ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第18話 武装色の王気

偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 

 

 先程まで薄暗がりによって支配されていたこの空間は状況が一変しつつあった。吊り橋は切り落されて無残に垂れ下がり、灯していたランタンが地に落ちてその場を覆っていた落ち葉に引火して、炎を撒き散らしている。取り囲んでいた木々も切り倒されており、遮るものがない開けた空間を生み出している。

 

 それによって空間には明るさが増しているのだろうが、明るさという表現が正しいかどうかには甚だ疑問である。

 

 相手の姿形が見えるようにはなっているが、仮に空気に色が存在するのであれば、この場を支配する色は容赦がない、そしてどす黒いブラックで覆われているだろう。闇で生きる人間がそれぞれの主張をぶつけてやがる。己の命を賭けて……。

 

 

 今、俺たちがいる場を言葉で形容すればこんなもんだろうか。

 

 カク屋がいつの間にやら眼前に下り立っている。今の今まで気付かなかったが、奴は鼻の部分がくり抜かれた仮面を被っており、特徴的な角張った長い鼻をこれ見よがしにアピールしている。

 

 こいつは角鼻屋だったか……、だが今さら面倒だ。こいつはカク屋だ。

 

 ニコ屋は何とか立ち上がってはいるが、カク屋の斬撃でダメージを受けており、痛々しいほどに血を手足から流している。

 

 俺とカク屋、ニコ屋の立ち位置はきれいな三角形を形作っており、離れた位置にカールを守るようにしてべポが立っている。べポもカク屋の斬撃で少なからずの血を流している。

 

 だが守られている当のカールはべポに対して怒っており、なぜニコ屋を守らなかったのかと怒号の嵐をべポに見舞ってやっている。べポはそれによって同情したくなるほどに落ち込んでおり、カールの理不尽加減に俺はこの状況にも関わらず溜息をつきたい気分に襲われる。 

 

「お前は覇気使いじゃったな。コーギーよりしっかり報告を受けとるわい」

 

 コーギー……、カク屋の言葉にフレバンスでの戦いが思い起こされてくる。こいつは間違いなく“ヒガシインドガイシャ”の奴らだ。

 

 ニコ屋が俺たちに協力姿勢を見せつつあり、状況は3対1になりそうだが全く楽観視はできねぇな。

 

 見たところカク屋はまだ小手調べぐらいの力しか出してない様に感じられる。だがべポもニコ屋も既に青息吐息だ。

 

 俺が勝負を決める必要がある。

 

 

 先手必勝……。

 

 

「ROOM」

 

 先に動いてこの場を己の執刀領域とするべく能力を発動させて(サークル)を張り、右手に持つ鬼哭(きこく)を滑らかに素早く動かしてゆく。

 

「ペンタゴン」

 

 太刀筋で描き出すのは正五角形。それを高速でひとつの太刀筋として作り上げカク屋に叩きこむ。前方の空気が一瞬にして斬り裂かれ精緻な太刀筋を生み出しているのがわかる。

 

 カク屋は俺の先制攻撃にも動じてはいないようで既に受けようと身構えている。

 

 見聞色……、こいつの偏りは見聞色なのか?

 

「ふむ。能力だけの男ではないようじゃな。良い刀捌きをしとるわい」

 

 そう言いながらカク屋は両手の刀と両足を使って正五角形の太刀筋を真正面から受けている。斬撃がぶつかる凄まじい音が生み出されているが、奴の体を太刀筋が貫くことはない。

 

 覇気を纏って受け止められたってことは、奴も覇気を纏ってやがるってことだ。太刀筋を避けるのではなくて受け止められたのは初めてだ。

 

 厄介な奴だな。さっさと終わらさねぇと、覇気と能力を使いすぎて息切れだ。俺が先に自滅することになっちまう。

 

「アイアイー!! 嵐脚(ランキャク)“吹雪”」

 

 間髪いれずにべポも動き出している。両足からの強烈な蹴りは真っ白な吹き荒ぶ雪のような鎌風を生み出しカク屋へと迫っていく。

 

八輪咲き(オーチョフルール)

 

 べポに合わせるようにして、ニコ屋はカク屋の両肩口、腕、腰、さらに両足を掴むようにして地面からも手を生やし、カク屋の動きを抑えようとしているが、

 

鉄塊武装(テッカイ武装)。残念じゃったな。並の者なら有効かもしれんが、わしには効かん」

 

というカク屋の言葉通り、ニコ屋から次の極めの言葉が出てこない。

 

 鉄塊(テッカイ)に武装色の覇気を纏って防御されていて、体を掴めても動かすことが出来ないのだろう。べポの攻撃もその防御によって傷ひとつ付けるには至っていない。カク屋の背後に立つ木々をまた倒すことになっただけだ。

 

 六式の力ではべポはカク屋には敵わねぇ。

 

(ソル)

 

 べポはそれでもカク屋に向かっていき、一気に間合いを詰める。

 

「アイアイアイー!!!」

 

 カンフーの蹴りで接近戦に持ち込もうとしたんだろうが、

 

嵐脚指銃(ランキャクシガン)“3本の矢”」

 

と、カク屋は左手に持つ刀、刀を離した右手の指、右足の蹴りによって3本の突きを繰り出している。

 

 それは1点に収縮して爆発を起こすようにしてべポを突き飛ばしてしまう威力だ。

 

 奴はマジでやべぇな……。

 

「シャンブルズ」

 

 俺も間合いを詰めて勝負に出ることにする。

 

 一瞬でカク屋まで1mの距離に移動し、

 

「ルーペ」

 

右手の鬼哭(きこく)で小さな円を二つ描いて、己の視界を手術用メガネのレベルに切り替える。

 

 能力が生み出す技だ。奴の肝臓の正確な位置を掴み、鬼哭(きこく)に覇気を纏って、

 

注射(インジェクション)ショット」

 

 そのまま鬼哭(きこく)を高速で突き出して、1点突破の強烈な突きを見舞ってやる。移動してから時間にして10秒足らずの攻撃であったが、

 

(ソル)

 

の言葉と共にカク屋にはすんでで躱される。

 

 間違いねぇ、こいつ見聞色だ。先を読まれすぎてる。

 

 

 そして、

 

 

奴が躱して移動した先は背後のニコ屋。

 

「全てが遅いな。故にこうなるんじゃ」

 

 ガチャリとした音も背後からは聞こえてくる。振り返るとそこには手錠を掛けられたニコ屋の姿がある。

 

 まさか、

 

「もちろん海楼石(かいろうせき)じゃ」

 

俺の考えを見透かしたようにしてカク屋から言葉がぶつけられてくる。

 

 

 さらに、

 

「わしはプロじゃ。プロは容赦はせん」

 

と、再び移動して向かう先はカール……。

 

 

 おい、やめろ……。

 

 

 べポが何とか起き上がりカールの前に立ちはだかろうとしているのが見える。

 

 

 それぞれの動きがまるでスローモーションのようにして遅く感じられるのはなぜだろうか?

 

 

 おい、やめろ……。

 

 

「シャンブルズ」

 

 俺にはそれしか選択肢がなかった。考えるまでもなく体は勝手に動いていた。

 

 カールを守るようにして立ちはだかるべポと入れ替わって俺がカールの前に入る。

 

 移動した瞬間に目の前に現れたのは、

 

嵐脚(ランキャク)八角砕(ハッカクサイ)”」

 

覇気を纏ったカク屋の両刀と両足が生み出す正八角形の砕かれるような斬撃。

 

 全身が一瞬麻痺したように感覚がなくなるが、強烈な痛みが直後に襲いかかってくる。

 

 胸が腹が抉られる痛み、背骨にもさらなる圧力。意識が飛びそうになるってのはこういうことを言うんだろう。

 

 俺は倒れざるを得なかった。

 

「趣味が……、悪ぃ……だろ」

 

 それでも何とか思いのたけを言葉にする。

 

「諜報の世界に情は無用じゃ」

 

 カク屋の言葉が何とか耳に入ってくる。

 

 

 

 マジでやべぇ……。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 この場所が先程までどうなっていたのか今となってはよく分からなくなってしまっている。確かに頭上には吊り橋が掛かっていた筈であり、前後にはツリーハウスがあった筈だが今は見る影もない。この場に存在するのは倒れて切り裂かれた木の裂片と倒れる前の木々から降り積もった落ち葉、そして3人の敵。

 

 敵と己を分かつものは吊り橋に取り付けてあったランタンより移った燃え盛る炎のみである。揺らめく炎の先にCP9の2人と百計のクロが俺を取り囲むようにしている。

 

 状況はまったくもって芳しくはない。むしろ悪い。

 

 1対3の状況で何とか突破口を開こうとして、まずは一人減らそうと動き出してはみた。標的はCP9の一人であるブルーノ。覇気の強さにおいても六式においても純粋な強さでは俺に分があると踏んだわけだが、この状況が安易な展開を許すはずはなかった。

 

 確かにダメージは与えることができる。奴が防御しようとも俺の方が上回るため、防御を破って攻撃になり得る。だが1対1ではない。あと二人いるのだ。

 

 一方で攻撃しながら、もう一方で俺も防御をしなければならない。厄介なことこの上ない。

 

 さらにも増して厄介なのはブルーノの覇気の種類、武装色への偏りでマイナス。要所要所で奴は武装色の軟化を繰り出してくる。そのタイミングでもう一人のCP9ルッチの強烈な攻撃と、様子見しているクロが襲いかかって来る。まるで示し合わせたかのようにだ。奴らの術中に見事に嵌まってしまっている現状がここにはある。

 

 それに、この武装軟化っていうのは……、

 

 先程から徐々にではあるが体力を削り取られているような感覚がある。息が上がっていることが感じられるし、何よりも体の奥底に強い疲労感が生まれつつある。

 

 武装色マイナスは相手の覇気を消すことかと思っていたが、考え直す必要がありそうである。

 

 武装色マイナスの本質は相手の根源的な力を削り取ることにあるのだと。

 

 その余波は最悪だ。集中力の低下を生み出し始めている。コンマ何秒で勝負が決まるかもしれない状況では致命的でさえある。

 

 

 このままではジリ貧……、別の手を考えなくてはならないが。

 

 

 3人まとめて叩き潰すことが出来ない以上、標的は一人に絞らざるを得ない。

 

 であるならば、百計のクロか……。

 

 

 

「我々も忙しい身でな。そろそろ終わりにしたいんだが。もう少し楽しませてもらえるかと思っていたが、どうやら当てが外れたようだ。息も上がってるように見える。心配するな、楽にしてやる」

 

 人間と豹の体を一体化させた姿でロブ・ルッチの厭味ったらしい言葉が聞こえてくる。

 

「ご期待に添えなくて悪かったな。だが、そろそろ終わりにしたいってのには賛成だ。意見が合って嬉しいよ。俺も次が控えていてな、ここでいつまでも油売ってるわけにはいかないんだ」

 

 減らず口は叩いておくに越したことはない。時間を少し稼いで相手の出方を窺う。

 

「そうか。ならばさっさと倒してみろ」

 

 口の端を吊り上げてルッチは笑みを浮かべながら俺を挑発してくる。

 

 挑発に乗るというわけではないが、先に動くべきだな。活路は自ら開いていくものである。

 

 背中に戻していた連発銃を再び取り出し、能力を発動させて黄金の銃弾を六発全弾装填する。

 

(ソル)

 

 すぐに準備を済ませ、間合いを一気に詰める。相手はルッチだ。

 

 真の狙いは百計だが、奴は押せばのらりくらりと躱すだけなので、引いておびき寄せる必要がある。

 

 間合いを詰めた分、分け隔てていた炎をかなり間近に感じる。揺らいでいるように見えたそれは近くでは全てを嬲っているような禍々しさを漂わせているが、熱さは感じない。

 

 もうそんな境地には立っていないからだろう。

 

「さあ、血闘の再開といこうじゃねぇか」

 

 ルッチの口から発せられた言葉は焼き尽くす炎と相まって、狂気と言う言葉が頭の中に浮かんでくる。

 

 

 全くもって、狂ってなければやってられないな……。

 

 

 俺も自然と口の端が吊りあがって来るのが感じられる。狂気の頬笑みとでも言えようか。

 

嵐脚(ランキャク)狂熱(フレンジーブリザード)”」

 

 右足に狂気と覇気を纏わせて眼前の炎ごと蹴りこんでやる。生み出される鎌風には熱気と狂気と覇気が合わさってどす黒い禍々しさに覆われている。

 

 ルッチも反応して右足を素早く上げており、嵐脚(ランキャク)返しをしてきている。炎を帯びた鎌風が激突して辺りの空気が一瞬で切り裂かれる。

 

 右手でブルーノが動き出そうとしているのが見聞色の覇気で感じ取れる。

 

 エアドアか……。

 

 出方を読みあいながら、奴の現れる可能性がある未来位置、45度、90度、137度へそれぞれ銃を撃つ。

 

 最後だけ2度方位角をずらして罠を張る。

 

 背後に空気の扉が出現してきていることが感じ取れる。食い付いてきたな。

 

 だがルッチからも目を離すわけにはいかない。右手を動かそうとして……、こいつはやばいな。

 

「飛ぶ指銃(シガン)暗黒撥(アンコクバチ)

 

 右手の指が瞬速で突き動かされて指の先から覇気を纏った強烈な空気の弾が飛んでくる。

 

 そう、こいつは銃弾となんら変わりない。1歩先を読めているので躱せそうだが、体勢を90度右にずらし、覇気を左腕に纏わせて敢えて受ける体勢に入る。やられたというような表情を作り出し、誘い込む相手は空気扉から出てくるブルーノである。

 

 

 3人目が動くな……。

 

 

 クロが背後へと回り込んで高速で懐に飛び込んで来ようとしている。

 

 左腕にルッチからの指銃(シガン)が入り撃ち抜かれるが軽い出血で済んだところで、その左腕で奴に対して牽制の銃弾を3発撃ち返して時間を稼ぐ。

 

鉄塊(テッカイ)(サイ)”」

 

 上半身から飛び出してくるブルーノが右手に現れ、拳を鉄の塊のようにしてパンチが繰り出されてくる。

 

「武装軟化」

 

 俺に当てる直前にセオリー通り武装色マイナスの効力を発揮して力を削りにくるブルーノ。

 

 コンマ数秒の世界ではタイミングが大事だ。

 

 今だ……。

 

 その場でバク転をしてブルーノの攻撃を避け、さらに銃を再装填しながら背後より向かってくる真の狙いのクロに相対する。奴は両手にはめた仕込み10本刃を顔の前で交差させながら不敵な笑みを浮かべている。

 

(ソル)

 

 俺もすぐに体勢を元に戻して高速でクロに向かっていき、

 

六芒星(ヘキサグラム)

 

 六角の星形を作り上げるようにして六発の銃弾を放ちながら間合いを詰めていく。

 

 銃器は能力者や覇気使い相手では得てして有効な武器とは成り得ない様に考えられるが、鍛錬の先に光明があると考えている。俺は銃使いとしてこれからもやっていくつもりだ。

 

 六発の銃弾は予測されるあらゆる動きを緻密に計算した間隔で撃っており逃げ場はないはずだが、クロに接近してさらに渾身の指銃(シガン)を叩きこもうとすると、

 

「……、筋書き通りだ。……ボス……」

 

と、1発も避けることなく全弾を体で受け止めながら奴がニヤリと笑みを浮かべている。

 

 

 こいつまさか……。

 

 

 筋書きとボスという単語からある考えが頭の中に舞い降りてくるが、その一瞬の隙を生み出してしまったことによって、

 

「回転ドア」

 

 再びブルーノの能力によって、視界をぐるぐると回転させられるはめとなってしまう。これによって生じることは当然ながらルッチの猛攻撃だ。

 

 視界が定まり、振り返った眼前には至近距離の位置でルッチが身構えていた。

 

「そろそろ死ね……。全てを極限の域まで高めた最強の体技で沈めてやる。六式奥義“六王銃(ロクオウガン)

 

 両の拳を上下に構えながら瞬速のスピードで俺の腹に飛び込んでくるパンチ。見切ることさえできないスピードで繰り出された攻撃だが、腹に入った瞬間そうであることを脳は知覚した。

 

 だがそれと共にとんでもない重さの圧力が全身に一瞬にして行き渡り、

 

 

俺の意識は飛んだ。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「……丈夫……ですか? ……船医……、起きて下さい!! べポさんが」

 

 意識が飛んでいたと思われる俺は、必死になって揺り動かしながら覗き込んでくるカールの叫びによって、ようやく意識を取り戻した。最後のべポという名前が気になってすぐに体を起こすと、目の前に広がっている光景は業火の中で立つ2人の姿であった。

 

 だがその内の一人は立っているのがやっとという状態である。真っ白な体は見るも無残に赤く染まって痛々しく、漆黒であった筈のスーツもまた赤いものを吸い上げて禍々しさを醸し出している。

 

 対するもう一人は余裕の表情をしている。マスクをしていても存在を誇示してやがる角張った長い鼻が何とも憎らしい。

 

「カール……、俺はどれぐらいこうやって倒れていたんだ?」

 

 俺の問いかけに対しカールは泣き腫らした顔の涙を何とか拭って決然とした表情で、

 

「5分です。べポさんがもうやばいよ、ロー船医。死んでてもおかしくない。全ての攻撃受けちゃってるんですよ」

 

 俺は5分も無駄な時を過ごしてたってのか……?

 

 

 無駄……。

 

 

 いや、無駄なことなど決してない。

 

 

 己の体が今までとは、はっきりと変わっていることが分かる。それは体から発するものだ。疲労が回復しているわけではない。痛みが消えているわけでもない。背骨、腹、胸、脚……、挙げればキリがねぇ程の満身創痍であることは確かだ。

 

 だがそれでも己の体内より湧きあがるものを感じる。それは今までとはケタが違うものだ。

 

 

 こいつか……。

 

 

 これが覇気の覚醒か……。

 

 

 俺は武装色の覇気から武装色の王気へと次元を超えたのかもしれねぇな。

 

 

 べポ、おまえには悪ぃことさせちまったな。だが、すぐに終わらせる。

 

 

「ニコ屋、能力は使えなくとも手伝ってもらうぞ」

 

 近くで海楼石の枷を嵌められてへたり込んでしまっているニコ屋に対し有無を言わせぬようにして言葉を投げ掛ける。

 

 体が満身創痍でありながら脳内が急速に回転し始めていることに驚きを感じてしまう。

 

 

 武装色の王気マイナスをはっきりと知覚する。相手の覇気を消し、さらには力を削り取ること。

 

 

 そして、見聞色の覇気は遠く離れた位置で虎視淡々と機会を窺う援軍の存在を明らかにしてくれている。

 

 料理長だ。距離にして2000m、木の枝で姿勢を保ちながら狙撃銃を構えているのが分かる。カク屋が気付いてねぇってことは俺の見聞色も上がってるな。

 

「そこで寝て待っとれ。おまえの順番は最後じゃぞ」

 

 カク屋が顔だけをこちらに向けながら言いやがる。

 

「そうだな。確かに俺の順番は最後だ。カク屋……、最初はおまえだからな。……、ROOM」

 

 捨て台詞を吐いて能力を発動させて、(サークル)を張る。

 

 全てを焼き尽くす勢いの炎は降り積もっていた落ち葉を既に無きものとしており、倒れている木々を嬲りつくそうと燃え盛っている。

 

 極限状態にいることが俺の思考を研ぎ澄ませてくれる。漂う黒煙がそれを邪魔することはないし、できない。

 

 べポに向かってひとつ頷いてやり、選手交代を告げてやる。

 

 右手で鬼哭(きこく)を握りながら、左手でニコ屋に合図を出す。それは料理長に対する即興の合図にもなるはずだ。

 

 

 

 行くぞ……。

 

 

 

 数瞬後、カク屋の表情が変わる。料理長から放たれた狙撃弾を感じたに違いない。弾は3発、計算して撃たれている。奴は瞬時にそれを読んで回避しなければならない。

 

 べポが最後の力を振り絞ってカク屋に向かって走り出している。

 

 奴は(ソル)で逃げるかもしれないが、それも計算して弾は飛んで来ている。

 

 奴を捌かなければならない情報でいっぱいにしてやる。

 

「シャンブルズ」

 

 カク屋に近付くべポとニコ屋の位置を入れ替える。手錠を嵌められて能力を行使できず、ほぼ役立たずの状態にあるニコ屋が目の前に現れて、カク屋は状況を理解できないでいることが表情から読み取れる。

 

 

 チェックメイトだ。

 

 

「シャンブルズ」

 

 このタイミングで再び、ニコ屋の位置と俺の位置を入れ替えて俺はカク屋の目の前に瞬間移動する。

 

 カク屋の一挙手一投足がひどく遅く見える。

 

 鬼哭(きこく)を手放して、オペオペの能力で生み出した刃を使ってカク屋を刺し貫く。

 

「ガンマナイフ “ブレイクハート”」

 

 凝縮されたオペオペの能力は外傷を作ることなく体の内部を破壊する。さらには武装色の王気を纏うことでマイナスの力が働き、根源的な力を一瞬にして削り取る。

 

 カク屋は言葉にならない叫び声を発して口から大量の吐血をしながら背中から倒れ込み、尽き果てた。

 

 

 

 だが、これで終わりじゃねぇ。

 

「シャンブルズ」

 

 最後の仕事を終えるために余力を少しだけ残しておく必要があった。

 

 移動した先はニコ屋の背後。

 

 

「メス」

 

 感情を欠片ほども加えずにそう言葉を発した後、俺は右腕をニコ屋に突き出し、心臓を抉り取る。

 

「悪ぃな、ニコ屋。俺も仕事に関しちゃ、情を挟むつもりはねぇんだ」

 

 立方体状の膜で包まれた心臓が地に落ちて鈍い音を生み出した瞬間、ニコ屋は膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 ようやく俺たちの仕事は完了したようである。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 俺には気を失っている時間など許されはしなかった。1対3の状況でそれは死を意味するからだ。とはいえ、状況は2対2になりつつあるのかもしれないが……。

 

 ルッチの六式奥義で粉砕された俺の体は、奴が言った通り死にそうな状態なのかもしれない。だが駆け巡る痛みがまだ俺は生きているということを実感させてくれている。

 

 

 そして、痛みとは別に体の中から湧きあがってくる今までとは違う力。

 

 

 間違いない……。武装色の王気だ。俺はその領域に足を踏み入れた。極限状態に置かれたことが覇気の覚醒を起こしたのかもしれない。

 

 クロの奴め。筋書きと奴は確かに言った。状況を不利と捉えて、最大限の機会を窺うために敢えてこの状況を作り出したとでも言うのか。

 

 そのためならば俺が死にそうになっても構わないというのか。とんでもない野郎だ。

 

 だが、礼を言わなければならないのかもしれない。おかげで俺は一つ上のステージに上がれたのだから。

 

 辺りは地獄と言われても頷いてしまうような光景を見せており、ここが静寂なる森(サイレントフォレスト)であることを忘れてしまいそうである。炎が地を舐め尽くし、黒煙が立ちこめている。

 

 ようやく立ち上がった俺に対し、

 

「死にそうな面してるな。まあさっさと死んでもらって構わないんだが」

 

とルッチが体に豹を宿したままの状態で言葉を放ち、俺の返す言葉も聞かずに、

 

六王銃(ロクオウガン)

 

再びの六式奥義を繰り出してくる。

 

 ここが勝負どころとばかりに覇気も纏っている。先程の攻撃は覇気を纏っていなかった。あれに覇気を纏えばどうなるか、考えるまでもないことだ。

 

 ブルーノも接近してきている。おそらくは武装色のマイナスで俺の覇気を弱めようと考えているに違いない。

 

 だが俺が行使するのは、もう覇気ではなくて王気だがな。

 

 

 それに、

 

 

タイミングは今だな。

 

 

杓死定規(シャクシジョウギ)

 

 今の今まで終始静かな立ち回りに徹してきたクロがここでようやく動き出す。

 

 

 今度は奴らに向かってだ。このタイミングをずっと測ってきたんだろう奴は。

 

 これまでよりも倍速のスピードで移動しながら、10本刃で切り刻もうとしている。

 

 速度は攻撃に重さをもたらす。最初に餌食となったのはブルーノだ。

 

 予想だにしていない攻撃で見聞色の覇気も間に合わず、一瞬で切り刻まれて血を流すブルーノ。

 

 

 

 さらには、

 

 

 

わが妹のお出ましだ。

 

 

 

「居合“桜並木”」

 

 (ソル)での超高速移動でここまで駆けつけてきたジョゼフィーヌがルッチの背後より突然現れて刀を一閃、続けざまにブルーノにも渾身の斬撃を見舞う。

 

 そして、クロの連撃がルッチに間髪いれずに炸裂。

 

 

 

 締めは……、俺だな。

 

 

 

 王気を体に纏う。覇気とは色が変化している。黒に赤味が加えられているのだ。

 

 右の掌を広げて腕を突き出す。

 

灼熱の暗黒時代(バーニング・ダークエイジ)

 

 王気は俺の体を越えて周囲へと広がって行く、地、炎、木々、次々と辺り一帯を王気を纏った赤味がかった黒色の世界へと変えていく。そこは俺の領域であり、それ自体が武器となる。

 

 再装填した連発銃を撃ち放つ。

 

黄金王の六芒星(ゴールドキング・ヘキサグラム)

 

 武装色の王気を纏った黄金の銃弾、ルッチは回避しようとしているのだがどうやら動けないようだ。武装色の王気がそれを許さない。

 

 六連発は全弾ルッチに突き刺さって倒れこませ、地に広がる武装色の王気が落下の衝撃を迫撃へと高めて、包み込むようにして背から体全体にダメージを与えている。

 

 まるで嘘のようにルッチは微動だにしない。俺の一撃はそれほどの迫力があったらしい。

 

 ブルーノはクロとジョゼフィーヌの連撃で事足りている。

 

 

 

 勝負あったな。

 

 

 最後に俺はクロの至近まで移動して銃を奴のこめかみに向け、

 

 ジョゼフィーヌは花道を奴の首に当て、

 

 同時にクロは両手を上げて刃で挟みながら、白いハンカチーフを広げて見せた。

 

 

「ちょっと、あんたどういうつもりよ。兄さんをこんな目に合わせて」

 

 ジョゼフィーヌは今にもクロの首を斬り落とさんばかりの勢いだ。

 

 

 そこへ、悠々とした足取りで姿を見せ、

 

「まあまあ、嬢さん。命があって何よりでやしょう」

 

と、笑みを浮かべながら呟いたのはロッコであった。

 

 

 

 

 俺たちはひとつ、ステージを上がったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
更新のペース、今までのような週1に近い頻度はもう難しいです。
タグ通りの不定期更新となることをご了承ください。

ですが、書き出した以上は最後まで書きあげる所存でおります。

そろそろ、サイレントフォレストに別れを告げることになると思われます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!

今後ともよろしくお願いします!!

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