ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第22話 記念すべきではない未知との遭遇

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 内装は白い石造りの壁、背後には左右に点在する丸テーブル席、一見何の変哲もない料理屋であるがテーブル席が満席であることを考えれば、味は折り紙つきなのであろう。恰幅の良い店主が目の前を忙しく立ち働いており、腕に覚えありといった雰囲気を纏っている。

 

 『spice bean』

 

 ひと仕事終えたローに、ふらりと姿を現したクラハドールを加えた俺たちは腹ごしらえをするべく、異国情緒溢れる店名を掲げたこの店の入口を抜けると目に飛び込んでくる横一列に存在を誇示しているカウンター席に腰を落ち着けている。

 

 ジョゼフィーヌやロッコ、オーバンにべポ、カールは積荷の荷揚げでまだ船にいることだろう。俺はともかくとしてローとクラハドールは料理屋に入っている事が分かれば、荷揚げ監督を務める俺たちの金の元締めから後でどんな大目玉を食らうか分かったものではないが、俺の知ったことではないなと、考えない事にする。

 

 要はバレなければいいのだ。

 

 あいつはあいつで同じような事をしているはずだ。例えば、アラバスタを離れた後にナノハナ特産と言われる香水の小箱がひとつやふたつではなくて夥しい数が出てきても、俺は決して驚きはしないだろう。

 

 その金額は必要経費として帳簿に載るか、はたまた機密費と言う名のへそくりとして巧妙に帳簿から外されるかのどちらかだ。

 

 そうなれば、俺たちがたとえ逆立ちしようとも帳簿の齟齬を見つけることなどできやしない。結論として会計士には敵わないのである。

 

 

 そんなことよりも問題はこの店で何を食べるかということだ。それを考える方がよっぽど差し迫った問題ではないか。店内に足を踏み入れる前から鼻腔をくすぐって止まない香辛料の香りにそろそろどっぷり浸かることを考えてもいいのではないかというわけだ。

 

 豆料理はこの店の看板メニューの様であるし、たっぷり香辛料を利かせて焼かれた鶏肉料理も捨て難い。ヨーグルトを和えたサラダというのも試してみたいな……。

 

 

 いやいや、問題はそういうことではなかった。

 

 至福に包まれた時間が訪れると思っていたのだが、それら諸共一切合財を吹き飛ばす元凶が店内に足を踏み入れた瞬間、眼前に現れていたのだ。

 

 何も身につけていない上半身背中に誇示するようにして、あるマークを描いている一人の男。そのマークは大層立派な白い髭を鼻の下に蓄えた顔とスヴァースティカが重ねられている。

 

 スヴァースティカとは古の宗教的シンボルで幸運を表す記号として用いられたものだと古い書物で読んだことがある。その書物ではスヴァースティカには万字という別名も存在し、ワノ国でそう呼ばれていると記されていたはずだ。

 

 そのマークは今のご時世では知らない者はいない。

 

 “四皇(よんこう)”白ひげ海賊団のマークである。

 

 四皇(よんこう)とは新世界と呼ばれる“偉大なる航路(グランドライン)”後半の海を皇帝の様に支配する4人の海賊のことだ。

 

 そして眼前に現れた頭にオレンジ色のテンガロンハットを被った奴はその四皇(よんこう)の一角白ひげ海賊団で2番隊隊長を務めているという男、

 

 “火拳(ヒケン)”のエースで間違いない。

 

 本来であれば新世界にいる筈の人間が“偉大なる航路(グランドライン)”前半の海にいる。海賊と言うものは余程の事がない限り航路を逆走することはない。ということは余程の事があったということになる。

 

 故に俺たち3人は芳しい香りが漂い食器とグラスの音が重なる店の様子に食欲をそそられているはずなのに、押し黙ったままの状態であるが……、

 

 押し黙ったままである理由が変わりつつある。

 

 件の男は俺たちの横に先客として既に居座っており、出された料理と本能のままに格闘の真っ最中なのである。その様子はまるでこの世のものとは思えない。俺たちの中で最も大食漢のロッコも真っ青になりそうな勢いだ。カウンターには食べ終わった皿が山積み状態であり、山の高さは10枚以上、しかも男の両側で対を成している。そして今この時も山の高さの記録を更新しようとフォークを動かし続けている。

 

 俺たちは押し黙っているわけではない……。

 

 開いた口が塞がらない、ならぬ、閉じた口を開けない状態にいるのだ。

 

 

 この場にオーバンがいれば気持ちいいぐらいに突っ込んでくれたであろうが、残念ながらこの場にはいない。俺たち3人ではオーバンの様な芸当は出来そうもない。

 

 隣の大飯喰らいはそれ以外にも突っ込みどころ満載ではあるが……。

 

 まず、なぜ上半身裸なのだ? という、至極当然な疑問が湧いてくる。まあ少し考えてみれば答えは見えてくるが。多分暑いのだろう。ここはアラバスタ王国、それでは答えになっていないが、常人よりもさらに暑いのだ。このメラメラの実を食べた炎人間は。

 

 

 俺たちはその炎人間に話しかけようとしているわけだが、閉じた口を開くことができない。話しかけるべきは一番近くにいる俺なんだろうが、奴のフォークを持った手の高速運動を止める気になれない。

 

 カウンターには左からクラハドール、ロー、俺、炎人間の順に座っている。普段ならローと俺の位置は逆になるが横にとんでもない奴が居たので、話しやすいようにとローは気を遣ったのかもしれない。

 

 そんなこんなで5分近く押し黙ったまま一人の男に気を向けていた俺たちがようやく我に返った順番は左からであった。

 

 まずクラハドールが炎人間から想像できる事を想像し尽くしたのか、右側に向けていた視線を前方へと戻す。多分に執事として食事マナーには言いたい事が山ほどありそうではあるが……。

 

 次にローも俺に対して後は任せたとばかりに合図を送って、視線をカウンター上にあるメニュー書きへと移している。

 

 そうだったな……。

 

 こいつはただし1週間のパン食がわずかばかり残っていた筈。もう我慢の限界を迎えつつあることは想像に難くない。右側のとんでもない奴よりも己の食の方が危機迫った問題なわけだ。ジョゼフィーヌのことだから例外を認めているとは思えないので、禁を破ろうと考えているのか……。ローの視点はメニューの3行目から動くことはない。そこに書かれているのは鶏の炊き込みスパイスライスとある。

 

 こいつの脳内での独り押し問答が聞こえてきそうだ。

 

 そして最後に俺も、

 

観察していて飽きない炎人間を探るよりも、いい加減何か食べよう……。

 

 と思ったところで、

 

 

「何を食おうか迷ってんのかい? 迷うことはねぇ、全部頼んじまえばいい」

 

と、右側にいる炎人間もといエースが俺たちの5分近くを軽く吹き飛ばすような拍子抜けする言葉を投げ掛けてくる。

 

 俺たちの5分を返してくれ。おまえの前にある奇妙奇天烈な光景とおまえの常人離れした反復運動のせいだと、その全部頼んだ結果がカウンター上の二つの山かと、俺たち3人揃って突っ込みの言葉を返したことだろう。心の中で。

 

 そう、俺たちは思った事をそのままは口にしない3人衆だ。

 

 故に、

 

「……いや気にするな、迷ってるわけじゃない。これは俺たちの儀式みたいなもんだ。こうやって食事前には沈黙して来るべき至福のひとときに祈りを捧げているのさ」

 

と、心にもないことを口にしてみる。

 

 炎人間>食事が食事>炎人間に180度変わった瞬間であったので、正直言って相手をするのが面倒なのである。それに全部頼むなどという選択肢は俺たちには絶対にないので後の言葉は聞かなかった事にする。

 

 だが、

 

「……変わってんな。俺にはメシを前にして黙って待つなんざ、苦痛以外の何もんでもねぇが。そうか、祈りをねぇ……」

 

と、フォークを止めることなく話に食いついてきてしまったではないか……。

 

「店主、俺はヒヨコ豆のスパイス煮だ」

 

「…………鶏の炊き込みスパイスライスを頼む」

 

 俺の気も知らずに左横の二人はさっさと注文をしている。ローも悩んだ挙句に決断を下したようだ。

 

 まったく、薄情な奴らめ……。今になって思えばこいつら俺に面倒な相手の応対を押し付けたとしか考えられなくなってくる。二人ともあとでジョゼフィーヌによって散々な目に遭えばいいのだ。

 

 炎人間め……。祈りなんてどうでもいいことだ、今問題なのはサラダにヨーグルトがかかっているとどんな具合か想像してみることであって……。

 

「プラバータムの奴らみてぇなことを言うじゃねぇか」

 

 だがエースは俺の脳内など意に介さず会話を続けてくる。

 

「プラバータム?」

 

 知らない単語を耳にしたようで、ローが思わず聞き返している。ひとまず注文をするというこいつ的には最大の難問に答えを出したローは、ここへきて炎人間に興味を向けたようだ。

 

 だが、俺の脳内も察してくれ……。何とかしてヨーグルトで頭をいっぱいにしようとしているところにプラバータムが入る余地はないんだぞ。ここで話を広げてどうするんだよ……、と思いながらも俺の脳内を急速にプラバータムが浸食しつつある。

 

「おっ、やっと乗ってきたな。メシに会話は付き物じゃねぇか。なぁ、楽しくやろうぜ。どうだ? 商売はうまくいってんのかい?」

 

 なんだと……。

 

 俺たちの事は知られてはいないと思っていた。通りすがりのメシを食いに来た奴らぐらいに思っているんだろうと考えていたんだが……。

 

 エースが初めてこちらに顔を向けて笑顔を浮かべながらの言葉に俺たち3人は一瞬眉を吊り上げていた自信がある。

 

 俺の脳内は3つのことが同時に駈け廻っている。

 

 1つめはエースについて。ふざけた大飯喰らいかと思っていたが、全く油断ならない相手であったわけだ。ローの問いかけに対しても素直に答えることはせずに何気なく問いかけを重ねながら、素性を知っていることを仄めかして俺たちの反応を見ていやがる。ごく自然にだ……。

 

 2つめはプラバータムについて。その単語がスヴァースティカと共に書物に記載されていたことを記憶の奥底からひねり出し、歴史の忘却の彼方へと忘れ去られた古い宗教の名前だとおぼろげながら認識しようとしている。

 

 3つめはヨーグルトについて。その酸味が如何にしてサラダとハーモニーを奏でているのかに思いを馳せる。

 

 だからこその、

 

「主人、俺にはひとまずヨーグルトを和えたサラダを出してくれ」

 

という料理の注文をして、エースの問いかけは軽く流してやる。

 

 そっちがその気なら俺も素直に答えてなどやるものか……。会話の主導権を握られるのはごめんだ。

 

 エースは俺のスルーに対しても笑みを湛えたままであり、そうきたかとでも言うような余裕綽々の表情に見えて仕方がない。

 

「政府は信教の自由を認めちゃいねぇ。奴らが頭に戴く天竜人こそが信仰すべき存在だからな。……プラバータムがいまだに存在しているような話しぶりをおまえはしているが……、どういうことだ?」

 

 ローの奴がプラバータムについて知識があったとは意外である。こんな名前そうそう人生で出くわすものではない。一体どこで知ったというのか?

 

 

「……やめだ、やめだ。もっと楽にやろうぜ。こんなんじゃメシと会話を楽しめねぇ。」

 

 ローの質問には答えずに、エースがフォークを持つ手を止めることはせずとも、とうとう言葉の応酬には匙を投げてきたことで、俺の中に生まれた微かな疑問は立ち消えとなり、

 

「黒ひげ……、マーシャル・D・ティーチ」

 

と、最初から会話の筋書きを知っていたかのように、クラハドールはエースが投げた匙を投げ返すようにしてこの場に一石を投じてくるので、俺の思考はそちらへと移っていく。

 

 マーシャル・D・ティーチ、別名黒ひげについてもクラハドールは船で俺たちに話をしていた。

 

 サイレントフォレストのオークション会場でナギナギの実を掻っ攫っていった男からはじめてその名を聞いたわけだが、わが脚本家が想像するに、あのマジシャン風の男の名はラフィットであり、そいつが言った通り黒ひげ海賊団に所属しているようだ。

 

 奴らのこれまでの航跡と狙いを考察するだけでも会議を一本できるぐらいの盛り沢山な内容であったが、ポイントを絞れば、奴らがかつての医療大国であるドラム島に行っていること、ティーチは白ひげ海賊団から脱走してきたことが挙げられる。

 

 となれば、真相を知るためにかまを掛けてみたくなるのが参謀という人種の性なんだろう。

 

 ティーチのあとに続いていたであろう、追っているのか? という問いかけを敢えて飲みこんでいる辺りが実に心憎い奴だ。

 

 とはいえ、クラハドールの一石によってエースは一瞬にして表情を激変させる。人を惹きつけるような笑顔は消えて、剣呑な視線をこちらへ向けており、強烈な気配が俺たちに迫って来る。

 

 これは……覇気、……なんてレベルじゃない、……王気(おうき)そのものではないか。

 

「それをどこで聞いた?」

 

 エースの声音は数段低くなっており、随分とドスがきいている。炎人間の真髄を間近で触れて背筋にうすら寒いものを感じてしまう。

 

「……もっと楽にやるんじゃねぇのか?」

 

 そんな雰囲気を押し戻そうとする冷静なローの言葉が飛び出してくる。幾分シニカルな笑みを湛えてはいるが。

 

「……ははっ、こりゃ一本取られたぜ」

 

 漂わせていた強烈な王気(おうき)の気配を引っ込めてエースは、さも愉快だと言うように豪快に笑いながら言葉を発してくる。

 

 計ったようなタイミングで店主がカウンター上に俺たちが注文した料理を給仕してくれる。

 

「俺たちの素性は知ってるんだろう? こいつの二つ名が脚本家であることも。こいつはモヤモヤの実を食べた想像自在人間、そして俺たちは黒ひげの関係者である男と出会っている」

 

 会話なんてそっちのけで出された料理にすぐさまに挑みたいのは山々だが、風向きが変わりつつある今は会話も大事であるので、話を続ける。本当に鍵となる情報を得るためには、ある程度はこちらから曝け出す必要がある。リターンを得るためにはリスクも必要経費だ。

 

「ああ知ってる。他人の手配書を見るのは面倒くせぇんだが、立場上目を通しておく必要があるからな。それに、俺たちも付き合いのある商売屋がいる、親父が面倒を見てる奴がな。だからおまえらがやってることも大体はわかる。ティーチを…………」

 

 エースの舌も饒舌になりつつあり、会話が乗って来たなと満足を覚えて、出された料理にフォークを向けて口に入れ、ヨーグルトの酸味とサラダの組み合わせという新たな出会いに感謝を捧げようとしたところで…………。

 

 

 炎人間の言葉は突然止まり、今の状況では聞こえる筈のない鈍い音が耳に入ってきて、右に恐る恐る視線を向けてみる。

 

 

 ……は? 何だそれ?

 

 

 これは俺の人生が始まって以来、初めて心の中で発した言葉であろう。こんな言葉がどうして俺の脳内で形作られたのかは皆目見当もつかない……、もとい十中八九で右横の炎人間によるものだ。

 

 

 有ろうことか、炎人間は何とも豪快に顔をいまだ格闘真っ最中であった皿に突っ伏している。だが突っ伏した頭の上で、右手は強靭な意志によるものなのかしっかりとフォークを握っており、そのフォークの先には肉が突き刺さっている。

 

 もう俺の理解の範疇を超えているレベルではない。突き抜けてしまっている。

 

 

 だが左横の二人の反応は些か違っているのだ。

 

 クラハドールは視線を向けて、思い出したかのようにメガネを上げると興味を失くしたようで、すぐに豆を堪能することに注意を向けている。

 

 ローはというと、一瞥をくれた瞬間は理解できないものを見たという表情であったが、すぐさま関わりたくないという表情へと変わり、久しぶりの米との再会を祝すことを選んでいる。

 

 この参謀と副総帥ではなくて、参謀と船医の反応から導き出せる論理的な結論は……。

 

 

 こいつは食事と会話の真っ最中であったにも関わらず突然の睡魔に襲われてこの有様。

 

 

 俺は急速にこういった人種と如何にして向き合うかを学びつつある。理解不能な人種を理解しようとする事が間違っているのだ。そもそも理解など出来る筈がないのだ。故に引き起こすことをただただ在りのまま受け止めるしか術はないのだと。

 

 そうであるならば、俺も左の二人同様に突然睡魔に襲われる奴のことなど知った事ではない。何よりも目の前の食事に集中することができる、これは言ってみればチャンスだ。

 

 と言うわけで俺たち3人は右端の顔を突っ伏した奴をそっちのけで食事に精を出しているわけなのだが、店内の俺たち3人以外となるとそういうわけにもいかないらしい。

 

 店主や他の客たちが口々に驚き騒いでおり、この相当にバカらしくてはた迷惑な出来事を勝手に事件化しようとしている。

 

 旅路で知らずに“砂漠のイチゴ”を口にしたことでこの男は突然死したのではないかというわけである。

 

 砂漠のイチゴというのは赤いイチゴの実のような姿形をした毒グモらしく、間違って口に入れれば数日後には突然死を引き起こし、その死体には数時間感染型の毒がめぐる厄介なもののようで、店主や他の客たちは俺たちを遠巻きにしており近付こうとはせず、しきりに俺たちに対して危険だからその男から離れろと言ってきており、俺たちがその忠告を聞かずに食事を続けている状態を見て、俺たちまで炎人間と同類のようにみなされている状態である。

 

「……うしろ、海兵だ」

 

 そんな状態を切りかえるが如く、ローが食事を終えて背後を振り返り、入口付近に顔を覗かせた海兵の姿を確認したようである。

 

 ここはアラバスタ王国、海軍の駐屯地は存在しない、なぜなら七武海が居るからだ。海軍と七武海は対峙する勢力であり“偉大なる航路(グランドライン)”を棲み分けている。

 

 なので海兵が現れたということは……。

 

 麦わらを追っているスモーカー本部大佐の隊か……。

 

 このタイミングで海軍と出会うことによる影響度合いを考えてみれば、3秒経たずに答えは出る。

 

 

 悪い影響はあっても良い影響など何もない。

 

 俺たちがこの島にいることがバレてしまう。そうなればさらに上の階級の奴らが送り込まれてくる可能性がある。つまり、奴らに優位性を与えてしまう。

 

 が、次の料理を注文したばかりだ。鶏肉をスパイスをまぶしてこんがり焼いた料理は是非とも賞味したい。よって、今すぐに店を出るという選択肢はない。

 

 ここは、海軍を上手く利用できないかどうか考えるという方向性でいくしかない。

 

 海軍への対処方法を考えているこのタイミングで右側のどうしようもない居眠り大飯喰らいが顔を起してくる。

 

 店内がぎょっとした驚きに包まれ、他の客たちが心配そうにしてエースに駆け寄ってきている。

 

 奴がこちら側に体を向けてくる。まだ寝惚けた様子で状況を掴めてなさそうである。顔には料理の跡が付き放題……。

 

 

 俺はこの時ほどロッコに感謝した事はないだろう。覇気を習得させてくれてありがとう、ロッコ。

 

 奴は絶対に両手を伸ばしてくる。そして、俺の黒いスーツで顔を拭おうとするに違いない。

 

 それを逸早く察した俺は炎人間の両手が動く前に動き出し、奴が座る回転椅子を180度回転させてやる。悪いが見ず知らずの客に犠牲になってもらう。

 

「お目覚めか……」

 

 静観していた左端のクラハドールが一言呟く。

 

 そこから先は炎人間と店主、他の客たちとのコントの様なやりとりが繰り広げられていく。

 

 まあ、眺める分には楽しめはするが、当事者として巻き込まれていれば俺たちはタダじゃおかなかったであろうことは想像できる。

 

「ところでおまえら、こんな奴を見たことないか?」

 

 ひと段落ついたところでエースは右手に1枚の手配書を持ちながら俺たちに訊ねてくる。

 

 なんとそれはあの麦わらの手配書ではないか。こいつも麦わらを探しているのか、一体どういうことだ。

 

「天下の白ひげ海賊団がどうしてそいつに興味を持ってる? 3000万の駆けだしルーキーだぞ?」

 

 さらなる情報を引き出そうと、敢えて煽るような言葉を挟んでみる。

 

 エースはその言葉にも笑顔を見せて、

 

「弟なんだ」

 

と、一言答えてくる。

 

 

 おいおい、弟だと……。

 

 

 この場でこんなにもとんでもない情報が入ってくるとは思いもしなかった。

 

「……そうか。もしかしたら、ふらりと現れたりするんじゃねぇか? このメシ屋に……」

 

 ローが面白いと言わんばかりに笑みを浮かべたあとで言葉を発する。

 

 

 あり得るなと思いながら俺は煙草を取り出して火を点ける。そこへ…………、

 

 

 

「てめぇら……、よくもぬけぬけと大衆の面前でメシが食べられるもんだな。白ひげ海賊団の2番隊隊長、それにネルソン商会。この国に何の用だ」

 

と、葉巻を2本燻らせて白煙をたなびかせながら白髪で精悍な顔立ちの男が海軍の正義のコートを羽織って現れる。

 

 首にはゴーグルを掛け、背には十手を背負い、コートには何本も葉巻が縫い付けられている。とんでもないヘビースモーカーである。

 

 そうか、こいつが海軍本部大佐“白猟(はくりょう)”のスモーカーだな。

 

 店内は白ひげという言葉に敏感に反応を示しており、一段と騒がしくなっている。

 

 一拍ためて背後を振り返り、

 

「メシを食っちゃならねぇって法はねぇだろう? ……まあ、いい。弟をね、探してんだ」

 

と、食事を済ませて爪楊枝を口に挟みながらエースが答えている。

 

 そうなると俺たちも答えを求められているんだろうが、生憎答えてやる義理はない。だが、こいつはなかなか会話を楽しめる相手かもしれないので、

 

「なら、おまえもここでメシを食えばいい。ここの店主はいい腕だぞ」

 

とでも言ってやり、白猟に負けずに盛大に煙を吐き出してやる。

 

「ふざけるな。海兵と賞金首が一つ屋根の下でメシを食っていいなんて法もねぇんだ」

 

 と、眉間にしわ寄せながら答えてくる。

 

 どうやら答えを求めてはいるが、答えが返って来る事を期待はしていなかったらしい。

 

 それにしても、こいつは中々ユーモアのセンスがあるじゃないかと思ってしまう。

 

 

 気付けば店内はこの緊張感を漂わせつつある状況に対して静まり返ってしまっている。

 

 それはそうだろう。4人の賞金首と海軍本部大佐が対峙している状況はそうそうあるものではない。

 

 いまやローとクラハドールも体を回転させて海軍大佐に相対しており、誰も口を開かないまま時計だけが針を刻んでいる状況である。乾いた空気と暑気が店内に立ちこめているはずであるが、この状況ではそんなことは気にもならない。

 

「で? どうするんだ?」

 

 両腕をカウンター上に掛けて足を組み何ともくつろいだ様子でエースがようやくにして沈黙を破る。

 

「捕まえる。大人しくするんだな」

 

「却下、……そりゃごめんだ」

 

「見ての通り、4対1だ。賢明な判断とは思えないが……」

 

 

 スモーカーが海兵の本分を述べたのに対して、俺たちは当然の答えを返したところで、

 

 

「賢明かどうかは問題ではない。……それに……、1じゃなくて2」

 

と言いながら、黒髪ショートヘアでこれまた正義のコートを羽織った女海兵が躊躇なく店内へと入って来る。

 

「おい、くいなーっ!! てめぇは外で待機だと言ってただろうがぁーっ!!!」

 

 俺たちに対しては冷静に感情を表には出さずに相対していたスモーカーが女海兵が入って来た瞬間に感情を露わにして吠えたてている。

 

「スモーカー大佐、いつも申し上げていることですが、私は基本的には命令というものを遵守致します。ですが緊急事態には自分の判断で動きます。今がっ……、その緊急事態です。この国に4人も賞金首が居る。しかも億越えもしくは億に近い額ばかり……。……それに4人を一人で相手しようなんて……ずるいです」

 

 感情を露わにする上司に対して冷静に切り返している女海兵くいな。

 

 こいつがヒナの報告書に記載のあったくいな海軍本部少佐か……。

 

 腰に刀を差しているところからして剣士であることは間違いない。スモーカーの苦虫を噛み潰した表情を見ると、多分に口ではこの部下には勝てないんだろう。

 

 俺たちで言うところのジョゼフィーヌだ。とはいえ性格は相当違いそうだが、何とも面倒くさそうなオーラを放っているところに似た部分を感じてしまう。

 

 扱い辛くて相当苦労しているだろうと若干だがスモーカーに対して同情を覚えてしまう。

 

 

 さて、この状況の行き着く先はどこになるか……。

 

 右に目をやると、わが副総帥と参謀も言葉は発していないが、頭の中は高速回転しており冷静に状況を分析しながら、落とし所を見極めようとしていることが読み取れる。

 

「威勢のいい嬢さんだな。海兵同士の内輪揉めなんざ、なかなか拝めねぇもんだ。いいもん見させてもらったよ」

 

 そう言いながらエースは何とも楽しそうである。

 

 だがその言葉に対し、当の海兵二人は再びこちら側に相対して、

 

「俺たちは今別の海賊を追っている最中だ。おまえらの首なんかには興味はねぇし、実際問題はた迷惑な話なんだが……」

 

と、スモーカーが再び冷静な口調に戻して言葉を投げ掛けてくる。

 

「じゃぁ、見逃してくれ。それが粋ってもんだぜ」

 

 エースの当然の返事が飛び出してくるが、

 

「そうもいかねぇ。数の不利は問題じゃねぇんだ。これは立場の問題。俺たちが正義であり、お前らが悪である限りな」

 

と、スモーカーから最終宣告が下されてくる。

 

 奴は右腕を既に煙に変化させており完全に臨戦態勢だ。

 

 自然(ロギア)系悪魔の実モクモクの実の能力者、煙人間。

 

「ここで始めるなら私はひとまず、あの刀を持っている死の外科医から仕留めます」

 

 と、くいなからもローに対しての宣戦布告がなされてくる。こいつも刀に手を掛けており、やる気満々である。

 

「つまらねぇな……。楽しく行こうぜ」

 

 対するエースにやる気は微塵も感じられはしない。

 

 当然ながら俺たちもだ。なぜなら、正面からまた新たな奴が現れようとして…………、

 

 

 

は? 何だそれ?

 

 

 

 初めて頭の中に生れ出た言葉を1日のうちに2回も時間を空けることなく浮かべることになろうとは思いもしなかった。

 

 状況を整理する必要があるかもしれない。

 

 

 新たに店内に入ってきた奴は、まっとうに店内に入ることはせずにロケットと叫びながら、それこそロケットの様な勢いで飛びこんで入って来て、多分に本人の意思とは関わりのないところで、俺たちに対してロックオン中の煙人間を吹き飛ばし、その直線上にいて、楽しい人生行路を説こうとしていた炎人間もとい自分の兄を巻き添えにさせ、この『spice bean』というなかなかの料理屋の壁に風穴を空けるという所業を入って来てそうそうやってのけている。

 

 かと思えば、切実に空腹であったこととメシ屋に辿り着いた例え様のない喜びを体全身で表現してみせ、自らの手でやってみせた所業には一切気付く事もなく、炎人間がさっきまで座っていた席の右横で既にナイフとフォークをそれぞれの手に持ち満面の笑みを見せながら、臨戦態勢で座っているのだ。

 

 

 そして、麦わら帽子を被っているではないか……。

 

「奴だ……」

 

「……」

 

「ああ、麦わらだな」

 

 このとんでもない展開に俺たちが反応したのはたったこれだけである。

 

 

 エースとの出会いは未知との遭遇と言えるものであった。

 

 エースが弟だというこの麦わらのルフィという奴との出会いものっけから未知との遭遇になりつつある。

 

 記念すべき……、否、決して記念になるようなものではないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

話の区切り、出来ればもう少し先で切りたかったのですが
最長になる恐れもありそうなのでここで切らせていただきました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!

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