今回も13000字を超えており、長くなってしまっております。
また、新たな人物の視点を加えております。
さあ、どうぞ!!
“
先程まで一触即発に近い緊張感が漂っていた『spice bean』は突然飛び込んできた麦わら帽子を被った少年によって混沌とした状態となっている。
まず先程まで店内にいた二人、エースとスモーカーの姿は既にない。
カウンターの奥に出来た風穴の彼方へと飛ばされてしまっているのだ。その風穴は店に続く建物を次から次へと貫通しており何とも見通しの良い眺めとなってしまっている。
そんな状況であるため店内にいた他の客たちはあっけにとられており、何が起こっているのか理解できていなさそうに見て取れるし、店主は店主で麦わらがしでかした所業に対して怒るどころか、心配を表しながらも奴のメシコールに対して迅速な反応を見せて、途中で途切れてしまっているカウンターの向こう側には既に大量の料理が並べられつつあった。それを麦わらはエース顔負けのスピードで平らげていっている。
こんな状況だ。これを混沌と言わずして何と言う。
それにしても、
モンキー・D・ルフィ……。
どんな奴かと思っていたが、
今のところ、よく食うガキでしかない。
いや、よく食うでは表現が足りないであろう。店を閉店に追い込む勢いで食う、もしくは食うことを止めればこいつは死んでしまうのかもしれないと考えてしまうぐらいの鬼気迫る食いっぷりとでも表現できようか。
ガキというのは言葉通りで、よく考えてみればこいつの歳は俺の約半分であるので子供っぽく見えてしまうのも至極当然と言えば当然なのだが……。
服装がそう思わせるところもあるかもしれない。赤いべストを着てデニム素材の水色半ズボンで靴は草履だ。はっきり言って服に頓着しているとは到底考えられない。意味を持っているのは被っている色鮮やかな黄色の麦わら帽子だけだ。
モンキー・Dを頭に戴いているとはいえ、こんな奴が七武海を倒せるのか、クロコダイルに引導を渡すことができるのか、甚だ疑問を抱いてしまう第一印象ではある。
まあ悪い奴には見えないし、むしろ好感を持てる感じでもある。
だが、
海のものとも山のものとも知れない奴の一人としか思えない。
それに、
さっきから気になってはいるところをあえて無視しているのだが……。
こいつの視線がチラチラと俺の眼前の皿へと注がれているのだ。しかも露骨に。
確かに香辛料を塗されてこんがりと焼き目を付けられた鶏肉は嗅覚と視覚に訴えかけてくるインパクトがあるが、
なんなんだ、このわかりやすさは……。
俺も楽しみにしていた料理ではあるが、こうもわかりやすいと……。
「……やるよ。肉、大好物なんだろ? モンキー・D・ルフィ」
と言って分け与えてやりたくなるのが人情というものだ。
「おぉっ! 肉くれんのか?! ありがとう。おまえ、いい奴だなぁー!!!」
と言うが早いか、奴の左腕が伸びてきて眼前の皿から鶏肉だけを掻っ攫っていく。
それでなくとも奴の口の中は既に目一杯まで料理が詰め込まれているのだが……。
奴が口にした言葉も両頬がリスのように膨らんでいる状態ではちゃんと喋ることはできないため、こんなことを言っているんだろうと俺が脳内で翻訳しているに過ぎない。
まあ料理の味わい方は人それぞれだ。とりあえずは美味そうに食べているのでこれはこれでいいのだろうなと思うしかない。
俺の左横では同じく未知との遭遇になっているローと既に遭遇済みのクラハドールが麦わらの一挙手一投足に視線を向けている。
二人とも呆れて物も言えない状態なのか呆れなど既に通り越して一周してしまっているのか、はたして……。
「はっ、おまえ何で俺が肉が好きだって知ってんだ」
ようやく気付いたかと思えば、麦わらが気付く個所は少しずれていたりする。肉に対してあれだけの熱視線を送っておきながら、よくもそんな口がきけたものだと思ってしまい、
はぁ……、だからな……、
と突っ込んでやろうとしたところ、
「おい、そっちじゃねぇだろ」
って先にローが突っ込みを入れる始末だ。
おいおい、ロー。おまえが突っ込んでどうするんだ。
そう思いながらローの方に顔を向けると、ローも自分の言葉に驚いているのか、しまった俺としたことがっていう心の声が聞こえてきそうな表情をしている。
まずい、のっけから麦わらの変なペースに俺たちまで毒されつつある。
「そんなもの見れば分かる。さっきから肉しか食ってねぇじゃねぇか」
クラハドールもこの変な会話に冷静さをもって参戦を表明してくる。
「おまえはウソップの時のワル執事っ! やんのか、こんにゃろ」
だが麦わらは元キャプテン・クロがここまで追いかけてきて文字通り参戦にきたと思ったのか、両の拳でファイティングポーズをとりながら買い言葉をぶつけてくる。もちろんナイフとフォークは手放していない。
「落ち着け、ゴム小僧。俺は執事ではあるが、もう海賊じゃねぇしキャプテンでもねぇ。メインはおまえの隣にいる男だ」
売り言葉をぶつけたつもりはないクラハドールが俺にバトンを渡そうと言葉を発する。
それに対して麦わらは改めて俺の方を口の中に料理を詰め込んだまま、まじまじと見つめてくるがぽかんとした表情である。
それはそうだろう、俺たちは今日ここで初めて会ったんだからな。
「クラハドールが言う通り俺たちは海賊じゃない。商人をやっている。俺の名はハット、ネルソン・ハットだ。そして突っ込みを入れたこいつが副総帥のロー、クラハドールは参謀をやっている。お前はモンキー・D・ルフィだろ? お前の手配書を見たよ」
って、なんで俺はまっとうに自己紹介なんてしてしまっているんだろうか……。
「参謀?」
俺の自己紹介に対して麦わらは参謀という単語に食い付きを見せ、よくわからないとでも言う風に首を傾げて見せる。
「こいつは俺たちの計画男をやってるのさ」
噛み砕いて言い直してやると、途端にわかったような表情を見せてまた両手を動かすことに専念しはじめる。
つまりは俺たちに対してあまり興味がなさそうである。
まったくこの大飯喰らいの麦わら小僧め。
こいつの発せられる言葉でまともに意味を成しているものは何ひとつとしてない。全ては俺の中での翻訳である。よく考えてみたらローもクラハドールも会話を成り立たせてるってことは俺と同じように脳内翻訳していることになる。
俺たち3人は実はすごいんじゃないかと自分で自分を褒めたくなるし、奴には礼を言ってもらいたいぐらいであり、こんな仕打ちを受ける謂われは無いぞと思いたくもなる。
俺は食事を強制的に終了させられたが、ローとクラハドールは食後でチャイを飲んでいる。この国ではコーヒーも存在するがチャイを飲むのが文化の様で、他の客もほとんどが同じものを飲んでいる。どうやらローにもいける味のようだ。
なんて、頭の中を別の方向へと飛び火させてみたくなるわけだが、
「俺もすんげぇけいかくがあるんだ。しっしっしっ、俺はなぁ、海賊王になるんだ」
と、満面笑顔で相変わらず両頬いっぱいにして麦わらは会話を続けてきて、こう宣言してくる。
こいつはきっと食事に興味がありすぎるんだなと改めて気付かされる。
と共に、随分と楽しそうに物騒な言葉を口にするとも思ってしまう。
夢か…………。
満面笑顔での宣言はどこか肩の力が抜けて自然体であり、気負いなどまるで感じられないのでこんな単語が頭の中に浮かんでくる。
俺とは縁遠いものだな……。
ある程度世の中が分かるようになったころには親がいなくなり、その世の中に放り出された俺には夢なんてものが湧いて出てくる余地はなかった。生きることに必死であり、生きるために商人になるしか道はなくてここまで来てしまっていた。
ドフラミンゴを潰すとか、政府の五老星を引きずりおろすとか、そんなことは夢とは言えないだろう。そこに輝きは存在するようには思えない。人生の目標と言えるものではあるが、こんなにも満面笑顔で語れることではない。
ただ……、これがしっくりきているのも確かなんだが……。
闇の中に身を置いて、闇を相手にしながら生きることで俺は生きているという実感がある。毎日続いていく取引が性に合うのも俺に流れる血がそうさせているのだと思う。
俺としては人生の目標がどうであれ、日々取引に精を出しながら、闇に身を置いてどこか世界を斜めから眺めることができれば万々歳なんだろうなと、そんなことを考えてしまう。
「俺、商人なんて会ったの初めてだ。村の酒場でも聞いたことねぇし、商人って黒いんだな。変わってんなー」
と俺を物思いの淵から引き上げるようにしてきたもんだから、我に返ってしっかりと反論してやろうとすると、待て待てとでも言いたげにフォークを持ったままの左手を持ち上げてから、
「知ってるぞ。おまえらのポリスーなんだろ?」
ってさも得意げに言葉を投げ掛けてきやがる。
だからどうしてこいつはこんなにも突っ込みどころが次から次へと湧いて出てくるんだ。
と面倒くさいと思いながらも突っ込もうとすると、
「そこはポリシーなんじゃないかねぇ、君」
と、なんと新たな皿を麦わらの前に置きながら店主にも俺たちの会話が聞こえていたのか優しく笑顔で突っ込んでやっているではないか。
麦わらも、そうか? などと返しており、俺はもう笑うしかなくなってしまい、自然と笑いが込み上げてくる。
そこで、はたと気付いてしまう。
こうやってこいつは周囲の人間を次々と巻き込んでいって笑顔にしていくのかもしれないなと。
妙に惹きつけられる魅力があって自由気儘なこいつが段々と羨ましくなって来るから不思議なものである。
「麦わらーっ!! ゾロはどこ? たしぎはどこにいるの?」
俺たちの笑いの輪へ乱入してきた女海兵が、先程の冷静沈着さとは違って感情を露わに麦わらの背後へと立ち、声を大にしている。
そう言えばこの女海兵がいたことをすっかり忘れてしまっていたが、
「おお、たしぎ。おまえも腹減ってたんだなー。ここのメシすんげーうんめぇーぞ。早くお前も食えよ」
と、背後を振り返りながらの麦わらの返事に対して、また面倒な事になりそうだなと思ってしまう。女海兵にとって。
麦わらの振り返りは一瞥だけであり、肉が惜しくてたまらないとばかりに再びナイフとフォークを使った格闘に戻っている。
「違うっ!!! 私はくいなだ。あのへっぴり腰と一緒にするなっ!!!」
口に料理がいっぱいで意味を成していない麦わらの言葉を名前の部分だけ敏感に理解できたのか女海兵が訂正している。
「ん? くいな? あー、不思議
麦わらは一瞬首を傾げていたが、分かったという風に両手を拳にして重ねてぽんと叩いている。
不思議
「だから、違うっ!! 姉妹でもない。そもそもお前が余計なことを考えさえしなければこんなことには……」
性も性格も違う二人の噛み合わない何とも不毛なやり取りから推測するに、
一味の剣士ロロノア・ゾロと今目の前で額に手を当てて溜息をついている女海兵の一人、くいな海軍本部少佐は幼馴染で剣の道を高めあっていた仲。二人の道は見据える先は世界一の剣豪と同じだが分かたれて対峙するものとなる。もう一方の女海兵たしぎ海軍本部曹長は世界中の悪から刀を回収することを見据えている。
そんな3人が一堂に会し、さてゾロの刀の行方はとなり、くいな+たしぎvsゾロのはずが、くいなvsたしぎを見守るゾロになりそうなところに、この麦わらが、
だったらよー、おまえが俺たちの船に乗ればいいじゃねぇか。
と、またとんちんかんなことを言い始めてたしぎを連れて行ったということのようである。
女海兵くいなはしきりに、なぜそうなるんだ? を繰り返しており、麦わらはそれに対して、
だってよ、おまえらけんかになるんだから分かれてた方がいいじゃねぇか。それに、こっちの方が面白いだろと返しているが、俺が考えても女海兵の言い分はもっともなものであり、麦わらのぶっ飛び具合が突きぬけているというか理解できない。
まあ好きにやればいいさ、俺たちに火の粉が降りかからない限りにおいては。
そんな風に横で繰り広げられている問答になっているかどうかも怪しい押し問答を対岸の火事として頭の中で片づけた俺はカウンターに用意されたチャイを楽しむことに意識を向ける。
「白猟屋だ」
俺の左横で一連のやり取りを横目で成り行きを傍観するにとどめていたローが注意を促してくる。
どうやら眺めの良い前方風穴から吹っ飛ばされた白い煙野郎がそろそろお出ましの様だ。
「麦わらーっ!! やっぱり来たなこの国に。くいなーっ!! 喋ってねぇでさっさとそいつを取り押さえろ」
白い煙野郎、スモーカー海軍本部大佐が己を吹っ飛ばした相手が誰であるか気付いた様で猛スピードでこちらへと迫って来ている。
己がやらなければならないことに今更気付いたのか、はっとした女海兵が腰の刀に手を掛ける。
本能のままに料理を口に入れて腹に収めていた麦わらが前方と後方を交互に見比べた後に、
「そうだ。あの時の煙」
と呟いたかと思うと、あろうことか今までよりも食べるスピードを4倍速にしてカウンター上の料理を口に全部詰め込んだ後に、
「ごちそうさまでした」
と礼儀を弁えているところを見せると、その場で腕をゴムの様に伸ばして天井のランプに捕まって女海兵の剣先から迸る第一撃を躱す。
前方を見れば、疾走しているスモーカーの右腕は既に煙へと変化しており、
「ホワイト・ブロー」
と、高速で煙の右腕先の手が突き進んでくるではないか。
「やべぇ。逃げるしかねぇや。黒いやつー、肉ありがとなー」
の言葉と共に麦わらは天井ランプからさらに右腕を店の外へと伸ばし、ゴムの反発力そのままに跳んで行ってしまった。
麦わらの俺に対する呼び名は捻りもへったくれもないが、その殊勝な心がけに免じて俺も右腕を前方に伸ばしてスモーカーの右拳をつかみ、
「そんなに俺との握手を望んでいるのか?」
と、左手ではチャイを飲みながら言ってみる。
「ネルソン……、余計なマネしやがって。てめぇら3人とも大人しくしてるんだな。これは見逃すわけじゃねぇ」
葉巻を豪勢にも2本銜えながらそう言うスモーカーに対し、
「わかってるよ。さっさと行けばいい。おまえの部下はもう行ってしまったぞ」
と奴を急かしてやる。
もちろん俺たちが大人しくするわけがないのではあるが。
スモーカーは俺たちを睨みつけるようにし、麦わらを追いかけるべく店をあとにして行った。
「おい、さっきのルフィか?」
スモーカーより遅れてエースが風穴から姿を現してくる。スモーカーが麦わらと叫んでいたのを聞きつけて、自分を吹き飛ばした張本人が誰なのかを知り急いでやってきたようだ。
「ああ、麦わら帽子を被っておまえ以上に食い意地が張っていたよ。煙が追っかけて行ったがな」
とでも言ってやり、店の出入り口を指差してみる。
こうしてはいられないとばかりに、エースは急いであとを追いかけようとするところへ、俺はクラハドールに目配せをする。
「ラフィット……。黒ひげ海賊団の一人と思われる奴にサイレントフォレストで出会った。その男は七武海のドフラミンゴともつながってる。奴らはこの海で成り上がろうとして、そのためには手段を選ばない、そういう奴らだ。奴らはドラムまで行っているがそこで引き返し、七武海入りを狙って、餌を探している。どういうことかわかるよな? 黒ひげ、マーシャル・D・ティーチはアラバスタから西にはまずいねぇだろう。東からマリンフォードまでの海域で網を張るはずだ。以上」
クラハドールが俺の合図に応えて、カウンターに向かったまま想像できたことからの黒ひげの筋書きを有用な情報としてエースに話してやっている。
「勘違いするなよ、火拳屋。俺たちは慈善事業やってんじゃねぇんだ。ビジネスにしか興味はねぇ。だから、これはお前への情報投資だ」
ローが俺の考えを読みとってエースに対して釘を刺す言葉を投げ掛ける。
「そういことだ。しっかり返せ」
俺は最後の締めを言葉にするだけだ。
それを受けてのエースは笑顔になったかと思うとすぐに真顔になり、
「おまえら、プラバータムの意味を知ってっか?」
と、問いかけてきて俺たちからの返事が何もないと見ると、
「昔の言葉でな、夜明けって意味らしい。奴らは明けない夜はねぇと祈りを捧げている連中だ。夜はいつか明けるもんで、それが
エースの声音はどこか落ち着きを伴って淡々としている。夜は明けるものであるのは当たり前の事であるがこれが何かの比喩表現としたら、俺たちに何を伝えようとしているのか?
「おまえら……、
エースはそう言って最後には両手を合わせて見せて、店をあとにしていった。
エースが残していった最後の言葉の前半部分と後半部分のトーンが真逆であったことが妙に引っ掛かってくる。
「あ、食い逃げ」
店主がぽつんと言葉を呟いた後に、俺たちの方に視線を寄越したことに対して思ってしまう。
してやられたな……。
この世の金に関する大原則は取れるところから取るってことであり、それは店主から見れば今の俺たちである。
今ようやくにして、あの大飯喰らい兄弟が言った、ごちそうさまでしたの意味に気付いてしまう。
奴らが皿何枚分食べていたかなんて数えたくもない数字だ。
俺は心の中にいるジョゼフィーヌに対してお伺いを立ててみることにする。
なぁ、これは交際費に計上してもいいよな?
自分で何とかしてなんて、そんな殺生なことは言わないよな?
心の中のジョゼフィーヌからの返事は…………、
ない。
****
空が恨めしいぐらいに青くて、太陽がじりじりと照りつけてきている。
海もまた何の迷いもないくらいに青くて、照りつける太陽の光を私たちに返してくる。
かもめが空を舞っていて、鳴き声が私たちを包み込んでいる。
「下にあるのはあと1台?」
「ええ、そうでやすよ。……、あと1台じゃ、おまえたち気張れーっ!!!」
私たちは今、サンディ
船員総出に手伝いの人足を加えて取り掛かり5台の海水淡水化装置をようやく4台揚げ終えたところであり、ロッコが答えたようにあと1台をこれから揚げる。
船尾甲板から島の岩場を眺めると、そこには4台の装置が安置されている。桟橋も存在しないこの場での荷揚げは四苦八苦するものではあるが、ここよりもひどい場所はもっとあったので作業は手慣れたものではある。ただこの気候だけは船員たちも初めてであり、かなり体力を奪われているようだ。
中甲板に目を移せば、中央部に巨大な正方形の穴がぽっかりと空いているのが分かる。重量物を荷揚げしやすいように甲板中央部を最下層の船倉まで吹き抜けにできるようにしているのだ。ここから、船員の力で上まで引っ張り上げるわけである。
そこにはカールの姿も認められる。べポも一緒だ。
最近のカールは少し変わって来ている。毎日、日がな一日中鍛錬に精を出していてめきめきと力を上げており、
何より変わったのは弱音をあまり吐かなくなったこと。
今も私はカールが弱音を吐こうものなら、いじめてやろうと手ぐすね引いて待ち構えているのだが、汗びっしょりになって何とも楽しそうである。
つまんないな……。
可愛いカールをいじめるのは私の楽しみのひとつだったというのに。人の成長と言うものには幾許かの淋しさが付き纏うものなのだろうか……。
「ローの奴戻ってきよらんなー。これはアレか?」
オーバンが私のカールに対する思考を中断させて、ローへの思考へと切り替えさせる。
アレも何もない。
私の命でローは荷揚げのために手伝いの人足集めで話をつけにいったわけだが、話をまとめたのはいいとして、人足だけ寄越して本人はまだ戻って来ていない。
大方どこかで油を売っているのは目に見えている。例えば兄さんと合流して街の料理屋で私との契約を反故にして米に手を出しているといったところだろう。
ローったら……。
バレないとでも思っているなら、私の見聞色と女の勘を舐めすぎである。伊達に10年も一緒にいるわけではないのだ。ローの考えそうなことはすぐにわかる。
まあ、そりゃ私だって隠れていろんなことはしてるけど……、私の船室の奥には誰も知らない秘密の小部屋があって帳簿に載せてないものが色々とあるし、ここナノハナでは満足するまで香水を買いこんでおり、それも帳簿に載せるつもりはないけど……。
要は自分に厳しく、他人にも厳しくするほど人間が出来ていない私は、自分には甘くて他人には厳しい人間なのだ。
でも、それのどこが悪いの? と思ってしまう私はダメな人間だろうか?
「それにしても、ジョゼフィーヌ。ほんまにこんな重たいもん引っ張って砂漠越えするんか? アルバーナまで行っても
オーバンが私の物思いを再び断ち切って懸念を表明してくるのはもっともなことではあるが、
「大丈夫よ。私が直接交渉するんだから、首を縦に振らせて見せるわ」
と言ってやる。
「さよかー」
とオーバンはらしい返事を寄越してきたが、心配してくれているのは分かっている。
だが、私は知っている。人が自分を纏うもの一切合財をかなぐり捨てて腹を割って相手と向き合えば大抵は何とかなると言うことを。
今回の取引は海水淡水化装置をカモから掻っ攫ったかの様に装っただけであり、実際は違う。私は全てをさらけ出して取引相手と向き合い、何とか私たちに売ってほしいと頭を下げた。
なぜなら、この商品こそ私の商人としての本分に近いと思ったから。
商人としての本分。買い手と売り手、さらにはその商品が効果をもたらす相手まで含めて利益をもたらす取引。それが出来てこその商売であり、商人としての存在意義はそこにあると私は思っている。
もちろん自分たちの利益も大事、お金があるに越したことはない。お金に囲まれることは私をどこまでも幸せの境地に至らしめてくれるが、それだけではないのだ。
だからこそ、今回の取引は反乱に覆われている国に希望を、利益をもたらすことができる取引だと思って臨んでいる。
是が非でも成功させたいし、成功させなければならない取引なのだ。
商人として生きることはベルガーの血が流れる私にとっては
そう、これは夢だ。
現実がそう簡単にはいかないことも分かっているからである。
とはいえ、
「オーバン、何も言わなくてもいい。わかってるから。オーバンも早く行った方がいいけど、あれも気になるわよね?」
と、オーバンに対しては己の想いは露ほども見せずにそう答える。
これから私たちは砂漠越えをする必要があるので、オーバンには砂漠越えの物資買い出しを頼んでいる。特に水の確保は至上命題であり、大量に買い付ける必要がある。
そして気になるのは向こうに見える船の存在。メインマストに掲げられた帆には特徴的な麦わら帽子を被ったドクロが描かれている。
あれはまさしく麦わらの一味の船だろう。
私たちが最初にこの場に錨を下ろしたときにはこんな船はいなかったので、私たちが一時上陸して戻ってくる間にやって来たことになる。
「せやな。誰も乗っとらんから鉢合わせにはなれへんけど、街では遭遇しとるかもしれへんな、これは」
オーバンが同意するようにして言葉を重ねてくる。
兄さんは麦わらのルフィに一目会っておきたいって言っていた。もしかしたら街で遭遇しているかもしれない。
それに、今一味にはアラバスタ王国の王女がいるらしい。参謀であるクラハドールの情報である。そう言えばあのいけ好かない男もどこかへ行ったきりであるが、あんな奴のことは放っておくに限る。
そんなことよりも、王女ビビの方に興味が湧いてくるというものだ。ロビンによればバロックワークス内ではミス・サマーヴァケーション・ツヴァイというコード名で位置づけとしては組織内の№2にあたるらしい。
王女でありながら敵方の組織においてそこまでの地位に登りつめているのは、彼女も能力者、モシモシの実を食べた聴力自在人間であるから。そして、Mr.2というおかまとペアを組むためにおなべを演じて見せている類稀なき演技力を持っているから。彼女は
ロビンは私の優秀なアシスタントになりそうだが、どうやら本人にその気はなさそうである。でも増え続ける仕事量から考えても私にはアシスタントが必要である。
でも王女がウチで働くなんてことはないわよね~、だって理由がないもんな~。
そんなことを思いながら、私は麦わら帽子を被ったドクロが描かれたはためく帆を見つめ続けていた。
****
私は2年ぶりに祖国の砂を踏んでいる。私の中でとても大きな存在になりつつある仲間と共に……。
ここに至るまでの道程は並大抵ではなかったけれど、私は生きて再びアラバスタに帰って来ている。
2年前のあの日、イガラムに死なない覚悟はあるかと問われてから私の潜入行は始まった。祖国を脅かす真の元凶がバロックワークスという王下四商海に名を連ねる組織であることが分かってからというもの、居てもたっても居られなかった私が組織に潜入するのは必然の事だったのだろう。
でも、本当にそうだったのだろうか?
私が食べたモシモシの実による力は自分の聴力を自在に操ることができる能力。その有効範囲は数百m程度ではあったが、アルバーナに住む沢山の国民の声が私の中に届いて来ていた。
それが理由で私は焦っており居ても経ってもいられなくなったわけなのだが、その声に押し潰されてしまって私は祖国から一時逃げ出したとも言えるのではないのか。
私には国に残って国民と共にあるという選択肢もあったはず、残ったとしても真実には辿りつけたかもしれないのだ。
この自己嫌悪と自問自答が祖国を離れてからの私の毎日の日課と言ってよかった。
2年ぶりの祖国、私の今の能力であれば有効範囲は町1個分、つまり今の位置ならナノハナ全てであり、2年たち反乱が悪化した分だけ聞こえてくる国民たちの声には悲壮感しかないし、絶望感しか漂っていないのだけれど一方でパパに対する私たちネフェルタリ王家に対する信頼感を感じてならない。
私は涙を流してしまいそうでならない。
もっと早く帰って来るべきであった。
こんなにも待たせてしまって、苦しさを味わわせてしまっているのにも関わらず、私たちを信頼してくれていることに対して申し訳が立たない。
パパは大丈夫だろうか? チャカとペルはうまく軍をなだめることができているだろうか? リーダーはどうしているだろうか?
そして、イガラム……。それは考えても仕方がないことだ。
みんなが幸せになってほしい。それが私の夢であり、ネフェルタリの者として生まれた私の
そうだ、私はみんなを幸せにして見せるために祖国に戻って来たのだ。
船に戻ればパパに当てた手紙をカルーに持たせて、すぐにアルバーナへ向かわせよう。
「ねぇ、ビビ。前見て、さっきはいなかった船が停まってるの。あれもバロックワークス?」
私の物思いを横を並走するナミさんが現実へと戻してくれる。
私たちは今走っているのだ。ルフィさんが引き連れてきた海軍から逃げ延びるために。
ナミさんの言葉を受けて前方に目を凝らしてみると、確かに先程はいなかった船が、私が乗せてもらっているゴーイング・メリー号の少し離れた先に停泊している。
その船はゴーイング・メリー号よりも随分と大きくて、しかも船体が真っ黒に塗装されている。こんな船を私はバロックワークスで見掛けたことはないし、海賊旗も掲げていないし、正直わからないので、
「バロックワークスの船ではないと思うけれど……。どこの船かしら、港の桟橋に停めてないと言うことは停められない理由がある筈だけど……」
と、答えるしかない。
よく見れば、その黒い船の近くには大きな何に使うかよく分からないものがいくつか置かれているし、人影も見えてくる。
「海軍船ではないと思われますよ。MARINEの文字が見当たりません」
たしぎさんの言う通り海軍ではなさそうだけど、
でも異様……。
「全員真っ黒じゃねぇか。くそおかしいぜ。政府かもしれねぇな……」
サンジさんが言う通りその可能性もあるかもしれない。全員漆黒の服装にハット帽を被っている。
「みんな聞いてくれ。船に戻りてぇのに、俺は船に戻ってはいけない病になっちまったかもしれねぇ」
ウソップさんそのものであるウソップさんはさておいて、
中でも目立つのは一際大きな巨体の持ち主、2mは優に超える背丈に筋骨隆々の体、短く刈った白髪に髭も白くて年配者の様だけどとても精悍な顔立ち。
「あれ、白クマが立ってる。スゲーっ!!!」
トニー君が言う通り、その横にはなぜか白クマさん。まるでトニー君みたいなモフモフした毛がとてもやわらかそう。
それに子供? もじゃもじゃのくせ毛の金髪に愛らしい顔立ち、何この子、可愛い……。
そして、黒髪を後ろでまとめてポニーテールの様にして浅黒いこれまた精悍な顔立ちの……、あれは男性よね。
女性もいる。
あのミニスカート、女である私からしても短い。ナミさんといい勝負。それに燃えるような紅い髪のショートヘアー、上品な顔立ち、とても綺麗な人。
「おまえら下がってろ。敵かもしれねぇぞ」
Mr.ブシドーの言う通りかもしれないけど、どういう人達なんだろうか? 海賊でもないし政府や海軍でもなさそう……。
「黒いやつらだなー。ん? あれ? 俺さっきそんな奴に会ってたような?」
ルフィさんは知ってるんだろうか? この人達の事を……。
あ、別の方向からももう一人、同じように全身真っ黒な服装でハット帽を被っている男性。長身で非の打ちどころがない綺麗な金髪、整った顔立ち、でも頬に特徴的な傷跡……。
私たちは見知らぬ船に乗っていたと思われる人たちを前方に認めながらも後方から追われる身であるため、足を止めるわけにはいかず、とうとう船のすぐ近くまでやってきてしまったわけであるが……。
隠れていて今まで見えていなかったのだが、私にそしてみんなにも馴染みがある人が目の前に現れる。
ミス・オールサンデー。
この人、いいえ、こいつだけが白いコートを羽織っている。
「あら、ミス・サマーヴァケーションじゃない。戻って来られたのね、この国に」
この女が考えていることはよくわからない。なんでそんなにも心穏やかな調子で挨拶ができるのよ。
なんでそんなにも……。
****
「あら、ミス・サマーヴァケーションじゃない。戻って来られたのね、この国に」
ニコ・ロビンのとても穏やかな声音の言葉が俺にも聞こえてくる。
俺は『spice bean』での本来ならば払わなくてもよかった会計を済ませて船へと戻って来ている。ローとクラハドールは思うところがあるからと別行動なので、戻って来たのは俺だけだ。
アラバスタ王に売り込みたい積荷の荷揚げは既に終わっているようで、海水淡水化装置と思われる重量物が浜の岩場に置かれており、あとは輸送を待つばかりの状態である。
だが問題がひとつあるとするならば、否、大問題があるとすれば、
麦わらの船が俺たちの船の近くに停まっており、海軍から逃げてきたと思われる麦わらの一味も集まって来てしまっているということだ。
この世にこんな鉢合わせがあるだろうか?
と、問うても仕方がないことであるのでどうするのか出方を考えなければいけないのだが……。
考える必要性をなくすようにしてニコ・ロビンがこの場に言葉の爆弾を投下し始める。
「戸惑っているみたいだけど、簡単な事よ。この人たちはネルソン商会の皆さん。私の本当の雇い主で、クロコダイルの黒幕」
この言葉を聞いた瞬間、こいつは本当に悪魔の子ではないかと思ってしまう。
ちょっと考えればこんな話、根も葉もないものだとわかりそうなもんだが、俺がさっきそこで最初に出会ったあのとんちんかんな奴なら、鵜呑みにしかねない。
「ちょっとロビン、何言い出すのよ」
「ちょっとビビ、どういうこと?」
わが会計士と麦わら一味の女の話し方が瓜二つであることはさておいてだ、
「ビビ……。どっちだ? こいつらはお前の敵なのか? クロコダイルの黒幕なのか?」
麦わらがさっき出会った時とは全く違う真剣な表情と声音でビビと呼ばれる水色髪の女に問いかけている。多分に彼女がネフェルタリの王女ビビだろう。
ここで俺たちが何を言おうとも説得力は皆無である。ここは第三者の口から真実を話してもらうしかないのだ。
そのため俺は心の中でただひたすらに念じている。
頼むから、違うと言ってくれ、と……。
「……わからないわ……」
王女が絞り出した言葉がそれだった。
「ルフィ、戦っちゃダメーっ!!! その男、ネルソン・ハットよ。手配書に載ってた。2億8000万の化け物なんだから、あんた死んじゃうかもしれない。ビビは敵と言ったわけじゃないわ、わからないって言ったのよ。だからまず話をするべき。そうでしょ?」
俺は麦わらの一味にもまともな考えをする人間がいることに救われた気持ちだ。
「ナミ……、死ぬかどうかは問題じゃねぇ。ビビはわかんねぇって言ったんだよな? だったら敵かもしれねぇじゃねぇか」
おいおい、麦わらよ。なんでそうなるんだ?
おまえのさっきとは雰囲気が一変して修羅場に立つ海賊然としたところは大いに見直されるところだが、もう少し冷静になってだな……、と思ってみても仕方がないのかもしれない。
こいつは拳でしか分からない奴なのかもしれない。
そういうことなら、受けて立ってもいいが……。
厄介なことではある。
これもあれか、
読んでいただきありがとうございます。
ビビ視点が初登場でこれはひょっとするとひょっとするかもしれません。
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