ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第38話 世界はまた朝を迎えようとしている

偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

柔らかな風からそっと守るようにして手を(かざ)し、火を点ける。マッチ棒を擦ることで灯される一瞬の火はライターという利器に慣れきった身にも心引き寄せられるものだ。偶にひと手間掛けたくなってしまうのはそこに何とも言えない儚さが存在しているからかもしれない。

 

灯された火によって生み出された煙は早朝の心地良い寒気と共に己の体内に沁み渡ってゆく。見つめる先にあるのは西の空と島の湾口。覆い尽くしていた闇は急速に青味を増しつつあり、鏡面のこの場は黒から青の世界へと変わりつつある。背後は薄らと青に赤が交じり始め、群青色へ、紫色へとグラデーションを描こうとしているかもしれない。

 

 

夜が明ける。世界はまた朝を迎えようとしている。

 

 

昨日は素晴らしい一日だった。ある一点を除いてではあるが……。

 

夕食はべポとカールによって新鮮な刺身を堪能することが出来たし、久しぶりにジョゼフィーヌが舞い踊る姿を眺めることも出来た。それは勿論、あいつが結局は酔い潰れる姿を目撃したと同義でもあるが、そんなことは俺の知ったことではない。面倒臭い酔っ払いの後始末は俺の仕事ではないのだ。たとえ我が妹であるとしても。

 

百歩譲ったとして、まあそれはいい。言ってみればいつものことであるのだから。昨日を素晴らしい一日だったと断言出来ない理由は他にある。

 

チェス。一にも二にもそれはチェス。それ以上でも以下でもない。

 

奴らは結局いつまでやっていたんだったか? 夕食で一旦中断した後もあの二人は盤面と相手をにらめっこし続けていた。俺はと言えば憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちを何とかして酒と煙草で紛らわしていたに過ぎない。しかも奴らの決着はまだ着いてはいない。

 

とんでもないことだ。

 

無理矢理にでもチェス盤を引っくり返してやろうかという思いと何度戦い、ギリギリのところで思い止まっていたことか。とっておきの夜食がなければ、間違いなく俺は凶行に及んでいたことだろう。オーバンが出してきた出汁茶漬けなるものは俺の心を和ませるには十分すぎる料理だった。

 

まあいい、過ぎたことだ。いずれは3人用のチェスにも巡り会えるかもしれないわけだから。というよりも、3人用のチェス盤は是が非でも探し出さなければならないアイテムだ。奴ら相手にチェスをしたければ。どちらにせよ早期敗退するかもしれないということには目を瞑って……。

 

 

「では次は左をやっていきます」

 

「……ああ、頼む」

 

俺は随分と物思いに耽っていたようだ。否、この時間と空間が心地良すぎたのか、まるで一人でこの場に存在しているものと思ってしまっていたらしい。思い出してみれば俺は早朝から革靴を丹念に磨いて貰っている最中であった。デッキチェアに足だけではなく体全身を投げ出している横では、つい昨日出会ったばかりの少女が黙々と靴を磨いてくれている。

 

彼女の、正確には彼女たちの船は俺たちがこの島の湾口に何とか辿りついた時には既に錨を下ろしていた。昨日のローによる静寂なる調べを共に耳にし、夕食にも招いてささやかながら親睦を深めたわけである。彼女たちのこの島での目当ては塩の木(ソルトツリー)らしく、日中はせっせと切り倒して船に積み込んでいる様子を目にすることが出来た。刺身のぷりぷりとした食感を堪能しながら聞いたところによると、塩の木(ソルトツリー)からオイルを抽出するらしい。

 

そのオイルは靴磨きに使うという。彼女は少女ながらもプロの靴磨き職人だ。彼女の手によって磨き上げられた右の革靴は輝く様な光沢を放っている。

 

何とも素晴らしい出来栄えではないか。

 

「考え事ですか?」

 

靴表面のごみを取り除くようにしてブラシを動かしながら少女が言葉を投げて寄越す。先程まで何事も言ってはこなかったところへ質問してきたということは、黙っていたいから黙っていたわけではなく、もしかしたら俺は気を使われていたのかもしれない。こんな少女に気を使わせてしまうとは俺も相当だ。

 

「君の丁寧な仕事ぶりを邪魔してはいけないと思って観察させて貰っていただけだよ。素晴らしい腕をしているな」

 

実際は少女が言った通り考え事をしていたわけであるが、少しばかりの褒め言葉を言ってみる。

 

「ありがとうございます。ご満足頂けているようで何よりです」

 

少女からはこれまた丁寧な返事がかえってくるのだが、それにしてもあれだ。最近の若い子は皆このようにして礼儀正しいのだろうか? ウチのカールと言いこの少女と言い、お前たちは本当に少年少女なのかとでも問いたくなるような言葉使いをする。

 

「総帥さんは褒め言葉はお上手ですけど、……でも嘘を吐くのは下手くそですね。随分と考え込んでいらっしゃいましたよ」

 

訂正だ。先程の考えにはひとつ訂正をする必要がある。礼儀正しいがクソ生意気でもあると……。栗色のショートヘアーを風に(なび)かせながら、柔らかい笑顔を見せられてもイイ歳した大人は騙されるものか。

 

「若いのに中々勘が鋭いじゃないか。だが今からそんな生意気なこと言ってると、お仕置きを食らうぞ。こんな風にな」

 

少女に向けて盛大に紫煙を放り込んでやる。煙にやられて()せてはいるが、布を使った汚れ落としに入っている手元は狂いもせずに動き続けている。

 

「……ゴホッ、ゴホッ、大人は狡いですね。すぐにそうやって押さえつけようとする」

 

そうやって綺麗な眼で睨んでくるところと柔らかい笑顔を使い分けて来る君も十分狡いと言ってやりたかったがひとまず止めておくことにする。これ以上狡い大人にはなりたくないものだ。

 

「考え事は私の趣味みたいなものだ。大人な事情が絡んでいるからな、君に聞かせるような内容ではないんだよ。それよりも、塩の木(ソルトツリー)の事をもっと教えてくれないか?」

 

大人の事情などと言っている時点でまた狡いと言われてしまいそうだが、大人は狡い生き物なのだと開き直りたいような思いもあるし、少女に睨まれるのもこれはこれで悪くないものだ。

 

塩の木(ソルトツリー)()()()()()()()()()しておりますが、何をお知りにないりたいのですか?」

 

睨みは止めても言葉による牽制が飛んでくる。俺が塩の木(ソルトツリー)について知りたいというその先に手に入れたいという欲求があることを見逃していない。まったく、若いくせにクソ生意気な奴である。

 

「それは公式に所有しているという意味かな?」

 

こうなるともう歴とした交渉事である。相手がうら若き少女であろうと関係ない。

 

紫煙は完全なる群青の世界へと立ち昇ってゆく。サイドテーブルに置いているマグカップを掴み、まだ温もりを保っているコーヒーを喉に流し込む。彼女の手の動きは琥珀色のガラス瓶に入ったオイルを靴の表面に塗りこませるものへと変わっている。ガラス瓶には厳めしい書体でクエロンオイルと表記されており、かなりの高額で市販しているものなのだろう。

 

「いいえ、非公式です。我々も所有権を持っているわけではありません。ただ我々が管理していると世に宣言しているだけです。……言ったもの勝ちですよ、世の中は」

 

言ったもの勝ちとはな……、言ってくれるじゃないか。

 

「では我々が勝手に手に入れようとも何も問題はないわけだな?」

 

「これを気にしないのであれば問題はありません」

 

少女が口にしながら指差したクエロンオイルの瓶に描かれている紋章……。それは天翔(あまか)ける竜の(ひづめ)、天竜人の紋章であった。

 

そういうことか。クエロンオイルは天竜人御用達(ごようたし)というわけだな。確かにこれを気にしないで生きていられる奴はそうはいないだろう。今の段階では俺たちもまだ気にしないわけにはいかない。

 

「大した脅し文句を持っているじゃないか。それを気にせずにいられる奴はいないだろうよ。では正式に対価を払おうじゃないか。何が望みだ?」

 

塩の木(ソルトツリー)は素晴らしい。故に諦めるという選択肢は勿論存在しないのだ。金を払うのか何を差し出すことになるのか分からないが、望むものを出してやろうじゃないか。

 

「フフフ、安心して下さい。何も貰おうだなんて思ってませんよ。そんなに正攻法で来られては我々としても吹っ掛けるわけにはいきません」

 

少女は朗らかにそう言うと、革靴の磨きこみに取りかかり始めた。繊細な手の動きは見る見るうちに艶やかな鏡面へと仕上げていっている。

 

「好きなだけ持っていって頂いて構いませんよ。世界貴族が直接管理しているわけではありません。管理しているのはあくまで我々に過ぎません」

 

少女にこのように言われてしまう体たらくでは己がどうしようもない大人に思われてしまうが、ここはお言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

 

「有難く頂戴しよう」

 

「フフフ、総帥さんは正直ですね。何だか言葉が弾んで聞こえますよ? ああ、それとも、これから大切な方に会われるからですか? 早朝から靴磨きをご依頼なさるなんてそうとしか考えられません」

 

まったく、何を言い出すかと思いきや、無粋な質問とはまさにこのことである。ここはあれだ……。

 

「また得意のだんまりを決め込むわけですか? やっぱり大人って狡いですよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

畳みかけて来る少女の物言いに対して俺は降参の白旗を掲げるしかなかった。

 

「はい。出来ましたよ、総帥さん。ご覧になってみて下さい。漆黒の革が光り輝いています」

 

どうだと言わんばかりに手渡された俺の革靴は少女が言った通り、磨く前とは雲泥の差であり、眩いばかりの光沢を放っていた。

 

「素晴らしい出来栄えだ」

 

素直にそう思う。

 

「お代はそうですね……、私も総帥さんに同行してその方にお会いするっていうのはどうですか?」

 

おいおい、こいつは何を言い出すんだ。ヒナに会わせろっていうのか?

 

「冗談ですよ。……でも、そうですね~、総帥さんのそのハット帽を頂くってことで手を打ちましょうか」

 

「俺のシルクハット? ダメだ。これは俺たちの象徴(シンボル)。おいそれとは渡すことは出来ないな」

 

「そうですか。残念ですね~」

 

何を思ってシルクハットを望んだのかは知らないが、象徴(シンボル)を渡すということは何かしらの意味が存在してくるということになる。だが、

 

「我々クエロ家の家訓は無帽なのです。お客様に対しては無帽であるべきだという考えの様です。ですが私はずっと帽子を被ることに強い憧れを持って生きてきました。そして今回総帥さん達に出会って、皆さんが同じシルクハットを被ってらっしゃるのを目にして私はどうにも抑えが利かなくなってしまったと言いましょうか。だからそのシルクハットを被ってみたいなと……」

 

少女の願いは俺の心の琴線を揺さぶってくる。ハット帽を愛するのにも関わらず、それを被ることが許されないというのは……。ここにも同士がいた。シルクハットを、ハット帽を、帽子を愛する同士がここにもいた。

 

意味なんてそれだけで十分ではないか。

 

そう思い立った俺は自然と立ち上がり、少女が磨き上げてくれた革靴に足を通し、己の頭に常として存在しているシルクハットを少女のふんわりとした栗色ショートヘアーに被せていた。

 

「君は同士だな。俺たちの象徴(シンボル)で良ければ貰うがいい」

 

振り返って俺を仰ぎ見てきた少女はシルクハットを両手で押さえながら満面の笑顔で、

 

「ありがとうございます、総帥さん」

 

感謝の言葉を贈ってくれた。

 

君の方が狡いよ。その可愛らしいまでの笑顔は……。だが、いいものを貰ったな……。

 

行こう。そろそろ時間だ。船に戻って代えのシルクハットも取ってこなければならない。

 

 

ふと、振り返ってみれば世界は明るさを増していた。青味に橙が交じり始め、白い雲が漂っていることも見て取れて、

 

「見ろ。夜が明ける」

 

思わず俺はそう口にしていた。この一瞬を切り取る事が出来る画家がいたならば迷わず大枚を叩いてしまいそうだ。この一瞬は何物にも代え難い。夜明けはだからこそ素晴らしい。

 

「総帥さんなら聖地から眺める夜明けにも感嘆されるかもしれませんね。私には憂鬱でしかありませんが……」

 

そう呟く少女の顔を見下ろしてみれば、先程までの笑顔はそこにはなかった。

 

「父はマリージョアとヤードで仕立屋を営んでいます。クエロ家は代々続く仕立屋の家系です。でも私にはあの場所がどうにも好きにはなれなくて……。靴磨き職人として家を飛び出しました。ただ完全に飛び出すことも出来なくて……。必ず聖地には戻らないといけないんですよ。……シルクハット、ありがとうございます。最高のお代です」

 

少女は何とか笑顔を作って見せて、

 

「中枢へいらっしゃった時はお立ち寄り下さい。また磨いて差し上げます」

 

別れの挨拶を寄越してくる。

 

「ああ、寄らせて貰おう。君のお父さんを説得する必要もありそうだしな。シルクハットが如何に素晴らしいかを……。……そう言えばまだ名前を聞いてなかったな」

 

「……サフィア。クエロ・サフィアです。総帥さん、いい一日を!!」

 

 

 

世界はまた朝を迎えようとしている。それは素晴らしい一日の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソリティ(アイランド)には湾口を抜けて入って行く。口の先には広大な塩田が広がっており、それを囲むようにして岩壁が聳え立っている。岩壁を包んでいるのは塩の木(ソルトツリー)で成る林。上空から見れば金魚鉢のように見えるであろうその岩壁を越えれば海があり、砂浜がある。勿論、塩田の優しく包まれるような水の膜とは似ても似つかぬ、波高し砂浜だ。俺たちは大暗礁を抜けてこの島へとやって来たのであるから当然と言えば当然の光景。とはいえ、先程とは打って変わった荒々しさに身を引き締められるようなものが感じられる。

 

ここは常に危険と隣り合わせの偉大なる航路(グランドライン)であると改めて教えられているようだ。

 

そんな中で一人佇んでいる姿。ヒナは波飛沫打ち寄せる砂浜にて、どこから持って来たのか簡易椅子に座っていた。横にはご丁寧にも俺の分まで置かれている。

 

それにしても、

 

「おはよう、ヒナ。だがお前、どうやって来たんだ?」

 

疑問が湧いてくるというものだ。辺りには小船の一つとして見当たらないし、当然海軍船も存在していない。ではどうやってここへ来たんだというのは当然の疑問であろう。

 

「しばらくね、ハット。……どうやってって……、飛んで来たのよ」

 

煙を(なび)かせる煙草で空を差しながら事もなげにヒナはそう言ってのけた。飛んで来たと言う表現は常人からすれば比喩表現になるのだが、こいつだと言葉通りになってしまう。まあ、俺も月歩(ゲッポウ)で同じように飛んで来ることが出来るであろうが……。

 

まあいいか。俺たちが共にいるところを誰かに見られるわけにはいかない。必然的にこうするしかないのだ。

 

俺も用意された椅子に座りこみ、ヒナの仕草に誘われて煙草を取り出してみれば、隣から火が灯されてくる。

 

「ありがとう」

 

「礼には及ばないわ」

 

「コーヒーをどうだ? オーバンに淹れてもらったのを持ってきた」

 

「あら、ハットにしては気が利いてるわね。ヒナ感激。頂くわ」

 

水筒に入れてきたコーヒーを分け合って、暫し紫煙と苦味を堪能しながら寄せては返してゆく波音に耳を傾けてみる。

 

これもまた心地良い時間だ。

 

よく眺めてみればヒナの服装は漆黒であり、俺と同じようにシルクハットを頭に載せている。俺たちの一員である証だ。これに正義のコートを羽織れば海軍本部大佐へと、もとい准将へと早変わりってわけか。

 

「どうやら休暇は楽しめた様ね。いい顔色をしているわ。ヒナ安心」

 

「ここは天空の鏡(シエロ・エスペッホ)だからな。心に焼きつけたくなるようなシーンが満載だったよ。特に朝は素晴らしい。群青世界はまるで永遠のようなんだ。それに……、どいつもこいつも楽しそうにしていてな……、まあ相も変わらずではあるんだが……」

 

コーヒーの香りと肺に沁み渡る煙を肴にして、ヒナに俺たちの様子を語ってやれば、さも可笑しそうに笑い、真剣に耳を傾け、閉口したくなるようなダメ出しをし……。

 

久しぶりに時を忘れてしまうと言う感覚を味わった。

 

だがそろそろ仕事をしないといけないな。

 

「さてと、お前に依頼したい最重要案件なんだが……。アラバスタで最後にきな臭い奴と出会った。多分政府の諜報員だろう。それもCP(サイファーポール)とは別系統ではないかと思われるような、もしかすると五老星が直に動かしているような奴だ。しかもそいつは黒ひげ海賊団に所属しているのを見かけた。つまりは潜入しているかもしれないし……」

 

「二重スパイをしているかもしれない?」

 

「ああその通りだ。とにかく真相を突き止める必要がある。五老星を狙おうってのに、今からそんな奴に狙われたんじゃあ、おちおち眠れもしないからな。かなりヤバいことになるかもしれないがよろしく頼む」

 

「五老星が直々に動かしているスパイなんて聞いたことがないけど、可能性としては考えられるかしら。危ない橋を渡るのは今に始まったことじゃあないし、ヒナ了解」

 

難しい顔をしながらもヒナは快諾の意を伝えてきたわけだが、

 

「ただ、わたくしもあなたに依頼したいことがあるんだけど、よろしいかしら?」

 

見返りを求めると言わんばかりにそうのたまい、俺の返事も聞かない内に、

 

「ネルソン商会で面倒を見て上げてほしいコがいるのよ。心配しないで、あなたも知っている人間だと思うから……。相手はネフェルタリ・ビビとボディーガードにお付きのカルガモ。どうかしら?」

 

寧ろ俺に選べる選択肢などないとでも言う様にして、話を進めてきて……、これだよ。

 

おいおい、おいおいおい、どうかしら? も何もないではないか。ネフェルタリ・ビビだと? 何がどうなったらそんな話になるのだろうか?

 

寝耳に水とはまさにこのことだ。

 

「わたくしは賛成よ。ヒナ賛成!」

 

お前の意見は聞いてないと心底突っ込みたくなってしまったが、よく考えたらこいつも俺たちの一員だった。だがお前は船には乗らないではないかと、再び突っ込みを入れたくなり、頭の中を右往左往していると……、

 

「あら、ハットは反対だとでも言うのかしら? あなたの依頼をわたくしは受けると言うのに、あなたはわたくしからの依頼を受けないとでも言うのかしら? あ~あ、失望ね。ヒナ失望」

 

人生最大の失望とでも言うかのようなジト目を俺に向けてくるわけである。本日2度目の。

 

……2度目?

 

そうか、あのサフィアとか言う少女に睨まれたのもジト目だったわけだ。

 

これはこれで悪くないと思っている俺はどうかしているのか?

 

「分かった。受けるよ、ひとまずは。で、どこにいるんだ? そいつらは」

 

「キューカ島で下ろす予定よ。ここへ連れて来るわけにもいかないでしょ。キューカ島で話を聞いてあげてくれるかしら」

 

また俺たちに力が加わってくると考えれば儲けものか。……否、待てよ。アラバスタの王女が懸賞金を掛けられている俺たちに加入するってことはどういうことだ? アラバスタの王女にも懸賞金が掛けられるかもしれないってことになる。だがヒナはそんなこと百も承知のはず。そこを敢えて持ち込んできたってことは……。

 

「なぁ、ヒナ。もしかして……」

 

「ええ、政府は既に決断を下しているわ。通知は近い。今回は伝書バットじゃなくて、使者が遣わされるはず」

 

 

とうとう来たか……。王下四商海(おうかししょうかい)への勧誘が……。

 

「こうしてはいられないな。出発は深夜になるが諸々考えることが出来た」

 

「…………そうね」

 

俺には一瞬ヒナの表情が陰りを帯びた様に見えた。

 

そして、

 

「……ねぇ、ハット。ひとつだけあなたには言っておきたいことがある」

 

口を吐いて出てきた言葉、藪から棒になんだろうかと思えば、

 

「この先何があっても、何が起ころうとも、前だけを見なさい。わたくしたちの悲願は、辿りつく先はそこにしかない。前へ突き進んだ先にしか存在しない」

 

そうようなことを告げ、既に立ち上がっていた俺に続いて立ち上がり、不意に抱擁を受ける。

 

「わたくしも付いて行くから……」

 

俺とヒナの短くも長い様な交わりはそれを合図にして終わりを告げた。

 

まだ俺にはヒナが最後に言い残した言葉の意味が理解できなかったのかもしれない。

 

 

 

ただ、

 

今日もまた世界は朝を迎えている。

 




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ中につき地獄感はありませんね。

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