ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んでいただきありがとうございます。

少しばかり期間が開いてしまいまして、お待たせ致しました。

今話は前話よりは短めですが、11500字あります。

よろしければどうぞ!!


第25話 ささやかなれど戦いは幕開けつつある

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

 サンドラ河は河と表記されるだけあって、それはまさに大河であった。対岸は遠くにうっすらとしか見えず、この国を分かつ河と言っても過言ではなさそうな、ぱっと見では海と錯覚させられるようなでかさだ。このでかさであるからこそ、灼熱砂漠の土地で人が生きてこれたんだろうと妙に納得してしまう。

 

 眼前ではこれまたでかい亀が河の岸辺に漂っている。こいつがニコ屋の乗っていた船なのだろう。小粋なハット帽を被って、甲羅の上には洒落たデッキチェアーが据えられているじゃねぇか。

 

 

 と、ここまでなら長閑な光景ってことで話は済む。そこに水辺があるってだけでさっきまでの()だるような暑さは幾分とましになってさえもいる。

 

 だが、いただけねぇのは亀の前にいる奴の存在と、元々はそこに居たんじゃねぇかと思われる奴らが周りで無惨にも倒れている姿だ。

 

 おまけに奴の放った第一声、珀鉛(はくえん)病だったガキか……。

 

 その言葉は一瞬にして否応なく俺の心を遠い故郷へと飛ばし、絶望と憎悪しかなかった遠い過去をまざまざと俺の中に甦らせる。再びあの地を訪ねることができたお蔭で、もう俺を苛ませるようなものではねぇが、チクチクと突っつかれるような痛みは伴うものであり、俺の中から完全に消え去ることは決してない。

 

 これは自分のペースに持ち込もうとする奴の、グラディウスの策略だ。そんな手に乗るもんか……。

 

 ()り上がろうとする感情に対して、俺は心を落ち着かせて理性で抑え込もうとする。

 

「何の用? 姿を見せたりして。直接の接触はしない約束だったはず」

 

 俺の心の動きとは関係なく発せられたニコ屋のグラディウスに対する言動が、冷静さを取り戻す手助けとなって、今の状況に思考を移すことが可能となる。

 

 ニコ屋のグラディウスに対する物言いは何とも刺々しいものではあるなと。

 

 そうか、こいつはニコ屋にとっても知りあいだったわけかと。

 

 さっきまで居た筈のニコ屋をここまで背に載せてきたワニの姿が既にないじゃねぇかと。

 

 そいつは俺たちのらくだとは段違いに足の速い生物であり、どうやらそのスピード能力が引く手数多らしく、ニコ屋を下ろすと直ぐにどこかへと行ってしまったのかもしれない。

 

 何にせよ、この状況においてニコ屋の存在は歓迎すべきものだ。事を有利に運ぶために考える時間を稼げるという点では。

 

「その約束はお前がしっかり時間と計画を守っていればの話だ。何度も言わせるな……。俺は時間と計画を守らねぇ奴が死ぬ程嫌いなんだっ!! ……ニコ・ロビン、定時連絡は一体どうした? 計画が詰めの段階に入ろうとしてる矢先に連絡の滞りはトラブルとしか考えられねぇ。来てみれば、ローが一緒に居る。どういうことだ? おまえ、ここへ来て裏切るつもりか?」

 

 対するグラディウスは怒りの感情と能力がリンクしているらしい。死ぬ程嫌いという所で、頭を覆っていた俺たちと同じようなハット帽を一瞬にして破裂させてみせた。現れたのは何物も寄せ付けないような尖がりと跳びはねを見せる白髪。

 

 奴はパムパムの実を食べた破裂(パンク)人間、自身の体と触れる無機物をパンクさせる事ができる。おそらく覇気も操ることができるだろう。覚醒しているかどうかまでは何とも言えないが……。

 

 とはいえ、こいつの主要目的はニコ屋との接触だったわけだから、放っておいても……っていうわけにもいかねぇか……。

 

 計画が詰めの段階に入っていると奴は言った。砂屋の計画も最終段階に入ろうとしているところなのかもしれない。その梯子を外そうってんならタイミングが何よりも肝心だ。故にニコ屋の役割はでかいものになる。

 

「まさか、そんなつもりはないわ。連絡できなかったことはごめんなさい。この人たちに捕まっていたの。10億ベリーをご所望みたいだから……」

 

 ニコ屋は感情など忘れたとでも言うような淡々とした口調をしている。そっちに誘導してくれるってんなら、逆に感情を露わにした方が説得力を持つような気がしないでもないが、このスタンスがこいつの普段通りなのかもしれない。

 

 どちらにせよ好都合だ。俺たちの目的第一義はダンスパウダーであり、10億ベリーは目的の第二義になる。もちろん、ダンスパウダーのおまけに10億ベリーが手に入れば言うことはねぇが、欲をかき過ぎれば全てを失うことにもなるだろう。

 

 ひとまずはニコ屋の発言によって方向性が定まってんだから、俺たちはそれに乗っかればいい。奴らに俺たちの目的があくまで10億ベリーだと思わせることができれば隙が生まれてくるってもんだ。

 

 クラハドールはどう考えているだろうか? 今のタイミングで奴に視線を向けるのは、グラディウスが何も見逃すつもりはなさそうに警戒していることから得策ではないが……。既にグラディウスの考えは想像しているであろうし、この場の筋書きを考えて絞り込みにも入っているであろう。

 

「……まあいいだろう。裏切ろうなんて考えねぇことだ。若は裏切りを絶対に許さねぇ、もちろん俺もな。……で、問題はお前らだな」

 

 ニコ屋の素直な了解の意をみて、グラディウスが本格的に俺たちへと視線を寄越してくる。クラハドールへ視線を向けるならこのタイミングだな。今なら随分と自然に見えるだろう。

 

 てなわけで奴に視線を向けてみれば、動揺を隠せないような表情でしきりに懐中時計を撫でるという動作を繰り返している。

 

 とんだ役者じゃねぇか。

 

 手配書が出回っていて素性を知られている可能性はあるにしても、執事を演じて下手(したて)に出ても勝算があると踏んでいるんだろう。メガネの動作を意識的に封印しているのは、奥底に潜む鋭利な刃に気付かれない様にするためか。

 

「ロー、10億ベリーは確かにファミリーがナギナギの実に対して支払った対価。だが、それは廻り廻ってまた戻ってくることになってる。つまりは、10億ベリーに手を出すってのは、ファミリーに楯突くってことだ。若を失望させるなよ、ロー」

 

 やはり10億ベリーは回収するつもりでいたようだ。

 

 もう一度クラハドールを盗み見れば、横目同士で奴と視線が合う。

 

 ゴーサインだ。

 

 この場で自分は発言しない。ニコ屋の作り出した方向性に乗っかるってことで、俺に任せるといったところか。

 

 こいつは口が災いの元になることをよく理解している。言葉を出せば出す程それは相手に対して情報を与えることになる。事を有利に運ぶためには出来るだけ相手に話をさせる方がいいに決まっているのだ。

 

 それに……、奴も気付いていそうだ。グラディウスの持つ小電伝虫の向こう側で耳を澄ましている相手がいるんじゃねぇかと。

 

 

「もう俺はファミリーの一員でもなんでもねぇんだ。楯突くも何もねぇ……、俺たちはネルソン商会、目の前に利益が転がってれば、それを拾わない理由はない。支払った対価は対価として諦めるんだな。これを裏切りってんならそう言えばいい。俺のボスはもうジョーカーじゃねぇんだよ。なぁ……、聞いてんだろジョーカー? どこに居るのかは知らねぇが」

 

 俺も感情は露わにせず冷静な口調に努めてみる。俺の言葉に対してグラディウスは何ともばつの悪そうな表情を浮かべており、どうやら図星であったようだ。

 

~「フッフッフッ、久しぶりに言葉を交わすってのに随分と突っ掛かってくれるじゃねぇか。俺はおまえに礼を言わなきゃならねぇってのに。ナギナギの実が手に入った。11年前おまえがコラソンと共に姿を消して、コラソンをこの手で殺すことになったお蔭でな……。全てはお前のお蔭さ。ナギナギはコラソンが食っていても無価値だった。他の奴が食った方がよっぽど価値があるってもんだ。フフフ、なぁロー、そうだろう?」~

 

 小電伝虫越しに聞こえてくるジョーカーの声は、久しぶりに聞いても虫唾(むしず)が走るものであった。奴は俺のどこを突けばいいのかを正確に知っている。俺を怒らせて冷静さを失わせるのは奴の常套(じょうとう)手段だ。

 

 そう分かってはいるが、感情と言うものは実に厄介に出来ている。抑え込もうとしても(せり)あがってくるのだ。

 

「コラさんこそが俺の恩師だ。てめぇに礼を言われる筋合いはねぇっ!!! 11年前のけじめはしっかり付けさせてもらう。10億ベリーも貰っていく。元を辿れば出し手はてめぇだ。さっさと寄越せ、10億ベリー」

 

 気付けば俺の言葉には熱い感情が滲み出てしまっている。だが、そのことに後悔はない。

 

~「フフッ、フッフッフッ……。おいロー頭を冷やせ、10億ベリーなんざガキが持っていい金額じゃねぇんだ。……直に会えばお前の心もあの時代に戻るだろうさ、俺の右腕になろうとしていたあの頃にな……。ネルソン・ハットの下に付くなんて考えも消え去る。奴の頬傷はまだ残ってんだろ? フッフッフッ、お前は知っているのか? あの傷の意味を……。まあいい、グラディウス、ローを連れて来い。死なない程度に立場ってもんを分からせた上でな」~

 

 これでいい、ジョーカーに対しても俺たちの目的が10億ベリーであるという印象を植え付けることができただろう。

 

 それはいいがボスの傷跡については引っ掛かってくるものがある。ボスは己の頬傷について語ったことはない。俺も敢えて詮索はしてこなかったが、ボスもジョーカーとは因縁があるってことなんだろうか?

 

「というわけだ。若の言いつけ通り、任務を遂行させて貰おうか。……、ひとつ言っておくが俺はピーカ軍としてここに居るわけではない。俺は今ファミリーの“金庫番”としてこの地に赴いている。ファミリーの金に手を付けようとする奴に容赦はしない」

 

 ボスについて思考を巡らしている余裕はなさそうだ。すぐさまに立ち上がったグラディウスの両腕は今にも破裂しそうに膨らみ始めている。破裂した瞬間が戦闘開始のゴングとなりそうだな。

 

 ファミリーの金庫番か。

 

 ボスがアラバスタ上陸の際に口にしていたな……。

 

 栄枯盛衰は世の常だと。

 

 俺たちネルソン商会はちっぽけな存在に過ぎないが奴らに分からせてやる必要があると。

 

 自然の(ことわり)はお前たちドンキホーテファミリーにも適用されうることを。

 

 いつまでもその場に留まっていられると思うなよと。

 

 ようやく俺たちの戦いは第一幕に入ると。

 

 

 だとすれば、幕開きを相手に委ねるのはお門違いもいいところだ。幕は自ら開いてこそ意義があるってもんだよな。

 

room(ルーム)

 

 すぐさま、俺は高らかに第一幕の開幕を宣言していた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

 アラバスタ王国の都は泰然自若という形容が相応しいくらい、ただただそこに存在していた。遥か遠く砂漠の真っ只中からでも容易に確認することが出来た。砂漠を旅する者にとっては限りない安堵をもたらすことだろう。

 

 あぁ、アルバーナが見えたと……。

 

 さらに近付いて目の前にしてみれば、巌のような存在に圧倒されてしまう。巨大な、否超特大な砂岩の上に築かれた都が私たちを見下ろしている。その岩は何者をも寄せ付けないような断崖絶壁を誇っていて、都への入り方は東、南東、南、南西、西の5つのゲートだけのようだ。そのゲートも何百段に及ぼうかという階段になっている。

 

 そして、都の奥さらなる小高いところに王の宮殿と思われる建物が見て取れた。

 

 その威容はまるで王の威厳を表すかのよう、今日では王の求心力は落ちているというがそんなことは吹き飛ばすような荘厳さがそこには溢れていた。

 

 私たちはただただ見惚れていた。その初めて目にする景色の圧倒的スケール感に、訴えかけてくる偉大さに、醸し出してくる悠久の時の流れに。

 

 

 私がこんな感慨に耽ってしまうのは兄さんの影響が多分に大きい、ロマンを追い求める兄さんの影響が……。会計士である私はロマンチストではなくて徹頭徹尾リアリストでなければいけないというのに。

 

 それでもナノハナから北へ真っすぐの砂漠越えに関してはリアリストに徹してみた。

 

 私はロビンに掛け合ってみて、バロックワークスで飼育しているという『F-ワニ』と呼ばれるワニを調達することに成功した。F-ワニ5頭にそれぞれ海水淡水化装置を曳かせ、5頭にはそれぞれ、兄さん、私、オーバン、べポ、カールと分乗してここまでやって来たのだ。ちなみに、ロッコは今回も船に残る選択をしている。

 

 さておき、このFーワニという動物は素晴らしい。背にゆったりとビーチチェアのようにして座席が設えられていて、とても優雅な気分に浸ることが出来るし、何よりも足が速い。ラクダなんかとは比べるまでもなく、多分10倍ぐらいのスピード差があるんじゃないだろうか。それによって海水淡水化装置を運んでの難儀な砂漠越えが何とも快適なものへとなったし、砂漠越えの物資も思ったよりも必要にならなかったわけで良いことづくめである。

 

 にも関わらず、兄さんは風情がないと文句を言っていた。砂漠越えはラクダだろうと。私は誰のお蔭で快適な旅路になっているのかと、ラクダの上で揺られていれば今頃灼熱地獄の中で野垂れ死んでいただろうと、これだからロマンチストは……と喉まで出掛かっていたが、そこは兄を立てて黙っておいた。

 

 我ながら、私はいい妹だと思うし、出来れば誰かに褒めてもらいたい……。

 

「で、どうするんや、ジョゼフィーヌ? この階段」

 

 でも、私のささやかな願望は空しくも隣のF-ワニに乗っているオーバンによって断ち切られ、無理矢理現実に引き戻されるのだ。

 

 そう、海水淡水化装置を私たちの前に最大障壁として立ちはだかるこの階段でどうやって上げるのかという目を覆いたくなるような現実に。

 

「取り敢えず何段あるか数えてみたらええんちゃうか? なぁべポ」

 

「そうだねー。いち、に、さん、し、ご……、シェフー、数えんの面倒くさいよ」

 

「べポさん、10段づつ纏めて数えちゃえばいいんですよ。何段あるか分かれば、ここを上げきった時にいっぱい感動できるから頑張らないと。……10、……20、……30」

 

「もうっ!! あんた達ったら……。階段は800段あるわ、これで満足?」

 

 金に限らず何かを数えると言うことに関して我ながら私は天才的な能力を発揮するのだ。

 

 私の答えに対してオーバンは軽く口笛を吹き鳴らし、べポとカールは感嘆と絶望のないまぜになった言葉を交わし合っている。

 

 どうしてこいつらはこうなんだろうか……、兄さんは兄さんで自分の世界に入り込んでいるから聞いていないし、こんな時に限ってローはいないし、クラハドールは端から当てにしていないし…………。

 

 私の中でイライラが急速に募りつつあることが自覚でき、あと一押しで爆発してしまいそうである。そうなった時の私は何をするのか自分でも怖くなりそうだ。

 

 イライラはあの小娘を思い出させてしまう、否違った。

 

 あんの小娘っ!!!! の間違いだった。

 

 あろうことかあんのナミとかいう小娘は私たちが手中にするはずの10億ベリーを自分のものだと言い張るので、カチンときて(たしな)めてやると、海賊なんだから奪って何が悪いっていけしゃあしゃあと開き直って来た。

 

 もうっ、むかつく~っ!!!!!

 

 あんの小娘、今度会ったらタダじゃおかない。

 

 あ~っ!! 若さが憎い、健康そうな肌が憎くて仕方な~いっ!!!!!

 

 

「どうやって破産させてくれようかーっ!!!!!」

 

「ジョゼフィーヌ、お前の怒りの覚醒は怖すぎるよ。べポとカールが震え上がってるぞ」

 

 兄さんから(たしな)められてようやく我に返った私に、べポとカールが青ざめた顔でブルブルと震えている姿とオーバンのぎょっとした表情も目に入ってくる。

 

 いけない、いけない。私としたことが、自分で自分を一押ししてしまい心の声を爆発させてしまっていた。

 

「それに、あれはどうやら俺たちにお迎えが来ているみたいだ」

 

 続いて発せられた兄さんの言葉に反応して、指差す方向へ顔を向けてみれば、南ゲート階段前に緑のローブを羽織った変な髪型をした多分男が立っている。

 

 もしかしたら、王女に託した手紙が効を奏したのかもしれない。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

 能力を発動させてサークルを張り終えたのと眼前にグラディウスの姿を確認したのは同時だった。

 

 危険極まりないまでに膨らんでいる奴の両腕が破裂するのを見聞色で感じ取り、

 

「シャンブルズ」

 

で、ひとまずは回避行動に移る。

 

 奴の能力を考えると接近戦は非常にまずい。触れられたら最後、木っ端微塵にされてしまう。ここは間合いを保ちながら戦った方が良さそうだ。

 

 河岸から若干後退した場所へと移動して前方を見つめた瞬間、耳をつんざく様な破裂音がして砂煙が舞い上がる。自らの腕を破裂させたにも関わらず何事もなかったようにして砂が舞う中から現れてくるグラディウス。

 

「お前に稽古をつけてやってた昔を思い出したよ。あの頃よりはちっとはやるみたいだな」

 

 奴の言葉を受けて俺の脳裡にもその頃の様子が浮かび上がってくるが、散々足蹴にされていた苦い思い出しか出てはこない。

 

「感謝はしてるよ。お蔭でてめぇらとこうして戦えるようになったわけだからな」

 

 そう、感謝はしている。だが、それだけだ。

 

 俺からの皮肉をたっぷり込めた言葉に対してグラディウスは相変わらずの無表情で応じてくる。というよりもゴーグルとマスクによってほとんど表情を読み取れないというのが正しい表現だが。

 

「ニコ・ロビン、なぜお前は戦わない? ここで忠誠を表すのがファミリーの一員としての務めだろう」

 

 早くも亀の横に立って傍観に徹しようとしているニコ屋に対してグラディウスが水を向ける。

 

「あら、助けが必要な計画だったの? あの執事さんに戦うそぶりは見えないから1対1で私の出る幕はないと思っていたわ」

 

 ニコ屋の返事は相変わらずにべもないが、確かにクラハドールは戦おうとはしていない。

 

 というのも、こいつは基本、戦闘をしないという契約を交わしているからである。さらには戦闘をした場合には給金を割り増すという条項も加わっているらしい。一体どうやったらジョゼフィーヌさんからそんな契約を勝ち取れるのか俺には想像も付かない。

 

「確かに俺の計画に助けは必要ない。……フン、まあいい。そこでしっかり見てろ」

 

 一方のグラディウスはさり気なくニコ屋が使った計画という単語が効いたのか、ニコ屋を戦いに参加させることは諦めたらしい。

 

 ニコ屋へ向けていた視線も正面の俺へと向き直り……。

 

 

 戦闘再開、……髪か。

 

 

 グラディウスがお辞儀をするようにして頭を下げ、跳びはねる白髪を俺に向け、

 

「パンクヘア」

 

 髪の毛を針のようにして飛ばしてくる、……いや髪の毛自体を一本、一本破裂させてこちらへと飛ばしているのか一瞬で突き刺さるようにして飛んで来ている。

 

 それを見聞色で一歩早く察知した俺は飛んでくる奴の髪の毛と奴の周りをいまだに浮遊している細かい砂とを能力によって入れ替えてみる。

 

 俺のペースになりつつあるなと思った矢先に、見聞色で見えた奴の次の一手が浮かび上がり、それはとんだ思い上がりであることに気付く。

 

「サンドパンク」

 

 くっ……、俺の動きを読んで自分の周りの細かい砂に“破裂(パンク)”を仕掛けていたわけか……。

 

 俺は再び能力による移動を余儀なくされてしまう。

 

 後手を踏んでしまっており、まずい状況である。何とかして流れを戻さねぇとこのままズルズルといってしまうだろう。

 

 そんなことを考えながら右斜め前方へと移動した先では、

 

「あれだけ教え込んでやったと言うのにお前はもう銃を使ってねぇのか……。……投石(カタパルト)パンク」

 

腕から続けざまに弾丸が発射されてくる。

 

 奴の腕に装着されていた歯車はどうやらこのためのものだったようだ。

 

 とはいえ、ここまでは読み通りである。ただし芳しい状況とはいえないので好転させるべく俺も攻撃に移る必要がある。見たところ弾丸の着弾までは幾許かの余裕があるので、

 

「オクタゴン」

 

 身体を反らせながら鬼哭(きこく)を抜き放ち、正八角形を描くべく4本の太刀筋を素早く大気に刻みつけたあとに、さらなるシャンブルズを己に行使して移動する先は奴の後方左斜め。

 

 奴の懐に飛び込むのはリスクが高まるが、そのリスクを背負わなければまともな攻撃は出来そうもない。

 

 故に身体を反らせた状態で移動して、奴の左斜め後方からすぐさま攻撃態勢へと移行する。

 

 バク転をしようかという体勢になって己の後方へと目をやれば、辛うじて砂靄越しに先程まで居た場所を弾丸が飛び越えていく様が見える。砂が舞っているのは奴が砂地に仕掛けた“破裂(パンク)”の反動で自らを高所まで移動させる事により、太刀筋を回避する余地を作ったから、つまりは単純な攻撃は意味がないということだ。

 

 さらには俺に向けられていた弾丸が破裂していないことから、破裂のタイミングはどうやら奴の思うままらしい。無駄な事はしねぇってわけか……。

 

 そんなことを回転速度を急激に高めた脳内で思考しつつ、両手の親指を奴の背中へと向けて、

 

「カウンターショック」

 

 “電撃治療”を施してやろうとしたところで……、働かせていた見聞色は不吉なものを感じ取り……。

 

 

 この感覚……、まさか俺と同じ武装色のマイナスか? しかも……、強さを伴ってやがる。

 

 

 くそっ……、間違いねぇ……、これは王気(おうき)だ。

 

 

 奴の左腕が不意にこちらへと伸びてくるのも感じ取れ、

 

 

死の破裂(デスパンク)

 

奴の攻撃を食らってしまうことを覚悟して咄嗟に覇気を纏わせたところで、右側から突如近付いてきた気配に弾き飛ばされた。

 

 

鉄塊(テッカイ)(コウ)”」

 

 

 ……クラハドール、らしくねぇことしやがって……。

 

 戦闘はしねぇって言ってた奴がどういう風の吹き回しだ。

 

 

 サンドラ河の方向へと弾き飛ばされながら、凄まじいまでの破裂音が耳に入ってき、砂混じりの衝撃波によってさらに俺は飛ばされてゆく。

 

 それによって助かったのは確かである。グラディウスのあの攻撃はひやりとさせられるものがあった。“破裂(パンク)”に武装色マイナスを掛け合わせて身体の髄に甚大なダメージを与え得る攻撃だ。

 

 って、だとすればクラハドールは大丈夫か? 六式で武装色の王気(おうき)を受け止められるとは思えねぇ。そもそも奴は六式を使えたのかという疑問はいいとして、俺を弾き飛ばしてまで受けに入ったわけであるから勝算を持ってる筈なんだが……。

 

 ようやく砂地に落ちたところで思考を終え、前方を覆っている砂煙の中へと目を凝らしてみると、

 

王気(おうき)を使ったはずだが、あれを食らってなぜ立てている? どうやらただの執事ではないようだな」

 

「説明するつもりはありませんよ。私はネルソン家に雇われているただの執事に過ぎません。……まあ、たまに“脚本”を書いたりはしますがね……」

 

 

 ……立ってやがる。無傷と言うわけでもなさそうだが、少なくとも重傷には至ってなさそうだ。

 

 よくよく周りを見渡してみれば俺が張った(サークル)の内側に少しばかり小さくした(サークル)が存在している。

 

 これが奴の言ってた想像域(イメージ)ってものなのかもしれない。ならば奴は能力を使ったということであり、能力を使って六式で武装色の王気(おうき)を何とか受け止めて見せたってことだ。

 

 ボスの言う通り、とんでもねぇ何でもアリ加減じゃねぇか。

 

 視界が開けてくるにつれて、クラハドールとグラディウスの様子が明らかになってくる。クラハドールは背後しか見えないが、両肩の上に突き出ている刃が“猫の手”と奴が呼んでいる武器を両手に装着していることが分かるし、身体の四肢には手が纏わりつくようにして伸びて出ている。

 

 ニコ屋の奴、ちゃっかりとしてやがる。戦う気はさらさらねぇだろうに、しっかりとそぶりだけは見せてやがる。

 

 一方のグラディウスは攻撃を受けてないのだから当然のように傷一つとして見当たらないが、驚いている様子が見て取れた。

 

 

 さて、こうなってしまったからには最後まで、行き着くところまでやってしまわねぇといけないだろう。クラハドールも交えて、ニコ屋の立ち位置が実に厄介なもんだが、どうするか…………。

 

 

「出なくてよろしいのですか? 右ポケットが鳴っているようですが……」

 

 確かにここからでも微かに電伝虫独特の音が聞こえてくる。

 

 ジョーカー……。

 

~「グラディウス、直ぐに戻れ。今どんな状況であろうとな。俺はポイントへ向かう」~

 

 奴の声だ。有無を言わせぬ声音、何かトラブルでも起こったってのか? 俺に対して煽りたてるような文句も挟まずに切れてしまったことからして、その可能性は高そうだ。

 

 一瞬の間の後、

 

「……だそうだ。ロー、命拾いしたな。お前の一件はひとまずお預けだ。お前たちの有用な情報が掴めて中々の収穫だったよ。ニコ・ロビン、連絡は密にしろ。クロコダイルを精々おだて上げて、金は耳を揃えて返しに来い、いいな!」

 

俺たちに対しては今のところお咎めなしとなり、ニコ屋に対してはしっかり釘を刺して、亀の近くで停め置かれていたバイクに跨って、俺たちの前から姿を消した。

 

 破裂音がひっきりなしにしていたことを鑑みればあれはパムパムの能力が動力源なのだろう。

 

 

 

 

 再びこの場に存在するのが俺たちとニコ屋だけとなり、辺りはまだ砂煙が舞い戦いの余韻は残ってはいても静寂に包まれていて、浴びせ来る太陽光と体を撫でる河からの風を感じる。

 

 座り込んだクラハドールに近寄ってみれば、ダメージがないわけでもねぇことが見て取れ、改めて武装色の王気(おうき)の威力を実感させられてしまう。

 

「無理しやがって、外傷は大したことねぇし、骨も大丈夫みてぇだが……。体の内部を随分やられてる様だな、それに俺みたいに能力を使った後の副作用が半端じゃねぇんだろ? 相当に疲労してる筈だ。まったく……、今日のお前は突っ込みどころが満載じゃねぇか、きっちり説明しろ」

 

 鬼哭(きこく)を指示棒代わりにしてクラハドールを指し、言葉を放つ。背後ではニコ屋が倒れこんでいる己の部下たちを見て回っていることが感じ取れる。

 

「…………実験……成功だ。……」

 

 

 何とか気力を振り絞りひとつひとつ言葉を紡ぎだすクラハドールの説明を纏めてみると、

 

 モヤモヤの能力について考察を重ねて、ある仮説を立てていたということらしい。自分の思い通りの空間を作り上げることができるかどうかと。

 

 今回はそれが、武装色の王気(おうき)を六式で受け止める、つまりは覇気>六式ではなくて覇気=六式の空間を作れるかどうかというわけだ。それが成功したということだろう。勿論まだまだ時間にして10秒そこらみたいだが。

 

 俺の能力も大概であることを自覚しているが、やはりこいつの能力も随分と何でもアリ加減が溢れている。今回の仮説が10秒そこらとはいえ成功したってことは、能力に磨きをかけていけば思い通りの空間を作り上げることが出来るようになるんだろうからな。

 

 

 そして、グラディウスから能力を使って想像出来たこと。ジョーカーが呼び戻した理由はグラディウス本人も分かってないということだが、今回のジョーカーの取引相手については分かったという。

 

 それがクラハドールの想像通りであるならば、面白いことであるし、また実に厄介な話でもある。

 

 世界はどうにも廻り廻るのが常らしい……。

 

 

 ボスに連絡を入れ、クラハドールの容体をみて、さらにはニコ屋を急かせ、さっさとレインベースへ向かって北進しよう。

 

 と、これからやるべきことを脳内で整理していると、クラハドールが俺に視線を寄越して来ていることに気付く。ニコ屋に軽く視線を送ったあとに再び俺を見つめ、顎を動かしている。

 

 ニコ屋に聞かせたくない話の様で、近くに寄れってことらしい。

 

 今度は何だってんだと思いつつも、座り込むクラハドールに対して屈みこみ、診察をするように装ってみる。

 

「…………気のせい……かも…しれねぇが、……覗かれる……ような気配……を感じた。……政府の……奴らかもしれん」

 

 その言葉を聞いて、俺も見聞色を使ってみるがニコ屋と消え入りそうに微かなグラディウスの気配しか感じられない。

 

 見聞色の“無地(むち)”の領域で気配と姿を消す力か……、クラハドールが能力を使った瞬間にほんの僅かだがその気配を捉えたのかもしれねぇな。

 

 本当にそんな奴が俺たちの周りを嗅ぎ回り、蠢いてるってのか? 

 

 隠密に徹されて情報を密かに取られていくってのはあまり気持ちがいいものではない。気付かれずに暗殺も可能なわけなんだからな。

 

 奴らはどうしようってんだ? 

 

 と考えても埒が明かねぇわけであり、出方が読めない以上今は動くしか道はない。

 

 

 ロッコさんの事といい、ジョーカーとの久しぶりの会話といい、グラディウスとの対面といい……。

 

 先行きを明るくするものは何もなく、暗中を模索し突き進むしかない。

 

 

 だがそれでも、俺たちの“戦い”はまだささやかではあるが、幕開けようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

もう少し話を進めたかったのですが、今話はここまでです。

また戦闘描写に手こずってました。破裂ってなんだろうかって堂々巡りに陥ってしまいまして。

まだささやかな幕開けなのでこのぐらいでご勘弁下さい。


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