ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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※後半に向けて、ブラックコーヒーを用意しておくことをお勧めします。


53.凶報

 それから少しして、俺はレインとエリーゼを呼び出していた。というより、レインに頼んで、三人でレインの家に集まっていた。というのも、あの後、一応教会のほうにもあいさつに行き、キリトたちにもこっちの事の顛末は話した。その時に、二人が保護していたユイちゃんがいなくなっていたのだ。アスナは「おうちに帰った」と言っていたが、明らかにそういう感じではなかった。絶対あれは何かを隠している。こっちも、あの後軍の内情がどうなったのかは知りたいし。

 

 三人集まったところで、レインが三人分の飲み物を出した。今回は今まで出していた品ではなさそうだ。ま、それはどうでもいいことだ。

 

「で、どうなったんだ、あの後」

 

「って、いうのは?」

 

「あの、ユイちゃん、だっけ。キリトとアスナが連れてた女の子のことだ。あいつらは何を隠してる?」

 

 俺の言葉に、エリーゼははっきりと言いよどんだ。言いづらいことなのか。

 

「んー、先に言っておくけど、びっくりしないでね。それから、今から話すのは、私が勝手に分析した推論を多く含む、ってことを念頭に置いておいてね」

 

 なんだそりゃ、と思ったが、その次の言葉でその意味がよく分かった。

 

「ユイちゃんはね、MHCPだったの」

 

「MHCPって、ストレアと一緒、ってことか?」

 

「そ。あれから少しして、依頼の帰りにセルムさんに会いたいって思いながら、森のマップを歩いてたの。そしたら、テイミングできないモンスターなのに非好戦的(ノンアクティブ)な奴が出てきて、ついていったらセルムさんに会えた。そこで、改めてストレアさんについて聞いたんだ。その時に、改めて、元は同じMHCPだったストレアさんの状態について、いくつか確認したの。それも踏まえて、あれこれ推察してみた。

 まず、彼女らMHCPは、本来は文字通り、私たち、プレイヤーの精神的健康状態―――メンタルヘルスを観察して、極限状態に陥ったプレイヤーの前に現れて、カウンセリングを行うプログラムだったの。おそらく彼女たちには、いわゆる病んだ状態の人の、更生成功例データや、逆の悪化した事例の膨大な量のデータがプログラムされていて、個人個人に合わせて適切なカウンセリングを行うプログラムだったんだと思う。現代のAIっていうのは、一言で言ってしまえば、とんでもない量の条件分岐の塊だからね」

 

「条件分岐?」

 

「ある一つの命題に対し、イエスかノーかによって行動を変えさせるプログラムの事。例えば、あるロボットに直進しろって命令を出して、壁があるかないか、って条件分岐を出して、無いならそのまま直進、あるなら、高さを見極めて、乗り越えるか避けるかを選択させる。これも一つの条件分岐を使ったプログラムの例だね。つまり、今回の場合、精神的な問題の根底を、おそらく簡単な問答から、その膨大な条件分岐の末に導き出して、解決の手段を探るプログラムだった、と考えられるわけ。

 でも、ここで一つの問題が発生するの。意図は不明だけど、彼女たちは、この世界の基本プログラムからの命令で、プレイヤーとの接触を禁止されてしまった。精神的に限界のプレイヤーがどこにいるかを知っていて、しかも力になれるのに、力になることを禁止された彼女らは、大量のバグを蓄積させていった。その中で、彼女たちは、あるイレギュラーともいえるプレイヤーたちに焦点を合わせる。悲愴でも絶望でもない、温かい感情。それを持った二人。そして、どんな状況であっても、自身の根幹となる感情パラメータをほとんど変動させない一人のプレイヤー。彼女たちは、その三人を重点的に監視し続けた。前者の二人は、キリトとアスナ。そして、後者は―――」

 

「俺か」

 

 俺の言葉に、エリーゼは頷いた。自分でもわかっている。あんな状態なら、狂ってもおかしくない。実際、遊び半分でラフコフに入って、最初は何ともなくとも狂っていったやつらを、俺はこの目で見てきた。そのあたりのやつの一部は、せめてもの慈悲、そして俺の目的のため、首を落とした。そんな中でずっと、俺は目的のためと、悪行をいくつも見逃したし、俺自身もこの手を血で染めた。自分でも、そんなことをずっと続けて正気でいられてよかったと思っている。一歩間違えば、確実に俺は血に渇いた獣になっていた。

 

「で、ストレアさんは、CBTで使われたけど正式サービスでは使われてなかったアバターを使って、強引に外に出た。でも、そうなったら、今度は対象のプレイヤーがどこにいるか分からず、放浪することになった。プレイヤーアバターを使ったから、システム的には一応プレイヤー扱いになっちゃった、その弊害だと思う。そんなところを、セルムさんに見つかった、ってわけ。おそらくセルムさんは、かなりイレギュラーなプログラムだったんだろうね。で、今は彼の保護下にある。そのおかげで、消滅を免れた。最も、バグはそのままだから、あのままだと、私たちがあったような、お人形状態のままだろうけどね。

 

 ユイちゃんの場合は、とにかくキリトとアスナに会いたい一心で、今キリトたちが暮らしている家の近くのコンソールから外に出た。けど、あまりにバグが多すぎて、幼児退行と記憶喪失を起こした。そんなときに、キリトたちに保護されて、あの協会に来た、ってわけ。

 ユイちゃんがこれを思い出したのは、あの地下ダンジョン内に、システムコンソールがあったからなの。で、そこに触れて、すべての記憶がフラッシュバックした。私らがそんなこと起こしたら、確実に頭痛で気絶コースだけど、彼女はもともとプログラムだから、そんなこともなかったわけ。で、プログラムとしての力を使って、私たちの窮地を救った。それによって、例の基本プログラムがユイちゃんに気付いた。ユイちゃんに対するファイルチェック、バグ認定されて消去されるまでの数少ない時間を使って、彼女は自分の事を話してくれたの。消去される寸前、キリトが、そこに絶対GM権限が介入するはずだから、割り込んで、ユイちゃんというプログラムをパージできるんじゃないか、ってことに気が付いた。で、その気付きに私が気付いて、何とかユイちゃんのパージに成功した。ユイちゃんは、キリトのナーヴギアのローカルメモリに保存されてる。

 

 これが、あの日、地下で起きたこと、それからMHCPに関しての考察」

 

 そこまで言い切ると、エリーゼはほんの少し冷めた飲み物に口をつけた。いやはや、分かることにはわかるが、にわかには信じがたい話だ。でも、しっかりと一本筋は通っている。

 

「そうか。で、軍はあの後どうなった」

 

「それに関しては、私が説明するね」

 

 俺の質問に対し、今度はレインが答える体勢になった。目線で促すと、一つ頷いてレインは続けた。

 

「あの後、君が取った手段も相当に強硬だったけど、そもそもがキバオウさんが強硬策っていうか、そういう手法に出なければそんな事態は発生しなかった、って結論になったの。まさにあの時君が言った、“目には目を、歯には歯を。外法には、外法を。先に道を外したのはそちらだ”って言う言葉が、そのまんま周囲の賛同を得たらしいね」

 

 なんと。正直ただの思い付きで言った言葉が、説得のキーワードになってしまうとは。言うは銀、沈黙は金だな。

 

「ま、でも、今の状態、キバオウがいなけりゃ軍がまとまらないっていうのもまた事実。シンカーさんは文官タイプだから、将軍にはなりえないしね。だから、副リーダーから部隊長の頭に降格させられたの。この立場は、システム的なものではないから、また同じようなことをしたら、今度こそシンカーさんが黙ってないし、何より副リーダーの権限は別の人になったから、そんなことをしたらキバオウもただじゃいられない。だから、って言ったらなんだけど、キバオウもおとなしくしているみたい」

 

「ま、妥当か。腐っても鯛っつーか、あいつの現場指揮能力は俺も目の当たりにしてきたからなぁ・・・。あれは一朝一夕に身につくもんじゃない」

 

 現場では、戦場では、ほんの少しのことが死につながる。そんなことは珍しくない。陣形の選択。プレイヤーの状態。攻撃の予備モーションから推測される敵の行動。取り巻きのポップ位置、その強さ。武器の特性。間合いの長さ。それぞれが判断しなきゃならないこともあるが、指揮官の役割としてパッと思いつくだけでもこれだけある。キバオウ自身、最前線から離れて久しいだろうが、超が付くほどの大部隊の指揮能力という点で、キバオウには昔取った杵柄がある。いくら取ったのが昔でも、付け焼刃よりはよほどマシのはずだ。と、そんなことを考えていると、扉の向こうからでもはっきりわかるほど急いだノックの音が聞こえた。家主であるレインが席を立ち、出迎えに向かう。戻ってきたレインと一緒にいたのは、少し以上に意外な人物だった。

 

「あれ、ゲイザー?」

 

「久しぶりだね、ロータス君。それに、お二人も」

 

 その人物は愛想よくふるまおうとしていたが、どうも隠し切れない焦りが見られた。

 

「・・・何があった」

 

「どうした、とは聞かないんだね」

 

「あんたは仮にも情報屋だ、隠すことはうまいはずだろう。そのあんたが、ほんの少しでも焦りを見せてる。ということは、それなりの事が起こった、と考えるのが妥当だ。・・・違うか?」

 

「そう、だね。それなり、どころではない。

―――フロアボス攻略の先遣隊が全滅した」

 

 ―――その言葉に、その場の空気は凍り付いた。

 

「偵察に行って、全滅、か」

 

「ああ。第一報を聞いて、私なりに情報を集めてみた。フロアボスと交戦した先遣隊だったと思われる―――つまり、死亡したメンバーの武器、ステータス傾向、そこから推測される戦い方・・・どれも、攻略組の名に恥じない、高次なものだ。それに、タンクを中心とした、非常にバランスのいいパーティであったことも推測される。そのチームが、おそらくは5分程度で蹴散らされた」

 

「人数は?」

 

「10人だ。最も、偵察は20人で行われ、そのうちの半分を使ったから、まだそれが分かったらしいのだが」

 

「・・・一人30秒計算・・・」

 

 笑えない冗談だ。おそらく、交戦してからの時間だから、正味の戦闘時間で考えれば、一人当たり死ぬのにかかった時間は20秒、いや、もっと短いかもしれない。と、ここで、俺は一つのことに気付いた。

 

「あれ、そもそも、残りの10人は何してたんだ?」

 

「不測の事態に備え、扉の前で待機していたそうだ。最も、先行した10人が入った時点で、フロアボス部屋の扉は完全に封鎖された。鍵開けスキル、直接打撃など、思いつく手段の限りが尽くされたらしいのだが、全く扉は開かなかったらしい。転移結晶による離脱が行われなかったはずはないから、おそらくは結晶無効化空間であることが推測される。

 事態を重く見たヒースクリフは、既に長期休暇に入っているアスナ、キリトへの協力打診を決定した。君たちにも声がかかるはずだ。おそらくは、エリーゼさん。あなたにも」

 

「・・・ま、仕方ないわね。今回は存分に死合えるみたいだし、良しとしましょうか」

 

 エリーゼのその言葉に、ゲイザーはため息交じりの苦笑が漏らした。俺も、ため息をついてから言葉を吐き出す。

 

「俺からしたら、ここまで危険なボス戦は参加してほしくないんだけどな」

 

「自分も参加するのに?」

 

「俺からしたら、これが為すべきことだからな」

 

 それ以上でも、以下でもない。それだけだ。

 

 

 

 

 レインの家をエリーゼと二人で去ってから少しして、俺にメッセージが飛んできた。送信者はレイン。何だろうと思い開いてみると、「また後で家に来て」とあった。三人ではなく、何かサシで話したいことでもあるのだろうか。ま、とにかく、呼ばれたのならいくしかあるまい。

 

 

 その少し後、拠点で少し体制を整えてから、俺は改めてレインの家へ向かった。中に招き入れた当の本人は、少し緊張しているように見えた。

 

「どうしたんだ、改まって」

 

「うん、ちょっと、ね・・・」

 

 やはり、少し緊張しているように見える。というより、これは、

 

「焦らなくていいぞ。まだ時間はある」

 

「いや、今言わないと、もしかしたら言えなくなるかもしれないから」

 

 その言葉に、俺はある程度、どうしてこのタイミングだったのか察した。なおもどこか踏ん切りのつかない彼女に、俺は声をかけた。

 

「あー、なんつーか、こういう時、どうすればいいか分からないんだけどよ・・・。

 ・・・大丈夫だからよ。俺は死なない。お前も死なせない」

 

「でも・・・」

 

「だから、な。大丈夫だ。根拠はないが、その気概がないと、そもそもできるものもできん。

 んでもって、生きて帰って、リアルで会おうぜ」

 

 そういうと、俺が腰を下ろしている横に、彼女も座った。心なしか、少し距離が近いように感じるのは、気のせいだろうか。

 

「ねえ。少し、甘えていい・・・?」

 

「・・・ああ」

 

 その言葉で安心したのか、彼女はこちらに体を預けてきた。その肩を、俺はできるだけ優しく抱いて、とん、とん、とたたいた。

 

「ねえ。さっきの、本気?」

 

「リアルで会う、ってやつか?本気も本気、大まじめだ。

 だからよ。その言葉は、再会したときに聞かせてくれ」

 

 我ながら、小恥ずかしいセリフだな、と思った。できるだけ赤面させないようにしているが、果たして効果はいかほどか。と、レインが肩に頭をのせてきた。

 

「・・・約束」

 

「ああ、約束だ」

 

 きっと二人とも、今の顔を見られたら問答無用で抜剣案件だな。そんなことを考えてしばらく、彼女からは寝息が聞こえてきた。まだ若干幼さの残る顔に、アイテムストレージから大きめの毛布を取り出して、自分ごと掛けた。

 

 その後、俺も寝てしまって、翌朝二人して赤面したのは、また別のお話。

 




 はい、というわけで。

 今回は完全に説明回でしたね。だってこうでもしないとちゃんとこの辺説明ないんだもん。で、紫の彼女はif編だと重要キャラになりますので。

 今回の後半については何も言うまい。一応自分はワードを使って書いているのですが、その時のコメントに、
「この辺り、自分で書きながら砂糖吐きそうになった。なんだこれは(驚愕と困惑」
 って書いてありましたからね。一体どんな状態で書き上げたんだ当時の俺。

 さて、次は75層です。長かったSAOifもこれにてクライマックスです。

 ではまた次回。

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