蝶の谷での同盟が締結され、無事にフリーシアまで戻ってきた俺は、そのままの足で央都アルンの方向へ足を進めた。目的はもちろん、グランドクエストの攻略だ。
「でも、サービス開始されてから一回も突破されてないクエストなんて、どうやって攻略するつもり?」
「古今東西、この手の挑戦回数無制限の高難度クエストの攻略法なんて一つだろ。―――トライアンドエラーで、膨大なデータを積む。それだけだ」
「・・・脳筋」
「うるせえ」
そんなやり取りをしつつ、俺はグランドクエストに挑戦した。もちろん、いわゆる“死に戻り”をしているような時間はないから、少しずつのトライアンドエラーだ。その結果として分かったのは、
「あれ本当にクリアさせる気あんのか・・・?」
「予想だけど、あのまま行くと、天井付近では過剰なほどの数的戦力を投入してゴリ押すくらいしか手がない」
「俺たちには到底無理な真似だな」
そんな話をしつつ、横目で時間を見る。意外と長い時間ログインしていたことと、もう間もなくメンテナンスに入ることに気づき、俺は一旦ログアウトすることにした。
「んじゃ、俺はこの辺で落ちる」
「分かった。私はあなたのローカルメモリにいるから」
「ほいよ」
了承の返事を得ると、俺はログアウトの処理を行った。
現実世界で携帯を見ると、メールが届いていた。相手のメールアドレスに覚えはないが、件名に“至急 from elise”と書いてあった時点で差出人は察した。・・・全く、どこからこんな情報・・・菊岡か。どんな爆弾握られてんだあの胡散臭眼鏡。
本文にはただ一言、「重要な情報をキャッチ。可及的速やかに連絡されたし」とあった。おそらく誤字を防ぐための物だろう、堅苦しい文章。どうやらかなり重要らしい。俺はすぐさま、彼女の連絡先にかけた。比較的遅い時間だったにもかかわらず、彼女はすぐに電話に出た。
『もしもし』
「あ、ロータスだ」
『リアルでそれ?』
「念のためだ。で、あの情報ってのは?」
『すごく大事なこと。
―――あのクエスト、クリアできない仕掛けになってる』
「どんだけ高難易度設定だよそれ・・・」
『そういう意味じゃない。そもそも、
「・・・は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。トリガーが起動できない?ゆっくり思考し、ようやく分かった。その瞬間に、思わず携帯を握る手に力が入った。
「仮にあの守護騎士の群れを突破したところで、
『そういうこと。クソゲーってレベルじゃないわねこれ』
そして、自分の頭が冷えたことで、ようやく気付いた。―――彼女も、かなり怒っている。怒りが熱ではなく、冷たい方向に向かっているだけだ。
「あの門の先は、よほど見られたくないものがあるようだな」
『ええ。私もそれを探してる。でも、想像以上に強固なプロテクトでね。ちょっと本腰を入れないと難しそうだから、また後で突貫するつもり』
「お前が手を焼くプロテクトか。一体何があるってんだ」
『さあね。・・・っ!』
「・・・どうした?」
唐突に、電話口で息を呑む音がした。
『・・・いや、今はまだ、確証がないから・・・』
「そうか。喋れるような時になったら、また教えてくれ」
『うん。内容によっては、確約できないかもだけど』
「なら、この場で確約しろ。たとえ真実がどれほどまでに残酷だろうと、俺には包み隠さず教えろ」
『・・・分かった』
少しの逡巡の後、彼女は確かに肯定の返事を返した。
「今ALOは、メンテ中か」
『そうだね。あ、こっちは手伝わなくていいからね。ゆっくり寝てて。どちらにせよ、この後協力してもらうことになるだろうし』
「了解。おやすみ」
『うん、おやすみー』
それだけ言い残して、俺は電話を切った。と、同時に欠伸が出た。いくら身体的には休息していても、頭はかなり働いていたのだ。眠気が飛んでいたのは、アドレナリンか何かのせいだろう。・・・久しぶりに、かなりしっかりとしたPvPもしたことだし。
(・・・寝るか)
携帯を充電スタンドにおいて、俺は眠りについた。
メンテナンスが明けてからも、俺はログインできずにいた。クリア不可能。すべての前提をひっくり返すその言葉に、俺はどうしようかと柄にもなく打ちひしがれた。と、手元の携帯電話が着信を告げた。相手も確認せず、とりあえず電話にでる。
「もしもし」
『よかった出てくれた。最終ログイン地点どこ?』
「央都アルンだが」
『ちょうどいいや。すぐにインして。プレゼントがあるから、それをもって突破さえできれば行けるはず。ストレアちゃんにそれを渡せばモーマンタイ』
「突破さえできれば、って、あれを単騎で突破するのはさすがに無理があるぞ」
『その辺は大丈夫。両領主の援軍が到着することになってるから、一時間あれば十分だから、しばらく粘って』
「無茶言うねぇ」
あの大軍を相手に、一時間。かなりきつそうだ。
『大丈夫。信じてます』
その言葉に、俺は思わず息を呑む。―――なんだかなぁ、それはずるいだろう。
呑んだ息を吐きだす。
「やれるだけやってみる。持たなくても文句言うなよ」
『十二分』
それだけ言うと、電話は切れた。あっちもあっちで、かなり厳しいものなのだろう。なら、俺は俺のやることをやるまでだ。
ALOにインすると、メールに添付される形で、ひとつのアイテムが付属していた。アイテム名は“カードキー”。現実世界のそれそのままだ。
「こんな世界に、カードキー・・・?」
「ちょっと見せて」
俺のインと同時に隣、というか肩にナビピクシー状態で乗ったストレアに、そのカードを触れさせる。と、彼女の顔色が変わった。
「これ、GM権限の一部だよ!?どっからこんなもの・・・」
「エリーゼだ。・・・そうか、突破できたら、ってそういうことか・・・」
全部つながった。いちプレイヤーではあの扉は開かないということも、だ。ということは、
「あの先に、レインがいる。悪いがストレア、付き合ってもらうぞ」
「任せて」
そういうと、彼女は俺の肩から降りて、いつも通りの大剣装備になった。
「ストレア。これはお前が持ってろ。あんな天蓋にカードキー差込口なんてあるわけないから、お前が持ってたほうがいい」
「分かった」
「絶対行くぞ、世界樹の上に」
「うん!」
そうして、俺は十何回目かの世界樹攻略へと出かけた。
その入り口で、俺たちはあることに気が付いた。
「どうやら、先客がいるようだな」
「なら、続こうか」
同感だ。俺はアローブレイズを抜き、彼女は背中の大剣を抜いた。そのまま並走してクエストを始める。上を見上げると、そこにいたのは見覚えのある黒い影。
「あいつなら、前衛としては十二分」
「ヒーラーはいないけど?」
「当たらなければどうということはない」
「了解。行くよ!」
「OK、前頼んだ!」
アローブレイズを弓形態にしている間に、ストレアがキリトを援護する形で突撃する。キリトは突然の援護に驚きつつも、ちゃんと対処をしているようだ。俺も弓でちまちまと射ながら、接近してくる相手には蹴りをお見舞いしている。それに、キリトの連れの少女が驚いていた。
「どうした?」
「普通は、こういうのは前衛だけを狙ってくるものなの。こんな風に、後ろまで狙ってくるなんて初めてだから・・・!」
「なるほど。後衛にもちゃんとヘイトが入るようなアルゴリズムか。まったく、本格的に殺しに来てるな。
嬢ちゃんたち、白兵戦は行けるかい?」
「私は大丈夫だけど、レコンはダメ」
「レコン、ってのは、そこのメイジ君だな?了解した。よし、なら前衛三枚で行こう。万が一なら、どっちかに守ってもらいながらヒールで」
「無茶言うね」
「それだけの腕前をあいつらはもってる。背中は任せな」
その言葉が契機になったのだろう、彼女が上昇する。
「さて、メイジ君。頼むぜ?」
「は、はい!」
話の流れに一瞬ついていけなかったメイジ君だったが、即座にスペルの詠唱を始める。頭の切り替えはできるタイプなのだろう。後衛職としては少し心もとないが、無いよりましだろう。
いくら優秀な前衛がいて、若干力不足ながらも後衛もいると言っても、数の暴力には耐えられない。少しづつだがジリ貧になっていた。横のメイジ君にも、焦りが見られる。その中で、俺はちらりと視界の端に目をやる。そこに表示されている時間からして、彼女の言っていた援軍がそろそろ到着するはず。
と、ここで俺に打ち漏らしがあった。背中からストレアを狙う。仮に彼女が避けたとして、キリトかあの少女も狙える位置にいた。
「ストレア!
彼女も対応しづらい位置からの奇襲。俺の声は気休め程度にしかならない。―――万事休す。そう思った直後、火の玉が後ろから飛んできて、その敵を落とした。
「すまない、遅くなった!」
「これでも超特急で来たから、勘弁して?」
「シルフのメイジ隊に、ケットシーのドラグーン隊!?」
シルフの少女が驚いている。両領主、正確にはシルフとケットシーの合同軍の到着だ。遅い、と、言いたいが、この際ぜいたくは言えない。それに、精鋭をこれだけ引き連れてきたんだ、援軍としては十二分。精鋭がこれだけいれば、彼女の言っていた、“過剰なまでの数的戦力によるごり押し”が利く。
「メイジ君は後ろのお仲間に合流しな。ストレア!押し切るぞ!」
「了解!」
俺にとって弓は“たまたま手に入った有効手段だから使っていた”だけであり、本来の領分はクロスレンジだ。援護は十二分であるのなら、前衛で一気に蹴散らす。
全力で上昇しながら、アローブレイズを曲刀形態にして左手の順手に。そして、ニバンボシを抜刀する。二刀の状態で、連続で襲い来る敵をひたすら切って落とす。無限湧きなのではと言いたくなるほどに多い敵に辟易しつつ、俺は動きながらの詠唱に入った。シルフの少女は、俺のやりたいことが分かってぎょっとしているが、この際無視だ。
「ストレア!」
俺の叫びの意味を、彼女はすぐに理解した。そして、自身の剣をためらいなく背中に背負い、俺の前に立った。直後、俺から強力な水魔法が放たれる。高圧水流で押し流すようなものだ。そして、彼女はそれに逆らうことなく流されていく。だが、天井には届かない。ここまでは、十二分に計算通り。
「そこを、退きなさい!!」
怒号とともに道をふさぐ守護騎士に放たれたのは、“
「コードを!」
「了解!」
即座に、ストレアがコードを天蓋に転写する。
「転移が始まる・・・!手を!」
「来いキリト!」
ストレアの声と同時に、俺はキリトにも手を伸ばす。三人の手がつながり、俺たちは転移されていった。
はい、というわけで。
エリーゼさん、超ファインプレー。彼女がなぜ息を呑んだのか、というのは、後々解説する予定です。
レコン君は自爆しませんでした。まあ、彼レベルのプレイヤーが二人もいれば、彼がわざわざ自爆するほどの物でもなかったってことです。一騎当千×2なので、残当。
ちなみに、ロータス君が放った技は、ありていに言ってしまえばハイドロポンプです。彼がブレイクポイントを作って、それをストレアがこじ開けて、そこを彼らが突破したって形ですね。
さて、ここからは急展開ということもありいつもの三倍速投稿でお送りします。次の更新は2019/12/20です。お楽しみに。
ではまた次回。