9話を投稿いたします。さあ、どうぞ!!
“
さて……。
俺はこんなところで何をやっているんだろうか……。
ここはとある民家。俺はその中で使い古された木の椅子に座っている。足が1本擦り切れているようで、安定しない。
目の前にはこれまた使い古されたテーブル、手製で作られたような下手くそなつくりだ。この家の主人が自ら作ったものかもしれない。
テーブルの上には、りんご、チーズ、カップなどが乱雑に置かれている。
その奥にはレンガ造りの暖炉があって、炎が爆ぜており、薪のぱちぱちとする音が、この家に何とか暖かみをもたらしている。
左手には窓があり木枠のサッシが入っており、外は変わらず雪が降っている。内壁は漆喰で所々で汚れが目立つ。
俺は緊迫した状況にいた筈だ。急いでいた筈だ。
ここで何軒目だったか? 4軒目か……。多分そうだろう。
ここの主に交渉にやって来たが、開口一番、中に入れ、そこに座れと、さも嬉しそうな表情で言われて事ここに至っていた。
ここの主が奥へ行ったきり戻ってこないので、こうなった状況をさらに振り返ってみる。
俺たち、カールと船員二人は何とか
馬車は幌はないが、荷台部分の背がかなり高く、山盛りに積まれた
丁度、ジョゼフィーヌとローも合流し、俺たちはすぐさまに
鉱山内は俺たちの爆破によって大混乱に陥っており、しばらくは時間を稼げそうではあるが、すぐさまに追手はやってくるだろう。
俺たちは出入り口の詰所を再び蹴散らして、二重の鉄条網を突破。そしてフレバンスの廃墟に戻って一路、南へと向かい、防御壁を突破したあとネーデリッツ王国に入った。ネーデリッツを南へ向かい海に出るのだ。
だが、俺たちの順調な南への大脱走を妨げるものが、街道につながる間道から現れてきた。
その一団は緑の制帽に緑の外套を纏い、白いズボンを履いていた。ネーデリッツの治安部隊だろう。奴らは馬を駆る騎兵隊であり、間道から現れて瞬く間に俺たちに並走してきた。そこで奴らが狙ってきたのは馬だった。俺たちを止めるために。
俺たちは奴らを叩き伏せることに成功したが、その代わりに馬をやられて足を止められた。
石畳の街道は舞い降りる雪によって雪化粧がなされている。そちこちで倒れている緑服の兵隊たち、ネーデリッツ王国の治安部隊。街道脇には柵が設けられており、その先に広がるのは真っ白な雪原と雪がまぶされた林だけである。
何もないところで立ち往生する羽目となってしまった俺たち……。
考えなければならない。
「おまえたち!! 下りて来い。前方、後方、左右すぐに見張りに立て」
馬車の御者台にいた船員にすぐさまに指示を出す。ジョゼフィーヌが倒れている敵から離れ馬車に戻り荷物を取りに行っている。多分に地図だろう。
ローは馬の様子を確認しているが、首を横に振ってダメだと合図をこちらに送ってくる。
4頭馬車2台の馬、8頭のうち5頭をやられてしまっている。残り3頭で珀鉛をこれでもかと積んでいる荷台を運ぶのは到底無理だろう。
雪は容赦なく上空から俺たちを襲ってくる。
それでも何とかしなければならない。立ち止まってはいられない。
作戦なんてものはこんなものだ。ある程度までは俺たちを目的まで運んではくれるが、どうしたっていずれ作戦を捨てなければならなくなる瞬間が訪れる。そこから先は気合いと根性が必要となる。立ち止まってはいられず、前へ出るしかないのだ。
後方馬車にいるジョゼフィーヌのところへと向かうと、ローもカールを伴ってやってくる。べポは荷台の
「今どのあたりだ?」
ジョゼフィーヌにそう訊ねると、妹は地図を皆に見えるようにして、
「私たちは多分この辺にいる。防御壁から南へ15km付近、アーヘムまで5kmはまだ残ってるわ」
と説明する。
「こいつらはネーデリッツの治安部隊だ。これだけ早くネーデリッツの奴らがやってきたってことは、鉱山から連絡がいってるってことになる。ってことは奴らつながってんだろ。政府は密かに
「そうだな。待ち伏せされてる可能性は高い」
そう言って、眉間にしわを寄せながら述べたローの考えにうなずく。当初の予定ではネーデリッツの南の港町ランテダームへと抜けて、西のダーニッヒから回り込んできた船と合流する予定であった。
考えを巡らしてみる。
“ヒガシインドガイシャ”は政府の直轄地をつくろうとしているらしい。もしかしたら奴ら、フレバンス周辺の4つの国をうまく言いくるめてジェットランド島全体を政府の直轄にしようとしているのかもしれないな。
だが、東のリガル王国は……。そういえばリガルの王は政府を色よく思っていないらしい。東への間道をリガルへ抜けるか……。
いや、待て、アーヘムにはまだオーバンがいる。オーバンは追手を止める切り札だ。今さらリガルへ抜けて罠を張ることはできない。
くそ……、そこまで考えて作戦を立てる必要があったか。まだまだ俺たちには何かが足りなかったのかもしれない。
今はそんなこと考えてる場合ではない。もうかなり時間を無駄にしている。追手がいつ追いついてもおかしくない。
「ランテダームの西に入江があるな。アーヘムの少し先から間道が伸びている。」
ローが地図を指さしながら、言ってくる。
「そうしよう。ランデブーの場所をその入江に変更だ。だがとにかく馬は何とかしなければならない」
「ボス!! 向こうに民家が数軒見えるよ。馬小屋もありそう」
台車に乗って双眼鏡を覗いていたべポがそう報告してくる。
「べポ。よくやった」
ローがすぐさま顔を上げて、褒めてやっている。
「よし。角瓶を用意してくれ。交渉に行ってくる。ジョゼフィーヌ、
ローに念のため用意していたベルガーのシングルモルトを用意するよう、ジョゼフィーヌに
「ダメだわ。この
とジョゼフィーヌが首を横に振りながら答える。
通信遮断か。用意のいい奴らだ。
だが、備えあれば憂いなしということもある。
「カール。出番だな」
「はい!! 総帥!!」
カールはそう元気よく答えると、肩に提げているカバンからゆっくりと頭を撫でてやりながら1羽の鳩を取り出した。そう、こんなこともあろうかと連れてきていた。カールが飼って世話をしている伝書鳩である。
カールは雪を被った石畳の道にそっと鳩を下ろして、ロッコに送る伝言をジョゼフィーヌから説明を受けながらメモすると、鳩のタカトリに括りつけて、よーく指差しながらタカトリに説明をしてやっている。
最後にはもう一度タカトリの頭を撫でてやり、よし行けタカトリとばかりに空を指差すとタカトリはロッコへの伝言を携えて南の雪空へと飛び立っていった。
タカトリとカールが呼んでいるのは、本当は鷹を飼いたがっていたのだがそれは難しいので、鳩だがハットリではなくタカトリと呼んでいるらしい。
そんな経緯を経て、俺はこの民家に来ているわけだが、3軒の民家には門前払いされて4軒目である。もうさすがに時間はない。
だが、捨てる神があれば拾う神は本当にいるものである。
右奥の戸棚に後生大事に据えられているのは俺たちのシングルモルトウイスキー『ロイヤルベルガー』の残り少なくなった角瓶であった。
ようやく目の前に姿を現したこの家の主人を前にして、俺は内心にやりとほくそ笑んだ。
主人はこんなところを訪ねてくる若いものは珍しいから嬉しくなっちまって何とかもてなしたいなどとのたまっているが、皆まで言わせず、奥の戸棚にあるロイヤルベルガーを指差しながら早速交渉に入った。
俺たちはロイヤルベルガーをこよなく愛するものによって何とか窮地を脱しアーヘムに差し掛かりつつある。一時はどうなることかと思っていたがあんなところに俺たちの上客がいて本当に助かった。やはり備えあれば憂いなしだな。
そろそろアーヘムだ。さて、オーバンはどうしているかな。
「総帥。見えてきましたよ、鐘楼が」
横にいるカールが御者台の上で立ち上がりながら、双眼鏡を手にして前方を見つめている。アーヘムの町の入り口付近にこの街のシンボルであるような鐘楼があるらしい。
「でも、後ろからも誰か追いかけてきていますね~。あれは……、さっきのおばあさんじゃ……」
カールが今度は荷台に登って、横になりながら後ろに双眼鏡を向けて確認している。おばあさんという聞き捨てならない単語が飛び出して、俺も思わず荷台に上がって後ろに目を凝らしてみる。
おつるだ。やはり、あんなもんではくたばりはしなかったな、あの婆さん。
カールも双眼鏡を手にしながらびっくりし、感嘆のことばを洩らしている。それはそうだろう。老婆が馬に跨ってこちらに突進してきているのだから。振り返り、前方を見つめてみる。
橋……。
アーヘムの街へ入る前に川に橋が架かっている。石造りのなかなかに長い橋である。街道に架かる橋、その向こうにある高い鐘楼。
そうか……。
「カール、前を見ろ。鐘楼を確認してくれ」
カールにそう言うと、カールは荷台の上でゆっくりと体の向きを変えて前方の鐘楼に焦点を合わせる。
「総帥!! オーバン料理長がいらっしゃいます!!! ライフルを構えてる」
やはりな。よーし、いいぞ、オーバン。
「オーバン料理長。笑ってらっしゃいます。あ、親指を立てられました」
オーバンの奴め。余裕だな。まあ、あいつの狙撃の腕なら問題ない距離だ。きっと橋にダイナマイトを仕掛けたに違いない。
馬車は橋に差し掛かろうとしている。後ろを見るとさっきよりもおつる中将率いる追手の姿がはっきりと確認できる距離まで来ている。向こうの方が速い。だが問題ない。俺たちはもうすぐ橋に入る。
前を行く先頭馬車は橋を渡り切りつつある。俺たちも橋に入っている。後方から駆けてくるおつる中将隊、距離は30、40mそこら。
カールも後ろを見つめながら、あのおばあさん、すごいすごいと何度も言っている。
もうすぐ橋を渡り切る。後ろを再度振り返る。
橋に差し掛かろうとしているおつる中将たち。
後ろを見つめながら、俺たちの馬車が橋を渡り切ったことがわかる。
オーバン……。
振り返り左斜め上方を見ると、何とかオーバンの姿が確認できる。
その瞬間、俺はオーバンが放った狙撃弾を確認できたような気がした。
いや、一瞬の出来事であったからそれは気がしただけなのだろうが、それでもあいつの放った銃弾が雪が舞うこの寒気の中を真っすぐに石橋の支柱部分に向かって飛んでいく様を想像できた。
そして……。一拍置いて……。
石橋は大音声と共に、爆炎を上げて、黒煙を上げて見えなくなった。
俺たちは馬車を一旦停車させる。オーバンがもう下りてきているだろう。
後ろを振り返ると黒煙がうっすらと消えていき、現れたのは、オーバンの狙撃で導火線に火が付いて爆発した石橋の変わり果てた姿と、川向こうで呆然とした姿を晒している海兵の一部であった。
「ほんま待ちくたびれとったぞー。遅なりよってからにー」
顔を声のした方に向けるとそこには、狙撃ライフルを斜めがけにして、笑顔で立っているオーバンの姿があった。
「悪かったな、オーバン。上出来だ。乗れ、行くぞ!!!」
俺たちは何とかこの島を無事に出ることができそうである。
何よりもロッコの助けを得ずとも乗り切れたことが素直に喜ばしい。
読んでいただきありがとうございます。
さてさて、フレバンスを抜け出してどうなりますやらね。
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