ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第32話 一本道の入口

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

「あらら……、(あん)ちゃんたちこんなところで何やっちゃってんのよ。俺も混ぜてくれる?」

 

この場にふらりと現れた男が放つ言葉を聞いた瞬間、全員が同じ思いに囚われたに違いない。

 

こいつがなぜこんなところに現れるのかと……。

 

 

海軍本部大将青キジ。

 

世界中で正義を振りかざす海軍において、大将という肩書を持つ将官は3人しか存在しない。世界政府の“最高戦力”と位置付けられている奴が今ここに居る。首に懸賞金を懸けられた無法者としてはこんな邂逅は絶対に避けなければならない事態だ。現に、

 

「おいおい、こんな話は聞いてねぇぞ。俺たちはまだ()()()()()()望んでねぇんだよ!!!」

 

と、黒ひげは焦りを帯びた言葉を叫んでいる。まだこいつには懸賞金が懸かっていないと聞くが、海賊と名乗っている以上、心中穏やかではいられないだろう。ただ元は白ひげの下に居たのであれば、顔見知という可能性もあるが。一方で、

 

「何のつもりだ、クザン? 立場上俺とお前は同じ側にいちゃあいるが、()()は勘弁して貰いてぇんだが……」

 

と、ドフラミンゴは面倒臭げな口調となって悪態を吐いている。七武海と海軍本部は対峙する勢力でありながらも、立場は同じく政府側。とはいえ、ドフラミンゴの態度からして犬猿の仲であることは自明の理なのだろう。

 

 

こうしてこの場に居る2者が闖入者に対して否を突きつけているわけだが、それは俺たちも同じである。

 

「いずれ挨拶の機会はあるとは思っていたが、ここでそれが実現するとは思ってもみなかったよ。()()()()()()の場に対してお上が首を突っ込んでくるのは如何なものかと思うがね……」

 

俺たちからすれば敵がまた一人増えたということになるので歓迎すべき状況でないことは確かである。よってやんわりと否定的な意見をぶつけてみるわけだ。

 

砂漠の夜闇は冷え冷えとしたものであったが、それに拍車が掛かりつつあるのは気のせいではないだろう。闖入者の能力はヒエヒエの実。氷結人間であり、紛れもなく自然(ロギア)の力だ。それが気候にまで影響を及ぼしているであろうことは容易に想像できる。自然(ロギア)というのはそれほどまでに強大な力を有している。

 

だがどうだ、強大な力を有している筈の奴は額にアイマスクを載せていて、何とも気だるげな表情である。

 

「あららら……、お呼びでなかったかい? (ふね)の上は暇でしょうがねぇんでな、散歩してるだけだ。とにかくまァ……、あァちょっと失礼、立ってんの疲れた。……まァ俺に構わずアレだよホラ……、…………忘れたもういいや」

 

何ともマイペースで話を進めながら長身の身体を横にし、口に手を当てながら盛大に欠伸をする海軍大将が窪地の上から俺たちを眺めている。

 

なんだこいつは……。

 

ナノハナで出会った炎人間に勝るとも劣らぬ程の突っ込みどころ満載である氷人間。だが残念ながらこの場に居る人間は気持ちいいぐらいに突っ込める技術は持ち合わせていないらしい。海軍大将にあるまじき姿を見せつけられながらも辺りを支配しているのは静寂のみである。

 

篝火(かがりび)の近くで円卓に座しているドフラミンゴの口角は上がってないし、先程まで俺たちに対して優位に立っていた黒ひげからは余裕の表情が消えてしまっている。そんな中で俺たちはといえば変わらず出血が収まってはいない。この場で最も危険な立場にいるのは俺たちかもしれない。

 

取り敢えずはへたり込んでいる場合ではない。まずは立ち上がらなければ……。

 

そんな思いに駆られて立ち上がり、ふとクラハドールの表情を見てみれば不敵な笑みを浮かべているではないか。

 

なぜお前はそんな余裕綽々の表情をしているんだ? おいおい、まさか……。

 

「クラハドール、これもてめぇの筋書きなのか?」

 

どうやらローも俺と同じ思いでいるようだ。立ち上がった姿は苦しそうではあるが、眼にはまだまだ生気が宿っている。

 

「……そういえば、スモーカーの奴が何やら喧しく喚いてたんだが知らねぇか? ネルソン商会ってのを……」

 

何が散歩してるだけだ。俺たちの名を口にしたところで、殺気を纏いやがって。

 

これで話が繋がった。クラハドールはレインベースで煙人間に何かを吹き込んだに違いない。それは廻り廻って俺たちの前に氷人間を送り込むことに発展した。

 

「白猟から青雉を想像することが出来た。これは賭けだったが、奴の相関図であの男は大きな位置を占めていることを考えれば、こうなる可能性は高いと思ってな」

 

で、こうなったところで俺たちに一体何のメリットがあるっていうんだ。俺の考えを補足するようにして説明を始めたクラハドールに対して、至極尤もな突っ込みを心の中で呟いてみる。

 

「今この場でメリットは大してない」

 

阿吽(あうん)の呼吸が如く繰り出されてくるクラハドールの説明には何も救いがないが、

 

「……だが、ここで……このタイミングで出会うことが後々でかい意味を持ってくるんじゃないかと思ってな……。最終的には聖地の頂きに手をつけなきゃならねぇとすれば、こんな回りくどいことも考えなきゃならねぇ……」

 

言ってることは何となくわかる気はする。俺たちは既にチェスゲームを始めているわけだ。そしてこれはお前が繰り出す渾身の一手なわけなんだな。だがそんなことに思いを馳せるのはここを生き残ることが出来た後で考えた方が賢明だろう。

 

「フッフッフッ!!! クザン、お前もこのガキどもに用があるみたいだな。だがこいつらの相手は俺だ。お前はそこで惰眠でも貪ってりゃいいじゃねぇか。……フッフッフッフッフッ、なぁ、てめぇら、踊れ。ここには踊りが足りねぇな、もっと踊ってみせてくれ…………寄生糸(パラサイト)

 

始まった……。奴が操る地獄のショーが……。

 

 

 

イトイトの実を食べた糸人間である奴の最大脅威がこの技だ。知らぬ間に身体から肉眼では見えないぐらいの糸を繰り出して絡め取られ、奴の思うままに操られる。

 

その結果、引き起こされるのが同士討ち……。

 

俺たちの後方にいた黒ひげ海賊団の面々が突如として騒がしくなる。どうやら己の意思とは反対に身体が勝手に動き出すようだ。口角を上げて不敵な笑みを湛えながら右手の指を動かしている奴の餌食に掛かってしまっている。ドクQ、バージェス、オーガーと黒ひげによってそう呼ばれていた奴らが、苦悶の表情によって全力で反対の意思を示しながらも、黒ひげの居るところへと近付いて行っている。いや、動かされているというのが正しい表現か。必死の形相で俺たちの横を過ぎ去りながら、黒ひげの下へとにじり寄っていく3人の大男たち。

 

そこでドフラミンゴの指の動きが速くなり、3人が一斉に黒ひげへと向かって、自分たちの船長へと向かって攻撃を開始する。ドクQはりんごを持ちながら迫っていき、バージェスは右拳を前に突き出しながら突っ込んでいき、オーガーは狙撃の体勢に入っている。

 

一方で、黒ひげの側に控えていたラフィットも体の向きを本人の意思に反して変えられて、

 

「…………くっ……」

 

だが次の瞬間ドフラミンゴから苦悶の声が漏れ出て奴の指の動きが止まり、黒ひげへと迫っていたその部下3人の動きも途中で止まる。ラフィットの顔から笑みが零れ出て、操り人形劇は突然にして終止符を打たれる。

 

 

わけはなく、ラフィットの笑みは一瞬で驚愕の表情へと変わり、口からは泡を吹かせて意識が飛んだようにその場で昏倒する。

 

俺には何も感じられなかった。当然ローやクラハドールもそう。この場でそれを感じたのは昏倒したラフィットだけのようだ。奴にだけ向けられたもの、そういうことだろう。

 

俺は何も感じられなかったが、何かが見えた気がした。確かに何かが見えた。それは黄金色(こがねいろ)に輝く一筋の気。俺にはそう見えた。ほんの一瞬の出来事ではあったが確かにそれはドフラミンゴから放たれたものであった。

 

覇王色の覇気……。

 

聞いた話でしかなかったことが今目の前で現実として起こっている。3種ある覇気の中でも異質、全身から発する殺気によって相手の意識を失わせるものだが、この覇王色だけは他2つの覇気と違って訓練ではなく心身の成長のみによって覚醒していくという。今のはラフィット一人に向けられていたのであるから制御されていたことになる。ドフラミンゴは覇王色の覚醒者ということか。しかも相当な使い手だ。相手を一瞬で気絶させるためには相当な力の差が必要である。だがラフィットという奴が並であるわけではない。ということはドフラミンゴの力の方が凄まじいという結論に達する。

 

「ラフィット、お前の催眠術はステッキじゃなくて眼に真髄があることぐらいお見通しだ。フッフッフッ、終わらせようじゃねぇか、絶望の中で死ねばいい。さあ踊れ!!!!」

 

再び動き出す奴の指。操られる3人の男たち。

 

「おい、よせよ、ドフラミンゴ。こんなことして何になる。俺たちは取引パートナーじゃねぇか。なぁ、そうだろう…………、ゼハハハハ!!! 闇水(くろうず)

 

下品を通り越して醜悪の極致に達している黒ひげの言動は全く信用するに値しないものだ。俺たちにやって見せたように奴は右手を突き出している。ドフラミンゴも能力者として例外なく引き寄せるつもりなのだろう。真っ黒な右手から渦を描くようにして放たれている闇そのものはイトイトの能力(ちから)をも引き寄せ……………

 

 

 

るかと思われたが、

 

 

「成り上がり、面白ェじゃねぇか。うねりと共にやってくる“新時代”はすぐそこまで来てる。だが、……俺に勝てると思い上がるのは頂けねぇな……」

 

奴の、ドフラミンゴの体は円卓からびくとも動いてはいない。全くと言っていい程動いてはいないのだ。どういうことかは分からないがヤミヤミの能力がドフラミンゴには通じていない。だが推測することは出来る。奴の体全身が黒く覆われているからだ。

 

「覇気の行き着く先にある姿が()()だ。成り上がるんなら相手はしっかり選べ。能力ぐらいじゃどうにもならねぇ世界(ステージ)がこの世にはあるんだよ!!!!」

 

ロッコが静寂なる森(サイレントフォレスト)での戦いの後で口にした覇気はまだまだ底を見せてはいないというのはこのことなのだろうか。ドフラミンゴが今目の前で体現しているのが覇気の行き着く先なのだろうか?

 

眼の前で繰り広げられていることは瞬間、瞬間で駆け抜けていくことなのだが、まるでスローモーションのようにして脳内に焼き付けられていく。己の船長に向かって雄叫び上げながら襲いかかる3人の部下たち。狙撃弾は深々と奴の闇へと突き刺さり、拳はメッタ打ちに奴の闇をズタズタにし、最後にはとびきりキレイなりんごが奴の闇そのものの中へと嚥下(えんげ)されて爆発する。奴を海賊王にしたいと言っていた男は側で倒れぴくりともしていない。これら全て円卓に座するドフラミンゴの指ひとつで為されている。

 

そして、

 

大弾糸(ダイナマイト)

 

奴の左手人差し指から紡ぎだされた糸が瞬時に弾状となって弾き出され、それは黒ひげの体を刺し貫いて穿つだけではなく、闇そのものの中で大爆発を起こし黒ひげの巨体は地に斃れゆく。

 

見せつけられる圧倒的な力。俺たちが3人がかりでも苦戦した相手を赤子の手を捻るようにしてあしらっている。

 

「そういやァてめぇらはまだ踊ってなかったな……」

 

今度は俺たちの番だ。

 

奴が紡ぎだす“糸”は肉眼では見ることが困難なものであるが、感覚は既に存在していた。もう手遅れであることを。黒ひげの能力によって作り出されたこの窪地は奴にとっては最高の環境(ステージ)であろう。奴が紡ぎ出していた糸によって俺たちは完全に絡め取られているという自覚があった。

 

自らの意思によって動き出すことは出来そうもない。であるならば、この期に及んでじたばたしても仕方がないだろう。ひとまずは受けに回り、起死回生の機会を模索する。それは針の穴を通すようなものかもしれないが……。

 

ある意味においては腹を括ったところで、

 

想像域(イメージ)

 

側にいるクラハドールの呟きが聞こえてくる。

 

そうか、その手があったな。地獄の業火を駆け抜ける1本道の入口が見えたような気がする。

 

モヤモヤの実の力によって、思い通りの空間を一定の時間創り上げる。ローのroom程の範囲には及ばないでのであろうが、似たような(サークル)を張っているのだろう。究極の何でもアリだが、今はそれによって活路を見出すことが出来る。

 

 

ドフラミンゴの左指が動き出す。俺たちを操り出すべく……。

 

「糸切りばさみ」

 

クラハドールが(サークル)内で己を絡み取っている糸に打ち勝つ空間を一瞬でも作り出すことに成功したようだ。ドフラミンゴの糸は肉眼では確認できない程に細いが鉄の様な強靭さを誇っている。それを切るというのは並大抵ではないが一瞬でも出来れば次の行動に移ることが出来るではないか。

 

己を縛める糸を1本切った後のクラハドールの動きは素早かった。自身の抜き足を使ってロー、俺と次々に絡め取る糸を両手に装着している猫の手によって切り裂いてゆく。

 

「トラファルガー、時間だ。5分経ってる。貴様も大方察しは付いてんだろ。今動かねぇと間に合わねぇぞ、ギリギリだ!!!!」

 

「あぁ、分かってる」

 

クラハドールの動きながらの叫びに対してローが応じたように、俺も大体察しは付いている。

 

だが、俺たちが動いているのと同時に俺たちを取り巻く奴らも当然ながら動いているわけで……。

 

ドフラミンゴの左手の指が止まる理由はないわけであり、勿論右手の指が止まる理由もない。そして、黒ひげはもう既に俺たちどころではないだろうが、その分俺たち以上に進退窮まっており、脱出という選択肢が現実味を帯びてきていることだろう。

 

ドフラミンゴは危険極まりない糸弾(いとだま)を放った後も右手の指の動きを止めてはいなかった。それはもう忙しなく動いており、体に痛みを蓄積する一方の黒ひげに対して容赦なくも黒ひげ自身の部下を使って止めの攻撃を繰り出させていた。奴らが止めてくれと懇願しながら攻撃を繰り返そうと、そこには慈悲の欠片さえなく指の動きは止まりはしなかった。

 

それでも、黒ひげは立ち上がる。自身の闇なのか血なのかもうよく分からないものを全身から流しながら。

 

「俺ァ……、成り上がる……。だが……、今回の取引はなしだ……。ドフラミンゴ……、覚えてろ……」

 

黒ひげから漏れ出る苦悶の絞り出しが耳に入ってくる一方で、

 

「ボス……、頼んだぜ。あんたの妹も既に戦ってるだろ。べポとカールは必死に逃げてる。料理長もアルバーナで()()備えてる。海には俺たちを慕って付いてきた奴らが待ってる。クラハドールもここへ来ての()()はまっぴらごめんだろ。俺もごめんだ。……生き残ってくれ……。海で待ってる……」

 

己を奮い立たせてくれるようなローからの言葉も耳に入ってくる。否、むしろローの言葉しか俺の脳内は知覚していないだろう。

 

 

とはいえ、こんなやり取りが飛び交っていれば窪地を上から眺めている起きているのか寝ているのか定かではないが取り敢えずはだらけきっているあの男でも、黙ったままでいるとはとても思えない。

 

「まだ(たけなわ)には早ぇよ。ここでお暇されるのは淋しいじゃないのー」

 

そらきた。今まで傍観に徹してきていたが、今も見た感じではやる気があるようには到底思えないが、奴が海兵であり政府の最高戦力と呼ばれる存在である以上は動いてくるだろう。

 

「お前も死ぬなよ、ロー。ここで右腕を失うわけにはいかないからな。…………行け!!!!」

 

青雉がどう動こうとドフラミンゴがどう動こうとも俺たちはここを今生の別れの場にするつもりは毛頭ない。

 

 

気付けば黒ひげは自らの闇を禍々しくも垂れ流し、窪地の中を覆い尽くす勢いである。それは自らを攻撃せんとする部下たちを、さらには自らそのものをも呑みこまんとしている。

 

ドフラミンゴの指の動きは左右共々止まりはしない。よって黒ひげの部下たちは再三再四に渡って攻撃を強いられており、俺たちもまた動かざるを得ない。左手の指先から出でる糸の先は確実にまた俺たちを絡め取ろうと動いている。奴は笑っている。口角を上げて、この場の全てを支配しているような気持ちにでも至っているのだろうか。

 

クラハドールは抜き足で動き続けている。ひとつところに留まることは決してしない。奴の糸の餌食とならないために。

 

俺もまた(ソル)を駆使してこの窪地を叩き動き続けている。見聞色の覇気は最大限まで高め、思考のスピードは自分でも驚くほどに加速している。この場の状況が、ひとつひとつの状況がまるで川を流れる濁流のようなスピードで駆け流れてゆく。

 

未だ体を横にして寝そべったままの青雉であるが、頭に当てている手は既に氷と化しつつある。

 

闇穴道(ブラックホール)!!!」

 

黒ひげが垂れ流した闇で自らの体内に取り込もうとしている。自らを攻撃するように操られている部下たちを。そして、意識を失くして昏倒している部下をも。

 

青雉がのっそりと体を起き上がらせる。盛大な欠伸をしたあとに、アフロの髪をボリボリと掻いたのち……。眼光は鋭くなり……、

 

 

 

動く。

 

 

奴はこの場から立ち去ろうとする者たちを逃がしはしないつもりだろう。海兵の名に賭けて。

 

 

ローは行かせなければならない。黒ひげたちがどうなろうとも知ったことではないが、ローの捕縛だけは何がなんでも阻止しなければならない。

 

 

窪地の上にいた奴の姿は消え、厳冬の北の海(ノースブルー)でも滅多には巡り会わないような冷気を体に感じながらも、俺は奴の動きを辛うじて見聞色の覇気で捉えている。(ソル)の高速移動を空中へと展開させて、つまりは(ソル)月歩(ゲッポウ)を加えて剃刀とし、窪地の中空で強烈な冷気と激突する。

 

 

 

「アイスタイム」

 

 

 

黄金壁(ゴールデンウォール)

 

 

 

氷と黄金による激突は王気(おうき)を身に纏っていたことで、何とか体内に冷気を送り込まれて氷漬けにされるのを免れて、がっぷり四つの激突で済んだ。

 

 

その瞬間に、

 

 

「シャンブルズ」

 

 

解放(リベレイション)

 

我が右腕がこの場を後にしたことと、俺たちを糧にしてのし上がろうとしていた生け好かない相手もまたこの場を立ち去ることに成功したことが伝わってきた。

 

 

あとに残った俺は激突の衝撃で後方に吹き飛ばされてゆく。激突してもびくともせず、霞がかった冷気を体から発している氷人間を眺めながら。奴も当然覇気を、否王気(おうき)またはそれ以上を使えるのであろうから、多分に力を加減していたとしか思えない。まあそのお蔭で第一関門は突破したわけであるが。

 

俺が青雉の阻止に動いていた中で、クラハドールもまた別の行動に動いていたようであり、円卓の席上に佇んでいるドフラミンゴの姿が心なしかゆらゆらと揺れているように見受けられる。というよりも、奴の胸や腹が糸状になりゆらゆらと風に(なび)いているではないか。

 

どういうことだろうか? あれはクラハドールが杓死定規の技で切り裂いた跡だろう。クラハドールの攻撃で奴を切り裂けたこと自体も驚きであるが。

 

何よりもドフラミンゴの体である。(なび)いている糸の根元からは体内が見えるのであるが、中に何もない。そもそもに血を流してもいない。ただ糸が体から(なび)いているだけだ。

 

 

「そいつは糸人形だ。本体じゃねぇのよ」

 

やはりな、そういうことか。

 

 

局面は目まぐるしくも変わっていく……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「べポさ~ん。ロッコ爺が全然応答してくれないよ~」

 

僕たちはジョゼフィーヌ会計士を泣きそうになりながらも見送って、南へ南へ逃げている。バンチという亀が曳く客車に乗って、辺り一帯が真っ暗闇な砂漠の中を。ただ時折月が雲の切れ間から顔を出すから、全くの闇と言うわけでもないんだけど。そう言えば雲には気をつけた方がいいって言っていたなロー船医が。僕らの敵であるドフラミンゴっていうおっかないおじさんは雲を使って移動することが出来るんだって。すごいよね、それって。総帥やジョゼフィーヌ会計士も空を飛ぶことが出来るけど、雲を使って移動するってどうやるんだろ。

 

まあそんなことはいいか……。

 

今僕はその怖いおじさんから逃げるためにも海で船に残ってるロッコ爺に電伝虫で連絡を取ろうとしているわけだけど、何度呼び出してみても応じてはくれない。

 

「見りゃわかるよ。寝てんだろ」

 

べポさんは客車の上に居て後ろを見張っているんだけど、顔だけ逆さにして客車の中を指差しながら覗いて僕の言葉に返事を寄越してくる。

 

確かにこの電伝虫寝てるけどさ~。寝てるってどういうこと? この状況で寝るとか有り得ないよ~、ロッコ爺。僕たち泣きそうになりながら逃げてるんだけど……。

 

まあロッコ爺なら思い当たる節がないわけじゃないけど……。いつかの時に総帥とロッコ爺の鍛錬風景を見た時があって、その時ロッコ爺は座りながら寝てたけど総帥の攻撃を全部受け止めたり、避けたりしてたよね。ロッコ爺なら寝ながらでも操船出来そうだよ。

 

あ~、こんなこと思い出していてもしょうがないな~。連絡できないならどうしようか……。

 

客車内の反対側の席上で座り、気持ちよさそうに寝ている電伝虫を眺めながら僕は途方に暮れるしかない。バンチはそんなことはお構いなくただただ走り続けてくれているけど。

 

「それよりカール、お前まだ何も感じないのか? お前は悪魔の実を食べたんだぞ」

 

客車の上からべポさんの声が降ってくる。

 

それもあったよね。でも正直まだ何もわからないんだよね~。確かに僕はナギナギの実と呼ばれるあの本当に不味い果物を食べたんだけどさ。

 

「感じないこともないけど、まだよく分からないよ」

 

べポさんにはそう答えるしかない。一体何が出来るようになるんだろう。取り敢えずは泳げなくなったことは決まってるけどね。分かってるのはまだそれだけなんだからしょうがない。

 

は~、本当……、どうしようかってことばかりだよ~。

 

 

ん?

 

 

あ、いつの間にか電伝虫が起きてる。

 

 

「ロッコ爺~!!! 起きてる? カールだよ!!!!」

 

不安と不満でいっぱいだった思いの丈を声に乗せてロッコ爺にぶつけてみると、

 

~「……おぉ、カールか。どうじゃ、そっちは?」~

 

何なんだろうこの圧倒的な温度差は。

 

「どうじゃじゃないよ、ロッコ爺。何度も呼んでたんだよこっちは。本当に寝てたの?」

 

間の抜けたロッコ爺の声に怒りを覚えるも、同時に安心感のようなものも広がってきてよく分からない感情が僕の中を駆け巡っている。

 

~「どうやらそうみたいじゃの~。ピーターが舵を任せろとうるさくてな、試しに任せてみたんじゃが、思いの外上手くやりおってな。舵輪の横で寝ておったんじゃな、これは」~

 

ピーター船医助手はロー船医には及ばないけど腕はいい医者だ。あの人そんな才能もあったんだ……ってそういう問題じゃない。舵輪の横で寝るって……、僕の想像もあながち間違ってなかったな……ってそういう問題でもない。

 

「ロッコ爺~!!!! 僕たち今すんごい大変なんだよ~!!!! 総帥たちはドフラミンゴと戦ってる。僕はべポさんと亀で逃げてる。積荷も載せてるし、出来るだけ早く海に出たいんだよ。今どこに居るのさ」

 

問題なのは僕たちのこの状況であり、それを一気に捲し立てる僕に対して、

 

~「わかっとるわい!!!」~

 

ってロッコ爺はたしなめてくるんだけど、わかってんなら寝ないで欲しいよ、まったく。

 

~「カール、西側の空を見るんじゃ。雲がないのが見て取れんか?」~

 

西側? ロッコ爺に促されて右側の窓の向こうに眼を凝らしてみれば、そこに広がっているのは闇空であり雲が確かに存在していない。

 

「本当だ。雲がない。雲がないよ、ロッコ爺!!!」

 

~「じゃろうて。カール、べポに言ってな、針路を西に取るんじゃ。海からは離れてしまうが、今は何よりも雲のないところへ出るのが先決。海へ出るのはその後でもよかろうて」~

 

そうだよね。今はとにかくおっかないおじさんから逃げることが一番大事な事なんだ。

 

「そうだね、ロッコ爺。ありがとう!! そうだ、ロッコ爺、僕ナギナギの実を食べたよ。まだ全然実感が湧いてこないけど……」

 

~「……………………そうか。お前も連関されたつながりの線上に立ったか……」~

 

ロッコ爺はそう言い残して交信は途絶えてしまった。ロッコ爺が最後に言った言葉には何か大きな意味があったのかもしれないけれど、僕にはまだ分からなくて、

 

「べポさ~ん!! ロッコ爺が応答してくれたよ。針路を西にするんだ、雲のない方向に!!!!」

 

大声で叫びながら客車の外に身を乗り出していた。

 

 

 

 

 

「カール!!!! 絶対に外へは出てくるなよ。あいつはお前を奪いに来たんだ!!!!」

 

西に針路を取って暫くしてからべポさんが北東の空に動くものを見つけたんだけど、それは見る見るうちにこっちへと近付いて来て、動くものではなくて空を飛んでる人間ってことが分かるようになった。雲に糸を掛けて空を飛んでいる、いやべポさんが言うには空を走っているように見えるらしいんだけど、それがどうやらドフラミンゴみたいなんだよね。

 

絶対にって言われるとやっぱり気になってしまって様子を見たくなるもんだから、窓から顔を出して窺ってみたら本当に雲の下をすいすいと走るように飛んでいた。しかももうかなり近くまで来ていて、僕は急に恐怖に襲われ始めてきたわけで。

 

動く客室の中で右往左往しながら、どうしようかと考えている。

 

僕どうなっちゃうんだろうか。戦わないといけないよね。でも鍛錬は始めたばかりだし、悪魔の実を食べたのだってついさっきだし、一体どうすればいいんだよ~。

 

ナギナギの実、音を消す能力だって言ってたような気がするなロー船医は。でもあの怖そうなおじさん相手に音消したところで一体何になるっていうんだよ~。

 

「カール!!!! 絶対に出てきたらダメだからな。俺が戦う!!!!」

 

べポさんの叫びはもう本当に近くまで来てるってことだよね。

 

 

「フッフッフッフッ、そいつを俺に寄越せよ。()()()育ててやろう」

 

なんか笑い声と嫌な予感しかしない言葉が聞こえてくるんだけど……。もう腹括らなきゃいけないよね。守ってもらってばかりじゃいけないじゃないか。

 

あの日、僕は総帥に言ったんだから……。強くなってみせるって……。

 

心の中で活を入れた僕は客車の出入り口から体を出して、上へと手を伸ばしてべポさんの居る所へと上がって行った。

 

「おい、カール!!!! 出てくるなって言っただろ!!!! これはマジでヤバいことなんだぞ!!!!!」

 

「そんなこと僕だって分かってるよ!!! でも、腹括らなきゃいけないじゃないか!!!!! 僕だって戦う。戦って見せる!!!!!」

 

べポさんの叫びに対して僕も負けじと大声で叫び返してみる。客車の上は風が強くてシルクハットが飛びそうになるけどしっかり押さえて、やってくる敵を睨みつけてやる。

 

もう10mも離れていない様に見える。闇の中に派手な服装がもう浮き上がっていて、不気味なくらいに笑っている表情も見える。

 

怖い、怖すぎる。怖すぎるけど、負けるもんか~。僕は眼を逸らしはしない。

 

 

闇から伸び出てくる糸が僕に向かって一直線に向かって来ようとするところへ、べポさんが盾になって僕の前に立ちはだかろうとしたその時、

 

 

 

僕たちの前にいきなり現れて、絡め取ろうとする糸を刀一本で受け止めた誰か……。

 

 

背中のハート、トラ柄の帽子。

 

 

 

ロー船医……。

 

 

「フッフッフッ、ローじゃねぇか。どうした、俺と酒でも酌み交わしてぇのか?」

 

 

「道すがらで気付いたよ。さっきのは()()だったと。……酒を酌み交わす? 鉛玉をぶちこみ合うの間違いだろ。ケリをつけに来た。コラさんに代わってな……」

 

二人の激突で生み出された爆風の様な凄まじい風が僕らを襲って来たけれど、僕は眼を瞑ることはしなかった。

 

 

かっこよかったから……。

 

 

多分これが覇気の激突ってやつだ。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

1話で切り抜けることは出来ませんでした。

まだどうなりますことやらで申し訳ありません。

よろしければ誤字脱字、ご指摘、ご感想、

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