“
オークション会場の入口を抜けて、階段を上がると一気に視界は開け、オレンジの照明に照らされたテントの天井が見えてくる。たどり着いた場所は会場の最上段であり、全てを見渡すことができる。
テント内部は半円形で一番下がった奥にはステージ、そこから2つの主通路が延び、客席にはしっかりと傾斜がつけられてステージを見渡しやすいように配慮されている。さらに、客席は1列平坦の階段状ではなくて4、5席で半楕円を形作るプライベート席のようになっている。
天井の照明が降り注ぐ先は通路とこの階段付近に絶妙に調節されており、客席付近は間接照明によって顔が見えるか見えないかといった具合に明るさを抑えられている。が、白い大きな後ろ姿と頭に乗るハット帽でその姿をべポだと確認が出来る。俺たちが陣取る席は比較的後方で、右主通路の左側すぐ脇のようである。
ステージにはスポットライトが当てられていて、競りは当然もう始まっている。目玉となる悪魔の実は当然最後になるのであろうが。
進行を務めているのは女だ。黒いハット帽を被っている点には親近感を覚えてしまうのはなぜだろうか。衣装は何ともセクシーなものであり、狙ってその格好なのかはわからないが、これが普通のオークションではないと感じさせられる。目元を仮面で覆っていても、雰囲気から年のころはジョゼフィーヌに近いような気がする。あくまで直観だがニコ・ロビンではないだろうかと思われる。
彼女はマイクを手に持ちながら時折身振り手振りを交え、落ち着き払った低音に抑えた声で、優雅に笑みを浮かべて進行をこなしている。
興味深い相手である。政府に追われる賞金首だが海賊とは追われる理由がまた異質。俺たちとも少し違う。オハラの悪魔達の生き残りと世間では言われ、“悪魔の子”と二つ名を付けられているが本当のところはどうなのか?
世界政府、五老星を相手にするにあたって、かつて俺はオハラの事件を徹底的に研究した。敵を知るための重要な手掛かりになるからだ。とはいえ芳しい結果をもたらしはしなかったが。オハラは
俺が知りたいのはその裏側にあるものであったのだが、それも今日で少しは解消された。ヒナのもたらした報告書である。あいつもニコ・ロビンとオハラの事件はきな臭く感じていたのだろう。情報を得るためにかなり危ない橋を渡ったと記載されており、この女の裏に何が潜んでいるのかさらなる興味を掻き立てられた。
ニコ・ロビンは“
“
ただし、政府は解読すること自体を禁じている。それは古代兵器復活につながり世界に危機が及ぶからだという。これが政府が流布する表向きの話。だがこの世は話が上手く出来ていればいるほど裏が存在するのではないか。裏には何があるのか?
この世界をほぼ統治している世界政府という組織ができたのは約800年前にさかのぼるという。そしてそれ以前の100年間を“空白の100年”と呼ぶらしい。ここに謎が存在していて、オハラはそれを調べており、謎が明らかになることが政府にとっては極めて不都合なことになる。故に美しい大義名分を作りだしてそこには蓋をしている。
こっちの筋書きの方が俺にはしっくりとくる。
なおかつ“
だとすれば相当な狐だ。政府を牛耳っている奴ら、五老星っていうのは……。
とはいえ、謎の本質までは何もわかっていない。それに俺たちが最終的にどうやって五老星にチェックメイトを掛けるのか当然見えていない。この歴史の角度から俺たちが、奴らに対して迫ることができるのかと考えれば、正直難しい気がする。ただし知っておいて損はないとも思う。
諸々踏まえても、まずはマリージョアに足場を固める必要がある。五老星を含む世界政府、天竜人をしっかりと知らなければならない。奴らがどういう関係性なのかもよくわかっていない。
なのでヒナがマリージョアに赴任するのは朗報だ。海軍情報部・監察、対象は当然海兵の素行であろうが、場所がマリージョアなのだから密かに味方同士の探り合いをしている可能性はある。
だが、その前にドフラミンゴだな。立ちはだかる壁は高く険しいものだ。それでも俺たちは結構順調に来ているような気はしているのだが……。
まずいまずい、遠くのニコ・ロビンと推測される女から思考がかなり飛んでしまっていた。
俺は思考のトリップから抜け出して通路を下りていき、席に近付いてみると、テーブルも備え付けられていることに気付く。何とも至れり尽くせりな造りとなっている。
だが、……、席の楕円角度を巧みに使って、先程後ろ姿が見えたべポに体を預け、テーブルに足を投げ出してふんぞり返りながらも、視線だけは鋭く周囲に向けているローの姿。それとは対照的に行儀よく腰を掛けて、高速でペンを走らせているカールの姿。
道理でローのファー帽子が見えなかったわけだ。
それにしてもこいつらときたら、揃いも揃って己の習性に忠実な佇まいを見せやがって……。
俺の登場に対してローは視線を寄越してうなずき、べポとカールはボス、総帥とそれぞれ呼びかけてきた。
内心苦笑しながらも、席に着くと、黒いスーツ姿の男が横を通り、俺たちの1段下の席に座りこんできた。
さっきの奴だ……。
会場入口で声を掛けてきた男である。過去に顔を合わせた記憶はなくて、その場は無視を決め込んだが、今目の前に座っている。偶然とは考えられない。こいつは、どうやらオークションが目的ではなくて俺たちが目的のようである。
こうなったら、素性を調べる必要があるな。
席について早々、俺は小電伝虫を取り出す。
「ジョゼフィーヌ、今どんな感じだ?」
小電伝虫を掌に乗せて商談中のジョゼフィーヌを呼び出してみる。
「今は場所を港近くに移して物を相手に見せているところ。とりあえず大砲の全門買い取りはオーケーよ。あとは価格の交渉が残ってるわ、兄さん」
ジョゼフィーヌの言葉によれば詰めの交渉に入るというところか。オーバンの、どや? どや? という気さくな押しの声でも聞こえてきそうである。
「そうか。順調のようだな。こっちも競りは後半に入ってる。そろそろ始まりそうだ。ところでなんだが……」
オークションの状況、さらに目の前に座っている男の人相書きと特徴をジョゼフィーヌに伝えると、
「へ~、私のマニア心をくすぐりそうな問題ね。……、その男は“百計のクロ”じゃないかしら。
さすがはジョゼフィーヌ。伊達に契約書集めを趣味にはしていないな。
なるほど、そういうことか……。
「ああ、そうだ。目の前に座っている」
「どういうことかしらね……? あ、もしかして兄さん、ウチに加入させようとか考えてないで……」
「ありがとう。また連絡する」
ジョゼフィーヌが何を言い出すか大体想像が付くので、欲しかった情報さえ分かれば、さっさと通信を切り上げるに越したことはない。
左横ではローもこちらに視線を送ってきており、興味を持って会話を聞いていたことが窺える。
「左腕の候補か?」
ローがそう口にしてくる。
俺たちのメインは取引にある。それを素にして力を付けて、ドフラミンゴ、最終的には政府の五老星を相手にしようとしている。作戦、策略、計略、常に頭を巡らして策を練っていかねばならない。海軍に潜入させたヒナも確かに重要な存在だが、船に乗り込み常に傍にいるわけではない。あいつの価値自体はチェスで例えるとクイーンに値するが。ローはさしずめルークといったところか。
それはさておき、作戦を考えていくうえで全く別の角度から物事をみる人間の必要性を考えていた。で、左のルークを探していたというわけである。
百計という二つ名は興味をそそられるものがある。世界最弱の海と言われている
加入させるにしても、ローの能力でポリグラフにはかける必要がある。俺たちが潜入をさせている以上はどこかから潜入されるリスクも考えていなければならない。
とはいえ、こいつは俺たちに興味を持っていそうなのだからそう急ぐこともないだろう。なるようになりそうだ。
「まあな。なるようになるさ」
俺はそう答えるに留めておく。ローは、そうか、と言ってそれ以上言葉を挟もうとはせず、また視線を前方に向ける。
「今までは大した競りはやってねぇ。武器やら人間やらで俺たちが興味を持つようなもんはねぇよ。ただ競り自体は活発だな。大抵の奴らがビッドしている。だが、一切ビッドしてねぇ奴らもいる。奴らだ」
オークションを観察していて、気になったことを報告してくるロー。最後には2か所を指差している。ひとつは前方左端、多分3人だ。もうひとつは前方、通路の右側に座る男。
この2組は今までオークションに参加していない。最後が目当てなのだろうか?
「奴らが相手になるかもな。目を光らせておいてくれ」
考えを口にして、ローに指示を出す。
すぐ横に座るカールは俺たちのやり取りには我関せずで、ひたすらにメモを取り続けている。何を書いているか興味が湧いてきて、1枚のメモを見てみる。
会場の居心地が良い◎、ロー船医が足を投げ出すほどに。でも足を投げ出す客ってどうなのかなー? ロー船医は僕の頭を撫でてくれるからいい人だけど。でも気分良くなるから居心地の良さは売上アップに貢献してるかも。
とか、
司会のお姉さんがキレイ◎、僕らがやるならジョゼフィーヌ副総帥だよね。でもあの人すんごいケチだよねー。えぇーっ、じゃあ、あのお姉さんもケチなのかなー? うーん、それは嫌だなー。でも美人のお姉さんが司会をするのは売上アップにつながるのかも。
とか、なかなかに心の中がダダ漏れしていて脱線も激しいが、面白い考察をしているカールである。
ただ、そのあとのメモ書きでふと気になってしまう。
悪魔の実が出るみたいだけど、自分たちで使えばいいのになんでオークションに出すんだろ? バカなのかな? あ、そうか。いらない悪魔の実なのかも。何の悪魔の実なんだろ? 気になるなー。
待てよ……。さっき奴は入口で悪魔の実の種類を知っている感じであった。何で奴は知ることができたのか? バロックワークスとつながりでもあるのか?
そんなことを考えていると、
「俺の素性は知れたか?」
と、前方のクロと思われる男がこちらを振り向きもせずに言葉を発してくる。
「“百計のクロ”と呼ばれているらしいな? 何が狙いだ?」
ここはストレートに聞いてみることにする。
奴は一拍置いて、
「……、名なんてどうだっていいことだ。それより……、始まるぞ」
と、言葉を吐きだしてくる。
ステージに意識を向けると、
「大変長らく続けて参りました本日のオークションも最後の品となりました。皆さま……、お待たせ致しました。本日のメイン商品、悪魔の実でございます」
と冷静で落ち着いた司会進行の声が耳に入ってくる。
いよいよか……、こいつの事はまあ後でいい。
「今回のスタート価格は、……1億ベリーでございます。ビッド単位は1000万ベリーでお願い致します。……、では……、今回の悪魔の実をご紹介させて頂きます」
仮面を被る女司会者は優雅に笑みを浮かべながらそう言って、おもむろに中央のテーブルに近付き、置かれている宝箱の蓋を開けて、客席に見えるようにして持ち上げ、
「ナギナギの実ですっ!!! 1分後、入札をスタートします!! よろしくお願い致します!!!!」
と、声高らかに会場に発表する。
…………、自分の思考が止まっていることをはっきりと感じる。横のローはすぐに体を起き上がらせている。
動揺してしまったのはなぜだろうか? ここはサイレントフォレスト、静寂なる森だ。そんな仮説を立てていてもおかしくなかったはずではないのか?
多分、俺たちは心のどこかで、まだロシナンテが生きていたらと、生きているかもしれないと思っていたんだろう。あいつの本当の最後は見届けてはいなかったので、そんな期待をどこかしら持っていたのだと思う。
同じ悪魔の実がこの世に存在することはない。つまり、ここにナギナギの実があるということは、本当にロシナンテはこの世にはいないと……、そういうことだ。
現実は直視しなければならない。立ち止まってはいられない。チェス盤の向こう側に居る相手は誰だ?
俺は再び小電伝虫を掌に乗せて、ジョゼフィーヌを呼び出す。
「ジョゼフィーヌ、始まったぞ。ナギナギの実だ。スタートは1億。単位は1000万だ。すぐに価値を弾き出してくれ!! 俺たちがどこまで突っ込めるのかもだ!!!」
「…………」
俺の問いかけに対して、ジョゼフィーヌは無言になっている。
気持ちは分かる。だが俺たちに立ち止まっている猶予はない。
「急げ!! 待ったなしだぞ!!!!」
「……、ごめんなさい、兄さん。1億ならとりあえずビッドに入って。すぐに取りかかる!!」
ジョゼフィーヌとの小電伝虫越しの会話を終えて、ローに向き直る。もう30秒は経っているだろう。あと30秒もしない内に入札は始まる。
「ロー、おまえはあの能力を間近で見てる」
「ああ、あの形状は図鑑で見た通り。間違いねぇようだな。ナギナギは俺のROOMの様に一定の空間を作り出してその中の音を消していた。消すことに真髄があるんじゃねぇかと思う。ただ、俺たちの仮説が正しいとすると……」
ただの悪魔の実じゃないってことだな。特に希少性のある悪魔の実は形状が普通とは違うのではないか? そういう仮説を俺たちは立てていた。綺麗な球体、ノイズを消すと正真正銘の球体になるとでも言うのか。
ローの声音は落ち着いているように感じられるが、身を乗りだしている仕草は気が逸っていると感じられる。気が逸るのは仕方がない。あいつのコラソンが目の前にいるに等しいのであるから。
「では入札をスタート致します。1億ベリーよりスタートです」
“ゴングの鐘”が鳴った。
すぐさまにローが先程指摘していた前方右の奴が札を上げる。そして、
「3億」
その一言が一瞬にして会場をどよめかせたあとに、静けさをもたらしている。
壇上に立つニコ・ロビンと思しき司会者も驚きの表情を浮かべている。バロックワークスはナギナギの価値を正しく測れてはいないに違いない。ただ右前方の奴はわかっている奴だ。
「いきなりでございますが、3億が出ました。3億以上ございますでしょうか」
司会の声が聞こえてくる。ローが俺に目配せをしてくる。俺はうなずく。ゴーサインだ。ローが声を出さずに札のみを上げる。
「後方のかた、3億1000万です。さあ、どうでしょうか?」
そう言って司会者は3億と言った奴の方を見る。
ローが札を上げたことで、会場を包んでいた静寂が破れて、再びどよめきが表われ、俺たちは一躍注目の的となっている。
右前方の奴もすぐさまに札を上げてくるが声は発しない。どうやら俺たちの刻みに付き合うようである。
「右手前方の御紳士、3億2000万です。さあ、どうでしょうか?」
今度は俺たちの方を見つめてくる仮面の女司会者。
再びローにうなずいてやる俺。ローはすぐさまに札を上げる。もうべポとカールは立ち上がらんばかりの興奮状態である。
そこで、小電伝虫が鳴る。
「ナギナギの実。7億の価値はあると思うわ。大砲の取引で3億引き出してみせるし、私たちの手元には貯め込んだ6億4000万がある。でも……、ナギナギの実なら売ることはできないでしょ?」
3億3000万です。さあ、どうでしょうか? という司会者の言葉も聞こえながら、ジョゼフィーヌの弾き出す答えに耳を傾ける。
確かにナギナギの実であれば転売という選択肢はない。
「そうだな」
そう答えるしかない。
「だとしたら、私たちは全力で突っ込むわけにはいかないわ。最低1億は手元に残さないといけない」
ということは、俺たちが突っ込めるのは8億4000万までということだ。本当に全力で突っ込むわけにはいかないのか。思考はギリギリのところをぐるぐると回っている。
気付けば渦中の俺たちと右前方の奴にスポットライトが当てられて明るくなっている。
右前方の奴が札を上げる。そして、
「5億」
一気に引き上げてきやがった。
……だがそれよりも、俺たちの目に飛び込んできたのは、そいつの前のテーブルに鎮座している電伝虫であった。その目の形……。忘れはしない、奴のサングラスにそっくりだ。
横で札を持つローの表情は見る見るうちに歪んでいき、憎々しげな表情へと変わっていく。
本人はこの場に来ていない。だが、海の向こうからこの場にしっかりと参加している。
ドンキホーテ・ドフラミンゴが……。
「勝負を掛けるぞ。こっちも引き上げる。8だ」
俺はローにそう伝える。興奮状態から固唾をのんで見守る状態に入っているべポとカール。ローは俺にうなずき返し、札を上げて叫ぶ。
「8億」
司会者の声などもう俺たちの耳には入ってこない。俺たちに知覚させているのは右前方の奴の電伝虫、そしてその二つの目だけである。
会場にどよめきは訪れない。静寂を孕んでいる。だが、その奥底には確かに熱気が感じられる。
奥底に熱気を孕んだ静寂が会場を包み込んでいる。
奴はどう出てくる。
奴の札が上がる。声は発せられない。8億1000万……。
俺たちにとってはチキンレースが始まったに等しい。ローに対して首を縦に振る。
ローがすぐさまに札を上げる。8億2000万……。
奴の札も上がる。だが、声が発せられる。
「9億」
その無情なる言葉が俺たちに牙を剥いて襲いかかって来る。ジョゼフィーヌにも会場の状況は小電伝虫を通して伝わっている。あいつの声が聞こえてくる。
「ちょっと、兄さん!! ダメよ……、これ以上は絶対にダメ。私たちはこれからも取引をしていかないといけないの。まだ
途中で小電伝虫の通信を切る。横で札を握りしめるローの顔を見る。
「ボス……」
久しぶりにローがそう呼んでくるのを聞いた気がする。そのあとの行かせてくれ、突っ込ませてくれという言葉を胸の中に飲みこんでさえいる。こいつの心からの叫びが聞こえてくるようだ。
ジョゼフィーヌの言葉は会計士として尤もだ。何も間違っていない。これ以上突っ込むなど正気の沙汰ではない。間違っているのは分かっている。……だが、引くわけにはいかない。
俺はローに笑顔でうなずき返してやる。ローも笑顔を浮かべ、札を上げる。
9億1000万……。本当のチキンレースが始まる。
だが、
奴が札を上げた後に飛び出してきた言葉、
「10億」
それが奴の答えだった。
「10億が飛び出して参りました。さあ、どうでしょうか?」
俺たちに向かってくる司会者の言葉。聞こえているようでいて聞こえてはいないのだ。
俺たちがこれ以上札を上げることはできないのだ。
俺たちはこれまで順調に来ていた? そんなことは微塵も考えてはいけないことだった。これが奴との、ドフラミンゴとの差なのか? 10億ベリーをポンと出せる財力。そこにはあらゆるものが詰まって形を成している。まぎれもない力だ。
これが力の差だ……。俺たちは負けたのである。
もう札が上がらない状況で、進行は次に進んでいる。ナギナギの実は右前方の奴の手中に収まろうとしている。ドフラミンゴの下へ向かおうとしている。俺の掌では通信を切った小電伝虫が鳴り続けているが、それに応える気にはなれそうもない。
俺もローも言葉を発することができそうにない。横ではカールが涙を流しながらも必死にメモに言葉を刻んでいる。書きなぐっていると言ってもいい。べポはローを心配そうに見つめている。
どれぐらいの時間が経ったであろうか? いつの間にやらオークションは終わりを告げている。そして、右前方に居た奴が通路をこちらへと上がって来る。俺はカールにハンカチを渡して、べポにカールを隠すようにさせ、そして心の中でローに念じる。
笑え……。笑うんだ。いつものあの笑みを見せつけてやれ。
まだ始まったばかりだ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりじゃないか。
俺たちの前に現れた奴は一見すると中性的であり、男なのか女なのかよくわからないが、精一杯不敵な笑みを浮かべて出迎えてやる。そいつは、俺たちの様にシルクハットを被り、右手にボストンバッグを持ちながらも左手にはステッキを持ち、両耳にはイヤリングが垂れ下がっており、服装はマジシャンのように見える格好である。
「ドフラミンゴ氏が申しておりましたよ。よろしく、とね。ネルソン・ハットさん。それに……、あなたにも」
そう言って、目の前に立つそいつは、ステッキをクルクルと回したあとにローに向かってステッキを向ける。
「ローさん。ドフラミンゴ氏はハートの席を空けてお待ちしているそうですよ?」
こいつの口調はどうも纏わりついて来るような嫌なものを感じてしまうのは俺だけだろうか?
「誰だ、てめぇは? 死にたいのか?」
俺の念が通じたのかローはシニカルな笑みから凄みを利かせた笑みに切り替えてそんな言葉を呟く。
「ホホホ……、つれないですね。私の名などどうでもよろしいでしょう……。そうでした……、私としたことが……、ドフラミンゴ氏がもうひとつ申しておりましたよ」
そう言って、また優雅にステッキをクルクルとさせたあとで、
「
内心の怒りが沸々と湧いてきてしまうが、それを表情には出してはいけない。
「歓迎の言葉痛み入る。こう伝えてくれないか? そのドフラミンゴ氏に。新世界で首を洗って待ってろ……、ってな」
「ホホホ、お言葉……、確かに承りました」
俺の返しにこいつは笑みを浮かべている。
「おまえ、ドンキホーテファミリーらしくない面をしてやがるな?」
今の今まで、俺たちのビッド中も静観を決め込んでいた1段下に座る男が口を挟んできた。
「誰ですか? あなた。……、まあいいでしょう。わたしも面白い立場にいますものでね。ひとつ……、私からも申しておきましょうか。……、黒ひげ海賊団、この名をご記憶下さった方がよろしいかと存じますよ。では……」
そう最後に言葉を残して、挨拶のつもりなのかステッキでクイッとシルクハットを持ち上げて、そいつは去って行った。
俺の脳内を激情が駆け巡っているのがわかる。決断を下さねばならない。今すぐにでも。
この場所は俺たちが全力で牙を剥く場所であろうか? 今この場で奴からナギナギの実を奪う必要があるかどうか。ドフラミンゴは俺たちがこのオークションに参加することを見越して、俺たちの心情を踏みにじるためにナギナギの実に手を出したのか?
それもあるだろう。だが、それだけじゃないはずだ。ナギナギの実には重要な意味がある。それを今奪い取ってしまう。そのリスクは何だ? このタイミングでの奴との全面戦争だ。リターンとリスク。どっちも同じぐらいの様な気がする。
こいつは賭けだな……。
俺が立ち上がろうとすると、
「待て。……俺は冷静になってるつもりだ。あんた今何考えてる? ここは俺たちが全力で向かう場所じゃねぇはずだ。一旦、頭を冷やした方がいい」
と言って、ローが俺の体を押さえつけてくる。
そうだな……、賭けに走るようでは先が見えている。
ローの落ち着いた言葉が実に有難い。頭を切り替えることができる。このヤマは結果がどうあれ終わったことだ。次のヤマに目を向けなければならない。
「べポ、カール!! このテントの裏に回って、ステージに立っていた綺麗なお姉さんを探し出せ!! 見つけたら後を尾けろ!!! 追って連絡を入れる。あのお姉さんは用心深いから気を付けろよ。今すぐに行け!!!」
俺の突然の叫びに二人はびっくりするも、べポとカールはすぐさま飛び出すようにして会場を後にして行った。
「そいつの言うとおりだ。さっきの奴の最後の言葉……。俺の仮説が正しければ背後には相当きな臭いものがあるだろう。何もわかってない状況で賭けに出るのは下手な動き、死を招くぞ」
目の前の男は立ち上がりこちらを振り返って、あの奇妙な仕草でメガネを持ち上げながら話しかけてくる。
「おまえはどういうつもりだ? 何を狙ってやがる?」
ローがそいつ呼ばわりされて言い返している。
「そう突っかかってくるな。貴様の冷静さは見事だと言ってるんだ」
「おまえは“百計のクロ”で間違いないんだな?」
「かつてはそう呼ばれていたこともある。ここで話をしていても仕方がねぇだろ? 次の策があるんじゃないのか?」
こいつの素性は裏付けられた。それに、こいつの言うとおりでもあるので、俺たちもすぐさま会場に別れを告げることにする。
そして、
テントを抜け出て吊り橋を渡り、歩を進めようとした時、
「CP9です」
地獄からの使者のような声音で、通りすがる者からの声が聞こえてくる。
確かに、俺たちは歓迎されているのかもしれないな。
読んでいただきありがとうございます。
また詰め込みすぎかもしれません。
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