噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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今回は閑話です。風は登場しません。

最後がちょっと気障っぽいかも。でもたまにはこういうのも悪くない……はず。



閑話:“全てを受け入れる”

「はぁ……。さっさとご飯を食べたいわ……」

 

 

 博麗神社に向かう空で、霊夢は誰にでもなく呟いた。結局もう日が明けた。昨日から一睡もしないまま夕飯も食べないまま気を張っていた彼女は、もう色々と限界だった。空を飛ぶのには大した労力は必要ないために飛んで帰っているが、軌道はふらふらであり快調でないことは誰の目にも明らかだった。

 

 風と妹紅が山に向かっていくのを見送り、その後確認のために一応人里に寄ったが誰もおらず、当然まだ飯処も開店していなかった。仕方ないので昨日の夕飯のためにとっておいた茸鍋を食べることにした。夜中常温保存されてしまったが、最近はまだ冷える。ついでに日光も月光も当たらない暗がりに置いてあったので、たぶん大丈夫だ。

 

 

「それで暖かい布団で寝たい……。魔理沙がいないから炬燵も冷えてるだろうし……。憂鬱ね……」

 

 

 まさか一人の妖怪の事でここまで拘束されるとは夢にも思っていなかった。巻き込まれる原因を作った魔理沙にはまた今度何かしてもらうことにしよう。よくよく考えれば心配になって出て行きなどせず、おとなしく鍋を食べていればよかったのだ。そうすれば夕飯も暖かい布団も手に入り、十分な睡眠時間に裏打ちされた快眠と翌朝のよい目覚めがあったはずだ。閻魔もそうすることが善行だと言うはずだ。少なくとも人の生き死にに関わるよりかはずっと幸せだ。

 

 ぶつくさ文句を垂れながら、霊夢は神社に到着した。日が出てしばらくといったところで、いつもなら布団から出るかどうか迷っている……というくらいの時間である。着地の際に軽く立ち眩みがしたが、それは気合で無視する。そして気力を振り絞り、神社に上がる。そこは愛しの我が家であり、少しの寒さと美味しいお鍋が待っている。霊夢はそう信じて疑わず、戸を開いた。中から不自然な気配がすることに、彼女は最後まで気付かなかった。

 

 

「あら、お帰りなさい、霊夢。お鍋ならもう少しでできるわよ」

 

 

 戸を開けた霊夢の視界に入ったのは、嫌になるほど見覚えのある立ち姿。まさしくいらない時にいていらない時にいない、迷惑極まりない外界かぶれの大妖怪。八雲紫が、そこにいた。

 

 

「――もう勘弁して。お願いだから」

 

 

 さすがの霊夢でも、ここまでの仕打ちを受けて卒倒しそうになったのも仕方がないだろう。耐えられたのはきっと、博麗の巫女としての超能力的な何かのお陰だ。

 

 

 ――――――

 

 

 新しい朝が来た。きっと希望の朝だ。

 

 魔理沙はゆっくりと瞼を開く。永遠亭の、本来は患者用の一室を勝手に占拠したのは昨日の話だ。どうせ患者なんて滅多に来ないのだ。いくつかある部屋の一つくらい使っても構わないだろう。事後承諾ではあったが元々そのつもりだったらしい永琳の許可を得て、魔理沙は永遠亭に泊まり込んでいた。ここはなかなか悪くない場所だ。周りには竹しかないから静かだし、誰もいないから派手な実験をしても怒られなさそうだ。鈴仙が人里まで使い走りに出てくれるらしいので食料の心配も無いし、この迷いやすい竹林の謎を研究しているだけで十年は暮らせそうだ。月から来たらしいので倉庫を漁れば物珍しいモノが出てきそうで楽しみもある。

 

 しかし、そんな観光旅行の為にこんな辺境の辺境に来たわけではない。

 

 昨日の事をふと思い出して、魔理沙は少し気分が悪くなった。思い出したくは無い記憶、しかし確かに体験した記憶だ。訪ねた先の少女は血の海に沈み、私はただただ慌てて医者に運ぶことしかできなかった。今思えば止血もしていなければ、事情も何一つ聞いていない。失敗したな、と少しだけ過去の自分を責めた。風には一言謝っておかないといけないかもしれない。きっと彼女は笑って許して、私に感謝をするのだろう。そのくらいの想像はつく。

 

 とりあえず、ベッドで考えていても始まらない。魔理沙はさっさと起き、一応支給された簡素な寝間着を脱ぎ捨て、いつもの服に着替える。三角帽子は家の中では使わないが、とりあえず小脇に抱えて、八卦炉の所在を確認する。いつも通りのその感触に少し落ち着き、魔理沙は部屋を後にした。

 

 

 図々しくも朝食までたかった魔理沙は、食べ終わった後で違和感に気付いた。風がいないのだ。入院患者だから別の、という可能性も否定できなかったが、魔理沙は何となく嫌な予感を感じ、食後すぐに仕事に戻ろうとする永琳を呼び止めた。

 

 

「おい、ちょっといいか?」

 

「何かしら。手短に頼むわ」

 

「風はどこだ?見なかったが」

 

「風?ああ、あの妖怪娘ね。彼女なら出てったわ、今朝」

 

「……はぁ?」

 

 

 予想外の返答に、魔理沙は驚きの声を上げた。当然だ。普通の人間ならあれだけ出血すれば重症だ。医者に掛かったその日に動けるようになんてなる訳がない。妖怪ならどうか知らないが、少なくとも魔理沙の知っている彼女は人並みの耐久力しか持っていなかったはずだ。それが昨日の今日で退院など、にわかには信じがたい。

 

 

「追い出したのか?医者であるお前が怪我人を」

 

「違うわよ。何を誤解しているのか知らないけど、少なくとも彼女は彼女の意思で永遠亭から出て行ったわ。それは事実」

 

「あれだけ怪我してたあいつがそんな直ぐに動けるわけないだろ。妖怪だとしても早すぎる」

 

「私の処置が完璧だったからじゃない?」

 

 

 対応が面倒なのか、話を切り上げようとする永琳に、魔理沙は益々怪しさを感じた。まるで何かを隠そうとしているかのようだ。どことなくどこぞのスキマ妖怪に似た雰囲気を感じて、魔理沙は辟易した。

 

 

「知るかよ。で、あいつは今どこだ?」

 

「知らない。勝手に出て行った子の行き先なんて知らないわ」

 

「……ああ、そうかい。なら私はもう行くよ」

 

 

 これ以上話しても無駄だ。魔理沙は直感的にそう思った。無駄に頭のいい奴はいつだってそうやって何も教えず、たとえ全ての首謀者でも、私は何もやってません、と白々しく白を切る。直情的な魔理沙はそんな態度に幾度となく苛立ってきていたが、そこで怒りをぶつけても何にもならないことはよく理解した。そいつを問い詰めるくらいなら自分で動いて探した方がよっぽどいい。

 

 魔理沙は箒を棄ててきたことに今更後悔し、とりあえずは永遠亭から飛び立った。永琳は見送りにも来なかった。来たのは月兎だけだった。しかし少し機嫌の悪くなっていた魔理沙は何も言わず、そして鈴仙も何も言わなかった。

 

 

「……良かったんですか?師匠」

 

「いいのよ、あれで。どうせ明日には飽きてるわ」

 

「飽きる……?」

 

「まったく、境界を操るなんて卑怯臭いわよねぇ。便利そうで」

 

「……?」

 

 

 ――――――

 

 

「……で、何しに来たの?」

 

「まあ、ちょっとした野暮用よ、結界とかの方に」

 

 

 卓袱台を挟んで座る、二人。霊夢は茸鍋にがっつき、紫は軽くつっつきながらお茶を飲んでいる。

 

 

「結界?なら私は寝てていいわけ?」

 

「構わないわ、別に。しばらく寝ていないんでしょう、食べ終わったらさっさと寝なさい」

 

「そうさせてもらうわ。もう限界」

 

 

 すさまじい速さで消えていく鍋を見ながら、いまなら幽々子と張り合えるかも、なんて紫は無意味な思考をしていた。そして、雑談の中で霊夢があの子の名前を出す度に、少しだけ反応してしまう自分がいることに気付いていた。

 

 ――我ながら、随分と甘いことで。

 

 同情や憐憫の(そういう)感情はとうの昔に捨て去ったと思っていたのだが、どうやら捨てることが出来ないものらしい。やはり妖怪は心で生きる存在だ。自分で評価するよりも、甘くて脆くて――矮小な存在だ。

 

 だから。

 

 だからこそ――。

 

 

「ご馳走様。片付けといてね、私は寝るから」

 

 

 いつの間にか、鍋は空になっていた。そして満腹になった巫女は、そのまま寝に行ってしまった。風呂にも入らずに……と思ったが、それだけ疲れているという事なのだろう。紫はそれには何も言わず、お鍋の真下の空間と流し台を繋げて転送した。洗うのは面倒だった。

 

 

 境内に出た紫は、無言で結界術を起動する。博麗大結界は常識の結界。虚実の境界は存在の境界。この二つを超えることを出来たモノだけが、幻想郷に幻想入りすることを許される。それは八雲紫が消えゆく幻想を保護するために始めた隔離で、言うなれば幻想の箱庭の檻だ。この全てに干渉できるのはごく一部の存在――八雲紫と、博麗の巫女だけ。この結界と境界が、箱庭の中のルールを作っている。つまりこの二つを弄り改変するということは、この幻想郷という狭い世界の中の絶対的な常識――認識そのものを組み替える神の所業に等しい。そこまでの精密な操作ができるのは八雲紫をおいて他にはいない。勿論その改変の影響を受けない存在もいるにはいるが、それらは説き伏せるか協力を取り付けることのできる、いわゆる話の通じる奴らだ。問題は無い。

 

 紫はこれまでこの方法を度々使い、面倒事を解決してきた。常識そのものを書き換えるという行為に、いつの間にか自身が機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)にでもなった気分になっていたが、今回の事でそんな気分は吹き飛んだ。

 

 これまでの反則は、その必要に迫られたからこその手段だった。しかし、今回初めて彼女は利己的にその手段に手を出した。感情とは如何ともし難いものだ、などど自嘲し、紫は管理者としての能力を使う――つもりだった。

 

 

「……そこで何をしているのかしら?」

 

 

 気配を感じ、紫は見えない存在に問いかける。まるで分っていたかのように、彼はそれだけで姿を現した。

 

 

「なに、管理者様の手腕を見ておこうと思っただけだ」

 

 

 特徴的な黒いロングコートを羽織った、男。荒谷江介が、そこにいた。腰に下げた太刀は既に抜刀済みで、朝の光を浴びて狂気的に煌めいた。紫はその姿を見ても動じることなく、極々冷静に問いかけた。

 

 

「見るだけにしては、物騒ね。乱入してくる観客は嫌いよ?」

 

「悪いが、今日は問答をする気は無い。質問に答えろ」

 

「いやね、張り切っちゃって。答えられる範囲なら構わないわ」

 

「――噂の妖怪の行方を言え。契約を反故にする気だろう」

 

 

 流れるような動きで、しっかりと。太刀の切っ先を紫に向け、彼は問うた。その目は鋭く、人間とは思えない眼光で妖怪を射抜く。

 

 

「何の話かしら。そんなに殺気立ってると霊夢が起きちゃうわよ、抑えなさい」

 

「あくまで惚けるか……。まあ、そうだろうとは思っていた」

 

「契約は確実に遂行させる。けれどまだその時じゃない。落ち着きなさい」

 

 

 あくまで諭すように、紫は声をかける。命を刈り取るであろう剣先が迫っても、彼女には微塵の緊張も恐怖も感じられない。いつも通りにお気に入りの扇子を持って、途中からは空中に固定したスキマに座ったままだ。その態度に彼は少しの苛立ちと怒りを覚える。

 

 

「“その時”とはいつだ。百年後か?もう千年近く待ったんだ。いい加減答えろ」

 

「……その時は、その時よ。今ではないいつか、過去ではない未来。何事にも適切なタイミングというものがあるの」

 

「例えば――お前が、“風”の事を忘れるほど遠い未来か?」

 

 

 “風”。その名前を出した瞬間、紫の雰囲気が確かに変わった。

 

 

「……。何を――」

 

「“お月見”は楽しかったか?」

 

 

 静寂。しかし、紫の顔には明らかな動揺が走ったのを、江介は見逃さなかった。扇子で覆われた裏の顔を、彼は確かに垣間見た。

 

 紫はそれを聞いて、溜息を吐いた。そして、扇子を閉じてスキマに格納し、地面に降り立った。

 

 

「――地底。忌み嫌われた妖怪の楽園。受け入れられなかった者を受け入れる場所。彼女はそこに向かった」

 

「……」

 

「恐らく、かの覚妖怪にも出会うでしょう。地底には“彼女”を知る者が大勢いる。それは盛大な歓迎をされるでしょうね」

 

 

 江介は切っ先を収めた。そして無粋な柄をコートで隠す。

 

 

「お前の心中は知らん。俺は行く」

 

「それは許されないわ。もし貴方が彼女を殺しに行くのなら、相応の手段を用いても私は止める」

 

「勝手にしろ。どうせならこの邪魔臭い呪縛も切ってくれると助かる」

 

「……死ぬ気?それは――」

 

「アレを殺したら、もう俺に生きる理由は無い。無駄に繋がれたこの命とも、無事に未練なくおさらばできる訳だ。最高じゃないか」

 

 

 荒谷江介は、八雲紫によって死ねない呪縛を刻まれている。それは今から千年程度昔の話だ。死にかけた人間の彼を、境界の力によって、生と死の狭間で生かし続ける。そんな曖昧な、生きているのか死んでいるのか分からない存在として、江介はこれまで幻想郷で存在してきた。その理由はただ一つ。完全な状態で、噂の妖怪を殺す事。

 

 

「……勝手になさい。どうせ死ぬまで止めないのでしょう」

 

「当たり前だ。そうでなきゃ存在してきた意味がない」

 

「そう。ほら、さっさと行きなさい、目障りよ」

 

 

 紫が軽く手を振ると、彼女の真後ろにスキマが開く。それはちょうど人一人分の大きさでもって通行人に口を開けていた。どうやら送りまでしてくれるらしい。江介は抑えられない笑いを零した。

 

 

「……はっ」

 

「何よ」

 

「いいや。存外優しい奴だな。もっと冷酷な奴だと思ってたよ、千年前から」

 

「失望したかしら?」

 

「まさか。むしろ――好印象だ」

 

 

 ――――――

 

 

 目も合わせずにそれだけを残して、彼はスキマの中に消えていった。それは彼との永劫の断絶を意味していた。彼にかけた呪いは解いた。遠からず一年ももたずに、彼は死に呑まれてしまうだろう。それでもいい。千年近い時を共に過ごした元人間に、思う所が無い訳では無い。しかし、彼は止まった時計の螺子を巻くことを決断した。つまらない感情に流されて大局を見失った私を、それでいい、と笑って行ってしまった。なんとも――強い。そう考えたら、私は止まる訳にはいかなくなった。妖怪は心が弱い。だからこそ――私は、少しだけ後悔しているのだろう。

 

 もう何年生きたか分からない。幻想郷を作った。数々の大妖怪と呼ばれる存在と舌戦を繰り広げてきた。大結界を作り、賢者などと、管理者などと名乗っては箱庭の主になった。沢山殺した。殺すより酷い事をした事もあった。死に際を見ても何も感じなくなっていった自分を、随分と冷酷なものだと自己評価したこともあった。それでも、結局根元は昔の私とさして変わらないのだろう。ぬるい青二才だと呼ばれていた頃と――優しい理想家だと言われたあの時と。

 

 誰かに笑われた気がして、私は扇子を開いた。表情を読まれないようにする初歩的な手段だが、こればかりは昔から苦手だ。今は、感傷的な気分は置いておく。私は結界にアクセスした。

 

 

「全てを受け入れる――なんて、よく言ったものね。こんなにも……」

 

 

 残酷に。

 

 

 静かに瞳を閉じる。浮かぶ感情をシャットアウトして、頭の中で構成式を組み上げる。朝のそよ風が頬を撫でた。それがいやに冷たくて、私は袖で拭き取った。地底には雨は降らないのだろうか、と考えて、少しだけ羨ましくなった。

 




 
次回からは、風の地底生活。(予定では)最終章です。
 
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