ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んでいただきましてありがとうございます。

今回は9400字程、最近では少し短めです。

よろしければどうぞ!!


第27話 死のダンス

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

 俺たちを厄介事に巻き込むかもしれない背後の騒ぎを気にもしない様子で、バカラ台は異常なまでの熱気を孕んでいる。

 

 

 バカラってのは引いたトランプの数字の合計点数下一桁が、バンカーの方が上なのかプレイヤーの方が上なのか、それとも引き分けなのかを予想して賭けるゲームだ。至極単純なものではあるが、観察していると実に興味深く、確かに万人を惹きつけるものがそこにはある。

 

 今は丁度5連続でバンカーが勝っている状態であり、それがこの異常なまでの熱気の理由だ。

 

 5回続いたんなら6回目もあるだろう。否、次こそはプレイヤーに反転する筈だろう。

 

 2つの自問自答でこの場にいる全ての人間が頭を一杯にしていることが容易に想像できるってもんだ。

 

 そんな膨張し続ける熱気が最高潮に達して次のゲームが始まろうとし、プレイヤーが勝つなと俺なりの予想を立てたところで、スーツのポケットが微かに振動していることに気付く。周りの一切合財で危うくスルーしてしまいそうなところを何とか反応してみれば、

 

~「どうだそっちは? 稼いでいるか?」~

 

 相手はボスであった。瞬時にこちらが今何をしているのかを察知して飛び出してきた軽口に思わず笑みを浮かべながら、

 

「それはクラハドールの方だ。俺は参加もしてねぇよ」

 

 言葉を返す。テーブル反対側にいるクラハドールに目を向ければ、奴はこの熱気の中でも冷静沈着にメガネの仕草を挟んでおり、奴の前にあるテーブル上のチップは開始前より明らかに増えてやがる。

 

 さすがは筋書きを描き出す脚本家というべきか、はたまた運がいいだけなのか……。

 

~「商人たるものカジノの胴元から利益を取り出して見せてこそ一流ってものだと思うが、まあいいさ。お前達らしい成り行きだな。ところで、そろそろ麦わら達がそっちに向かってるかもしれないが奴らを……」~

 

「もう背後で騒いでやがるよ。砂屋を出せってな。どうやら後ろから追われてもいるみてぇだが……」

 

 ボスの格言はさておいて、麦わら屋については皆まで言わせず、既にその厄介事が背後に迫りつつある状況を伝えてみる。俺の苦り切った表情でも想像しているのか、ボスの可笑しそうな笑い声が聞こえてき、

 

~「……ハハッ、もう来ているのか。つくづく縁があるみたいだな、麦わら達とは……。そう言う俺たちも既にレインベースに入ってはいるがな、そっちに合流するのは少し遅れそうだ。ジョゼフィーヌが王女を見つけてしまって、連れて行くと言って聞かないんだ。連れて行こうと行くまいと行き先は同じだと思うんだがな」~

 

 レインディナーズがさらなる修羅場になりそうな情報が耳に入ってくる。この展開を想像できていたんだろうか? 反対側でせっせとチップの山を築いているあいつは。

 

 背後で騒いでいる麦わら屋達を追っている相手はどうやら白猟屋の様であり、海軍がここまでやって来てることになる。であるならば、麦わら屋たちは砂屋と白猟屋っていう前門に虎、後門に狼を抱えてる状況なんだから、俺たちなどには気付きもしねぇんじゃなかろうか? うまく鉢合わせすることなく済むんじゃなかろうかと思案を巡らせてみるわけだが……。

 

~「ひとまずそっちの動きは任せる。先に話を進めるなり、好きにしていい。金の件を別にすれば俺たちがクロコダイルに会う理由なんざ、ご退場願う先輩への挨拶程度の意味合いしかないからな」~

 

 まあ、なるようにしかならねぇか。ボスの言う通り俺たちにとっては砂屋に会う意味はそれぐらいしかねぇしな。

 

「わかった。……あぁ、あんたのお蔭で助かったよ。まだビギナーズラックって奴を信じることが出来そうだ」

 

 電伝虫の通話を終えようとして、テーブル上の様子に意識を向けてみれば、始まっていたゲームの結末はまたもやバンカーの勝ちであり、俺が参加していればいきなり損をしているところだった。当然のようにクラハドールのチップはさらに増殖していたが……。

 

 6回連続でバンカーが勝ったことで、さらなる盛り上がりを見せているギャンブルの成り行きを意識的に頭の中から閉め出して、前方のVIPルームへの入口付近に姿を見せたニコ屋へと視線を移してみれば、奴がこちらにしっかりと頷きを寄越しているのが見える。

 

 合図だ……。

 

 ニコ屋は適当なタイミングで奥へと案内すると言ってやがったが……。今がそのタイミングなのか? 俺としては異議を申し立てたいところだ。

 

 なぜなら、麦わら屋達も俺の背後を一直線に進路妨害など気にも留めずに、奥へと駆け抜けており、その後ろをこれまた大した剣幕で追っている白猟屋の姿が認められる。

 

 正直、悪い予感しかしねぇ展開だ。

 

 溜息でも吐きてぇ気分だが、反対側のクラハドールはゲームをクローズさせて席を立とうとしてやがるので、俺も立て掛けていた鬼哭(きこく)を手に取り立ち上がって、異常な熱気の渦から離れて行くことにした。

 

 

 

 

 

「こうみょうなわなだったな」

 

「ああしょうがなかった」

 

「避けられた罠よ!! あっちに檻に入らずお茶飲んで座ってる奴らもいるじゃないのよ!!! バッカじゃないの!!? あんた達!!!」

 

 左横のクラハドール越しに場違いなぐらい存在を誇示している檻の中で、麦わら屋たちと白猟屋が仲良く一緒に捕まっている。

 

「なんでお前らは捕まってねぇんだよ?」

 

 自分たちが檻の中にいることには納得しているが、同じように入って行った俺たちが檻の外にいることにさも納得がいってねぇって顔で麦わら屋が質問してくるが、

 

「俺たちは商人で、お前たちは海賊だからだ」

 

にべもなく言い返してやる。

 

「悪執事の方は海賊じゃねぇか。それにお前らもお尋ね者なんだろ?」

 

「元海賊だ。確かに首に賞金は掛かってるが、少なくとも今は海賊じゃあねぇのさ」

 

 クラハドールの答えに対しても麦わら屋はどうも納得がいってないようだが、あんなもんに引っ掛かるお前達が悪い。

 

 俺たちはニコ屋の合図に導かれてカジノ“レインディナーズ”の最奥へと入って行き、悪い予感その通りに麦わら達と出くわして白猟屋に追い立てられたが、件の立て看板によって二手に分かれたことで、こうして俺たちの運命は檻の中とはならなかったわけである。

 

 それにしても、ボスが見れば泣いて喜びそうな内装だなこりゃあ……。

 

 背後の幅広い階段を下りてこの場にやって来たわけだが、広大なサロンとでも呼べる空間が広がっている。階段を下りてきたのであるからここは地下に相当し、天井高はかなり高く四方を全面格子窓に囲まれており、その窓の向こうは水中が広がっていて、背にバナナを載せた巨大なワニが時折こちらへと睨みを利かせてくる。

 

 レインディナーズは湖の真中に建っていたわけであるから、その地下ということで俺たちは今湖の中に建てられた箱の中にいるようなものなのだろう。

 

 俺とクラハドールは純白のクロスが掛かりもてなしの用意がされたテーブルの前に座り、ここの経営者(オーナー)である砂屋にご対面と相成っている。

 

 俺たちは元々招かれざる客であったのか、椅子は1脚しか用意されてはいなかったが、急遽VIPが新たに2名ご来店ということで俺たちも適度に沈み込む安楽椅子を堪能できているわけだ。椅子はさらにもう2脚か4脚は必要になるかもしれねぇが……。

 

 檻の中にいる奴らは俺たちに因縁を付けることを諦めたのか、白猟屋から手荒な海楼石(かいろうせき)の“講習”を受けたりして仲睦まじくやっている。

 

 そんなやり取りを傍観していた砂屋が奴らの仲に加わり、剣呑に憤怒、幾許かは恐怖の言葉を投げ掛けられた後で、

 

 

 

「それで……、お前たちの主はどうした? ネルソン商会の総帥ってのは金髪で頬に傷がある男と聞いている」

 

ようやく砂屋が体の向きを変えて、こちらへと注意を向けてくる。

 

 髪をオールバックに撫で付け、鼻の真中を通るようにして顔を横一直線に針で縫ったような傷が走っており、ふさふさとした深緑色のローブの下には襟付きで格子柄シャツを羽織っていて、何とも海賊然とした出で立ちだ。

 

「生憎なんだがボスは遅刻だ」

 

 砂屋の質問に対して俺はそう答えるに留める。

 

「支配人の紹介で無理に時間を割いてやってる……。お前たちは礼儀も知らんのか?」

 

 砂屋は慣れた手付きで葉巻を口に銜えて火を点けながら、表情を剣呑なものへと変化させて言葉を投げ掛けてくる。

 

「悪ぃな……、海賊に通す礼儀を持ち合わせてねぇんだ。今すぐ話を持ち出してもいいんだが、ボスがいねぇと話は進まねぇし、何より支配人がこの場に居合わせた方が好都合だ」

 

 そんな砂屋に対しての答えには若干の皮肉を織り交ぜてみる。俺たちは王下七武海(おうかしちぶかい)のサー・クロコダイルに話があるという口実でこの場にいる。王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークスのMr.0ではなくてだ。

 

「……フンッ、何の話か知らねぇが……。こっちもまだ主賓が到着してねぇ。もう少し待つとするか……」

 

 やはり、最初に用意されていた1脚が主賓の席だったらしい。その主賓ってのは王女ビビってわけか。ボスとの通話内容を思い起こせば、一体この先の展開はどうなるんだと思いつつ、左にいるクラハドールに目を向けてみるが、奴は無表情を貫き通している。

 

 考えてみりゃ、悪い予感しかしてなかった。つまりは俺たちも麦わら屋たちのドタバタに巻き込まれて、あの檻の中で仲良しこよしをやっていた可能性もあったわけであるから、これは上々の展開ではある。

 

 やはり、バカラに手を出さずにいて正解だったな。あそこで運を使わなかったことが廻り廻って今この場に生きてきてんじゃなかろうかと、そう思いたい。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「ビビさんっ!! 私のことはいいですから、早く先へ行って下さいっ!!!」

 

 たしぎさんが刀で敵を受け止めながら、必死の形相で私の方を振り返り叫んでくる。

 

 

 そんなこと言われても、置いていけるわけないじゃない……。

 

 

 最初はMr.ブシドーも居たのだが、バロックワークスのミリオンズに見つかってしまって先に行けと言われ、今再びたしぎさんにも同じことを言われている。

 

 でも、明らかに敵の数は多くて、既にたしぎさん一人では受け切れなくなっていて、とてもじゃないが私ひとり行ける状況ではない。

 

 何とか打開して早くレインディナーズへ向かわないといけないのだけど……。

 

 そう考えれば、私はたしぎさんを犠牲にしてでも先へ進むべきなんだろうか?

 

 いやいや、そんなことは……。

 

 

 気ばかりが焦ってしまっており、思うように頭も働かないが、体は自然と結論を出して動きだし、両手小指に装着した“孔雀の羽根飾り”を……。

 

 

 振り回そうとしたところで、

 

 

突如、上空から鋭角に降り注いでくる弾丸の雨霰(あめあられ)、それは一瞬にして寸分違うことなく敵の急所を撃ち抜いていく。

 

 

 続いて私の耳に入ってくる懐かしい羽ばたきの音……。

 

 

 間違いない。

 

 

 振り返って上空を見上げてみれば、隼のペルの頼もしい姿が見て取れる。

 

 

 先程まで優位に立っていた敵があっという間に混乱の態に陥っており、

 

「たしぎさん、味方よ。早くっ、掴まって!!」

 

その隙に乗じて、私たちは降下してきたペルの体に掴まり、その場を逃げ去る。

 

 

 

 

「お久しぶりですビビ様。そちらの方はお手紙にあった麦わら一味の方ですね」

 

 久しぶりに見るペルの姿は、やはり頼りになって、これで事態を打開ができるし頭をまともに働かすことができるというものである。

 

 ナノハナでのネルソン商会の人達との一騒動を終えて、私はルフィさんたちを伴い、昔は緑の町と呼ばれたエルマルを抜けて砂漠を越え、一路西のオアシスであるユバへと向かった。かつての反乱軍への拠点に。

 

 反乱軍の拠点がカトレアにあることは、リーダーがカトレアに居ることは、ナノハナに入った時点で分かっていた。モシモシの実の力はしっかりと反乱軍の情報をナノハナの市井の声から届けてくれていた。

 

 よって当初はカトレアへ向けて東へ進む筈であったのだ。

 

 でも私の歩は東ではなくて北へと向かった。

 

 

 ネルソン商会の人たちが姿を消したあとのルフィさんの言葉、今でも深く、とても深く私の奥底に突き刺さっていて、それを考えると涙が溢れそうになってくる。

 

~ビビ、止めだ。カトレアに行ってもしょうがねぇ。俺たちは海賊だからな。お前はめちゃくちゃ優しくて、すんげぇいい奴だ。……だがよ、この戦いに甘えは許されねぇよ。七武海の海賊が相手で、もう100万人も暴れ出してんだろ? なんかを犠牲にしねぇとダメだ~

 

 その時の私はルフィさんの犠牲っていう単語に我を忘れ、頭に血が上って掴みかかり、ルフィさんも本気で応戦してきて取っ組み合いの喧嘩になったのだが、

 

 ~お前は優しいままでいいんだ。……その代わり、俺たちの命くらい賭けてみろよ!!!! 仲間だろうが!!!!~

 

 次にルフィさんから発せられた言葉で私の心の奥底は穿(うが)たれて、あの日以来絶対に涙を見せはしないと決めていた心の堤防は瞬時に決壊し、気付けば私はナミさんの胸で嗚咽を洩らしながら泣き叫んでいた。

 

 思う存分心の奥底にあったものを吐き出した私は覚悟を決めて、腹を括って、行き先を東のカトレアではなく、北のユバでもなく、さらに北のレインベースへと定めたのだ。私ひとりではそんな大きな決断はきっと出来なかったであろう。

 

 ルフィさんには、みんなには、本当に感謝しかない。

 

 

 そうして私は今レインベースに居る。ユバにてトトおじさんの想いをも汲み取ってこの場に居る。

 

 

 いやいや、もう物思いに耽っている場合ではない。しっかりと頭を働かせないと。

 

 

 さっき能力でレインディナーズの声を拾っていたのだが、ルフィさんたちはもう既に中に入っている。

 

 でもそれは檻の中。立て看板に左右への矢印が示されていて、右が海賊左がVIPになっていたみたいだけど、素直なルフィさんは思わず右に行ってしまってクロコダイルの術中に嵌まってしまった。

 

 でも左に行った人達もいるみたいで、それがどうやらあの場にはいなかったネルソン商会の人たちらしい。

 

 どういう状況下にいるのかよく分からないが、とにかく私は一刻も早くみんなのところに行った方がいい。でも一方でその場からはサンジさんとトニー君の声は聞こえてこない。多分別行動をしているんだ。だとしたら、たしぎさんはそっちに合流した方がいいかもしれない。

 

 

 自分の中での答えを粗方出し終わり、意識を周囲へと移してみればさっきまで居た下の様子がどうもおかしいことになっていた。

 

 ペルの一撃だけではあそこに居たミリオンズの面々を全て倒すことは出来ていないので、ペルももう一撃を考えていたと思うけれど、それをする必要がなくなってしまっている。

 

 下で可憐な花の如き舞う剣捌きで制圧している赤髪の女性、あれはジョゼフィーヌさん。

 

「見事な剣捌きですが、何者でしょうか?」

 

「あの人は……、ナノハナで出会った人たちですよね? 確かネルソン商会」

 

 ペルの尤もな疑問に対して、メガネの縁に手を当てながら下を眺め、答えているたしぎさん。

 

 

 ジョゼフィーヌさんとの出会いも実は私の中では特別なものであり、今も心の中に残っている言葉が存在する。

 

 あの時、アルバーナに居るパパに対して今の状況を記した手紙をカルーに託そうと考えていた私の心の中を見透かされていたのかは分からないがジョゼフィーヌさんは便乗させて貰えないかと言ってきたのだ。

 

 どういうことか詳しく訊ねてみれば、我が国に紹介したい商品があるそうで、その時私の横にあった巨大な重量物の海水淡水化装置というものであった。

 

 私としては平時であればとてもいい話だけど、今は時が時だけに私の段階でお断りしようとしたのだが、次に放たれたジョゼフィーヌさんの言葉が私に突き刺さってきた。

 

 ~戦いは必ずいつか終わる。違う? 王女であるあんたがそれを前提に考えてないで一体どうするっていうの? 平時も戦時も関係ない。国に益することはいつだって変わらない、そうじゃない?~

 

 それは私の胸を打つ言葉だった。戦いは終わる、終わらせて見せる。そんな思いが甦ってきて私は快く彼女の手紙をカルーに同梱することを了承したのだ。

 

 その彼女がここに現れたということはもうアルバーナを訪れてきたのだろうか? パパに会って来たのだろうか?

 

 

「ご機嫌いかが? また会えたわね、ビビ王女にたしぎちゃん。あなたは……さしずめ鳥男かしら」

 

 最後の一人を仕留め終えたジョゼフィーヌさんが私の再びの物思いを打ち破って声を投げ掛けてき、私は現実へと引き戻されて、

 

「ぐずぐずしてる暇はないんでしょ? 後ろであんたの元上司が待ちくたびれているわよ」

 

 次の言葉ではっとして背後を振り返ってみれば、そこには悠々と腰掛けているミス・オールサンデーの姿が見える。

 

「ビビ様、こいつらのことですか、我らが祖国を脅かす者達とは……」

 

 同じく振り返ったペルもこの女がバロックワークスの人間だと察したのか剣呑な声でそう訊ねてくるが、

 

「はいはい、話はそこまでよ、鳥男さん。あんた達も私たちもその女も行き先はみんな一緒なんだから、ここでドンパチ始めても意味ないじゃない。……あんたさっさと案内しなさいよ」

 

ジョゼフィーヌさんが全てを(なだ)めすかすような口調で言葉を投げてきて、

 

「……わかったわ、会計士さん。行きましょう、ビビ王女。レインディナーズへ案内するわ」

 

ミス・オールサンデーが思い出したかのようにして立ち上がって言葉を放ってくる。

 

「……ふぅ、やっとか」

 

最後の呟きで締め括ったのは、一体今までどこで傍観していたのか分からないが、下からこちらを見上げているジョゼフィーヌさんの横にひょっこりと現れ出たネルソン商会の総帥さんであった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 俺がレインディナーズの地下にあるクロコダイルのプライベートルームに足を踏み入れた瞬間に感じたことは、一目散に砂人間へ向かって憎悪をぶつけに走り下って行ったビビ王女には申し訳ないが、

 

 

 なんて素晴らしい空間だろうかというものであった。

 

 

 俺としてはこの空間を作り上げたクロコダイルの美的センスを褒め千切ってやりたい気分ではあったが、この場の空気を察してそれは止めておくことにした。

 

 なぜなら、ビビ王女からの憎悪の一撃を砂の能力を行使することで軽くいなして見せたクロコダイルがユートピア作戦と呼ばれるアラバスタを乗っ取る計画をさも楽しそうに語っていたからである。

 

 そんなところへクロコダイルへの褒め言葉を放つ程俺は常識外れではない。否、こんな時にこんな不遜(ふそん)な考えを頭の中に浮かべている時点で俺はアウトなのであろうか?

 

 

 

 コブラ王との取引において、代金未払いの状態で物だけを引き渡して取引を終えた俺たちは昨夜の内にアルバーナを後にした。未払いというのは商人として非常に(まず)い状況ではあるが、ネフェルタリ家との関係性を持つことが出来たし、あの感触であればいつかの日にプルトンが転がり込んでくることは計算に入れても良さそうである。

 

 とはいえ、現状は損失を計上して将来の利益を取ることにしたわけであるので、ロイヤルベルガーから倍々ゲームの様相で増えてきた取引による利益は、この時点で途絶えることになってしまい、先立つものを蓄えておくためにも尚更10億ベリーを手に入れる必要性が出てきていた。

 

 こうして、すこぶる足の速いワニを駆って夜な夜な砂漠と大河を越え、今朝の早い時間にはここレインベースに入ったわけである。

 

 だが、よそ見をせずにローたちと合流しようと考えていたところへ、ジョゼフィーヌが見聞色の覇気で町中にビビ王女と元女海兵がいることを察したものだから、寄り道をすることになった。多分にわが妹の人情臭さがまたまた頭を(もた)げてきたことによると思われる。

 

 その結果として、俺たちはニコ・ロビンの案内でビビ王女を伴い湖の中に建つカジノへとやって来たわけである。

 

 ちなみに、ビビ王女と共にいた元女海兵やもう一人の空飛ぶ副官は別行動をしているという麦わらの一味を探しに行っており、べポとカールも保険を掛ける意味合いで建物の外で待機させており、ここにはいない。

 

 よって、ここにいる俺たちは副総帥、会計士、参謀に俺を含めた4人であり、テーブルを前にした椅子に後ろ手で縛り付けられているビビ王女の後ろ姿を左斜め前に眺めながら椅子に座っている。手を縛られることはなく……。

 

 左斜め奥には海楼石(かいろうせき)製であろう格子が嵌めこまれた檻の中に麦わら一味の4人とスモーカーが捕えられていて、鬼の形相を見せていたり動揺を顔に表していたり、無表情に葉巻を燻らせていたりする。

 

 今の状況はビビ王女の先走りによって、俺たちは一応客であるにも関わらず完全に蚊帳の外に置かれて忘れ去られてしまっている。そもそもが、椅子には座っていても俺たちの前にはテーブルがなく、故にコーヒーの一杯もない始末だ。

 

 

 

 だがそんなことはいい、さておいてだ。

 

 クロコダイルが始動させた計画は横で檻の中に入っている緑髪の剣士が言った様に、外道そのものではあるのだが、計画自体を考えてみると理に適っており唸らざるを得ない。我が脚本家がどう考えているのか意見を聞いてみたい誘惑に駆られてしまうが、それも今は遠慮しておいた方がいいだろう。

 

 そろそろこの場の事態も次のステップに進む瞬間が訪れそうであるからして、俺が今やらなければいけないことは、

 

「ところでMr.0(ミスターゼロ)、否サー・クロコダイル、……どっちでもいいか。俺たちがこの場に居ることを忘れてもらっては困るな。まあ、あんたも忙しそうであるし、俺たちも時間はあまりないから、手短に済ませようか、……俺たちはあんたとプルトンの話でもしようかと思ってやってきたんだが……」

 

俺たちもこの場の参加者であることを思い出させてやることであり、俺たちの本題をさっさと終わらせて、次の最終本題に移ることであろう。

 

 そして、もう計画を聞いてしまった以上、王下七武海(おうかしちぶかい)に話をしに来たという建前は何の意味も持っていない。

 

 王下七武海(おうかしちぶかい)サー・クロコダイルは王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークス社長Mr.0(ミスターゼロ)であることを、裏で企んでいたことを成り行きとはいえ聞かせてしまったからには俺たちを生かしてここから出しはしないだろう。

 

 否、そもそもが俺たちが持ってくる話も美味しいところだけ吸い取って、体良くお払い箱にするつもりだったのかもしれない。

 

 こいつも何ひとつとして信用は出来ない相手だな……。

 

 だからこそ最初の言葉は10億ベリーではなくて奴が最もダメージを受けそうな単語を選んでやった。

 

 

 

 あぁ……、始まるな、死のダンスが……。

 

 

 

 北の海(ノースブルー)にて、バジル・ホーキンスが船縁に降り立った時。

 

 フレバンスにて、おつる中将がカーブの向こう側から姿を現した時。

 

 サイレントフォレストにて、いきなり背後からCP9に声を掛けられた時。

 

 

 いつもそうであった。

 

 

 死と背中合わせになる瞬間から俺の頭の中で刻みだすタップ・ビート……。

 

 

 今この時も例外ではなく、己が放った言葉が脳内で木霊した瞬間に弾け、突如として打ち鳴らされるタップ音……。

 

 

 さあて……、砂漠のオアシス、湖の底、時間は陽も昇りきらない朝方ではあるが、死の舞踏(ダンス)を愉しもうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

ようやくレインベースでのお話です。切実に、もう少し進めたかったですが。
あ~でもなくこうでもないを繰り返して思うように描き出せず、ここまでです。

誤字脱字を見つけて頂き、しょうがないな~と思って頂けたなら……、

どうにもおかしい部分がございましたなら……、

万が一にも心突き動かされるものがございましたなら……、

ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!

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