ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第14話 蠢き、そして奥底に熱気を孕んだ静寂

偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 宵闇が辺りを包み込もうかとする時間。俺たちはヒナとの秘密のランデブーを終えて、サイレントフォレストの沿岸部に戻っていた。

 

 “偉大なる航路(グランドライン)に入ってまもなくの島、サイレントフォレスト。鬱蒼と森が佇む中、不思議と音のしない世界が広がる神秘に満ちた島。

 

 俺たちは船を港の桟橋に横付けして、堂々と停泊した。島の外観、確認できる人間から判断して島の住人らしきものが存在しないように思えたからだ。ここに集っているのは闇に住む住人のみ、そのように見受けられた。ヒナの言葉でそれは裏付けられた。

 

 今夜の闇オークションの主催はバロックワークス……。

 

 多分にこの島自体、バロックワークスの息が掛かっているのだろう。ただ開発しているのが沿岸部だけなので、あいつは島奥にプライベートな空間を密かにつくることができたに違いない。

 

 一旦船に戻り、ヒナより受け取ったアタッシェケースの中を検めると、膨大な数のファイルが入っており、その中には大量の報告書が綴じられていた。そして、ひとつだけ赤色のファイルが存在していた。

 

 全く仕事が出来る奴めと思ったものだ。緊急かつ重要なファイルと言う意味だと解釈した通り、中身はバロックワークス、アラバスタ王国、麦わらの一味に関することであった。

 

 ひとまずバロックワークスに関しては概要を頭に入れておく必要があると考えて、その項目に目を通してきた。

 

 バロックワークス、王下四商海(おうかししょうかい)の一角を占める闇組織。

 

 社長であるMr.0(ミスターゼロ)を頂点として副社長のミス・オールサンデーを含むオフィサーエージェント、フロンティアエージェントと階層を成し、偉大なる航路(グランドライン)前半においておおっぴらに闇商売を行っているという。だが実際それは隠れ蓑で、本当の狙いはアラバスタ王国の乗っ取りにあるという。

 

 ここがひとつ腑に落ちない点ではある。Mr.0(ミスターゼロ)王下七武海(おうかしちぶかい)のクロコダイル。つまりは海賊。

 

 海賊がひとつの国を乗っ取って一体何のメリットがあるというのか? ただし、副社長のミス・オールサンデーがあのニコ・ロビンであるということも報告書には追記されており、この点を持ってヒナは世界を揺るがす事態に発展する可能性があると、己の見解を示していた。

 

 ニコ・ロビン、わずか8歳で7900万の懸賞金を掛けられた女。今は滅亡したオハラの生き残り。確かにきな臭いものを感じることができる。だが乗っ取りの詳細、その背後にあるものまではヒナでも掴めていないようである。

 

 まあおいおいわかることだろう。偉大なる航路(グランドライン)に入って早々、いろんなことがこのサイレントフォレストに集まってきているのだ。今は間近に迫ることに考えを向けなければならない。2つの取引と闇オークションに。

 

 取引のひとつはクーペンハーゲルで手に入れた最新式キャロネード砲をここで売り捌くこと。

 

 もうひとつは南の海(サウスブルー)からやって来るという武器製造者と話をつけること。

 

 何やら最新式の連発銃を引っ提げて偉大なる航路(グランドライン)に入ってきており、その量産でウォータセブンのガレーラカンパニーに話を持ちかけるつもりらしい。それを何とか心変わりさせて俺たちでやるのが狙いだ。

 

 そして闇オークションに出ると思われる悪魔の実。これに関してはローとも話をした。オークションをやって旨味を持っていくのは主催者側だと。俺たちがオークションで悪魔の実を手に入れても旨味はほとんどないのではないかと。

 

 つまりは奪った方が良くないかと言うわけだろう。確かにその方が元手がかからない分旨味は大きい。

 

 だが今回はオークションに参加する形をとる。いずれは俺たちが主催者側にまわるつもりでいるので、いい勉強になるであろうし。それに悪魔の実の価値を正確に測るのは難しいので、バロックワークスやオークション参加者がその価値を正しく測っているかどうかは疑問符が付くからだ。何にせよどういった悪魔の実であるか? それが重要ではあるのだが。

 

 

 俺は暫くの思考の淵から甦り、目の前の情景に意識を向ける。

 

 巨大すぎる大木が遠くにデンと聳えており、伸びる枝が上の方でとぐろを巻いている。その上にはまるでサーカス場のような真っ白なテントが張られていて中央に入り口が存在し、中の照明がテントをおぼろげなオレンジ色に染めている。

 

 そして、そこからクモの巣の糸のように縦横無尽に伸びているロープと丸太でつくられた吊り橋の数々。その先にあるのは高い木々の上方に据えられた無数のツリーハウス。

 

 つまりは中央のテントを囲むようにして無数のツリーハウスが存在し、それを吊り橋が繋いでいる。その情景はテントの一際妖しげでおぼろげなオレンジの光と、吊り橋とツリーハウスのランタンの光、それに照らし出される木々の色づく葉によって、何とも神秘的、幻想的でありながら闇に蠢くものを思わせる妖しさをも感じさせる。

 

 中央のテントがオークション会場。無数のツリーハウスは控えの間であったり、酒場であったり、ホテルであったり。何にせよ取引には申し分ない環境の様である。

 

「じゃあ、私たちは40番を予約してあるから。そこに大砲の取引相手を呼ぶわ」

 

 前を歩くジョゼフィーヌが振り返っての声。40番のツリーハウスを俺たちの控えの間兼ホテルとして取っていたので、そこに取引相手を呼んで、大砲を売り捌くことになっている。ジョゼフィーヌの横にはオーバンがおり、暢気な表情ながらも妹の話を聞いている。今回はあらかじめオーバンの同席を決めている。どうやら相手はかなり気さくな奴らしいな。

 

「先に行ってるぞ」

 

 右を歩くローの声。こいつは先にオークション会場に入り、様子を見ながら準備を済ませる。供にはべポとカールの姿。カールは小脇にメモ用紙を抱えており、オークションの様子を膨大なメモにすることに余念がなく、べポはべポで何をしたらいいかとローに問いかけながらも、さあな、の一言で済まされている。

 

 オークションは大砲の取引を睨みながらのものとなる。この取引でどれだけベリーを引き出せるかどうかが勝負だ。

 

「では坊っちゃん。わっしらは14番でやす」

 

 後ろに控えるロッコの声。最近こいつの俺に対する呼び名はもうこれでいいんだと半ばあきらめの境地にあったりする。俺たち二人は14番のツリーハウスで南の海(サウスブルー)の連中に会う。そのあとオークション会場に向かう予定である。

 

 

 さて、何が俺たちを待ち受けているか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吊り橋のクモの巣を右へ左へと移動し、いくつものツリーハウスを右手左手に見ながらようやく14番のツリーハウスに行きあたった。そのツリーハウスは丸い球状の小屋が枝々に螺旋の様に存在し、一番上は球小屋で三角形をつくるように並べられた独特の形となっていた。

 

 その一番上の不思議な連結小屋に俺たちは通されている。中に入ると3つの球小屋は中で繋がっており奥にひとりの男が座っている。立派な口髭をたくわえ、頭にはベレー帽を被り、でっぷりと太って恰幅が良い。男の前には台形のテーブルが置かれており、丁度こちら側に二つの椅子がある。

 

「あんたが南の海(サウスブルー)から来たというブロウニーか?」

 

「いかにも。おまえさんがネルソン・ハット。黒い商人だな」

 

「ああそうだ。こいつはロッコだ。同席させてもらう。……、今回は時間をつくってくれて感謝している」

 

 ひとまずは自己紹介を行って、おれたちは椅子を勧められて着席し、飲み物を聞かれて礼を述べると外から階段を上がる音がしてすぐさまにコーヒーが給仕される。

 

 それに口を付けながら前方に視線をやると、ブロウニーの後ろに球小屋をくりぬいてつくられた窓が見え、外は闇に包まれた中で別のツリーハウスとそこへ続く吊り橋がランタンの光で浮かび上がっている。

 

「早速だが本題に入らせていただこうか。あまり時間もないのでね。話があるということだが」

 

 目の前でブロウニーはコーヒーを啜り、話を切り出してくる。。奴は俺の右側、ロッコの方を、俺たちがこの小屋に入った瞬間から気にしている。

 

 幸先がいいな。もしかしたら狙いどおりかもしれない。

 

「ああ。あんたは南の海(サウスブルー)じゃ有名な天才的銃器設計者らしいな。いろいろと調べさせてもらったよ。で、新たな連発銃を開発し、その量産をガレーラに持ち込もうとしている」

 

 そこで一旦区切り、間違いないかと言うように相手を見つめてみる。ブロウニーは頷きながら先を促すようにしている。またロッコの方を見ているな。

 

 予想は確信に変わりつつある。

 

「あんたがつくった連発銃がどんな代物なのかは知らないが、天才的銃器設計者なら相当の物なんだろう。だが単独では商売につながっていかない。そこで協力者をと考えて偉大なる航路(グランドライン)ウォーターセブンのガレーラカンパニーに話を持っていこうとする。だがあんた、ガレーラとは面識が?」

 

「面識はない。だが、わしが作ったものに興味を示すだろうという自信はある」

 

 ブロウニーはしっかりと俺の方を見据えてそう言ってくる。余程の自信作なんだろうな。そして、またこいつはロッコの方に目をやる。

 

「大した自信だな。俺自身も実は銃器を普段扱っている人間でね、あんたのつくった連発銃に興味を持っているが。まあそれはいい。で、ガレーラが王下四商海(おうかししょうかい)っていうのは知っているのか?」

 

「……、何だそれは? 造船会社だろ?」

 

 なるほど、こいつはあまりこの海についての予備知識を持たずにやって来てしまったらしい。

 

 よし、いける。

 

「確かに造船会社だが……。船造ってるから、銃もつくるだろうとか考えてやって来たのか? まったく……、教えてやるよ。王下四商海(おうかししょうかい)っていうのは政府から闇商売を合法として認められた商人たちのことだ。その商人がこの海には4つ存在するのさ。ガレーラカンパニーはそのひとつだ。だから海賊相手でも平気で仕事を請け負えるんだ。もちろん武器も製造販売してるだろう。だが、奴らは相手を選ぶぞ。ガレーラのトップは一筋縄ではいかない男だ。己の価値観に合致しなければ話には乗らない。利だけで動く男じゃないんだ」

 

 俺の言葉にブロウニーは動揺を見せている。本当に何も知らなかったんだな。銃器バカなのか……。

 

 ますますもって狙い通りだ。

 

「どうすれば……、どうすればいいんだ?」

 

 何とか言葉を絞り出したブロウニーに対し俺は内心ほくそ笑んでいた。付け居る隙がありありだ。

 

「あんたもこの海で一旗揚げるつもりでやって来たんだろう? 俺たちも同じさ。だから俺たちと組めばいい。俺たちがあんたが生み出す、作りだすものを使ってこの海を席巻させてやるよ」

 

 勧誘の言葉を掛けながらも、どうしてもロッコに目がいってしまう奴に対し、

 

「ところで、さっきからこいつが気になってしょうがないようだが、ロッコがどうかしたか?」

 

と、多少は芝居がかりながら、内心、白々しいなと思いながらも聞いてみる。

 

 すると、意を決したようにしたブロウニーは、

 

「あなた様はもしかして、アレムケル・ロッコではないですか?あの……伝説の船乗りの……」

 

と呟き、ロッコをしっかりと見据えている。

 

 まるでYESと言ってくれという願いがこもったかのような表情である。

 

「……伝説の船乗りかどうかは知りやせんが、わっしは確かにアレムケル・ロッコと申しやす。かつても偉大なる航路(グランドライン)を航海してやした」

 

 ロッコの何とも含蓄に溢れる言葉を聞いて、ブロウニーは目を輝かせて感激に打ち震えているように見受けられる。ロッコの名声が南の海(サウスブルー)で轟き渡っているという話はどうやら本当らしい。

 

 こいつの船乗りとしての経験がこんなところで活きてくるとはな。予想通りに事が運ぶ展開となって、俺は小躍りしそうな心持ちである。

 

「わしは昔から航海に憧れていたんです。あなた様はわしにとって英雄(ヒーロー)と言っていい。幾多の困難を乗り越えて、数々の航海を成し遂げた伝説の船乗り……。もう感激です。わしはあなた様と仕事をさせていただきたいです」

 

 ブロウニーは感激のあまり涙を流さん勢いでありながらも、俺の方に向き直ると、

 

「黒い商人、おまえさんの話に乗ることにする」

 

そう言ってブロウニーは右手を差し出してくる。

 

 俺も右手を差し出して握手を交わす。取引成立。

 

 俺たちのビジネスは次の段階に進むのだ。

 

 商人とは右から左に物を動かして利を得るもの。それは間違っていない。だがそれだけでは早晩行き詰るし頭打ちとなる。物を自ら生み出してこそ次のステージへと進むことができる。それが北の海(ノースブルー)ではベルガーのウイスキー『ロイヤルベルガー』であった。

 

 偉大なる航路(グランドライン)では手始めに武器だ。俺たちはひとまず武器商人になる。

 

「良かったよ、受けてくれて。そういえば、まだ物を見せてもらってないな。ここに持ってきているのか? 最新の連発銃は」

 

 その問いかけに対してブロウニーは頷きを返したあと、大声で、おい、と下で控える従者を呼び木箱をテーブルに置かせた。そして、おもむろにその蓋を開けると、中から現れたのは銃身が長めで、真中に回転しそうな部位が嵌めこまれている銃。黒光りする色みに、俺は早くも心を奪われつつある。

 

 

「フリントロック式44口径6連発リボルバーだ。ここまで連射が可能なものを作るのは骨を折ったが、間違いなく自信作だ」

 

 ブロウニーのその言葉を受けて思わず俺はグリップに手を掛けている。己がこの初めて見る獲物に興奮していることが分かる。

 

「持ってきてるのはこいつだけか? もし良ければなんだが、こいつを使わせてもらえないだろうか?」

 

 興奮のあまりに俺の口からそう言葉がついて出てくる。

 

「ああ、構わんよ。これからパートナーとなるわけだからな。こいつを理解もしてほしい」

 

 そうブロウニーは笑顔で了承をしてくれる。

 

「ありがとう。俺たちはこれから先、いくつか仕事がある。それを終えた暁には新しい立場に立っているはずだ。あんたも船を持ってるんだろうから、後ほど合流しよう。合流先はこの先の海、ジャヤだ。そこで俺たちを待っていてくれ。物騒な島らしいから気をつけてな」

 

 ブロウニーに今後の予定を伝えながらも俺はその新しい獲物を握る。きっと今の俺は至極満面の笑みを浮かべている事だろう。

 

 

 俺たちの道筋がまた1歩前進したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14番のツリーハウスで非常に有意義な時間を過ごした俺たち二人は新たにパートナーシップを結んだブロウニーと仮契約書に速やかにサインをしてそこを後にした。本契約書は改めてジョゼフィーヌと練り直す必要がある。契約書のプロの力が必要である。

 

 俺はロッコと別れ、再び吊り橋の上を進みながら、オークション会場に向かっている。あいつは船に戻っていることだろう。大砲の移送準備に取り掛かる必要があるからだ。まだ取引終了の連絡は来ていないが、準備はしておく必要がある。

 

 さてさて、首尾はどうだろうか?

 

 先程、小電伝虫を使ってローに連絡を入れ、こっちはうまくいったこと、これからオークション会場に向かうことを伝えた。

 

 もうあたりは完全に闇に包まれているが、至る所でぼうっと光るランタンの光が美しくも妖しげな空間を一帯に生み出している。目前にはオークション会場が近付いており、その場所に吸い寄せられるようにして同業者なのかはたまた海賊なのか得体のしれない奴らなのかはわからないが人々が集まってきている。

 

 ゆっくりと煙草に火を点けて、肺に香りを、悪いものをたっぷりと取り込もうとする。闇オークションなんてものに参加するには己の中にたっぷりと悪いものが必要になるだろうから。

 

 妖しげにオレンジ色に染まる巨大なテントは喧騒とは少し違って、どこかしら緊張感を伴った熱気に包まれている気がする。奥底に熱気を孕んだ静寂とでも言おうか。

 

 その静寂の中に足を踏み入れようと入り口に差し掛かり……、

 

「ネルソン商会総帥……、“黒い商人”ネルソン・ハット……、出身は北の海(ノースブルー)ベルガー島、今は何もない島。そして賞金首、額は1億8500万……」

 

忍び寄るような声が左横から聞こえてくる。

 

 煙草を銜え紫煙に包みこまれながらゆっくりとそちらへ視線を送ってみる。

 

 黒髪をオールバックにし、メガネを掛け、ジャケットに特徴的な模様が入りながらもダークスーツに身を包んだ姿は俺たちとさほど変わりはしない男。だがその男は右手の掌を使いながらメガネをくいっと上げる実に特徴的な仕草を見せている。

 

 俺にはあずかり知らない相手であり、何も答えるつもりはないがその男は俺を無表情で見つめながら、

 

「狙いは今回出品される悪魔の実か……。君達ならきっと食いつくだろうな……、何せあの能力なんだからな……」

 

 少しだけ笑みを浮かべて、意味ありげな言葉を投げ掛けてくる。

 

 さあて、一体こいつはどこのどいつだ?

 

 

 

 俺たちを包み込むようにして、蠢く何かが始まろうとしているのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
サイレントフォレスト、私自身がわくわくしてきました。

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