隠密スキルは使用しないはずだ。
ある程度走ったところで視界に足跡が反応した。追跡機能に反応があった証拠だ。一気に方向転換して走る。ひたすら走る。キリトたちに追いつく寸前に、メニューで装備を操作。装備を山吹色系の色にする。周りが砂色に近い色だから、このような色だと隠密にボーナスが乗る。何とか追い付いたとき、キリトたちは休憩に入っていた。クラディールから水が全員に配られ、メンバーが飲む寸前に、クラディールの顔がはっきり見えた。走りながら一気に矢をつがえ、急停止の慣性を利用して、強く弓を引く。素早くキリトが飲もうとした水瓶を撃ち落とす。と、クラディールが驚いたような顔をした。が、このパーティのリーダーは一足遅かった。麻痺にかかって崩れ落ちた直後に、キリトが叫ぶ。
「結晶を使え!」
その言葉に、パーティリーダーが動かない腕をポーチに伸ばす。一瞬でメニューを操作しつつ、弓に矢をつがえ放つ。その矢は、ポーチをおそらく蹴とばそうとしたクラディールの足元に突き刺さった。
「回復を阻害する行為をむざむざ俺が見逃すと思うか?」
何か別途目的がない限り、回復を阻害するのは基本だ。敵の戦力を苦労して削ったのに、その苦労を水泡に帰すような真似をむざむざ見過ごすなんて言う愚は犯さない。俺にクラディールの意識移っている間に、パーティリーダーが麻痺を回復した。体の自由が戻ったことを確認してから、パーティリーダーが問いかけた。
「クラディール、どういうことだ。この水はお前が調達したはず・・・!」
「簡単だ。その水に麻痺毒を入れたんだろ。その手のノウハウなんざ、麻痺のスペシャリストたるジョニーにかかればなんとでもなるからな。で、それをそのまま教わった通りに実行した。
―――そうだろ、ラフコフの残党さんよ」
俺の推理に付け加えられた一言に、場が凍り付く。それは、言われた本人であるクラディールもそうだった。
「それを覚えているなら、なんで、あなたは・・・!」
信じられないというようなクラディールの問いかけを、俺は一笑に付した。
「ハッ、この期に及んで、俺の目的が読めてねえのか?それとも、分かったうえで目を背けているのか。どちらにせよ、愚か者の一言に尽きるな」
「どういうことだよ。クラディールが、ラフコフの残党って・・・!」
「そのまんまの意味だ。クラディールは、グリーン側の情報源として、ラフコフの仲間だった。俺が討ち漏らしてた。それだけだ」
俺のあまりにあっさりしたコメントに、違う意味で周囲が凍る。
「でも、なんでこんなことを・・・」
「こいつが、アスナの信奉者だからだ。それこそ、ストーカー化するレベルの、な。それは、お前もよく知っているだろ。何せ、本人から聞いただろうからな」
「・・・そばにいる俺が邪魔だった、ってことか・・・」
「ま、端的に言っちまえばそういうことになる」
あわよくば傷心のアスナに取り入ろうとした、ってところもあるかもしれないが、とにかく第一目標はキリトの排除だっただろうことはまず間違いない。ここまでしゃべったところで、俺の索敵に反応があった。
「っと、ようやく来たようだな」
そういって、道を開ける。そこには、非常に険しい顔をしたアスナがいた。
「あ、アスナ様・・・」
「事情は聴きました」
「え・・・?」
「俺はちゃんと言ったはずだ。PvPでは、どれだけ多くの情報をつかめるかがキーになる。俺は会話をしながら、時々メニューを触ってたろ。その時に、アスナにボイスチャットを開通しておいたんだよ」
その言葉に、クラディールの顔が若干青ざめる。完全に俺の術中にはまっていたということに、ようやく気付いたのだ。
「ちなみに、トリックを明かすくらいで俺はボイスチャットを有効化していた。ぶっちゃけ、こんなに早く到達するとは思ってなかったが」
これは本音だ。俺にとって、今の種明かしは時間稼ぎで、それ以上でも以下でもない。俺が喋っていた時間など、時間にすればたぶん数分。下手したらカップラーメンすら作れない時間だ。よもやこんなに早い到着だとは思ってもみなかった。が、
「ま、俺からしたらこれはうれしい誤算なんだけどね。
で、どうする、こいつ」
視線はクラディールに固定したまま問いかける。念のためというか、手は太ももにある投げナイフホルダーに添えられている。射撃のほうが攻撃面では上回るが、こういうとっさの使い勝手はやはり投剣のほうがいい。
「こればかりは会議にかけたほうがいいと思うわ。でも、とりあえずは監獄に送るのがいい、かな。
ロータス君は・・・、って、聞くまでもないわね」
「おう、そういうこった。だから、なんか意見があれば、って思ったんだ。が、困ったな、回廊結晶のストックがねえんだ」
「て、ことは・・・」
「監獄エリアに行くには、こいつをここで縛るほかない。それか、・・・いや、やっぱ却下」
「やっぱ却下、の内容が知りたいのだけれど?」
「・・・アスナにハラスメントコードを発動させる」
言いづらいが、そういいだすと、アスナは軽く身を震わせた。
「だよな。なら―――」
言い切る前に、俺は少しだけ手を滑らせ、腰のホルダーから投げナイフを一本取りだすと、小さいテイクバックで放る。それはクラディールが躱すも、その直後に俺が間合いを詰め、いつもは使わない背中の矢筒から一本抜きとって一閃、躱されることを読んでいたので、そのままつがえて放つ。今度は避けきれずに刺さった。そのままマウントを取ると、アスナにアイコンタクトした。その意味を正しく理解したアスナは、手早くクラディールを縛った。
「殺さないのね」
「前の俺だったら殺していた。俺が殺しをしたら悲しむやつがいるんでな」
俺の答えに、アスナはどこか意外そうな顔をした。だが、俺からしたら当然だ。あそこまでしてくれた相手に義理立てしない理由はない。
この後、クラディールはKoBを永久追放、死刑がないこの世界における極刑である無限役を言い渡された、というのは、あとからアルゴ経由で聞いた。
はい、というわけで。
今回はクラディール処理回でした。どうしようか迷った挙句の果ての解決方法がこれだよ。いやはや、自分でもなんというか、これでいいのかなぁなんて思ってました。が、作者の場合悩んで悩み抜くとかえって大変なことになるんで許してつかぁさい。
ダイゼンさんに関しては本当にただただイメージです。関西弁とかもこれ似非になってますね。
ここはifルート最大の違いですね。いくら相手がラフコフの残党でも、今死ねすぐ死ね骨まで砕けろにしないあたり。
さて、次はユイちゃん回ですね。どうしようかと考えるのに苦労しました。大体そういうのは変なことになっていることが多いのですが、果たして。
ではまた次回。