(二十歳前後) (14~15歳) (6~7歳)
紫>藍=慧音=美鈴>文>咲夜=霊夢=魔理沙>パチェ>小悪魔>レミィ=風>フラン=橙=チルノ
正門から入った紅魔館は、外で見た外観よりも大分大きいような気がした。周りが紅い物で埋め尽くされているから錯視を起こしているのか、思ったより厳かな雰囲気に圧倒されているのか。それは分からないが、しかしやはり、視界に入る色が単色というのはなんとも目が痛い。
咲夜さんに案内されつつ、館の中を歩く。中では咲夜さんと同じような服を着た妖精が、その辺りで井戸端会議を開いていたり、飛び回って遊んでいたりする。静かな割に賑やかだ。とても恐れ多き吸血鬼の根城には見えない。
「ああ……妖精をメイドとして雇ったんだけど、失敗だったかしらね。全く働かないわ」
私の視線を感じたのか、前を歩く咲夜さんがそう言った。まあ確かに、まともに働いている妖精は見ない。というか、妖怪以上に本能しか無いような妖精に仕事を任せる事自体が既に破綻している気がしなくもない。他人の判断に口出しはしないが……。
首を掻くふりをして、こっそり勾玉を外してみる。……ああ、やっぱり。この館の中は、随分と多くの噂が飛び交っている。でもそれのどれも支離滅裂で、妖精らしい。メイド長(たぶん咲夜さん)と門番が(自主規制)しているとか、御主人様(吸血鬼?)が泣きじゃくってる所を見たとか、調理場担当が皿を割ったけど気付かれる前に隠蔽に成功したとか……。どこまで本当でどこからが背鰭尾鰭なのか。それは私は判別出来ないが、なんとも面白そうなことが起こってそうである。とりあえず後で皿の事は報告しておこう。立ち聞きしたという体で。美鈴さんとの関係は……下手に聞くと好奇心に殺されそうである。胸にそっと仕舞った。
「さ、ここよ。失礼の無いようにね」
咲夜さんが、一つの扉の前で止まった。私も勾玉を元に戻して、止まる。ここに来るまでに窓を一つも見なかったので、どれくらいの時間なのか分かりづらい。体感では10分かそこらだ。
「失礼します、お嬢様」
その扉を開ける。
――――――
「ふぁー……あ、咲夜。そうそう、客が来てるんだったわね」
豪華な椅子に座っている一人の幼女が、大欠伸をしていた。
あれが吸血鬼……だろうか。威厳も何もない。
「……」
「何よその顔は。下がっていいわよ、咲夜」
「分かりました。またお呼びください」
咲夜さんは微妙な顔をしながら出ていった。気持ちは分かるが、あなた従者じゃないんですか……。
「ああ、ごめんなさい。私は夜型なの」
そう言って、もうひとつ欠伸。
「えーっと……初めまして。人里で噂屋をやってる、風という者です」
「貴方の事は
……聞いている?
引っ掛かる言葉だ。普通に考えれば咲夜さんから、ということなんだろうけど、それ以上のニュアンスを感じる。
何処まで聞いているのか、誰に聞いたのか……。紫さんとは接点が無さそうだから、霊夢さんから? でも、あの霊夢さんが、初対面の妖怪に私の事を紹介するとは思えない。うーん……。
ああ、そんなことより。
「これ、煎餅です。お近づきの印に、ということで」
紙袋に入った煎餅缶を見せる。そこそこの値段がしたのだから、たぶんそれなりに美味しいだろう。私も食べたことがない。
「あら、殊勝な心掛けね。私、煎餅というものを食べたことが無くてねぇ。一緒にティータイムでもどうかしら?」
確かにこれから――正確な時間が分からないので恐らくだが――お昼だ。昼食がてら、ということなのだろう。それならば喜んで参加する。帰りにどれくらいかかるか分からないので、そうでもしないと昼食が食べられない。たかりに来たように見えなくもない。
レミリアさんが手元のベルを鳴らすと、すぐに扉が開き、咲夜さんが入ってくる。……私の位置でさえやっと聞こえるくらいの音色なのに、どうやって分かるのだろうか。
「咲夜、風が持ってきた煎餅に合う紅茶を淹れてきて。ティータイムにするわ」
私は煎餅には緑茶が一番合うと思う。
――――――
「うーん、この。煎餅は紅茶には合わないわねぇ」
紅魔館の食堂で、煎餅とティーカップを手に持ったまま、レミリアさんは呟いた。
その意見には全面的に同意である。煎餅は美味しい。高いお金を出した甲斐があった。紅茶も一級品である。あまり飲み慣れない私でも美味しいと感じられるくらいに。
ただ、いかんせん合わない。
「そうですねぇ……。煎餅には緑茶が合うんですよ、今度試してみて下さい」
「それは良いことを聞いたわね。今度試してみよう」
そうして、レミリアさんは嬉しそうに微笑した。嬉しくて笑う。見た目相応の子供らしい行いの筈なのに、その微笑みは妖艶で美しい。永く生きた妖怪だからなのか、今の彼女は見とれてしまうような笑顔で、見透かすような目でこちらを見た。
そしてそのまま、しばらく私を観察するように眺めて、しばらくすると一人で納得したように頷いた。
……?
一人で私が不思議そうな顔をしていると、レミリアさんはゆっくりと口を開いた。
「たぶん貴方は、何で私が貴方の事を聞いているのか、不思議に思ってるでしょう」
「ええ、まあ」
「その答えは誰よりも貴方が知っている筈なんだけどねぇ。
――ああ。
目の前で意地悪そうな笑みを浮かべる彼女は、全てを知っているのか。
「そんな顔しなくても。
一口、紅茶を飲む。私の物より少しだけ赤みを帯びたそれは唇をほんのり濡らし、まるで朱を引いたような艶めきを見せた。
「どれだけ行っても、自分だけは見失わないこと。さもなければ、貴方は不吉な分岐をする事になる。それはとても不幸なことだが、必然でもある。然れど全ては運命の上。逃れる事も甘んじることも、打ち砕く事もできる。選択は唯一の抗いだ」
私の前に座る、幼き吸血鬼は言った。
――――――
爆音が聞こえてきたのは、それから暫くしてからの事だ。
レミリアさんはあの後、眠いと言ってすぐに寝に行ってしまった。外の時間は分からないが、私も帰ろうと思い立ち魔理沙さんを探してみたが、しかしどこにも見当たらない。
私が帰るためには魔理沙さんがいなければならない。なので咲夜さんに居場所を聞いてみたところ、恐らく図書館にいるとの事。どこだか分からないので引率してもらっていた時、その音は聞こえてきた。
咲夜さんの呆れたような顔に、私は察した。
図書館に着くと、大体予想通りの光景が広がっていた。
具体的には、広い広い図書館の中を魔理沙さんが箒で飛び回り、中心辺りにいる紫色の服を着た少女――パチュリー、という名前らしい――と弾幕ごっこを繰り広げていた。爆音は弾幕が本棚に当たった音らしく、所々で盛大に本がばらまかれている。掃除が大変そうだ。
「いい加減諦めて、私に本を貸すんだな!魔符『ミルキーウェイ』!」
「随分と猛々しい白黒ね、いい加減お帰り願うわ。木符『グリーンストーム』!」
目に鮮やかな色とりどりの弾幕が、相殺しては弾け飛び、綺麗に薄暗い図書館を彩る……のだが、結構な頻度でこっちまで飛んでくる。その度に咲夜さんが相殺してくれているから直撃は免れているが、もう少しどうにかならないものか。閉鎖空間だから致し方ないのか。
そうこうしているうちに、弾幕が止んだ。決着が着いたようだ。
「スペルブレイクだな、私の勝ちだ。借りていくぜ」
「はぁ……。面倒ね。小悪魔、適当に本を持ってきて」
どうやら魔理沙さんの勝ちらしい。これで連戦連勝だ。
パチュリーさんの指示に、どこからともなく赤い髪の少女が、五、六冊位の本を抱えながら、背中に生えた小さめの羽根をぱたぱたと羽ばたかせながら現れた。小悪魔と呼ばれたその少女は、魔理沙さんの前にそれを無造作に置くと、困った顔で散らばった本を眺めていた。
「ふう。で、咲夜。その小さいのは誰かしら」
いつの間にか、パチュリーさんはこちらに近寄ってきていた。辞書のような厚みの本を小脇に抱え、紫色の寝間着のような服に、三日月を模した装飾の付いた丸い帽子をかぶり、私をしげしげと見詰めていた。
「客人ですよ、パチュリー様。この人はパチュリー=ノーレッジ、紅魔館の知識人です。で、この子は風。人里で噂屋なる商売をしている外来人だそうです」
「客人?レミィが?……ふうん、そう。あそこの白黒の同類じゃなきゃどうでもいいわ」
パチュリーさんはさも興味が無いように、咲夜さんに紅茶を要求し始めた。ここの人々は揃って紅茶が好きなのだろうか。まあ何となく西洋風の名前が多いので、食べ物の趣味も違うのだろう。
なんとなく見回してみる。随分と広い図書館だ。奥の方まで本棚が乱立しているのが見えるが、向こう側の壁が見えない。薄暗いからか、部屋があまりにも広いからか。どちらもだろう。そして、空気が悪い。さっきまで魔理沙さんが空気をかき乱したが、外との空気の入れ換えがほぼ行われていないのか、淀んだ感じがする。なんとなくカビの臭いもする。あまり長いこと居たくはない。
ちらりと向けた目が、片付け中の小悪魔さんの目と合った。軽く会釈をされたので、こちらも軽く会釈をする。そうすると私の事を置いておいて、本の片付けを再開した。
ここに散らばった本を全て一人で片付けるのだろうか。従者(だと思う)とはいえ大変そうだ。
足元に落ちていた本を一冊、手に取ってみる。黒い背表紙の本だ。随分と埃にまみれている。軽くはたいて埃を落とす。表紙にも背表紙にも、題名は無く、何の本だか一見しては分からない。触った感じでは随分高級な装丁である。薄汚れてはいるが、そこはかとなく威厳に似た何かを感じる。
中が気になるので、開いてみる。
「おっと、駄目だ。迂闊に読んだらぶっ壊れるぜ」
いつの間にか目の前にいた魔理沙さんに、本を取られてしまった。残念。
ぶっ壊れる、とはまたなんとも恐ろしい事を。本を読んだくらいでどうにかなるとでも言うのだろうか。単純に魔理沙さんかその本を欲しかっただけにしか見えない。そうして取り上げた本を他の本と共に持ってしまっては。
「ぶっ壊れる、ですか……」
「あー、それは洒落にならないから。私に返しなさい。死んだ方がマシになるけどそれでもいいなら貸してあげるわ」
「んー……この分だけでも十分だしな。ほれ、返す」
魔理沙さんが無造作に投げた本を、パチュリーさんが受けとる。そしてパチュリーさんはその本を、その辺りにある本の山の一つに捨てるように投げた。雑だ。
「もう今日は疲れたわ。ほら、帰った帰った」
しっしっと手を振るパチュリーさんに急かされて、私と魔理沙さんは図書館から出て行った。
――――――
「またいらっしゃい。暇な時でいいわ」
外に出れば、すっかり真っ暗になっていた。紅魔館の中には何故か窓がないので、外に出るまで全く気付かなかった。
門の前で、門番の美鈴さんと咲夜さん、それと仮眠を取ったらしいレミリアさんが送ってくれた。
「そうか。また邪魔するぜ、たぶん」
「あんたは来なくていいわよ別に。どうせ本が目当てでしょ?」
そうかい、と答える魔理沙さんは別に嫌な顔はしていない。軽い言葉は挨拶みたいなものだ。一々気にしていたらまともに生きてはいけない。
「さ、行くぞ。しっかり掴まってろよ」
浮かび上がる魔理沙さんの箒の後ろに座り、魔理沙さんに抱きつくように掴まる。直ぐに箒は意思を持ったように動きだし、夜空の星の中に飛び込んで行く。
今日は綺麗に晴れて、弾幕みたいな星は光を降り注がせていた。
「はぁ。あの妖怪も随分と食わせ物ねぇ」
「と、いうと?」
「優良立地かと思ったら曰くが付いてきた、ってことよ」
「ああ……そんなに紅茶が合いませんでしたか?」
「違うわよ。咲夜は相変わらず鈍いわねえ、そこがいいんだけど」