ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第98話 ヒナ、覚悟

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

 ロー君たちと別れ、港へ向かうべくタバコを銜えながら歩を進める。最終目的地は赤い大陸(レッドライン)の向こう側にあるトリガーヤード。その為にはマリージョアを通る必要があって、ひとまず赤い大陸(レッドライン)の麓、“赤の港(レッドポート)”へ辿り着かないといけない。

 

 ぐずぐずしてる暇は無い。サン・ファルドでこれから起こるであろう戦争は隠密で動きたい身としては格好の目くらましに成り得るが、ロー君から最後に聞いた人間屋(ヒューマンショップ)の件といい、あらゆることが同時に起き過ぎてる。嫌な予感がするのだ。

 

 足取りは自然と速くなり、絡みつくようにマングローブの根が広がってる道をひとり急ぐ。サボ君は側にはいない。隠密である以上、接触は極力避ける必要がある。多分、後ろからそれとなく付いてきてるはず。見聞色で感じ取ることが出来る。

 

 それにしても、人間屋(ヒューマンショップ)を買うというロー君の話。どうしてそんなことになってるのか、寝耳に水なだけに驚いた。思わず声を荒げてしまったし、私としたことが。今も思い出してみれば、怒りが再び込み上げてきそうだ。

 

 ダメダメ、冷静にならないと。ヒナ、冷静よ。

 

 この件について考えを巡らすのは止めておいた方が良い。今私に出来ることはあまり無いし、それよりもやらなければいけないことがある。そこに意識を向けないといけない。先を急がなければならない。

 

 その思いを胸にして、人目を避け出来るだけ裏通りを進んでいく。店があった75番GR(グローブ)から移動し、海軍の港がある60番台のGR(グローブ)はもう直ぐというところだ。そんな時に通りの物陰に佇む男がひとり。こんな時にどうして誰かと出会ってしまうのか。こんな時だからこそなのかはともかく、その男は二角帽に目元を覆うマスク、コートを羽織ってるけど、はだけた胸元全体にはXと大きく描かれた出で立ちをして、声を掛けてくる。

 

「ヒナ大佐、久しぶりだな。いや、今は准将か」

「ええ、ドレーク君と呼んだ方が良いかしら、それともX(ディエス)・ドレークと?」

「どちらでも結構だ。フフ、裏を知ってる人間はやり辛いな、さすがは情報将校、いきなり現れても顔色ひとつ変えないか」

 

 建物の壁に身を預けて顔は向けずに鋭い視線を寄越してた彼が少しだけ口元を緩ませた。

 

 彼はX(ディエス)・ドレーク。この中枢まで到達してる、懸賞金億超えの超新星と呼ばれる海賊のひとり。海軍本部少将まで上り詰めた元海兵で、故に堕ちた海兵と言われてる。でもそれは表の顔。実際は未だに海兵であり、本部の機密特殊部隊SWORDに属してる。

 

 そんな彼がどうしてここに。尾けられてたはずはないけど。

 まあ、いいわ。この前久しぶりにアブサロムに会って、いつもポーカーフェイスを保つことは意識してる。私もゆっくりと口角をあげていき、

 

「海賊なのによく知ってるわね。それで、ドレーク君、そんな情報将校に何の用かしら?」

 

 と余裕を見せるように聞いてみる。

 

生憎(あいにく)と耳はいい方でな。単刀直入に言う。SWORDに入らないか? 前々から君の立ち位置はこちら側じゃないかと睨んでた。情報部監察が握ってる情報は是非とも欲しいんだ」

 

 ドレーク君がこちらに正対して口にしたのは勧誘。そんな熱い眼差しを向けられても答えはNOよ。

 

「私に辞表を提出しろと? ヒナ、失望。これでも上官の命令には素直に従う方なのよ」

「コートはどうした? 忠誠心に篤いというなら常に身に着けてるはずだが」

「潜入捜査よ。上官の命令でね」

 

 ドレーク君の熱い眼差しは鋭いものに戻って、私を追及してくるけど、ここは適当な言葉ではぐらかす。情報将校だもの、潜入捜査しててもおかしくはないはず。まあ納得してるような様子ではないけれど。

 

 裏通りは建物がひしめいてない代わりに、ヤルキマンマングローブの大きな根が近くに(そび)えていて通りには薄暗がりが広がってる。

 

 サボ君はどうしてるかしら。少しだけ手を使ったジェスチャーで、様子を見るように合図を送っておいたから近くでこちらを窺ってるはず。ドレーク君の話はさっさと終わらせて先を急がないと。

 

「やはり一筋縄ではいかないか。では、教えて欲しい。サン・ファルドの情報を。何かしら掴んでる筈だ」

「サン・ファルド? 何のことかしら……」

 

 ドレーク君はどうしても情報が欲しいみたい。それもサン・ファルドの情報を。どういうつもりか知らないが、ひとまずはとぼけてみることにする。この押し問答に費やす刻は惜しいが、そう簡単に情報をくれてやるわけにはいかないのだ。

 

 ここは慎重にね。ヒナ、慎重。

 

「とぼけるか、まあ知っててもそう簡単には言えないよな。ならば交換条件というのはどうだ。情報部監察と言えどSWORDの内部情報までは辿り着けまい」

 

 そうきたわね。サン・ファルドの情報と引き換えにSWORDの内部情報が手に入るというのは乗ってもいいかもしれない。

 

「いいわ。でも情報を出すのはドレーク君、あなたが先よ」

「仕方がないな。いいだろう。現在SWORDが最重要として取り掛かってる任務の情報だ。我々は今、四皇の一角、カイドウを崩すことを狙ってる。その一環として、カイドウと繋がりがある組織についての調査をしてるんだが、ドンキホーテファミリーと繋がってるのは裏の世界では知られたことだろうが、もうひとつきな臭い連中の存在が浮かび上がってきた」

 

 なあに? 勿体ぶるじゃない。でも、興味深い内容だわ。思わぬ情報を手に入れられるかもしれない。

 

「君は金獅子のシキを知ってるか? 嘗てインペルダウンに投獄されてたのを史上唯一脱獄して見せた海賊だ。脱獄したきり、全く音沙汰がなく死亡説まで流れてたが、カイドウの百獣海賊団、ドンキホーテファミリー、との間で関係性を持ってるらしい。さあ、どうだ?」

「良い情報ね」

 

 実際申し分のない情報だった。四皇カイドウ然り、ドンキホーテファミリーに連なる存在として、あの金獅子のシキが出てくるというのは、可能性として頭に入れておいて損はない。サン・ファルドの情報を提供する価値はあったと見ていい。問題はどのレベルまで提供するかだが。

 

 結局のところ、ドレーク君に話した内容はサン・ファルドで起きるであろう戦争について、その当事者が誰なのかと、囚われてる火拳のエースの存在、そして海軍が召集を掛けてる戦力の顔ぶれに留めておいた。”海の細道(ブルートンネル)“とネルソン商会の話は勿論しなかった。

 

 それでも、ドレーク君は満足してくれたみたい。何度も頷いていた。

 

 有意義な情報交換を終えられたところで、また機会あれば情報交換の場を設けてもいいかもしれないと思い始めてた矢先のこと。

 

「アーイェー!! オイオイ、(あん)ちゃん、俺たちのファンキースタイルな仲にいきなり乱入して、ヒナ嬢のハートを盗もうってのか?! 踊りだしちまうゼッ!!」

「そうだな、相棒ッ! 俺たちに断りもなくヒナ嬢のハートを鷲掴もうなんて、ダンシングじゃねぇか、ウーイェー!! コートをお持ちしました」

 

 ジャンゴとフルボディがどこからともなく現れていた。2人とも相変わらず踊ってるが、私とドレーク君のやり取りを遠目から見て、私が言い寄られてると勘違いしてるらしい。

 

 呆れるしかないわね。ヒナ、絶句。

 面倒臭いけど、取り敢えずコートを持って来てくれたことには礼を伝えておこうかしら。

 

「ありがとう」

「ってオイお前ッ!! このどさくさに紛れてヒナ嬢に直接コートを手渡しするなんて抜け駆けはファンキーに反するぜ」

「何言ってやがる。ファンキーに反するかどうかは知ったことじゃねェが、俺はいつでもダンシングだ。ダンシングには反しちゃいねェ。俺はヒナ嬢の為に為すべきことを成しただけだぜ」

「何だと?! そりゃお前、ファンキーだな。踊るかッ!!」

 

 この2人は結局最後には踊ることになるのだ。それで丸く収まるのだからある意味幸せなことかもしれない。

 

(あん)ちゃんも踊るか? ファンキーだぜ?!」

「そうだ、ダンシングなんだぜ」

「いいだろう」

「ノリが良いわね」

 

 ノリが良い?! いいえ、普通なら逡巡しても良さそうな、むしろ拒否一択でしかないようなこの場面で一切の躊躇(ちゅうちょ)を見せずにOKだなんて、さてはこの場面で最も面倒なことにならなそうな選択肢を選んだんじゃ……。このバカ達のことをよく分かってる。

 

 感心するわ。ヒナ、感心。

 勿論、私は踊らないけれど。決して。

 

 こうして2人的には何だか意気投合したようで満足気な様子を見せ、本当に意気投合してるのかは分からない1人を真ん中に挟んで息もぴったりな踊りを披露した上に、何の儀式なのか私にはさっぱり分からないポーズを取り合ってる。多分、握手的な意味合いなのかもしれない。

 

 謎だわ、ヒナ、疑問ね。

 だけど、深堀りはしない。決して。

 

 

 

 

 

 今後の情報交換についても色好い返事をして、何とも和やかなムードでドレーク君とは早々に別れ、残ったのはジャンゴとフルボディの2人。先を急ぐという本題に直ぐ様、頭を切り替えたいところだが、この後の動きを考えれば2人には今このタイミングでちゃんと話をしておいた方が良い。私が何の為に動いてるのかを。本当の私が何者なのかを。返答次第によってはここで袂を分かつことになろうとも止むを得ない。彼らにも彼らの正義がある。人生がある。何も知らぬまま危険に晒すことは出来ないのだ。

 

 踊りのテンションそのままに、2人揃って私の前に(ひざまず)いて愛でも語りそうな勢いのところを、にべもない仏頂面とひと睨みで思い留まらせる。

 

「聞きなさい。あなた達に言っておくことがあるわ。私は……」

「ヒナ嬢、タンマだ」

「俺たちはヒナ嬢に皆まで言わせるような野暮な男に成り下がったつもりはねェぜ」

 

 私に言葉を呑み込ませるかのようにして、言葉を被せてきた2人は口角を上げることもなく真っ直ぐに私を見詰め、ついぞ見たことがないような真剣な表情。

 

 何? あなた達にそんな表情をされたら、調子が狂うじゃない。不覚だわ、ヒナ、不覚。

 

「あなたの正義ならもう知ってる」

「それでも俺たちはあなたに付いてくと決めた」

「なぜなら俺たちが掲げる正義は“ヒナ嬢に捧げる正義”だからだッ!! アーイェ―!!」

「ヒナ嬢、好きだーッ!! ウーイェー!!」

「っておいッ!! だからそういう抜け駆けはファンキーに反するだろうがッ!!」

「何言ってやがる。ヒナ嬢に捧げる正義とは愛だ。愛とはダンシングだろうがッ!!」

「相棒ッ!! そりゃやっぱりファンキーじゃねェかッ!! 踊……」

「あなた達ッ、踊らせないわよッ!!」

 

 このコたち、本当の私が何者なのかを実は既に知ってるのかもしれないわ。危険な賭けになるかもしれないというのに、それでも付いてくるなんて、バカね。

 まあそういうの、私は嫌いじゃないけれど……。

 でもね。

 

「あなたたちはどうして結局こうなるのかしら……。踊らせないって言ったわよね。失望だわ、ヒナ、失望」

「それでも踊るのが俺たちだッ!! アーイェ―!!」

「そうとも、失望されても失望させねェー!! ウーイェー!!」

「……意味が分からない。でも、まあいいわ。あなた達がどういつもりなのかはよく分かった」

 

 

私にどこまでも付いてくると言うなら、覚悟なさい。……その代わり、後悔はさせないから。

 

私も覚悟が決まったわ。どこまでも連れていく。

ヒナ、覚悟!

 

 

 

 

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