ほぼ一発書き。チュウニズムが面白いのが悪いんや……。
小説用ツイッターはじめました。詳細は活動報告で。
花が咲いた。それは異変であった。
異変となれば、飛び出していくのが博麗の巫女。今回は特に危険性は感じなかったが、花と幽霊が異常に増えた原因を探りに、今回も神社を飛び立った。その心の中は、主に“目に見える異変に動かないと難癖を付けられそうだ”という理由に占められていたが、それでも幻想郷に住む人々にとっては博麗の巫女が動いた、という確固たる現実として知れ渡った。大きな異変でもない限り動かない怠惰な巫女だが、今回ばかりは思っていたよりも迅速に動き出したものだ、と少しだけ評価が向上したことは、彼女の知らない話だ。
その後、彼女なりの調査の結果、この花と幽霊は自然現象であり、幻想郷が60年毎に生まれ変わっている証拠である、ということが判明した。つまり博麗の巫女がどうこうする問題ではなく、放っておけば勝手に収まるということだ。調査は無駄骨に終わった。
とりあえず幻想郷の閻魔と死神に職務遂行を勧告した後、やる事の無くなった彼女は神社に帰ってきていた。時は夕刻、空が赤く染まってきた頃であった。
一方、魔法使いの少女も、同じように異変を感じていた。幻想郷中に咲いた花から異変の雰囲気を感じ取った彼女は、博麗の巫女の真似事のように、いつも通り異変の解決へ飛び回った。空を飛ぶ彼女の目には、自在に飛び異変を解決する幼馴染の巫女の姿が、遥かな高みとして映っていた。
結局、巫女の後追いになる形で各所に弾幕と質問をぶつけ回り、結局巫女と弾幕を交わした後、今回の異変からは手を引くという事となった。彼女的には不本意ではあったが、満遍なく起きた花咲きのお陰で異変の元凶を特定する事もできず、かといって巫女の超常的な勘のような行動の指針があった訳でもない彼女は、手を引く事に関しては特段の異論は無かった。心残りは自身のちっぽけなプライドだけであったが、それすら巫女の弾幕によって撃ち落された。そうして巫女よりも早めに帰宅した彼女は、今回の反省と改善点を軽く考えた後、異変を片付けて帰ってくる筈の巫女の為に、功労賞として鍋でも作ってやろうと画策していた。彼女が無断で博麗神社に入り込んだのは、丁度日が落ちかけ、これから赤色に染まろうかという頃であった。
――――――
「……で、何で魔理沙が
「功労賞だ。今日は私がご馳走してやろう」
閻魔との弾幕合戦の後、疲れて帰って来た博麗の巫女、霊夢を待っていたのは、我が物顔で神社に居座り勝手に鍋の下準備を始めている幼馴染の魔法使い、霧雨魔理沙であった。
霊夢にとって、神社に魔理沙が来る事はさして珍しい事ではない。魔理沙は暇なときの暇つぶしによく神社に行くし、霊夢も魔理沙が来る事が丁度いい暇つぶしになっている。もはや神社の構造や置いてある物を完全に把握している魔理沙が勝手にお茶請けを食べ始めたり、勝手にお茶を淹れて飲み始めたりする事は日常と化していた。しかし、勝手に上がりこんで夕飯を作り出し、しかもそれが魔理沙特製の魔法の森の茸を使った茸鍋だった事など中々無い。かつて一回だけそんな事があったが、そのときは完全な留守ではなかった。
霊夢はどこか不思議そうに、しかし嫌な訳では無い顔で神社に上がった。仕舞い忘れた炬燵に入ると、既に中は十二分に暖められていて、未だ肌寒い空を駆けて冷えた体を温めてくれた。
「あー……やっぱりまだ寒いわねぇ。仕舞わなくて正解だったわ」
「いつまで出しているんだか。ずぼらな性格が透けて見えるぜ」
「その割には使ってたみたいね。あんたも寒いんでしょう?」
「そりゃそうだ、寒けりゃ暖かくしたくもなる」
そう言って、魔理沙もまた炬燵に入ってきた。丁度向かい合わせに座った二人は、顔を見合わせて、丁度合わせて息を吐いた。
ちゃっかり持ってきた籠入り蜜柑が炬燵机の上に置かれ、それを見た霊夢は笑った。
「あ、気が利くわね。炬燵と言ったら蜜柑よね、やっぱり」
「私が持ってきたんだ、私の分だぜ」
「私の家のものだから、私のよ」
言い合いながらも、どちらもさして嫌な顔をせず、むしろ仲良さげに蜜柑を剥く。これが二人の日常であり、これが昔からの二人の関係である。
「んー、あんまり甘くないわ。やっぱり旬じゃないと微妙ねぇ」
「温室って言うのか?人里で売ってたぜ、紫が持ってきたんだと」
「へぇ……外の世界はいつでも蜜柑が売ってるのかしら、便利なこと」
「何でも外の世界には、年中何でも売ってるらしいぞ。便利だなぁ」
「その時その時に美味しい物を食べるのが良いんじゃない。分かってないわねぇ」
「前々から思ってたが、一々筋取るの面倒じゃないか?」
「気持ち悪いじゃない。変なもの食べてる気分になるし。魔理沙は無神経だから気にしないかもしれないけど」
軽口に少しむっとした表情をした魔理沙だったが、いつもの事だとすぐに諦めた。そして外を見て、なんとなしに呟いた。
「そういや、前に神社で茸鍋をやったときはあいつがいたんだよなぁ」
「あいつ……?ああ、風がいたわね、確かに」
霊夢はそう言って、手を止めた。その顔はどこか懐かしむように、どこか影が落ちた顔だった。魔理沙はそんな顔を見て、頭に疑問符を浮かべた。
「どうした?腹でも痛いのか?」
「違うわよ。ただ、風が……あいつが、幸せに過ごしているんだなぁって、思っただけ」
その要領を得ない返答に、魔理沙はさらに疑問符が増えた。
「……どういう事だ?」
「あんたは知らなくていい事よ。知る必要も無いし」
「そいつはどういう事だ。また隠し事か?あの
“風のことを教えないつもりか”
言外に投げつけられた魔理沙の問いに、霊夢は返答をしなかった。ただ、蜜柑を一口食べた。
「また私は除け者か。知り合いの事も教えてもらえないのか」
「……知ったら、あんたは間違いなく怒るもの。それに、何をするか分らない」
「なら、お前はそれを聞いても怒らなかったか?」
無言。
付き合いの長さは伊達ではない。魔理沙はそれが否定である事を即座に見抜いた。しかし、霊夢が頑として明かさないその秘密に興味を持っているものの、それを聞いてはならないという雰囲気を感じてもいた。
「……なあ、風を呼ばないか?」
「はぁ?」
「鍋に、だよ。いつかと同じように」
それを聞いて、霊夢は一瞬面食らった顔になったが、魔理沙のすぐに言わんとすることを理解してため息を吐いた。
「……好きにしなさい。私が後の準備をしておくから、あんたはそれまでどこに行って何をしても構わないわ」
魔理沙は立ち上がった。
――――――
魔理沙が外に出れば、既に日は沈んだ後だった。まだ日は短く、気がついたら日は沈んでいる。
魔理沙はとりあえず自身の箒に跨り、宙に浮いた。実は別に飛ぶのに箒は必要ない。魔法が使える彼女にとって、空を飛ぶと言う行為に特別なものはさして必要ではない。しかし、彼女が目指す魔女は、箒に乗って空を飛ぶのだ。だから彼女は空を飛ぶのに箒を使う。それは単純な拘りであり、自身が魔女であると周りに言いふらしているようなものだ。
空に浮いた魔理沙は、軽く周囲を見渡した。まだ月が出ない頃で、周りは真っ暗だ。太陽の残滓が薄く照らすものの、遠くを見渡すには不十分だ。
そんな闇の中、魔理沙は唯一見える明かりの方角に向けて飛んだ。それなりにある距離でも見える明かりは、人里の明かりだ。人の生活する明かり。
そこに行けば、そこにはいつも通りに暇した彼女が――風がいて。彼女は突然の来訪に困った顔をしながら、しかし提案には喜んで乗ってくる。元々が人間の逃げ出した私よりも、元々が妖怪なのにずっと上手く人々の中に溶け込んで、幸せに生活している彼女。羨ましくないと言えば嘘になる。嫉妬していないかといえば嘘になる。しかし、今の魔理沙には人里に対する未練は無い。窮屈で、人を規格化して閉じ込める牢獄に、どうして順応できようか。魔理沙はかつての自身の選択に後悔はしていないし、これから先する事もないだろう。
霊夢はああは言っていたが、しかし風の事が嫌いという訳ではない筈だ。これまでの経緯を鑑みても、霊夢にしては珍しく風のことは気にかけている。霊夢はいつも不干渉で、基本的にこちらから突っかかって行かないと何もしないししてこない。そんな彼女にしては珍しく、風のことを心配していたり、たまに押しかけたりしていた。だから魔理沙は、霊夢は風のことを特別に思っているのだなあといつも感じていた。それと同時に、自分が一番親しいと自負している霊夢に現れた特別な彼女に、多少の嫉妬と羨望を抱いた。
しかし、今ではそんな事もない。霊夢は相変わらず無気力で出不精だし、風はあれでかなりの面倒臭がりで大して外に出て来ない。霊夢に一番会っているのは自分だし、一番の理解者も自分だ。そこは譲れない。
そんな一方的な嫉妬とライバル意識を胸に仕舞いこんで、今は一人の友人として、魔理沙は空を駆けた。
ふと、霊夢は空を見た。既に日が落ちた空を見て、霊夢は何となく胸騒ぎを覚えた。
彼女は、風が特別に好きという訳ではない。紫からよく見ておけと釘を刺されていて、単純に気にかけなければいけないことになっているだけで、本音を言えば関わりたくは無い。何か面倒臭そうな事情を抱えた妖怪など、誰が好き好んで絡もうと思うのだろう。そういうものは魔理沙だけで十分だ。
霊夢はそこまで考えて、魔理沙が怒っている事に何となく察しがついた。きっと魔理沙の中では、私も風も、何か簡単な事を隠したままで魔理沙に対して意地悪をしているものだと思っているのだろう。それが的外れな事だという事実に霊夢は気付いていたが、しかしそれを指摘すれば魔理沙は追及を止めなかっただろう。魔理沙はどうでもいいことよりも重要そうな事に絶対興味を持つ。ならば追求を避ける為に勘違いしてもらえればそれでいい。霊夢はそう考えていた。どうせ風も自分のことを分っていないだろうから、何か言われてもボロを出しようが無い。
霊夢はそこまで考えて、しかし晴れない胸騒ぎを抑えた。こういう時の嫌な予感は当たるのだ。そうでないときの予感も大抵当たるが。
「あー……私が行けばよかったかなぁ」
独り言は届かない。
――――――
魔理沙が人里に着くと、そこは静まり返っていた。日が落ちたばかりで夕餉時だが、あまり外に出ている人はいないし、その人もどこと無く暗い。何というか、里全体に暗い雰囲気が漂っていた。最近里に行っていなかった魔理沙は、自分がいた頃の明るい人々とのギャップに妙な不気味さを感じながら、風の家に向かって大通りを歩いた。
風の家は一本入った裏の路地に面している。なので彼女の家に行くには大通りを外れなければならない。しかし、大通りから見た路地裏にはおどろおどろしい暗闇が横たわっていて、魔理沙はその中に漠然とした不安と恐怖を感じた。弾幕ごっこが普及してから、魔理沙は妖怪に対して恐怖を抱かなくなった。対等に話してみれば案外面白い奴らばかりで、そうなってから改めて魔理沙は人里を飛び出した自身の英断に感謝したものだ。しかし、いま目の前にある闇からは、不思議な暗さを感じていた。まるで、抗えない恐怖そのもの――まさしく原義通りの妖怪と対面しているかのような、不思議な気持ち悪さを覚えた。
それを気のせいだと押し殺し、魔理沙は路地裏を歩いた。これから友人の家を訪ねるというのに、辛気臭い顔をしていてはいけない。今に見えてきた戸を叩けば、彼女はゆっくりと出てきて、私のことを笑顔で迎えて、「こんばんは」などと言うのだろう。それを信じて、歩を進める。
ぴちゃり。
まさに戸の前に辿り着くかという時、魔理沙は水っぽい音を聞いた。それは雨の日に地を歩くとよく聞こえる音。雨が溜まった上に足を置くと聞こえる音。
最近雨が降ったことはない。だとすれば打ち水か何かか。しかしそれにしては時期が早い。
そうして足を止めた魔理沙は初めて、周囲に漂う濁った異臭に気付いた。軽く見回してみても、特に変わったところは無い。そうして、足元の水溜りに目を落とした。
赤かった。
僅かな明かりによって照らされた足元には、妙に粘つく赤い液体が溜まっていた。歩く度に鳴っていた水音は、これが原因か、と魔理沙はどこか現実から逃げた思考をした。
「……おいおい、嘘だろ?」
無作為に咲き乱れた花の香りと、足元から漂う異臭に巻き込まれて軽く吐き気を催すが、魔理沙は魔法使いとしての経験で何とか堪えた。普段からそういう生物の生臭さを嗅いでいたお陰で、その正体にはすぐに気付いた。しかし、頭の中に浮かんだ最悪の想定が、歩を速く進める事を許さない。静かに、用心深く。魔理沙は時折背後を振り返りながら、目的地へと歩いた。後ろには誰もいない。気配も感じない。しかし、何か殺意めいた不安を突き刺された気分になって、どうしても振り向いてしまう。
家の前に立ったとき、既に戸は開いていた。内開きの戸の中からは、異様な雰囲気が流れ出ていた。それはどこと無く紅魔館の地下に通じるナニカであり、魔理沙はどこと無く懐かしさすら感じた。
「おい、風。いるか?」
魔理沙は自分でも震えていると分かる小声で、中にいる筈の少女を呼んだ。いつもは妖怪相手に堂々啖呵を切る魔理沙は、今は闇を恐れるただの人間だった。なんて情けない魔法使いだ、と魔理沙は自嘲した。
しかし、返事は無い。その代わりに、外で聞いた水音に似た音を、確かに耳で捉えた。
「……入るぞー」
魔理沙にしては珍しく、遠慮がちな声と共に住居侵入を果たした。図書館に突入していく彼女とはまるで別人である。
中は真っ黒だ。唯一の窓も今は板で塞がれていて、開かれた戸から入り込む僅かな明かりしか頼りは無い。
「……まりさ……さん……?」
文字通り手探りな魔理沙に、一番聞きたかった声が聞こえた。それはいつもの女の子然とした可愛らしい彼女の声とは全く違う、弱弱しくか細く、切れてしまいそうな声であった。僅かな音を逃さなかった魔理沙はすぐにそちらに振り向く。
夜の暗さに慣れてきた魔理沙の目は、薄っすらと声の主を捉えていた。
卓袱台の向こう側、壁に体を預けるように、座った体制のままの彼女は、右手をお腹に当てたまま、片目で魔理沙を見つめていた。既に左目は開いておらず、まだ流れ出ているのかぴちゃり、ぴちゃりと土間の段差から液体が垂れ、それが傾斜に沿って路地裏に川を成していた。凄まじい異臭と気持ち悪さに、魔理沙は今度こそ嘔吐しかけたが、しかし自分で頭に衝撃を与えて雰囲気に呑まれまいと抵抗した。それは功を奏し、なんとか魔理沙は正気を保った。
「……風、なのか?」
返答は聞き取れるかどうか。消えそうな声で助けを訴えていた。
「……いたい、です……。からだが……」
そして魔理沙はすぐに思い直した。
何を静観しているのだ。目の前の少女は死にかけている。それは見ればすぐに分る。今すぐ医者が必要だ。それも妖怪を診れる奴が。幸いにも魔理沙には、そんな医者に心当たりがあった。つい最近、面倒な異変と共にその存在が明らかとなった、引き篭りの医者が。
「風、喋るな。すぐ医者に連れて行く」
魔理沙は勝手に上がりこみ、風を担いだ。妖怪だと自称する彼女の体は悲しいほどに軽く、まるで年齢相応のただの人間の少女に見えた。
風は動かす度に、苦痛に顔を歪め苦悶の声を漏らす。しかし魔理沙に言われた通りに喋る事は無く、その動きに抵抗は無い。
魔理沙は彼女を抱えたまま、箒を風の家に置いて飛んだ。いまさら外面を気にしている場合ではない。いつの間にか八卦路の出力に頼り切って飛んでいたのか、補助の無い飛行は少しだけ疲れるものだった。
「霊夢には……。いや、今はその暇も惜しいな」
魔理沙の頭の中には霊夢の顔がちらついた。これは重大な事件だ。霊夢にも伝えてやりたいが、しかし見るからに風の様態は一刻を争う。寄り道している時間など無い。原因究明も後でいい。今はこの幼い友人を助けるのが先決だと、魔理沙は感じた。
いつの間にか、空には月が昇っていた。月光に照らされたまま、魔理沙は竹林に飛ぶ。その手に命を抱えて。
次回に続く。今回は後書きはこれだけ。