いろいろ判明回。ここまで話が進むと書きたいこと書けて筆が進む進む。
「おい、宇宙人!いるんだろ!」
月の出た夜。妖しい霧を纏った竹林の中を飛び、その奥に聳える純和風の家の前に魔理沙は降り立った。そこはかつて、秋の日に満月を奪う異変を起こした首謀者の家。永遠亭、と呼ばれる場所だった。
月から降りてきた彼女たちは、月にあるらしい都で大罪を犯した……らしい。魔理沙は一応霊夢と紫に話を聞いていたが、しかしいつも通りの理解させる気が微塵も感じない説明によるものなので、全体の二割も理解できなかった。しかしその中でとりあえず分かった事は、あの月から落ちてきた宇宙人どもは不死である、という事と、本職は医者である、ということだ。そして今重要なのは後者だ。
「あー、何よこんな夜……に……」
五月蝿く扉をたたく音と魔理沙の大声に、屋敷からは一人の少女が出てきた。外の世界で言う
彼女の名は
「急患だ。今すぐこいつを助けろ」
有無を言わさぬ眼光の魔理沙に、鈴仙は気圧されるように頷いた。
「分かったわ。てゐー!師匠に知らせて、急患!魔理沙、こっちよ」
鈴仙は怒鳴りつけるように屋敷の中に言い放つと、すぐに魔理沙を連れて屋敷に入っていく。魔理沙も一刻を争う状態な事が分かっているので、何も言わず、鈴仙の後をついて行く。その背に、消え入りそうな命を抱えて。
――――――
「魔理沙、遅いわねぇ……」
霊夢は博麗神社で一人、火を点ける前まで下準備をした鍋に覆いをかけて、魔理沙の帰りを待っていた。人里に行って帰ってくるだけの筈だが、しかし遅い。霊夢ならもう三往復した上に妖怪の一匹でも退治できそうな時間が経っているが、一向に帰ってくる気配を感じない。それどころか、無視しかけていた嫌な予感が段々と大きくなっている事に心配を隠せなくなっていた。あとお腹が空いてきていた。これ以上我慢すると空腹を感じなくなっていくので、霊夢としては早めに夕飯を食べたい。しかし材料を魔理沙が持ってきた上に企画者も魔理沙な以上、勝手に鍋を食べるのはいくら霊夢と言えど憚られた。彼女は一応人間である。最低限の常識は弁えている。はずだ。
「うーん、これは私も行ったほうが良さそうかも……」
何となく、という霊夢にとっての絶対的な行動指針に基づいて、霊夢は空を翔る。
人里に霊夢が辿り着いた時には、既に人里ではそこそこの騒ぎが起きていた。門の前で門番にやたらと中に入るように勧められ、いつもは門前払い一歩手前の扱いなのに、と不思議に思いながら門をくぐると、異様な雰囲気を感じて彼女の勘が即座に警鐘を鳴らした。懐の退魔装備を確かめた後、騒ぎの中心と思わしき場所へと歩いていく。
「ちょっと、これは何の騒ぎかしら?」
それなりの音量で霊夢が野次馬の後ろからそう言うと、それに反応した人々が博麗の巫女の姿を認め、そして道を空けた。どこか見覚えのある路地裏の前には、銀髪の女性――慧音が立っていた。
「霊夢か、丁度いい所に来たな。とりあえずこれを見てくれ」
慧音に促され、霊夢は人が退いた路地裏を見た。月明かりに照らされた薄闇の中に、何も無い路地裏があった。しかし、霊夢の勘は相変わらず警報を鳴らし続けている。そしてそれから、慧音が路地裏の向こうではなく、その地面を指している事に気付いた。
視線を落とす。
レミリアが好みそうな、暗く、粘っこく、嫌悪感を掻き立てる液体が、そこには染み付いていた。
血だ。
霊夢はそれを見て、事件だと確信した。もちろん勘である。
「……殺人?にしては、妙ね」
「妙、だと?」
「ええ。だって、ただの殺しならここまで血は出てこない。どこの家で
霊夢はその血を辿って、路地裏に入る。親切心なのか明かりを持ってきていた慧音にそれを借り、奥を照らす。そこには、ある一軒の家まで続いた血の川と、そして路地裏に転がされた見覚えのある箒。
それを拾い上げながら、霊夢は自分の中に既に確固たる推理を築いていた。
帰らない魔理沙。不穏な人里。見慣れた裏路地と、流れた血、棄てられた箒。遠巻きでいて不謹慎な事に妙に興味津々な野次馬たち。ここまで材料が揃えば、鋭い勘を持った霊夢ならば考えずともその被害者は想像できた。
風だ。
霊夢は人知れず、小さく溜め息を吐いた。今日は面倒な日になりそうだ。
――――――
「おい、風は助かるんだろうな!?」
鈴仙に連れられて手術室まで負傷した風を運び、赤と青の奇抜な衣装を着た宇宙人、
「外傷性出血によるショック症状ね……、録に止血もされてない。この子は妖怪かしら、それなら至急の輸血は必要ない……にしても、いつまで持つか……」
その問いは、永琳には届かない。受け取った患者の様態の観察とそれに従った治療法を考え、それと同時に手術の準備を進めていく彼女には、そんな意味の無い質問と言う名の雑音に対応している暇など無い。今の永琳の頭の中は、目の前に横たわる助けを待つ一匹の妖怪を救う事しかない。
返ってこない言葉に、魔理沙が見当違いな苛立ちを隠せなくなっていると、魔理沙の死角から声がかけられる。
「はいはい、魔理沙はこっち。邪魔だよ」
魔理沙よりも幾分か背の低い、可愛らしい兎の耳を生やした少女が、魔理沙の袖を引いていた。
てゐはそれ以外何も言わず、妖怪の体から出た血液で塗れた魔理沙の背中を何の躊躇も無く押した。そして魔理沙は押されるまま、てゐと共に手術室から追い出されて行った。
「……おい、どうなんだ」
「助かるかどうかは、私は分からない。でも、お師匠様は諦めない。だから、大丈夫だと思うよ」
いつもは飄々としてからかいに精を出す兎にしては珍しく、てゐは真面目な顔で言った。それは魔理沙にこれ以上面倒な騒ぎを起こさせまいとすることで、永琳と鈴仙に恩を売ろうとする打算もあることにはあるが、それ以上に今死に掛けている少女に対する救命措置を邪魔して欲しくはない、という理由が多い。彼女も結局、妖怪として妖怪に同情しているということだ。
「……そうかい。随分信頼してるんだな」
「一応、私達兎に知恵を与えてくれたお師匠様だからね。医者としての腕前は私のお墨付きだよ」
魔理沙としては、医療行為に携わっていないてゐのお墨付きと言われてもいまいち信頼できないが、そこは黙っている。そして、すぐそばに置かれたベンチにどしりと腰を下ろすと、大きく息を吐いた。
やるべき事はやった。あとは運を天命に任すだけだ。目の前に幸運を自称する兎もいる。信じるしかないだろう。
「今日は泊まっていくといいよ。夕飯も食べてないだろ?」
てゐの提案に、魔理沙は喜んで乗ることにした。
――――――
……目が開く。失ったと思っていた左目も、ごく自然に開いた。まるで昨日の事が嘘だったかのように、私は至極自然に布団から起き上がった。様態は快調、不思議なほどに気分がいい。
周りを見回す。やたらと広い部屋だ。周りは和室風の様式だが、しかしどこか不自然な雰囲気を感じる。手元の布団も真っ白で、薄く薬物のような臭いも感じる。これではまるで病院だ。……いや、病院なんだろう。
あまり覚えていたくは無い、昨日の夜の事を朧気に思い出す。夜、夕飯をどうしようか考えていた私の家に、騒々しいノックと共に現れたのは、明らかな狂気を纏った人間で。お前のせいだと喚き散らした挙句手に持ったモノで問答無用に攻撃されて……。今でも思い出すたびに恐怖に襲われる。妖怪が人間に襲われ恐怖するなど笑い種だ。しかし、それでも自衛と称して相手に殺傷行為をしなかったのは我ながら英断だと思える。人でもそれ以外でも、私が攻撃するというのは気分が悪い。藍さんには悪いが、貰った自衛のお札を使う気はさらさら無い。私はまだ、死にたくは無い。しかしここで私が加害者になってしまえば、私の帰る場所が無くなってしまう。手を上げなければ、私は悲劇の被害者として、きちんと怪我を治してからまた人里に住める、筈だ。打算的であることは否定しないが、私の立場自体が危うくなっている現状、居場所を守る為に全力を尽くすのは間違っていない筈だ。
起き上がって布団から出ようとして、私は見事に転げ落ちた。私が布団だと思っていたものは高低差があるものだったらしく、普通に起きて出ようとして隣に足を置こうとして、そして期待していた感触をそこに感じることはなく、体重をかけた足は何も無い虚空に投げ出され、見事に掛け布団を巻き込んだまま地面に転がり落ちた。いつの間にか体に付けられていた糸のようなものも引っ張られ、それが繋がっていたらしい可動式の台も一緒に倒れ、どんがらがっしゃんと漫画みたいな音を立てて落ちてしまった。
「~~!!痛ったあ……!」
声にならない声を上げて、暫し悶絶する。しかし誰もその声に気付いてくれなかったらしく、私がもんどり打った痛みに耐えてうんうん呻いている間も誰もこの部屋に来る事はなかった。そして痛みが引いてきた後で、なんだか悲しくなった静寂の中で私は立ち上がる。足には足袋も何も付けていないので、木の冷たさが直に伝わってくる。冷たい。
ここはどこなのだろう。人里の医者の家はこんなに大きくない。紫さんのお屋敷にしては普通すぎる。もちろん神社ではないし、ましてや私の家でもない。現在位置が分からない。機械に繋がれて寝かされていた以上、下手に動かず大人しく寝ていた方が良さそうだが、しかしどこだか分からない場所に大人しく寝ているというのも私はなんとも不安になる。外出しないように監視をつけている訳でも無いようだし、少しぐらい家捜しをしても問題ないだろう。
たぶん外に続く扉だと思われる、周囲から少しだけへこんだ壁に近付くと、その扉は静かに横に滑って開いた。触れてもいないのに扉が開くなど便利なものだ。家にも欲しい。
それをくぐると、外には綺麗に掃除をされた廊下があった。そしてその廊下の中ほどに私は立っていた。向かいには同じような部屋への入り口が並んでいて、ここが何処かという質問への返答は期待できなさそうだ。
私はとりあえず右に体を向けて歩く。左の奥は行き止まりだった。
ひたひたと木張りの床を裸足で歩く。掃除されているだろうから裸足でもいいが、出来れば何か履きたい。足が寒くて仕方が無い。
そういえば、私は服が変えられている。いつも着ていた服はどこなのだろう。この布を二枚繋げただけみたいな服とも呼びづらいものは、主に腋とかがやたら風通しがよくて落ち着かない。霊夢さんはよくあれで平然としているものだ。
急に、私の視界が歪んだ。そして、足元がぐらついた。平衡感覚が崩れ、思わず近くの壁に手をついてしまう。どうやらそこは私の部屋のような自動で開く扉だったようで、寄りかかった私ごと無理矢理のように開いた。そのせいで私は奥の部屋に倒れ込んでしまい、したたかに腕を打った。また痛い。どうやらまだ体調は万全では無いようだが、そんなことは百も承知である。
顔を上げれば、そこには整然と並べられた縦に長い箱があった。ざっと片側に五つ、両側で十個だ。その間には座るための長椅子が置かれていて、どこか事務的な印象を受ける部屋だ。
大体人一人が立って入れる位の箱には、それぞれ名前が入っていた。“永琳”だの“鈴仙”だのと書かれたその箱についた取っ手を引いて開こうとしてみるが、しかし開かない。鍵がかかっているようだ。鍵穴があるのが分かる。そちらは諦めて後ろを振り向くと、そこにもまた箱がある。そちらには一様に、“患者用”と書かれていて、それでようやくこの箱の用途が分かった。それぞれ個人が物を管理するために使うのだろう。ならば服はあるのだろうか。一番右から開いてみる。
……一発で見つけてしまった。開いた箱の中には、見慣れた服が引っ掛かっていた。とりあえずそれを取りだし、着る。それまで着ていたものは箱の中に押し込んで、その部屋を後にする。
外に出る。そしてまた行く道を歩いていく。ずいぶんと広いが、そろそろ曲がり角だろう。予想通り行き当たる。そこは縁側……つまり、外が見えた。
廊下から見える外は、竹林だった。竹が生えていた。それだけだった。
……あとは、霧が出ていた。つまりそれくらいしか無いのだ。竹林の中の医者とはなんとも。霊夢さんは、たしかこの間の中秋の名月に起こった異変の首謀者は竹林に住んでいると言っていたが、まさかそこなのだろうか。医者だったのか。
しかし、だからどうした。たとえ異変の首謀者だったとしても、助けてもらったのだろうからお礼は言わないとならないだろう。私は右、左と見る。どちらの方向にも廊下が続いている。私は右に行くことにした。なんとなくではない。右の奥の方の、障子と思われる壁から光が漏れていたのが見えた。誰かがいるのだろう。
歩いていく。近づいていく。ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
「――礼を言っておくわ。ありがとう」
「私はやるべき事をやっただけ。でも、感謝は受けておくわ」
聞きなれた声――紫さんの声だ。それと、知らない女の人の声。
「それで、考えてくれるかしら?」
「……私も研究者だもの、その話は魅力的だけど……今回は遠慮させてもらうわ」
「あら、どうして?」
「流された泥舟に乗る趣味は無いからよ」
何やら険悪な雰囲気だ。私が割って入れる隙間は無いだろう。とはいっても、この会話の内容は何故かとても気になる。惹かれるものがあるのか――もしくは、私の中の
「……失敗する、と?」
「私の見立てでは、もう
彼女。誰の事だろうか。頭の良い人は主語と目的語を抜かす癖でもあるのか、何を喋っているのか分からない時が多い。
「
「……確かにそうね、少し焦っていたわ。あの子の処理が終わったら、早速次の候補を探す事にしましょう」
妖怪を――人間にする。上澄みは――不安定にする。あの子を――処理する。
言葉がぐるぐると頭を回る。聞き覚えのある単語、身に覚えのある言い方。それではまるで、“処理されるあの子”は、私ではないか――。
気が付いたら、私は竹林に向けて走り出していた。
妖怪を人にする。幻想郷ではありえない実験。上澄みを乗せて人とする。処理。
私は、もはや全てが分かりかけていた。あのときから。三年前、紫さんが私の前に現れたあのときから、全ては始まっていたのだ。
逃げる。あのままあの場所にいれば、私は間違いなく死ぬ。人里の居場所など考えている暇は無かったのだ。あの妖怪から、八雲紫から逃げなければ、私に未来など無かったのだ。三年前の時点で既に詰んでいた。流されるまま、何も知らずに日常を謳歌する私は、ただの道化だった。
そうして走る私は、足の痛みも、自分の行方も分からない。もはや逃げ場は無い。相手は幻想郷を管理する大妖怪だ。どこに行っても意味は無い。ならば、どうすれば良いのか――。
「――こっちだよ。あんた、飛べるんだろ?」
真上から声が聞こえた。私が竹の聳える空を見上げると、そこには一人の白い兎がいた。
「お師匠様から言われたんだよ、あんたを逃がすようにって。私が送ってやるから、早く飛んでくれよ。走っていくなんて効率が悪くてかなわない」
そのお師匠様というのが誰の事か分からないが、今の目的地のない私に、この兎は渡りに船だ。私は言われるがままに地を蹴り、空を飛ぶ。そのまま白兎の先導で、霧がかった竹林を飛ぶ。
空は暗い。月は沈み、日は未だ出ず。空を翔る一人と一匹は何処へ。
「……で、貴方はまだばれていないとでも思ってるのかしら?」
「さて、何の事かしらね……」
「貴方も、あの上澄みに感化でもされた?あれは放っておくと危険よ」
「貴方が管理するよりかは、放置したほうがましだと判断したまでよ」
「……まあ、いいわ。私も打てる手は打った。あとは彼女達次第」
「そう。少しは放任主義というものを学んだら?過干渉するとグレるわよ」
「まるで実体験したかのようね。子育てなんて柄じゃなさそうだけど」
「長い事生きてると、いろいろしないといけなくなるのよ。貴方もいずれ……ね」