噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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完結したと言ったな、あれは嘘だ。

詳しくは活動報告へどうぞ。
 



おまけ
巫女と噂屋


 博麗神社の近辺に間欠泉が吹き出たのは、もうかなり前のことである。

 

 博麗の巫女である博麗霊夢はそれを観光資源にしようと目論んだが、ともにあふれ出した怨霊のためにそうもいかず、仕方なく元凶を叩きのめした。それももう、大分前のことだ。

 

 それからというものの、これまでは閉ざされていた地底は幾分かオープンになり、多少の物好きによる交流も生まれ始めた。

 

 そして、幻想郷において交流が生まれるということは、つまるところ酒飲み仲間が増えることと大体同義である。

 

 そんなことがあった後の、いつも通りのとある秋の日――。

 

 

 ――――――

 

 

 石畳の境内に、大あくびをする巫女が一人。降ってくる枯れ葉をそれっぽく竹箒で掃いているポーズをしている彼女――博麗霊夢は、秋の寒空の下にいた。

 

 最近は平和である。空飛ぶ船を追っ掛けたのは今年の春先だったか。そう何度も何度も異変が起こってはたまらないが、しかし何もやることがない日々というのも退屈である。大体年に一、二回起こる異変は、これまでの幻想郷と比べて随分とハイペースなのだとか。紫の言葉だから微妙に信用できないが、どうしてよりにもよって自分の代に急増するのだろうか――なんて。

 

 とても博麗の巫女とは思えない思考をしつつ、なんとなくアンニュイな気分で掃き掃除をしていた霊夢は、その耳で僅かな風切り音を捉えた。この時間に神社に飛んで来るような暇人は何人もいるが、しかしこの音を発する人間は一人しか知らない。

 

 

「よう、霊夢。今日も掃除に精が出てるな」

 

 

 何となくだろう、鳥居の上に腰掛けるという罰当たりなことをしながら言ったのは、三角帽に竹箒という典型的な魔女ルックをした少女――霧雨魔理沙。暇人だ。

 

 

「魔理沙も暇ねぇ。宴会の手伝いでもしに来たの?」

 

 

 今日は神社で宴会の日である。秋の終わりが何とか冬の始まりがどうとか。要はそろそろ酒が飲みたくなった、ということだ。霊夢にとってはいつもの事なので、今回も場所貸しと準備を担っているのだ。基本的に誰も手伝いに来てはくれないので、霊夢も軽く掃き掃除をする程度の準備しかしない。料理は発案者持ち、酒は参加者持ちである。今回の発案者は紅魔館のレミリアだったか。それならば咲夜の手料理が食べられそうだ。

 

 

「まぁな。いつも一人でやらせてるのも忍びない」

 

 

 まさか魔理沙からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった霊夢は、びっくりして思わずはぁ?なんて声を出してしまう。それで魔理沙は露骨に嫌な顔をして、霊夢は慌てて口を塞いだ。

 

 

「おいおい、好意を踏みにじられるとさすがの私でも傷つくぜ」

 

「ああ、いや、びっくりしただけだから。お手伝いなら歓迎よ」

 

 

 霊夢もさすがに悪いことをした、とばつの悪い顔で謝罪をする。魔理沙も特に後に引きずるタイプでもないので、それならまぁ、と簡単に許した。

 

 

「よし、それなら神社の中を掃除するわよ。まだまだ時間はあるし、どうせなら徹底的にやるわ」

 

 

 そんなふうに一人盛り上がっている霊夢を見て、掃き掃除くらいで済むと思っていた魔理沙は失敗したなぁ、と少しだけ後悔した。

 

 

 ――――――

 

 

 部屋の掃除といっても、神社はそこまで散らかっている訳ではない。なにせ物が無いのだ。なのでとりあえず見られてもみっともなくないようにしろ、と霊夢に言われた魔理沙は、だらしなく敷きっぱなしの布団を畳み始めた。どうにもいいように使われている気がするが、言い出しっぺは自分なのだ、と再度後悔した。

 

 そうして散らかったものを片付けていると、ふと、いつもは見ないものを見つけた。

 

 魔理沙はそれを拾い上げる。ちょうどネックレスのように紐に通された勾玉であった。紅白で、霊夢と似ためでたい色合いをしているが、どうにも不思議な感覚がするものだ。どこかで見た事があるような、ないような。しかし、その勾玉から感じる力は、まるでマジックアイテムである。

 

 何となく珍しそうな物であったので借りようと考えるが、しかしすぐそこに所有者であろう霊夢がいるので、どうせなら用途を聞いてから借りていこう、と台所に向かった。

 

 

「おーい、霊夢。こりゃなんだ?」

 

 

 んー?、と振り向いた霊夢は、それを見て、一瞬不思議な顔をした。しかしすぐにいつも通りの顔に戻って、魔理沙の手からそれを取り戻した。

 

 

「魔除けの勾玉……いわゆるマジックアイテムよ。妖力遮断の力があるの。貴重なんだから、持ってっちゃ駄目よ」

 

 

 あれだけ雑に放っておいて何を……と言いかけて、魔理沙は止まった。その勾玉を見る霊夢の目が、どこか寂しげであったからだ。これまであまり見たことの無い儚げな霊夢の雰囲気に、魔理沙はすぐには二の句を継げなかった。

 

 

「……まぁ、大事なものなら良かったな。無くしかかってたけど」

 

「はいはい、ありがと。ほら、さっさと作業に戻りなさい」

 

 

 追い出されるように元の部屋に戻された魔理沙は、少しの間その場で固まっていた。

 

 ――なんだ、この違和感は。

 

 あの勾玉を見たときの妙な既視感。霊夢の妙な反応。何かがおかしい。しかしそれが何なのかが魔理沙には分からなかった。分からない事は調べるのが信条の魔理沙であってもしかし、親友である霊夢の()()()()()()()()()()()を垣間見た気になっては、迂闊に触れる事もできはしない。

 

 

「……まあ、その内思い出すだろ」

 

 

 秋の日は釣瓶落とし。手早く済ませなければすぐに日が暮れてしまう。

 

 魔理沙は違和感を押し込んで、日常へと帰っていった。

 

 

 ――――――

 

 

 そうして、夜。

 

 博麗神社の境内は、通例通りの宴会でおおいに盛り上がっていた。

 

 酒を浴びるように飲むもの、弾幕ごっこに興じるもの、一心不乱に食事をするもの――。いつも通りの幻想郷が、そこにあった。

 

 しかし、その喧騒のなかに、中心人物たる巫女はいなかった。

 

 

「……」

 

「あら霊夢、どうしたの?そんな辛気くさい顔をして」

 

 

 神社の裏で、日本酒の瓶を脇に置いたまま手を見つめる霊夢の横から、一人の女性が声をかけた。紫色を基調とした装束に身を包んだ妖怪――八雲紫。

 

 

「ああ、紫。久しぶりにこれを見て、懐かしくなっちゃって」

 

 

 霊夢はそう言って、手に持った勾玉を紫に見せた。それを受け取った紫は、ああ、と得心のいった顔をする。今では彼女の事は、霊夢と紫くらいしか表立って話題にできない存在になってしまった。霊夢もそんな彼女を思い出し、物思いに耽っていたのだろう、と紫は理解したのだ。

 

 

「あの子、今はどうなってるんだろう……なんて、思っちゃってね。私らしくないけど」

 

 

 博麗霊夢は、冷酷なまでに平等である。それは幻想郷の中では常識である。誰かに執着することが殆ど無い霊夢が遠く記憶の中の誰かを思うなど、ここに紫以外の誰かがいたのならば驚愕に包まれる事請け合いだ。

 そんなふうにナーバスな霊夢を見て、紫は一つ、面白い事を考え付いた。悪戯っ子のように少し笑って、そして扇子で口元を隠して、霊夢に言った。

 

 

「いいじゃない。そうやって会えない相手を思うのは、とても人間らしくて素晴らしいことよ。でも、この宴会に主役(あなた)がいないんじゃあ、盛り上がらないわ」

 

 

 一人で勝手にそんなことを言って、置いていかれている霊夢の足元にスキマを開く。紫の予想外のその行動に、霊夢はさしたる抵抗もできずにその中に落ちていってしまう。

 

 

「人間万事塞翁が馬。たまには勘だよりじゃなくて、誰かを信じてみてはどう?」

 

 

 クスクス笑う紫の顔は、すぐにスキマに挟まれて消えた。

 

 そのまま落ちていった霊夢が現れたのは、妖怪たちが騒ぐ神社のど真ん中であった。急に現れた霊夢に驚く者もいるにはいるが、大抵はその登場の仕方――空中に突如開いた亀裂から落下してくるという現象で、誰の仕業かを理解した。

 

 

「遅かったじゃないかー、霊夢。ほら、お前も飲め~」

 

 

 既に出来上がっている魔理沙の絡み酒をいなしながら、霊夢は心中でため息を吐いた。

 

 ――信じろったって、ねえ……。

 

 かつて当たり前のようにいた彼女がいないことに、霊夢は何の違和感も感じなかった。まるで、“いないことが常識(あたりまえ)”であったように。その事実に何となく嫌な思いをして、霊夢は酒をあおった。

 

 

 ―――――――

 

 

「……地上の宴会?」

 

 

 とある冬の日。旧都から少し離れた私の家には、珍しく来客が訪れていた。

 

 薄暗い地底には似合わない、眩しいほどの金髪と金の尻尾を持った女性――八雲藍さん。

 

 

「ああ。次にあるときには地底の噂屋も呼べ、と紫様から言付かっている。どうだ?」

 

 

 持参してきたいなり寿司を頬張りながら、藍さんはそう言う。

 

 地上。私が地底に落ちてからというものの、そういえばただの一度も出向いていない。もうあれから何年になるだろうか。たまに来る紫さんの話から、大抵の人妖は私の事を覚えていないであろうに、どうしていまさら。

 

 

「うーん……嫌なわけじゃあないけど。何で今になって私を引きずり出すの?」

 

「それは私には分からん。ただ紫様は、“次に博麗神社で”宴会があるとき、と仰っていた。その辺りに何かあるんじゃないか?」

 

 

 私の家にある茶葉を勝手に使って入れたお茶を一口飲み、藍さんは幸せそうにいなり寿司を食べている。主従揃って、なんとも締まらないものだ。

 

 しかし……。博麗神社。紫さんは私を博麗神社に行かせたいのだろうか。それなら私の足元にスキマの一つでも開ければ済む話ではないか。そこは紫さんなりのこだわりだろうか。

 

 

「博麗神社……博麗神社……うーん」

 

 

 何が博麗神社に用事でもあっただろうか。少し思い返してみよう。

 

 最後に博麗神社に行ったのはいつだったか。記憶にあるのは……初詣の時だ。それ以降はすぐに地底に行ってしまったから、博麗神社には行っていないはずだ。

 

 博麗神社といえば霊夢さんだ。今代の博麗の巫女であり、色々と最強な人である。

 

 霊夢さんと最後に会ったのは……地底に来る前。妹紅さんと共に地底の入り口に向かう道中で出会った。

 

 たしかその時は――。

 

 

『……私は行きます。自分の事を知ります。それが私の選択です』

 

『そう、頑張ってね。()()()()()()お茶ぐらいはいれてあげるわよ』

 

『……。できれば、新茶でお願いしたいですね』

 

 

(23話“深淵の誘い”参照。)

 

 

 ……あ。

 

 

「そういえば、そんな約束もしてたっけ……」

 

 

 完全に失念していた。あれは絶対、無事になったら神社に帰ってこいって意味だろう。

 

 

「なんだ、分かったのか?」

 

 

 優雅に昼食後の一杯を飲みながら、藍さんは私に聞いてくる。口元のご飯粒は突っ込みどころだろうか。

 

 

「まあ、たぶん違うけど……博麗神社に用事はできた。宴会は今日の夜だったよね?」

 

 

 外来品と思われる壊れかけの壁掛け時計は、いまだに昼過ぎの時間を指している。今から出れば、霊夢さんと話した上で宴会に出れるだろう。

 

 手土産として、その辺に転がっていた、いつぞや鬼から徴収した新聞代代わりの酒瓶を引っ掴む。妖怪の酒だが、あの巫女がそんな程度でくたばる姿は想像すらできないので問題はないだろう。

 

 

「む、今から行くのか。少し早いが……」

 

「霊夢さんに用事があるの。あ、それ片付けといてね」

 

 

 皿や湯飲みの片付けを藍さんに押し付け、私は飛び出した。後ろから、気を付けろよー、なんて声がフェードアウトしていった。

 

 

 ――――――

 

 

 博麗霊夢は不機嫌であった。紫は彼女の勾玉を持って行ったまま冬眠してしまったようであるし、魔理沙は最近よそよそしい。今日はあの時ぶりの宴会であるので、それで清算できればよし、と考えていたのである。

 

 

 今日も今日とて境内を掃除するふりをしながら、霊夢は寒空を見上げた。いつか春に別れを告げた彼女は、いまだ何の音沙汰も無い。地底に行った時だって、彼女の噂は聞かなかった――というか、そんな事を調べている暇は無かった。それ以降地底には行っていないので詳しい事は分からないが……、たまに地底の妖怪が地上に出てきている昨今で音沙汰も無いという事は、つまり()()()()ことなのだ、と。あの時感じた胸騒ぎとも合致する。

 

 

「あー、寒い寒い。さっさとお酒でも飲みたいわねぇ」

 

 

 そんな思考をしてしまうのも、きっと人肌恋しくなってくる寒さの所為だ、と結論付ける。そして手を擦り合わせて末端を暖めて、もう掃除ごっこは終わりにしよう、と箒を持って本殿に向かって踵を返した――。

 

 

「あいかわらず、やる気が無いねぇ。そんなだから参拝客が増えないんじゃない?」

 

 

 その声は、霊夢にとっては久しぶりで、あまりに変わったその気配と口調で、すぐには誰だ、と判断をつけることはできなかった。

 

 思わず振り向く。黒髪が風に揺れ、そして見えた顔は珍しく驚きに染まっていた。

 

 

 彼女は、そこに立っていた。

 

 あの時と寸分変わらない幼い顔で、低い背丈で。しかしあのときよりも雰囲気は大人びていて、妖怪らしいアンバランスさを湛えた佇まいをして。その手には、彼女が苦手としていた筈の日本酒の瓶を携えて、笑って立っていた。

 

 

「お久しぶり、霊夢さん」

 

 

 唖然とする霊夢の前で、困ったように頭をかきながら彼女――風は言った。

 

 

「……ああ、あんた、生きてたのね。てっきり蒸発したのかと思ってたわ」

 

「まあ、蒸発しそうにはなったけど。こうして何とか生きてはいるの」

 

 

 こうして対面していると、まるで別人のようだ、と霊夢は感じた。数年前までの薄っぺらい感じの自我ではなく、紫や文とかを相手にしているような、長年を生きた経験に裏打ちされた不思議な強さを感じるのだ。

 

 しかし、その所作もその声音も、そして相手の顔色を伺うその目も、どれもがいつかの風とダブる。そして霊夢の勘が、目の前の少女が偽者でも何でもない“風”であると言っている。信じるのには、それだけで十分だ。

 

 

「……今日は宴会の日だけど、手伝いでもしに来たの?」

 

「ん、まあ。でもその前に、お茶でも貰いたいかな」

 

「そうね。せっかく帰ってきたんだし、今日は新茶でも出してあげるわ」

 

 

 神社で笑う、少女が二人。彼女たちの幻想郷生活は、まだまだ終わる気配は無い。

 

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