ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は平均文字数に近いです。

よろしければどうぞ!!


第33話 まだだ

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

地獄の業火に伸びる一本道……、辿る先は見えているか? 否、未だ見えはしない。闇そのものであった奴らは姿を消したが、今この場は益々もってして闇深くなりつつある。篝火(かがりび)が演出していた地獄絵図は今や打って変わり、砂の地には似つかわしくもない氷が、全てを凍てつかせんとする冷気が役者交代よろしく表舞台に出でようとしている。

 

今この時、この瞬間を詩的に表現してみればこのようなものだろうか。

 

 

待てよ……、何かを忘れてはいないか?

 

 

そうだ、糸はまだ切れてはいやしなかった……。

 

 

 

 

「クザン、余計な真似をするな。まだガキどもに()をしてる最中だ」

 

青雉が糸人形だと言ったそれは平然と言葉を放っている。見たところ先程から1cmとて動いているようには見えない。黒ひげに退却を覚悟させたそのままの状態で円卓に座しているようにしか見えはしない。クラハドールの猫の手による斬撃は奴が糸そのものであることを(あらわ)にさせはしたし、奴がそれと表現していいものと分かったわけでもあるが、だからと言って何かが変わったわけでもなさそうだ。それの指は止まってはいない。今も動き続けている。

 

故に、立ち止まることは出来ない。立ち止まったが最後、俺たちもまた()()と化す。

 

「好きにすりゃいい。別に指令を受けて来たんじゃねぇんだ。散歩だって言ってるじゃないの。んじゃ、まー……、ちょっと失礼して」

 

ドフラミンゴに釘を刺された青雉は再び海兵の職務など忘れたかのような返事をし、まるで招待された客の様な面持ちで円卓に腰を沈めてゆく。そして眠くて仕方ないと言わんばかりに盛大に欠伸をしている。そこだけを見て取れば俺たちにとって無害の存在ではあるが、それで済む筈がないことは分かりきっている。

 

散歩をしているが職務を遂行しないとは言ってない。これでは言った言ってないの水かけ論、または面倒な法律の押し問答に近い。だが鵜呑みにしてバカを見るのはこっちだ。というよりも絶対に鵜呑みにしてはならない相手だ。どれだけ間の抜けた表情で欠伸をしていようとも最大限の警戒を怠ってはならない。

 

 

とはいえ警戒を怠ってはならないのはその隣席を占める人形も同様である。クラハドールによって切り刻まれて出来そこないの人形のようになって尚、あのように人体と同じような動きが出来るというのは相当に能力を研ぎ澄ました状態と思われるが、推測するに覇気の力が大きいのではないだろうか。行き着くところまで行き着いた覇気の力が分身を分身以上のものにしているのではないのか。

 

何にせよ……、そろそろ動くぞ。あの人形は……。

 

俺たちが動きまわっていることで操るという手は使えないとみれば、次の手を出してくるだろう。もう一発何かしらでかい攻撃を入れない限りあれはまだ止まりそうにない。

 

 

 

「クラハドール!! あと何回いける?」

 

俺の動きとは少し位置をずらして動き回ることで何とか接触を回避している我が参謀に問い掛けてみる。あと何回能力を行使してあの何でもあり空間を使えるかと。警戒を怠れない相手がすぐそこにいるため全てを口に出すことはせずに。

 

あの人形の動きを考慮して俺たちも出方を考えておかなければならない。

 

「何とか1回はいけるだろ」

 

左斜め後方へと俺から遠ざかるように移動しているクラハドールから答えが返ってくる。まだ会って日は浅いというのに皆まで言わずとも答えを返してくるというのはさすがだ。

 

地獄の業火に伸びる一本道。駆け抜けられるかどうか、未だ先は見えないが特大のリスクにはそれ相応のチャンスも眠っている筈だ。それは針の穴を通すようなチャンスかもしれないが、絶対に見逃してはならない。チャンスはそこにしかないのであるから。

 

一点突破……。

 

「見逃すな!!!!」

 

伝えたい諸々を心の中に飲みこんで、俺がクラハドールに伝えた言葉はほんの一言となったが、奴にはそれで伝わることだろう。

 

 

 

来る……。

 

 

 

知覚した瞬間には視界の端でサングラスを掛けている糸人形が消えたのが目に入ってくる。

 

 

背後……。

 

 

(ソル)での移動スピードを見極めた上で背後へ回り込んできている。だがギリギリ間に合うだろう。(ソル)のスピードのままで体を180度反転させて、

 

嵐脚(ランキャク)黄金突撃(ゴールドラッシュ)”」

 

速度に遠心力を加えて黄金化した右足の蹴りを撃ちこむ。しっかりと武装色の王気を纏わせてだ。奴の分身相手に鉄塊(テッカイ)で防御に回るよりも蹴りで相殺を狙った方が逆にリスクが低いのではないか。

 

分身の右手から紡ぎ出されている五本の糸は風に(なび)いているかと思えば、

 

五色糸(ゴシキート)

 

ピアノ線のような強靭さで襲いかかってき、俺の蹴りを相殺してさらには足を切り裂こうと飛び込んでくる。

 

 

互角ってわけにはいかないか……。

 

 

分身の口角は相も変わらず上がっている。

 

「中々強力な蹴りじゃねぇか。大した重みだ……」

 

お褒めに与かり光栄……だなんて言ってる暇はない。また動きださなければ直ぐにでも糸で絡め取られてしまう。蹴りの動作からそのまま右足に重心を載せて、左に体を捻りながら再び(ソル)に入る。

 

さっきのは足を少し掠っているが大したことはない。

 

分身の右手から一本の太い糸……。鞭か……。

 

「クラハドール!!!」

 

左斜め後方から右斜め前方へと回り込んできている我が参謀に乱入を要請する。既に奴は糸人形の背後から左手を真っすぐ伸ばし猫の手で切り刻まんと動いている。この戦法は俺が静寂なる森(サイレントフォレスト)でCP9からやられていたことそのものである。

 

クラハドールが切り込んでいる角度は完璧だ。分身の体勢からすれば明らかに死角。クラハドールが先程分身の体を切り刻めたのは能力を行使してのものであったのだろう。故に実際攻撃が入ろうとも、もう効果はないかもしれない。能力はあと1回しか使えないと奴が言っていたのであるから。だが、分身の意識を惑わせるには十分なはずだ。

 

腕を背中にやり連発銃を取り出して、銃口を向ける先は分身の肩口……、一瞬だけ円卓にも意識を割いておく。

 

 

青雉はまだ動いてはいない。局面はまだ辛うじて2対1だ。

 

 

黄金王の六芒星(ゴールドキングダムヘキサグラム)

 

分身の肩口目掛けて六芒星を描くようにして能力で生み出し王気まで纏った銃弾を六発全弾ぶっ放す。

 

 

分身からすれば左斜め前方から飛んでくる六発の銃弾、右斜め後方から切り込んでくる斬撃ということになる。再装填をしながら分身からは逃れるように移動しつつも意識は分身に向けておく。

 

どう動くのか……。

 

クラハドールの斬撃は糸を切り刻むことはなく、織り成すそれを撫でるに留まるが、銃弾は確実に糸の集合体を抉り取るも……。

 

分身は体を前方に投げ出し、右手だけでなく左手からも太い糸を紡ぎ出し、体に捻りを加え始めて……、

 

回転……。

 

 

螺旋鞭糸(スパイラリート)

 

 

分身の右手と左手から伸びる太い糸が回転によって瞬間の鎌風を生み出し、まずはクラハドールを弾き飛ばしてゆく。さらにその鎌風はこちらへと迫り……、

 

「ガキが……、人の躾は素直に聞くもんだろうが……」

 

切り刻み弾き飛ばさんと押し寄せてくる。それに対し(ソル)での移動ながら何とか体を90度右に捻って分身と正対し、後方へ後ずさるようにして回避行動をとってゆく。

 

何もしていないとはいえ背後に青雉が控えている体勢は落ち着ける立ち位置ではないが、形振り構ってもいられない。

 

分身の上半身は見たところほぼほぼ原形を留めてはいない。あともうひと押しすれば何とかなるのではなかろうか。それに銃撃はどうやら効果がないわけではなさそうだ。であるならば……、

 

再び銃口を向けて六発全弾を放つに限る。筒先から放たれた軌道は一直線に回転運動を終えつつある糸の集合体へと向かうが、その右手から伸びていた鞭のような糸は消えておりその代わりに……。

 

「ボスっ!!! 後ろだっ!!!!」

 

鞭糸によって弾き飛ばされていたクラハドールから危険を知らせる叫びが飛んでくる。

 

 

後ろ……。

 

 

直ぐ様に振り返ってみれば、

 

 

無限鞭糸(インフィニット)

 

左後方から回り込むようにして鞭糸が既に目前へと迫り来て、銃を持つ右手を掴まれた。

 

 

不味い……。

 

 

この間合いは直観的にもう手遅れであることを悟り、覚悟を決めて防御体勢へと入る。体全身を武装硬化、つまりは武装色の王気を纏った上で六式の鉄塊(テッカイ)を掛け己の体を最硬度へと瞬間的に高めてゆく。目前の鞭糸はただの鞭糸から変化して、姿形を人の形へと変え、サングラスに覆われ口角を上げた表情を作り出す。さらには右足が俺の右肩へと迫り、

 

「お前に()()がいるってんなら……、お前自身の()()はいらねぇよな」

 

振り下ろされてくる。その脹脛(ふくらはぎ)にはピアノ線よろしく糸が張られており、背筋を凍りつかせるようなものが一瞬で駆け抜けていき、次の瞬間には………………、

 

 

 

右腕は俺の体から離れてゆく。

 

 

 

激痛……。脳内をぐしゃぐしゃに痛み付けてくる何か……。

 

 

 

内から迸ってくる痛みは叫びを声に出して放出させたくて仕方が……、否違う。込み上げてくる痛みは窒息しそうなほどの不足感を知覚させ、脳内は放出よりも吸収したがっている。

 

 

 

何だこれは……。

 

 

 

だがそんなことよりも激痛……。いっそのこと意識を失った方がましと思えるほどの痛み……。右腕に視線を向ければ肩の先には何も付いてはいないのだ。滴り落ちる血、それがまた痛みを増幅させてゆく。

 

 

 

それでも、

 

 

 

意識的なのか無意識なのか分からないところで俺の左腕、左手人差し指は自然と伸ばされ、武装硬化を引き起こし、

 

指銃(シガン)六芒星(ヘキサグラム)”」

 

銃弾と化された左手人差し指は糸人形の上半身を完全に無きものにするまで穿ち続けた。それは己の攻撃のようでいて、どこか他人の攻撃を見ているような感覚がある。右腕を切り落されて激痛の中でよくもまだ指銃(シガン)を撃ちこむ体力があるなと我ながら驚きでもある。

 

さすがに指銃(シガン)を撃ちこんだあとは地にへたり込みはしたが……。右肩口からの血の滴りは当然のように止まりそうにはない。激痛も当然のように消えはしない。糸人形が下半身だけとなって動きが漸くにして止まったのが不幸中の幸いか。

 

「……すまん。気付くのが遅れてしまったな。トラファルガーの腕なら大丈夫だろうが、……時間の余裕はもうない。急がねぇと貴様の右腕は戻って来ねぇぞ」

 

五体満足の状態で近寄ってくるクラハドールが俺の右腕を抱えながら声を掛けてくる。さすがは執事で、両手は猫の手からいつの間にやら医療用手袋へと変わっており、俺の右腕の切り口は綺麗に包帯を巻かれている。

 

そして、右腕を抱えたまま器用にも右腕を失くした肩口に応急処置を施していくクラハドール。

 

 

 

「……んん、終わったか。……あらら、派手にやられちゃってるじゃないの。……だが、さすがは親子だな。諦めの悪ぃとこなんか()()()()にそっくりだよ。……なぁ、お前ら今死んどかねぇか?」

 

糸人形が止まろうとも円卓の主はまだ立ち去ってくれてはいなかった。散歩に来たのならば言葉通りにしていればいいものを、結局は散歩に来たわけではないんだろう。

 

円卓前の席から円卓そのものに移ってどっかりと胡坐をかき、鋭い視線を投げ掛けてくる表情からはやる気のなさは微塵も窺えず、寧ろやる気満々に溢れていると表現した方がいい。

 

それに、こいつも俺の父親を知ってるのか。確かに知っていてもおかしくはないが、口にしてくるということは何か思惑があるんだろうな。

 

「お前らどこまで繋がってんだ? お前らの名が政府内で飛び交いだしたのはフレバンスの一件からだ。そこからの政府内の動きは慌ただしいもんだった。裏じゃあ、あまり耳に入れたくねぇ話も聞こえてくる。お前らの存在そのものが政府を揺るがしてんだ」

 

青雉から紡ぎだされてくる言葉の声音はとても低く抑えられていて、そこには確かに海軍大将としての威厳が存在している。

 

「闇商人ってのは海賊とは違う。俺たち海兵は言ってみりゃ、対海賊に特化した組織だ。だが……、俺はお前らに興味がある。正直、お前の親父さんにはほとんど面識はなかったが……、お前が何を望み、どこへ行こうとしてんのかには興味があんのよ……。まあともあれ俺も組織の人間だ。やることはやらねぇとどやされるんでな……」

 

言いたいことを言い終えた奴は円卓の上で体を起こしてゆく。

 

要はやるしかないってことなんだろう。体の状態は最悪に近いが当然ここで命を落とすわけにはいかない。俺たちはまだ何も掴んではいない。人は皆いずれは死にゆく存在なわけではあるが、俺たちの死に場所は少なくともここではないことだけは確かだ。

 

動け。

 

心の中で己の体に鞭打つように言葉を投げ掛け体を起こすと、側にいた筈のクラハドールの姿は既にない。背に俺の右腕を背負いつつ抜き足で動き出している。

 

おいおい、何やってんだ。下手に突っ込んでもどうにもならない相手であることはわかってるはずだろうに……。相手は自然(ロギア)の能力者だ。覇気を纏わなければ触れた時点で氷と化してしまう。クラハドールが覇気を纏えるのは能力を行使したときのみ。今この時が能力の使い時ではないだろう。あと1回しか使えないと言ったのはお前自身ではなかったか……。

 

そんな俺の考えなど知らぬ風でクラハドールは氷人間との間合いを詰めていく。

 

「アイス(ブロック)両刺矛(パルチザン)

 

間合いを詰めてくる相手に対し氷人間はといえば、冷気を体から発して凍らせると、空中で器用にも複数の矛へと変形させて相手目掛けて放ってゆく。問題はその放たれるスピードであってクラハドールの抜き足よりも速く、つまりは一瞬でクラハドールの肩、腹、足へと突き刺さっていく。

 

それでもクラハドールは止まりはしない。さすがにスピードは落ちているが、いつの間にか再装着して猫の手となっている自身の右手を伸ばし、氷人間へと向かっていく。

 

 

その様を見ていれば俺も動かざるを得ない。だが激痛は当然収まりはしないし、どうにも体のバランスがおかしくなってしまっているのか動きづらい。

 

とはいえだ……。

 

嵐脚(ランキャク)黄金跳撃(ゴールデンスプラッシュ)”」

 

能力を行使して右足の蹴りから跳びはねる鎌風を起こして、青雉へと放つ。

 

俺もそれで止まりはしない。全身全霊を持ってして畳みかける。そこまでしなければどうにもならない相手だ。

 

「お前らの立場を考えれば連行したいところなんだが、船がねぇ。悪いが死んで貰うぞ」

 

奴から飛び出してくる言葉にももう容赦はない。一切として……。

 

連発銃を慣れない左手で持ち、銃口を構えて放つは、

 

黄金並行銃撃(ゴールデンパラシュート)

 

2発の銃弾。武装色の王気を纏われて並行に突き進むそれは嵐脚(ランキャク)が生み出した鎌風とは時間差で奴に襲いかかるだろう。

 

 

当然のようにしてこの2つの攻撃に直接的な効果はなきに等しいが、クラハドールへの意識は逸らすことが出来るだろう。現に奴は回避行動を取っている。

 

 

だが、それに何の意味があるのか。クラハドールが止まるわけではないのだ。あいつはまだ青雉に向かっている。

 

 

他に打つ手はないだろうか? ………………否、ない。

 

 

全くと言っていい程ない。それでも諦めるわけにはいかない。何としてでも活路を見出し、この地獄の業火に延びる一本道を駆け抜けてみせなければならない。

 

 

息が苦しい。なぜだ? 空気がなくなったわけでもないのに。

 

 

否、違う。体の奥底が何かを欲している。それが何なのかは分からないが……。

 

 

俺はどうしてしまったと言うのだろうか? 途轍もなく何かを体が求めているのを感じる。

 

 

クラハドールの動きは止まらない。

 

 

青雉が姿を現してくる。

 

 

猫の手で突っ込んでいくクラハドール。

 

 

氷河時代(アイスエイジ)

 

 

青雉が、途方もない自然(ロギア)の能力を持つ氷人間が、手数を掛けずに一瞬で勝負を決してくるような予感はしていた。奴が口にした言葉から想像するに、一瞬にしてこの砂の海を凍らせるつもりだろう。そしてそれは即ち、そこに佇む俺たちも一瞬にして氷漬けにされるということだ。

 

 

そこには絶望しか存在しない。

 

 

勝負は一瞬にして決する。

 

 

俺たちは負ける。

 

 

途轍もない冷気がすぐにも俺たちを意識の彼方へと追いやってしまうのか?

 

 

否、まだだ。……まだだ。……まだ終わってはいない。

 

 

己の体内に新たなる何かが生じたのを感じた。

 

 

それが何かは定かではないが……、

 

 

 

 

おそらく、……覚醒だ。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「今、ネルソン・ハットの右腕を切り落した。フッフッフッフッフッ、ロー……、お前は奴の右腕らしいな。どうだ中々洒落が利いてると思わねぇか?」

 

亀のバンチが曳く客車に乗ったべポとカールを構わず突っ走らせ、ジョーカーとサシの空間になったところで奴から飛び出て来た言葉は俺の沸点を軽く突破するには十分な内容だった。

 

「てめぇ、俺のボスに何やってんだっ!!!!!」

 

気付けばそんな言葉を力の有らん限りに叫んでいた。

 

奴を相手にして感情的になることは致命傷になり得ることは頭では分かっていることだが、心がそれに従うことが出来そうにはなかった。

 

クラハドールはギリギリだと言っていた。あいつが言っていたギリギリの意味が今になって分かる。あいつは俺の消耗具合まで計算してギリギリだと言ったんだろう。確かにジョーカーと戦うにはギリギリの体力しかもう残ってはいない。

 

 

だが……、そんな問題じゃねぇ……。

 

 

直ぐさまroomを張り直し、前へと出る。鬼哭(きこく)を構えて一気に斬りかかる。

 

「何を熱くなってんだ?」

 

右手から伸びる5本の糸で以て俺の斬撃を受け止める奴の表情は笑ってやがる。刃と糸がぶつかったとは思えないような金属音がして激突の衝撃を全身で抑え込んだところで、鬼哭(きこく)の両手持ちを右手だけに切り替え、空いた左手で素早く砂を掴み取り奴の背後へと投げ飛ばしてシャンブルズで移動し、

 

「メス」

 

心臓を奪ってやればいい。こんな奴にはそれが一番いいに決まってる。

 

俺が奴の心臓を掴み取るべく突き出した左手は奴の派手すぎるピンクの羽コートを突き破るかに思われたが、奴はその場でバク転をして、

 

足摺糸(アスリート)

 

糸によって加速されたであろう振りの速い蹴りが顔目掛けて入ってくる。それには見聞色の察知も一歩及ばず蹴り飛ばされていく。

 

「お前のやってる事は何の意味もねぇ、ただの逆恨みだ」

 

地に突っ伏していると、能力による瞬間移動で頭上から奴の声が降りかかりさらには、

 

降無頼糸(フルブライト)

 

5本の針によって体を刺し貫かれる。いや、針と化した糸でか。どっちでもいい。

 

「ロー、俺が一番キライな事を覚えてるか? ……見下される事だ。お前らみたいなガキどもに勝てると思って挑まれるのが一番我慢ならねぇ……。またよりにもよって、ハートを背中に描きやがって……、俺への当てつけか!!!!」」

 

憎悪に満ちた蹴りが再び俺の体に入ってくる。奴も実は相当頭に血が上っているようだ。

 

 

頭に血が上れば勝負は負けだ……。

 

 

「シャンブルズ」

 

掴んだ砂を上方に目一杯投げて、再び能力を使った瞬間移動をし、奴に正対したのち、鬼哭(きこく)を放り投げる。

 

「タクト “殺陣(タテ)”」

 

奴の背後に飛んだ鬼哭(きこく)を能力で自由自在に動かしてゆく。まるで奴が指を使って操るように……。

 

まずは突き。半身で避けられそうなところへ、俺自ら回り込んで左手親指を奴の肩口へと押しつけ、

 

「カウンターショック」

 

電流を流してやる。

 

 

入った。

 

 

「ロー!!!! てめぇ……」

 

 

確かに電流は奴の体内を駆け巡ったようだが、奴がそれで倒れこむこともなく黒く焦げた体を動かして右手を伸ばしてき、

 

大弾糸(ダイナマイト)

 

黒ひげを敗退へと追いやったあの一発を俺へ放ってきた。

 

 

その瞬間、

 

 

内臓が壊れる音がしたような気がした。

 

 

瞬間で武装色の王気を纏ったとはいえ、俺の方向性はマイナスであるため防御力ではやや劣る。そこを突かれた格好となり意識が揺らぐ。

 

 

こりゃ、知らず知らずに血を吐いてるな。口の中に血の味が広がってやがる。

 

 

やべぇ……、直ぐには動けそうもねぇ……。

 

 

「ロー、処刑の時間だ」

 

 

奴はピストルを握ってるに違いない。何の儀式か知らねぇが奴は最後にピストルを使うことを好む。やはり趣味が悪いとしか思えない。

 

 

ここまでなのか……。

 

 

奴を引きずりおろさねぇまま、終わりなのか……。

 

 

まだだ……。断じてまだだ……。そうだよな、ボス……。

 

 

 

……………………。

 

 

 

空気が変わった。いや、大気、周辺の大気全体が変わった様な気がした。

 

 

 

 

ボス……、まさかあんたか……。

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

戦いのフィナーレは近いですが、どうなりますやらですね。


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