ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変お待たせしておりました。

今回は13000字ほど。

よろしければどうぞ!!



第44話 日は傾き、幕間まで1時間

偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

私がやらなければいけないこと。それは人を探すこと。そして、その人を追い掛けること。何とか足止めすること。場合によっては戦うこと、……なのかな。

 

 

 

元パートナーらしき人物との、何も聞こえなかったことにして何も感じなかったことにした思いもよらないすれ違いを後にして、カール君を見つけだすことに成功した私はそこでさらなる思いがけない再会を果たすことになってしまった。かつての同僚、いいえ敵。我が祖国を脅かしていた者たち。顔を見ても何も感じないなんてことが出来るほど私は器用には育ってないけれど、だからと言って憎しみの気持ちが湧きだしてくるほど執念深い人間にも私は育ってはいないみたい。クラハドールと呼ばれる執事さんによれば脅して利用するようだけど、まあいいんじゃないかな、ぐらいに思ってしまう気持ちは存在する。これぐらいは人として健全であると思いたい。

 

もう終わったことだ。無かったことには勿論出来ないけれど、あの戦いは確かに終わりを迎えたことである。私の戦いは、私の祖国の新たな戦いは始まっている。相手はドンキホーテ・ドフラミンゴ、新世界はドレスローザ王国国王にして王下七武海の海賊。強大な敵であることは分かり切っているが、私の心の中にある大切な仲間と共に過ごした日々を思い返せば何のことはない。きっと彼らなら常と変わらず立ち向かっていくことだろう。だから私もそうするまでだ。私がお世話になるネルソン商会の人たちについてはまだよく分かってないのだけれどもそんなことは大した問題ではない。

 

なぜならこれは私の問題なのだから。

 

ネルソン商会では皆一様にして契約を結ぶとヒナさんから聞いている。契約を結ぶことによって私は私の目的を成就させる。代わりに私もネルソン商会のために出来ることをすればいい。そして、私が今回早速にもやらなければならないことは私が出来ることであるはずだ、多分。

 

 

カルーの背に揺られながら駆け抜けている道。キューカ島の北側はホテルや飲食店、レジャー施設が林立している南側と違って手つかずの自然がそのまま残されているようだ。それを楽しむということなのだろう。

 

今ゆく道の正面左側にはなだらかに広がる草原の向こう側に海が広がっている。吹きつける海風が潮の香りを届けてきており実に心地良い。思わず私はカルーの背中に手を添えて止まるように合図を出す。太陽は西に傾きつつあり、きらきらとした光を青々とした海原は返している。

 

「…………ふぅ~~っ。気持ち良いね、ね、カルー」

 

「クエーッ!!」

 

軽く伸びをしながら同意を求める私の言葉に対してカルーは快い返事を返してくれる。

 

 

そこで不意に聞こえてくる声。

 

ん? 何だろう? 私に言ってるのかな。

 

 

私は悪魔の実の能力者である。それはモシモシの能力。聞くことに秀でたこの能力を以てして私は綺麗な眺めと心地良い風に揺られながらもこの島全域に聞き耳を立てている。少なくともネルソン商会の人たちが発する声に対しては。

 

~「おい、聞こえてるか? ビビ言うたっけ、新しく入ったんは……。……お前、まだおったんかーっ!! さっさと行けや、ドあほがーっ!!! ……すまんな、こっちの話や。クラドルから話聞いてな、追ってる奴の場所教えたれって言いよるから……。ほんまにこんなんで伝わるんか? まあ、ええか。あのギャングみたいな奴の位置はやな…………」~

 

取り敢えず、変な人。

 

声を聞いて私は笑ってしまいそうになる。クラドルって誰? って一瞬考えながらも、あの執事さんねと思い至り、探すべき相手の場所を脳内でもう一度反芻(はんすう)して、

 

「カルー、行きましょう。もうすぐ近くにいるわ」

 

先へと向かう。私の能力のこの場での欠点があるとすれば、情報の伝達が一方通行であるということだろう。私は情報を受け取ることが出来るが、受け取ったことを相手に伝えることは出来ないのだ。

 

でも、変な人が相手だからまあいいか、とも思えてしまう。

 

 

 

 

 

島の北へと抜けて移動するパラソルの終着点。そこはこじんまりとした広場になっており、幾つかの商店とカフェが円を描くようにして軒を連ねていた。広場の中央にてカルーに身を預けたままフラッグガーランドを高いところからスイスイと下降してくる色とりどりのパラソルに目を凝らす。

 

オレンジ色をしたパラソル。それに乗っている人物が探している人相と一致している。小太りで、葉巻を銜えていて、ハット帽を被っていて……、うん、間違いない。

 

もう間もなくオレンジ色をしたパラソルは地上に降り立とうとしている。後を尾けるべくカルーにそっと手を触れて移動するように合図を出せば、ゆっくりと動き出す我が相棒。まずは尾行するので勿論乗降場で待ち受けたりはしない。少しだけ離れた場所でそっと様子を窺うつもりである。広場は島の南側の様に人でごった返しているわけではないが、かと言って誰もいないわけでもない。広場はオープンカフェになっていてコーヒー片手に談笑している人たちが存在するし、観光案内のようなものを掲示しているボードが幾つか置かれていて何やら相談している人たちも存在する。だったら、黄色いカルガモに乗って誰かを待っている女の姿っていうのも何ら不自然ではないはずだ。ほら、掲示板に貼られている手配書を眺めている私なんかよりもっと怪しい人も存在している。背中に3と大書されたパーカーを着ていてフードまで被っている怪しい人間。それにしても3って……、センスが無いにも程があるというものだ。

 

「……こんな所にも貼られているガネ」

 

そうよね。こんなところでも手配書って貼ってあるのよね。海軍も大変だな~って思ってしまうわよね~。

 

「クエッ!」

 

「ん? 何、カルー、どうしたの?」

 

他人が語る手配書への感想に対して心の中で相槌を打っていたところへ、カルーの鋭い声がして私はカルーが首を動かした先へと視線を移してみれば、向こうもカルーの声に反応したのだろう。顔をこちらへと向けてきておりよく見てみれば、

 

「貴様は…………」

 

3になっている頭髪をフードで必死に隠しているMr.3であった。

 

この世にはこんな言葉がある。二度あることは三度あると……。

 

本当に三度あった……、って関心している場合ではない。

 

もう私たちの関係性はすっかり変わってしまっているので、私が逃げる必要などはないのだが、思わず逃げようとしていた自分が存在していたのは確かだ。長年の条件反射というものは恐ろしい。じゃあ捕まえる必要はあるのか、追い掛ける必要はあるのかと言えばその必要性もない。要は何もする必要はないのだ。とはいえ、ご丁寧に挨拶する気にはなれないけれど……。

 

「……アラバスタの小娘だガネ」

 

じゃあMr.3はどうだろうか? 私を捕まえる? もう捕まえる理由なんてない。じゃあ逃げ出す? うーん、逃げ出す理由もないよね。

 

「こんなところで何をしているガネ」

 

結局Mr.3が選択をしたのは質問をするということだった。

 

「あなたこそこんなところで何を……」

 

と言いかけて掲示板に貼られている手配書を見て察してしまった。それはMr.3自身の手配書であった。逃げているわけだ。なぜならこの島には現在拳骨のガープ中将が来ているから。

 

……で、私は何をしているのだっけ……、って、不味いかも。私たち今目立ってしまっている可能性が……。

 

パラソルの乗降場へと視線を移してみれば、目的の人物としっかりと視線が合ってしまう。そこから読み取れる表情は警戒心。それも塊のような警戒心そのもの。

 

不味い、本当に不味いかも……。

 

相手の警戒心を和らげさせるものがあるとすればそれは単に笑顔であろう。だから私は笑顔を向けてみる。けれども、返って来た答えは、

 

「アラバスタだと……、なるほど、王女のビビか。それがなぜここにいる」

 

最悪とも言えるようなもの。居るはずのない人間が居るということはそれだけで疑うべき理由となる。そして、この世にはこんな言葉も存在している。

 

疑わしきは罰せよ。

 

どういう脳内思考回路を辿って目の前の人物がその結論に至ったのかは定かではないけれど、とにかく心に引っ掛かるものがあったということなのだろう。

 

気付けば、目の前の人物から俄かには信じ難いことが起きていた。

 

ギャングの様な姿をしている相手が能力者であることも、どういう能力であるかも軽くレクチャーは受けてはいた。けれども、話に聞くのと実際にそれを見るのとでは雲泥の差が存在していた。

 

一人だと思っていた相手が一瞬で十数人に膨れ上がり、私は気付けば囲まれてしまっている。正確には私ではなくて私たちだ。その中にはどうでもいいけどMr.3も含まれている。

 

「……現状把握……出来んガネ」

 

情報量が少なすぎるからなのか、さしもの無駄に知力が高いMr.3をもってしても今の現状を理解するには至ってないみたい。まあとばっちりに過ぎないことは分かっているだろうから気にしない。

 

そんなことよりも今気にしないといけないのは私たちに向けられている人数分以上はある銃口の数だ。戦闘が得意だなんてまだ今の私からは口が裂けても言えないけれども、当然ながらこんな所で死ぬ気もない。相手は銃の引き金に指を掛けていてやる気マンマンだけど……。

 

「カルー!」

 

「クーエ!」

 

相棒の名を呼び親指でそっと触れる。それが私たちの戦闘合図のひとつ。と同時にモシモシの能力は対峙する十数人の指の骨の動きを音として拾うことに成功しており、両の親指に“孔雀の羽根飾り”を装着。

 

 

カルーと共に動く。

 

 

私と言う一点に向けて収斂される一斉射撃。

 

 

でも、

 

 

孔雀(クジャッキー)スラッシャー」

 

 

私たちの方が早い。

 

煌めく刃は回転を加えることで鋭利さを増し、カルーの移動スピードを加えれば相手を寸分違わず切り刻む。刹那の時間を駆け抜けて元の場所に戻ってみれば私たちを囲んでいた十数人の姿はぐったり倒れ込むものへと変わっており、変わっていないのは悠然と葉巻の煙を上へ上へと立ち昇らせている男と必死に考えを巡らしすぎて動けなかったと見受けられる悠然とは程遠いMr.3だけであった。

 

これで相手に伝わることは私が全く戦えない小娘ではないということ。つまりは並の部下を差し向けても意味はないということ。そうなると相手が次に打って来る手は当然自らということになる。でもその領域で今の私が戦うことは無理。だったらやることはひとつ。足止めすること。相手が食いついてきそうな餌を撒いてやらないといけない。

 

ベッジと言う名のギャングのような海賊が自らの能力を解き放とうと自身内部で蠢いている音がうるさい位に聞こえてくる。私の能力は否が応でもその音を拾えてしまう。あの大砲の一斉掃射を止める術を私は持ち合わせていない。一瞬早く動けたとしても躱せはしない。

 

今私がしなければならないこと。それは演じること。はったりをかますこと。

 

カルーの背から飛び降りた私は右手を前に翳し、

 

「待って。我々は取引……、が出来るはず」

 

言葉を紡いでいく。敢えて取引という言葉に何かしら含みを持たせるように見せかけて……。この言葉に食いつきを見せるかどうかは出たとこ勝負。

 

刹那の瞬間瞬間が永劫にも感じられてしまう緊迫がこの場を支配する中、

 

「………………待て。………………」

 

勝負に勝った私は内心の興奮を無理矢理抑え込みつつも相手の黙して語らない口ほどに物を言っている視線が続きを促しているとみて、

 

「ネルソン商会と言う闇商人がこの島に上陸している。私は現在彼らの名代を務めていてな。彼らはお前たちがこの島から持ち出そうとしているものに大層興味を示しているのだ。彼らは太っ腹だ。それ相応の対価を払う用意もしている。今この場には居ないが後ほど彼らも姿を見せるはずだ。どうだろうか? 私たちの話を聞いてみる気はないか」

 

王族にありがちな上から目線の口調を少しばかり漂わせて話をしてみる。狙いとしてはバカだと思わせること。金の力を見せれば己の地位を振りかざせばこの世は思い通りになると信じている人間であるかのように感じさせること。手玉に取れると思わせること。

 

まるで悩みなどないかのような柔和な笑顔を心掛けてみる。

 

 

自分の顔に穴が開くのではないかと思わされるほどに暫し見詰められた後に相手の視線が横にずれる。その視線の先に居るのはいまだ事態を把握しているのかどうか定かではないMr.3。いいえ、こいつも無駄に頭は回るわけだからもしかしたら事態を把握しているのかもしれない。ある程度までは。取り敢えずベッジが物申したいのはこいつは誰だっていうことだろう。

 

「ああ、こいつは私の付き人だ。3番目のな。我がネフェルタリ家は代々このようにしているのだ。わかりやすくするためにな」

 

咄嗟の思いつきで自分の付き人ということにしてしまう。独創的な髪形の補足事項も加えて。

 

「ビビ様をお世話するのが私めの仕事。どうぞお見知りおき下さいませだガネ」

 

そして、3そのものである私の臨時付き人は無駄に世渡り上手でもあった。長いものに巻かれる、その場の流れに違和感なく溶け込む力には一種の才能さえ感じられてしまうほどだ。どこまで行っても無駄ではあるが……。

 

 

「いいだろう。俺の城に案内しよう」

 

葉巻を燻らせるベッジはどうやら決断したようだ。

 

私の本当の狙いはベッジの城の中に入り込むこと。シロシロの実の能力者である城人間が目的のものを己の体内に取り込んでいるのであればそこに入りこまない限り何も始まりはしない。さらに後ほどやって来るネルソン商会の誰かを招待させれば事は成ったも同然。

 

 

クラハドールと呼ばれる執事は詳細な脚本までは示してはくれなかった。土壇場になってこれだけの筋書きを描けたのだから私は十分以上にやったと思いたい。

 

飛んで火に入るなんとやら、まな板の上の魚になりに行くようなものであり、結果は蓋を開けてみるまで分かりはしないが、ベッジの城へと入って行く前にカルーを優しく撫でてやるぐらいの余裕はあったみたい。

 

 

カルー、行きましょう。3をおまけに連れてね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「まもなく幕間に入る。ジャスト1時間、場を繋げろ。代役は既にスタンバイしている」~

 

クラハドールからの小電伝虫による連絡を受けて俺たちのこの場での方針は固まった。

 

ひたすらに時間を稼ぐ。その一点に尽きる。

 

幕間に入るってのは一旦四商海(ししょうかい)加入の件を詰めるために集合するってことだろう。そのために俺たちの代わりに相手をする奴らをスタンバイさせているってことだ。それが誰なのかは皆目見当も付かねぇが……。

 

「聞いてたか? 今の話」

 

「ええ。あと1時間ここで何とかするってことでしょ。向こうは結構本気みたいだし、どうなるかは分かんないけどね~」

 

「1時間だ。やるしかねぇ」

 

ジョゼフィーヌさんと現状を共有し、対峙しなければならない相手を見据える。現在時刻は手元の懐中時計によれば16時過ぎ。太陽は西へと傾いており、赤とオレンジの色味がこの場を支配しつつある時刻。

 

 

本気を出す前のルーティーンなのか掌と拳を打ち合わせている拳骨屋。

 

「ほら、来るわよ。相手はさっきと同じね。あんたの相手はあの(ジジイ)……」

 

ジョゼフィーヌさんの言葉を皆まで聞かないうちに拳骨屋が動く。

 

 

次の瞬間には奴の拳が目と鼻の先に存在しており、回避する隙など与えられるはずもなく衝撃と言うには足らないくらいの一撃が脳内の意識を刈り取るか刈り取らないギリギリのところを掠めゆき、辛うじて己の身体がとんでもないスピードで後方へと吹き飛ばされているのが分かる。

 

だが、拳骨屋が直ぐ様にも上方に位置しているのが気配で伝わってきてやがる。俺が吹き飛ばされるのと全く同じスピードで奴は跳んでおり、繰り出されるのは徹底しての拳。

 

「拳骨 隕石落下(メテオフォール)

 

鉄槌のようにして振り下ろされる拳はまるで上空より落下してくる隕石のようなスピードを伴ってやって来るが意識の全てを総動員して、

 

「シャンブルズ」

 

吹き飛ばされつつも己の位置を入れ替えてゆく。場所は拳骨屋のさらなる上方、暢気にも俺たちの死のやり取りを眺めながら飛んでいた一羽の鳥を無理矢理にも巻き込んで拳骨屋の拳に対する生贄とする。悪いがこっちも必死だ。何とか1時間生き残るために。拳骨屋は本気も本気だ。目的のために手段を選んできていない。否、この場合は目的のために最適の手段を選んできていると言った方がいいのか。

 

とにかく慈悲がないのだ。相手に対する容赦というものが一切存在していない。

 

空中で浮遊するという術を持たない俺の身体は重力に身を任せて急速に下降していく中で、

 

「強制徴募だけはごめんだぜ。注射(インジェクション)ショット “ギフト”」

 

鬼哭(きこく)を鞘から抜き出し拳骨屋の背中目掛けて一直線に突き刺してゆく。

 

のだが、どうしても見聞色で奴に先を行かれてしまう。奴は後ろに目でもあるかのようにしてドンピシャのタイミングで中空にてこちらへと振り返り、武装色の王気を纏った妖刀の切っ先を拳で受け止めて見せるわけだ。奴の拳は何物をも貫かんとする矛ともなり、何物をも防がんとする盾ともなり得る。拳ひとつで突きの一撃を止められたということは奴の拳が尋常ならざるものという証左に他ならず。武装色がどこまでの領域に到達しているかなど考えたくもねぇ。

 

「この拳ひとつで何十年も渡りあってきたんじゃ、そうそう貴様のような小僧に破られるわけにはいかんな」

 

拳で一撃を防がれると同時に飛び出してくるのは奴の蹴り。拳しか繰り出してこなかった奴が繰り出してきた蹴り。それはボスやジョゼフィーヌさんがよく使っている嵐脚(ランキャク)と呼ばれる体技そのものであり、蹴りというよりも斬撃と呼んだ方が表現としては正しいそれはまたしても俺の頭を寸分違わず狙い定めている。見聞色で先を行かれている以上、回避は既に手遅れ。あとは如何にしてダメージを最小限にして吹き飛ばされるかしか考える余地は存在していない。

 

脳天を何重にも駆け抜けるような衝撃を蹴撃によって叩き込まれながらさらなる上空へと吹き飛ばされ思わず考え込まざるを得ない。

 

こんな調子で1時間もたせることなど可能なのかと。これでは10分でもかなり危うい。ジョゼフィーヌさんの様子にまで心を配るなどという余裕は既に存在していない。これは全力で拳骨屋と向き合わなければ確実に強制徴募されるという未来が待っていることだろう。

 

だが下手に能力と覇気を一気に使い過ぎれば後半もたないことは自明の理だ。

 

ここは何とか耐えるしかねぇな。

 

 

 

 

 

俺は何度ギリギリのところを耐え凌いでいるんだろうか? 思い出そうとしても埒が明かないくらいの回数を重ねているのは確かだ。ここで言うギリギリの意味は死なない程度と言う意味であり、裏を返せばあと何かひと押しがあれば死んでいてもおかしくないというものである。よってまだ強制徴募されずにいるというのは奇跡に近い。

 

ジョゼフィーヌさんもギリギリで踏みとどまっているようだ。否、こちらは踏みとどまらされていると言った方が的確かもしれない。相手は同じく剣の使い手である海軍本部大佐。覇気も操る相手であるが勝てない相手ではないはずである。それでも均衡が崩れないのは相手が間合いをコントロールする達人であるということだろう。なかなか居合を繰り出す間合いを作らせて貰えないのだ。故に戦いは基本接近戦となり均衡してしまうというわけである。だがそれは好都合でもある。均衡させるという部分で時間をしっかり稼げているわけであるから。

 

問題は俺の方だ。既に身体はボロボロ。全身至るところから流している血は止まる気配など全くない。多分に骨も何本かはイってしまっているだろう。とはいえ、そんな犠牲を払いつつも時間を稼いでいるのも確かだ。少なくない犠牲ではあるが強制徴募されるよりかはましである。

 

時刻は17時少し前、そろそろ1時間が経とうとしている。とんでもねぇことだな。

 

だが、あと一発でかいのを叩き込まれればそこで終わってしまう可能性が高い。自分の身体の状態は自分自身が一番よく分かっているつもりだ。

 

やるなら今だ。今をおいて他にはない。

 

「小僧は体力だけが取り柄じゃろうて、そんな体ではもう先は見えておるぞ。大人しく捕まるんじゃな」

 

伊達に歳を食っているわけではないらしい(ジジイ)の見立ては忌々しいほどに正しい。

 

「それが老いるってことだろ。人を見てくれだけで判断するようになれば人生の終わりは近い」

 

(ジジイ)に憎まれ口を叩き返してやりながら、一拍置いて放つは、

 

Unit(ユニット)

 

Roomという俺の執刀領域内に張るさらなる(サークル)。それは全能をこの世に具現化する“集中治療域”。

 

「タクト “オーケストラ”」

 

領域内に存在するもの、道を成している敷石、道端に生えている雑草、オープンカフェのテーブルとチェア。一切合財を空中に浮遊させ、

 

白血球化(ロイコツィート)

 

まるで血管内へと侵入してきた異物を攻撃する存在のように攻撃意思を植え付けてゆく。さしずめUnit内は血管というわけだ。そしてここで言う異物とは勿論拳骨屋である。

 

収束協奏曲(C・コンツェルト)

 

領域内のあらゆるものが凶器となりある一点へと襲いかかる。ひとつひとつが武装色マイナスの効果を持って襲いかかるわけだ。道の敷石は砲丸のようにして、雑草は刃のような鋭さを以てして、テーブルとチェアは渾然一体となり兵士の様な趣きを帯びて。一斉に襲い掛かるそれらに対して拳骨屋は拳を打ち合わせ、肘を繰り出し、膝蹴にして叩き潰してゆく。効いているのかいないのかと問われればそれは効いてねぇのかもしれない。だが武装色マイナスは確実に相手に浸透してゆくものである。

 

「俺は自らを剣士だと名乗った覚えはない。王手(チェックメイト) “銀の銃弾(シルバーブレット)”」

 

スーツの内ポケットから取り出すは小型拳銃。一発放てばそれで終了する使い捨て。今の今まで銃を使うことなど一切なかった。これは奇手としてつい最近になって取り入れたもの。よって使う場面は慎重に見極めなければならない代物だ。

 

そして今がその時。

 

放たれた軌道は刹那の瞬間で拳骨屋へと真っ直ぐに向かい胸を穿つ。

 

というわけにはいかないことは分かっちゃあいるが、

 

「わしはお前を剣士などと思ったことはない。何を武器にしようが同じことじゃ。わしはこの拳でしか語ることは出来んのじゃからな。……拳骨世界」

 

とんでもねぇ反撃が返ってくることまでは分かっちゃあいなかった。どれだけ叩き潰そうとも際限なく向かってくる武装色マイナスを纏ったあらゆるものからの攻撃を物ともせず奴は右の拳を地へと打ちつける。

 

その瞬間、爆発的なまでのエネルギーが奴の右拳より放射状に迸り、向かって来ていたあらゆるものを一瞬にして吹き飛ばしつつこちらへと放たれる。明らかに武装色プラスを纏ったエネルギーであり、ボスが繰り出す辺り一面を黒一色にするあの技に近いものだろう。それ故に一歩早く動けたのか、見聞色が少しだけ成長しだしているのかは定かではないが奴の拳が生み出した暴力的なまでのエネルギーが俺を襲う前にシャンブルズを行使出来ていたのは確かである。

 

鬼哭(きこく)を手放し、俺自身は奴の懐へと飛び込んで行き、

 

動脈硬化(アルテリオスクローゼ)

 

拳骨屋の心臓近くの動脈を固まらせてゆく。Unitで出来ること。それは相手の体内に対して微細に干渉してゆくこと。体内から潰してゆくこと。“集中治療領域”とはそういうことだ。体内から潰すこと、それ即ち治療である。

 

治療が効かないという相手はこの世には存在しない。

 

「……くっ、老いた者を苛めるやり方は関心せんぞ」

 

苦痛に顔を歪めながらも吐き出した拳骨屋の言葉が効いている何よりの証拠だ。血の流れが滞り始めているに違いない。だがそれでも奴は腕を動かしてくる。紛うことなき化け物である。

 

動きは同じ。腕を振り上げ右拳を叩き込んでくるもの。だが纏う覇気が違いすぎた。桁がどうこうというレベルを超えている。

 

(それはヤバいわ。避けなきゃダメ)

 

ジョゼフィーヌさんの脳内木霊が駆け抜けて、すかさずシャンブルズを繰り出したことで俺は九死に一生を得たのかもしれない。

 

奴の拳が生み出した一本道を目にしてみれば驚愕しか存在しえない。そこには地の果てまでも続くようなただ何もない一本道が出来上がっていた。その拳の前では何物も存在することを許されないような、大気そのものを、広がる世界そのものを押し潰したようなパワー。間違いなく覇気の最高峰、武装色の最高峰を極めた者にしか繰り出せない技である。

 

だがそれを目の当たりにしたとて、やることは変わりない。手放しておいた鬼哭(きこく)が繰り出す技。

 

死の刀(ステルベン)

 

鬼哭(きこく)は俺の操りに従順な動きを示して武装色のマイナスを纏った一撃を拳骨屋に対して叩き込む。その斬撃は確かに奴の身体に傷を負わせ、ここへ来て初めて奴の武装色の盾を打ち破ることに成功する。

 

「……やりおるな」

 

 

時刻は17時を回り出す。既に原形を留めてはいないこの場所は俺たちの無闇やたらな戦いを前にして人っ子一人居ない状況となっている。日は完全に傾き、最後の輝きに照らし出されている俺たち。

 

 

幕間の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「お待たせしたでしょうか、総帥殿?」~

 

「……大丈夫だ。助かった」

 

隼のペルが上空に到着したことは起死回生になり得ることであった。鷹の目との零進三退のような攻防で俺はどうしようもなくなりつつあったわけであるから。攻撃を繰り出そうとも防御を破ることはなく、攻撃を受ければ防御をしようともあまり意味はない。時間稼ぎは己の身体次第という状況であったのだ。切り傷の数は凄まじく、流した血の量も凄まじい。それでも辛うじて立っていられるわけであるから、俺も随分と頑丈になってきたものである。

 

「オーバンと連絡を取り合って狙撃の観測役を引き受けてくれ」

 

~「了解しました」~

 

ここからは反転攻勢と行こうではないかというわけである。

 

 

そのためにはまだ一つ駒が足りていない。よって小電伝虫をそのままの状態で繋ぐ先は海。

 

「乗船中の者、取れるか?」

 

~「…………どうしやした、坊ちゃん?」~

 

「ロッコ、お前……()()そこに居たんだな……」

 

~「……フッ、坊ちゃんも言うようになりやしたね」~

 

身体と頭を酷使しすぎたせいで俺は言葉の選択において箍が外れてしまっているらしい。言わなくてもいいことまで言葉にしてしまっている。まあいい、考えるのも面倒くさいことだ。

 

「俺の現在位置。鷹の目の現在位置。分かるよな? 分からないとは言わせないぞ。今どの辺りだ?」

 

~「しっかり把握してやすよ。戦いの状況もね。鷹の目の相手は厄介でやすかい?」~

 

黙れ、という言葉が喉まで出掛かってきたところでなんとか踏みとどまらせることに成功する。上手くいって居なかった状況に対して完全に余裕をなくしているのは確かであり、軽口に付き合えるような心の持ちようを忘れてしまっているようだ。これでは上手く行くものも上手く行きはしないであろう。

 

「お前ほどではないよ」

 

~「……本当に言うようになりやしたよ、坊ちゃん。……キャロネードの準備は出来てやすぜ」~

 

よって皮肉を交えて返すということをやってみる。これでこそ流れを取り戻せるというもの。ロッコは俺がやろうとしていることを全て分かっているはずだ。

 

「任せた」

 

~「了解でやす」~

 

 

 

鷹の目と対峙するこの場はつい先程まで何が存在していたのか思い出せる人間など居ないのではないかというような有り様である。日は完全に傾きを見せており、注がれる光によって描き出されるのは赤とオレンジの輝きと煌めき。

 

クラハドールは幕間の準備が進んでいると言っていた。俺の代わりに鷹の目の相手をする代役を立てているらしい。いずれにせよ四商海(ししょうかい)の件を詰めるために集合しなければならないのは確かだ。ここは我が参謀の手並みを信じるしかない。

 

「貴様はいつになったら答えを出す気になるのだ?」

 

鷹の目から投げ掛けられる言葉から推測するに奴はこの戦いに飽きてきているのかもしれない。さっさと終わらせようとしているのかもしれない。

 

「答えって言うのは急いで出せばいいってものでもないだろう」

 

だとしてもやることは変わらない。

 

さて、始めようではないか。

 

まずは奴を上空へと誘いだす必要がある。言うことを辛うじて聞いてくれている己の身体に何とか浮遊を命じて中空へと駆けだしてゆく。奴の斬撃が追い掛けるようにして飛んでくるがそれを避ける動作は身体が覚え始めているようだ。よってギリギリで当たることはない。俺も随分と成長したもんだと思ってしまいたくなる。

 

誘導する先は先程までの風見鶏の先端。あそこであれば狙撃を狙える位置であろうし、さらには海からの一斉砲撃が効いてくる位置でもある。

 

上空へ上空へと飛び抜けて行く俺を鷹の目は漸く追い掛けるようにして跳躍を開始し、最終的に奴が脚を載せた場所は風を受けて音を鳴らしながら回転する風見鶏の先端。

 

ここまでは上々だ。

 

 

風は落ち着いている。

 

 

今しかない。

 

 

タバコを取り出して銜えこみ、火を点ける。

 

 

それが合図。狼煙である。

 

 

今この瞬間に肺を満たそうとするタバコの味が美味いかどうかと問われればそれは何の味かどうかも分からないと答えることだろう。

 

 

遥か上空より放たれる弾丸。

 

 

武装色を纏ったそれは大気を切り裂き、悠然と剣を構えている男に一直線に向かい胸を穿とうとする。

 

 

勿論直前でそれを察知する鷹の目は中空へと身体を投げ出すが、

 

 

再び襲い掛かるは第二撃。

 

 

第一撃はそのまま地へと向かい爆発を起こしてさらなる大穴を大地に刻み込んでいる間にも第二撃に対して鷹の目は回避の行動を取っている。

 

 

遥か彼方の巨大樹てっぺんより精密狙撃を繰り返しているオーバンもさることながら、それを躱しきっている鷹の目もさるものである。

 

 

だが繰り出される第三撃。

 

 

下方にてそれさえも躱す鷹の目であるのだが、

 

 

さらなる第四撃は別方向からやって来る容赦がないもの。

 

 

海上で波間に身を委ねている船より放たれる鉄の塊。

 

 

必殺のキャロネード砲が放つそれにはロッコの渾身の武装色が纏われており、

 

 

天地を揺るがすその砲撃は大気を割り、大地を揺るがすほどの轟音を奏でる。

 

 

が、同様にして凄まじかったのが鷹の目の動き。

 

 

反転した奴は直ぐ様にして剣を天へと突きだし、斬撃を加えつつもその大剣そのものを以てして巨大なる武装色のうねりを受け止めて見せ、

 

 

天はまさに真っ二つに割れたのだ。

 

 

形容するのがおこがましいようなその光景を目にしつつ、

 

 

俺自身も銃による六連撃を放っていた。

 

 

追跡放物線(トラッキングパラボラ) “黄金比(ゴールデンレシオ)”である。

 

 

オーバンの狙撃によって、ロッコの砲撃によって鷹の目が動ける余地を限定していき、俺の銃撃によってさらにそれを狭めていく。

 

 

放物線を描いた黄金の銃弾に対し、鷹の目はロッコの武装砲撃に対する防御で手一杯であり穿たれていく。それは鷹の目へと突き刺さる初めての攻撃であった。

 

 

そこからだ。

 

 

鷹の目が一閃したのは。

 

 

その一撃には奴の全てが詰まっていると言っても過言ではない。

 

 

繰り出した斬撃は再び大気を割り、まさに目で確認できるほどに割って見せ、

 

 

あの向こうに見える巨大樹へと叩き込まれてゆき、

 

 

まるで手近の木を斬るようにいとも容易く一刀両断にして見せたのである。

 

 

その瞬間は時が止まっているのではないかという錯覚をさせるほのどもの。

 

 

時を止めるほどの一撃。

 

 

ただ、その後に目に飛び込んできたのは轟音と共に倒れゆく巨大樹の姿。樹のてっぺんには建物、構造物も存在していたであろうからその破壊の余波が計り知れないものであるのは確かだ。

 

 

プルプルプルプル……。

 

そんな半ば放心状態の最中に胸ポケットにて震えだす小電伝虫。

 

「なんだ?」

 

そう答えるのが俺にはやっとであった。この瞬間に連絡を寄越してくる相手が誰なのかに思いを馳せることもなくただただ機械的に言葉を返すのが精一杯であった。

 

 

目前で起こっている現実は衝撃的であり、それ以上でも以下でもないものであった。

 

 

~「……坊ちゃん。分かりやすか? この先に待ち受けている戦いってのはこういうことでやす。覇気を極めた者の戦いでやす。……覇気の行きつく先が何と呼ばれているか……、知っていやすか? 新世界を縄張りにする連中はこう呼んでやすよ。神にも匹敵する気配、気合……、神気(じんき)とね。武装色の神気(じんき)を扱える者はこの世に数えるほどしか居やしやせんが……、鷹の目はもちろんその一人でさぁ」~

 

 

ロッコの言葉が頭の中に入って来ているのかどうかも定かではない。巨大樹が倒れていったことによる地響きのような轟音だけが俺の脳内を駆け巡っていた。

 

 

時刻は17時を過ぎて日は完全に傾いており、幕間へのカウントダウンは終わろうとしていたそんな時刻。

 

 

 

これに答えを出せと言われて出せるものかどうか、俺は途方に暮れていたのかもしれない……。

 

 

それでも、地獄の業火を駆け抜ける一本道は存在しているとそう信じたい。

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

まだまだ本当に先は長い。

何とか頑張って参ります。

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