噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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ここから読み始めた貴方ははじめまして、前日譚を読んでくれた貴方は改めまして。遠名彬と申します。これが連載処女作ですが、どうぞよろしくお願いします。

適正文量が分からないので、とりあえず五千文字程度です。


→紅魔郷
巫女と神社


 春告精の声は、他のどんな話よりも優先的に響く。別に声が煩いという訳ではない。情報の伝達速度の話だ。

 

 誰しも、自分に関わりのある話題はよく聞きよく理解し、他のだれかにもそれが必要だと思えば、聞かれていなくてもそれを広める。そうして有用な情報は広まり、逆に不必要な情報は消える。情報の淘汰というやつだ。

 

 しかし、時に人は、情報に快楽を求める。例えば、どこそこのだれだれがなにかやらかした、とか。それは実用性を伴う情報ではないが、それを知る人と共有し、共感を得ることに快楽を覚える人間も多い。

 

 それは、火のあるところに立ち上ぼり、時に尾鰭が付き、千里を走り、七十五日で忘れ去られる。

 

 人はそういうものを、(うわさ)と呼んだ。

 

 

 ――――――

 

 

「これでよし、と」

 

 

 内開きの扉の真ん中にある出っ張りに板を掛ける。月の始めの今日この日、心機一転してこの場所で、私の新生活が始まる。

 

 揺れる板には、“噂屋”。

 

 それが、今日からの私の職業だ。

 

 

 今からちょうど一年くらい前の話だ。

 

 この幻想郷に目覚めた妖怪である私は、紆余曲折あって人里の中に住むこととなった。今は記憶も何も無いものの、どうやら私は昔に色々とやらかした(・・・・・)ようで、かつては強い力を持っていた、そうだ。

 

 少し前迄は人に迷惑をかけず、そもそも人間となにか違うのか?と聞かれてもあまり反論できなかった時期もあったが、少しだけ元々持っていた能力を取り戻してからは、何とか能力持ちとして妖怪らしくなったのかも、しれない。とはいえ戦えるほど強くもなく、胸を張って妖怪と言えるほど(胸も)妖力もなく、戻った能力も大して強い訳でもなく。そもそも妖怪が自分自身と言ってもいい能力を使って仕事をしている時点で、あまり妖怪らしくはない。むしろ人間くさい。

 

 だが今は、妖怪か人間か、なんて事はどうでもいい。重要な事じゃない。私が(ふう)という名前の、人里に住む噂屋であること、それで十分だ。

 

 

 とは言うものの、噂屋なんていう、自分で言うのも何だが胡散臭い職業に物を頼む人などそうそう現れない。いるのは顔見知りとしての風に挨拶する人くらいだ。

 

 つまり、暇なのだ。

 

 暇なことは悪いことではない。こうして麗らかな晴れの日に、程よい気温の室内で、ゆっくりとお茶を飲む。すばらしい日常だ。霊夢さんが執着するのも分かる。

 

 

「風、いるー?」

 

 

 五月蝿く戸を叩く、ゆったりを壊す訪ね者。なるほど私が行くと霊夢さんがしょっちゅう不機嫌な顔をしているのがよく分かる。この幻想郷では、人か妖怪が二人出会えば、そこに静寂は生まれない。幻想郷に住む人々は大概騒々しいから、とりとめのない話や、少々暴力的なお話が始まる。そこにゆっくりの居場所はない。

 

 

「はいはい、いますよー」

 

 

 軽く返事をし、扉を開けようと立ち上がった。しかしその努力は無駄であった。

 

 鍵をしていないことをいいことに、戸を叩いていた人――霊夢さんは、返答とほぼ同時に勝手に開けた。

 

 

「お邪魔するわよ」

 

 

 風に揺れる大きなリボンを頭に飾り、全身を紅白の目出度い巫女服に包んだ、楽園の素敵な巫女さん、博麗霊夢。この幻想郷の根本を成す博麗大結界を管理・維持しているすごい人だ。

 

 しかし私としては、霊夢さんが本当にすごい事をしているところを見たところがない。見た事があるのはしあわせな顔でお茶を飲んでいたり、鼻歌を歌いながら落ち葉を掃除していたり、友人である魔理沙さんと他愛ない話をしていたりしている霊夢さんだけだ。

 

 しかし今回は、今までに見た事がないほどに真剣な顔をして、こちらを睨むほどに凝視し、遠慮という美徳をそのへんの野良妖怪にくれてやったかと思うほどにずかずかと近づいてきた。正直怖い。

 

 

「……な、何か用でしょうか……」

 

 

 なんとか絞り出した震え声は、霊夢さんに対する、“機嫌を損ねたら退治(ころ)されてしまうのでは?”という生命の危機的な由来による。立場的には明日にでも延々とあまりよく分からない理屈をつけた上で大きな風にされかねないので、その恐怖への現実感はひとしおだ。

 

 しかし、現実は私の畏れとは正反対に進行した。

 

 

「博麗神社のお賽銭を増やせないかしら!?」

 

 

 声量はそこまで大きくない。しかしその言葉には謎の重みがあって、凄むというかそのまま威圧で押し潰す程の勢いで迫ってきた。

 

 それが、私の噂屋としての初めての依頼となった。

 

 

 ――――――

 

 

 とりあえず霊夢さんには落ち着いてもらい、卓袱台に二人分のお茶を置いて、向かい合った。

 

 

「……で、具体的には何をすれば?」

 

 

 賽銭を増やせと言われても、はたして何をすればいいのか。それが分からなければ手の打ちようもない。

 

 それに霊夢さんは少し考え、口を開いた。

 

 

「そうねえ、まず博麗神社(うち)に参拝客が来ない理由が分からないといけない。少し聴いてみてくれる?」

 

 

 なるほど、否定的な理由を打ち消せば来るようになる。それにはまず人里で博麗神社がどう思われているかを調べなければ。

 

 幸い、この手の情報収集は私の得意分野だ。

 

 首に下げた紅白の勾玉を外して、卓袱台に置く。それが身を離れると、今まで聞こえなかった声が聞こえるようになる。囁くような、怒鳴るような、細々と、良く通るはっきりした声。大小様々な声が、私を取り囲む。

 

 壁に提げた籠から耳栓を取り出して、両耳を塞ぐ。周囲の音が遮断され、消える。目を閉じる。光が途絶える。静寂の暗闇の中で、私は意識を集中する。

 

 

 ――――――――

 

 

 かつて私が持っていた力の残滓。それは、他の人々の様に定義するならば、“噂を聴き流す程度の能力”となるだろうか。

 

 人々、魑魅魍魎の間に流れる噂を“聴き”、自分で作り上げた噂を“流す”。

 

 私が出来ることはその程度だ。それ以上もそれ以下もない。

 

 

 ――――――――

 

 

 耳を塞ぐのは、単純な振動波としての音を遮断することで、いつもはうっすらとしか聴こえない噂の声に集中するからだ。

 

 世間を風の如く飛び回る錯綜した情報の流れを掴み、誰もが知っていることほど大きく、局所的な事ほど囁くような小さな声で。

 

 私の耳は、その音を捉える。聞く。

 

 

「……あー、やっぱり……」

 

 

 私の耳はそれを聞いた。それはいつも聞くものと寸分違いの無い噂。叫ぶような大きな声が、それが常識的(あたりまえ)な事だと主張している。なんというか、やっぱりか、という感想しか出ない。というかここまで大きな噂なのに霊夢さんは知らないのか。いくら本人の前では言わないだろうとしても。

 

 私は耳栓を外す。外の雑踏が、大きな音となって耳に届く。この外した瞬間はいつになっても慣れないものだ。まだ数えるほどしかやっていないが。

 

 

「で、何がやっぱりなの」

 

 

 目の前の霊夢さんが、卓袱台に片肘をついたまま、行儀悪く言った。呑み帰りの会社員みたいだ。

 

 

「ちょっと聴いてみたんですけど、私が人里で聞いているのと何も変わらない話でしたよ。知りませんか?」

 

「知らないから聞いてんのよ」

 

「まあ、要するに――よく妖怪が出入りする妖怪神社、触らぬ神になんとやら、という事です」

 

 

 霊夢さんは少し目を丸くして、しかしすぐに呆れたような顔に戻り、一人で納得するようにひとつ頷いた。

 

 そういうことね――何も言っていないのに、なんとなく霊夢さんが言いたいことが分かった。

 

 心当たりはあるのだろう。私にもある。そして、この噂が当たり前のように定着しているという事は、恐らく昔からそうだった、という事だ。

 

 つまり、八雲紫(あのひと)だろう。

 

 

「ああ、もう。あのスキマは相変わらずろくな事をしないわね。仕方の無い事なんでしょうけど」

 

 

 しかし、原因が分かった所でこれではどうしようもない。まさか紫さんに(守るとは思えないが)神社への出入り禁止を通達するわけにもいかないし、事実な以上火消しも相応に大変なことだ。

 

 私の能力はあくまで燻った火を燃え上がらせたりするもので、火そのものを消し去るほどの力は無い。

 

 はてさて、どうすればよいのだろうか。

 

 しかし、これで諦めてはなんともつまらない。一応初仕事なのだし、やれるところまでやってみることにした。

 

 

 無謀な雰囲気しかしないが。

 

 

 ――――――

 

 

 翌日。

 

 人々の間には、細々と噂が流れ始めた。

 

 “博麗神社に参拝すると、大層な加護が受けられる”。

 

 

 ――私は最後まで反対した。私の名誉のためにこれだけは言っておく。

 

 

 あれから霊夢さんと色々と話し合った結果、まともに噂をかき消そうとしても無理であるならば、それを上回る『良い』噂を流せばよいだのと言い出し、今回のような噂を流す事となった。

 

 その結果はお察しの通りである。何も言うまい。

 

 

 しかし、これで終わってしまっては何とも名折れだ。私の評判とか名誉とかその他諸々を傷つけかねない。不可能な依頼を受けている時点で無いも同然なのは分かっている。

 

 改善策は見当たらない。常識を覆すのは非常に難しい。それこそ、非常に影響力の大きい何かしらが大々的に発言するとか、そういう物が無い。ついでに事実も無い。詰みだ。

 

 大体“大層な加護”って何だ。そんなものがあるなら協力している私が真っ先に受けるべきだろうに。どんな加護かも抽象的過ぎてはっきりしないし、そもそもあんな神社にまともな神が居るとは思えない……とか、色々とよろしくない事を考えていると、

 

 

「朝刊ですよー」

 

 

 という声と共に、私の家の前に新聞が投げられた。

 

 毎度思うが、もう少し物に優しく配達ができないものか、なんて思いながら、新聞を開く。

 

 吸血鬼がどうとか、画期的な決闘法!だとか、なんとも受けそうな(・・・・・)見出しが並ぶ。ああ、このくらい分かりやすく食いつきやすい噂なら直ぐに広まるのだが……。

 

 と、私はそこで考えつく。

 

 幻想郷においてそこそこの影響力を持つ天狗の新聞ならば、噂を広めるのにとても役立つのではないか、ということに。

 

 鴉天狗の俊足は妖怪の中でも屈指であるし、その速さで届けられる新聞は幻想郷の情報の源と言える。大抵脚色が過ぎるので信憑性は抜きにせざるを得ないが、それでも情勢を知るにはよいものだ。

 

 

 戸を開けて外に出る。辺りを見回すと、ちょうど新聞を配り終えたとみえる天狗が一人、里から飛び立とうとしていた。

 

 逃げられては追い付けない。急いで声をかける。

 

 

「あの、そこの天狗さん。ちょっといいですか」

 

 

 私の声に振り向いた。短めの黒髪に烏帽子を被り、背中からは黒く大きな鴉の羽を生やした少女だ。片手には他の人々に配る分であろう新聞の束を持ち、張り付けたような営業用の笑顔でこちらを見た。

 

 

「はい……ああ、風さんですか。何か用でしょうか?」

 

 

 いつ見ても胡散臭い。明らかに慇懃無礼なのは相対した人ならば誰でも分かるであろうその鴉天狗は、射命丸文さん。幻想郷の人気新聞『文々。(ぶんぶんまる)新聞』を執筆・発行している。

 

 他の新聞と違わず大きく脚色され物によっては明らかな誤報になることもあるが、誰も知らない新鮮な情報を届ける報道姿勢には評価も高い。信憑性は無い。繰り返し言うが、幻想郷の新聞に信憑性は無い。低いどころではない。無い。

 

 

「ええ、今日はちょっと、新聞の事でお話を……」

 

「あやや、それは重要な事ですね。でも、この朝刊を配り終えるまでちょっと待っててもらえますか?直ぐ来ますので」

 

 

 返答を待たず、それでは、という一言と一陣の風と共に、文さんは何処ぞに飛んでいってしまった。確かに配達の邪魔をするのはよろしくない。しばし待つことにしよう。

 

 

 数分後。

 

 

「それで、どういうお話でしょうか」

 

 

 自他称、幻想郷一の俊足は伊達ではない。僅か数分で新聞の束を捌ききった文さんが、私の家で座っていた。

 

 手帳を片手に、今にも取材を始めそうな文さんに、私は斯々然々、神社の記事を依頼した。

 

 そうして、一通り私の話を聞いた上で、文さんは自信たっぷりに言い放った。

 

 

「それは無理な相談ですね、残念ながら」

 

 

 実にいい笑顔だった。

 

 

「私を含め色々と集うあの神社が、普通の人間に信仰されるわけないじゃあありませんか。私が何を言っても無駄ですよ、無駄」

 

 

 分かっていた事だが、そこまで綺麗に断言されると清々しさすら感じる。

 

 そうなのだ。元が無理な相談なのだ。断られたからといって残念がる必要は無いはずなのだ。霊夢さんには適当に言い訳をして、断念してもらおう。

 

 

「そうですよね、無理ですよね。何とかしようと少しでも努力を見せた私が無謀だったんですよね。ありがとうございます」

 

 

 文さんは実に不思議そうな顔で私を見た。

 

 

「なんで嬉しそうなのかは置いておいて、……そうですね、是非とも噂屋の事をですね」

 

 

 瞳をきらきらと輝かせながら迫る文さんの圧力に負け、私の一日は問答で終わった。

 

 

 ――――――

 

 

 さらに翌日。

 

 昼頃に外に出ると、何故か上機嫌で買い物をする霊夢さんがいた。

 

 賽銭でも入っていたのか、と近付くと、霊夢さんの方がこちらに気づいた。

 

 

「あら、風じゃない。どうしたの?」

 

 

 今にも鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。しかし、どうしたもこうしたもない。依頼が失敗したことを伝えなければならない。

 

 

「あの、この間の依頼の事なんですけど……」

 

「ああ、その事ね。別にいいわよ、もう。あんな回りくどい事しなくても問題ないって、気付いたの」

 

「……はあ」

 

「昨日の新聞見たかしら?私の案が採用されたのよ、新しい決闘法って触れ込みで」

 

 

 たしかにそんなことが書いてあった、気がする。しかしそれと賽銭に何の関係が。

 

 

「きっとこれが広まってからは、博麗神社は決闘の聖地として盛り上がるわ。賽銭もがっぽり。完璧な計画ね!さすが私!」

 

 

 ……何も言うまい。

 

 

 ――――――

 

 

『人と妖怪を繋ぐ新たな決闘法:命名決闘法(スペルカードルール)。考案者は博麗霊夢』

 

 

 日付の過ぎた新聞が、風に舞った。

 




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