最終回です。
噂な彼女
“お望みの噂、売ります”――。
そんな文言を書いた看板は、もはや地底に馴染みつつあった。旧都からは少し離れた日陰に建つ、今にも崩れ落ちそうな廃屋の前には、“噂屋”と書かれた、妙に綺麗な立て看板がある。
情報を売り買いする、という地底の中では珍しいその店は、初めは怪しまれながらも、徐々に受け入れられていった。鬼の助言によって、地上の天狗を参考にした新聞を発行してからは、その知名度は飛躍的に上がった。
今では、地底の情報を知りたければ噂屋に行け、と言われるほどには妖怪たちの信頼を勝ち取っていた。
その店主は、なんでも地上で凄まじい事件を起こしたとか、地底で逆らえる奴はいない(あの古明地でさえ)だとか、そんな噂が飛び交う少女だ。その在り方はまさしく噂を売り買いする店の店主に相応しいだろう。
そんな彼女は、今――。
――――――
真昼間から、旧都の道を行く。相も変わらず騒がしい商店の間を、適当に冷やかしながら歩くこの時間は、私の日課となっていた。
噂屋稼業は予想以上に上手く行っている。人里ではあんなに怪しまれ、一歩引かれていた私が、
私が、地底にいた
地底には、人間の文字が読めない妖怪がかなりの数存在していた。しかし、私が最新情報を新聞で出版するようになった事で、それを読めることが一種のパラメータになったようである。お陰でこれまで殴る蹴るしか能のなかった妖怪たちが識字に頭を悩ませる、というどこか滑稽な光景が地底の各地で見られたそうだ。
ついこないだ、このまま行けば明文法の制定も時間の問題でしょう、なんてさとりさんが嬉しそうに言っていたのを聞いた。彼女としても、別に進んで地底の管理をしているわけではないらしいので、法律で勝手に縛られてくれれば楽なのだろう。それとは対照的に、鬼の棟梁たる勇儀さんは、最近めっきり喧嘩が少なくなった、などと嘆きながら鬼たちを蹴散らしていた。彼女がいる限り争い事は無くならないだろう。
少し前にお空が起こした“間欠泉異変”から、地底も地上と多少の交流が生まれてきている。これから、良くも悪くも地底は変わっていくだろう。
「……時の流れは、早いなぁ」
誰に向かうでもない独り言を呟く。その言葉は喧騒に消えた。
ふと、妖怪の多い通りで一際大きく目立つ幟を見つけた。位置的には、いつもは人気の甘味処である。居酒屋ばかりの地底では珍しくアルコールを出さない店で、鬼以外の妖怪からの評判は上々である。
そんな店は、今日ばかりは何故か閑古鳥が鳴いていた。最近は地底の識字率も向上し、文字での宣伝も意味をなすようになってきたので、幟を上げてまで宣伝しているのに空っぽというのもどこかおかしく見えるのだ。
“中秋の名月には、丸い団子を”
そんな謳い文句が風に揺れていた。
「そういえば、今日は中秋の名月の日だったっけ……」
雑貨屋で購入した、どこから来たのかわからないカレンダーが私の家にはある。それは確かに、今日を旧暦での八月の十五日、すなわち中秋の名月であると言っていた気がする。
中秋の名月。それは私にとってはただの年中行事ではない。最近は忙しくてすっかり忘れてしまっていたが、人里にいたときは満月を楽しみにしていたものだ。そう、最後に楽しんだのは確か五年かそこら前の日だった。窓の位置関係で見えない満月を想像しながら、お団子を食べていたあの日。その時には八雲紫がわけもなく訪問してきて、初めてまともにお酒を飲んだ日にもなった。
そんな過去に思いを馳せていると、足は自然に甘味処の前で止まった。店主が暇そうにお茶を飲んでいるその店を眺めていると、無性にお団子が食べたくなってきてしょうがないのだ。
「お団子くれませんか、持ち帰りで」
――――――
旧都の夜はにぎやかだが、私の家までは喧騒は届かない。夜、私は暗くなった家の中に灯りをともした。
地底からは月を見ることはできない。だから、今宵は本当に満月なのかを確かめるすべはない。それでも、目の前にそれっぽく積み上げられたお団子は綺麗な丸で、それだけが今日を満月だと私に知らせていた。
ひとつ摘まんで、口に放り込む。やさしい甘さが広がる。地底の料理も捨てたものではない。ものによっては地上よりもおいしい事だってあるのだ。でも、このお団子は地上といい勝負である。
そうして、窓から旧都を眺める。妖怪によって作られた街灯りは私にはどうにも眩しくて、これくらい遠くから見るくらいが丁度いいのだ。
「――今日は名月の宴会みたいだけど、行かなくてもいいのかしら、噂屋さん?」
「……私はお酒も鬼も得意じゃないの。見えない月を静かに想像するほうが好み」
「そう。なら、今日は私の昔話でもどうかしら。お酒もあるわよ」
今、私はお酒が得意じゃないと言ったのに。少し苦笑して、しかし彼女らしいと思った。窓際に置いてあるお団子を部屋の中の卓袱台において、私は彼女と向かい合った。
「私は、あんたの事を許してる訳じゃない。私を
「違うわよ。若気の至りというやつ……と言っても、信じてはくれないでしょうし、私には許させる権利も無い。でも、できればお話くらいは聞いていって欲しいわ」
それは私が望んだことだ。ずいぶんと待ちくたびれたが、きちんと約束を守ってくれたのだ。
「勿論。それであんたの扱いが決まるんだから、是非とも真実を語ってほしいわ」
「当然。死者を冒涜するほどに
いつの間にかお酒が注がれていた、透明で小洒落たグラスが私に手渡される。それを受け取って、そして目を合わせた。
……今更、許さないと、そう言うわけじゃない。それを望まれていないのは、この数年で嫌というほどに理解した。
だから、私は今の幻想郷の、平和で大雑把で、とても素晴らしい方法で彼女と対話する。
「月の見えない十五夜に」
「私と貴方と、彼に」
「乾杯」
だって私たちは、これからを生きるのだから。
これも、一種の宴会END……のつもりです。
これにて、東方二次創作小説“噂な彼女”は完結となります。ここまで付き合ってくださった貴方に、特別な感謝を。ありがとうございます。
連載処女作ということで色々と至らないところもありますが、なんとか完結と相成りました。これも閲覧してくださった読者様のお陰です。
この後の活動はまったくの未定ですが、いつかまた、連載か短編でお会いできる日まで。
ありがとうございました。