ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は9400字ほどです。

そして、お忘れかもしれませんが総帥、副総帥、参謀の片脇で我が会計士もまた戦っております。冒頭はそこからです。

よろしければどうぞ!!


第34話 止まるな

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

雪……。

 

 

森……。

 

 

どこかで見たことがある景色……。

 

 

あぁ、ベルガー島か……。

 

 

昔の自分が見える。

 

 

私、死んだのかな? 

 

 

闇の砂漠真っ只中でパンク野郎と戦っていたという記憶は残っている。あいつの能力で最大限の破裂をお見舞いされて、私はとうとう越えたくはなかった川を越えてしまったのかもしれない。あいつはドフラミンゴの金庫番だと言う話だった。ネルソン商会会計士としては同業者にやられるというのは私のプライドが許してくれそうにない。たとえ本業での勝負ではないにしても……。

 

目に映る景色は確かに私の故郷ベルガー島であるのだが、夢の中のように浮遊感が漂っている。鮮明感に乏しいというか、何よりも過去の自分を俯瞰(ふかん)するように眺めているのだ。

 

私は本当にどうにかなってしまったのかもしれないと思わざるを得ない。死を目前に控えた走馬燈が始まっているのか、それとも気絶してしまって私の心が故郷に戻っているだけなのか。

 

あれは……、イットーじゃない……。

 

雪舞う森の中で剣を構えている幼き私に相対しているのは懐かしきイットー・イトゥー。私の剣の師匠もどきである。私には師匠が二人いる。否、正確には師匠が一人と師匠もどきが一人いることになるのか。師匠というのは勿論ロッコのこと。六式と覇気の紛れもない師匠だ。師匠もどきというのはイットーが師匠であることを頑なに拒んだ結果の末に行き着いた答えである。イットー曰く、何事も立派なものになどなるものではなく、もどきぐらいが丁度良いらしい。私には全く意味が分からないことではあったが。

 

そんな理解不能な人物でも私には紛れもなく剣の師匠であった。

 

イットーがベルガーに姿を現したのは突然の事であり、風体からしてこの辺の人間でないことは一目瞭然。今思えばイットーはベルガーの船に乗ってやって来たのかもしれない。新世界はワノ国から……。

 

だが当時の私にはそれはどうでもいいことだった。もっと重要な事があったからだ。なぜなら、ミキオ・イトゥーへの手掛かりが転がり込んできたからである。私の手配書集めはその当時からスタートしており、まさに筋金入り。丁度その時は“早撃ち”ミキオ・イトゥー 100万ベリーの謎に迫っていた最中であり、私は鼻息荒くもイットーに質問攻めを浴びせていた記憶がある。結局ミキオ・イトゥーの関係者であるという言質を取ることは叶わなかったし、イットー自身2年足らずでベルガーを去って行ったが私には幸せな時間であった様な気がする。

 

私がイットーの去り際に誓った事は何だったったっけ? あぁ、そうそう、確か……、ミキオ・イトゥーの手配書を100万ベリー以上でイットー・イトゥーに買わせることだった。これは私の商人としての原点でもある。

 

私としたことが……、こんな大事なことを忘れてしまっているとは……。幼き日の私にはミキオ・イトゥーとイットー・イトゥーの関係性を考えることは人生の最大関心事であった筈であるのに、今や見る影もない。

 

それでも今際の際に景色として目の前に現れてきたのであるから、私の中では大きな意味を持つことであるのは間違いない。ほら、ああやって……。

 

 

(うたご)うたらあきまへん。

 

 

あれ……、何だろう?

 

頭の中に響いてくるようにイットーの声がする。オーバンにも似たあの口調が……。

 

 

自然と渾然一体になったらええんどす。そしたらこんな風になれるんどす。

 

 

イットーの次の言葉が響いた途端に、あいつの体が景色から忽然と消えてゆく。

 

あぁ、思い出した。あの時の私はよく分かってなかったけど、あれは見聞色、無地(むち)の領域だったんだ。イットーは剣士にして見聞色の達人だったんだ。

 

 

ジョゼフィーヌ、しょーもないことしてんと、早よ~起き。

 

 

分かったわよ~!!! イットー独特の言い回しが頭に入ってきて、私は条件反射のようにして怒りの反応が込み上げてくる。

 

私、もしかしてまだ生きてる? 気絶してるだけなのかな……。

 

そうだと言うなら、さっさと目を覚まさないといけない。あのパンク野郎を叩きのめしてやらないといけない。

 

なぜ、イットーが頭の中に現れて来たのか? これは偶然なんかじゃない。私にも出来るんだわ、見聞色の王気(おうき) “無地(むち)” の領域。

 

 

 

…………………………、

 

私の目に飛び込んできたのは闇空に申し訳程度に煌めきを添える星々だった。

 

何だ、私生きてるじゃない。厳しいまでの現実感を湛えた黒々とした闇が目に映ること。さらには体を駆け巡るこの痛みが何よりの証拠だ。

 

自然と渾然一体になる。自分自身も自然の一部分であることを疑わず、自然そのものであろうとする。呼吸を整え、さらには高めて、心の中から頭の中から雑念、余計なもの一切合財を取り払ってゆく。

 

それが私を“無地”の領域へと至らしめてくれるのだろうか? 疑うな……、疑わないことだ。

 

己の気配を消す “縮地(しゅくち)” の領域には既に到達している。

 

 

無心となれ……。

 

 

己にそう言い聞かせながら、ごく自然に体を起き上がらせてゆく。体の痛みは相当なものであるはずだが、不思議と今は苦にならない。

 

パンク野郎は、グラディウスはまだ近くにいる。どうやら、べポ&カールを追って行ったわけではないようだ。

 

「かくれんぼに付き合うつもりはねぇんだ。さっさと済ませよう。計画の遅延は許されねぇからな」

 

私の気配は消えていると考えていい。グラディウスから私は見えていない。

 

 

無心となれ……。

 

 

突然、背後から大気が爆発したような気配が伝わってくる。急激に吸い込まれていきそうな感覚……。

 

「ほら見ろ、お前の兄もローも終わりだ。知ってるだろうが、若は覇王色の資質を備えている。王になるべき御方なんだ。お前らはここで終わりだ。ファミリーの計画は絶対であり、狂いはしない」

 

グラディウスの言葉が聞こえてはくるが、私にはどうでもいい。私の考えは既に確信に満ちているから。

 

 

間違いない。ドフラミンゴの仕業ではない。あれは兄さんだ……。何が起こっているのかは正直分からないが……。

 

 

今はとにかく……、無心となれ……。

 

 

己に言い聞かす。言い聞かし続ける。呼吸を整え、さらに高め、己の境地を最大限まで無の世界へと至らしめてゆく。

 

 

消えている。私自身の姿さえも……。気配と姿を同時に消している自分が存在している。

 

 

見聞色の王気(おうき) “無地(むち)” の領域……。

 

 

今だ。

 

 

意識的に瞳を閉じて、グラディウスまでの距離を推し測り、己の動きをイメージしたのち瞳を開ければ……。

 

 

 

私の足は地を叩き、右手は “花道(はなみち)” を抜き、瞳はグラディウスが羽織るコートの胸部分に縫い付けられた歯車の様なもの、闇夜でもはっきりと確認出来るそれを見据えている。

 

私は突き詰めに突き詰め抜いた一連の動作を遂行するだけであった。抜いた花道で右から左に、左から右に袈裟斬りを叩きこむ。それを(ソル)の最高速度で以てして全うするのだ。

 

 

 

全てを終えて地に足を下ろした私は、もんどり打って(たお)れ、駆動音を発する代物からも落ちゆくグラディウスを振り返ることもなく “花道(はなみち)” を鞘に収め、

 

「居合 “花魁道中(おいらんどうちゅう)” 」

 

無地(むち)” の領域から己の姿を世に現す。

 

居合で相手を圧することその一点には女としての歓びが詰まっているような気がする。花魁道中(おいらんどうちゅう)を終えて私の心は天にも昇る思いではあるが、

 

「あんたのバイク、やっぱり要らないわ。よく考えたら私にはそんな暇ないもんね」

 

それを(あらわ)にはしない。私のたっぷり皮肉を込めた言葉に対してパンク野郎からの返事はない。

 

結構効いたみたい。

 

 

さてと、船に戻ったら早速探さないとな~、ミキオ・イトゥーの手配書。あれどこにやったっけ?

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

大気の収縮か? 吸い込まれそうなこの感覚はなんだろうか。

 

何が起こったのかは正直なところよく分かっちゃあいないが、ひとつだけ分かってることがあった。チャンスはここにしかねぇってことだ。

 

反転攻勢に出るなら今をおいてはなかった。

 

 

であるならば動くのみ。

 

直ぐ様にうつ伏せの状態から転がり起き上がってみれば、そこに見えたのはジョーカーの姿。

 

 

だが何かがおかしい。奴は随分と苦しそうだ。俺は何もしていないと言うのに……。

 

銃弾……。

 

銃声などひとつとして聞こえはしなかったが、奴の右胸には銃弾が穿っていてそこから血が流れ出てやがる。とはいえ、銃弾一発でどうにかなる奴ではないことは分かりきっている。

 

なんだってんだ?

 

いや待て、奴の手から伸びていた糸が跡形もなく消えている。……糸………?!!!

 

 

 

海楼石(かいろうせき)の銃弾か……。

 

 

 

誰だ? そもそもどこからあの銃弾は撃ち込まれたってんだ? それに銃弾を奴に当てること自体が至難の業の筈だ。分からないことが多すぎる状態だが、これまたはっきりしていることがひとつだけある。奴はイトイトの能力を今使うことが出来ないでいるってことだ。

 

こんなチャンスにはそうそう巡り会うことはねぇだろう。

 

「タクト」

 

右手人差し指を突き出し、鬼哭(きこく)を手元に引き寄せる。

 

「ロー!!! ……てめぇ……、俺に何をしたーっ!!!!」

 

ジョーカーの口角は一切上がってはいない。呪詛の言葉を放つ奴の表情は怒りに満ち満ちていると同時に焦りにも取れるようなものを見せている。

 

一体奴に何が起こっているのかは定かではないが、

 

 

絶対に逃してはならねぇチャンスだ……。

 

 

戻って来た鬼哭(きこく)を右手に持ち構える。

 

能力を使えない奴が取れる手は覇気。だがどうだ、奴の体が黒く硬化することはない。

 

 

何だ? 覇気も使えなくなっているのか?

 

 

まさかあの大気の収縮……、……ボスか。

 

 

一時的なものかもしれないが、どうやら奴は能力も覇気さえも使うことが出来ねぇでいる体にあるらしい。

 

千載一遇とはこのことだ。

 

容赦をする必要などどこに存在するってんだ。このまま心臓を奪ってしまえばいい。能力も覇気も使えねぇんならROOM内で抵抗出来る可能性は皆無に近い。たとえジョーカーと言えどもだ。

 

今ここで、このタイミングでジョーカーの心臓を奪えることはかなりの意味を持ってくるだろう。俺たちが打ち立てた目標に随分と現実味が増してくるってもんだ。

 

それを分かってるとでも言うのか、ジョーカーの表情に笑みはない。サングラスの中の瞳は一体どんな感情を帯びているだろうか?

 

奴の左胸目掛けて左腕を真っすぐ伸ばしてゆく、右胸には未だ海楼石の銃弾が穿たれたままだ。抵抗らしい抵抗を見せはしないジョーカー。

 

左腕は奴の左胸に入り込みそこにある命の源、心臓を……………………、

 

 

 

ない。

 

 

 

心臓が存在していない。

 

 

 

「フフッ、フッフッフッフッ!!!! 残念だったな、ロー。俺の心臓はここにはねぇのさ」

 

奴の高笑いと共に言葉が側近くから耳に入ってくる。

 

どういうことだ? オペオペの能力でもねぇ限りこんな芸当は出来やしない。まさか……、

 

「想像してみりゃ分かるだろうが……、先代オペオペの能力者によって心臓を取り出している。面倒でもあるがこれはこれで中々のリスクヘッジになる。フッフッフッフッ、甘ぇよ、ロー、お前はまだまだガキにすぎねぇ」

 

先代オペオペだと……、くそ……やられた。これじゃ奴に致命傷を与えたところで大して意味はねぇな。

 

仕方ねぇ、今は追われないことが重要だ。

 

頭の中を別方向へと切り替えて今度は鬼哭(きこく)を持つ右手を動かしてゆく。手術(オペ)を執刀するような繊細な動きで繰り出すは、

 

 

武装縫合(アーミーナート)

 

ジョーカーを砂の地に武装色を纏って能力で縫い付けていく行為。それ自体に直接的な殺傷力はないに等しいが、奴をこの場所に釘付けにすることは出来る。心臓を奪えない以上はこれしかねぇだろう。それに、

 

「イトイトの能力者が縫合されるんだ。こっちの方がよっぽど洒落が利いてると思わねぇか」

 

皮肉も上乗せ出来るしな……。

 

闇空を見上げれば俺の背後には雲が存在していない。逃げ切ることは出来そうであり、これでこのヤマは終了だ。

 

「フッフッフッ、悪運は持ち合わせている様だな。空の道が途切れてやがる。だがこれでお前らは俺たちファミリーに宣戦布告したってことになる。その覚悟が本当にあるのか? 先の海はガキが渡って行けるような生半跏なもんじゃねぇんだぞ、フッフッフッフッ!!!」

 

ジョーカーは砂の地に体を縫い付けられて身動きが取れなくとも気にする様子はなく、上空を見詰めたまま脅しの言葉を放ってくる。

 

「ああ、心配無用だ。引き返すつもりはねぇよ。ジョーカー、お前は仲介者だ。お前のバックにはまだまだやべぇ奴がいるんじゃねぇのか? お前自身にとってもやべぇ奴がな。時代のうねり? 上等だ。俺たちが芋づる式に引きずりおろしてやるよ。じゃあまたな」

 

はったりでもいい、虚勢でもいい、奴のペースでこの場を終わらせるのはごめんだ。己の最大限の買い言葉をジョーカーに浴びせて俺は踵を返し、身動きが取れない奴を残してそこを後にした。

 

「面白ぇ!!! お前のボスに伝えておけ、この銃弾の意味は相当に根深いってな。フッフッフッ、()()はまだ終わっちゃいねぇわけだ。フッフッフッフッフッ!!!!」

 

奴の高笑いに見送られながら……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

俺の眼に映る情景は霞がかっており、はっきりとはしていなかったが凄まじい勢いで迫って来ていた氷結の連鎖が止まったことは分かった。

 

俺が止めたのだろうか? 何とも理解できない状況だ。己の中で何かが弾けて何かが引き起こされたのだということは分かっているが、それが何なのかは分かってはいない。

 

だが金色に輝く気のようなものが見えたような気はする。先程ドフラミンゴが黒ひげに対して放った気に近いような感じもする。

 

ということは、俺にも資質はあったということなのか? 覇王色の覇気の資質が……。

 

 

待て、ドフラミンゴは気を放っていたが俺に見えたのはそれではない。放つ気ではなくて、吸い込まれる気だ。青雉、さらには下半身だけとなった糸人形から吸収する気……。

 

 

「おいおいマジか……、覇王色のマイナスだってのか……」

 

青雉から漏れ出る驚愕に満ちた言葉が俺に見えたものを補足してくれる。

 

気を放つのではなくて、気を吸い込む。つまりは覇気を吸収する。それが覇王色のマイナスってことなのか。

 

朦朧(もうろう)とする頭の中で何とか思考を組み立ててみるが、そんなことをしている場合でもない。青雉による氷結の連鎖が一瞬止まったとはいえ、それは奴の驚きで一瞬止まったに過ぎないではないか。

 

 

 

だが、

 

 

 

次の瞬間、

 

 

 

氷結の連鎖そのものが消え去ってゆく。

 

 

 

霞む情景の中、必死になって目を凝らしてみれば……、青雉に銃弾が撃ち込まれている。

 

何の気配も音さえもしなかったが、一体どういうことだ? そもそも誰が撃ったものなのだ? 五指では余るほど疑問が湧いて出てきそうだが、少なくとも氷結の連鎖が止まったということはどういうことか? 青雉自ら俺たちを前にして止めるわけはないであろうから、無理矢理止められたことになる。なぜだ? 銃弾か……、海楼石(かいろうせき)……。

 

能力者の能力を無効化する海の力を秘めた石。海楼石(かいろうせき)を加工した銃弾だっていうのか? 青雉に撃ち込まれた銃弾は。それで奴は能力を使えなくなってしまい、氷結の連鎖は止まったっていうのか?

 

 

一点突破……、何の僥倖(ぎょうこう)か知らないがチャンスだ。

 

 

そう思った刹那だった。

 

 

我が参謀はやはり俺の左腕だった。

 

 

 

一目斬(いちもくさん)

 

 

 

抜き足のスピードから一段ギアを上げたスピードで駆け抜け、青雉の足目掛けて斬りつけたクラハドール。奴は分かっているのだろう。速度が攻撃の重さにつながることを……。

 

能力と覇気を抑えられようとも青雉は海兵だ。体術を以てすれば空振りとなる可能性は高いと思われたがそうはならなかった。クラハドールはこのタイミングで全身全霊のモヤモヤの能力を行使したに違いない。

 

我が左腕は見逃しはしなかったわけだ。

 

「ひどい事するじゃないの……」

 

多分に覇王色は発露が覚醒したに過ぎないのだろう。よってすぐには使いこなせるわけではなさそうであり、青雉の覇気が抑制されているのも束の間なのかもしれない。

 

だからこそ今しかないのだ。

 

押し切るべき時なのだ。

 

右腕がなくとも、視界が霞もうとも躊躇している場合ではない。

 

 

生き残りたければ、動け……。

 

 

己にそう言い聞かせ右腕を失った体に王気(おうき)を纏う。

 

……何だこれは? 

 

体の中で迸る何か、……吸収した覇気……。そうか……、そういうことか……、吸収することで増幅した覇気ってわけか。たとえ一時的なものであろうとも押し切るには十分すぎる。

 

(みなぎ)る気をそのまま砂の地に纏わせてゆき、

 

 

暗黒なる地獄(ダーク・インフェルノ)

 

硬化された大地を作り出して、直ぐ様に地を足で叩きつける移動を開始する。

 

先程までは氷結されつつあった大地は一瞬で黒々としたものに変化しており、青雉をダウンさせることが出来ればそれだけで攻撃に繋がっていくだろう。

 

奴は泰然自若として動こうとはしていない。撃ち込まれた海楼石(かいろうせき)の銃弾によって能力は抑え込まれようとも、覇王色のマイナスによって覇気を吸収されようとも、そこに焦りがあるようには見受けられない。

 

それでも止まってはならない。

 

(ソル)によって奴との間合いを詰め、スピードを落とさぬまま嵐脚(ランキャク)に入る。蹴りの鎌風に対する青雉は防御の構え。

 

鉄塊(テッカイ)ってわけか……。

 

さすがは海兵。腐っても海軍大将ではある。無駄な動きは一切ない。

 

 

それでも止まるわけにはいかない。

 

 

「クラハドール!!! 回り込め!!」

 

モヤモヤの能力を駆使し、一段ギアを上げたスピードで一撃を見舞った我が参謀に対し返す刀を要請する。

 

俺もまた蹴りの撃ち込みからそのまま月歩(ゲッポウ)によって空中を移動して、青雉の肩口目掛けて飛びかかるような指銃(シガン)へと移行してゆく。

 

それに合わせてクラハドールは地を這うようにして高速で回り込んできており、俺たちで青雉を上下から挟みこもうっていう寸法だ。

 

「……生き急いでんなァ、少しはだらけなさいョ」

 

青雉はと言えば、

 

 

紙絵(かみえ)……。

 

 

なんて無駄な力が抜けた繊細な動きをするんだろうか? 

 

見聞色の覇気も抑え込んでる筈だというのに……。奴は視覚だけでギリギリの紙一重を見切ってるってことなのか……。

 

 

止まるな。動き続けろ。

 

 

指銃(シガン)から奴の背後へと着地して即、体に捻りを加えて180度回転させながら背に負った銃を取り出し、左腕から黄金弾をぶっ放す。増幅された王気(おうき)を纏ったそれは当たれば爆発どころでは済まないだろう。

 

超低空で駆け抜けたクラハドールもそのまま跳び上がり、今度は上空からの急降下だ。

 

二人一組での挟み撃ち、何としてでも押し切るんだ。

 

間違いなく勝負どころ……。

 

奴の動きは……、防御……、鉄塊(テッカイ)で全てを受け止める気か……。否……、(ソル)だ。

 

鉄塊(テッカイ)で俺の銃弾より早く飛び込んだクラハドールの急降下を受け止めざまに突如として俺との間合いを詰めてきやがった。

 

指銃(シガン)……。銃弾を受け止めてでも、攻撃を当てる気だ。肉を切らせてでも骨を断つってわけか……。

 

 

止まるな……。

 

 

俺も嵐脚(ランキャク)で応戦する。

 

 

足による蹴りと指による突きとの激突。その至近距離で衝撃を引き起こす俺の黄金弾。

 

 

投げ掛けられてくる言葉が如何にやる気のないものであっても、奴の()本気(マジ)だ……。

 

 

衝撃からは俺も逃れられそうにない。

 

それでも奴は硬化した地にダウンしてゆき、再びの衝撃が奴を襲う様が感じ取れる。

 

 

何とか互角で渡りあえているか? 否、少しは押している。押し切っていると思いたい。

 

 

「……んぁ……、ネルソン・ハット……、道理で政府が危険視するわけだ。王の資質とも言われる覇王色はそう誰もが持ってるわけじゃない。その中でもマイナスとなりゃ……、500年に一度現れるかどうかっていう伝説物だ。……あららら……」

 

少しは効いていると見える青雉の言葉が途中で止まり、奴は上空に注意を向けている。その動きに釣られて俺も何とかして上に目を向けてみれば、

 

 

 

ロッコ……、お前……、どうして?

 

 

 

「アレムケル・ロッコじゃないの……」

 

ロッコは月歩(ゲッポウ)による空中移動からこの砂の地に降り立った。ほとんど音を立てずに、まるでこの場をあまり乱したくないとでも言うように……。

 

「坊っちゃん、今回ばかりは無謀が過ぎやしたね。わっしも出張らせてもらいやすよ」

 

俺に対して優しく諭すように語りかけたかと思えば、

 

「クザン、久しぶりじゃな。お前のような(もん)が大将になるとは驚きじゃが、サカズキが大将になるとなれば黙ってもおれんか……」

 

懐かしい友人と話を咲かせるような口調で青雉に言葉を投げかけたりしている。

 

「政府はお前を世捨て人だと思ってるが、まだまだ現役バリバリじゃないの。この銃弾と言い、お前が現れたことと言い、お前の坊っちゃんから覇王色のマイナスが飛び出してきたことと言い……。“トリガーヤード事件”はまだ終わっちゃいねぇってわけか」

 

対する青雉もロッコは顔見知りのようであり、俺には初耳の単語も飛び出してくる。

 

「わっしは何も答えるつもりはないわい。じゃがクザン、わっしが現役と言うんならじゃ、そのわっしに免じてここは手打ちとさして貰ってもいいじゃろうて」

 

おいおいロッコよ、海軍本部大将相手に自分に免じて手を引けって言ってるのか?

 

「そりゃ虫が良すぎるってもんでしょうよ。出会っちまったもんは職務を遂行するってのが海兵としての筋ってやつじゃないの……」

 

俺たちの止まらなかった、止めなかった攻撃は奴に対して確かに効いてはいる。これを続けることが出来れば押し切ることが出来そうでもある。これにロッコが加わるのだ。海兵として冷静な分析を下すならば手打ちというのも……。

 

否、待て……、そんなことよりもまず、どの口が海兵としての筋なんて言葉を放ってやがるんだ。

 

「クザン……、それはわっしに言っとるのか?」

 

瞬間……、言葉に覇気を載せるようにして放つロッコ。

 

おいおい、桁が違うじゃないか……。武装色だけで地を震わせ、大気を震わせる気合い……。

 

 

これがロッコの真髄か……。

 

 

「はぁ……、やっぱやめとくヮ。海王(かいおう)を単独で相手したら、また上にどやされそうだ」

 

 

その言葉が手打ちの決まった瞬間だった。俺たちのヤマがまたひとつ終わった瞬間だった。

 

どうやら命ある身でこの場を後にすることが出来そうだ。求める物を手に入れた上で……。

 

今この体に右腕は存在していないが、ローがいれば何とかなるだろう。

 

そのローは命ある身でいるだろうか? 否、あいつなら大丈夫だ。俺の右腕なのだから……。

 

ジョゼフィーヌは? べポとカールは? 

 

考えを巡らすべきことは数多い。ヤマがひとつ終わっただけなのだから……。また次のヤマが始まるのだ。

 

 

考えなければならないことは……、海楼石(かいろうせき)の銃弾……。

 

狙撃手は誰だ? オーバンか? 否、それはない。海楼石(かいろうせき)など俺たちは持ち合わせていない。じゃあ誰だ?

 

 

 

撤退した黒ひげ海賊団……、狙撃手……。

 

 

 

政府からの最高峰の諜報員……。

 

 

 

おいおい……、まさか……。

 

 

 

俺たちは次なる地獄に片足を突っ込み始めているのかもしれない……。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

今回も色々と詰め込みすぎたかもしれませんが、

誤字脱字、ご指摘、ご感想、

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