噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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出したのでまた彼が出る。東方とは名ばかりのオリキャラオンリー回。

次からは暫く日常が続く予定。


永夜抄→地底
いざよう風


 永い夜が明け、異変が解決した。それが昨日の話。私が真昼まで寝ていた。それが今日の話だ。

 

 大体昨日のお月見の延長戦の所為だが、そのあとの出来事も私は結構はっきりと覚えている。

 

 布団を片付け、お茶を飲む。とりあえずそこまでして落ち着いてから、私は思い出すことにした。

 

 私が昨日の夜の事についてしっかりとした記憶が続いているのは、屋根の上に登って月を見たところまでだ。涼しい風を感じながら、夜闇に浮かぶ月を見た。それから、記憶が曖昧になった。

 

 いつのまにやら夢見心地になって、意識が朦朧として一瞬だけ途切れた。それから意識がはっきりと気付けば、私は何故か里の外にいて、見覚えのある黒ずくめの男の人と会話していた。そこで、私は自分の中に、いつか見た“彼女”が存在している事をはっきりと自覚した。意識だけがあり、体は別の意識が動かしている状況。そんな中々無い経験をしながら、私自身ははっきりと意識を保っていた。

 

 

 あの“彼女”とは、私はかつて出会ったことがある。今から二年かそこら前に、博麗神社で寝ていた私の夢に出てきた“彼女”だ。

 

 “彼女”は私の事を表層だとか仮初だとか言っていたが、そのときは途中で紫さんが乱入してきたので有耶無耶になってしまった。結局“彼女”が誰だったのかは分からない。紫さんの言う通り、私に憑依か何かをして悪さをしていた何物かなのか、もしくは“彼女”の言う通り私の本質であり深層なのか……。それは当事者の私が一番分からない。それを何かと判断する材料が何一つとして無いのだ。

 

 そんな“彼女”は私の体を乗っ取った(取り戻した?)。そのときの記憶はしっかりと頭の中に残っている。会話の内容も。頭に響いた膨大な噂の声も。私とは思えない身体能力があることも。そして、久方ぶりに顔を見た青年、荒谷(あらや)江介(こうすけ)さんのことも。

 

 私が荒谷さんと知り合ったのは、私がこの幻想郷にてゆっくりとした日常を送っていた日の事だ。空を飛ぶ霊夢さんに興味を持って走って追いかけて、当然のように迷い混んだ博麗神社前の森の中で、野良妖怪に襲われて食べられそうになっていた私を助けてくれたのが、私と荒谷さんの出会いであり、この不可思議な人里暮らしの始まりであった。

 

 それから私は彼に連れられ、紫さんと知り合い、人里に行った。霊夢さんにこの“(ふう)”という名前を貰い、自分の過去を断片的に知り、そして“彼女”を見た。

 

 荒谷さんはそんな私には大した干渉をせず、出会いの後はそこまで会ったり話したりしていないので、正直言ってあまり記憶に残っていない。やったことは私に対する脅迫と慧音さんに対する通告ぐらいだ。いつもはどこで何をしているのか、彼がどんな人なのか、そもそも人間なのかということを私は全く知らない。知っているのは彼が紫さんと何かしらの繋がりがあって、紫さんの指示の元に動いている、ということぐらいだ。

 

 そんな彼が、満月の夜、“彼女”となっていた私の前に現れた。それこそ都合よく、まるで予定調和のように。彼と“彼女”が出会うことが運命付けられていたかのように。

 

 二人とも途中からはその場で争う仕草を収め、互いに静かに言葉で相手を罵倒し、貶し合い、そして“彼女”は締め括りに大仰な御辞儀をした。それはどこかで見たことのある仕草で、かつて荒谷さんが初対面であった私に対して自己紹介の時にしたものとよく似ていた。しかしそれが荒谷さんには随分と癇に障るものだったようである。自分の事がそれほどまでに嫌いなのか、それともあの仕草には特別な意味があるのか……。例えば嫌いな相手に対してする最大級の煽りであるとか。その理論で行くと私は初対面だった彼に唐突に煽られた事になる。たぶんそれは無いだろう。そうだと思うことにする。

 

 しかし、その時の会話を一字一句完璧に覚えているわけでは無いにしろ、大まかな内容は覚えている。それをかいつまんで考えると、“彼女”は私の中にいる本当の私、という線が非常に濃厚になる。それはつまり、“彼女”のことを悪い存在だと断じた紫さんが、堂々と嘘を吐いたということになってしまう。もしくは私が悪い存在であり、紫さんが今の私をひっくるめてそう言った可能性もあるが、それはとりあえず置いておく。神社の時の“彼女”と今回の“彼女”が別の人格である事も考えられるが、しかしそれだと私は記憶喪失の表層人格の裏に、本来の私の人格である“彼女”と、何かしらの悪さをしでかそうとしている私と全く関係のない“彼女”を宿した存在になってしまう。二重人格だとかそんな簡単なものではない。そんな状態になってはたまらないが、例えそうだとしても違うとしてもその別人格に干渉できない以上私がどうしたって解決しない問題であることも事実だ。

 

 ……つまり、私は完全な当事者であり被害者であり加害者である癖に、その事について考えてもどうしようもない、無知で蚊帳の外の妖怪であるらしい。立ち位置が面倒臭い。中心にいながら事実の全貌を全くと言っていいほどに知らない、悲しいほどに無知な存在なのだ。ここまでくると泣けてくる。

 

 

 とりあえず、難しいことを考えるのは後回しだ。考え事は嫌いではないが、寝起きで考え事をすると頭が痛くなる。もう外は昼だ。秋の日は短い。時間を無駄にしているとあっという間に夜になってしまう。何か動かなければ。

 

 今までの悲惨で非生産的な思考をとりあえず追い出し、外に出るために身支度をすることにした。もう少し体を動かす仕事に就いていれば、運動によって頭のなかをすっきりさせる事が出来るかもしれないが、残念ながら普通に噂屋をしていれば引きこもりと大差ない運動量である。気分転換は大事なので、私はよく外に出掛けて散歩なり一寸した運動なりで体を動かすようにしている。その間は店主不在ということで噂屋は一時休業だ。商売人としていい加減すぎる気もするが、どうせ重要な依頼など誰も持って来ないのだから大した問題ではないだろう。万が一に備えて呼び出し鈴のようなものを作ってもいいかもしれない。紅魔館の咲夜さんが似たような機構の耳飾りを着けていた筈であるので、今度聞いてみることにしよう。

 

 そうして普段着に着替えた私を、戸を叩く音が呼んだ。最近訪問者が多い気がする。繁盛しているわけではないのだが。できれば世間話とお金が同時に来て欲しいものだ。それを顧客というのだが。

 

 

「はいはい、誰ですか?」

 

 

 特に警戒もせずに戸を開けた。来るもの拒まずが基本である。店が拒んでいたらお話にならないが。

 

 私の目の前に立っていたのは、どこかで見たことのある黒い服装に身を包んだ男の人だ。その黒一色の全身像や、顔立ちや髪型などは、なんだかものすごい最近に見た気がする。だれだっけなー。

 

 

「……目を逸らすな。話があって来た」

 

 

 逃げさせてはくれないようだ。現実は非常である。私が後回しにしたかった人が向こうからやって来た。まったく嫌になる。せめて一日かそこらの頭を整理する猶予期間を設けてくれてもいいとは思うのだが、そんな配慮は無いようだ。泣きたい。

 

 

「……話?何でしょうか」

 

「昨日の夜の事だ。確認してこいと言われたんだよ」

 

 

 ……やっぱり。

 

 

 ――――――

 

 

 とりあえずお昼御飯が食べたかったのでその後でいいかと聞いてみると、そのくらいなら荒谷さんが奢ってくれるらしい。なので、私と荒谷さんはいつも私が行く店よりも少しお高い料理屋に足を運ぶことにした。彼が奢ってくれるというのなら、やはり美味しいものが食べたい。荒谷さんは紫さんと繋がっているのだから、お金は幾らでも持っているだろう。私はそんな事を露にも顔に出さずに当然のように行ったので、彼も疑問を抱かずに来てくれた。店内でお品書きを見た彼の顔が若干引き攣った気がしなくもないが、そこは大して気にすることではない。男に二言は無いのだ。たぶん。

 

 

「――で、何を確認しに来たんですか?」

 

 

 注文を終わらせ、従業員が引っ込んだ後に私は切り出した。荒谷さんはそれで、少しの咳払いの後に口を開いた。

 

 

「まずは、記憶だな。覚えているか?」

 

「ええ、それはもう。荒谷さんが来た後の事も」

 

「……そうか。一応確認だが、アレはお前ではないんだな?」

 

 

 “アレ”とは“彼女”の事だろう。きっと紫さんから私のことは一応聞いているけど、自分でも確認したいというところか。しかし“彼女”と荒谷さんはどうやら昔に会ったことがあるような会話をしていたし、そもそも知っているかもしれない。何か因縁でもあるのだろうか。私の全く知らないところで。

 

 

「違う……筈です。少なくとも、私は何もしていませんし、何もできませんでした」

 

 

 その答えははたして彼の満足する回答だったのか分からない。荒谷さんはそうか、と一言呟き、お茶に口をつけた。

 

 

「……あれは、“彼女”は、誰なんですか?」

 

 

 私はそう口火を切った。この食事の中で、彼は必要な情報に確認を取って帰るだろう。それだけでは私の疑問は解消されない。そうおめおめと引き下がるわけにはいかない。この食事の間に、私も必要な情報を彼から引き出してみせよう。

 

 彼が“彼女”について詳しく知っていると私は断定して、そう言った。

 

 

「前に私が“彼女”に会ったとき、紫さんは“彼女”の事を、私を喰おうとするものだと言いました。その言い分が正しいと、昨日の事と辻褄が合わないんです。喰う筈の存在が表に出てきてしまったのに、こうして私は私として存在しているんです。説明してくれますか?」

 

 

 いつになく饒舌だと自分でも思うが、自分のことなのだから仕方がないだろう。誰だって自分に危機が迫れば身を守ろうと必死になる。私は抽象的ながら我が身に迫る危機を防衛している。

 

 それを受けた荒谷さんは、暫く考えるような仕草の後、こう言った。

 

 

「……まあ、どちらも正しい」

 

「は?」

 

「……つまり、だ。お前の中の、お前が言うところの“彼女”は、お前を喰おうとしている、本当のお前、ということだ」

 

 

 ……うん?

 

 つまり、紫さんの言っていた“何者か”というのは私自身であった、という事で、初めから矛盾もしていなかったということなんだろうか……?

 

 とすると、私の本能が抵抗しているという事なのか……。いやそれならば表に出た昨日に私という存在は駆逐されている筈だ。態々もう一度封印されに行く訳が無い。

 

 混乱してきた。生憎頭が良い方ではないので、理解が追い付かないこともままある。とりあえず落ち着こう。

 

 出されていたお茶を飲む。うん、美味しい。料理がお高いだけはある。……よし、落ち着いた。

 

 

「本題に戻るが、とりあえず聞きたいのは2つだ。まず一つ目、最近体に不調は無いか?」

 

 

 ……不調。まるで健康診断だ。もう少し答えづらい、本質的で抽象的で精神的な事を聞いてくるかと思ったが、案外簡単なことだった。今のところ体も心も健康そのもので、あれから後遺症のようなものも一切感じないし、何か変わったわけでもない。

 

 

「いえ、別に。強いて言えば体を乗っ取られた位で、健康そのものですよ」

 

 

 そう答えると、目の前の彼は少し頭を抱えた。なんというか考えが外に出てくる人なのか、先程から動きだけで彼の考えは何となく分かる。しかし、それが当たっているなら頭を抱えるような言動をしたということだが、私は何か変な事を言っただろうか……。

 

 

「まあ、いい。ならもう一つ。人里の生活は楽しいか?」

 

「……楽しいですよ。なんでそんなことを聞くんですか?」

 

「俺に聞くな。八雲紫が聞いてこいと言うんだ。理由は知らん」

 

 

 荒谷さんはそうとだけ言った。その言い方からして、たぶん過去にも同じような事が何度もあったのだろう雰囲気を感じる。彼も苦労していそうだ。疲れた顔が物語っている。藍さんといい、紫さんは人使いが荒いのだろう。

 

 そこで、何となく気になった事がある。どうして荒谷さんは紫さんと共にいるのかという事だ。藍さんとの出会いはお酒の入った紫さんが臨場感たっぷりに話してくれたので知っているが、そういえばあの時に紫さんは荒谷さんのことを何一つとして話さなかった。存在を忘れていたのか、もしくは話したくない理由でもあったのか。それは分らないが、もし後者ならどうしてなのかは非常に気になるものだ。

 

 

「……荒谷さんは、どうして紫さんと一緒にいるんですか?」

 

 

 気になったことは聞いてみる。聞くは一時の恥という事だ。そういえば、私と荒谷さんが落ち着いて一対一で話すのは初めてな気がする。彼の身の上話は色々と面白そうだし、個人的に凄く気になる。

 

 

「まあ、色々あったんだ。大した事じゃないが、そう楽しい話じゃない。こんなところで話す事じゃない」

 

 

 荒谷さんのその言葉には、明確な拒絶があった。後半に強勢を置くその言い方は、言外に“話したくない”と私に強く言っていた。目も合わせてくれないし、顔も少し険しい。そこまでされると私も問い詰める気が失せるし、好奇心と面白半分で土足で踏み込んでしまったようだと思い、悪いことを思い出させて申し訳ない気になる。過去は気軽に掘り返す物ではない事は何となく理解していたが、ここまで強く拒絶されたのは初めてだ。やはり好奇心は猫を殺す。私は猫にはなりたくない。

 

 

「あの、その、ごめんなさい」

 

「謝らなくていい。ただ、他人には迂闊にそういうことは聞かない方がいい。触られたくない奴もいるからな」

 

 

 荒谷さんの言葉はどこか他人事で、しかしそれが私に、彼自身が彼のことを真正面から見ていないのではないか、という大変失礼な考えをさせた。もし本当にそうでもそれは私が言ったところで何も解決しないし、不用意に傷付ける事にもなりかねない。それに、会ってから二年かそこら、それこそ実際には三日も会っていない相手からそんな事を言われても、お前に何がわかるという感情になるだろう。私ならそうなる。なので、私はその考えを心に仕舞った。

 

 そのまま微妙な空気のまま、運ばれてきた料理を食べた。いつも食べている料理よりもとても美味しかったが、何も喋らない荒谷さんの雰囲気といつ“彼女”が出てくるのか分らないという少し不安な感情に惑わされて、上手く味わえなかった。

 

 

 ――――――

 

 

 その後、荒谷さんは本当に多少の質問だけで帰っていった。それが意味するところはよく分からないが、とりあえず私が知りたかった事は一つだけ聞くことができた。紫さんは嘘を吐いたのではなく、おそらく私の理解を簡単にするために抽象的な表現を使ったに過ぎないのだろう。そういうことにしておく。紫さんの思考は理解しようとしても不可能なことはよくよく分かっている。

 

 十六夜の月が浮かぶ下で食べた夕食は、何故だかとても微妙な味がした。美味しいものを食べた後の食事は、やはり見劣りしてしまうのは仕方がないのだろう。

 




「――だそうだ。予想通りか?」
「まあ、概ね。むしろ予想以上ね」
「……いつまでこうしておくつもりだ?」
「それは彼女次第よ。即答できないわ」
「契約は履行してもらうぞ、しっかりと」
「それは勿論。あなたが満足できる結果を約束したもの」

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