ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第5章 キューカ ~偉大なる航路~
第37話 骨休め


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)近海

 

「久しぶりね、ロー君。こちらが例の新入りかしら?」

 

(わたくし)は自然と挨拶を口にしていた。

 

アラバスタ王国はカトレア。反乱軍の根拠地であった場所で私は密談に臨もうとしている。密談の場所はカトレアの最奥、今にも崩れ落ちそうな廃墟と言って過言ではなさそうな骨董屋。相手はハットの右腕ロー君と最近加入したクラハドールと呼ばれる元海賊。つまりはネルソン商会の幹部連。私の軍人としての正義は表向きはどうあれ、真の部分では黒い商人のために存在している。彼らのために存在している。なぜなら私もその一員であるから。あの日から今ままでずっと、そしてこれからも……。とはいえ表向きは海賊相手の正義を掲げて宮仕えに勤しむ身とあっては、これは当然密談となるものであるのは間違いない。

 

海兵として、長年に渡ったアラバスタ近海での任務は終わりを迎えつつあり、王国の反乱は終結を見せ、展開は次の段階へと移っていった。それに関係なくとも私の任務は終わることが確定していたのではあるが。サンディ(アイランド)を完全封鎖し海賊麦わらの一味を捕えることが最終任務。当初は首尾よく運んだわけであるが、結局麦わらの一味は先の海へと行ってしまった。とはいえ、そもそも任務を完了するつもりはさらさらなかったし、問題はそこではないのだ。私にとっての問題は麦わらの一味ではない。

 

新たな赴任先での仕事内容と真の仕事内容を考慮してこのカトレアという地に私は目を付けていた。CP(サイファーポール)が蠢動している可能性を考慮していた。新たな赴任先、海軍情報部監察と世界政府のCP(サイファーポール)は味方同士の様でいてそうでもない。常に足の引っ張り合いという不毛極まりないことにエネルギーの大部分を注いでいると聞く。その件の組織が案の定動いていた。やっていたことは反乱への扇動活動。何の事は無いありふれた活動である。だが結論から言ってその費用対効果があったとは到底思えない。扇動などしなくても反乱は行き着くところまで行ったであろう。では実のところ何の為に活動していたのか? カムフラージュではないか。重大な活動から目を背けさせるために敢えて行っていた。素人目でも分かるように。裏付けは取れてはいないがどうもそんな気がしてならない。ヒナ確信……。

 

そんなところへ舞い降りてきた今回の話。カトレアに居るところを計ったかのようにして伝書鳩による連絡がもたらされたのだ。ハットを抜きにして会いたいと言う内容を見て、私は事の重大性を一瞬にして理解しこの場に来ていた。

 

私の挨拶に対して笑顔を見せずに会釈だけを寄越してきたロー君の様子からして私の予想は間違ってはいなかったようであり、心して話を聞く必要があるだろうと………………………。

 

 

 

 

 

夢か……。

 

私はどうやらデスクに座ったまま寝ていたらしい。目に飛び込んできた景色はカトレアの薄暗い路地裏ではなくて、見慣れた船室のドアであった。軍人が乗る船であるため華美な装飾など一切存在していない質実剛健を地で行くようないつもの室内である。デスクにはとっくに冷めてしまっているであろう飲みかけのコーヒーが残っている。

 

気付いたら寝てるなんて、私としたことが……、ヒナ不覚。

 

船は北へ向かっているはずだ。部下達は余程の事がない限りは航海中に私を呼ぶようなことはしない。だからこんなことが起こっても不思議ではないが……。例外も2名ほど存在するので注意しないといけない。あの二人にこんなところを見られていたらと思うと一生の恥だ。ヒナ恥辱、に他ならない。

 

さておき、なぜ寝てしまったのかはよく分かっている。あれは夢ではない。つい先日の事なのだ。色んなこと、あらゆることが起こり過ぎている。またはこれから起ころうとしている。よって頭の中が一旦リセットされることを望んでいたのだろう。

 

彼らが持ちこんできた話。私への調査依頼。アレムケル・ロッコと旧ベルガー商会、北の海(ノースブルー)の闇と西の海(ウエストブルー)、ロッコが5年前に西の海(ウエストブルー)で目撃されていたこと。

 

となれば、確かにハットに黙ったまま調査して欲しいというのも理解が出来る。結局はハットの背後を探ると言うことになりかねないし、それはハット自身が知りえていないことをも探るということでもある。行き着く先は彼の父、ネルソン・ボナパルトの謎に迫るということでもある。

 

それはネルソン商会を根底から揺さぶりかねないことが出てくる可能性もある。私たちの最終目的を考え直す破目に陥らせるような問題が。 

 

さてどこから始めるか? 表立ってネルソン・ボナパルトに付いて聞いて回ることは今の政府の内情を考えると危険すぎる。だが手始めはやはりマリージョアからということになりそうだ。相当な覚悟を持って、細心の注意を払いつつ動かなければならないだろう。

 

 

だが問題はこれだけではない。

 

 

アラバスタ出航の直前になって電伝虫に入ってきたハットからの言葉。調べてほしいことがあるから大至急会う必要があるということだった。会って話す必要があるということは電伝虫では不味い内容だということだ。

 

ロー君が別件で話してくれた情報から考えると大方予想は付いてくるが……。私の予想通りであれば、これもまたマリージョアで調べる必要が出てくることであり、多分に危ない橋を渡る必要が出てきそうだ。

 

 

それに……、ビビからも入電が入ってるし……。

 

 

彼女とは私が初めて警護を任された世界会議(レヴェリー)以来からの付き合いになる。彼女のバロックワークス潜入を裏で斡旋したのは私だ。当初は断固として反対したのだが、あそこまで頼まれては、覚悟を見せつけられると断ることが出来なかった。私からすれば妹の様な存在と言ってもよい。中々危なっかしくて世話の焼ける妹だけど……。

 

そんな彼女から言われたことはまたもや無茶な頼みであった。また国を出ると言うのである。今度はドンキホーテ・ドフラミンゴをぶっ潰すと言うのだから、さすがに私としても断固反対したのだが……。この前が潜入で今度がぶっ潰すだなんて、一体あの娘はどこへ向かってるんだろうか? ヒナ困惑。

 

きっと麦わらに感化されてしまったに違いない。まったく、こんなことならあそこで麦わらを捕えて目に物見せてやれば良かった。今度会った時は容赦しない。一回インペルダウンに送ってやるぐらいはしてもいいはずである。ああ~、もうっ、ヒナ憎悪……。

 

とはいえ、ビビの頼みは聞いてやらねばならない。ドンキホーテ・ドフラミンゴをぶっ潰すための伝手を紹介して欲しいという頼みは。あの娘をネルソン商会と引き合わす。そこで生まれる化学反応如何(いかん)によっては、ネルソン商会への加入という線もなくはない。ネルソン商会には今現在懸賞金が設定されているが、政府はひとつの解答を導き出そうとしている。そうなれば、加入が合法となる可能性も……。

 

まずはもう一度サンディ(アイランド)に船を寄せる必要がある。そこでビビ達を拾うのだ。そのために船は北へと向かっている。島を回り込んで北の港でビビ達を拾うべく動いている。

 

 

 

「「ヒナ嬢、入りま~すっ!!」」

 

ドアの向こうから威勢を張った声が聞こえてくる。彼らだろう。三等兵のバカな二人組。

 

「入りなさい!!!」

 

薄紫色の髪をMRINEキャップで覆い、両腕にメリケンサックを嵌めた男と、灰色の髪をMRINEハットで覆い、ハート形のサングラスを掛けた男が二人して、真っ赤な巨大魚を抱えながら部屋へと入ってきた。大量の海水を滴らせながら……。

 

「聞いて下さい、ヒナ嬢」

 

「どうしたの?」

 

何を言おうとしているのかは大体見当が付いているし、かなり面倒臭いが取り敢えずは聞いてやることにする。

 

「魚を釣っていましたあなたの為に♡」

 

「直ぐに捌いて差し上げます♡」

 

両者ともに片膝立ちでキラキラとしたオーラを放ちつつ、これ見よがしに巨大魚を披露してくる彼らだが、

 

「いらないわ」

 

私はにべもなく一言で済ませてやる。きっと私の今の顔は無表情極まれりといったものであろうが、彼らは一向に懲りずに立ち向かってくるのだ。どうやらそれがいいらしい。バカが何を考えているのかは本当によく分からない。ヒナ疑問。

 

丁度いい機会であるからこの場を借りて申し渡しておこう。

 

「フルボディ本部三等兵、並びにジャンゴ本部三等兵。聖地マリージョアに到着次第、今の任を解き異動を命ずる。異動先は海軍本部情報部監察。……つまりは私の下で引き続きよろしく」

 

感情を一切込めずに事務的口調に徹してみれば、

 

「「どこまでも付いて行きますっ!!!!! ヒナ嬢」」

 

二人は感情を爆発させて、一際見事な敬礼を披露して見せてきた。巨大魚が二人の手から離れ、哀れにも跳びはねてしまっているが……。

 

 

 

見るからにルンルンとした足取りでドアの向こうへと姿を消した二人組を見やり、ひとつ思う。

 

 

どうしようもないバカは時々、人を救う。この世の真理だ。

 

 

私の心は少しばかり晴々とし、冷めきったコーヒーでさえ美味しいと思えた。

 

 

ヒナ満足……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

「測深に取り掛かります」

 

船尾甲板前端手摺際にて信号を受け取った船員が舵輪近くへと報告にやって来る。時刻は深夜1時を回ったばかり、漆黒の闇が包む海を船は進んでいる。大暗礁の彼方へと……。

 

 

 

濃密そのものとなったアラバスタのヤマは終わりを迎えた。そこからさらに号砲を鳴らした事柄は数多いが、ひとまず俺たちはサンディ(アイランド)に別れを告げたのだ。反乱騒ぎで時代の節目を迎えつつあった国を尻目に俺たちはやるべきことをやった。ダンスパウダー、10億ベリー、そしてナギナギの実を手に入れた上で生き残った。きな臭い暗殺の阻止というおまけもやってのけて見せた。それは選び取ることが出来る最上の結果と言って良い。

 

勿論それによって出くわしたもの、引き起こされた事、呼び覚ました事も存在する。まずはドンキホーテファミリーに本格的に宣戦布告をしたと言えるし、海軍本部大将相手に一戦ぶちかました上で逃げ切ったことで目を付けられたとも言える。さらには、黒ひげ海賊団とも因縁を作り出した挙句の果てには、存在すら疑わしかった政府最高クラスの諜報員とご挨拶する破目となった。忘れそうになるが元王下七武海であるクロコダイルとも因縁が出来たのは間違いないだろう。

 

まあ、麦わらの一味という気持ちの良い奴らと出会えたことや、白ひげ海賊団2番隊隊長に対して貸しを作ったこと、アラバスタ王の真意を知った上で関係を持てたということもあるが。

 

諸々を抱えながらも俺たちは先へと進む。ヒナとサンディ(アイランド)を後にする直前に連絡を取り、会う段取りを設定した。場所は天空の鏡(シエロ・エスペッホ)と呼ばれる絶海の孤島である。そこは島の湾口に巨大な塩田が広がっていると聞く。永久指針(エターナルポース)が伝書鳩によってヒナから届けられ、今俺たちはそこへと向かっている。あれだけ濃密な地獄の只中を走り抜けたのであるから俺たちには少しぐらい骨休めが必要だろう。天空の鏡(シエロ・エスペッホ)と呼ばれるソリティ(アイランド)は丁度良い場所になりそうである。キューカ島にも行くつもりであるため、そこでもいいのかもしれないが整備された場所よりも手付かずの場所の方が骨休めにはなるのではなかろうかというわけだ。ただ件の絶海の孤島へと向かうためにはこの大暗礁を抜けなければならないのだが……。

 

危険極まりない大暗礁を何故さらに危険な深夜に航行しているのか? 俺たちもやりたくてやるほど物好きではないので当然理由は存在する。最悪な事にこの近辺では日中に風が落ちてしまうため、抜けるためには風が戻る陽が落ちて以降しか無理なのである。俺たちは昼間に櫂を使って大暗礁を抜けるほど奇特でもないのだ。

 

ただ風があるとはいえ一定ではないので帆の開きを目まぐるしく変えていかなければならないだろう。今は辛うじて順風、何とか今の内に抜けきりたいものだ。甲板上で灯火管制はしていない。少しでも水面下を照らし出そうとありったけのランタンを船内から引っ張り出しており、甲板上を煌々と輝かせている。その輝きの先、船首突出部の向こう、暗闇の中でぼうっとひとつの灯りが存在している。一艘のボートを先行させて測深を開始するのだ。船底の下にどれぐらいの余地が残っているのか測りながら慎重に進んでいく必要がある。もし万が一にも暗礁に乗り上げてしまえば一巻の終わり。船の竜骨を損傷し、船底には大穴が開き、大量の海水が入り込んできて俺たちは海の藻屑となってしまう。

 

それを防ぐためボートにはべポと船員数名が乗り込んでいて、測鉛索を使って海底をさらって調べてゆくのだ。

 

最初の測深がどれぐらいになるだろうか? 

 

左横で天井から吊り下げられている巨大砂時計の中を砂が落ちるスピードさえじれったくて仕方がない程のじりじりとした時間。それでも、右横で舵輪を両腕で支えているロッコは落ち着き払っており泰然自若としている。ロッコがいなければ夜中の暗礁航路など狂気の沙汰であったに違いない。否、ロッコがいても狂気の沙汰であることに変わりはないのだが、海図の詳細なまでの数値が頭にインプットされていて、かつ潮の流れと風のご機嫌具合を熟知しているロッコが居ればこそなのである。

 

「底まで8mでーすっ!!!」

 

船首突出部でボートと信号のやり取りをしているカールから大音声の報告が入ってくる。カールはローの監督の下、手旗信号を何とかこなしているに違いない。

 

8mならまだ大丈夫だ。既に入り込んでしまっているため、どうなろうとも引き返すことは出来ないがまずは一安心といったところか。

 

「予想通りでやすね。一番危険な海域はこの先でやすから、安心はできやせんが」

 

ロッコの言葉に俺は頷いて見せる。その間も船は進んでいる。暗礁のすぐ上を……。

 

「1点回しやす。針路北西微西。……当直員は各転桁索(ブレース)に付け!!」

 

舵輪に掛かるロッコの腕がゆっくりと動いてゆく。多分風も変わりつつあるな。

 

中甲板ではジョゼフィーヌとクラハドールが指揮を執っている。今日ばかりは船の操作に最大限の繊細さが求められるからだ。眼下ではランタンに灯される中当直員が両弦で作業に入っている。中甲板では当直員以外にも船員が見張りとして立っているので中々の賑わいっぷりだ。

 

「はい、もたもたしない!!! ……クラハドール、そいつの名前を控えておけーっ!!!!!」

 

いつにも増しておっかないジョゼフィーヌである。だが今日ばかりはそれも必要となる。そいつの名前を控えておけか。中々いい殺し文句じゃないか。

 

「ほれ、陣中見舞いや」

 

中甲板から上がってきたオーバンが盆に載せているのはコーヒーである。深夜をまわり風もあるため当然のように肌寒い。湯気を立てているマグカップの中身は見るからにアツアツのようであり、何とも有難いことこの上ない。

 

「助かったよ」

 

感謝の言葉を口にしながらマグを受け取り喉に流し込んでみれば、本当に体がこれを求めていたことが分かるってもんだ。

 

「底まで5mでーすっ!!!」

 

船首突出部から2回目の報告が来ると同時に、中甲板へと下りてゆく階段から軽く口笛が聞こえてくる。

 

オーバンの奴め、今に口笛など吹いてられなくなるぞ。賭けてもいい。

 

「まだまだでやす」

 

確かに、5mだからな。とはいえ中々腹に迫って来るものがあるが……。

 

 

そんなことよりもだ。

 

「なぁ、ロッコ。少しぐらい話してはくれないのか?」

 

何のことを言っているのかはロッコも分かっているに違いない。船尾甲板にも船員は存在しているが全て屋根の後ろ甲板後端手摺際に固まっており、舵輪の周りには俺とロッコだけである。サンディ(アイランド)で船に戻ってからも嵐の様に時間は過ぎ去って行き、こんな時しか話をする機会はないだろう。

 

だが当のロッコは黙して語らずを貫いている。やはり何も話すつもりはないのだろうか? 何も知らないのか? そんなわけはない筈だ。青雉との話しっぷりから察するにロッコは俺の与り知らないことを知っている。それを敢えて今まで黙っていたに違いない。

 

再び舵輪が幾許ほど動かされてゆく。

 

「2点回しやす。針路西微北。そ~ら、引け~っ!!! お前たち」

 

ロッコの言葉と共に中甲板に居るジョゼフィーヌからも怒号の声が飛び、船員たちが縦横無尽に動き回る。中甲板の喧騒とは違って船尾甲板は不思議なくらいに静寂が漂う何とも言えぬ空気が広がっている。仕方なく俺はコーヒーマグへと手を伸ばさざるを得ない。

 

「…………トリガーヤード事件でやすか?」

 

重くて仕方がなかった口を漸くにして開いたと言わんばかりにロッコが口にした単語。

 

トリガーヤードとはある場所の事を指す地名だ。それ自体は知識として持ち合わせてはいる。聖地マリージョア、天竜人が住まう場所。聖地には裏庭が存在している。それも2か所。ひとつは偉大なる航路(グランドライン)前半部分のシャボンディ諸島。もうひとつがトリガーヤード。そうヤード、文字通り“裏庭”である。赤い土の大陸(レッドライン)の新世界側麓付近にそれは築かれた街であり、位置上もほぼマリージョアの裏側に当たる。元々はヤードと呼ばれていただけであるが、いつしかこの町にはトリガーと呼ばれる枕詞が付けられるようになった。数々の引き金が引き起こされてきた町というわけだろう。

 

「……ベルガー商会は、親父さんは確かに珀鉛を商っておりやした。フレバンスから凪の海(カームベルト)を渡ってマリージョアに運び込む。その荷下ろし先がトリガーヤードでやす。膨大な量の珀鉛を商っておりやしたから当然そこには巨大な倉庫がありやしたよ。それがね、いつかの日に爆発事件が起こったんでさあ。それはそれは大規模な爆発でやしてね。貯蔵していた大量の珀鉛がいっぺんに焼失したそうでやす。親父さんが最後の航海に出たのは丁度その時なんでやすよ。珀鉛の件はそれまで一切世界に公表しておりやせんでした。ベルガー商会が関わっていることもトリガーヤードに運び込まれていることも、倉庫の存在さえね。政府は揉み消しやした。そりゃあもう一切合財をね。坊っちゃんのことだ、政府が何をやったかはお察しでやしょう」

 

ロッコの口から語られてきた事柄……。

 

「バスターコールか……」

 

「ええ」

 

「だがなぜだ? トリガーヤードは今も存在して……、まさか」

 

「ええ、そうでやす。世界はすこぶる不思議に出来てやすよ。政府は一旦バスターコールで完全に破壊した後に全く同じ場所に再度町を築き上げやした。その後は坊っちゃんも知ってらっしゃる通り、親父さんは消息不明にて死亡となりやした」

 

そんなことがあったのか……、だが待てよ……。

 

「青雉はまだ終わってないと言わなかったか?」

 

俺の尤もな疑問に対し、ロッコはもう一度押し黙る。下の中甲板の喧騒がまるで他人事のようにしか感じられない。今この時も危険極まりない大暗礁の真上にいるということさえもどうでもいいことのように思えてきてしまう。マグカップに手を付ける気にもなれない。

 

一体何だと言うのか……。

 

「……クザンがどこまで知っとるのかは定かじゃありやせんが……。わっしから言えるのはここまででやす。申し訳ねぇが、これ以上わっしの口から言うことはできやせん、どうしてもね。……たたひとつだけ、ぼっちゃんには忠告しておきやすよ。時として真実ってやつはひとつとは限りやせん。いや、全く以てね」

 

また謎は深まった。これ以上は言えないってどういうことだ? 何なんだ、一体全体何なんだよ。

 

「底まで3mでーすっ!!!」

 

俺の周りを支配していた静寂をカールからの報告が打ち破って来る。

 

「カールめ、そんな暢気(のんき)に言っとる場合か、まったく。ローの小僧は一体何をしとるんじゃ。坊っちゃん、ルートを変更して回り込んだ方が良さそうでやすね。回しやす、針路東微南。お前たち、しっかり気張れ~っ!!!」

 

ロッコの言う通り、3mでは抜けるのは厳しいかもしれない。暗礁に乗り上げてしまう可能性を否定しきれない深さだ。こうしてはいられない。

 

眼前に迫る容赦ない現実を前にして、煙に巻かれたような感じもあるが仕方がない。

 

それでも前に進まなければならない。

 

「各転桁索(ブレース)、そ~ら、引け~っ!!! ボートは一旦回収しろ。針路定まり次第、再び測深」

 

俺も大音声を張り上げながら、矢継ぎ早に指示を出してゆく。

 

 

大暗礁の彼方を目指して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

風が心地良い。

 

脳内を緩やかに呼び覚ますかのようなピアノの音色に誘われて船室から中甲板に上がってみれば、群青色に広がる朝空に微風が流れていた。綺麗に巻き収められた帆の先にあるペナントを確認して風に思いを馳せるという船上の日課は上陸しようともそう簡単に抜けるものではない。船内で寝起きすれば尚更である。

 

体は自然と左舷手摺際へと向かって行く。ピアノの音色がする方向へと。

 

見渡せる景色は……、

 

 

空をそのまま映しているかのような群青が広がっている。そのずっと向こうに横たわっている岩壁と真っ白な木々。雪を被ったような白さともフレバンスのあの白さともそれは別物。塩が作り出す全てがここにはある。

 

 

 

天空の鏡(シエロ・エスペッホ)、さらには塩の木(ソルトツリー)

 

 

 

真っ白な塩の大地が薄い水の膜で覆われて巨大な自然の鏡を作り出す。鏡は上空いっぱいを余すところなく映し出し、作り出す景色。それが天空の鏡(シエロ・エスペッホ)である。

 

鏡が描き出す朝の群青、その真中に1台のグランドピアノがそっと置かれている。上陸するなり食堂から運び出したものだ。群青の中で映える漆黒のピアノを演奏しているのは我が右腕にして素晴らしいピアニストでもあるロー。

 

紡がれてくる音色は早朝の静けさに溶け合って、俺の心の琴線を軽やかに揺らす。今この時間、至福の一時は俺だけのものだ。否、そうではなかった。上空背後を見上げてみれば見張り台の上に船員が座っている。特等席で鑑賞とは良いご身分じゃないか、まったくな。

 

まあいい、至福の時間は分かちあってこそだ。

 

そして、朗らかな風のそよぎと静かな音の連なりはゆっくりと確実に皆を誘い出し、気付けば俺たち全員が甲板に上がってただ黙って早朝の独演会に聞き惚れていた。

 

俺たちの船は塩田の側目一杯まで寄せて錨を下ろしており、偶々(たまたま)俺たちとは別にこの島にやって来ていた小船も隣に停船していた。連中も起きだしている。早朝からさぞかしたゆたっていることだろう。

 

存在するのは圧倒的なまでの群青に佇むピアノから紡がれてくる音と風のそよぎ。ただそれだけ。ただそれだけであるはずなのに、それがこの世の全てであるかのように感じさせられるのはなぜだろうか?

 

心が洗われる。洗われてゆく。どこまでも、どこまでもだ。

 

いつまでも聴いていたい群青独演会は、ローの指がゆっくりと鍵盤から離れていったところで終わりを迎える。

 

誰もが言葉を放つことが出来ないでいた。拍手することさえ憚られるような雰囲気があった。

 

 

それはとても心地良い静寂であった。

 

 

ただ、静寂を破ったのは、ロー自身。

 

 

危機迫る空腹を告げる盛大なまでの腹の音。

 

 

一瞬わけが分からなくなってしまった俺たちではあるが、

 

「腹減った……」

 

という切実なまでの奴の本音を耳にして、爆笑の渦へと変わってゆく。

 

「ハハハッ、朝ごはんにしましょう! オーバン、最高のおにぎりを用意してあげて!!!」

 

「了解や!」

 

 

 

今日は素晴らしい一日になりそうである。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「オーバン、ちゃんと聞いてるの?」

 

間もなく昼時を迎えつつあり、沢山の巨大パラソルを塩田に運び出してランチ準備に大わらわな私たち。ただ私だけはそうではない。即席で作ったキッチンで素材の調理に精を出しているオーバンのすぐ横にパラソルテーブルを張り、デッキチェアに身を沈めながらも書類片手に問い詰めているのだ。

 

会計士としての料理長に対する監査報告である。

 

「だから、この金額は有り得ないって言ってるの。やっと偉大なる航路(グランドライン)に入ってからの食材費の分析が終わったわけだけど、どうやったら1000万ベリーも使うことになるのよっ!!!」

 

計算し終えたときには震えが止まらなかった。何度も何度も計算しても間違いなく1000万オーバーなのだ。おかげでお気に入りの羽ペン様を何本もへし折る破目となってしまったではないか。

 

「聞いてるって言うてるやんけ。ほんまに、ジョゼフィーヌはやっかましいの~。そないに口うるさい女はモテへんぞ~」

 

「それとこれとは別っ!!! もうっ、だから……!!!!!」

 

調理に集中しながらも器用に話をはぐらかそうとしてくるオーバンに対しての苛立ちが否応なしに募ってくる。

 

あ~、でもこの素足の感覚はとても気持ちが良い。

 

真っ白な塩を覆うひんやりとした水の膜が広がる大地で私たちは靴を履くなど野暮な事だというわけで、皆一様にして素足で過ごしている。これが本当に心地良いのだ。広がるパラソルテーブルの向こうには青空と白い雲を同じように映し出す水面鏡が私の目を和ませてくれる。

 

でも、それとこれも別っ!!!

 

「こんなペースでお金を使ってたら私たちは確実に破産よ、破産。もう私は死んでも破産するのだけはいやなのっ!!! ぜ~ったいに予算削減だからねっ!!!」

 

6代目となってしまった羽ペン様でしっかりと指差してやりながら、怒りの剣幕を見せてやるも。

 

「10億ベリーを任された会計士が何を小さいこと言うとんねん。金は天下の回りものやないか。ぎょ~さん稼いできたんを盛大に使(つこ)うたるのが料理長の役目ってもんちゃうんか?」

 

こいつ……、何にも分かってないっ!!!!! 

 

こいつが私をイラつかせるのは、有ろうことかこの私を丸め込めることが出来ると思っているところだ。そこが何とも度し難い。

 

「……イライラせんと、これでも食ってみ」

 

怒りの制裁を口から迸らせようとしたところへ、放り込まれて来る何か……。

 

あっ、エビだ。何これ、美味しい~♪

 

程良くボイルされていて、この食感と甘み……、それにこのソース。……違う、オリーブオイルだわ、まるでソース見たい。

 

いやいや、私としたことが美味しい食べ物で口を塞がれてどうすんのよっ!!!

 

「じゃあ、こっちはどうや」

 

間髪入れずにまた放り込まれてくるもの、美味しくないわけがない……。

 

今度はカニだ。丁度良く焼かれてる。これも甘い。何これ、ほんとに美味しい~♪

 

「せやろ、せやろ、旨いはずやで。わいが作ったんやさかいな。せやけど、それだけちゃうんやで。これは研究の成果や。最高に旨いもんはな。選りすぐりの素材を一番合う調理方法で料理するのがベストなんや。無限にある組み合わせの中から最良のもんを選ぶにはそら、金は掛かってまうわな~。でも、……旨いやろ?」

 

う~~、反論が出来そうもない。私としたことが……、やはり、美味しいものには叶わないのか……。

 

 

こうして私は数字という現実から暫し目を背けて、美食という快楽に身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「べポさん! この下、魚がいそうだよっ!!」

 

昼下がり、そろそろおやつかもしれない柔らかい陽の光が降り注ぐ時間帯、僕たちは塩田の海近くへと来て走り回っている。辺り全体は完全に空の青と雲の白に支配されてる。でも本当は塩の白も存在するけど。

 

「塩の下にいるのかな? おいカール、サイレント使ってみろよ」

 

べポさんが言うように、塩の下でもぞもぞと動いている何かがいるのだ。一応水の中になるだろうから魚がいてもおかしくはないんだけど……、

 

「べポさん、さすがにサイレントではどうしようもないと思うよ。だって魚だよ」

 

僕が悪魔の実であるナギナギの実を食べてからまだほとんど経ってはいないけど、一定の空間内で音を消して外に漏らさないようにするということが少しだけ出来るようになった。

 

ただ、だからと言って魚が捕まえるようになったわけではないはずだ。僕の能力って攻撃に使えるのかな~? 全然そんな風に思えないよ。

 

ここは能力なんかには頼らずに塩に手を突っ込んで動いている魚らしきものを捕まえてみようとする。僕は能力者になってカナヅチになってしまったわけだけど、足首が少し浸かるぐらいならまったく問題ないみたい。でも動いてる何かは捕まえられない。べポさんは何度もシガン、シガンって叫びながら指をもぞもぞ動く塩目掛けて突っ込んでるんだけど、もぞもぞも結構すばしっこくてうまくいってない。それに、べポさん、それシガンになってないよ。べポさんは四式使い。六式使いへの道はどうやらまだまだらしい。

 

そんな時、急に塩の中に居たもぞもぞが飛び出してきた。そりゃあもう綺麗なスカイブルーに彩られた魚で、いっぺんに沢山飛び出してきたもんだから、ちょっとびっくりしてしまったよ。

 

これがきっとあれなんだろうな、総帥がよく言ってる幻想的な風景って奴なんだろう。

 

でもさ、この景色の目の前に居るのにロッコ爺は寝てんだよね。デッキチェアを完全にベッド代わりにしてさ。あぁ、僕は綺麗な風景を見逃してしまうようなこんな大人にはなりたくないな~。

 

「カール!! 何やってんだよ。絶好のチャンスじゃないか。ほら、手づかみ出来るだろ。シガン、シガン」

 

だから、べポさん、それシガンになってないから。べポさんはクンフーに染まり過ぎてしまってるから、ああやって指全部になっちゃうんだろうな~。それじゃあもう手だよべポさん。指じゃないじゃないか……。

 

べポさんのシガンもどきを眺めながらのんびりしてたんだけど、僕は最後にピンと来たんだ。魚たちは飛び出して来てまた塩の中に戻って行くんだけど、最後の方の魚たちが戻る丁度前にロッコ爺がとんでもない鼾をかき始めたんだよね。そしたら、ちょっとだけ弱りながら塩の中に戻って行ってるように見えたんだよね。

 

これってもしかしたら、もしかするかもだよね……。

 

早速、両腕を腕組みするようにして体の前にやってぐるぐる回してみた。僕にはサイレントを引き起こすスイッチの概念ってこれがしっくりくるんだよね。べポさんには笑われたんだけど、おかしいのかな?

 

まだ小さいけどロー船医やクラハドール参謀みたいに空間を張ることが出来て準備は万端だよ。あとは罠に掛かって来るかどうかと、ロッコ爺の鼾がいつまでもつかどうか。

 

でもとても静かになって油断したんだろうね魚たち。また飛び出してきたよ。

 

いただきだーっ!!

 

また両腕をぐるぐる回してサイレントを解除してみたら、面白いように魚たちがロッコ爺の鼾で弱ってへたり込んでいった。

 

「うわー、カールっ!! すげーなっ!!!」

 

べポさんに褒められるのは良い気分だよね~。やった、やった~っ!!! 大成功!

 

そんな僕たちの大漁騒ぎにもロッコ爺だけは関係なく鼾かいて寝てるんだよね~。

 

 

 

ロッコ爺、おつかれさま。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「で、いつ終わるんだ?」

 

俺たちは夕暮れ時の塩田の中でパラソルテーブル上にチェス台を引っ張ってきて囲んでいる。景色は素晴らしいの一言に尽きる。太陽はソリティ(アイランド)の湾口に沈みつつあり、最後の赤い煌めきを放っている。その光景が水を張った塩田に映し出されて得もいわれぬ絶景が存在している。テーブル上には黄金色にたゆたうスパークリングワインが俺たちを誘っている状況だ。これを極楽と言わずしてどうする。

 

だがしかし、俺はチェスをやりたい。今、無性にチェスをやりたいのである。

 

「負けたあんたが悪い」

 

「まったくだ」

 

同じくテーブルを囲んでいる奴らの返事はにべもない。

 

今対戦しているのはローとクラハドール。かれこれ3時間はやっているんじゃなかろうか。俺は3時間もずっとここに座ってこいつらの対戦風景を眺めている。飲み物と景色の手を変え品を変え……。合間に一服を少々挟みながら。まあ、それでも俺は十分に楽しめていた。素晴らしい景色と酒、そして煙草。他に何を望むって言うのだ。

 

とはいえ、さすがにそろそろ終わってもいいだろ? 確かに俺が負けたのが悪いってのはその通りであり、それを言われればぐうの音も出やしない。俺とクラハドールの対戦時間は何時間だったかな? 否、考えるのもおこがましい、何時間なんてものではなくて40分に過ぎなかった。

 

だが俺はチェスをやりたいのである。

 

よし、ここはもっと建設的なこと、楽しいことを考えてみようじゃないか。こんな最高の景色を眺めながら金色のスパークリングワインに舌鼓を打ちながら考えるといいことは……。今晩の食事、それがいいだろう。先程べポとカールが大量の優美な魚を持ち帰って来ていた。

 

「夕食は刺身かもな。また美味い酒が飲めそうだな」

 

俺の何気なく口にした言葉に対し、返って来るのはチェスの駒を移動させる音だけである。

 

おい、お前ら……、それは無視なのか。無視ってやつなのか?

 

否、対戦に集中し過ぎて聞こえていないのかもしれない。こいつらの頭の中は俺とは出来そのものが違うんだろうきっと。脳内が超高速で回転しているに違いない。であるならば、夕食のおかずが刺身かどうかなど頭に入ってこなくとも道理というものである。

 

仕方がない。ここは新たな交易品になりそうなものに思いを馳せてみるか。塩の木(ソルトツリー)、塩田が生み出した塩の結晶はどういう化学反応を引き起こされたか木を生み出していた。真っ白な木は白樺とは全く別物であり、塩の木であるのだ。調べてみればそれぞれ香りが微妙に異なっていて、まさに潮の香りを醸し出していた。これは家具にでも加工すれば中々の代物になりそうである。というよりも、俺自身がそんな家具が欲しい。

 

「お前たち、ソルトツリーをどう思う?」

 

俺は再び何気なく言葉を二人に投げ掛けていた。だが、

 

「あんた少し黙っててくれ。今はそれどころじゃねぇんだ」

 

「一服でもしたらどうだ? ほら、貴様の大好物が呼んでるぞ」

 

ローは右手で制するジェスチャーであからさまに拒否を示し、クラハドールに至っては真っ赤に燃えあがる太陽を指差しながら仏頂面でご退散を願い奉ってきた。メガネをくいと上げる動作を加えながら……。

 

そのメガネ、バキバキに割ってやろうか?

 

今ここでパラソルテーブルごとひっくり返してやろうか?

 

否、俺としたことが実に大人気ない浅はかな考えではないか。落ち着こう。

 

 

いや待てよ、

 

「チェスって3人でやれないだろうか?」

 

 

その後、本気で怒鳴られたのはなぜだろうか? 

 

まだ手が出て来なかっただけ、敬意は残っていたとそう……思いたい……。

 




読んで頂きありがとうございます。

こんな休み私も欲しいところでございます。

物語にはまた色々と詰め込んで参りますが、

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!!

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