ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んでいただきありがとうございます。

今回はほぼ平均文字数に近いボリュームです。

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第28話 損して得とれ

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

 俺の脳内で小気味良く音が刻みだされ、死の舞踏(ダンス)の幕は上がった。俺たちが生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる、死が背中合わせに存在するこの時間と空間は危うい程に愉しめるものではあるが、生憎にも“上演時間”に余裕があるわけではない。

 

 クロコダイルの計画は始動した。この国の最後の戦いもまた幕を開けたのだ。

 

 ということは、俺たちの真の目的であるドフラミンゴの取引時間も定まりつつあるということでもある。

 

 場所の特定はクラハドールが奴の金庫番から探り出している。ドフラミンゴが口にしたというポイントはこの島の東側であり、西側に当たるレインベースからすれば反対側、王都アルバーナのさらに向こう側だ。取引は日中を避けて陽の落ちた夜に行われるであろう。

 

 すなわち、ここに長居していい時間は俺たちにはないのだ。

 

「……てめぇ、どこでそれを……」

 

 プルトンという単語が登場した俺の言葉に対し、奴はどうやら動揺をしているようだ。そんな時は畳みかけてやるのが一番である。

 

「俺たちは闇に生きる商人だ。そんな質問は愚問だな。俺たちはこれでもあんたの狡猾さには一目置いてるんだが……。元の懸賞額は8100万ベリー、この額で七武海入りってのは考えたものだよ。実力を考えれば億を越えてもおかしくなかっただろうに……。そうやって己を過小評価させて虎視耽々と狙ってたんだろう? 絶好の機会って奴を。あんたの狙いなんて端から全てお見通しなんだ。俺たちを甘く見るなよ……」

 

 今の今まで傍観に徹していた人間が言葉を発し、それがまた随分ときな臭い内容であることもあって、この場を静寂が包み込んでいる。檻の中にいる態度としては相応しくなかった麦わら達もだんまりだ。

 

「……ミス・オールサンデー……、どういうことだ?……、まあいい。……何が望みだ? 取引をしてぇんだろ?」

 

 階段上に立っているため俺たちの位置からは見えずにいるニコ・ロビンに対して放たれた奴の言葉は仮にもパートナーに対してのものとは思えないほどの剣呑な声音を孕んでいたが、奴は思考を切り替えて俺たちに対して質問を投げ掛けてきている。随分と物分かりがいい答えであるからして、時間稼ぎ以上の意味は持ち合わせてなさそうだ。

 

「おいおい、そんな言い草でいいのか? その女に対して。そいつはあんたにとって鍵となる女だろう? ……、俺たちはその女の心臓を預かっているというのに」

 

 そこで言葉を一旦切って、右隣に視線を向けてみれば我が副総帥が掌に能力でコーティングされた心臓をこれ見よがしに載せている。

 

「悪ぃな、ニコ屋。何度も言ってるが、俺は仕事に情は挟まねぇんだ」

 

 って科白が飛び出してきてもおかしくはない冷徹な表情をローは見せてはいるが無言を貫いており、それが返って奴に対して不気味に映っていることだろう。

 

「今こいつの掌に載っているのがその女の心臓だ。よってその女には今、心臓は存在していない。こいつはオペオペの能力者でな。紛れもなくこれは奴の心臓なんだが……、試してみるか?」

 

 俺の説明を聞いても奴は目を細めるばかりで疑わしげであるため、ローに対して頷いてみせる。対するローは自身の掌上にある心臓を握りつぶす様に負荷を与え始める。

 

 それによって湧き上がるのはニコ・ロビンの痛々しい程の絶叫……。無闇に人を痛めつける趣味など俺たちにはないので、心を鬼にして挑まなければならない。

 

 クロコダイルの歪んだ表情と睨みつけるような視線を見る限りは信じたようだ。

 

「というわけだ。パートナーの心臓は大事だろう? 少なくとも今暫くの間は……。故に10億ベリーで買わないかっていうのが俺たちからの取引内容だ」

 

 そう締め括った俺の言葉に付け足す様にして、俺の前に椅子を置いて座している我が会計士が、

 

「とても良心的な提案だと私たちは解釈しているけど……」

 

 言葉を口にする。ニコ・ロビンに掛けられた懸賞額が7900万ベリーなのであるから良心的が聞いて呆れる提案内容ではあるのだが……。

 

「時間は?」

 

「ないに等しい。費やして10分。それが限界だ」

 

 俺たちの提案内容が良心に満ち溢れているかどうかを考えるのは頭の中から閉め出して、左隣にいる我が参謀に対して俺たちに時間的猶予が如何ほど残されているのか問い質してみれば、クラハドールはメガネをくいっと上げながらこんな答えを返してくる。

 

「聞いた通りだ。俺たちにも時間はない。即断即決でお願いしたい」

 

 半ばオーバージェスチャーで時間がないことを嘆いてみせたあと、自らの掌で答えを促す仕草をクロコダイルに送ってやる。

 

 時間がない俺たちは取り敢えず王女を助けるつもりも一切ない。アラバスタの問題に首を突っ込むつもりはさらさらないのだ。それをやるのは今は檻の中にはいるが、麦わら達の仕事である。

 

 そもそもなんでこいつらは檻の中にいるのだろうか? 阿呆め……。

 

 心の中で思わずオーバンの口調になって罵ってしまう始末である。

 

 

 あぁ、多分これが人情って奴なんだろうな……。俺の中の感情はこいつらを助けてやればいいじゃないかと叫んでやがるんだろうな……。一方で俺の中の理性は闇商人としての矜持を全うしろとも声高に叫んでやがるんだよな。

 

 今のところ俺の中の感情vs理性の戦いは理性が優勢に進めている。

 

「クハハハハ、笑わせてくれるじゃあねぇか。商人ってのはそんなに金が欲しいのか。金ならくれてやるさ、幾らでもな。ミス・オールサンデー、少しは喜んだらどうだ? 10億ベリーの値がお前の命に付けられてんだ」

 

 愉快で仕方がないという表情で癪に障る笑い声を上げながら、眼前のクロコダイルは俺たちの提案に対して答えを寄越してくる。これまた随分と物分かりがよくて好都合な展開かと思いきや、そうは問屋が卸さず、

 

「……って歓迎するとでも考えてるのか? 俺をコケにした奴は容赦なく皆殺しにしてきた。それで俺の弱味でも握ったつもりでいるのか? ……クハハハハ、全く笑わせてくれるぜ。だが安心しろ。金なら確かにくれてやるさ。……てめぇらをここでぶち殺してやった後でなぁっ!!!!」

 

 ビートはあっという間に高速全開になりつつある。

 

 奴は愉悦に満ちた表情で語ったあとに、髪を振り乱し、怒りに満ち満ちた表情で叫び声を向けてきている。

 

 どうやら俺たちは奴の言うようにコケにしている状態らしい。

 

「最近名が上がってる闇商人らしいが、所詮てめぇはこの海じゃあまだまだルーキーに過ぎねぇ。……懸賞金の額が全てだなんて思うなよ……。この海で意味を持ってくるのは経験値だ」

 

 ほ~う、言ってくれるじゃないか。

 

 俺たちは4人いる。この際心臓を取られているニコ・ロビンを勘定には入れることは出来ないであろうから奴はたった一人。それを計算できない奴ではないと思うのだが、狡猾なこいつの事だ。何か奥の手でもあるのだろうか?

 

 ローが言っていた10億ベリーが入っているアタッシェケースらしきものはこの場には見当たらない。ここではないのであれば、上のカジノにあるのか?

 

 見たところローは既に“ROOM”を張っている。最悪、強引にでも奪ってしまうか。検索能力でアタッシェケースを探し出すのは容易であろうし、手っ取り早く済む方法ではある。さっさと済ませないとこいつも体力を消耗させるだけだしな。

 

 

 そんな皮算用を脳内で巡らしていたところへ、

 

 

 椅子の倒れる音と共に、その椅子に両手を後ろ手に括られたビビ王女が床に這い出すという行動に出た。

 

 

 舞踏(ダンス)のリズムが突然変わり出したかのように……。

 

 

 椅子に括りつけられながらも這い進む王女は何としてでもアルバーナへ向かう覚悟の様だ。クロコダイルが語ったユートピア作戦の要諦は怒りと憎しみを煽りに煽って、アルバーナで国王軍と反乱軍をぶつけること。王女は反乱軍より先にアルバーナへ回り戦いを止めようというんだろう。

 

「何のつもりだ、ミス・サマーヴァケーション・ツヴァイ」

 

 当然、クロコダイルも突然の王女の行動に対して訝しげな視線を送りながら言葉を投げ掛けている。

 

「今出来ることをするのよ!! 留まってなんかいられない。まだ間に合うはずだから。戦いを止めるのよ!!!!」

 

 やはりな。王女の歯を食いしばり鬼気迫る横顔は己の感情へと強烈なまでに訴えかけてくるものがあるのだが、何とかして抑え込んでみるしかない。

 

「アルバーナへ向かうつもりか。そいつは奇遇だな、我々も行き先は一緒さ。……ところで、これを必要としているんじゃねぇか?」

 

 俺の体における感情と理性のせめぎ合いなど知らぬ風でクロコダイルは芝居がかった声音と仕草で、最後には右手人差し指の先に1本の鍵を摘まんでいる。

 

 その瞬間、今まで水を打ったように静まり返っていた檻の中の面々から飛び出してきた怒号の嵐がクロコダイルへと向けられる。

 

 檻の鍵ということなんだろうが、それを事も有ろうかクロコダイルは無造作に放り投げたではないか。

 

 放り投げた先の床は巧妙に細工された落とし穴になっており、さらに下へと落ちて行ってしまったではないか。そこに広がっているのはあの背にバナナを生やしたワニ、バナナワニの巣である。

 

 こんなバカげた落ちがあるだろうか?

 

 これ程までに人を食ったような演出があるだろうか?

 

 

 だがそこで終わらないのがこのクロコダイルという男の性なのだろう。奴は輪を掛けて、この国にいるバカ共のお蔭で随分と仕事がし易かったなどと王女や檻の中にいる連中に対して火に油を注ぐような発言をし、おまけにはこのプライベートルームが直に水が入ってきて消滅するということらしい。

 

 実に狡猾で用意周到な男である。

 

「ビビ、いやお前らでもいい。おれ達をここから出してくれ。助けてくれ」

 

 とうとう麦わらから助けを求められる破目に陥ったのか? 否、違う。これは麦わらという奴が並の人間であったならそんな言葉を呟いたかもしれないという想像であって、実際のところは、

 

「黒い奴、そいつをぶっとばすつもりじゃねぇだろうな? そいつをぶっとばすのはこのおれだ!!!!」

 

 クロコダイルを勝手に潰すなというものであり、檻の中に入っている人間が発する言葉とは思えないものだった。

 

 その言葉に対して、コケにされることが我慢ならない奴も、

 

「自惚れるなよ、小物が……」

 

 焚きつけられたわけだが、

 

「お前の方が小物だろ……」

 

売り言葉にしっかり買い言葉を発している麦わら。

 

 檻の中にいながらにして、それは威風堂々としたものであり、確かにそこには覇気の片鱗なるものを感じ取ることが出来る。

 

 ここは俺も考えをはっきり言っておいた方が良さそうである。

 

「麦わら、盛り上がってるところで悪いが、俺たちはこの場所に戦いに来たわけではない。取引が成立すればそれでいいんだ。お前たちの問題にも、この国の事にも首を突っ込むつもりは一切ない」

 

 言葉の上では麦わら達に向けたものではあるが、実際のところクロコダイルやさらには檻の中で傍観に徹しているスモーカーに向けたものであったりする。

 

 そもそもの話、商人とは言え俺たちがクロコダイルを潰してしまえばいいのではないか? この疑問は一番最初に生じてくるものではあるが、それが有効なものと成り得るには、政府が何も感付いていないというのが前提条件となる。

 

 今回のクロコダイルの件を政府が全く与り知らぬものであったのならば、俺たちはクロコダイルを潰すことで政府に恩を売ることができるが、実際のところ、政府の上層部は感付いていて、その上で美味しいところだけ持っていこうとしていると思われる以上は手を出してしまえばそれは逆効果となってしまう。

 

 脅威を見せつけてやることも大事であるが、従順なところも見せなければならない。王下四商海(おうかししょうかい)として政府の懐に飛び込むためには……。

 

 押して押して、押し切ったあとに、若干引かなければならないのだ。

 

 

 よって、クロコダイルを潰す役目は麦わらが務めなければならない。

 

 このニュアンスをスモーカーにも刷り込まなければならない。スモーカーからどのようにして俺たちが政府に伝わるのかは重要な問題である。

 

「クハハハハ、どんだけ粋がろうとてめぇの現状は檻の中だ。そこで待ってろ、直に死ぬ。それよりも、まずはてめぇらだ」

 

 麦わらの買い言葉に対して軽くいなしてみせたクロコダイルの現在の優先順位は俺たちの方らしい。金色の鍵爪になっている左腕の先を俺たちに向けてきており、両足を開いて見せて、はっきりと戦闘態勢に移行しようとしていることが感じられる。

 

 望んではいないが相手がやる気である以上受けざるを得ない俺も戦闘を覚悟したところで、我が妹が動き出す。

 

 

 つかつかと歩を進めて、刀を抜き去り、床に這っている状態の王女を縛めから解放する。

 

 

 その瞬間に俺の脳内を駆け巡る盛大な溜息。理性と感情のせめぎ合いを必死になって頑張ったんだろうが、最後の最後に感情が勝つことを許してしまったジョゼフィーヌの姿がそこにはある。

 

「悪いな……。前言撤回だ。こいつらに面識はあるんでな……、少しばかり“貸し”という名の投資をしておこうと思ってね。これでも商人だ」

 

 クロコダイルに対しては我が妹の突っ走りを商人らしくそう表現してみせ、

 

「おいおい、麦わら、これは大サービスだ。ナノハナでのお前の食事代も肩代わりしてやったんだぞ。しっかり返せよ? 返さないとこっちは持ち出しばかりで商売あがったりだ」

 

 麦わらに対してはどれだけの貸しを作っているのかをしっかりと理解させてやる。

 

「しししし、“宝払い”だな。……黒い奴、ありがとうな」

 

 と、麦わらからはそう来たもんだ。一方で気迫溢れる言葉を吐いて覇気の片鱗を見せつけ、一方で邪気のない満面笑顔で感謝の言葉を述べる。

 

 やはり、こいつはどうにも掴みどころがない奴である。

 

 ジョゼフィーヌの選択はもう仕方がないことだ。王女の縛めを解くぐらいならいいだろう。かくいう俺自身も理性と感情の狭間で揺れていたわけであるから。

 

 理性的な冷徹さを持ってして闇をひた走るのがネルソン商会なら、迸る感情に心衝き動かされて何かに力を貸してしまうのもまたネルソン商会なのだ。

 

 俺たちは人間の集まりなのだから……。

 

 

 戦闘に思考を戻さねばならない。この流れによってクロコダイルの俺たちに対する怒りの感情は増幅こそすれ減衰することはないであろうから。

 

 奴はスナスナの実を食べた砂人間。自然(ロギア)系悪魔の実。甘くない相手であることは承知している。だが、覇気を使いこなすのかどうかは情報がない。ヒナの報告書でも不明と記載されており、憶測すら書かれてはいなかった。奴は政府にも己の全貌に対して尻尾を掴ませてなかったということであり、こんなところにも奴の狡猾さを垣間見ることが出来る。

 

 だが、こっちは4人いる。奴の選択肢を順々に狭めて追い詰めていけば何も問題は無いはずだ。

 

 

 まずは、奴の動く選択肢を狭めようと背に吊る銃を手に取り、見聞色を働かせて奴の行動を先読みしようと…………。

 

 ……………。

 

 

「……、オレの動きが読めないか?」

 

 奴は不敵な笑みを浮かべながら、俺の心を読んでいるかのように、言葉の突きを繰り出してくる。

 

 どれだけ見聞色の覇気を働かせようと、なぜか奴の気配をまるで感じ取ることが出来ない。目の前に奴は存在しているが、気配として形を成していない。

 

 どういうことだ?

 

 フレバンスでおつる中将と相対した時とは違う。あれは姿を消して気配を消していた。だが今回は姿は見えていても気配だけが感じ取れない。先読みが出来そうにない。

 

「……この海での経験値……。言った筈だ。闇ってのはてめぇらが考えてる以上に深いのさ。覇気使いへの対抗手段は何も覇気を習得する事だけじゃねぇ……。この海には力を秘めた宝石(いし)が眠ってる。そいつは技を持った者の手に掛かれば強大な戦闘力(ちから)となる。こんな風にな……」

 

 そう言いながら奴は右手人差し指に嵌められた指輪をこちらへと示してくる。それは妖しいまでの黒い輝きを放つ宝石……。

 

黒穏石(こくおんせき)……。己の“気”を極限まで穏やかなるものに保ち、見聞色の察知から盾のように守る」

 

 先読みが出来ないのはそういうわけか……。見聞色の覇気には白色の特性があるから、対を成す様にして黒い石ってわけなのか……。

 

 おいおい、そんな悠長に分析してる場合ではない。

 

 まずい……、非常にまずい状況だ。

 

「この海で知らねぇことは何を意味するか……、死だ……。砂塵(ダスト)!!!」

 

 奴の言葉を知覚した瞬間に、俺たちの周りには無数の砂が飛翔しており、それは直ぐ様にして俺の体に纏わり付き始める。

 

 

 奴は刹那の瞬間で全身を砂化させて、放射状に飛翔してきたに違いない。

 

 

 砂……。

 

 

 その真髄は渇き……。

 

 

 己の水分が急激な勢いで吸い取られていくのが分かる。腕を胸を腹を見てみれば急速に乾涸(ひから)びていくのが焼き付けられるようにして目に飛び込んでくる。

 

 甘く見ていたのは俺たちではなかったか、覇気に胡坐(あぐら)をかいてしまっていたのは俺たちではなかったのか……。

 

 

 己の意識が遠のいてくのが分かる。膝から崩れ落ちて行く己の姿が辛うじて想像でき……。

 

 

 

 死の舞踏(ダンス)は突如として音楽が止まった……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 やはり、クラハドールという男は一流の策士だと思わざるを得ない。

 

 

 奴が砂屋との取引において想定していた最悪の事態に陥るプランCへと、実際に俺たちは陥りつつあった。

 

 砂屋が指に装着してやがった宝石によって、俺たちは見聞色の覇気を封じ込められた。

 

 ボスもジョゼフィーヌさんもクラハドールも眼下に広がる砂塵の中で乾涸(ひから)びてんだろう。

 

 

 俺はクラハドールから前もって今回の考えられる筋書きを伝えられていた。想定外の事態が起こり得ると……。故に当初より密かに能力を行使して“ROOM”を張り、砂屋の攻撃に対してもコンマ数秒早く退避することが出来、今は地下空間内の上方から下で広がる“渇き”を眺めている状態だ。

 

 俺は六式使いではねぇし、能力では空中に留まっていることはできねぇので、直ぐにでも行動に移らなければならない。

 

 上方に円を描くようにして鬼哭(きこく)を動かし、“スキャン”でカジノに隠されているアタッシェケース10個を検索し、見つけ出すことに成功。さらには、“シャンブルズ”でそのニコ屋の心臓の代価をカジノの外へと移動させる。べポとカールの下へだ。

 

 これが今回のヤマの最重要な部分であり、砂屋のことはどうだっていい瑣末(さまつ)に過ぎない。今回は金さえ手に入ればいい。あとは命ある身でここを後にするだけである。

 

 その命ある身でここを後にするのが最大の問題かもしれねぇが……。

 

 

 こうして最重要のひと仕事を終えて、下方へと降り行けば砂塵の中で徐々に形を成していく砂屋の姿が見えてくる。

 

 砂塵の外側にいる王女はどうやら無事の様であり、ジョゼフィーヌさんの決断は無駄とはならなかった。

 

 砂屋の姿は上半身まで出来あがっており、俺の方を見上げて不敵な笑みを浮かべてやがる。

 

 俺の身体は確実に下へ下へと向かっている。

 

 先読みはできねぇ……。

 

 何を繰り出してくるかは分からねぇ……。

 

 奴は自然(ロギア)だ……。

 

 それでもここは……、

 

「インジェクション・ショット “ギフト”」

 

武装色の王気(おうき)を纏い、狙い澄ました鬼哭(きこく)の突きを放つ。

 

 それは自然(ロギア)である砂屋の身体を武装色の王気(おうき)で実体として捉え、奴の肩口から胸を正確に刺し貫………………、

 

 

 

 筈であったが、鬼哭(きこく)は奴の体を、さらさらとした砂をすり抜けて行き……、床へと突き刺さった。

 

 

 俺は落下からそのまま(うずくま)るようにして床に倒れ込み、顔を起こすと既に下半身が形を成している砂屋が側におり、

 

白烈石(はくれつせき)……。煌めく輝きを放つ宝石(いし)は武装色の覇気を無効化する。てめぇの負けだ。乾涸(ひから)びろ……。……チップは没収させて貰うぞ」

 

頭を掴まれた瞬間に、その掌から伝わるのは渇き……。

 

 渇きの嵐が俺の体内を駆け巡り、容赦なく水分を奪い取っていく。

 

 クラハドールが言っていた最悪の事態は、文字通り引き起こされた。奴はこれも想定していた。

 

 

 損して得とれ……。

 

 

 俺たちにはまだべポとカールがいる。戦闘で砂屋に花を持たせてやるが、金は頂く。命はべポとカールに回収させる。砂屋を潰すのは麦わら屋だ。俺たちは奴に対して余計な禍根は残さねぇ……。

 

 商人としての矜持……、悪くねぇもんだな……。

 

 

 

 薄れ行く意識の中で、小電伝虫の作動音とそれに続く音声が微かに聞こえてくる。

 

 

「こちらクソレストラン……」

 

 

 

 頼んだぜ……、べポ、カール……。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

異論はあると思いますが、やっぱりクロコダイルの相手はルフィですから。

でもやられてしまわなくてもいいのでは? っていうのは尤もでございますが、こういう展開も次に繋がっていくかと思いまして……。


誤字脱字、

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