次回はキャラ紹介回。まず私の情報整理のためです。
これは駄目だ。
最近朝の日課になった太極拳をこなしながら、そう明るくない空にそう思った。
今はもう春だ。暦の上では五月だったか。春から夏への過渡期、梅雨に入るかどうかといった時期である。いつもなら長雨に悩まされ、
そんな風情は何処に。今の幻想郷は止む事のない白き脅威に晒されている。寒さが肌を刺し、家の中にいても火を絶やす事を許されない。
……寒い。
火鉢に宿る暖かさに身を寄せながら、誰にも無く呟いた。
雪が降り始めたのは、昨日の夜からだった。
秋の終わりから増した寒さは、例年通りの冬の到来を告げていた。里の人々も勿論私も、冬に備えて色々と準備をしてきた。それは当たり前だが、例年通りの春の到来を前提としたものであった。多少は余裕を持つものの、さすがにそれにも限度がある。まさか秋終わりに夏まで準備をする人もいないだろう。
しかし、甘かった。
ここは幻想郷。例年通りなどどいう陳腐な常識では計り知れない事が平然と起こる地である。それが自然現象であっても。
冬を越えた日。例年通りなら桜が咲き、花見だ何だと春の到来を騒ぎ立て、春告精が飛び回る中で酒臭い宴会が巻き起こる時期である。お酒は嫌いだが賑やかなのは嫌いではない私は宴会の話題を聞きながら、浮かれた人々が色々とやらかすのを眺める事を密かに楽しみにしていた。
その日は来なかった。
何日経っても、何ヶ月経っても、その寒さは和らぐ事を知らず、延々と私を苦しめ続けた。時に雪が降り、まるで春にならない。初めの頃は里の人々も私も、今年は春が遅れているんだなあ、と然程真剣に考えなかった。しかしそれが長く続くなら話は別だ。何せ命が懸かっている。このまま夏が来なければ、最悪餓死者も出かねない。
という訳で博麗の巫女――つまり霊夢さんにこの異変の解決を要請しようとする動きもあるようだが、あの霊夢さんが寒さ程度で動くのかという諦めに似た意見を言う人も思いのほか多く、結局はいずれ冬が明ける事を願いつつ、霊夢さんかその他誰かが異変を解決する事を待つ、というのが人々の意思となった。
しかしまあ、それでも寒いのは嫌だ。特に私みたいな寒がりには地獄以外の何物でもない。体を動かせば確かに暖かくなるものの、春が来ない都合で食糧事情が芳しくない現状を考えると余り動きたくないのもまた事実だ。当然非常用の備蓄食料もあるが、無闇に食べてはならないという当然の管理の下にある。寒くて動いたから飯を食わせろなどと言ったところで取り合ってくれるはずも無い。
冬が続くという事は、私にとって不利益しか生まないという事なのだ。
そこで、私は私で春を探すために、行動を始めることにした。じっとしていて春が来なければ色々と困る。
私は軽く浮かぶと、東の方に向かって飛んだ。
――――――
降りしきる雪の中を飛び、心身共に凍えそうになりながら辿り着いたのは、東の端にある神社、博麗神社だ。いくら霊夢さんでも、ここまで長く続く冬には流石に異常を感じているはず。私が何とか背中を押せば、解決しに動いてくれると思う。
鳥居を飛び越して境内に着地する。既にうっすらと雪が積もっており、真冬のような寒さに私は凍えた。
「霊夢さーん、いますかー……」
呼び掛けに返事は無い。
それもそうだ。明らかに人の気配が無い。こんなに寒いのに神社の中には明かり一つついていないし、誰かが表に出た形跡すらない。
つまり、もう異変の解決に行ったか……霊夢さんの事だから、ただ温泉か何かに行っただけかもしれない。というかそっちの方が可能性としては高そうだというのは異変解決を生業としてる巫女としてどうなのだろうか……。らしいといえばそうなのだが。
「霊夢さーん、いないんですかー……」
念のためもう一度。
……返事は無い。無駄な努力だったようだ。
仕方がない。霊夢さんがいないのなら、魔理沙さんに聞いてみることにしよう。風の噂では最近よく博麗の巫女の仕事を横取りしているらしい。異変になれば動くだろう。
たしか、魔法の森に住んでいるとか言っていた気がする。思えばそれなりに長い付き合いになるが、魔理沙さんの家には一回も行ったことがない。行こうと思ったことも特にないが。博麗神社に行けば大抵魔理沙さんもいるので、別に魔理沙さんの家に行く用事が無いのだ。
向こうの方だったなあ、と浮かぶ。一面銀世界になっている幻想郷はその名の通り幻想的な美しさがある。博麗神社付近は小高いし、空気も冬並みに澄んでいる。遠くの方までしっかりと、その美しい情景の一部となっていた。
……早く暖かくしてもらおう。景色で体温は上がらない。
――――――
これで何度目なんだ、私。
無計画に飛んでいった結果をよく考えないせいで、もう何度目になるか分からない迷子になっていた。
どうやら私には思い立ったらやってみる、少し無鉄砲なきらいがあるようだ。それはとても妖怪的でたぶん正常なのだが、このせいで何度も面倒を食っているのに直そうとしない私も私だ。自制という言葉を百回は反復するくらいはやらないと。
霊夢さんを追いかけて森のなかで迷ったり、人里で寺子屋に辿り着けずに何故か裏道の雑貨屋巡りをして一日が潰れたり。お陰で頭突きの威力を知ることができた。
そして今は、飛べるくせに森の中をさ迷っていた。
魔法の森は、幻想郷の一画に広がるその名の通りの森だ。“魔法の”という接頭語が付く通り、そこは普通の森ではない。独自の進化を遂げた謎の植物が生い茂り、年中無休で普通の人間には毒となる胞子を撒き散らしている。その為、人里でも基本的に近付いてはならない危険地域として認知されている。この森に住む者は普通ではない、胞子に耐性を持った妖怪の類い位だ。そんなところに住んでいる魔理沙さんははたして普通の人間なのか、非常に疑わしい。多分細胞単位で人間を止めているんではなかろうか。
そんな無駄な考察は置いておく。今重要なのは、その森に繁殖している植物達は雪などものともしない頑丈さで今日も元気に胞子を撒き散らしているということ。そして、力の弱い妖怪は、その胞子の毒に容易にやられるという事である。
「あー……」
今、非常に気分が悪い。具体的には吐き気に悪寒、目眩に平衡感覚の喪失と、まだまともな思考を出来るのが不思議なくらいの病状である。
何を馬鹿なことを思ったか、私は空から魔理沙さんの家を探すことを諦め、人間が気分が悪くなる位の胞子、効かないだろうとたかをくくり、森の中に着地し徒歩で移動を始めたのだ。馬鹿とか阿呆とかそういうモノではない。
その結果がこれである。呆れて溜め息も出ない。今溜め息など吐こうものならそれに合わせて胃の中から色々と出てきそうである。
段々と思考に靄が掛かる。まともな思考が鈍っていく。不味いと思ったときには既に遅い。
何とか踏み出していた足が止まる。
世界が廻る。世界がゆれる。
重力にまけてしゃがみこむ。
つめたい。
その低温が一瞬意識を引き戻すが、しかしすぐにきもちわるさにおしつぶされる。
ねむい。ねてはいけない。とべ。むりだ。ああ――
……思っていたより、とんだ阿呆だな……
――――――
目を醒ますと、そこは知らない天井だった。
体は楽に起きた。暖かい布団が掛けられ、部屋の中も暖房が効いているのか程よく暖かい。西洋風に纏められた家具と壁紙が見事に調和して、幻想郷のようには思えない都会派な雰囲気を醸し出していた。
つい、と袖を引かれた。
そちらに目を向けると、丁度掌より大きい位の可愛らしい人形が、硝子でできた目でこちらを眺めていた。
……成る程、天国では人形が世話をしてくれるのか。
「あら、ようやくお目覚めかしら?」
扉の開く音と、少女の声。どこかで聞いたことがあるような、ないような。
西洋風の内開きの扉から姿を現したのは、人形……のような顔立ちの少女だった。金の髪を赤い飾りで留め、先程の人形と似たような派手な服を着た少女。聞き覚えがあるわけだ。私はこの人を知っている。
「アリス……さん?」
アリス・マーガトロイド。里の祭り事なんかに、自前の人形と舞台を持ち込んで人形劇をやっている事のある人だ。何度か見たことがあるが、生きているように動く人形の操作は素晴らしく上手で、子供から大人にまで人気がある。
「あら、私の事を知ってくれてるの。どこぞの紅白と比べてずいぶんいい子ね」
紅白……霊夢さんか。幻想郷の人々は何故かよく人を色で判断する。私もよくやる。紅白といえば博麗の巫女すなわち霊夢さんだし、白黒といえば魔理沙さんだ。
「どうして、私がアリスさんの家に?」
「どうしても何も、貴方が私の
……どうやら、あてもなくさ迷い歩いて運良くアリスさんの家に辿り着いたらしい。私の幸運も尽きてはいないということか。神様に感謝だ。
「で、なんで里の貴方が
それはもう、喜んで。
斯々然々、私は魔法の森をさ迷うまでの経緯を説明した。アリスさんは始めの方こそ真面目に聞いていたが、途中から呆れたような顔になった。
「……要するに、寒いから霊夢か魔理沙に解決してもらおうと飛び回っていたら、魔法の森で迷子になった、と」
私が首肯すると、アリスさんは深い溜め息を吐いて、口を開いた。
「貴方、見掛けによらず、馬鹿なのね」
……。
言葉が痛い。
それからたっぷり三十分と少し、二度とこういう馬鹿なことを仕出かさないように注意という名の説教を食らった。理論詰めて怒ってくる人の説教は恐ろしい。アリスさんに迷惑を掛ける遭難はしないようにしよう。心に誓った。
「あ、そうそう霊夢と魔理沙だったわね。あの子達ならさっき会ったわよ、何でも春を集めに行くんですって。貴方が心配しなくても、異変解決に動いてるって事ね。良かったじゃない」
お話が終わり、紅茶とお茶請けを挟んで座ったところで、アリスさんはそう言った。
それが本当なら、実に喜ばしい事だ。暫くすれば春が来る。
もう寒いのは懲り懲りだ。当分冬にならなくていい。
私は微笑して、紅茶を啜った。紅魔館で飲んだものより、少し爽やかな味がした。
「……まったく、世話が焼ける」
「随分と面倒見がいいな」
「好きでやってる訳じゃない」
「その割にはすぐに助けに行くじゃないか、あの時も」
「……もう行くぞ」