物語を進めていろいろキャラを出したいんです。ごめんなさい。
太陽が空の頂点に居ると、どうにも暑くて堪らない。そろそろ夏の季節が全盛を迎えるということは分かっているが、いつになっても暑いものは嫌いだ。
軒先に適当に打ち水をしてみれば、確かに少し涼しげな気がする。近頃はそんな日々だ。
噂屋を立ち上げて一週間と少しが経った。相も変わらず依頼は無く、もっぱら里に入り浸る妖怪相手に世間話をする毎日だ。一応情報収集にはなるし、幻想郷を文字通り飛び回る妖怪達の話は面白い。私は飛べないので勝手気ままに何処かへ遊びに、とはいかない。その辺りの野良妖怪ですら下手をすればやられる。里の外は危険が一杯、ということだ。
霊夢さんが考案したスペルカードルールも、人と妖怪の対等な決闘という触れ込みだが、要するに力ある妖怪が、力があれば人間にも使える弾幕という形式で戦うもので、実際に
私は張れないが。
……別に悔しくはない。
披露の時の霊夢さんと紫さんの弾幕は凄く綺麗だったし、魔理沙さんも乗り気だし、里にいる妖怪も新しい遊びとして、早くも“弾幕ごっこ”なる別名をつけて遊んでいるとか、そんな姿を見て羨ましいとかそんな気分にならないこともない、とかそんなことはない。
今はまだ細々とした流行で留まっているが、もう一押しあればみんなやりだすであろう。噂の妖怪的な直感という名の当てずっぽうだが。
やめよう。出来ないことを考えると気が滅入る。
気分転換に買い物でもしよう。ちょうど日用品が足りなくなってきた頃だ。甘味でもついでに食べれば、この滅入る暑さも少しは和らぐだろう。
――――――
店員の謝意を背中に受けて、私は暖簾をくぐって外に出た。霧雨商店は人里の中でもそこそこ大きい商店で、ここに行けば大体の物は揃う。家から少し遠いのが難点だが、道中に甘味処があるのが重要だ。生活必需品を買い揃えながら、帰りに甘味を食べ、帰って寝る。素晴らしい。やはり怠惰こそが至高だ。働きたくないでごさる。
今日は団子か葛切りか、夏なら水羊羹も捨てがたい。しかし一番美味しい餡蜜か……想像だけで唾が出てくる。
少し浮わついた気分で歩いていると、ふと、不思議な人が視界に入った。
その女性は、銀色の髪を靡かせて歩いていた。この暑い中、ひらひらした仮装じみた服を着込み、両手に明らかに一家庭では収まらない量の食料品を(ご丁寧に袋からネギが突き出している)持ち、その状態で汗一つかかずに涼しげな顔で西洋風の
西洋人風の整った顔立ちに、膝丈のスカートが歩く度に揺れる。その存在は、背景が純日本的な家屋の並びであることも合わせて十二分に異質なものだった。
なんだろう。周りの事とか持ち物の事とかを考慮しなければ、凄く綺麗で格好いい女性なのだろう。顔や立ち振舞いを見ればわかる。しかし、その考慮から外した全てが、彼女の存在を可笑しくしていた。
……天然なのか、自覚が無いのか。わざとやっているならば高度な
――そんなふうに唐突に現れた非現実的な光景に呆気に取られているうちに、彼女は微笑みを浮かべたまま、極めて華麗に里を出ていってしまった。出ていったら直ぐに見失ってしまって、それきり彼女を見ることはなかった。
そんな彼女を一目見た人々は足を止め、その圧倒的な光景に見とれていた。しかし彼女が去り、再び時間が動き出す。今ならこの首に勾玉が掛けられていても分かる。誰も彼もが今の彼女の事を噂している。そりゃそうだ。あれは噂せずにはいられないだろう。
――――――
気を取り直して、私は甘味処に着いた。未だに脳裏からあの彼女の事が離れない。衝撃的過ぎて思い出す度ににやにやとしてしまう。
あの妙に自信の漲った表情で、あの素晴らしく綺麗な歩き方に、顔と体型に合った可愛らしい服。そしてそれが両手にネギやら大根か何かの葉っぱやらが飛び出した買い物袋を携え、平屋の間を、着物姿の人々の間を歩いていくあの光景は、滑稽と言うには美しく、絵画のようかと言うには遊びが過ぎる。そんな絶妙な不一致から醸し出される不思議な笑いは何なのだろうか。理解できない物への、諦めの笑いに似ている。
駄目だ、目の前に出てきた団子があるというのに、彼女の事ばかり考えている。
いつまでも囚われている訳にはいかない。その幻影を振り払うように、私は団子に手を伸ばした。
甘い。
緑の団子にたっぷりと乗せられた黒い餡子は、夏の熱に浮かされた私の意識を包み込む。確かな歯ごたえと共に、素朴な味わいの団子がしつこくない後味を演出する。
ああ、この団子のためになら、働く価値がある。
そう本気で思えるほどの美味しさだ。私は暫し、この団子をゆっくりしっかりと味わった。
――――――
それからというものの、里の中には不穏な噂が流れるようになった。妖精が慌ただしくなったり、妖怪がいつもよりも活発になっているだとか。その大半は妖怪関係だが、そこは幻想郷。現実として存在している妖怪が大きな力を持っている以上、噂だけでも人間が不安を持つのには十分だ。
だから、私は自分の家に篭っている。いつもの事である。妖怪は人里にいる者に攻撃してはならない。それは幻想郷の絶対的な規則である。破れば誰に何をされるか分かったものではない(大抵巫女に滅される)ので、規則を重んじる組織的な、もしくは伝統的な妖怪のみならず、軽んじる放浪の妖怪たちにも十分に浸透している。
つまり、人里にいれば襲われて突然死することはない。なので私は家にいるのだ。決して外に出るのも億劫で寝てばかりいるわけではない。
目を覚ます。
既に斜陽だ。赤い日の光が、窓伝いに部屋に入り込み、何の明かりも有していない質素な空間を照らす。
今日も良く昼寝をしてしまった。いくらやる事が無いからといって、少し怠けすぎか……。
そんなとりとめのない事を考えながら、保存食を取り出す。最近は何故かやる気が出ない。どうにも気怠い。あの時――あの銀髪の女性を見た日からだ。何故だろう。
やはり噂を警戒して食っちゃ寝を続けているからだろうか。心なしか太った気もする。うむ、問題は多い。
箸で摘まもうとして、その箸が空を切る。不思議に思って顔を上げれば、いつの間にやら卓袱台の向かい側に座っている人と目があった。
始めに目に飛び込んでくるのは、その紫と金の色彩だ。流れるような金の長髪に、身を包むは紫色の大陸風の着物だ。白手袋を着けた手で私の食料を取り上げ、此方を眺めているその顔は、いつも通りに胡散臭い笑みを湛えている。そして、その朱を引いた唇を動かして、私に言った。
「こんな生活してると太るわよ?」
八雲紫。幻想郷の管理者にして、私の色々な意味での関係者だ。
「そこは気にしている所なんです。でも最近はやる気が出なくて……」
「そう。まあ原因は大体当たりが付くわ。今回はそれにも関係のある事を伝えに来たのよ」
紫さんはそう言って、勝手に話を進めてしまう。いつもの事だが、いつになっても慣れないものだ。
「紅いものが来る。それは無害で有害で、無益に見えて極めて有益。それに反応する必要は無いけれど、無視する努力は必要。無論行動を指定する意思はないから、好きに動きなさい。但し、身の程は弁えることを奨めるわ」
相変わらず意味が分からない。紫さんは重要なことを戯言に包んで投げてくるので、理解する為には一々意味を考えなければならない。大抵は私の知っていることを小難しく言っているだけだが。今回は特別に伝えてきている訳なので、たぶん否応なしに突き当たる問題についてだろう。ということは、考えるだけ無駄だということだ。紫さんと付き合いはじめて、その辺りの線引きが段々分かってきた。全部まともに受けてたらやっていられない。
「ま、伝えることはそれだけ。私はそろそろ寝るわ、健康のためにね」
一応、今はまだ夕方である。いくら夏は日が落ちるのが遅いとはいえ、早い。昼寝していた身で言えたことではないが。
私も健康のために色々気を付けよう。そう一人で決心している間に、紫さんは帰ってしまった。保存食はきちんと返してもらったので問題はない。
――――――
それからしばらく後に、まさしく紫さんの警告通り、逃れ得ない事象が迫ってきた。
なんとなく危機感を感じた私は、勾玉を外してしばらく過ごしていた。四方八方から噂の声が聞こえる生活はあまり心地よい物ではなかったが、しかしそのお陰でいち早く気付くことができた。
霧の湖の辺りから聞こえてきた、微かな噂。噂というか妖精間での情報伝達のようなものであった。
“紅い霧が来る”
それから数日後、その紅い霧は幻想郷を覆い、やがて辺境の神社にまで達しようとしていた――。
ちなみにこの後、人里から紅い霧が消えるまでの間、風は家に引き篭っていた模様。
次回までの間に、霊夢たちが勝手にレミリアを叩きのめしました。
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