数日前まで続いていた3日置きに起こる宴会は、ついこの間の物を最後に鳴りを潜めた。初めの方は参加していたが、途中から宴会というものに食傷気味になり、呼ばれても行かない事があった。最後の物も行っていない。あんなに濃い妖気に晒されながら酒の臭いに包まれながら長い間参加していたら、最悪雰囲気に呑まれて卒倒しかねない。三回目の時点で飲んでもいないのに酔っ払ったように意識が朧気となり、記憶には残っていないがなにかやらかしたらしく、それから文さんに会う度にやにやとおかしな笑みを浮かべられている。何度か何があったのか聞き出そうとしたが、毎回煙に巻かれてはぐらかされてしまう。私は
だがあの宴会に集っていたのは妖怪か人間離れした人間くらいのものなので、人里での日常生活には何の支障も無い。
今日も今日とていつものように、道具屋で日用品を買った後、そこらの婦人達と立ち話を交わして情報を仕入れ、帰り掛けに行きつけの甘味屋に行く。それが日常だ。私が人里に住み始めてから変わらない日々。
今日は混んでいる。たまにこういう日がある。大抵はたまたま私が外に出る時間と人々が外出する時間が被るだけだ。お昼を少し過ぎた頃の時間に、甘味屋は混みだす。お昼ご飯を食べた後、小腹を埋める為に甘味を食べる。至福の時間だ。そりゃあこれだけ混む。そしてそういうときには、私のような
「あれ、あなたは確か……風、でしたか。お久しぶりですね」
その日、何となく嫌な予感はした。
春雪異変の後、何故か霊魂が増えた。なんでも冥界との境界が緩んだ影響だそうだ。霊夢さんが言っていた。それを回収する為に、不思議な提灯を持った帯刀少女をちらりと見かけた事がある。そして、この間の宴会でその彼女は冥界の幽々子さんの従者か何か(庭師と言っていた)であることが分かった。妖夢という名であることも。
妖夢さんの特徴といえば、やはりその身に纏わりつくように浮かぶ大きな霊魂であろう。彼女は半人半霊という“種族”であるらしい。正直よく分からないが、何でも半分死んでいるそうだ。生まれつき半分死んでいるというのがどういうことかはよく分からない。まあでも完全に死んでいる幽々子さんのような例もあるので、深く考えてはいけないのだろう。そもそも冥界(つまり死者の住む場所)に住んでいるという時点で。
そして、今日日常を過ごす私に、その情報は必然のように舞い込んできた。
曰く、“妖夢ちゃんは最近よく甘味屋に通っている”のだそう。提供元は少し離れた長屋の奥さんである。
いまだ一回も
そして今日、私はいつも通りに甘味屋に入った。窓からは不自然な白が確かに見えていたが、私はそれを無視した。
相席をお願いされて、軽く店内を見れば、そこには見たことのある顔が確かにいた。
そして、店員は迷い無くその彼女の方に向かって行った。おそらく面倒そうな半霊には、物好きで胡散臭い噂屋。そういう簡単な思考回路での行動だろう。私が逆でもそうする。
「……お久しぶりです、妖夢さん」
――――――
「それで、幽々子さまは……あれ、聞いてます?」
聞いてません。
「はい、聞いてます」
真昼間から酔っ払っているのかこの庭師は。
ただ甘味を食べていただけの筈なのに、目の前の妖夢さんはただただ話を聞く私になにを感じたのか幽々子さんの事を語りだした。周りに人がいるというのに。迷惑とかそういうものを考えずに滔々と惚気とは少し違う忠義話を語り続ける彼女は何を求めているのだろうか。頼むからやめて欲しい。隣の人が不思議そうな顔で私を見て、何故か納得したような顔で退席した。ちょっと待って。その顔は何。
「人里に来たら風さんを訪ねろって紫さまに言われまして……」
そうか、私はこういう厄介者の相手をする担当になってしまったのか。思えば図らずとも霊夢さんに魔理沙さん、文さんに咲夜さんと一般人からすれば色々と面倒な人々は私の所に来る。というか人里では私のところか貸し本屋位しか行くところが無いのだろう。そして職業柄外に出て話す機会の多い私をとりあえず厄介者の窓口にするのが人里の共通認識になりつつある可能性がある。悲しい。私だって好きで面倒ごとに首を突っ込んでいる訳ではない。というか突っ込んだ覚えは無い。とりあえず嫌な事を
「最低限の稽古でもつけてみればなんて言い出しましてね……」
目の前の妖夢さんは黙る気配は無い。聞くのも面倒なので隣に座っている人を見ると、目が合った。目を逸らされた。こら。あなた偶に話すくらいの仲でしょう。私を躊躇無く見捨てないで。
元々噂屋なんていう胡散臭く怪しさ爆発の職業で生活しているからか、人々は私のことを変な人だと思っているのだろう。こんなに常識にあふれた人なのに。霊夢さんや魔理沙さんよりよっぽどまともな人なのに。外見で評価されてしまうのは悲しい事だ。
「それで、よければ白玉楼に……」
「え?ああ、はい」
いけない、聞いてなかった。とりあえず生返事にならないように気をつけないといけない。あのいつも帯刀している彼女の事だ。下手な事を言うか言わないと斬られかねない。いやまあまさか人前でいきなり抜刀するほど常識知らずという訳ではないだろうが……。
「良いんですか!? それなら早速行きましょう、私もそろそろ帰らないといけませんし」
……ん?
「行くって、どこにです?」
「白玉楼ですよ。ここじゃあ刀も振り回せませんし」
……あれ?
人の話はちゃんと聞こう。そう決めた。
――――――
冥界、それは死した魂の行くべき場所。
……だと思っていた時期が私にもありました。結界が緩すぎる。普通に上を跳び越せるなど封になってるか甚だ疑問だ。
流石に上空なのでそこそこ寒いが、まああまり問題は無い。結界を越えて石段を飛び上がっているうちに、気温は気にならないくらいに快適になっていった。外(つまり冥界の外)と季節は連動しているらしく、今は夏前くらいだ。桜が葉桜になり、緑が目に優しい。
私は何がなんだかわからない内につれてこられたが、話を聞く限り私は妖夢さんの話を聴いた上で護身術の稽古を受ける事を了承したらしい。記憶に無いがだいたい私が話を聞かなかったのが悪いので反論の仕様がない。それに、聞いた限りそれなりに腕は立つようなので、そんな人に護身術的な剣術を教え込んでもらえるのは願ったり叶ったりだ。今のままではその辺の下級妖怪に迫られたらもうどうしようもなかった。その対抗策を考えようとは思っていたが結局里から出ないという消極的な解決策を採っていた。多少抵抗可能になれば少しの遠出も現実的になっていい。
「さあ、ここが白玉楼です。幽々子さまには話は通ってますので、とりあえずこちらに」
門をくぐれば、そこには荘厳な木造建築が聳えていた。博麗神社とは比較にならない、まさしく伝統建築といった風情の白玉楼は、夏の葉桜に彩られて幽玄な美しさを放っていた。
妖夢さんに連れられ、やたらと広い建物の中を歩く。こうして歩いていると時たま白い霊魂とすれ違うこと以外は、かつて歩いた紫さんのお屋敷の廊下を思い出す。あの屋敷ほど不可思議な造りはしていないものの、幽々子さんと紫さんが親友というのもなんだか納得できる。
「幽々子さまー、風さんを連れてきましたよー」
妖夢さんに続いて部屋に入る。純和風の畳の上に、青い着物を着た幽々子さんが正座していた。
幽々子さんは私達を見ると、くすりと微笑んだ。
「いらっしゃい。何も無いところだけど、ゆっくりしていってね」
――――――
「さあ、とりあえず全力でかかって来てください!」
目の前の、帯刀していた二刀を抜刀して、いつもより二割増しくらい目をきらきらさせた妖夢さんが、いい声でそう言った。対する私はいつも幽々子さんが使っているらしい模擬刀一本を、見よう見まねの構えをしている。勝てる気がしない。
今は白玉楼の前庭の一部を借りて、剣術の稽古を始めている。もともとこのために来たのだから文句は無い。幽々子さんが煎餅の入った器を脇に置いて縁側から観戦しているのも別にいい。
なんら問題は無い。あとは私が強くなればいいだけの話だ。
「……行きます!」
とりあえず、全力を出してみよう。
そう思っていたのは数秒前の話だ。
「……話になりませんね……」
一瞬で斬り返され、なすすべもなく刀を弾かれた。手も足も出ないとはこういう事か。握っていた右手がじんじん痺れる。
尻餅をついている私の代わりに妖夢さんが飛ばされた刀を回収し、元の位置に戻った。幽々子さんは何故か嬉しそうに手を叩いていた。
「紫さまが言うものだから少しはできるのかと思いましたが、なるほどそういうことでしたか……」
妖夢さんが何故か悲しそうな顔でこちらを見ながら、ぶつぶつと呟いている。怖い。
「風さん、今日は帰らなくても大丈夫ですよね?」
「え、ええ、まあ。鍵も閉めましたし」
白玉楼に行く前にちゃんと戸締りをしてから来たので、別に問題は無い筈だ。どうせ明日も明後日も予定は無い。
その返答を聞くと、妖夢さんはそうですか、と言った。その一言には隠せない喜色が混じっていた。
「今日のうちに、最低限戦えるまで稽古します。覚悟はいいですか」
ああ、嫌な予感はしたんだ。
私はもはや諦めた。なんでこの庭師は張り切っているのだろうか。私にはよく分からない。
結局この稽古は幽々子さんに夕飯に呼ばれるまで続き、帰る気力も失った私は白玉楼に泊まる事となった。
幽霊が世話をしてくれる生活というのはいいものだ。料理も風呂も勝手にやってくれるのだから。
ちなみにそれを幽々子さんに言ってみたところ、お陰でやる事がなくて退屈よ、との事。それは贅沢な悩みだ。私は自分のことは自分でやっているのに暇で仕方ないのだから。
――――――
結局、妖夢さんの強化合宿の恩恵なのか、少し体力は増えた気がする。あと、洗濯物を干すのが上手くなった。
それから人里で鉢合うたびに稽古の続きをやろうとかなんとか誘ってくるので、少し辟易している。何とかならないものか。
いまでも私の家では、そのときに妖夢さんから貰い受けた脇差しが置いてある。なんでもそこそこいいものだそうだ。遠出するときにはお守り代わりに持ち歩く事としているが、いまだに一回も役に立った事はない。それがいいことなのかどうかはわからない。しかし悪い事ではないだろう。
今度は霊夢さんに結界術でも学ぼうか、魔理沙さんから魔法を習ってもいいかもしれない。
なんだかんだで、そういう新しい事を学ぶ事が楽しくなった。それだけでも収穫だろう。
「ふふ、張り切っちゃって」
「今まで弟子ができた事がなかったからでしょう。教える事は楽しい事だもの」
「あら。実体験からの言葉は厚いわ」
「今は私の弟子が頑張ってるから暇なのよ。優秀なのも考え物」
「多少不出来なほうが味わい深いものね。少ししけった煎餅だけれど、いる?」
「遠慮しておくわ。私は美味しい方が好きだもの」
「つれないわね。完璧はつまらないじゃない」