噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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注意:今回の話はオリキャラ成分が多大に含まれている為、一部読者さんが重篤な過剰防衛反応(アナフィラキシーショック)を引き起こす可能性があります。ご注意ください。

例の彼。



月光の下

 明けない夜は無い。止まない雨は無い。

 

 誰かが不幸な出来事に遭った時、それを可哀想だとか思った人が言う定番の文句。“悲しみはいつまでも続かない”という意味だ。

 

 それはあくまで比喩であり、本当に起こる事がないからこそ、否定の意味での比喩として成り立っているものだ。

 

 まさか、明けない夜が来るとは。

 

 

 夜が明けない。

 

 

 それは大きな噂として幻想郷中を駆け抜けた。そして今現在の進行している事象として、空を暗く染めていた。

 

 いつもなら既に月は傾き、夜も更け朝に向けて世界が明るくなっていく。そんな時間。

 

 月は南中に輝き、傾く気配を微塵も見せない。それ以外に現在時刻を調べる方法は何も無く、私は戸も窓も閉め切られた暗闇の中で一人、脇差を持ったまま座っていた。

 

 何時間眠ったのか。紫さんが帰ってから幾つ時間が流れたのか。天体の動きが解らない今となってはそんなことも全くわからない。外の人里は慌しくなっていて、各家の安否確認や非常時の警備隊の召集などなど、異変時の規則に基づいた迅速な対応が採られていた。

 

 そんな人々の動向を噂越しに聞いている私の元に、戸を叩く音と共に聞きなれた声が聞こえた。

 

 

「おい、風、いるか?」

 

 

 私が戸を開けると、やはりその人が立っていた。長く綺麗な銀の髪は月光を反射し煌き、いつもより数段美しく見える教師の彼女。人里の男の子たちの女性に対する要求が高い一因になっている(私調べ)慧音さんだ。

 

 

「はい、います。安否確認ですか?」

 

「ああ、そうだ。お前なら大丈夫だとは思ったが一応な」

 

「……何かあったんですか?」

 

「いや、今は特段何も無い。ただ、外の妖怪共の活動が活発でな、いつ襲ってくるかわからん。里からは出るなよ」

 

「了解です」

 

 

 妖怪が興奮し粗暴になるのは、異変のときのお約束のようなものだ。紅霧のときは霧に内包された魔力によって妖怪が暴れだした。春雪のときは春を集められた弊害か何かで妖怪が暴れだした。よく知らないが。

 

 そんなときに備えて、人里では異変が起きた際に巫女その他が異変を解決するまで人里を興奮した妖怪から守る為の自警団を作っている。非常時に召集され、慧音さんの指示に従って人々を守るのだ。しかし、今日は少し様子が違った。

 

 私は自分の能力で外の動向が解っているが、今は外は静かなのだ。いつものように伝達事項を送る男の大声は聞こえないし、人々が混乱している様子も無い。私が少し特殊だから煩く聞こえるだけで、実際は少し人が動いている程度であり、そこまで煩いわけではない。

 

 ……そういえば、今日は特に噂を聞こうとか考えなくても自然に耳に入ってくる。本当の声とあまり聞き分けが利かないのでそこまで嬉しくはない。集中しなくていい分疲れないのはあるが。満月の夜だから能力が強くなっているということだろうか。たしかさっき紫さんが言っていた気がする。

 

 

 ――――――

 

 

 本来、幻想郷に住む妖怪たちの中には破ってはならない絶対的な不文律が存在する。それは、“人里を襲ってはならない”。

 

 本当は他にも色々な不文律が存在し、それは色々な手段によって木っ端妖怪にまで浸透している。妖怪の目線から見て力なき雑魚妖怪だとしても、一介の無力な人間からしたら十分な脅威だ。

 

 幻想郷の中では、絶対数として人間は少ない。その為に人間を文字通り食べる妖怪の勢力はかなり衰え、逆に直接的に人間を襲う必要の無い妖怪が勢力を伸ばした。簡単な話で、人里にいる人間を妖怪が好き勝手襲えばすぐに全滅してしまい、それによって食料が無くなった妖怪たちも絶滅してしまう。それではいけない。そこで、人里に住む人々を保護すべき存在として決まりを作り、妖怪側には別途食料の確保手段を用意しているらしい。どうやっているのかは聞いていないし、聞こうとも思わない。

 

 しかし、異変の際はその限りではない。何かしらの影響で妖怪が凶暴になる事があり、その際の正気を失った妖怪たちに本能を縛る不文律など理解できる筈もない。そんなときに、たまに人里に突っ込んでくる無謀な妖怪を撃退する為に組織されるのが自警団だ。それは人里の男たちによって成り立っているから、かなり騒々しい。今日の様に静かな事は中々無い。

 

 

 そんな不気味に静かな外の様子が気になった私は、少しだけ外に出る事にした。紫さんが去り際に何か言っていた気がするが、まあよく意味が分からないので今は素直な欲求に従う事にする。人里から出なければ危険も無いだろうし、問題は無いだろう。

 

 どうやら人里では珍しいらしい西洋風の内開き扉を開け、先ほどまで慧音さんが立っていた場所に立つ。いまだに南中から動く気配の無い満月の光に照らされて、秋の涼しい風が吹いた。大変になっている中でも、夜が明けなければいつまでもお月見できていいなあとか、日が出なければ涼しくて助かるなあとか、そんな暢気な考えが浮かんでくる。いまだ自分になんら実害が出ていないからだろうが、それが今の本心なのだから仕方がない。まあいずれ紫さんや霊夢さんが解決してくれるだろう。それまでお月見の延長戦を楽しもう。外で。前半戦は見えない月を考えていたのだから、後半戦は爛々と輝く満月を思う存分に愛でよう。お酒もお団子も無いけれど、それはもう十分だ。

 

 

 さすがに真上にある物を見続けるのは無理がある。首とかが。なので飛べる事をいいことに、私は寝転がる場所を探す事にした。歩いて行けない場所でも飛んで行けるというのは便利なものだ。今日ばかりは弱いとはいえ自分の力に感謝した。

 

 とりあえず自分の家の上に行ってみる事にした。近場で済むなら良い事だ。いつ終わるかも解らない延長戦なのだ。場所探しに時間を掛ける訳にはいかない。

 

 家の屋根に乗ろうと軽く飛ぶ……っと、飛びすぎた。いつもより力が強くなっているのか何なのか、思ったよりも飛んでしまった。慌てて高度を下げたから誰にも見られていないようだが、万が一慧音さんに気付かれたらこの非常時に何をやっているのかと大目玉を食らう所だった。危なかった。

 

 乗ってみれば、なるほど案外居心地はいい。丁度いい感じの緩い傾斜に背中を沿わせて、空を眺める。澄んだ空は雲一つ無く、星が煌き真っ黒な空を懸命に照らしている。そして、その中に唯一つ浮かぶ大きなもの。白い光を纏い、他のどの存在よりも雄弁に存在を主張しながら、直視できないほど眩しくもない。優しく明るく、綺麗に美しく。散々意識した月が、確かにそこにあった。

 

 しかし……。

 

 

「……あれ?」

 

 

 不思議と、満月を見た感動は浮かんでこなかった。

 

 今日は中秋の名月の筈だ。今日は完全な満月の筈だ。だから紫さんも月見をしにきたのだし、だから私は月見を一人で計画したのだ。

 

 だが、これは何なのだろうか。

 

 私の瞳に写るその月は、確かに欠けて見えるのだ。ほんの僅かな瑕疵が、完全なものだからか非常に気持ちの悪い違和感となる。私が求めた満月はこれではない。根拠は明示できないが、確かにそれは私の想像とは僅かに大きく違うし、おそらく妖怪たちが拠り所とする月とも違うだろう。

 

 その気持ち悪さを抱えながらぼんやりと月を寝そべりながら眺めている私は、私の中に起こった事を認識することはできなかった。

 

 月は狂わせる。妖怪は満月の夜に最も力を発揮するが、それは発狂と隣り合わせ。妖怪ならば常識の事を、人間に染まった私は失念していた。

 

 

 

 また会ったな――私。

 

 

 

 ――――――

 

 

 気がつけば、風は真っ白な闇の中に突っ立っていた。それが現実ではない事は彼女にはすぐに理解できたが、しかしそこがどこなのかは理解できなかった。

 

 周りをきょろきょろと見回すが、見えるものは白い世界のみ。方角も感覚も解らない。浮いているような感覚でしっかりと立ち、眠っているような感覚で思考だけは冴えていた。

 

 瞼を閉じているのか開けているのか。風にはその感覚に覚えがあった。いつか感じた事のあるその感覚の中は、夢か幻か、もしくは精神世界。

 

 そして、そこにいるのは確か――。

 

 

「二年振りか……。あの妖怪のお陰で覚醒が随分と遅れたが、この満月は僥倖だった」

 

 

 目の前に佇む――風に良く似た彼女。

 

 顔も、髪型も、服装も、身長も体型も全く寸分狂わず同じ彼女。唯一違うのはその口調だけだ。

 

 

「“私”も随分と人格形成が進んでしまったようだ……今の“私”を私が喰うのは容易では無くなってしまった、という事だな」

 

 

 一人で勝手に皮肉っぽく嗤う彼女。風は全く話について行けず、目の前の彼女をただ観察する。

 

 

「だが、奴もこの間の再封印で私が動いている事に気付かなかったようだし、今回も問題は無さそうだ。覚醒は近い」

 

 

 実に嬉しそうに彼女は言う。

 

 

「さあ、少しだけの試運転だ。“私”よ、暫し眠れ……」

 

 

 彼女が風に手を伸ばす。風は抵抗する手を持たない。

 

 世界が反転する――。

 

 

 ――――――

 

 

 彼女は目覚める。誰も見ていない屋根の上で、静かに瞼を開けた。

 

 腕枕のように組んで頭の後ろに回していた腕を解き、軽く振り手を握る。しっかりと力が入る事を確認すると、軽く息を吐いた。そして真上に煌々と輝く月を軽く眺め、獰猛に口を裂いた。

 

 

 彼女は飛ぶ。人里の外に。彼女は飛ぶ。どこも目指さずに。彼女は飛ぶ。狂った幕の中で。

 

 誰にも目撃されず、誰にも感知されず。彼女は空から歴史の牢獄を脱出した。そしてそこらの平原に降り立つ。

 

 今の彼女は、明らかに“風”と呼ばれる存在とは違っていた。野良妖怪を恐れて外に出ても周囲に対する警戒を怠らなかった風とは全く違う。まるで大妖怪のような威厳を持って、彼女は堂々と歩む。そこには一切の恐怖も遠慮も存在しない。

 

 真っ直ぐと歩くべき道筋を据えて、何も無い目的地に向けて歩む彼女の周りには、不思議と野良妖怪は近寄らない。影で怯えるように身を屈めるものもいない。まさしく近くには誰もいないのだ。彼女は自身の能力(ちから)を使い、誰もいない場所を選択して通っているのであるが、その能力は風が全力で使っているものよりもずっと強い。幻想郷のほぼ半分の地域を網羅するほどのその能力、いつもの風ではせいぜい人里全体程度が関の山だが、彼女にとってはこの程度は造作も無い。彼女の中の封印が弱まり、内包された妖力が徐々に滲み出ている。その為に彼女は飛べるようになり、この満月の夜に能力が強まった。

 

 その事を誰よりも知っているのは彼女であり、そのことを誰よりも知らないのは今彼女の中に眠る“風”と呼ばれる少女だ。

 

 

「……悪くは無い、が、まだまだだ」

 

 

 手足に妖力を込めながら、彼女は呟いた。

 

 

「そうか、それは朗報だな」

 

 

 真後ろから聞こえたのは、男の声。彼女にとっては忘れる筈もないその声に、彼女は瞬間的に反応した。右足を軸にした神速の回し蹴りは、しかし軽く避けられてしまう。空を切った足を綺麗に戻しながら、彼女は真後ろを向いた。

 

 

「……貴様は――」

 

「何年ぶりだ?こうして会うのは」

 

 

 一人の、黒づくめの男。幻想郷には無い真っ黒なロングコートを羽織るように着る一人の青年。その手には古臭い大太刀を握り、その目は真っ直ぐに彼女を射抜いていた。

 

 静かに獲物を構える彼と、徒手で構えを見せない彼女。その間には一触即発な雰囲気が漂っていた。

 

 

「まだ完全じゃないみたいだな。随分と時間を掛けるじゃないか。焦らしか?」

 

「貴様の飼い主にやらせておいて良く言う。次は殺すのか?」

 

「できればそうしたいな。今直ぐに」

 

「……だが、出来ないんだろう。その首輪を外さない限りは」

 

 

 静かな煽り合い。彼と彼女の間を埋める物は親愛でも友情でもない。純然たる敵意だ。

 

 嘲り笑うように、彼女は自分の首をとんとんと叩く。しかし彼はそれに反応する素振りも見せず、構えを解いて空を見た。

 

 

「お前が出てこれるのはこの満月の間だけだろう。それまでなら遊んでやってもいいとお許しを貰ってる」

 

「誰がやるか、面倒な。それは“私”が消えて私となった後でいい」

 

「……彼女は風だ(・・・・・)。お前と違って確固たる存在だ」

 

「正気で言っているのか?“私”は上澄みだ。私を超える事はない」

 

「だが彼女には名がある」

 

 

 一瞬、彼女は口を噤んだ。

 

 それは彼女の急所。彼は長い事彼女に触れているから分るその弱点。

 

 

「……名など、それでしか存在を周知させる事ができない弱者の認識旗(シグナルフラッグ)に過ぎない。それの在る無しで存在を語るな」

 

「概念そのものがそんな大層な事を言うとは。負け惜しみにしか聞こえないな」

 

 

 刀を鞘に納めて、彼は肩を竦める。それは確かに彼女の癇に障ったが、しかし彼女がそれを表に出す事はない。その程度のやり取りなど日常茶飯事だという事だ。この程度で怒り狂っていては彼女はここまで厄介な存在になっていない。

 

 

「……何とでも思え。私はあくまで私だ。“私”の上位であり核だ。それは紛れも無い事実だ」

 

「……」

 

「“私”を生かすも殺すも私次第、だな。その風とやらがそんなに大事なら、私の機嫌を損ねない事だ」

 

「ぬくぬく封印されておいて……」

 

「何なら今ここで、“私”の存在を終わらせてもいいんだぞ」

 

 

 不敵な笑み。それは彼女の脅し。目の前の青年の心を察した彼女の脅迫。自分を人質にした言葉は、彼の眉間に皺を寄せる。

 

 

「……」

 

「嫌だろう?薄々気付いていたが、どうやらお前も飼い主も、随分とこの“私”を気に入っているらしい。何のつもりかは知らないが、育成ゲームでもしているつもりか?」

 

 

 そして嗤う。彼女の周囲を気にしない笑い声は、静かな満月の夜に響いた。

 

 しばらく彼女は目の前の彼を嘲笑した後、思い出したように月を見た。

 

 

「くっくっ……まあいい。そろそろ制限時間(タイムリミット)だ。面白い話も聞けたし上出来だ」

 

 

 彼女は虚空に顔を向ける。その方角は今まさに月からの逃亡者と幻想郷の管理者が争っている場所を正確に向いていた。勿論彼もそんな事は知っている。

 

 

「やがて来る時を待つことにするよ。お前も存分に待ち侘びるといい。そのときは心残りが無くなるほどに遊んでやるさ」

 

 

 そういって、彼女は優雅に一礼。その姿は月光に照らされて見る者を魅了する美しさがあるが、彼の場合は例外だ。その姿が記憶の中の何かに引っ掛り、彼は今直ぐに腰に提げた刀を抜きこの妖怪を叩き斬りたい衝動に襲われるが、しかしすんでの所で彼に付いた呪いがそうさせない。彼は飼い犬なのだ。主人の命令に背く事はできない。

 

 結果、凄まじい形相で彼女を睨み付けるだけで済んだ。

 

 

「さあ、やがて来る大宴会に備えて、今は化粧直しと洒落込もうじゃあないか。花嫁の準備が終わるまでは開演厳禁の大舞台、期待して待つがいい!さようなら、さようなら、さよう――」

 

 

 散々そう言った後、彼女は糸の切れた操り人形の如くその場に倒れた。その体が地面に着いた時、同時に空の月が動き出した。

 

 長い事幻想郷を照らし続けた偽りの満月はその役目を終え、釣瓶落としのごとく速やかに地平線へと隠れていく。その速度は自然現象とは言えない。

 

 正反対側からは朝の到来を告げる太陽が緩やかに昇り始め、夜闇を祓っていく。

 

 

 明朝。永夜の異変は無事に解決されたのだった。




「彼女が目覚めた」
「……そう。それで?」
「“やがて来る大宴会に備えろ”……だそうだ。意味はわからないが」
「皆目検討もつきませんね。どういう意味でしょうか」
「やがて来る……成程ね」
「何か分るのか?」
「彼女の監視を続けて。直ちに何かある訳じゃないけど」

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