噂な彼女【完結】   作:遠名 彬

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美鈴の口調が安定しない。






冬はつとめて

 冬は早朝が良いそうだ。昔の誰かが言っていた。霜や雪に風流を感じるのだろうが、残念ながらそれができるのはお金持ちだけだ。大した暖もない貧乏人には、冬の寒さは厳しさ以外の何物でもない。そもそも今は早朝ではない。昼も待たずに炭は白くなり、とにかく寒い。少し前には雪も降り、未だに日陰の位置には溶け残りがあり、目にも寒い。

 

 さて、そんな寒い寒い言っていても始まらない。とにかく体を動かさないと凍死しそうである。とはいえ、特に何かすることが有るわけでもない。

 

 当てもなく散歩していると、ふと元気な笑い声が聞こえた。子供の声だ。こんな寒い日に元気なものだ。私など動き回るどころか行動する気力すらない。散歩が限界値だ。

 

 

「あ、慧音先生。おはようございます」

 

「む、風か。もうこんにちはの時間だぞ」

 

 

 まあ確かに。そろそろお昼だ。何となく慧音先生の隣に立ち、子供たちの様子を伺う。こうしているとまるで保護者のようだ。

 

 

 慧音先生、本名を上白沢慧音。人里唯一の寺子屋を営む、半人半妖の女性だ。里に昔から住んでいる人で、人々からの信頼が厚い。寺子屋では主に歴史学を教えているが、その聞く者を睡眠へと誘う授業は人里では有名だ。ちなみに得意技は頭突き。

 

 私も一時期だけ慧音先生の門下生として授業を受けていたが、しかしあの内容が詰まりに詰まって濃すぎる情報をただ滔々と話続ける授業は、さしもの私も三十分耐えることが出来なかった。これでも耐えた方である。一般的な生徒達は開始十分で全滅する。

 

 しかしまあ、それが非常に大事で重要なことであることもまた真実である。お陰であの寺子屋を出た生徒達は睡眠学習の要領で一般的な幻想郷のしきたりを身に刻んで卒業する。

 

 そして、そんな授業を受けている子供達も、今は所謂冬休みというやつである。年明けと少しまでは授業もお休み、朝から晩まで遊んで暮らせる。慧音先生は子供達の保護者のような立ち位置で、冬休みの間も時たまこうして生徒達の様子を見ているようだ。本当にいい人である。信頼を寄せられて納得だ。

 

 

「寒いですねえ。もうすっかり冬ですね」

 

「そうだな……。収穫祭がついこないだの事に思えるよ。時が流れるのは早いものだ」

 

 

 永きを生きる彼女にとっては、たった数週間、数ヶ月、もしくは数年間の事など、『ついこないだ』の事として感じるのだろうか。周りの大人達が、目の前で遊び回る子供達の様だった頃も。母数が巨大であるほど、係数が大きくても小さくても同じに見えてくるものだろうか。

 

 私は“風としての”記憶はまだ数年しかない。見るもの起こることが目新しく珍しく、飽きることのない暇な日常を謳歌している。私がいつか、それこそ何百年、何千年と時を重ねれば、“今”の見方も変わるのだろうか。

 

 ……それは嫌だな。

 

 

「……ん、どうした、そんな難しそうな顔をして」

 

「時の流れは無情だな、と思いまして」

 

「なんだそりゃ。お前は時々、その歳の子供とは思えない事を言うな」

 

「それは霊夢さんや魔理沙さんも同じでは?」

 

「否定はできんな。ただ、あいつらにはそれなりの事情があるからな……。」

 

「それなら、私もそういうことで」

 

「まあ、そういうことにしておくよ。外来人は不思議な人間が多いからな」

 

 

 私は対外的には外来人、ということで通っている。外来人とは有り体に言えば異邦人だ。結界の外から幻想郷に入ってくる人々。大抵は常識の境界を踏み越える事で発狂するなり記憶喪失になるなりする。まともな人格を残しつつ、さらに野良妖怪に襲われること無く人里に辿り着ければ助かるが、そうなる人間は極少数である。そうして助かる人間は、外の世界の常識を自ら踏み越えた人が多く、極稀に現れる外来人は変人もしくは気違いである、というのは幻想郷の共通認識だったりする。あながち間違ってはいない。

 

 私は妖怪であるが、諸々の事情で妖怪である事を隠し、不思議な力(幻想郷的には能力)を持つ、記憶喪失の外来人、としている。絶望的に妖力を持たない事が、妖力の探知もしくは感覚的な直感から私の立場を護り確固たる物としているというのは、あまり嬉しくはない嬉しい誤算である。まあ、幻想郷で一番そういうものに鋭いであろう霊夢さんに隠さなくてすむということが大きいが。

 

 最近急に飛べるようになってから、私の中の妖力が少しだけ増えた気がする。霊夢さんはもう着けない方がいい、と言って、私から勾玉を取り上げてしまった。あれは外に無闇に妖力を漏らさないことで正体を悟られないようにしていたものだが、今はそれがないので隣の慧音さんに気取られないかと気が気でない。しかし、私の中の妖力が増したと同時に、多少だが制御がしやすくなった。今は必死に押さえているが、いかんせん自分の妖力がどの程度漏れているかなど分からない。そこまで敏感にならなくてもいい気はするが、いつ気を抜いてバレるか分からない上、そうなれば相当不味い事になるのは目に見えている。手を抜く訳にはいかない。

 

 

「まったく……こんな寒い中で考え事していると凍るぞ?少し体を動かしてきたらどうだ」

 

 

 慧音さんが呆れたようにそう言った。確かに頭の中で色々と考えていたが、凍るとはなんとも。

 

 動いた方が考えが纏まるというのは確かにそうだ。少し散歩でもするとしよう。

 

 

「そうですね。少しその辺りを歩いてきます」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

 ――――――

 

 

 この人里は、結構広い。幻想郷に住む(一部を除く)全ての人間が住むからだ。その中心には河童が造ったらしい龍神さまを象った(と思われる)像があり、憩いの場としてよく人が集まっている。瞳の色で翌日の天気が分かるらしい。河童驚異の技術力である。

 

 大通りをひとつ外れれば、入り組んだ路地裏がある。色々と家が立ち並び、大通りには構えられない怪しい店も多い。ちなみに我が噂屋も似たようなものだ。

 

 そんな路地裏をぶらぶらと歩いていると、ひっそりと建つ雑貨屋の前に、見覚えのある人影を見つけた。

 

 

「こんにちは、咲夜さん。お買い物ですか?」

 

 

 咲夜さんだ。

 

 どんな時に見てもあの服――メイド服と言うらしい――をしっかりと着込んでいるのは生真面目といえばそうなのだろうが、しかしどれだけそれが似合わない場所に行くときもそのままなものだから、主に人里を歩いていると非常に目立つ。

 

 

「ええ。この辺りには結構趣味のいい物が売っていてね」

 

 

 そう言って彼女は、ちょうど手に取っていたものを眺めた。おそらく紅茶用の食器なのだろう、紅魔館で見たあれと似ているが、少し質が悪いのか白がくすんでいた。

 

 吸血鬼が何を好んでいるのか、何が趣味なのかはよく分からない。……趣味が悪そうだとは思っていない。いや、少し思った。何せ住居を自分の好きな色で文字通り染め上げてしまうのだから。それに従って動く咲夜さんも大概ずれているし、あの館の人々は揃ってずれたところで揃っているのだろう、

 

 きっと。

 

 

「でも、お嬢様のお眼鏡に合う物はなかなか無いのよねぇ。下手なものを買っていくと怒られてしまうし」

 

「これはどうなんですか?」

 

「うーん、悪くはないんだけれど。どうしても見劣りしちゃうのよね」

 

 

 咲夜さんがカップを元に戻して、雑貨屋に背を向けた。聞こえてくる感謝の挨拶に片手で答えると、私に向き直った。

 

 

「そうだ。貴方の能力で探せない?」

 

「……趣味は個人の問題ですから、難しいですね。それに食器の話題で長々と話す人もなかなかいないでしょう」

 

「確かに。そんな愉快(ファニー)な人、中々居ないわ」

 

 

 咲夜さんは結構感情豊かだ。というか幻想郷で遊びまわる少女たちに寡黙な人はいない。みんながみんなして激情家で、誰も彼も躁鬱病でも発症しているんじゃないかって程に。霊夢さんや魔理沙さんが代表例である。ここではそれが標準なので、むしろ私があまり人に感情を出さないと言われる。

 

 しかし、そんな中では咲夜さんはまだ(・・)大人しい方である。高貴な吸血鬼の従者としての勤めなのか、はたまた根っから上品なのか。あまり無理をしているようには見えないので、私としては後者であると思っている。時折従者としてはあまり相応しく無さそうな、主人を小馬鹿にしているような態度を取る事もあるが、その後ろには主人への絶対的な忠誠があればこそ、というやつであろう。そういうときにはされている側もそこまで嫌な顔はしない、むしろ悪乗りしてくる事もある。その中に良い信頼関係があるなら、それはとても素晴らしい主従関係なのだろう。

 

 

「で、風は何をしているのかしら、こんなところで」

 

「強いて言えば、散歩です。家に篭っていると寒いのなんので」

 

「もうすっかり冬だものね。紅魔館(うち)には暖房があるからいいけれど、確かにただの民家じゃあ寒いわ」

 

 

 聞き捨てならない情報である。こんな寒い冬の中でも、紅魔館は暖かいのか。それはいくら外から来た存在だとしても、不公平というものではないのか。私だって、寒い日に雪の綺麗さを窓越しに眺めながらぬくぬくとしていたい。

 

 そんな私の思考を読み取ったのか、はたまたなんとなくなのか。咲夜さんは独り言のように言った。

 

 

「そうねえ、暇なら紅魔館(うち)に来て暖まって行く?」

 

 

 ――――――

 

 

 二つ返事で押しかけた。

 

 とはいっても、人里と紅魔館とはそれなりに距離が離れている。歩いていけば着くころには全身真っ青で死にそうになっていること受け合いである。しかしそこは腐っても木っ端妖怪。最近飛べるようになった私には、その程度の距離はさしたる問題ではない。ちなみに咲夜さんは何の問題も無く飛べる。純粋な人間らしいのだが、自己申告の能力である『時を操る程度の能力』しかり、とても人間には見えない。

 

 そして、私たちは今、紅魔館の門の前に立っているのだが……。

 

 

「……まったく、この門番は……」

 

 

 昼寝中である。邪魔をしてはいけない。

 

 美鈴さんは、いつもの中華服の上に暖かそうな羽織物を打ち掛けて、壁に凭れ掛るようにして眠っていた。

 

 立ったまま寝ているのに、前で軽く呼びかけてみても、手を振ってみても、まるで起きる気配がない。こんな寒い中よく寝れるものだ。漫画なら間違いなく大きな鼻提灯をぶら下げている。

 

 

「いい加減起きなさい、このぐうたら門番が」

 

 

 大体十分ぐらいそうして遊んでいると、咲夜さんが我慢の限界に来たのかとんでもない事をやってのけた。

 

 何の躊躇も無く、美鈴さんにナイフを投げた。

 

 それは熟睡していた美鈴さんの額に寸分狂わず命中した。

 

 当然避けるとか防ぐとかそういう対処を取れない美鈴さんは、ナイフが刺さった衝撃でがんと頭を打って、そして目を覚ました。

 

 

「痛ったぁ……咲夜さん、もう少し手加減してくださいよ……」

 

「うるさい。ほら、客人よ。いい加減起きて仕事をして頂戴」

 

「はあ……。あ、風。今日は何の用で?」

 

 

 額からナイフを引っこ抜いて、平然としている美鈴さん。いや、妖怪だとは聞いていたが……。いかんせん心臓に悪い。何もいきなりやらなくても。

 

 

「暖を取りに。寒いですから」

 

「なるほどね。咲夜さん、お嬢様は今……」

 

「いいって。今許可を貰ったわ」

 

 

 早い。

 

 私の認識ではほとんど動いていない咲夜さんが、すました顔でそう言った。

 

 ……今私の目の前で、恐らく門番がやるであろう一連の仕事が咲夜さんによってこなされてしまった。全て咲夜さんができるならどうして美鈴さんを起こす必要があったのだろうか。存在意義が疑われる。

 

 ……しかし、いつ見ても美鈴さんは健康そうだ。『気を操る程度の能力』だったか。元気を操れるのか。それはすごい。是非ともお願いしたいところだ。

 

 しかしそんな私の頓珍漢な思考とは違い、目の前の女性はなにやら不思議な構えを取った。そしてゆっくりと動き、……動いた。

 

 咲夜さんは興味なさげに行ってしまうが、私としては割りと興味がある。

 

 

「……なんですか、その動きは?」

 

「ああ、太極拳よ。健康にいいんです」

 

 

 集中しているのか、私のほうに顔も向けずに美鈴さんは動き続ける。非常にゆっくりでありながら、その動きはどこか格闘技のようで、美鈴さんの真剣な顔と合わせてただの健康法には見えない。

 

 

「太極拳……ですか?」

 

「中国に伝わる昔からの拳法を、健康法としてアレンジしたものよ。やってみる?」

 

 

 なるほど、拳法を基礎にしているのか。通りで。

 

 暇も潰れそうだし、健康法の一つや二つ、習ってみるのもいいかもしれない。

 

 

 翌日、調子に乗っていろいろ教えてもらった結果、紅魔館の中で筋肉痛になった。




「あれ、風が来てるんじゃなかったの?」
「玄関で門番と太極拳を始めましたよ」
「は?なんで」
「さあ。あ、今日のお茶です」
「……変なものを混ぜるのはいいんだけど、せめて色くらい隠す努力をしたらどうなの?」
「なるほど、参考になります」
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