北の海はこれで最後になると思われます。
では、どうぞ!!
“
素晴らしい祭りだと最初は思ったんだが……。
あんなに狂喜乱舞してビールを掛け合う祭りだとは思っていなかった。
午前中最後の取引において大砲工場のオーナー相手に恐喝まがいの、もとい恐喝そのものの取引をまとめ上げた俺たちは、外で待機させていた船員たちに荷の輸送を命じて、クーペンハーゲルの中心部へと戻って来た。
そこで目に入って来た光景は、朝の早い時間帯に見かけたビール瓶両手に祝いあう何とも素晴らしいものではなくて、目に留まればこれでもかとビールを掛け合うために手ぐすね引いて待ち受けている人々が辺り一帯をたむろし、至る所でビールのシャワーが沸き起こっているまぎれもなく戦場であった。
俺たちの漆黒の正装は格好の餌食であったようで、まだ濡れていない、一点の曇りもないようなその服装に対して襲いかかってくるのは時間の問題であった。
俺から言わせれば、まるで親の仇を取るような必死さがそこには感じられたし、俺たちが四方八方から受けるビールの洗礼によって彼らは雄叫びをあげて喜びを爆発させていた。
俺はもちろんのことだが、ローはまるで人生最悪の日にあってしまったかのような仏頂面で、言葉を発することもできずにただただ呆然としていた。
ジョゼフィーヌだけが相手以上に好戦的で、やられたらやり返すとばかりにビールシャワーを浴びつつも、浴びせてきた相手からビール瓶をひったくって反撃に出て、豪快な笑いを見せていた。
俺には最近、わが妹というものがよく分からなくなってきている……。
そんな襲撃にあった俺たちはほうほうの体で、中心部のホテルに宿を取り緊急避難することに何とか成功した。
ホテルのフロントまでもがウェルカムビールシャワーを仕掛けてくるのではないかと若干怯えてはいたが、それは杞憂に終わり何よりであった。
今はシャワーを浴びてすっきりとした状態で部屋にひとり佇んでいる。
室内にはキングサイズのベッドに清潔なシーツが敷かれており、その寝心地が想像できるというものである。ベッドの脇には安楽椅子がローテーブルと対になるように置かれており、背丈のある観葉植物がそれを守るように配置され、2組の椅子の先にはベランダへとつながる窓があり、午後の昼下がり、暖かな陽の光が降り注いでいる。
俺はベランダへとゆっくりと向かい、気持ちの良い日光を浴びながら煙草に火を点ける。
ホテルは中庭を囲むようにした造りであり、対面するホテル棟と眼下には中庭の緑が見て取れる。ホテル内は外の喧騒から隔絶されて、陽気なひだまりだけがそこに存在している。
そろそろ連絡を取る時間だな……。
背後を振り返るとローテーブルには1匹の
随分と連絡を取っていない相手ではあるが、
もちろんあいつのことは片時も忘れたことはなかったが……。
なぜなら、あいつも俺たちネルソン商会の一員だからである。
そんなことを思いながら、煙草の火を消して室内へと戻り、
カランコロン……。
心地良い鐘の音を聞きながら俺たちは店内に入った。
午後も18時をまわって外で食事をしようということになり、一軒のバーへと来ている。
店の外からでも店内の陽気な喧騒が見て取ることができた。決して昼間のあの恐怖の喧騒とは違う種類のものである。
店内はオレンジの光が少し落とされた状態で、絶妙な暗さと明るさが混在した空間であり、天井高が高く吹き抜けとなっており、奥に2階のプライベートルームがあることが分かる。
天井ではシーリングファンがくるくると回転しており、中央には楕円形のカウンターが存在を誇示しその周りに丸テーブル席、壁に沿ってボックス席が並んでいる。
俺たちは奥へと進んでいき、カウンターの前まで来ると中でグラス磨きに余念がないスキンヘッドに顎鬚を蓄えたこの店の主人と思われる人物に話しかけてみる。
「あんたがここのマスターかい?」
「ああ、そうだとも。いらっしゃい。何にするかね?」
マスターはスキンヘッドながら見せる笑顔は優しげで好感が持てる表情である。
そんなマスターに対し、
「今店内に居る客全員分。俺たちの奢りにしてやってくれ」
そう一言告げる。
「ハハハ、そうかい。随分と太っ腹な兄ちゃんだ。今日はここの兄ちゃんから皆々さんのお代を頂くことになりましたとさぁ!!!」
店中に響き渡るマスターの野太い声に反応して、カウンターに腰掛ける仕事上がりと思われる労働者や丸テーブルのカップルたち、ボックス席に陣取る船乗りたちより歓喜の声が返ってくる。
「旦那、ありがとうございやすっ!!」
「ご馳走様です!!」
「気に入った!! ありがとうよっ!! さあ、飲むぞーっ!!!」
などと一斉に店内の客たちがグラスを掲げて俺たちに感謝の乾杯を捧げてくる。
「ちょっと、兄さん!! 何考えてるのよ、大事な大事な、命よりも大事なお金よっ!!!!」
こちらではジョゼフィーヌが見る見るうちに顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげている。
「これから
ジョゼフィーヌは怖いが、どうしてもやりたかったことなのでここは強行突破だ。
「お金に関しては私の辞書にそんな言葉存在しないわ!!!!!」
と手を上げて俺に掴みかかろうとしてくるが何とかローが盾に入ってくれている。
まあ確かにどれぐらいの金額になるのか分かったものではないが、やはりこういうのはいいものだ。
こうして店内奥のボックス席に入った俺たち。俺たちと言っても、夜を自由行動としたので、俺とロー、ジョゼフィーヌだけであるが。
ロッコにべポ、カールはオーバンの食料買い出しに付きあって、そのまま船に戻り、オーバンの料理を味わっている事だろう。今日は何だと言っていたか? そうだ、盛大に肉を焼くと言っていた。
抗いがたい誘惑性があるな肉を焼くという言葉には。
そんなことを考えている間にジョゼフィーヌは俺の意向を聞くこともなくぷりぷりと怒りながらさっさと注文を済ませてしまっていた。ワインとサーモンでもあれば十分でしょなどとぶつぶつ言っている。ローは何ともやれやれといった表情を浮かべている。
すぐに酒とつまみが運ばれてくる。俺には赤ワイン、ローには焼酎。そしてジョゼフィーヌはいきなりのテキーラときたもんだ。相当ご立腹らしい。
目の前で乾きものを摘まみながら、テキーラグラスをぐいっと流し込んで、テーブルに叩きつけるようにして置き、お代わりと叫んでいる。
おいおい、大丈夫か……。
俺とローはその酔っ払いまっしぐらを横目に軽く乾杯して、サーモンに舌鼓を打つことに専念した。
だが、わが妹はテキーラを流し込んで気分がよくなって来たのか、横に隣接されている小さなステージに興味を持ち始めている。
やるつもりだな……。
「行ってくるー」
そう言ってジョゼフィーヌは立ち上がり、マスターのところへ行って交渉をしてすぐに了承されたようでノリノリでステージへと上がっていく。
その小さなステージには後ろにバックバンドが控えており、誰でも歌を歌えるようになっているらしい。
だが、ジョゼフィーヌが披露するのは歌ではなくて、
ステージには中央にボードが敷かれている。いつの間にかジョゼフィーヌが履いている靴はブーツからタップシューズに変わっている。
音楽が始まる……。
繊細なピアノの音が奏でられて、ギター音が重なっていき、紡がれていくのは静かな音楽。
ジョゼフィーヌがおもむろにタップを踏み始める。それは音楽と合わさりどこか哀愁を悲哀を表現しているように思われる。ジョゼフィーヌの表情も悲しげで、手を伸ばす先の真っ白な指先がまたそれを表現しているように思われる。
つま先と踵から生み出される音の数々、それはゆっくりとではあるが、確実に耳に沁みこんでくる音である。
そこから徐々に音楽が変わっていく、哀愁と悲哀から今度は情熱へ、燃えたぎる何かへと変わっていく。タップを踏むリズムの間隔は狭まっていき、高速で動かされる両足は大量の軽快な音を刻む。
そこで、すっと音が止まる。
ジョゼフィーヌは頭にかぶるシルクハットに左手を添えて、酔いに任せた何とも妖艶な笑みを店の客たちに向けたあとに、一気にギアを上げてタップを踏みならし始める。
手の動きが加わり、腰の動きが加わり、ミニスカートから延びる足がかなりの速さで音を生み出す様は美しいものである。
はて、こいつはいくつになるんだったか? 俺より4つ下だから28歳か。わが妹ながらとてもいい女に見えるものである。まあ怖い妹であることに変わりはないのだが。
高速で刻まれるリズムはクライマックスを迎えてもとぎれることはなく、そのままのスピードでピタッと終わりを告げた。
店内に一瞬静寂が訪れる。皆固唾をのんで、目の前の光景に酔いしれていたのかもしれない。
その後皆一様にして立ち上がり、店内はスタンディングオべーションとなり、盛大な拍手と指笛の数々が鳴り響いた。
ジョゼフィーヌは両腕を上げてそれに応えており、何とも嬉しそうな表情である。
「あんたの妹はすごいな……」
気付いたらローも惜しみない拍手を贈っている。
俺は立ち上がってカウンターへと向かい2階のプライベートルームに移ってもいいかとマスターに訊ねて了解を得て、ローと共に2階へと移った。ジョゼフィーヌの独演はもうしばらく続くだろう。あいつはノリノリの状態だ。
そうして俺たち二人は個室のソファに身を沈めながら、御馴染のロイヤルベルガーと焼酎で酌み交わしている。
「大事な話があるんだろ?」
「ああ、そうだ」
ローからゆっくりと口をついて出た言葉にうなずく。
「俺たちの目標。まずは
そう言って、俺は目に力を込めてローを見据える。ローも俺から出た最後の言葉に反応してこちらをしっかりと見つめてくる。
「そういやぁ、しっかりと聞いたことはなかったな」
俺はゆっくりとロイヤルベルガーを舌の上で転がした後で、
「政府の
と宣言する。
ローはシニカルな笑みを浮かべて、
「政府を潰そうってのか。革命軍じゃあるめぇし。世界をひっくり返そうとでも?」
そう続けるが、ローにはわかっているはずだ。俺の言いたいことは。
「おまえもわかってるんだろ。そういうことじゃない。革命軍は確かに世界をひっくり返そうとしている。世界各国を転覆させてな。今の世界を間違えていると、そう思っている。結構なことじゃないか。だがそういうことじゃないんだ。正しいか間違っているか、そんなことはどうだっていいことなんだ。革命なんてものは奴らが勝手にやればいいことだ」
そこで一旦、言葉を切ってグラスを口に運ぶ。ローも同じ仕草をしている。
「俺たちは
自分の言葉に酔いしれてしまっている自覚はあるが、高揚感が半端無くて言葉が止めどなく溢れてくる。ローも政府には思うところがあるはずだ。現に目の前のこいつは怖い笑みへと変わってきている。
「ああ、わかってる。あんたが見る景色はいいもんなんだろうな」
そう言って、ローはすっと瞳を閉じる。いろんなことを頭の中に描いているんだろう。
「それに、相当に果てなき道だ。だが、やってやれねぇこともねぇ」
目を見開いた後にローはそう言ってくる。
そうとも、俺たちならやってやれないことはないんだ。
「俺たちは考えを今まで以上に高みに持っていく必要がある。俺たちはドフラミンゴや
俺はそう言って、自分自身にも暗示をかけるように胸に刻みつけようとする。ローも同じ考えを持っていると思われる。
のどの渇きがどうしようもなくて、グラスを口に運ぶ頻度が上がっている。
ここからがさらなる本題だ。
「そこでだ。昼にジョゼフィーヌからあった話。
「そいつらに心変わりさせようってんだろ。いいんじゃねぇか。それに……、あんたもさっきから聞こえてんだろ? こいつの話」
そう言って、ローは自分の右腕に嵌めている
ああ、聞こえているとも。どうやら近くでろくでもない奴らが
「闇オークションか……。興味深い内容だな。こいつらの行き先もサイレントフォレストと」
俺の呟きに対してローは目を輝かせている状態である。お前の気持ちはよくわかるよ。面白くなってきた。
「それとな。俺たちのかねてからの行き先も実はここ、サイレントフォレストだ」
そう言って俺はおもむろにテーブルの上にひとつの
「おまえは俺の右腕。ようやくな、おまえに話すべき時が来た。おまえにそこで合わせたい奴がいる。俺も久しぶりに会う。俺たちにとってのマリージョアへの導きの灯となる奴さ」
俺たちの道筋はようやく
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さて、ようやく偉大なる航路へとまいります。
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