最近読者層の似ている小説の欄が評価真っ赤で恐れ戦いてる。
草木も眠る、丑三つ時……というには少しばかり早い頃。とうに日は沈み、夜の帳も落ちきった頃。月明かりが闇を照らす中、私は人里を一人、歩き回っていた。
特に理由はない。なんとなく目が覚めてしまい、今日は昼寝をしたからか眠気も無く、だからといって暇潰しをしようにも真っ暗だ。こんな夜中に誰かの家に訪ねれば迷惑だろうし、どこか絶好の遊び場があるわけでもない。とにかく暇だったので、一応用心して脇差を持ち出して、そろそろ秋になるかどうかといった具合の夜道を散策していた。
もうしばらくで中秋だっただろうか。今年は丁度満月に重なるというらしく、空に輝くお月様はまだまだ欠けたまま、満月に向けて準備を進めていた。今年は風流にお団子でも食べながら、丸い十五夜の満月に思いを馳せるとしようか。紫さんや幽々子さんあたりがやっていそうな事だ。
ぼうっと月を見上げながら、人気の無い道を歩いている私には、向こうの角にあからさまに準備をしている紫色の影に気付くことはない。いつものように普通に前を向いて歩いていれば、大きな唐傘が飛び出ている事にも気付いただろう。今回ばかりは完全なる不注意で、私は彼女の待つ通りにたどり着いた。
「おどろけー!」
「うわぁっ! ……あー、吃驚した……」
やられた。
私の視界の外から突然聞こえた、ある程度ご近所に配慮したであろう押さえた大声と、目の前を覆う紫の壁の出現に、思わず変な声を出して驚いてしまった。もう何度も彼女に出会っているというのに、そして今まではただの一度も驚いたことが無かったというのに、見事にしてやられてしまった。
「うーん、いい驚きっぷり。お陰でお腹一杯」
「それはどうも……。こんな夜中にどうしたんですか? 小傘さん」
彼女の名は、
「暇だったから散歩してたら、たまたま見つけてねー。お腹空いてたし、夜食でもと」
にこにこと笑いながら小傘さんは言う。なるほど私は夜のおつまみにされたらしい。それにしても元気である。夜は眠くなるものではないのだろうか。小傘さんの場合最悪吃驚ついでに退治されかねないのだから、夜は大人しくしていた方がいいと思うのだが。
「ああなるほど。このくらい夜になると誰も起きてないですし、暇ですよね」
「そうなのよ。私はこれでも妖怪だから夜に起きるのも辛くないんだけど、起きても誰もいないから結局暇なの」
どこぞの紅い吸血鬼のお嬢様みたいな事を言う。特に小傘さんの場合、生活が人間に頼りきりな分その思いはひとしおなのだろう。吸血鬼の場合は勝手に人を襲えばいいが、小傘さんの場合は勝手に襲えば人間にも負けかねない。彼女もさして力が強い妖怪ではないのだ。徒党を組まれれば多勢に無勢であろう。なので彼女は人との交流をかなり重要なこととして考えている節がある(それこそそこらの妖怪とは明らかに違う)。力が弱い妖怪の生きる為の知恵である。たぶん私が人里に住んでいなかったとしたら同じような生活をしていただろう。
小傘さんは満腹で機嫌が良いのか、手に持った閉じた唐傘をくるくる回しながら軽く鼻歌を歌っている。凄く楽しそうだ。
「久しぶりにお腹一杯で、気分がいいわぁ。最近は誰も驚いてくれなくって」
最近は、ではない。いつも、である。少なくとも私が人里に住み始めてから、彼女が純粋に人を驚かしたところに遭遇したことも聞いたこともない。言わぬが花、というものであろう。今日私が驚いた事が特例なのである。
しかし、彼女はいつもひもじい思いをしているだろうに、平気なのだろうか。もう少し効率的に脅かす事は考えないのだろうか。たとえば超常現象を起こしてみるとか、怖そうな雰囲気を醸し出してみるとか。もしくはもう少しかくれんぼを上手くするのでもいい。視界外から大声で出てきたら正体が何であれそれなりに驚くものだ。今みたいに。
「驚かそうとしてるんですか? いつも戯れているようにしか見えないんですが」
「してるに決まってるでしょ、本能的なもんだし。でも、なんでかみんな微笑ましい笑顔で見てくるんだよねえ、何が悪いんだろう」
そう言って、小傘さんは首を傾げる。本能的なものなのに満たされない事を然程深刻に考えないとは、なんとも難儀なものである。
「……考えてみた事、あります?」
「たまーに。でも結論は出ないし、どうしようかなあっていっつも考えてるの」
なかなか深刻である。別に私には関係ないが、今は暇だ。とりあえず眠くなるまでは真剣に考える事にしよう。どうせ暇だし。
「ちょっと、考えてみません? 驚かせる方法」
――――――
翌日。
なんとなくの私の悪乗りとそれに乗った小傘さんの思いつきにより、私達は徹夜で人を驚かせる方法を考えていた。会場は私の家だった。お隣さんには悪いことをしたかもしれないが、一人の妖怪の問題だ。今回ばかりは見逃してもらおう。
そこで出た結論はいくつかあるが、とりあえずまずは一つ。かくれんぼの上達だ。
小傘さんは、どうも隠れるという事が苦手らしい。自分の視界に入っていない人からは見えていないような気になってしまうらしく、手に持った大きな唐傘が見事にはみ出していたり、周囲の建物と同化する気が微塵も感じられない水色の派手な髪が見えてしまったりするせいで、本人がどれだけ完璧に隠れたつもりでも大抵は遠目からみただけでよく分かってしまう。そりゃあ隠れもできないし出てきても驚かない。
そこで私は、里の子供たちと遊ぶ際にかくれんぼを取り入れることを提案した。これなら誰にも怪しまれず、いつも通りのお遊びの中で能力の向上を図れる。我ながら妙案だ。
どうなるかを見守りながら、私は徹夜の疲れからか心地よい日差しの中、昼寝に突入して行った。
見通しが甘かったと言わざるを得ない。
私はかくれんぼという遊びの規則、そして小傘さんという人里に馴染み付いた妖怪の事を理解できていなかったようである。
かくれんぼという遊びは、子供たちの遊びの中でも鬼ごっこなどと並び称される代表的なものである。その規則は単純明快。一人が鬼となり、他の参加者は決められた時間内に決められた範囲内で隠れる。鬼はそれを見つけ出し、初めに見付かった人が次の鬼となり進行していく。
そして、小傘さんは隠れるという事が致命的に苦手である。
その結果、日が暮れるまで延々と鬼役をしていたらしい。
まどろみから起こされて一番最初にそれを慧音先生から聞かされたときは耳を疑った。まさかまともに隠れられたのが初めの一回だけ(鬼はじゃんけんで決めた)であり、残りはほぼ全て鬼役であったという。どういう事か小傘さんに聞いてみたところ、彼女は他の子たちが鬼役をやりたくないと言い出したので引き受けた、と至極当然のように笑顔で言ったのだ。いい子である。もう妖怪的本能とかどうでもいいのではないだろうか。
私としては、もう小傘さんはこのままでいい気がする。正直根っからの他者思いな善人である。そんな彼女には、人々から微笑ましく見守られる今の立ち位置が一番合っているのだろう気がしてならない。それがいいに決まっている。命の危険無く平穏無事に暮らせていれば、多少暇でもひもじくても何とかなる。下手を打って人々から敵視されては敵わない。まあ小傘さんに限ってそれはないだろうが。
その日は結局、そのまま小傘さんと別れた。子供たちと遊んで疲れたのだそうだ。昼間にがっつり眠ってしまった私は、また夜に目が覚めそうだ。
――――――
「おどろけー!」
「あ、小傘さん、こんばんは。今日も暇なんですか?」
結局今日も夜に起き出してしまった。そろそろ生活習慣を改めないとまずいなぁなんて考えながら歩いていると、もはや見慣れた紫色の傘を見かけた。近付いてみれば、案の定である。
「む、今日は驚かないのね」
「何度も同じ手は食わないって事です」
そりゃ残念、とさして残念そうでもない小傘さんは、今日も機嫌が良さそうである。最近良いことでもあったのだろうか。子供たちと遊んだからだろうか。そろそろ子守妖怪と名乗っても怒られないだろう。たぶん。
しばらく二人で特にやることもなく、少し満月に近付いた欠けた月を眺めていると、小傘さんが不意にこちらを向いた。その視線は丁度私が持ち出してきていた脇差にしっかり向いていた。
「……どうしました?」
「いやあ、物騒な物を持ってるなぁ、と思って」
「全然使えないので、飾りみたいなものですよ」
「ちょっと見せてくれない?脇差でしょ、それ」
これは意外。小傘さんは
私が脇差を手渡すと、小傘さんはそれを慣れたように手に取った。すらりと刀身を抜くと、それは青白い月光に煌めいた。殺すための刃だというのに、なんと綺麗なものか。しかし小傘さんはそれをなめるように眺めて、少し不満そうな顔をした。
「うーん、これ、結構使い古しって感じだねぇ。貰い物?」
「ええ、まあ」
「こんなんじゃ達人でもないと妖怪なんぞ斬れないわねぇ。対人間の護身用なら十分だけど」
と、そんなことを呟いた。確かに妖夢さんもこれをくれるとき、大した役にも立たないかもしれません、なんて言っていた。そういう意味だったのか。私が未熟とかそういうことではなく。
しばらくしげしげと脇差を眺めた後、小傘さんは私に脇差を返した。そして唐傘を持ち直すと、私に向かって言った。
「それ、私が鍛え直してあげようか?」
意外な特技が判明した。
なんでも小傘さんは鍛冶職ができるらしく、しかもかなり腕はいいらしい(本人談)。終始自慢顔で言ってきた。
彼女の手にかかれば、この使い古しの脇差も、誰でも簡単に妖怪を斬り倒せる名刀にしてみせる、という。はたしてそこまで強い力が必要なのか。私は大して遠出をしないし、危険な目に遭うことも少ない。しかも大抵危ないところに行く時は霊夢さんなり魔理沙さんなりと一緒なので、それこそ危険はあまりない。
しかし、彼女の鍛冶の腕前を見てみたい、と思うのも事実だ。小傘さんがそんなことをしているなんて聞いたこともない。噂でも。もしかしたら妖怪たちの間で細々と噂されているのかもしれないが、私の能力はそこまで詳しく知ろうとすると疲れる。
そんな二つの思惑が拮抗した結果、私はある一つの質問に判断を託した。
「……
「お金なんていらないわ、私がやりたいだけだし」
即決である。
――――――
後日、日の沈んだ人里で。
脇差のことなどすっかり忘れた私の元に、小傘さんは現れた。
その手にはいつぞやの見覚えのある刀の鞘と、それに納まった刀があった。
すごくやりきった顔で、最高傑作を創る気概でやった、と言い放つ小傘さんからは、よくわからない職人魂のようなモノを感じた。熱い。
それを受け取る。重量はさして変わっていないようで、手に収まる重量感は変わらずだ。
そして、私は軽く力を入れて、柄を持つ、ハバキは音を立てて鞘から外れる。全く抵抗を感じない滑らかさで刃は鞘から抜け、その刀身を外気に晒した。
私は刀の構造に詳しくない。だからどんなものがいい刀なのかは全く分からない。
しかし、それは素人目で一目見ただけで、素晴らしく出来の良い刀であることがよく分かった。
寸法の短い脇差でありながら、それは明るく冴え渡っていた。月光の下、妖しく光輝く刀身に、私は心を奪われた。まるで刀それ自体が光を放っているかのように、水晶か何かと見紛う程のその輝きは、どんなに贔屓目で見ても人殺しの為に創られたモノには見えない。そこには確かに、小傘さんの職人としての魂が宿っていて、たった一振りに人生を賭ける鍛冶屋の仕事を体現していた。
刀に見惚れる私と、それを満足げな表情で見守る小傘さん。月明かりは二人を照らし、二人だけの舞台の照明装置となっていた。今だけは夜の主役は月ではない。私の手の中の一振りの脇差だ。
月は満ち、静かに移り変わる。それに気付くのは、もう少し後の話だ。
時にして、中秋の名月の前日の事であった。
「……あれ、これは……」
「あら、どうしたの?そんなに見詰めて」
「いえ。ただ、この刀、無銘なんです。知ってました?」
「知らないわー。でもその割には業物じゃない?」
「妖怪が鍛えたと聞いているんですが、誰の作品なんでしょうか……」
「さあ。そんなことよりお夕飯よ、行きましょ♪」
「ああはいはい、分かりましたから押さないでー」