ユグドラシルでバランス崩壊がおきました   作:Q猫

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終わらせそこなった。次こそ2ch連合の侵攻は最後になるはずです。
ところで年内に後何話かけるんだろうか?


防衛戦(4) ※ヘロヘロ視点

ブラック企業、という言葉がある。職場環境が過酷過ぎる企業につけられる蔑称だ。

かく言う僕が勤める企業も大変なブラック企業である。

大抵は企業の体質に原因があるのだが、原因はそれ以外のところにもあるのだと主張させてもらいたい。

 

体質云々以前の根本的な問題として、とにかく人員が足りていないのだ。

学習の機会が限られ思考が制限される。そんな中で発想を求められる職業につけるやつはどれほどいるのだろう。

僕のついているプログラマーという職業だって、どういうコードを組み合わせて機能を実現するのか、考える頭が絶対に必要になる。

数学的知識とか関数の丸暗記以前に、ここをああしたらそうなるという想像力が重要なのだ。調べて分かることなんか検索できるだけの頭とツールがあればどうとでもなる。

 

ブラック企業が切実に求める人材を紙を切ることでたとえるなら、絶対に必要なはさみやカッターではなく、紙を切った結果どうなるのかを考えられる想像力ということになる。

ツールの類はいくらでもあるのだがそれを使える人間が致命的なレベルで少ない。

大学を出てくる新人なんてうちみたいな弱小企業じゃお目にかかれず、やる気があるが技能がまったく足りない人材を鍛えるには時間とこれまた人手がない。

ひどいジレンマである。

うちの会社はこれでも苦しい中やりくりして新人教育を行うマシな部類なのだ。教育の担当者が僕じゃなければもっと良かったが。

 

僕はヘロヘロ。

名前のとおり体を酷使しているサラリーマンである。僕なんでこんな名前つけたんだろうね。

 

 

*   *   *

 

 

結局、モモンガさんがアバターを作成してもらう条件はこうなった。

 

1.自作しないペナルティとして女性アバターは消さない。

2.もう一つNPCを作成する。

3.できればパンドラズ・アクターにまともな外装を作る。

 

「なあ、るし☆ふぁー。なんであんなに条件つけたの?」

「ん?」

 

会議の後、るし☆ふぁーに聞いてみた。

特に1の条件に納得がいかなかったからだ。

 

「モモンガさんが嫌がっているから変更手伝おうっていったのお前じゃん。なんでそんな矛盾するようなことしたのさ」

「……俺の行動に一貫性を求めちゃだめだぜ? 何しろ俺様いたずらを愛しているからな」

「そんなんでごまかされると思うなよ」

 

非常に遺憾ながらこいつの作る外装はすばらしく、創作する数もまた多い。

なのでAIを担当している僕はこいつの要望に応えてAIを作成することが何度もあった。

残念なことにこいつとの付き合いは割りと深い方で、こいつがただのおふざけ野郎でないことも知っている。

意外に仲間思いで真面目なのだ、こいつは。……すぐに考え直した方がいいんじゃないかと思わされるんだけどね。

るし☆ふぁーは僕を見て観念したように手を上げると言った。

 

「まあ、モモンガさんに反対して欲しかったんだよ。怒る程度で。失敗したけどな」

「……つまりお前はマゾだったのか」

 

ひょっとしてモモンガさんが女性アバターになったから罵って欲しかったのだろうか。

確かにあのアバターは美少女だ。しかもデフォルトで偉そうな感じの。

そうだとするならこいつもペロロンチーノに匹敵する変態だったのかもしれない。

スライムのボディを利用して向かい合ったまますすっと下がる。

 

「おいこら、待て」

「大丈夫だ、お前が変態でも軽蔑するネタが増えるだけだから」

「だから違うっつーの!」

 

どうやらこいつは己の変態性を隠したいらしい。ペロロンチーノほどオープンでないのなら大丈夫かもしれない。

 

「まだ変な事考えてそうだが……ヘロヘロ、俺たちが戻ってからさ、モモンガさんに恨み言とか言われたか?」

「いいや? 元々そういうこと言わない人だしね」

 

そんな人だからギルド長ができたとも言える。個性的過ぎるメンバーの間に立って調整するとかうちの会社でもないくらいの重労働だ。

 

「正直さ、もうちょっと我侭言ってくれてもいいと思うんだよな。好き勝手やって迷惑かけた俺が言うのもおかしいかもしれんが」

「確かにおかしいな。お前が気を使っているあたりが特に」

「うっせ。俺だって社会人やってるんだ。他人に気を使うくらいはするさ。……まあ、なんだ。できればモモンガさんに不満を抱えたままゲームを終わらせて欲しくないんだよ」

 

違和感しかない件について。でも言いたいことはわかる。

きっと僕らを呼び戻したのはモモンガさんの精一杯なのだ。

ずっと拠点を維持してくれたことに対して僕らは礼を返せてはいない。だってそれは並大抵の覚悟でできることじゃないから。

せめてそれ相応の報酬があってもいいと思う。

ここはリアルみたいにどうしようもない世界じゃなくて、努力が報われるゲームの中なのだから。

 

 

*   *   *

 

 

第5階層に突入した侵入者は、かなり減っていた。

最初は以前と同じく1500人をちょっと超えるくらいいたはずなんだが、墳墓地帯で500人ほど削れ、地底湖で更に300人程脱落した。

そして新規階層の深海の極悪仕様により残ったプレイヤーはおよそ160人といったところか。

先頭で深海を抜けたプレイヤーが後続に情報を伝えようかというタイミングで、空気を読めないやつがクラーケンを攻撃してしまったのが運の尽きと言える。

クラーケンの触腕の一振りで消し飛んだプレイヤーは十数人だったものの、発生した水流が致命的だった。

まず統率者のいない2ch連合は建て直しに時間を食いすぎた。

そのロスも痛かったが、自分の位置を見失ったプレイヤーが続発したことで伝えられた情報があだとなった。

大して目印の無い深海なので沈没船を右手にとか、海底神殿に対して60度くらいでといった指示が食い違いまくったようだ。

 

この辺はリアルタイムで掲示板を眺めていたメンバーから報告されていたので間違いない。

 

悠長に実況しながら進む余裕があるとか。そんな無駄技能あるなら是非ともうちの会社で雇いたい。

ながら作業ができるならさぞこき使い甲斐があるだろう。……きっと教育時間も短くてすむ。

 

そして先頭を進んでいた集団なのだが、こいつらがだいぶ強かった。

いや、強い、というのも何か違う気がする。なんていうか士気が高い。

30人くらいの集団なのだが誰かがくじけそうになるとみんなで声を掛け合い、脱落者が出そうになればフォローし合いと、もはや一個の生命体のような連帯感で突き進んでくる。

 

「彼ら強いですね。個人が強いというか何か共通の目的があるような動きです」

「共通の目的、ねえ。ギルド武器を壊された恨みってこと、にしちゃあ明るいな?」

 

たっちさんとウルベルトさんがそれぞれ意見を述べる。

二人の言うとおり、彼らはすごい前向きな感じだった。

音声が入れば彼らが何を持って自分たちを鼓舞しているのかわかったのだが、ギルド内では破格の性能のこの監視も音声はフォローしてくれない。

さすがに作戦筒抜けはやりすぎだからだろう。

 

「お、そろそろ襲撃地点に着くな」

「力作ぞろいだから反応してくれるといいんだが、あの様子だと効果が無いかもなあ」

 

実際ししくれ謹製の「凍りついた人々」のエリアは割とやすやす突き進まれた。

吹雪の中、凍りついたという設定の氷像が乱立するエリアである。

ちなみに氷像群は一人一人、るし☆ふぁーが絶望の表情を丹念に作りこんだ趣味の悪いものである。

その氷像を盾にするように戦う隠密製の高いモンスターが襲撃をしかけてくるのだが、なんでか相手も同じく隠密系が多いので、ものすごく見ごたえの無い戦闘になっていた。

画面から敵も味方も全員消えるとか放送事故だよね。

 

「あ、また消えた!」

「なんでこんなに隠密系ばっかり残っているんでしょうか?」

「先頭を進んでいるんだし偵察部隊とか?」

「隠密系に大事なのは見つからないと信じる心と攻撃を自重する忍耐だしな。深海の巨大モンスターがノンアクなのに気がついて突破率が高かったんじゃないか?」

「それはあるかもしれませんね。恐ろしいほど堅実ですし」

 

よく見ると確かに彼らは可能な限り戦闘を回避していた。

リスクがあるかもしれない行動は極力行わない。一歩でも先に進もうとする姿勢には執念すら見える。

少しでも情報を集める為に必死なのかもしれない。次回のアタックがあると面倒この上ないのだけどどうしたものか。

 

そんな中で唯一面白かったのは、短距離転移を繰り返してモンスターと背後の取り合いをした結果、すごい勢いでコースを外れて最後にクレバスに落っこちたプレイヤーがいたことくらいだろうか。

フィニッシュに決め顔をマクロ登録してたのか見事などや顔で落ちていったので、みんなで笑わせてもらった。

モンスター相手にむきになったなったところといい、最後の締めといい彼はきっといい芸人になれる。

 

「んー、こいつらさ。まともに攻略してくれるなら先に通さない? 空中庭園をまともに攻略してくれそうだしさ。ショートカットルートを温存できるならそれに越したことは無いでしょ」

 

先頭集団と後続の距離が開いてきたのを見てそんな提案をしてみる。

偵察部隊ならきっと問題を確認するため空中庭園を真面目に攻略してくれるはずだ。

ショートカットルートに配置したモンスターを使えないかもしれないが、まだ本番があるのだ。

全部知らせておく必要も無い。

 

「そうですね。この先頭集団が先に進み始めたらコキュートスに後ろから追撃をかけさせましょう」

「ほとんど武器近接系は全滅しているしな。コキュートスに申し訳ないが本気戦闘はまたにしてもらうか」

 

ぷにっとさんが提案して健御雷さんが残念そうに同意する。

武器近接系は軽戦士タイプ以外ほぼ全滅していた。鎧が重すぎて深海で自滅してしまったのだ。

武器戦闘特化でさらに強化されたコキュートス試験運転に付き合えるプレイヤーは残っていないからね。

 

 

そして先頭集団以下90名程が空中庭園に突入した。

本気で僕たちが出ないまま終わりそうである。それはさすがにつまらない。

 

「どうせなら何人かコロシアムにでも呼んだらいいのにねえ」

 

何気ない呟きのつもりだったが、すごい余計な一言だった。

まさか残ったやつらがあんなんだとは……モモンガさん、ごめん。




残った連中はまあ、大体アレです。募集してたやつ。
次回空中庭園とコロシアムで散ってもらいましょう。
それでは。

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