初めて書いた、一話そのまま戦闘回。習作ってことで。
私は、全てを思い出した。昔の私はまるで今の私の生き写しで、そして千年を経た彼女は、私とは思えないほど現実に冷めていた。紫さんは私のことを信頼していて、でも久しぶりに会ったときには態度が豹変していて……。
あまりにも多くの記憶が一気に入ってきて、私は混乱していた。
「……そんな、私は……」
「お前は……“風”は、私の過去の二の舞を踏んでいるに過ぎないということだ。大方、過去に縛られている八雲紫が頑迷固陋の末に作り上げたのだろうな」
真っ白な世界の中、私はもう一人の私と対面していた。彼女は私と同じ姿で、同じ顔で、同じ声で、少し皮肉気に言った。
……いや、過去を知った上で言えば、
今の私の中には、二人分の私の記憶が同居している。時間でいえば千年近く前のことも昨日のように思い返せるのは、私の記憶力がいいのか、それとも最近知った事実だからか……。ただ、その記憶から伝わってくる感情は本物で、それだけで私にはその過去が本物だと実感できる。確信できる。そして、目の前の彼女が私自身、私が彼女自身であることも。
「そう、ですか。私は――」
「まあ、思うところは色々あるだろうが取りあえず置いておけ。大体分かる」
そう前置きして、彼女は私の肩を掴んだ。
「あの男の手前ああは言ったが、お前は……いや、“私”は、既に私にとって不可分な存在にまで根付いている。恐らく元々が私と似た存在だったからこそだろうが……」
“私をいつでも殺せる”。
満月の夜、表に出てきた彼女が言っていた。
今の彼女の言葉は真実だろう。この空間にいる今は、何故か彼女の心情が手に取るように分かる。恐らく彼女もそうなのだろうが。
そうすると、あの夜彼女は殺されそうな状況ではったりを利かせたということだ。末恐ろしい胆力である。同じ私とは思えない。
「これでも千年生きているということだ。まあ、それはいい。で、だ。私から一つ提案がある」
「……提案?」
「そうだ。私と、“私”を、統合する」
統合。こうしてばらばらになっている私と彼女を一緒にするということだろう。そんなことができるのか。私は作られた人格であるから、その提案は吝かではない。しかし、そもそも可能なのかという疑問が残る。これでも私は既にきちんと根が張った人格となっているらしいので、いくら元が同じとはいえそれを一緒にできるのか。
「それは、可能なんですか?」
「可能だ。ただ、その為には“私”の了承が必要だ」
そうして彼女は、統合計画を語りだした。
曰く、現在表にいて、周知された名を持つ私(風)の方が存在が確固としていて都合がいいので、彼女を私に統合する形になるそうだ。ただし彼女の方が影響力が強いので、統合後にどうなるかは分からない、とのこと。正直、不安しかない。私が消えるならまだしも、これで彼女だけがいなくなったら目も当てられない。
「まあ、そう心配するな。私はそんなに柔じゃない。少なくとも“私”よりは強いぞ」
そう言われるとぐうの音も出ない。そう自信満々に言われると、断る理由がない。
「……分かりました。お願いします」
――――――
二人は、すぐには動かなかった。名乗りを上げた勇儀と、太刀を翳して動かない江介。その間には一触即発の雰囲気が漂い、周囲の鬼でさえ騒ぐのを忘れたかのように静まり返っている。
「……どうした、来ないのかい?」
痺れを切らした勇儀が、警戒を解かずに口を開く。対して江介はそう緊張した風もなく、いつも通りに答えた。
「俺は攻め込むのは弱くてな。出来ればそっちから来てくれると助かる」
そんな言葉に、勇儀はにやりと笑った。彼からの挑発に、乗ってやろうと牙を剥いた。
「そうかい。なら、私から行かせてもらうよ!」
言葉が届くと同時、江介がぎりぎり認知できるかどうかというほどの速さで接近、そのままの速度で右腕を降り下ろした。それは正しく神速の一撃。なんの手加減も手心もない攻撃である。
江介はそれに咄嗟の判断で、あろうことか日本刀の腹で受け流しを敢行する。日本刀は切れ味を増すために薄く作るのが普通であり、それゆえ折れやすく力技には向かない。そんな事は彼も彼女も熟知しており、だからこそ完璧に凌ぎ切り傷一つ付かないその日本刀に勇儀は驚嘆の溜め息を吐いた。
「なんだそりゃ。そいつは随分と業物みたいだねぇ」
「こいつは特別製でね。鬼には絶対折ることはできない代物だ」
少し得意げにそう言い切り、彼はそのまま勇儀の懐に入り込む。そして、盃を持った左腕を切り落とさんと逆袈裟に切りかかる。余裕の表情を崩さない勇儀だが、その刀の奇跡をを見切るや思わず後ろに飛びのいた。刀の先が掠った左の二の腕には確かに赤く切り傷が走っていて、それを軽く撫でて勇儀は顔を顰めた。
「これは……。また凄いもんだ」
鬼の肉体は非常に強靭である。それこそまともに戦おうものなら、現在の外の世界に存在する拳銃程度ならば痛みを感じる程度で済ませてしまうだろう。凡庸な日本刀で斬りつけようものなら、傷一つ付けられないどころか刀の方が折れてしかるべきである。そんな、出鱈目ともいえる鬼を軽々と斬り裂く彼の刀が異常であることは、たった一度の交錯で周囲の鬼にも広く伝わった。鬼に平然と反撃まで加えて見せた彼自身が相当に異常であることも。
「こいつは……そうだな、言うなれば“退魔刀”だ。お前ら鬼には効果抜群、だろ?」
鬼もまた妖怪である。いくら強靭で特別な存在だとしても、その事実には変わりない。ならば、彼の持つ刀に切り裂かれない道理はない。
そう言っておいて、江介はなんとも煮え切らない思いを感じていた。彼としては、初めの攻防で決着を付けるつもりだった。盃を持つ左腕ごと切り落とせば、それで終わりである。だから挑発した上で向こうから攻めてきてもらい、反撃によって一気に勝負を終わらせる。そういう算段であった。しかし、彼が思い描くほど現実は上手くはいかない。まさか、完全に読んだ上での反撃を
勇儀はなかなか治らない怪我をなぞり、やはり
「さあ、続けようか、鬼!」
彼が珍しく大声を上げる。それで今まで勇儀を応援していた鬼たちも、彼という男が鬼の四天王と戦う資格がある存在であることを改めて認識する。彼は命知らずでも気違いでもない。まさしく対等な挑戦者なのだ。
「まったく、これじゃどっちが主役なのか分かったもんじゃないね。だが、悪くない!」
勇儀もまた、声を張る。観客たちの興奮も天井知らずだ。久方ぶりに現れた、戦いがいのある挑戦者の登場に、地底の鬼たちは沸いていた。
「今度はこっちから行かせてもらおうか――」
言うが早いか、江介は地を蹴る。低空のまま、馬鹿正直に鬼に突貫していく。それは切り込みに策を弄すことを諦めた彼が、鬼との真剣勝負を望んでいるというこれ以上ない意思表示だった。
降り降ろされた刀を、勇儀は腕に填められていた腕輪状の枷で受け止める。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響くが、どちらも壊れる気配はない。鍔迫り合いのような格好で、二人は顔を突き合わせた。
「いいねぇ、そういう真っ直ぐなのは大好きだ!」
そして彼女は腕を振るう。単純な力比べでは彼は勝てない。それを知っているからか、刀を寝かせてその力を受け流す。直後、勇儀が無造作に放った右足が、彼の腹を直撃した。
「どぅら!……」
彼は確かに、一人の人間が受けるには強すぎる力を受けて、火薬の衝撃で飛ぶ砲弾のごとく地底の外壁に突っ込み、盛大に砂煙を上げた。しかし、蹴った本人はどうにも訝し気な表情を浮かべていた。
手応えが無さすぎる。足応えと言った方がいいか。
まるで吊るされた布を蹴り飛ばしたかのようで、当たっているにしろ全く効いている感覚がしない。感触が曖昧に過ぎた。そしてそれから、勇儀は彼がこの程度では死なないという確信めいた判断を下した。
はたして彼は勇儀の期待通り、瓦礫を切り裂くように現れた。その右手に刀を手放さず、埃に塗れた服を軽くはたきながら、何事も無かったかのように歩いていた。
「……死ぬかと思ったぞ。人間はか弱いんだ、多少は手加減してくれ」
「どの口がいうんだい。余裕綽々にしておいて」
軽口を叩きながらも、心内では江介はあまり余裕ではなかった。彼が能力を使う瞬間を一瞬でも間違えれば、今の一撃で文字通り瓦礫と化していた。そうならなかったのは彼の冷静さのお陰だが、そう何度もできる芸当ではない。鬼の一撃は速すぎる。反射で対応するにも限度があるというものだ。その事実を悟られないように、彼は余裕の顔で再び構えた。
「悪いな。こいつは生まれつきだ」
江介は、自分の中に闘争への喜びが生まれていることに薄々気付いていた。力ずくで解決、という脳まで筋肉でできているような考え方は嫌いだが、しかし闘うことは悪くない。彼が思い返せば、千年近く戦い続けて生きてきたのだ。これではまるで
「今度は、少し趣向を変えてやろうかねっ!」
そう宣言し、勇儀は地面を蹴った。たったそれだけで、彼女の足元は削り取られ、彼に向かって凄まじい勢いで岩の弾が飛んだ。一つ一つが頭より大きいであろうそれらは、まるで散弾のように彼に殺到する。
「おいおい、冗談だろ?」
引きつった顔でそう言いつつも、彼は冷静に跳んでくる岩に向けて跳躍した。そしてそれらを足蹴にしながら、空中で加速をつけて勇儀に迫る。
はたして彼が人間なのかどうか。もう何度目にもなる疑問を頭に浮かべながら、勇儀は彼に向かってもう一度岩を飛ばした。第一波を凌ぎ完全に油断していた彼はそれを先程のようには避けられず、体を捻り刀を振るい、なんとか避ける。しかし低空とはいえ空中で体勢を崩した隙を、勇儀は見逃さない。
「もらったぁ!」
真下からのアッパーカット。それを喰らいながらも彼は能力を発動。今度は攻撃が来ることを予期できた彼は、またしてもダメージを受けずに上空に吹っ飛ばされた。
岩を足場とし、打ち上げられても抵抗しない江介の動きで、勇儀は彼の弱点を見切った。
江介は、飛べない。
勇儀は飛び、打ち上がった彼に追撃を加えんとする。
飛ばされながらも江介は飛びあがった勇儀を視認する。まずい事になった、と内心で舌打ちをしつつ、刀を鞘に納めた。確かに危機的状況だが、この状況で勝利まで持っていくための策が、彼の中に出来上がった。
上空で失速し、自由落下に移行する。勇儀が迫る。彼女は空中で体勢を整え、落ちてくる彼を追撃するつもりのようだ。その様子を彼は確認し、そして薄く笑った。
勝ちだ。
勇儀が空中で正拳突きの構えをする。それは振り抜かれれば、落下の速度も相まって彼であってもただでは済まないであろう威力を持っていることは容易にわかる。しかし彼はなんの抵抗もなく落ちる。体を捻り体勢を整え、スカイダイビングの如くうつ伏せに落下する。勇儀は彼が常に右手に握っていた刀が仕舞われていることに一瞬疑念を持つが、もう遅い。
勇儀は雄たけびを上げて、落ちてくる江介に拳を振らんとする。その姿を確認してから、彼は素早く動いた。陰陽師か何かのように指を二本立てたまま、まるで空間を切り裂くように、軽く目の前に左腕を振るった。
空間が、裂けた。
「――!?」
江介はそのまま、勇儀と彼の間に突如発生した裂け目に飲み込まれるように消える。落下を予測していた勇儀の正拳突きは、風切り音と共に空を切る。そしてその真上には、まるで巻き戻したかのように、空から落ちてくる彼。右手を柄に当て、左手で鞘を抑えるその構えは、まさしく居合切り――。
「俺の、勝ちだ!」
今までで最も早く振り抜かれた刀は、正確に勇儀の左手首を撥ね飛ばした。
左手に乗せられていた盃は宙を舞い、その中に入れられていた酒は当然のようにぶちまけられる。酒が盃から零れれば、勇儀の負けだ。
「……ああ、私の負けだ」
その攻防は、たった数秒の内に行われた。上空で行われたその戦闘で、地上にいた鬼たちは大いに沸き上がり、江介に賭けていた一部の鬼が大儲けをした。
「……はぁ、人間相手に負けたのなんて何年振りかねぇ。というより、あんたは本当に人間なのかい?時々怪しかったが……」
「まあ、“元”人間だ。それに、ただの初見殺しだ。次やったら負ける」
落ちていったところを勇儀の右腕に掴まれて、ゆっくり降下しながらそんな口を利く。実際、彼が彼女に勝てたのは、彼女が彼の能力について全くと言っていいほど知らなかったが故である。始めに種明かしをしてしまえば、彼は勝てなかった。
――――――
「――で、あんたの能力はなんだい。攻撃の無効化に空間転移なんて、簡単にできるもんじゃない」
その後。少してこずりながら切り落とされた左手を接合した勇儀は、江介を隣に置いて酒を飲んでいた。勿論取り巻きの鬼たちも一緒で、そこでは軽い宴会が催されていた。さながら二次会である。
その質問に、江介は少し唸り、そして話してもいいものかと軽く思案する。しかし、どうせもうこの地底から帰れないことを考えると、別に話したところで不利益がある訳でもない。彼は一口酒を飲んで、そして口を開いた。
「……まあ、自分で名前を付けてた訳じゃあないが。今風に言うなら……そうだな……“境界を曖昧にする程度の能力”ってところか」
「境界を……。どっかで聞いたような名前だね」
「元々、俺は無能力だったんだが。千年も同じ能力を受け続けたからか、いつのまにかそいつと似たような力を使えるようになったんだよ。いい迷惑だ」
少し酒が回っているのか、饒舌に江介はそう話した。彼は千年近く生きていくうちに、輪廻転生の輪から外れた。死神を幾度も撃退するうちに、彼の中には境界の力が宿っていた。それは八雲紫の力によって生かされている彼が、その影響を受け続けた結果であった。
元々彼には
「ほお、また面倒そうな境遇だことで。それで、妖怪を探しているんだったよな。いいぞ、あんたの強さに免じて、鬼の力を少しだけ貸してやろうじゃないか」
勇儀はそう言って、開けたばかりの一升瓶を盃に注ぐ。ちょうど盃が満たされると、立ち上がり、それを一気に飲み始める。そして、視線が向いた鬼たちになにやら怒鳴り始めた。勇儀が動く度に鬼が騒ぐ。四天王とはそういう存在だった。
江介はそんな騒がしい鬼たちを眺めて、ああ、地底も案外悪い所ではないな、と一口酒を飲んだ。彼は、地底に骨を埋める事になるであろう運命を、なんとなく感じていた。
「……はぁ。貴方が来ると碌な事が無いのですけど。何の用ですか?」
「若いのからここに妖怪が匿われたって聞いたが、本当か?」
「なぜそれを言わなければならないのですか。……ふむ、妖怪探しですか。……ああ、江介さんが……」
「そういうこった。で、どうなんだ?」
「……まあ、いますよ。鬼に嘘は吐けませんしね。そろそろ起きてくる頃です」
「助かった、恩に切るよ」