ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第26話 明けない夜はない

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

国とは一体何だろうか?

 

私の生まれ故郷ベルガー島は国家として体を成していたときもあったとは聞くが、少なくとも私が生まれてからは国家ではなかった。故に私には国というものがわからない。ベルガー島という故郷(くに)は存在するが、それさえ私は、私たちは捨て去ってこの海にやって来ていた。

 

国も故郷(くに)も同じようなものなのだろうか?

 

故郷(くに)を捨て去って来た私たちが帰る場所は一体どこにあるのだろうか?

 

 

 

南ゲートで待ち構えていた800段に及ぶ階段を100段ごとに不平不満の数を増やしながらも、何とか登りきった私たちはアルバーナの街に入っている。

 

肝心要の海水淡水化装置はゲート前でオーバンとその子分二人と共に残してきた。なぜなら、さすがにあの重量物を800段上に持ち上げる方法は皆無であったから。

 

よって交渉は絵と図面だけで行い実物はあとで見てもらうことになるだろう。アラバスタの王を相手する交渉ごとにオーバンたちの出番はないだろうし、何もないゲート前でもあの3人なら楽しく過ごすことだろう。私には理解不能ではあるけれども。

 

こうして、私の横を歩いているのは兄さんだけであり、そんな私たちの前を歩いて案内役を務めているのがゲートで待ち受けていてチャカと名乗った男。どうやらアラバスタ王国護衛隊の副官であるらしい。

 

この副官殿が待ち受けていた理由はアラバスタ王に手紙を出す王女に便乗したから。ナノハナでの麦わら一味との一悶着というどさくさに紛れてのことだ。

 

それが効を奏したのか副官殿曰く、本来であれば入港許可証を持っていない者に引見することは有り得ないということだが、国王が興味を持ったらしく特別に許可されたらしい。

 

また、副官殿にはしっかりと本人確認を受けている。出会い頭に王女のサイン証と私たちネルソン商会の刻印登録書の提示を求められた。それに滞りなく応えることが出来た故にアルバーナに入ることを許されている。

 

それにしても……、副官殿は無味乾燥だ。

 

どこまでも事務的であり、距離を縮めようなどという好意的なものは微塵も感じられない。兄さんが歩きながらも会話を試みてはいたが、それはそれは天晴れな程に梨の(つぶて)であった。

 

ただ、そんな乾いた砂を地で行くような副官殿も一度だけ感情を覗かせた場面がある。

 

アルバーナの街は通りのあちこちで慌ただしさを見せており、家財道具一切合財を台車に山のように積んでいたり、軍人と思われる息子と別れの抱擁を交わす両親といった場面がそちこちで見受けられている。

 

副官殿にどういうことかと訊ねてみると、国王軍はレインベースに出兵するのだという。こんな大事が間近に迫っているというのに国王に謁見を求めるとはどうかしていると中々に強い口調で詰られたものだ。

 

 

そんなこんなでアルバーナのよく整備された街路を私たちは歩いていた。1本道の先には私たちの目指す場所、王が居を構える宮殿が、街路の両側に建ち頂きに尖塔を載せた建物に見え隠れしていた。

 

私たちの歩みは中央広場へと差し掛かり、遮るものがない広場の中心に立ってみれば……。

 

ここを中心にして東西南北、放射状に広がる街路をぐるりと眺め渡すことが出来た。それはまるで世界の中心にいるような、壮観という一言に尽きるような景色が広がっていたのだ。

 

私たちの歩みはさらに進み、宮前広場へと足を踏み入れてみればそこには、

 

荘厳なるアルバーナ宮殿……。

 

私たちの前に悠然と立ちはだかっている巨大建造物。それは遠い遠い遥かの昔よりこの地に建ち、砂と共にある人々の営みを、私たちの様に王への謁見を求める者たちを眺めてきたのかもしれない。

 

まず入口からして、再び階段を登らなければならない。中央に据えられた階段を登りきったところに重厚な門構えの入口が何者をも寄せ付けぬように口を閉じて待っているのだ。さらに上層では3つのドームを戴く主殿が控えている。

 

主殿の手前では対を成す様にして守り神よろしく聳え立っている彫像が二つ。左にジャッカル、右にファルコン……。

 

「美しい眺めだな」

 

兄さんの口から洩れてくる感嘆の言葉に私も思わず頷き、

 

「うん……。とっても綺麗ね……」

 

と、言葉を返している。

 

するとそんな私たちの反応を好意的に受け取ったのか副官殿の口から、

 

「ありがとう」

 

と一言が呟かれ、こちらに向けられた横顔がどこか柔和になってもいる。

 

無味乾燥で事務的で嫌味を言ってくる副官殿にも、こんな一面があることを気付かされて少し見直してしまう。その髪型はどうかとは思うが……。

 

「いい笑顔だ。国を愛しているんだな……」

 

「生まれ、育ち、これまで生きてきた国だ。これからも生きていく国だ。愛していない者などこの国には居ない」

 

兄さんの言葉に反応して、感情を乗せた言葉を放った副官殿の横顔は最後少しだけ歪ませているように見えたが、すぐにそんなものは消え去って、

 

「我々もあまり時間はないんでな。国王様はすぐにでもお会いになる」

 

と、素晴らしくも事務的な口調でそうのたまった。

 

「問題ない。正式な謁見作法があれば教えてくれ。礼儀は弁えておきたい。ジョゼフィーヌ、行こうか?」

 

国を愛する心か……。私たちはこれからこの国一番の愛国者を交渉相手にするのかもしれないと思いながら自分自身に気合いを入れて、

 

「ええ。行きましょう」

 

力強くも兄にそう答えてみせた。

 

 

 

 

 

「お前たちはハイエナかね?」

 

私たちの自己紹介もそこそこにして、アラバスタ王ネフェルタリ・コブラが放った開口一番は強烈な皮肉だった。

 

謁見の間は天井が高く、最奥中央にある玉座の左右には大きな丸い格子窓が嵌めこまれていた。私たちと玉座を隔てるものは真っすぐ伸びるように敷かれた一本の絨毯であり、その左右にはびっしりと背丈を越える程の槍を打ち立てた近衛兵が畏まっている。その先数段高いところで背凭れが極めて高い椅子にどっしりと構え、眼光鋭くも私たちへと視線を寄越していたコブラ王。

 

謁見の間に足を踏み入れた瞬間の光景がそれだった。私たちは控えの間できっちりと正装を整え、相応の緊張を纏って臨んでいた。とはいえ、いざその光景を目にすればさらに身が引き締まるものがあった。

 

そこに、さらなる追い打ちの言葉である。

 

私たちは謁見作法に則って、玉座を前にして膝をつき、頭を垂れているのだけど……、どう答えたものかしら。

 

打てば響くように答えたいものだが、決然とした思いを胸に臨んでいるからなのか、何だかいつもの自分と違うような気がしてならず、うまく頭が回らないし言葉が出て来ないでいると、

 

「ええ。反乱真っ只中の国においていきなり王に取引を持ち掛ける火事場泥棒加減を鑑みれば……、我々はハイエナと言えるかもしれませんね。否定は致しません。ですが、恐れながら商人とはそういうものです。リスクのあるところには特大のリターンがあると……、我々はそう考えております」

 

兄さんが上手い具合に王へ切り返してくれた。

 

私の目に映るのは絨毯の精緻な模様だけであるが、兄さんが不敵な笑みを浮かべているのが目に見えるようである。

 

フフフっ……。私は頭を垂れながらも笑いを噛み殺さずにはいられなかった。

 

兄さんったら……。

 

すっと肩の力が抜けていくのが分かる。

 

「ハハッ、正直であることは良い事だ。物事の大事な起点となる。さて、早速にも話を聞こうか。君の綺麗な妹(ぎみ)の話をな。美しい女性というのは何よりも素晴らしい事であるからな……」

 

声色からしてコブラ王の表情に笑みが零れているのが想像できるし、ピンと張り詰めたような空気が若干緩んだのが感じられる。

 

それに王はどうやら無類の女好きみたいだ。特に若くて美しい女性が……。

 

 

つかみはOKみたい。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

陽の傾きはまもなく暮れになろうとしている。纏わりつく様な暑気は既にない。吹き流れる風によって、気持ち良いぐらいに払われているからだ。

 

俺たちはファミリーとの戦いの幕をささやかながらも開けたのち、ニコ屋曰くバンチという名の小粋な亀に体を預けている。目指す場所はここから北、砂漠のど真ん中にあるオアシスに存在する夢の町レインベース。砂屋が居座っている拠点だ。

 

出発前にボスに連絡をとると、向こうはアルバーナに到着していて、これからアラバスタ王との交渉に臨むということであった。ジョゼフィーヌさんであれば、賢人といえども体よく言い包められてしまうことだろう。

 

だが本当の鍵はそこじゃねぇんだよな……。

 

ボスは言っていた。

 

アラバスタ王、ひいてはネフェルタリとの関係は後々重要な意味を持ってくるはずだと。しっかり種を蒔いておく必要があると……。

 

蒔いた種はやがて聖地へ赴いた際に花開くのかもしれねぇ。

 

ボスは一体どんな話をするのか興味があるが、生憎俺はその場にはいない。俺の近くに居るのはニコ屋だけ、クラハドールは手当てをして後ろに曳いている小舟で寝かせている。アタッシェケース10個と共に。

 

レインベース到着は明日になりそうだ。こんな状況であるからして、俺はニコ屋との会話に花を開かせろってことなんだろうか。

 

出来ればご免(こうむ)りてぇんだが……。

 

亀のバンチは意外にも中々のスピードで大河を北へと進んでいるわけだが、俺の目に飛び込んでくる景色は進行方向ではなくて逆方向である。

 

なぜなら、バンチの甲羅上には何とも優雅なマットレスとそれを覆うパラソルが備えつけられているからだ。そこに座っているのが当然ニコ屋であり、俺はというと心なしか肩身が狭い感じで甲羅の後方に寝そべっている状態である。

 

「あなた達は何を目指しているの?」

 

それぞれ別の方向を向いている状態で後ろにいる俺にニコ屋が投げ掛けてきた言葉がそれだった。

 

「どういう意味だ?」

 

いきなり飛び出したニコ屋の質問の意図が分からず俺も質問で返してみる。

 

何の因果でそうなったのか、俺はサイレントフォレストでこいつに昔話を聞かせてやった。確か……、故郷(フレバンス)での生い立ちから、ファミリーに至って、コラさんまで洗いざらいぶちまけたはずだ。

 

何でそんなことをしたのか? 正直俺自身もよく分からない。

 

同情か? いや、それは違うな。

 

……俺の気まぐれだ。としか俺の中で消化できそうな結論はない。

 

 

と思考を巡らしつつ、ニコ屋からの返事がないことに気付く。

 

バンチが水を跳ね上げる音と撫でそよぐ風の音がするのみであり、両岸の砂景色が左右を流れていく。ある意味では静寂な時間と空間。

 

「ニコ屋お前、もう決めてんだろ? ファミリーからも足抜けするって」

 

静寂を打ち破って、逆に気になっていたことを聞いてみることにする。

 

「ええ、そのつもり。ずっといるような所じゃないわ」

 

確かにな。ファミリーにいた経験者としてその言葉には同意せざるを得ない。だが、

 

「だからってそう簡単に事は運ばねぇぞ」

 

相手はジョーカーである。こいつは一体どうするつもりだろうか?

 

「あなた……、私の心臓を奪ってるじゃない……」

 

ニコ屋の声音は感心しねぇ響きを帯びてやがる。

 

俺たちを巻き込むつもりか、……待てよ、最初の質問からすると……、俺たちに加わろうって腹積もりがあるんじゃねぇだろうな?

 

そこまで考えたところで思わず振り返ろうとすると、

 

「あなた達が目指そうとしているもの……、復讐。違う?」

 

ニコ屋の矢継ぎ早の言葉が俺にそれを許しはしない。

 

違うかどうかと尋ねられればそれは違わないとしか言えない。俺たちが考えていることは突き詰めてみりゃ……、それは復讐の2文字となる。

 

……だが、そんな2文字で片づけられる事か? そんな端的に言い表せることなのか?

 

「私は復讐なんて考えてないわ。ただ歴史を知りたいだけ」

 

ただ歴史を知りたいだけだと?

 

「ふざけるな、そんなもんで片づけんじゃねぇよ……。お前は前に進んでんのか? お前の時計の針はしっかりと先へと時を刻んでやがんのか? 俺たちは誰かによって生かされちゃあいるが、それは前へ進むってことも含んでんだよっ!! 腹に一物抱えたまんま、それをだましだましでやってけるなんざ思っちゃいねぇだろうな? 落とし前はつけなきゃならねぇ、絶対にだ!!!」

 

そうさ、けじめは付けなきゃならねぇんだ。ジョーカーとの11年前のけじめはな……。ボスやジョゼフィーヌさんにとってはその親父さんのけじめが政府との間にある。そこを避けては通れない。

 

本当のところ、俺たちの時計の針はある時から何も刻んではいない。

 

時計の針を再び動かすためには、けじめを付けなければならない。奴らと話を付けなきゃならねぇんだ。

 

だが相手は高ぇところにいる奴らだ。俺たちが這い上がると同時に奴らを引きずりおろさねぇ限りは何も見えてはこない。

 

「私にもいるわ。生かしてくれた人が。お母さんも博士もサウロも私を生かしてくれた。だからこそ私は歴史を知りたいの。オハラがなぜ滅びなければならなかったのか、なぜ私を生かしてくれたひとたちは死ななければならなかったのか、歴史はそれを教えてくれるはずだから」

 

背後から聞こえてきているニコ屋の声は若干の熱を帯びている。

 

「……悪ぃな、それがお前のけじめってわけか。……心臓は返してやるよ。目的の物が全て手に入ったらな。……ニコ・ロビン、お前……、俺たちと契約を交わすか?」

 

言った側から俺は何を言ってんだ? と軽く後悔の念が湧いてくるが、

 

「……フフフッ、遠慮しておくわ。……もう闇に生きるのは疲れたのよ。安心して、小舟のアタッシェケースはあなた達に譲ってあげるから」

 

ニコ屋の言葉は取り越し苦労に終わる。

 

それで何の問題もないのだが、少しだけ残念に思っている己がいるのはなぜだろうか?

 

いや、気のせいだ……。

 

ということで己の中で結論を出して、考えを別の方向へと向けてみる。

 

10億ベリーがここで手に入るなら、俺たちがレインベースにまで行く理由は存在しねぇんじゃないか。ニコ屋にしても真の目的は歴史の本文(ポーネグリフ)なんだろうから、ボスがアラバスタ王との話し合いで聞き出せる可能性もある。物事はもっと容易に進むんじゃあなかろうかと思うわけだが……。

 

愚問か……。

 

これはでかい演目なんだよな。誰が書いたか知らねぇが筋書きはもう動き出している。ニコ屋は砂屋をレインベースからアルバーナへと引っ張り出す必要がある。砂屋のアラバスタ全体を人質にするような圧力があって始めて、歴史の本文(ポーネグリフ)への道は開けるということか。

 

それにジョーカーがこの島にいる可能性が高い以上はギリギリまで下手なことはできない。演目『梯子外し』をギリギリまで演じきる必要があるわけだ。

 

とはいえ、俺たちは俺たちで演目があるんだが……、まあいい。

 

「あぁ、期待している。ひとまず、レインベースの砂屋の下まで頼む」

 

そうニコ屋に告げて、俺は再び暗がり始めた流れていく景色に意識を向けることにする。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

それはまさに熱弁であった。こんなにも熱く(ほとばし)るこいつの語り口を俺は初めて耳にしていた。今まで幾度も取引をその弁舌で纏めてきたのであるから当然と言えば当然なのだが、熱量の量はともかく質が(いささ)か違っていた。何ともまっとうなのである。

 

まっとう……、こいつを表現する言葉としてこれほど相応しくないものはないだろう。本人は断固として否定するであろうが……。

 

ジョゼフィーヌは自分達のルーツ、ベルガー島のことから始まって、ネルソン商会の商人としての在り方から商人魂をこんこんと説いてみせ、アラバスタの素晴らしさを何とも詩的に称えた上で、現状をこの世の終わりとでも言うように嘆いてみせた。

 

さらに本題に入れば、俺たちが膝を付いている絨毯の横幅いっぱいはあるような図面と絵を広げて見せて、多分にあの麦わらでも分かりそうな懇切丁寧具合で滔々(とうとう)と説明していた。

 

そこまでやり切ったならば、首を縦に振らない相手などいない。コブラ王自身の若くて美しい女性には甘くなってしまうらしい弱点とも相俟って、交渉はトントン拍子に進みそうな勢いである。

 

にしても、さすがはコブラ王である。国は反乱騒動の真っ只中、今も王の横に控えている副官によればレインベースへの出兵も間近に迫っているというのに、どうだこの心に余裕を湛えた雰囲気は……。まだ何も終わってはいないというのに、終わることを前提にして話を進めている。どうすればこんなにも泰然自若としていられるのだろうか?

 

「……素晴らしい提案だ。海水淡水化装置は是非とも頂きたいものだな。ただ残念な事に、今我が国には(あがな)えるだけの蓄えはないのだよ」

 

「ええ、もちろん承知致しております。お代を如何にして頂くのかは我々も熟慮に熟慮を重ねて参りましたので……」

 

そんなやり取りが耳に入ってきたところで、俺は顔を上げて視線をコブラ王へと合わせていく。

 

目は口ほどに物を言うように、ありったけの力を込めて……。

 

「良かろう。……チャカ、私は奥へ行く。案内しよう、総帥殿」

 

こちらの意はどうやら伝わったようだ。

 

「そういうことだ。……悪いがジョゼフィーヌ、外してくれ。ここからはトップ会談だ」

 

「……承知致しました。外にて上首尾をお祈り申し上げております」

 

最初から示し合わせていたこととは言え、最後に美味しいところを兄に持っていかれることに釈然としていないのが、上首尾を祈っているという言葉でプレッシャーを掛けているところに表われている。

 

とはいえ、ここ最近はほとんど聞かなかったわが妹の畏まった口調に俺は思わず吹き出してしまいそうで、何とかそれを堪えて、謁見の間を後にするコブラ王に付いて行った。

 

 

 

 

 

「何事も自分でやらないと気が済まない質でな……」

 

そう言ってコブラ王は湯気を立てているポットから2つのカップにチャイを注いでくれる。

 

王によって案内されたこの場所は応接間の様であるが、絢爛煌(けんらんきら)びやかとは程遠い。質実剛健を地で行くようなローテーブルを挟んで、俺が座している椅子は幸せの極致に至らしめるような沈み込む安楽椅子ではなくて、何の変哲もない木製の椅子である。

 

国を何とか保たせるために、血の滲むような遣り繰りをしていることがこの場からも窺えるというものである。

 

「熱いうちに飲むといい。チャイはそれに限る」

 

そう言いながら、カップを給仕してくれるコブラ王は自らのカップを対面に置くとようやく腰を落ち着けて、

 

「さて、話を聞こうか」

 

と、始まりの言葉を告げてくる。

 

「我々もこの国の内情についてはよく知っているつもりでおります。込み入ったあれこれについて……。どうやら明日にはレインベースへ兵を向けるそうで、それが意味するところも承知でございます。であれば……、戦陣を詰めるために時間がいくらあっても足りないでしょうから……、単刀直入にお聞きいたします」

 

そこで一旦、言葉を切りコブラ王の表情を窺ってみると、チャイに口を付けつつも眼光鋭くこちらに睨みを利かせてきている。

 

まあ、穏便にとはいかないよな……。

 

「この地にはプルトンが眠っていると聞いておりますが……、ご存知ではありませんか?」

 

のっけから爆弾を投下して、思い出したように俺もカップに手をやって熱いチャイを堪能してみる。素晴らしい香りだ。

 

「……どこでその名を……」

 

カップを取り落とすまではいかないが、言葉と声音、そして表情には十分動揺が広がっている。

 

「良い反応です。本当にこの地にあるようですね。神の名を持つ古代兵器プルトン……、我々も闇に生きる商人でございます故、情報は入って参ります」

 

優雅な仕草を心掛けてカップをテーブルへと戻しつつ、コブラ王の視線を己の目で受け止める。

 

「……貴様、それが狙いか?」

 

とうとう、呼び名が貴様になってしまったが、

 

「まさか……、ご提案させて頂いたものとプルトンではあまりにも釣り合いが取れません。我々もそこまで殺生なことは申し上げませんよ。ただ……、(きた)る時には優先使用権とでも表現致しましょうか、そういった権利を頂きたい。つまるところ……、いつかの日には根こそぎ寄越せと……まあそういうわけでございますよ」

 

話を続けていく。少しばかりドスを利かせながら。

 

「これが貴様の本性と言うわけだな」

 

「最初に申し上げた筈ですが……、我々はハイエナで間違いないと」

 

やり取りが加速度的に険悪なものになりつつあるが、チャイは心穏やかなる程に美味い。

 

「貴様等は闇に身を置くとはいえ商人ではないか。一体何が目的なのだ? 戦争でも始めるつもりなのか? 古代兵器は世界を滅ぼす程のもの、故に守らねばならぬものなのだ。政府が必死になって守ってきたものなのだぞ!!」

 

コブラ王は知らないのだろうか? 本当のところ政府が何をしているのかを。だったら教えてやればいい。政府が実際はどう動いているのかを、否政府が俺たちに何をしたのかを……。

 

内心に溢れ始めた怒りのようなものを鎮め、冷静さを身に纏おうと努めながら、

 

「政府は古代兵器を守ろうなどとは微塵も考えてはおりませんよ。奴らが考えていることは古代兵器を使うことができないかどうかです。あなたがおっしゃる古代兵器を必死に守る政府によって私の父は亡きものとなりました……」

 

迸る言葉には何ひとつとして冷静さが纏われてはいない。もうここまで口に出したのなら洗いざらい言ってしまえばいい。そんな半ば自暴自棄に近い感情に突き動かされて、

 

「私の目的は政府の頂きに居座っている奴らを引きずりおろしてやることですよ。落とし前は付けないといけない。何が何でも……」

 

己の奥底に潜んでいるものを引っ張り出す様にして言葉を紡いでいた。だが、コブラ王の反応は俺の予想とは少し異にしている。

 

「貴様の父の名はもしや……、ボナパルトか?」

 

俺がその言葉に対し頷いて見せると、チャイに手を伸ばしてゆっくりと口を付けた後に、

 

「あれはいまだに謎のままなのだ。私も彼を直接知っていたわけではない。だが、何度か世界会議(レヴェリー)の議題に上がってくる男であった。もう今の世にあの一件を蒸し返そうとする者はいないだろう。手を出して生きている者は誰一人としていないからだ。あれは覗いてはならぬパンドラの箱となってしまっている」

 

予想だにしていなかった言葉を続けてくるコブラ王。

 

どういうことだ? こいつは何か知っているのか? 

 

「あなたほどの方であれば、聖地に“犬”でも飼ってらっしゃるのですか?」

 

俺の持って回った言い回しに対して、

 

世界会議(レヴェリー)は4年に1度だけだ。中枢の情勢は常に把握しておく必要がある。故に“耳”は持っておかなければならない。色々な意味において、確かにな……」

 

直ぐに答えを出してくるコブラ王。

 

何だろうか? 何かが引っ掛かる。色々な意味において……、俺たちの真の目的を口に出しても糾弾も非難もしてこない様子……。もしかして……。

 

「あんたまさか……、仮面を被っているのか? 政府に対して……」

 

俺の敬語もへったくれもなくなった言葉に対してコブラ王は何も答えてはこない。何も語らずただただチャイを堪能している。

 

何も言わないことが答えになっている。

 

ネフェルタリ・コブラは政府を快くは思っていない、否むしろさらに進んだ考えを持っている……。

 

とんでもないことだ。世界政府加盟国の国王が反旗を翻しているということになるのであるから。

 

 

全く予想していなかったことに出くわして、俺は考えを纏めるべく、時間を稼ぐべく別の話をコブラ王に向けてみる。

 

「ひとつ聞かせて貰えないか? あんたの余裕はどこからくるんだ? 国は反乱の真っ只中、砂の王国であるのに3年も雨が降っていない状況、味方と思っていたであろう王下七武海(おうかしちぶかい)が実は敵だった。こんな状況なのにも関わらずあんたにはまるで、全てが終わることを前提にしているような泰然自若としたものを感じる。どうしてなんだ?」

 

俺の言葉に対しコブラ王は少し笑みを見せると、

 

「……そう見えるかね? ふふっ、……国とは何だと思う?」

 

弟子に対する問答のような言葉を返してくる。

 

ただ答えを期待して放った言葉ではなかったようで、

 

「国とは……人だよ。人が寄り集まって国が作られているのだ。故に人がこの地を離れぬ以上は国が滅ぶことは有り得ない。我々ネフェルタリ家が消えてなくなろうともな……。いいかね……、降らない雨などないのだ。終わらない戦いというものもない。決してな。……そう、明けない夜はないのだよ……」

 

ゆっくりと言葉を紡ぎだしてくるコブラ王は最後の言葉を強調してみせた。

 

明けない夜はない、……プラバータム……。

 

「……どうやら、君も知っているようだな。……古来より脈々とこの海に根付く教えの名を……。ネフェルタリ家第12代国王として君達の提案は半分呑ませて貰おう。もう半分は前向きに検討させて貰おうか、国王としてではなくてな……」

 

ネフェルタリ家第12代国王は俺が敵うような相手ではなかった。終始会話の主導権を握られていた。

 

だが……、種は蒔くことが出来た。そして……、それは大輪の花を咲かせる事になるかもしれない……。

 

 

コブラ王の最後の言葉を終了の合図として受け取った俺は丁重にチャイのお礼を述べ、立ち上がって応接の間を後にしようとすると、

 

「復讐……、それはただ壊すことだ。……君のネルソン商会も人が集まって出来上がっている。つまりは君も国の上に立っているのだ。ただ壊すだけではなくて、つくり上げることに目を向けてみてもいいのではないかな? こことここに正しくあれば大抵はうまくいくものだ。忠告はしておこう……」

 

コブラ王は自らの頭と胸を指差しながら言葉を放ってくる。

 

 

理性と感情に正しくあれ……。

 

 

俺は至言を胸に刻み込みコブラ王の下を後にした。

 

 

 

 

 

宮殿の主殿を出て中段広場の様な場所に出ると外はすっかり帳が下りていた。そこでは昼間の暑気は嘘であったかのように冷え冷えとしていて肌寒ささえ感じるほどである。

 

歩を進めれば眼下には人の営みを感じさせる眩い灯火に包まれたアルバーナの街を眺めることが出来る。何の気なしに俺の手は煙草を掴んでいて、火を点けており、紫煙が口より吐き出されて煌めく灯火を滲ませていく。

 

「どうだったの? トップ会談の首尾は……」

 

気付けば横にはジョゼフィーヌが立っており、同じようにして街の灯りを眺めていた。

 

「上々の種蒔きだったよ。……当初とは随分と違うものになったがな……」

 

「……え? どういうこと?」

 

「話はあとだ。出発しようレインベースに向けて。お前もそろそろローの顔が恋しくなってきた頃だろう?」

 

そんな軽口に対してわが妹は二度と軽口を叩かないことを誓わせるような言葉で返してきて、後悔の念に駆られたが、

 

「そうだ。昼間のローからの連絡を踏まえて、オーバンはアルバーナに残すことにする。クラハドールが感じたように多分政府は動いている」

 

すぐに頭を切り替えて今後の方針を述べ立てる。

 

「海軍がってことでしょ」

 

「いや、海軍じゃない。あくまで動いているのは否、蠢いているのは“政府”の奴らだ。ここで何かが起きる可能性は高い」

 

「ふ~ん、わかった」

 

ジョゼフィーヌの返事は実際のところわかってないのかもしれないが、まあいい。政府はもしかしたらコブラ王の周辺を密かに嗅ぎ回っているかもしれないなどとはここでは言えないからだ。

 

「案内役として見送りに来た」

 

その言葉と共に今度はチャカと呼ばれていた副官が現れる。

 

「綺麗なものだろう? ここからの眺めは。我々を落ち着かせてくれる眺めだ……。……旅の無事を祈っている」

 

そう言ったあと、副官の身体は見る見るうちに変化して犬の様相を呈し、

 

「我が名はジャッカル……。王家を守るべき者なり……。王家の“客人”もな……」

 

厳かにそう口にした後すぐさま、元の人型に戻ってその場を辞していった。

 

上を見上げれば、暗闇の中ジャッカル像がアルバーナの街を見守っているのが感じ取れた。

 

 

「出発だ」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

ここは喧騒に包まれている。いや人間の飽くなき欲望に包まれているって方が正しいか。

 

 

夢の町レインベースにある最大のカジノ“レインディナーズ”は今日も変わらず盛況のようで、スロット台然りルーレット台然り、享楽に身を任せた奴らがのさばってやがる。

 

俺たちは亀の甲羅に揺られながらの大河行と砂漠行を、ようやくにして今朝方終えて欲望の町に入っていた。

 

砂屋がオーナーを務めているというこのカジノにニコ屋の案内で連れられて今俺たちが座っているのはバカラ台だ。クラハドールの奴も体力を回復させて、鮮やかな緑の柁円形テーブルの反対側でゲームに参加している。

 

俺はというと参加はしていない。ただ成り行きを眺めているだけである。享楽に身を任せるつもりは仕事としてもない。

 

まあただ眺めているだけでも退屈はしないというのもある。

 

バカラっていうのはつまりは……。

 

 

 

「クロコダイルーっ!!! 出て来いーっ!!!!」

 

辺りの喧騒と俺の思考を打ち破って店の入口付近から何やら怒りに満ち満ちた叫び声が聞こえてきている。

 

聞いたことがあるような声のような気もするが……、多分気のせいだろう。

 

 

次のゲームで少しぐらいならやってみても……

 

「ビビーっ!!! クロコダイルーっ!!!」

 

今度は3人が同時に発してくる魂のこもった様な叫び声が聞こえてきて、俺はようやく事の重大さに気付きはじめる。

 

 

また、厄介事を持ち込みやがって……。

 

 

麦わら屋の連中じゃねぇか……。

 

 

俺は盛大に溜息を吐いてやることにする。そんなもんを我慢する必要はない。

 

 

あぁ……、奴らの相手をするっていう演目だけはご免(こうむ)りてぇな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

ようやく砂の人が現れそうですが、どうなることやらです。


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