明けましておめでとうございます。
今日は元日。私の三回目の、人里での年越しだ。年が明ける、というのは妖怪的には大してめでたい事でも珍しいことでもないかもしれないが、そういう行事は楽しんでいかないと、年中暇な身としてはやることがない。新年は初詣をして盛大に祝う。それは年を越す為の大事な儀式だ。
私は久々に着物を着付けながら、去年の初詣について思い出していた。
博麗神社に初めて初詣に行ったのは去年だ。一応
今年もたぶん似たような物だろう。そう思うと神社の事が少し可哀想に感じるが、まあ仕方がない。巫女がああなのだから。
私は一応、人里の新年祭りにも参加する。しかし個人的には博麗神社の初詣のほうが楽しみなので、人里のほうは適当な所で切り上げて、さっさと行ってしまおうと考えている。人里の人間達がやんややんやと騒いでいるのも楽しいが、しかし外来人だからか胡散臭い商売をしているからか、もしくは性格が原因なのかは知らないが、それとなく腫れ物扱いされているのも事実だ。表面上は親しくしてくれる人も結構いるが、やはりどこか、踏み込めない距離を置いていると感じることも多々ある。仕方のないことだとは思うが、気にしていても始まらない。それに比べて妖怪達は、私がどんな存在だろうと、“無害ならいい”という極めて単純な思考で受け入れてくれる。どれだけ怪しかろうが、どれだけ面倒な事情を抱えていようが、それらを全部ひっくるめて“私”として受け入れてくれるのはとても嬉しい。そう感じるのは私が妖怪だからだろうか。
妖怪達は素直だ。少し前迄は人間と言うだけで軽視されていたものの、
そうこう考えている内に着付けが終わった。姿見など無いので手鏡で確認しながらだが、たぶんこれでいいはずだ。普段着なれないから少し不安ではある。
外、特に大通りのあたりは既に人でごった返していて、皆新年のお祝いをしている。私は人混みを避けるように裏路地を歩き、知り合いにだけ軽く挨拶をしていく。明けましておめでとうございます。そう頭を下げれば、きちんと挨拶が返ってくる。人里だからだ。博麗神社ならこうはいかない。挨拶代わりに弾幕ごっこだったりする。それを考えれば平和でいい。人付き合いは大切だ。
そうして一通り挨拶回りを終え、最後に寺子屋に立ち寄った。周りでは子供達が集まって大騒ぎをして、それを保護者達が微笑ましく見守っている。寒いなかよくあんな薄着で騒げるものだ。むしろ羨ましい。
そんな保護者達の中に、雑談を楽しみ馴染んでいるお目当ての人を見つけた。慧音さんだ。やはり子供が好きなのだろう、時折気にかけながら、時折声を飛ばしながら、笑顔で子供を見守っている。幸せそうだ。
「明けましておめでとうございます、慧音さん」
ちょうど輪から離れて一人になった慧音さんに近づき、話しかける。慧音さんはこちらを見て、子供達に向けるものと同じような顔をした。
「ああ、明けましておめでとう、風。今年もよろしく頼むよ」
はい、と私は返事をする。ああ、それにしても楽しそうだ。幸せな人を見ていると、こちらまで
「どうした、風?そんな急に辛気くさい顔をして。運気が飛んでいってしまうぞ?」
……楽しいわけがない。
私は今、何を考えていた?まるで害をなす妖怪みたいなことを考えていた。自然にそっちに思考が引っ張られたというか、そう考えるのが自然だと誘導されたかのようだ。私はそんなことは微塵も思わない。まさに今、慧音さんは幸せそうだ。それには何の嫉妬もましてや破滅願望など抱くはずがない。思考が逸れた。以後気を付けよう。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと目眩が……」
「張り切りすぎだ。これから博麗神社に行くんだろう?しっかりしろよ」
笑われてしまった。それもそうか。にしても、慧音さんは私が博麗神社に行くことを知っているのか。まあ確かに霊夢さんらと仲がいいのは周知の事実だし、そう推測するのも自然だ。
雑談も程ほどに、私は慧音さんに別れを告げる。向こうもまだまだやることがあるだろうし、私もさっさと博麗神社に行きたい。
それに軽く了承を返すと、慧音さんは人の群れに消えていった。さて、私も行くことにしよう。
門を出て、空を飛ぶ。寒いが仕方がない。そこそこ速度を出しながら、私は東へと向かった。
――――――
私が着いた頃には、まだあまり人は集まっていなかった。霊夢さんが珍しく巫女服で巫女の仕事をしていて、魔理沙さんがそれを遠目に見つつお茶を飲んでいる。そこだけ見ればいつもの博麗神社の光景だが、今日はそこになんとなく厳かさを感じた。
降り立つ。綺麗に掃除された境内は今日の来客を迎え入れる為だろう。ご丁寧に立て看板に筆書きで“↑賽銭箱”と書いてある。いつも入らないので、初詣くらいは、という霊夢さんの意気込みが感じられる。その必死な努力を信仰集めに向ければもう少しは参拝客が来るだろう事を考えると、どこか哀しい。まあ本人以外の原因もあるので、そこは仕方がない所もある。
一番初めに気付いたのは魔理沙さんだ。おもむろに立ち上がって、近付いてくる。博麗神社に行くとしょっちゅう家主のはずの霊夢さんより魔理沙さんに迎えられるのは何故なのだろう。霊夢さんはあまり外を気にしないからだろうか。まだ魔理沙さんの方が人付き合いは得意そうである。どんぐりの背比べだが。
「よう、風。初詣か?熱心な参拝者だな」
新年早々煽られた気がするが気にしない。とりあえず愛想笑いでかわし、奥にいる霊夢さんの方に行く。
「明けましておめでとう、風。素敵なお賽銭箱は左手よ」
新年早々賽銭をたかられた。元々入れるつもりだったが、少し気が早い。まあいつ入れても大して変わらないであろうから今のうちに入れておこう。ご機嫌とりも兼ねて。
財布から硬貨を取りだし、投げ入れる。からんからんと乾いた木の叩かれる音と共に、賽銭は闇に消えた。まあ予想通りだ。
鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。どこにいるのかも何を司っているのかも、そもそもいるのかどうかも分からない博麗神社の神様へとお参りするのだ。是非ともいつぞや言っていた“大層なご利益”が欲しいものだ。無いだろうが。
参拝を終えて霊夢さんの方を見ると、期待を込めた目でこちらを見ていた。霊夢さんが座る机には、“
「……」
「なによその目は。がめついとでも思ってるの?」
相変わらず勘だけは凄まじい。思考を読まれているのかと思う位だ。今回も私が考えていたことをばっちり当てられてしまった。
「何も言ってないですよ。御神籤一つください」
「はい、まいどあり。目は口ほどに物を言うのよ、覚えておきなさい」
渡された木の筒を振る。下の面に空いた小さな穴から、一本だけ木の棒が出てきた。そこには綺麗な一本線が引かれていた。
「はい、一番ね。どうぞ」
受け取ったのは折り畳まれた紙片。開いてみると、初めに目につくのはでかでかと書かれた今年の運勢。
……。
「お、御神籤引いたのか。どうだった?」
魔理沙さんが寄ってきたので、なんとなく隠す。里の子供と大して思考回路が変わらないように見えるのは何故だろうか。
何度もしつこく見ようとしてくるので、少し楽しくなって防衛を続けていると、鳥居の方を見ていた私は人が来たことに気付いた。大きな日傘を差した長身の女性と、その隣に立つ幼女。特徴的なメイド服を着た少女と、
レミリアさんはずかずかと霊夢さんの方に向かい、咲夜さんは私に少し会釈をするとその後ろをついていった。あの二人も相変わらずだ。たまに会っているのでそれほど久し振りという訳ではないが。そういえば美鈴さんやパチュリーさんはいないのだろうか。今日は一年に一回の記念日だから来てもいい気はするが……まあ、あまりそういうものを気にしない
「吸血鬼が神に参拝しに来るとはね。それってどうなの?」
「私は無神論者なの。それに、そもそもこの神社に神なんていないじゃない」
「いるのよ。……どっかに。そんなことより、素敵なお賽銭箱は向こう」
「貧相な巫女が可哀想だからお布施してあげるわ。感謝しなさい」
「喧嘩売ってんの?私は心は豊かなのよ、貧相な背丈のあんたと一緒にしないでくれる?」
「新年早々そういうところが心が貧相って言ってるのよ。咲夜、向こう」
相変わらず仲がいい。レミリアさんは何かと神社に来ているらしく、たまに霊夢さんと仲良さげに話しているのを見る。霊夢さんは迷惑そうにしていることが大半だが、それでも拒否しないということは嫌いではないのかもしれない。たぶん好きなのだろう、そういう騒がしいのが。本人にいうと否定するが。
私からの御神籤の奪取をあきらめた魔理沙さんは、今度はレミリアさんに狙いを変えたようだ。とりあえず一安心、とため息をつくと、ちょうど後ろから声が聞こえた。
「明けましておめでとうございます。新年早々騒がしいですね」
後ろを振り向けば、立っていたのはまたもや銀髪少女。しかしこちらは幾分か幼く、ついでに帯刀している。妖夢さんだ。相変わらず大きな白玉らしき物体を浮かせている。あれが妖夢さんの半分らしいのだが、いまいち分からない。そしてその後ろには、青い着物を着こなした女性。幽々子さんだ。なにやらぼけっと周りを見回しては、飛んでいる幽霊を弄くっている。考えていることが分からない人だ。
……よく考えれば、私以外だれも特別な服装をしていない。皆普段着だ。そういうのに横着しない私でも、なんとなく浮いた気になってくる。幽々子さんは着物だがいつも着ているし、それが普段着みたいなものだろう。ううむ、思ったより新年というものに頓着していないようだ。来年からは普段着でいい。
「あ、妖夢さん。明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」
なんだか博麗神社に来て初めて言った気がする新年の挨拶をしながら、私は懐の脇差しをなんとなく気にかけていた。元々は妖夢さんからもらったお古を、鍛冶が得意だという小傘さんに鍛え直してもらった物だ。その出来は刀剣に疎い私でも素晴らしいものだと感じられるもので、妖夢さんが見たら何て言うか。たぶん面倒なことになりそうなので気取られないように半身引いた。
妖夢さんはそんなことは特に気にせず、いまだレミリアさんと霊夢さんが何かやっている賽銭箱の方に歩いていった。幽々子さんは相変わらずだ。と思っていたら、いつのまにか本殿の方にいた。何をやっているのやら……。
「何をやっているんですか?幽々子さん」
気になったので、寄って行って聞いてみる。私が近づいたのに気付いて、幽々子さんはこちらを見た。
「何って……別に?ここのほうが見えやすいじゃない、色々と」
彼女はそう言って、私を通して集まった人々を見た。何となく、幽々子さんは人を見ていないのではないか、という不可思議な感覚がよぎった。それは神社を見るには遠すぎる目をしているからか。それとも、亡霊である彼女が纏う幽玄で消え入りそうな雰囲気がそう感じさせるのか。それはよく分からない。
「……たしか、風と言ったわよね」
「……はい、そうです」
幽々子さんは此方を見ずに言った。
「貴方、死ぬ気はあるのかしら?」
「……は?」
「自分の為に死ぬ気はあるのかしら、ということよ」
……何を言っているのだろうか。自分の為に死ぬ?その問いが自己矛盾している気がする。死んだら終わりだ。それこそ幽々子さんのような例外を除いて。
「……質問の意味が、よく分かりません」
「そう、ならいいの。死に装束を着ているから、そういう意味かと思って」
ん?この人は今何と言った?
私が死に装束を着ている?
「ほら、貴方の着物、左前でしょ。それは死人のモノよ、縁起が悪いの」
……そういうことは早く言って欲しい。
幽々子さんに正しい着付けを教えてもらいながら、私は騒ぐ人々を見ていた。楽しそうなその姿に、私の中の何かがちりりと反応したが、それは私の中では大した事ではないと思ってしまった。
着物から御神籤が落ちても、私も幽々子さんもそれに気付く事はなかった。その運勢は“凶”。暗雲を告げる神の言葉は、誰にも気付かれずに風に舞い、自然の中に消えて行った。
「なあ、御神籤はどうだったんだ?」
「私は大吉よ、そうなるようにしたもの」
「そんなしょうもない事に能力を使うなよ……」
「この世界はしょうもない事の集合体よ?使わなくてどうするの」
「ああ、そうかい。ところで、妹君はお元気かい?」
「妹君?ああ、あの子は……元気よ。少なくとも死んではいない」
「ん?お前にしては変な事を言うんだな」
「どうなるかはあの子次第よ。私が干渉する事ではないわ」
「そりゃあ随分と、シスコンなことで」