噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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今回はちょっと長い。妖怪一人を飛ばすのにここまで字数が必要とは思わなかった。

夏は終わりました。




寒空を往く

 ひらりと目の前に落ちてきた紅葉した葉が、そういえばそろそろ秋になったと私に感じさせてくれる。夏の紅霧異変(と名づけられたそうだ)から大して時間が経っていないような気がするが、それだけ特にやる事がなかったという事だろう。何も感じない時間が一番短く、すぐに過ぎていってしまう。里では秋が近くなってから山の神が降りてきて、紅葉と豊穣の恵みを与え、見返りのお祭り騒ぎがあったりした。なんでも毎年やっている事らしい。そこで話には聞いていた神様というモノを見たが、しかしその辺にいる人間や妖怪とさして違うものは感じなかった。私が鈍感なのか、それとも本当に何も変わらないのかは良く分からない。残念ながら神様の知り合いはいないので、聞く事ができないからだ。神は威厳がどうとか里の人は言っていたが、よくよく考えれば紫さんも真面目にしていればそこそこ威厳があるし、咲夜さん曰くレミリアさんも対外的には結構威厳があるそうなので、別に神に限った事では無いのだろう。にしてもあの姉妹神様には特に何も感じなかった。神様のほうが弱い……ということは無いだろうが……。

 

 まあ、そのくらいしか覚えている話がない、というくらいには暇だったということだ。あとは、文さんの新聞の所為で一時期妙に依頼が増えた位だ。最新の情報を扱うだの洗脳まがいの精度で情報を流せるだとか外の世界の重鎮だったとか、基本的に無い事ばかりを矢鱈と誇張して書く所為で外の世界情勢を教えろだとか妖怪の弱点を教えろだとか誰々とくっついてる既成事実を作れだとか、良く分からない事を頼まれては、道徳とか倫理とかそもそも不可能だとかそういう理由でできないと断り続け、終ぞ一部の物好きしか顧客が残らなくなってしまった。まあそれが平和でいいのだが、金払いが悪いのが難点だ。まともに払ってくれるのは紅魔館のところの人々くらいだ。紫さんは定期的に支援してくれるからそれでちゃらということにしている。しかし霊夢さんや魔理沙さん、その他まともに噂屋を使ってくれている人は基本的にお金を払ってはくれないのだ。まあ使っているとは言い難いが、お陰で生活はかつかつだ。贅沢するほど我侭ではないつもりだが、貧相な生活が好きな訳ではない。霊夢さんには悪いが。

 

 

 そんな日に外に出ると、里は祭りの後片付けに忙しい。誰もがわちゃわちゃ動き回り、悪い言い方をすれば煩い。悪い事ではないのだが。

 

 そんな平和な様子をぼけっと眺めていると、その中で一際目立つ女性を発見した。背中に大きな羽根を生やし、首に提げたカメラで忙しなく写真を撮る人、文さんだ。こういった何でもない行事はスクープにはならないからそう興味もなさそうだと思ったが、そういうわけでもないのだろうか。

 

 

「取材お疲れ様です、文さん」

 

「あや、風さん。今日も暇そうですねぇ」

 

 

 失礼な。暇にならざるを得なくなったのは誰の所為だと思っているんだ。元から暇とか言うな。

 

 さて、そんなことはいい。

 

 

「文さん、こういう日常も取材するんですね。てっきり印象的な見出ししか興味ないとばかり思ってましたよ」

 

「失敬ですねえ。私だって平和な記事も書きますよ。勿論スクープがいいのは否定しませんが」

 

 

 私と会話しながらも、手帳になにかしらをがりがりと羽根でできたペンを走らせている。この人の記者根性にはいろいろと感銘を受ける事が多い。仕事熱心な人はいつも充実して見える。それがいい結果に繋がるとは限らないが。

 

 

「そういえば風さん、今回の収穫祭はどうでした?是非とも初参加者の感想をですね」

 

「あー……まあ、お祭りだなぁって、位ですよ。後は、そうですね。神様は思ったよりも威厳ばりばりって訳じゃないんですね」

 

「神様……ああ、あの紅葉と豊穣の。あれはその辺の野良神ですからねぇ、大した信仰も無いし。もっと神社建てて信仰されれば違うんでしょうが」

 

「え、でも博麗神社くらいしか神社って無いんじゃないんですか」

 

「幻想郷には。まあ、昔は神社は沢山在って、それだけ大仰な神様もいたんですけど、今じゃもう無いですよ」

 

 

 なるほど。前々から思っていたが、文さんはとても物知りだ。新聞記者である事を差し引いても、実に色々な事を知っている。妖怪として長生きしているのだろうなあ、と思うが、“上下関係が厳しい”天狗社会の中で、“結構な権威を持っている鴉天狗”でありながら、“人里に入り浸り新聞を作る”変わり者、だと本人は言っていた。自称変わり者は大概平凡であるのはよくある事だが、しかし文さんは本当に変わり者なのだろう。あそこまで人間と平然と会話する天狗などそうそういない。大抵の天狗は山に篭っている。人にも妖怪にもあまり関わりを持たない閉鎖社会のため、私が手に入れられる情報(うわさ)も非常に少ない。なので山の事情に精通している(と思う)文さんにたまに聞いてみるのだが、その度に軽くあしらわれてしまう。なんでも新聞記者なので、持っている情報は無闇矢鱈に渡したくないのだそう。新聞の記事は独占のほうが売り上げがいいのは良く分かるから、その言い分は分かる。私が得る事ができる情報はあくまで“誰かが知っている”情報なので、その速さで幻想郷を走り回り、鮮度抜群の独占情報を得る文さんは凄いと思う。

 ……私も空を飛べないものか、何度か考えた事はある。霊夢さんはまともに考えてくれなかった。もちろん自分でもいろいろ試行錯誤しては飛ぼうとしてみるが、うんともすんとも言わない。霊夢さん曰く『能力があるなら飛べないのはおかしい』そうだ。どういう理論なのかは分からないが、その言葉通りに行くなら私は飛べるはずなのに飛べ無いという妙な状態なのだ。

 

 

「ああ、文さん。もうひとつ」

 

「ふむ、何でしょうか」

 

「私、飛びたいんですけど、何かコツとかあるんですか?」

 

 

 珍しく、文さんがぽかんとした顔をした。

 

 

「……はあ。噂を聞けるんですし、飛べるんじゃないんですか?」

 

「それは霊夢さんにも言われたんですけど、私は飛べないんですよね」

 

「あやや、それはそれは。でもコツと言われましても、ねえ。私は特に何も考えずに飛べますし……」

 

「うーん……。やっぱり何か足りないんですかね……」

 

「自分で飛ぶ感覚とか、じゃないですかね。一回飛んでみます?」

 

「え?」

 

 

 言うが早いか、文さんはいつの間にか手帳をしまい、手には扇子……というか、八手に分かれた葉っぱらしきものを持っていた。どちらかといえば団扇だ。

 

 

「そうそう、私は一応、“風を操る程度の能力”を持ってるんですよ」

 

 

 その言葉の意味を理解する間も無く。

 

 

「さあ、少し飛んでみましょうか」

 

 

 ――――――

 

 

 前後不覚のまま、よく分からないままに突如吹き荒れた突風に私の体は攫われ、目も開けられないまま上へ上へと行ってしまう。音も聞こえず、もはや何が起こっているのか、どこに向かっているのか、そんなことも分からずに飛んでいく。そして。

 

 

「……え?」

 

 

 風が消えた。

 

 それはいい。無理やりの力が消えたのだ。開放されてむしろ喜ぶべき事だろう。

 

 ここが地上なら。

 

 

「……え?」

 

 

 目に鮮やかな青い空。下を見れば、雄大な自然の多い幻想郷の景色が広がる。

 

 ここまで綺麗な景観は見たことが無い。幻想郷って、こんなに綺麗だったんだなぁ。

 

 さて、私もそろそろ現実を見なければならないようだ。

 

 

「……落ちるー!」

 

 

 我ながら情けない悲鳴を上げながら、上空から自然の法則に従って落下した。

 

 

 え?ちょっと待って洒落にならないからこれこのまま落ちたら間違いなく地面の染み一直線だよね飛ぶ……飛ぶ?どうやって?妖力をこうぶわーって……するほど持ってないしできない!無理じゃんどうすんの地面近づいてくるしあー、死んだな。

 

 

 私は全てを諦めた。

 

 

 ――――――

 

 

「……あれ、生きてる」

 

 

 目を覚ましたら、知らない天井でした。

 

 いやいや、ここは博麗神社だ。何度か見たことがある天井だ。

 

 

「あー、起きた?縁側に座ってたらいきなりあんたが落ちてくるんだもの、流石に驚いたわ」

 

 

 聞こえてきたのは境内の方。開けっ放しになっていて、私の位置からでも十分に見える位置に霊夢さんは立っていた。そしてその足元には、何故か凄く綺麗な姿勢で正座をしている文さん。

 

 

「災難だったわね。あの天狗に飛ばされて来たんでしょ?」

 

 

 真隣からそんな声が聞こえたのでそちらに目を向けると、そこには何故かレミリアさん。博麗神社で慣れたようにお茶を啜っていた。

 

 

「で、何か弁解はあるかしら?」

 

「あー……是非とも取材をですねぇ」

 

「風、貴方もお茶飲む?」

 

 

 ……とりあえずお茶を貰おう。

 

 

 ――で。

 

 とりあえず事情を聞いてみたところ、色々と教えてくれた。何でもレミリアさんは今日はちょうど紅魔館の大掃除らしく、咲夜さんに追い出されて妹と一緒に博麗神社に来たらしい。で、その情報をどこからともなく聞き付けた文さんが、私をわざと博麗神社に飛ばし、それを追いかけてきた体で押し掛け取材を目論んだらしい。しかしそこは霊夢さん。そう上手く行く訳もなく、飛んできた私を文さんが出てきて受け止めた時点で何か怪しいと尋問を始め、そして今に至る、ということだそうだ。

 

 要するに、私は出汁(だし)にされただけのようだ。それで命の危機に陥ったのは……今更怒ってもどうしようもないにしても、流石にやり過ぎではないか、文さん。

 

 そしてレミリアさんに妹がいたとは。初めて知った。なんでも私が紅魔館に行ったあの日の少し後に紅魔館の中なら出歩くことを許された引きこもり気味の少女らしく、今日はちょうどいい機会だから、とレミリアさん共々神社にお泊まりに来たそうだ。

 

 

「ほら、フラン。いつまでも食べてないで、挨拶くらいしなさい」

 

 

 レミリアさんに促されて、後ろで饅頭を食べていた少女……というか幼女がこちらを向いた。

 

 レミリアさんより幾分か幼い顔で、確かに顔の細かいところは何となく似ている。しかし、金の髪に、その宝石がぶら下がったような特徴的な羽は、姉妹で似ても似つかない。

 

 どうやら本当に私に気付いていなかったようで、こちらを見るなり不思議そうな顔で近寄ってきた。

 

 

「ふーん……私はフランドール。フランでいいよ」

 

 

 と、言うだけ言って、また饅頭を食べ始めた。

 

 

「ごめんなさいね、最近まともに外に出るようになって、まだまだ人見知りなのよ」

 

 

 ……どうしてレミリアさんが謝るのだろう。妹だからだろうか。ただ、別に嫌な思いはしていないので、謝られる理由が本当に無い。

 

 

「いいですよ、別に。でも、レミリアさんって夜型じゃありませんでしたっけ?」

 

「最近昼型にしたのよ。夜に起きても暇なんだもの」

 

 

 そりゃそうだ。吸血鬼が起きている時間帯は普通寝ている。というか夜型なのは種族的なモノの筈なのだが、そんな気軽に変えられるのか。その気になれば弱点も乗り越えられるんじゃあるまいか。

 

 

「……はぁ、あの天狗は全く。人の迷惑を考えてほしいわ」

 

 

 文さんの尋問が終わったのか、霊夢さんがやたらと疲れた顔で部屋に入ってきた。その一部始終はここから見ることができたが、教師に怒られる、凄く性根の悪い生徒のようだった。ずっとへらへらしているものだから、最後の方は霊夢さんも大分頭に来ていたようだ。

 

 

「お疲れ様です。随分こっぴどく怒ったみたいですね」

 

「あいつがあれくらいで直るわけ無いじゃない、やり過ぎなんて無いわ。死ぬまで治らないもの。あ、レミリア、お茶」

 

「はいはい。私は客人の筈なんだけどねぇ」

 

「妹共々泊めてあげてるんだから文句言うな」

 

「お姉様、私にもちょーだい」

 

「分かったわよ。風、おかわりいる?ついでだし」

 

「あ、ならお願いします」

 

「ああ、疲れた……ん?」

 

 

 どさりと腰を下ろした霊夢さんは、私とフランちゃんの湯飲みを見て、直ぐに立ち上がりレミリアさんの後を追った。

 

 

「レミリア!あんた新しいお茶っ葉出したでしょ!」

 

「なによ、あんな白湯(さゆ)と変わらないモノをお茶と呼べるの?」

 

「呼ぶわよ。何か悪い?」

 

「一度味覚検査に行った方がいいと思うわよ、私は」

 

「さすが紅茶妖怪は繊細な味というものが分からないのね」

 

「それは言葉に対する冒涜よ。無いのと繊細なのは違うわ」

 

 

 そんな口論を遠く聞きながら、私は饅頭を食べるのを止めたフランちゃんを眺めていた。

 

 見た目は羽を除けば、そこまでレミリアさんと違いはない。精々金髪な位だ。顔立ちはよく似ているし、纏っている雰囲気も何となく似ている。しかしその、枝に宝石を実らせたような不思議な羽の存在が、彼女の違和感の元になっているのだろう。

 

 そうしていると、フランちゃんもいつの間にかこちらを見ていた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 特に何か言う訳でもなく、お互いに何となく互いを見ている。私がレミリアさんを前提として観察しているように、彼女も何かしらで私を観察しているのだろう。

 

 

「……ねぇ」

 

「……何ですか?」

 

 

 唐突に、フランちゃんが口を開いた。

 

 

「たしか風って言ったよね」

 

「あ、はい」

 

「妖怪なんだって?アイツと咲夜が話してるの聞いたけど」

 

「……アイツとは、レミリアさんのことですか?」

 

「それ以外にいない。まあ、否定しないってことはそういうことね」

 

 

 ……この場だと、フランちゃん以外は知っている。別にバラしても構わないだろう。

 

 

「ねぇ、弾幕ごっこしようよ」

 

「ああ、ごめんなさい。私は弾幕ごっこは出来ないんですよ」

 

「どうして?妖怪なんでしょ?」

 

「まあ、そうなんですけど、何でか飛べなくて」

 

「……ふーん」

 

 

 フランちゃんは訝しげな目をして、私を見た。そして暫く何かを思い出そうとして、首を傾げた。

 

 改めてこちらを見た彼女は、とてもいい(・・)笑顔をしていた。

 

 

「私が、飛べるようにしてあげる」

 

 

 ――――――

 

 

 夜。

 

 結局、一悶着している間に日が落ち、レミリアさんの我儘で、成り行きで博麗神社にお泊まりすることとなった。霊夢さんは不満たらたらだが、何だかんだ言って世話を見てくれるいい人だ。私としても帰っても良かったのだが、いかんせん帰る手段が無い。

 

 四人で質素な食事を取り、風呂に入り、そして狭いながら足を伸ばして寝れる程度の居場所で寝ることとなった。

 

 博麗神社の事情に一々小言を漏らすレミリアさんに、霊夢さんはかなり気に触ったようで、寝るときにぼそりと、『これなら魔理沙のがマシね……』と言っていた。あれだけやって漸く優位(良くはないが)に立てるとは、魔理沙さんはいつも何をやらかしているのか非常に気になるところである。

 

 まあ、そんなこんなで私も眠りに落ちようとしていた。

 

 

「風、起きて」

 

 

 軽い(吸血鬼基準)揺すりで一瞬で眠気が吹き飛んだ。むしろ気持ち悪い。なんだってそんな地震でも起きた程の揺らしかたをするのだろう。

 

 

「さ、こっち。他のは起こさないでね」

 

 

 私とフランちゃんは、こっそりと寝室を抜け出し、深夜の境内に出た。

 

 

 可愛い桃色の寝間着を着たフランちゃんは、月の明かりに照らされて浮いていた。その翼の宝玉が光を七色に乱反射させ、あるはずもない色とりどりの影を映す。その姿は神々しくも、不安定にも見えた。

 

 

「私ね、アイツの話で聞いちゃったんだ。風っていう妖怪は、今は封印されてるんだって」

 

 

 ……それは知っている。本当の私がいることも。

 

 

「だから、たぶんその封印をコワしちゃえば、飛ぶことなんで造作ないよ」

 

「……壊す?」

 

「きゅっとしてドッカーンとしちゃえば、一発よ」

 

 

 何を言っているのかはよく分からないが、しかし凄く不味い事だとは良く分かる。

 

 勿論、私も自分を見てみたい。しかし、それはたぶん、ものすごく危険で禁忌で、いけないことなのだ。紫さんや霊夢さんが知りながら封印を続けるのだから、その憶測は間違っていないはずだ。

 

 

「……駄目です。それだけは」

 

「どうして?自分を偽ることがそんなに楽しい?」

 

「……それは」

 

「誰だって本当の自分が欲しいじゃない。それを求めることを他人が阻害するのは越権よ。そうじゃない?」

 

 

 ……間違っていない。間違っていないけれど……。

 

 

「……」

 

「いいじゃない。うわべを取り繕うのは今日まで。貴方の中に造られた結界をコワしちゃって、貴方は本当のアナタになるの。ワタシみたいに」

 

 

 そう言って、フランドールは右手を掲げる。月光に照され、その手は人でない、妖怪すら越えた存在のように輝く。

 

 口を開く。その言葉は破滅を導く言葉。

 

 

「きゅっとして――」

 

 

 私の中で、何かがヒビを立てた。

 

 

「そこまでよ」

 

 

 しかし、今まさに握り込もうとしたその右手は、既にフランドールの制御から外れていた。

 

 高速で飛来した紅い軌跡が、正確にその手を斬り飛ばした。

 

 湿った音を立てて、右手だったソレは石畳に落下した。

 

 

「……なによ、アンタはまた邪魔する気?」

 

 

 フランドールの怒気を隠そうとしない睨みが、そこに立っていたレミリアを射抜く。しかしレミリアはあくまでも冷静な顔を崩さず、逆にフランドールを威圧するような圧力を漂わせている。

 

 

「世の中にはね、やっていい事と悪い事がある。フラン、貴方はまだそれを理解し切れていない」

 

「そうさせなかったのは誰?ねえ」

 

「私よ。だから私が止める。少しは大人しくしなさい」

 

「……もう、ワタシに、命令するな!」

 

 

 力任せに拳を振る。しかし吸血鬼という種族から繰り出されるそれは、ただの力任せでありながら小細工など通用しない速さ、強さを持っている。文字通り音を置き去りにし、殺すつもりで放ったその拳は、当たり前のように空振りした。

 

 レミリアは軽くそれをかわす。そして手首を軽く握る。

 

 

「……落ち着きなさい、フランドール。貴方も誇り高き吸血鬼なら、そんな低俗な狂気に身を任せてはならない」

 

「煩い……アンタは、何も、ワカラナイ癖に!」

 

 

 フランドールがその手を振り払うと、レミリアはさした抵抗もせずに離れた。その動きは、フランドールには自分を舐めきっているようにしか映らない。

 

 自分はこんなにもアイツを殺そうとしているのに。

 

 憎きアイツよりもワタシの方が強いと、そう自負しているのに。

 

 いつだってワタシの邪魔ばかりするアイツは、殺す。

 

 

「人の家で何やってんのよ、あんた達は。いいから落ち着け」

 

 

 緊迫した中での気の抜けた声。二人がそちらを見れば、面倒そうな顔をした博麗霊夢が立っていた。

 

 

「これ以上やりあうなら、巫女として妖怪を滅するわよ」

 

 

 その声はさして真剣味を帯びてはいない。しかしその言葉には、幻想郷の調整者(バランサー)としての使命が、義務が、責務が、重く乗っている。本気で殺り合えば、殺せるかもしれない。しかし博麗に逆らう事は、この幻想郷全てを敵に回すことと同義。その意味は、レミリアも霊夢も、よく分かっていた。

 

 

「そのつもりは無い。ただ、彼女の保護者が欲しいわ」

 

 

 そういって、レミリアはいまだ放心状態の少女を指差した。

 

 

 ――――――

 

 

 ……眩しい。

 

 閉じた瞼に光が差し、思わず顔を背ける。

 

 

「いい加減起きなさい。いつまで寝てるの」

 

 

 その声の後、腹を軽く蹴られた。痛い。

 

 仕方なく体を起こすと、霊夢さんがいた。

 

 

「ほら、さっさと起きる。今から掃除するんだから」

 

 

 はたきを持った霊夢さんに叩き起こされ、私は布団を畳む。こういうことをするのはそういえば一年と少し振りか、などと時の流れを感じながら、その後に神社の掃除に付き合わされた。

 

 

「……あれ、勾玉はどこ行ったかな」

 

 

 しばらくして、私の首にいつも掛かっていた勾玉がなくなっていることに気付いた。通りでいつもより調子がいい。……関連性があるかは知らないが。

 

 

「霊夢さん、私の勾玉、知りませんか?」

 

「勾玉?……ああ、あれね。知らないわ。一応結構いいものだから、無くさないでよ?」

 

 

 霊夢さんはあっけらかんとそう言うと、すぐに掃除に戻ってしまった。ううむ。

 

 まあ、いい。そんな事より今は掃除だ。博麗神社(ここ)に来るまでは間違いなく身につけていたのだから、探していればそのうち見つかるだろう。

 

 そうして掃除をしていると、妙な事に気付いた。

 

 例えば、あの箪笥の上の埃を掃除したいと思えば、特に脚立など必要なく届く。

 

 例えば、雑巾がけをするとき、拭いた床が汚れない。

 

 ……。

 

 ちょっと考えて、私は一つの答えに辿り着いた。

 

 

「……私、飛べる?」

 

「良かったじゃない、飛べるようになって」

 

 

 独り言を拾われた。後ろを向けば、手に勾玉を持った霊夢さんが立っていた。

 

 それにしても、どうして突然飛べるようになったのだろう。何か切欠があるはずなのだが……。

 

 

「霊夢さん、昨日、何かありました?」

 

 

 昨日は、朝起きて、文さんに飛ばされ、神社に落ちて――レミリアさん達と泊まった。()()()()()()()()()()()

 

 

「さあ。変な夢でも見てたんじゃない?」

 

 

 結局その日は大掃除に日が暮れるまでつき合わされ、初飛行で里に帰ることになった。

 

 秋の風が、冷たく肌をなぞった。

 

 秋の日は釣瓶落としだ。長い夜は、何があっても暗く包み込む。一寸先も後ろの道も、全ては闇の中になる。だから私は、暗くなったら自分の家に閉じこもって寝る。それが一番だ。

 

 やっぱり布団は暖かい。




「はあ、あれでよかったの?」
「ええ、上出来。何事も安定が一番よ」
「嘘をつくのは嫌いなんだけどなぁ。正直に生きたいわ」
「貴方は十分に正直じゃない。これ以上清らかになられても困るわ」
「透明人間も大変なのね、世知辛いわ」
「どちらかといういと保護色ね、貴方の場合」
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