噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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男の話を書くのは難しい(謎の偏見)


覚り醒める少女

 この光ははたして本物だろうか。そんな疑問が浮かんでくるほどに、そこは活気に溢れていた。

 

 橋を渡ったその先、旧都と呼ばれる街に辿り着いた私は、今まで住んでいた地面の底にあった旧都の賑やかさに呑まれていた。人間がいないであろうこの地底でどうやってここまでの街を築いたのかは分からないが、そこにあるのは人里など比較にならない妖怪の都だった。

 

 右も左も分からないお上りさん(落ちているのだから違和感があるが)である私は、どう歩いたものかと大通りらしき場所をぶらぶらと歩いていた。四方八方からうるさいくらいに聞こえてくる妖怪の声は、店に人を呼び込む売り子の甘言が主である。この身一つで落ちてきた私に何かを買えるようなお金がある訳も無く、出店を冷やかしながら巡るのが精一杯であった。

 

 地底の店で売っている商品は、どれもこれも地上ではあまり見ない物ばかりだ。地上の店があくまで人間の基準によって商売をしていたのに対し、ここらの店は妖怪の基準で商売をしているのだろう。趣味の悪い装飾品だったり日用品だったり、明らかに人間用ではない何かが売っていたりする。妖怪なら一目見て使い方が分かるようなものなのかもしれないが、生憎私は少し前まで人間の基準で生活してきた都合上一般的な妖怪の思考はいまいち理解できない。それが良いのか悪いのかは判断できないが、少なくとも地底(ここ)では悪い事だろう。郷に入っては……ということだ。

 

 そうしてあてもなく歩いていると、やはり足の感覚が変だ。橋で指摘されてからというものの裸足で歩き回ることにやはり違和感を覚えて仕方がないのだ。石ころを踏んでも不思議と痛くも無いのだが、これまでの感覚とは違う地面の歩き心地に靴が欲しくてたまらない。これだけ大きい旧都だ、履物くらいどこかで売っているだろう。そう考えて、しかしお金がないことを思い出した。これでは買えない。私は憂鬱になって、少しの溜息と共に遠くに見えるお屋敷を目指して歩くことを再開した。まずは移住の相談でもして、身形の事はその後でも遅くは無いはずだ。

 

 

 歩いていく。喧騒に包まれながら。妖怪の明かりに照らされながら。奇異な視線を浴びながら。やはり見慣れない存在は目立つのか、そこらから変な目で見られているのがよく分かる。こういうのは人里で十分に慣れているのでそう嫌な気分ではない。問題なのは視線ではなく、無闇矢鱈に耳に入ってくる私に対する噂話のほうだ。たとえ私に分からないようにひそひそ話しても、最近歯止めが利かなくなってきた私の能力によって嫌でも耳に入ってきてしまう。もっともそれのお陰で情勢はよく分かるのだが、やはり悪口を叩かれ続けるというのはいい気分にはならない。慣れていなければ今頃心を病んでいてもおかしくは無いだろう。見ず知らずの土地だ、多少の洗礼は覚悟の上である。

 

 段々とお屋敷が近づく。それは思っていたよりも大きい。紅魔館ほど奇抜な何かがあるわけではないが、大きさは似たようなものだろう。それが、蓋のある地底に建っていた。外にあればそんなに驚く物でもないのだろうが、しかし閉鎖空間に巨大なものがあるというどこか不調和な感覚が、私の中で妙な印象となっているのだろう。それまでの景色とは明らかに異質な存在であった。

 

 前まで辿り着く。しかし入り方が分からない。何か呼び出し鈴のようなものがあればいいのだが、生憎そんなものは見当たらない。その代わりにしっかりと閉じられた鉄の門が私の行方を邪魔している。この中の人に会うにはどうしたらいいのだろうか。私はそれとなく年代物の錆が入った門を撫でた。周りを煩く烏が飛ぶ。このあたりの動物は何所か不気味だ。地上の生物とは違う存在なのか、不気味で忌まわしい感覚を本能的に感じるのだ。さすがは嫌われた妖怪の楽園だ。

 

 にゃあ、と、足元で猫が鳴いた。

 

 視線を下げると、鉄格子越しに黒猫がこちらを見ていた。そして、もうひとつにゃあと鳴いた。よくよく見れば尻尾が二本、ゆらゆらと揺れている。あの感じはどこかで見たことがある……。橙ちゃんだ。紫さんの式の藍さんの式の橙ちゃんは確か猫又なる妖怪で、尻尾が二本ある猫の妖怪であった。後ろ姿でゆらゆら揺れる尻尾はまさしくそんな感じであった。もっともこの猫は普通の猫の大きさなので、人の形をしていた橙ちゃんよりも随分その異質さが目立つ。

 

 

「……よく来ましたね、“噂の妖怪”さん。いえ、今は――“風”さんと呼んだ方がいいでしょうか」

 

 

 猫に気を取られているうちに、誰かが来ていたようだ。私は顔を上げる。そこに立っていたのは、外見ならば私とさして変わらないくらいの少女。水色の、どこか幼く見える服を着ていた。そして、彼女の脇には大きな目玉とも言えるものがあった。管のようなものが少女と繋がっていて、まるで自立しているように浮かんでいる。その、一度見たら忘れないような彼女の姿は、私の中の何かを刺激した。まるで、初めに紫さんと会った時のように。覚えのない懐かしい感覚に囚われる。既視感、既聴感。私は彼女を知っている。どこで、どうやって知ったのかは全く分からない。しかし、記憶の中の私は必死にそれを訴える。

 

 

「あなたは――誰ですか」

 

「……ああ、なるほど。にわかには信じられませんでしたが、あれは本当でしたか。まあ、彼女が珍しく嘘を吐かなかったという事でしょうね」

 

 

 質問にすら答えず、一人で勝手に納得している彼女。何が何だかさっぱりだ。しかし目の前の少女は、まるで胸のつっかえが取れたような顔をしている。あまり表情の変化は感じられないが……。

 

 

「ああ、申し遅れました。私は古明地さとり。ここ――地霊殿の主であり、地底の実質的な管理を担当しています。どうぞよしなに」

 

 

 そう言って、彼女――さとりさんは軽くお辞儀をした。そのあと、

 

 

「表情が硬い、それは生まれつきですよ」

 

 

 と言った。勿論私は何も言っていない。そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。そんな事を考えて、私も挨拶をする。

 

 

「私は、風です。地上から来たのですが、行く当てがなくて」

 

「橋姫に聞いて地霊殿に……なるほど。まあ、妥当な対処ではありますね。立ち話もなんです、どうぞ中へ」

 

 

 話している最中に、その先を掻っ攫われた。意味が分からない。なぜ話していない内容が分かるのか。まあ確かにあの橋を通ってきたと推測が出来なくもないが、しかし彼女はまるで私の思考が分かっているかのようにそう言ったのだ。もはや薄気味悪さすら感じるが、そういう能力なのだろうか。

 

 

「そんなところです。さ、こちらです」

 

 

 まただ。何も言っていないのに頭の中の質問に答えた。思考が読めるのか――心が読めるのか。迂闊な思考が出来なくなってしまった。怖い。そして、本当に読んでいるのならば私のその思考を聞いているはずのさとりさんは、一つの嫌な顔もせずに私を地霊殿に招き入れた。

 

 

 ――――――

 

 

 中は中で、また凄いところであった。無駄に広い玄関口に、二階に続く大きな階段。一応靴は脱ぐ場所だったらしく促されたが、私はそもそも靴を履いていなかったのでその旨を言うと、少し驚いた後にどこか同情するような目で履物を出してくれた。慣れているのだろうか。

 

 私がその、かかとの辺りにつっかえがないせいで脱げそうになる履物に悪戦苦闘している内に、一つの部屋の前に辿り着いた。

 

 

「こちらへ。私の書斎です」

 

 

 だ、そうだ。そこは二階の端っこで、扉を開けると見晴らしのいい景色が広がっていた。窓からは旧都が一望できる特等席であり、それはちょうど机の椅子に座って見ることのできる位置にあった。なるほどいい位置に書斎を作るものだ。ここでゆっくりお茶でも飲みつつ本を嗜めれば最高だ。地上にない、地底だけの贅沢だろう。

 

 

「羨ましい……ですか。そうでしょう。私が一番気に入っている部屋ですから」

 

 

 話す前から思考と勝手に会話をするのは止めてくれないだろうか……。口に出す前に全てが完結しているようで、気持ち悪くて仕方がない。

 

 

「すみませんね、性分なもので。妖怪の本能だと思って、諦めてください」

 

 

 そう言われては黙るしかない。私の思考も行動も静かになったのを見計らったように、さとりさんは机の上に置いてある黒い液体の入った丸い入れ物を手に取った。

 

 

「珈琲で構いませんか?先ほどの客人と同じで申し訳ないのですが」

 

 

 それは別に構わないが……先ほどの客人?誰だろうか。地底の誰かなら私は知らないのでいいのだが。

 

 

「確か、荒谷江介とか名乗りましたね。黒いコートに帯刀した……そう、その人です」

 

 

 私が反応して思い出した人物像に、さとりさんはすぐに是を返した。荒谷さんが……地底に?まるで追ってきているようではないか。私の中の“彼女”とは何かしら因縁があるようだし、紫さんに言われて監視しに来たのかもしれない。どちらにしても納得できる理由だ。

 

 

「彼の来た理由は上手く読み取れなかったので本心かどうか分かりませんが……。まあ、それは今どうでもいいです」

 

 

 さとりさんは、机に二人分の珈琲を置いた。それは湯気が立っている。私は珈琲というものをまともに飲んだことがないので、いったいどんな味がするのか分からない。しかし、何となく嫌な予感はする。

 

 

「まどろっこしい話は嫌いではありません。でも、今は単刀直入にいきましょう。貴方は――過去を、知りたいですか?」

 

 

 苦々しい味が口に広がり、私は少しむせた。

 

 

 ――――――

 

 

 一人の男が、旧都を歩いていた。彼はそこらの妖怪では見かけない黒い服に身を包み、闇に紛れるように歩いていた。周囲の妖怪と目を合わせる事も無く、どこか目的地がある訳では無く。ただあてもなく、旧都を虱潰しに歩いていた。

 

 噂の妖怪がこの旧都に来ていることはほぼ確定事項である。そして、地霊殿の覚妖怪はそのことを八雲紫から聞いて知ってはいたが会ってはおらず、その存在も感知していないようだった。心理戦に長けた妖怪の心中を察することなどできないが、しかし覚妖怪が噂の妖怪を匿う訳がない事を考えると、あの反応は何も知らないという回答そのものであった。心を読んだのならば噂の妖怪を探し回っていることは容易に聞けたはずだ。それこそ能力(ちから)で曖昧にしていても、それだけは隠せない。しかし、覚妖怪はその話題には触れもしなかった。それはつまり、触れたところで意味は無いと考えた。聞かれても知らないと返す他は無かったのだろう。ならば、彼女は地底に来て何をしているのか。あては無いはずだ。そして地霊殿に行っていないのならば、旧都にいるというのが最も可能性としては高いだろう。そう考えて、彼はひたすら旧都で噂の妖怪を探し回っていた。鬼に取り入られると面倒だ。あの……少女の性格からして、馬鹿正直で面倒な鬼と意気投合することはあまりないだろうが、可能性の一つとして鬼と戦うことも考えなくてはならないかもしれない。

 

 彼はそこまで思考して、そして思い出の中からある情報を思い出した。それは八雲紫と仲が良かったとある鬼が言っていた言葉。かつて妖怪の山にて四天王を名乗っていた鬼の一角である彼女は、仲間は地底に行ってしまったとよく愚痴をこぼしていた。四天王というくらいだから、あの鬼と同じくらいの戦闘能力を持った鬼が多くて三人、少なくとも一人は地底にいるということだ。勝てない訳では無いだろうが、楽して勝てる相手ではないだろう。もっともそれは彼の中の基準である鬼の少女の能力と彼自身の能力がそれなりに相性が良く、その力の半分くらいしか出せないからであるが、彼はそれを加味したうえで試算している。全力で戦えば、四天王クラスの鬼は倒せなくはない(・・・・・・・)。しかし、今の死に体では危ういか。そんな事を考えていた。

 

 

 それからしばらく、彼は旧都を歩き続けていた。しかし一向に見つけるどころか手がかりすら見つからない惨状である。あまり残された時間は無いとはいえ、完全にない訳では無い。ただ、噂の妖怪が地底の妖怪に取り入る可能性を考えると、あまりのんびりもしていられない。

 

 そこで、彼は少し考えることにした。自分一人ではこの旧都を探し回るのは不可能だ、大きすぎる。もっと人手が必要だ。しかし、あまり表に出すような事情ではない以上、大っぴらに募集をかける訳にはいかない。まさか往来のど真ん中で「妖怪を殺したいから手を貸せ」と言えるわけもない。周りも妖怪だ。下手を打てば袋叩きにされかねない。今になって覚妖怪に人手の一つか連絡義務でも取り付けておけばよかったと軽く後悔するが、後の祭りである。

 

 

「まったく……面倒なことになったな」

 

 

 この地底に来てから聞いたことだが、八雲紫曰く発信機代わりに付けていた簡易式がいつの間にか外されていて位置は補足できないそうだ。勝手に剥がれるようなやわな作りではなかったらしいので、誰かが外したと考えるのが妥当だ。八雲紫は竹林の医者――八意永琳が治療の際に外したと見ているが、真実は不明だ。おかげで大迷惑を被っているのだ、笑い事ではない。一刻も早く見つけたいこの時にそれは致命的だ。

 

 はた迷惑な誰かに呪詛を送りつつ、彼は一際妖怪が集まる一角に足を向けた。こうなれば手段は選んでいられない。取り込まれる可能性があるなら、初めからこちらに取り込んでしまえばいい。そしてその方法は実に簡単だ。

 

 相手は鬼だ。

 

 実力で黙らせる。それが確実にして最速である。

 

 物騒な決意を秘めて、彼は鬼が集まる場所――地底の大通り、飲み屋街へと繰り出した。

 




 
……後書き推奨とか言いながら後書きに書くことが無くなった人。これまでのアレは風の与り知らぬ会話です、分かっているとは思いますが。
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