ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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そして、毎度お待たしておりまして申し訳ございません。

今回は12600字ほど。

よろしければどうぞ!!


第45話 俺たちの展望は闇夜にしかない

偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

あ、(たお)れる……。

 

 

見聞色を極める道を進みつつある私は事が起こるより一瞬早く察知が出来ていた。天地がひっくり返ろうともびくともしないような巨大なる樹がこの世のものとは思えない音を轟かせながら倒れ込んでいく様子を確認できた。倒れ込んでいく先が私たちの方向ではなかったので半分他人事であったが、よくよく考えてみたらあのてっぺんにはオーバンがいるんだった。

 

でも、大丈夫。だってオーバンだもん。

 

飄々として結局傷ひとつありませんでしたという姿しか想像出来ない。

 

巨大樹の倒れ込んだ方向はこの島にひとつだけある灯台の方向。それは確か四商海入りの返答をする場所だったはず。もう一人の七武海に対して。故にさらなるとんでもないことは続く。

 

倒れ込んでいった巨大樹の先が灯台を押し潰そうとしたところで、今度は種類の違う轟音。爆発音。空気が一瞬にして爆発したかのような凄まじい破壊の音。その音の生まれた先に目の焦点を合わせてみれば、無残にも粉々にされてしまっている巨大樹の先。それはもう樹と呼べる代物ではなかった。

 

あの七武海が自らの能力を使ったに違いない。ニキュニキュの能力(ちから)を。巨大なる樹が降り注ごうとするところへ巨大なる大気を弾いてみせて、樹を樹ならざるものにしてしまったに違いない。しかも、巨大樹のてっぺんには建物が築かれていたのだ。七武海が生み出した衝撃波はそれさえも破壊して見せている。

 

おかげで今度はこちらに巨大樹とその上に建っていた建物の残骸が降り注いでこようとしている。

 

「これは死んだかもな……、料理長」

 

ローがぼそっと声に出した内容は大抵の人間であれば同意していたであろう。巨大樹のてっぺんに居たまま巨大樹ごと斬り倒された上に情け容赦のない大気のカウンターを受けているのだ。常人であれば命がいくつあっても足りない状況である。だがオーバンは常人ではない。否、私の方が常人ではないか。どちらかと言えばオーバンは常人に近い方だった。

 

「それでも大丈夫よ、オーバンだもん。毎日おばんざいを作らないと死んでも死にきれないって喚いているあのオーバンよ。今日はまだ作ってないんだから死ねるわけがないわ。まあもし死んでたら食材売り飛ばしたあとで墓ぐらいは作ってあげてもいいけどね」

 

ロー相手なら心にもないことを口にしてみる余裕が生まれてくるというものだ。心にもない? 否、そうとも言えないかもしれない。オーバンがバカみたいに散財した食材を売り飛ばすのはさぞ気持ちがいいことであろうから……。

 

「……それこそ死んでも死にきれねぇだろうよ、料理長は……」

 

「おだまりっ!!」

 

ローのぼそっと加減と私のイライラ指数には相関関係がある。多分比例していることだろう。能力を使いすぎて疲れていることが目に見えて分かるが、だからと言って私にそんな口を利いていいわけではない。己を生かしも殺しもできる会計士に対しての口の利き方と言うものをいつになったらこいつは習得するのだろうか……。

 

「それよりも、あの降り注いで来てる巨大樹の残骸、何とかしなさいよ。疲れててもそれぐらいは出来るでしょ」

 

ローの口の利き方が変わることに期待などしてはいないが、能力には期待しているので頼んでみるわけである。

 

「悪ぃが俺は忙しい……。見ての通りこいつが鳴ってやがる。多分クラハドールの奴だろう。そろそろお呼びが掛かる頃じゃねぇかと思っちゃあいたが……。だからあれは自分でどうにかしてくれ。剣士なんだからどうにか出来んだろ」

 

スーツの内ポケットからローが取り出して見せた小電伝虫は確かに鳴り続けている。小憎たらしい表情を浮かべながら……。

 

ええ、そうよ。私の剣技を以てすればあんな残骸から自分の身を守って見せることなど容易いこと。

 

でも、そう言う問題じゃないでしょと私はここで言いたい。見目麗しきレディのためならば男は率先して守ってくれるものではないのかと。私はもしかしたらレディと呼べるような存在ではないのかもしれないと真剣に考えてしまいそうだ。そういえば、麦わらのクル―の一人にはレディと呼ばれたような気がするが、あれはあれで問題外である。下品が過ぎる。品がないというのは実に許し難い。

 

許し難いといえばクラハドール……。あとで絶対にとっちめてやる。会計士は参謀よりも執事よりも絶対に偉いはずだ。

 

 

こんなことをいつまでも考えていても仕方がない。巨大樹の残骸は今にも私の頭上に落ちようと急速に向かって来ている。否、私だけではない。この場に居る全員に向かって巨大樹の残骸は等しく降り注ごうとしている。先程まで拳と剣を交え合っていた相手、海軍にもだ。本部中将のガープ、その副官である剣士も降り注ごうとしている残骸を何とかしようと動いている。おかげで私たちの“海兵にされないための戦い”は一時中断となっているわけであるが……。

 

さて、私も自分の身は自分で守らなくてはならない。ローが言ったみたいに……。

 

残骸が大地へと到達するタイミングに居合の一撃のタイミングを合わせる。要はタイミングの問題でしかない。見聞色を極めつつある私にはお茶の子さいさいである。

 

この世の全てには気が存在している。それに思いを馳せ、自らの気を極限まで高めてゆけば掴むことが出来る。

 

ここだ……。

 

 

ほら、出来た。

 

今この時というタイミングで抜刀してみれば、花道(はなみち)が作り出す斬撃は寸分違わず巨大樹の残骸を切り裂いてゆく。そこからの絶え間ない連撃。右に左に左に右に前に後に動いて刀を捌ききり降り注ぎ続ける巨大樹の残骸から己の身を守り抜くのだ。

 

そして、スコールの様な残骸の雨をやり過ごしてみれば、同じように拳や剣を駆使してやり過ごした者たちの姿が見て取れる。能力を使って片手間でやり過ごしながら小電伝虫との会話を続けていた者もいるが。

 

「……ああ、分かった。その3人組の内二人をこっちに女一人をボスの所にやればいいんだな。……オカマ? オカマって何だ? そいつもここに連れて来る必要があるのか? ああ分かった。正直、出たとこ勝負としか俺には思えねぇが……。お前が言うように上手く行けばいいがな……」

 

どうやらクラハドールによってローは能力による移動を求められているらしい。それも複数の人間を一気に移動させることをだ。幕間に入るとはそういうことなのだろう。

 

「ジョゼフィーヌさん、あんたも手伝ってくれ。さすがにオカマの気配ってのがよく分かんねぇ……」

 

私の見聞色に同期させてクラハドールの言うオカマの気配を教えてくれってことなんだろう。オカマ、オカマってオカマがそんなに大事なことになるのだろうか? 私もよく分からないけど……。

 

「はいはい、手伝えばいいのね。オカマ、オカマと……」

 

取り敢えずオカマ探しには協力することにした。

 

 

 

 

 

ローの能力を行使して島全体を舞台にした交換移動に協力してみた結果、私たちの前には突如としておさげ髪の女の子とドレッドヘアの男が現れていた。

 

「なんじゃ、お前らは」

 

降り注ぐ巨大樹の残骸を拳ひとつで叩き落とした後でもまるで疲れたそぶりなど見せずに、ガープ中将はこの場に現れた新参者に対して問い質して見せている。

 

「……え、ここどこ?」

 

「……っておい、海軍じゃねぇか」

 

勝手に連れて来られた二人は当然のようにして今の状況を分かってないみたいだったが、分かりやすいものを見つけだして直ぐ様に恐れを成している。

 

「中将、先日ヒナ大佐より報告がありました。バロックワークスの残党です。追加手配されておりますがいかが致しましょうか」

 

「ボガード、聞くまでもないわい。手配されておるんなら捕まえるまでじゃ」

 

とんとん拍子で私たちの身代わりの話は進んでいるが、どう考えてもこの二人が私たちのようにとんでもない(ジジイ)とその副官相手に粘れるとは到底思えない。直ぐにでも捕まってしまうのであれば身代わりの意味を成さないが果たして……。

 

「小僧が二人から四人に代わったからとやることは変わらん。さて、まずはお前らからじゃな」

 

(ジジイ)の両の拳は早速にも新参者男女へと同時に向かっている。

 

「ジョゼフィーヌさん、今だ」

 

ローの声に呼び覚まされるようにして私の見聞色は深いところまで発動し、あらかじめ探し出しておいたオカマの気配の正確な位置取りを同期しているローへと伝えてゆく。

 

「シャンブルズ」

 

その言葉と共に現れるは性別不詳の人物。まさにオカマ。

 

「ジョ~~~ダンじゃな―――いわよ―――――う!!! 誰? タコパの時間の邪魔したのハァ―――!!! 食いそびれちゃったじゃな―――いのよ―――――う!!! あら? 塗り絵ちゃんにボムちゃんじゃな―――い!!! ヒサ!! って、海軍!? あんた達があちしのタコパの時間の邪魔したってわけなの―――う!!! それに、あちしのダチに手ェ出そうとしてんじゃな―――いわよ―――――う!!!」

 

オカマというのは煩いものらしい。だがその煩さそのままにガープの(ジジイ)に立ち向かって行ってくれている。(ジジイ)の拳とオカマの脚が激しくぶつかり合う。

 

実に好都合な展開。これを狙っていたわけか。

 

「ほう、良い蹴りをしておるな。どこのどいつか知らんが……、どれ、貴様も海兵になりはせんか」

 

どうやら(ジジイ)もオカマの蹴りを大層気に入ったようだ。こんなに好都合な展開が進んで本当にいいのかしらっていう具合に素晴らしい。

 

「ジョ~~~ダンじゃな―――いわよ―――――う!!! あちしの脚はバレエをするためにあるのよ―――――う!!! 海兵やるためにあるんじゃな―――いのよ―――――う!!! 見せてあげるわ、あちしのオ~~~カマ(ウェイ)!!! 」

 

オカマが(ジジイ)との取っ組み合いに向かう中で、自然におさげ髪の女の子とドレッドヘアーの男も副官剣士と向き合いつつある。

 

「頃合いだ。行こう、ジョゼフィーヌさん。俺たちが何もしなくても勝手になるようになってる」

 

全く以てローの言う通りだ。

 

「そうね。行きましょう」

 

「じゃあな、お前たち。身代わり恩に着るよ。……シャンブルズ」

 

「……なに――――――っ!!!!!」

 

ローが放った最後の言葉の後に盛大なる突っ込みの言葉が聞こえたような気がするが多分気のせいだろう。

 

こうして私たちはとんでもない(ジジイ)である拳骨のガープの相手をオカマとその仲間たちに委ねて暫しのとんずらに成功したのである。私も去り際にはちゃんと感謝の言葉を残してきたのだ。

 

頑張ってくださ―――――い!!

 

我ながら素晴らしい言葉を残してきたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鷹の目による圧倒的な一撃によってこの島のシンボルであったであろう巨大樹は一刀両断の憂き目となった。その余波により大量の残骸がこの場に降り注いで来たわけであるが、既に瓦礫の山と沢山のクレーターが同居する場と化していたことを思えば大した影響はないように思われる。ただ、これだけ大量の残骸が降り注いで来たのは鷹の目一人が要因なのではなく、もう一人の七武海であるくまが助太刀だと言わんばかりに衝撃波を加えてきたということもあるのだが。

 

まあ、そのおかげであの灯台は潰される運命にあったところを逃れられたわけであり、俺たちが四商海入りの諾否を伝えるための場所が瓦礫の山とならずに済んだわけなのだから良しとせねばなるまい。

 

 

それよりも問題なのは役者が二人ばかり増えたことだ。否、問題と言うわけではないな。どちらかと言えば問題に対する答えがやって来たようなものである。俺と鷹の目、時々ロッコだった空間に現れた二人はクラハドールが言う通り俺の身代わりとしては十分以上であった。

 

最初の一人がやって来た時には全く以てして意味が分からないものであったが……。

 

この場にやって来た最初の一人。そいつは突如としてこの場に姿を現した。多分にローの交換移動能力によるものであるのは明らかであった。だが、やって来たのは女。レモン柄のワンピースを着て、これまたレモン柄の傘を手に持つ姿は場違い以上でも以下でもない。なぜならここはキューカ島と言えども既にキューカ感など欠片程も存在していない斬撃飛び交う戦いの場所である。

 

故に俺は当然ながら文句を言ったわけだ。この舞台の脚本とさらにはキャスティングまで担当している我が参謀に対して。だが、返って来た答えは、見てれば分かるの一点張り。

 

確かにその女はキューカ島に相応しい恰好のまま強大なる神気(じんき)を纏った一撃を放っても泰然自若としている鷹の目に対して挑もうとしていた。果敢に挑発していた。

 

とはいえ、顔は今にも泣きだしそうなもの。むしろ、もう泣いていると言ってもいい。戦おうとしているのだが、そこに感情は籠っておらず、全力で戦いを拒否しているのがありありと漏れ出して来ているのだった。

 

これでは幾らヒマとはいえ鷹の目も刃を向けようなどとは思わないであろうが、それでもやる気らしい。さすがに天下の黒刀を構えはしないが、首から下げている十字架のネックレスが実は短刀なようで、それを構えていた。もしかしたらよっぽどヒマなのかもしれない。

 

対するレモン女は気の毒なまでに腰が引けており、勝負になるならない以前の問題であった。

 

そんな期待外れの舞台進行に彩りを加える役者が現れたのがつい先程。そいつは一人目とは打って変わってローの能力ではなく自らの足と意思によってこの場に姿を見せて来たのだ。

 

「傘を手にする者は須らく守られる存在でタリ。この世の傘を愛する全ての者は須らく守られる存在でタリ。誰がタリて……、それは私。お待たせしましターリー!!! お嬢さん」

 

こちらまで恥ずかしくなってしまうような口上文句と共に現れた者。あいつである。先程あのホテルにてタリ・デ・ヴァスコと名乗った者。

 

このキャスティングに特に不満があったわけではないが、正直言って付いていくことが出来ず、と言うか全く以て意味が分からず、我が参謀の音声解説が是が非でも必要であると判断して再び俺の手は小電伝虫を掴んでいた。

 

我が参謀曰く、

 

タリ・デ・ヴァスコは世界傘協会の会長も務めているらしい。その協会は傘をこよなく愛する者のために存在している組織ということであり、そんな組織の会長であれば傘を肌身離さず持ち歩く者のピンチには必ず駆けつけるであろうということであった。

 

一体どこの正義の味方だ……、それは。

 

俺には到底理解出来そうもない。そもそもこの女は傘をこよなく愛しているのではなくてレモンをこよなく愛しているのではないのかという至極尤もだと思われる疑問が湧いてくるが、そこは敢えて突っ込まない方がいいんだろう。助けられる相手さえもがなぜ自分が助けられるのかが分かって無さそうだとしてもだ。傘持つ者に対する正義の味方は助ける気マンマンなわけであるのだから、好きにさせてやればいい。

 

「ジュラキュール・ミホーク、お目にかかれて光栄ターリー!! 私はタリ・デ・ヴァスコと申す者、以後お見知りおきを、ターリー!! 申し上げた通り、私は傘を持つ者を手助けするのが使命タリて、いざ、お相手(つかまつ)りターリー!!」

 

「意味が解らぬ道理であるが、よかろう。そもそも俺に道理がないのでな。ヒマが潰せればそれでいい」

 

全く以て好きにさせてやればいい展開である。このタリタリした奴は傘術師(さんじゅつし)ということらしい。能力者というわけでもなく、傘を武器として戦うわけだ。多分に覇気使い。しかも纏う気配は王気(おうき)以上。中々興味深いものがある。剣士相手に傘を使ってどう戦おうというんだろうか。

 

だが、それを見ている場合ではないというのも確かなことだ。こいつは俺の身代わりとしてやって来ているのだから。本人にそのつもりは到底無さそうではあるが……。さっさとこの場を後にした方がいい。

 

「ネルソン・ハット、再びのお目見え、誠に光栄ターリー!! 私の勇姿をご覧頂けるとは恐悦至極タリて、傘術極まれタリなところをお見せしタリ。今宵には我が演目も控えタリては、どうか…………」

 

タリタリした奴の言葉を最後まで聞かせることなくローが交換移動能力を行使してくれたのは実に見事であった。

 

いい仕事をしてくれるじゃないか。

 

ああもタリにタリを重ねてタリタリされても返事に困るというものだ。

 

 

こうして俺は鷹の目から暫し離れることに成功したわけであるが、

 

去り際に背筋を凍りつかせるほどの殺気を纏った視線を送られたことが、

 

このままでは終わるはずがないことを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日は完全に傾き、空一面に渡って深いまでの蒼が広がりを見せている時刻。彼方には赤い世界でもあるかの様にして日の最後の輝きが横へと連なっている。

 

そんな美しい時間帯に俺たちがローの交換移動能力の行使によって各々移動した先は島の外れにあるパラソルカフェ。この島において空中を縦横無尽に駆け巡っているパラソルはシンボルと言っても良さそうであるので、中心部にあってこそのような佇まいを見せる建物であるが、店主の意向なのか外れにひっそりと建っていた。外観は巨大なカバン掛けのそれぞれ掛ける先端部分に大きなパラソルが逆さに吊るされている状態。そんな風変わりなカフェの吊るされたパラソル個室に俺たちは集まっていた。

 

空中に浮いているようで浮いていないような独特の浮遊感漂う空間。コーヒー片手にひと心地ついたところで、俺たちのこの先を決定させる大事なミーティングは始まりを迎えた。

 

「私としてはバカなんじゃないかと思ってるそもそもの疑問を口にしてみていい? これ回答期限が深夜0時ってことだけど、そこまで引っ張る意味なんかあるの? さっさと答え出しておさらばしてしまえばいいじゃない」

 

それぞれがそれぞれの相手とのやりとりを詳しく説明したところでジョゼフィーヌが口にした疑問は尤もなことなんだが……。

 

「……確かにそうなんだが、鷹の目と対峙した時点でそれは無理な話だ。奴がそれを許してくれそうもない。なんだかんだで岬の灯台に到達するのは時間ギリギリになるだろう」                       

 

鷹の目とのやりとりはまさに命懸けであった。相手が圧倒的過ぎて逆に危うさが消え去ってしまいそうであったが決してそんなことはない。あれ以上やりあっていれば確実に致命傷以上の深手を負わされているところだ。

 

「兄さんがそう言うならね~」

 

「あんたは大体においてなめすぎだ。醸し出してる雰囲気を排除すりゃ、拳骨屋もかなりヤベェ相手だったじゃねぇか」

 

「そうかしら? ただのめんどくさい(ジジイ)だったじゃない。まあ、あんたは時間制限あるもんね。能力使い過ぎてたし。まあいいわ……、それよりあんたよ、クラハドール!! どうとっちめてやろうかしら、……取り敢えずはあんたが考えてる筋書き全部教えなさいよね……」

 

ジョゼフィーヌの今にも手が出て胸倉掴みかからんばかりの圧力に対して、クラハドールは微塵も動揺した様子を見せていない。何か煩い奴が喚いていると言わんばかりにメガネをくいと上げる動作を挟むだけである。多分にローがジョゼフィーヌを宥めつつ抑え込んでるからなんだろうが……。

 

「執事にも守秘義務と言うものが存在する」

 

「何よ、執事の守秘義務って。守秘義務ってのは会計士の特権なんだからね」

 

「執事は主のために仕事をする。筋書きは主のために存在する。だが、残念ながら貴様は俺の主ではない」

 

「あんた狡いわよ。都合良く執事と参謀を使い分けたりして」

 

「狡いという言葉は貴様にそっくり返させて貰おうか」

 

こんなやり取りを見ているとこいつらの力関係が垣間見えるというものだ。クラハドール>ジョゼフィーヌというところだろうか。これにローを組み込んだ場合どうなるかは難しいところだが、まあどっちでもいいことか。少なくとも俺自身はこの数式の中に組み込まれてはいない。よって(はた)から高みの見物を決め込むことが出来るわけだ。

 

3人の不等号とも等号とも言える関係性を眺めながらカップに手を伸ばす。コーヒーが実に美味い。見上げた先には青色の空。だが、言うところの青空ではない。急速に暗闇と化す前に一瞬だけ披露されるメタリックブルーのような世界。全く以て素晴らしいな……。

 

「……あの、早く本題に入った方が良いんじゃないですか?」

 

恐る恐るという形で発言して来たのは新たに契約を交わす予定のビビ王女。その真っ白な服装は頂けないが、まだ契約を交わしてないのだから大目に見ようではないか。

 

「あら、またあんたの心配性が出て来たのね。向こうに交渉する気があるんだから手出したりはしないわよ。それに、いざとなっても、あんたの副官殿って弱いわけじゃないんでしょう。カルガモも大丈夫よ。逃げ足だけは速そうだもんね」

 

「そう言う問題じゃ……」

 

ジョゼフィーヌのかなり適当な慰めの言葉はその適当加減もあって何の効力も発揮はしていない。本人は平静を装っているつもりなのであろうが、顔に心配でたまらないと書いてあるというやつだ。王女は俺たちの目的相手である海賊ベッジと接触を果たしたようであり交渉に入ろうとしていたが、クラハドールの筋書きにおいては呼ぶ必要があったようで、代わりに空を飛んでいた奴をカルガモと一緒に置いてきたということらしい。

 

「能力使って状況は掴めてんだろ? 声聞けんだから。心配も何もあったもんじゃねぇ」

 

「心配するのが趣味みたいなものなんじゃないの。ね~、そうでしょ?」

 

「ああ、そういう人間だな。想像は出来てる」

 

こいつら……、本人を前にして言いたい放題である。

 

「趣味って程のものでは……」

 

若干王女の返しもずれてるんだが、そこはそれで良しとしておこう。

 

王女からすれば俺たちの方こそ心配した方がいいんだろうな。なんせオーバンはあの斃れ往く巨大樹のてっぺんに居たのだから。勿論、オーバンは生きていたし、こんなことを言えば勝手に殺すなと怒り心頭なことだろう。ジョゼフィーヌのように、なんだ生きてたのかという反応もどうかとは思うが……。

 

そんな何とも言えないオーバンは巨大樹の新たなてっぺんに居ると言う。鷹の目に斬られて残った方の部分のてっぺんってことなんだろう。相変わらず器用な奴である。

 

 

さて、王女の言う通りそろそろ本題に入ろうではないか。

 

「ビビ王女の趣味が心配することだと分かったんだ。そろそろ本題に入ろう。……俺たちネルソン商会のこれからの話だ」

 

最後の一言で声音を重々しいものへと変えてゆけば、自然と皆が姿勢と襟元を正しながら視線をこちらへと向けてくる。

 

四商海(ししょうかい)入りの条件だけど、特典と負担を比べてみても特典の方が上回るし、負担の方もあながち負担とも言えない気がするの」

 

我が商会の会計士がまずは口火を切る。

 

「収益の25%を上納したとしてやっていけるのか?」

 

俺もトップとして聞かなければならないことを会計士に聞いてみる。

 

「まず問題ないと思うけど……、徴収のタイミングは?」

 

「毎月だったと記憶している」

 

会計士の質問に対し、あの協定書を隅から隅まで記憶したらしい参謀が答えて見せる。

 

「毎月?! 本当にやってけんのか? 毎月上がりの4分の1を持ってかれて……」

 

「とんでもない収益を上げればいいのよ。4分の1持ってかれても痛くも痒くもないぐらいにね」

 

言うは易く行うは難しだ。全くな。

 

「それに奴らの収益のチェック方法は決算書のみ。月次決算書の提出を求められるんだろうけど、決算書であればマジックを掛けることも出来る」

 

「……ジョゼフィーヌさん、政府をあまり見くびらない方がいいですよ。王下四商海(おうかししょうかい)の管轄は五老星直轄だと聞いてますけど、さすらいの情け容赦ない監査人が居ると聞いたことがあります」

 

ビビ王女が一石を投じるべく言葉を挟んでくる。

 

「私も聞いてるわよその存在は。でも私も見くびってもらっちゃ困るわ。伊達に会計士やってるわけじゃないんだから」

 

監査人が凄腕で決算書のマジックを見破られたとしてもジョゼフィーヌが言う通り上げる収益がとんでもなければ問題はない。

 

「要は何で収益を上げるのかって話だな。ジャヤで銃の設計者と落ち合ったら武器の取り扱いが可能になる。他にも色々と手を広げる必要があるが……」

 

「天竜人への奉仕義務はどうする? 厄介なことこの上ねぇぞ」

 

「それよねー。でも逆に考えれば天竜人にパイプを作ることができるわ」

 

「その通りだ。通すパイプは多いに越したことはない。それこそ俺たちはパイプを張り巡らす必要があるんだからな」

 

話が天竜人の件へと移り、俺も考えを投げてみる。天竜人7家への奉仕義務というのは確かに何を押し付けられるか分かったものではないが、それだけ奴らに食い込むことが出来るかもしれないということだ。

 

「これで王下四商海(おうかししょうかい)入りの諾否は議論するまでもないな。反対の奴はいるか?」

 

四商海入りのリスクについて粗方話し合い、改めて皆に問うてみるわけであるが、

 

「問題ない」

 

「OKよ」

 

「ボス、あんたの腹の内は既に決まってんだろ」

 

「私はまだ加入しているわけではないけど……、いいと思います」

 

返ってくる答えは皆決まっている。

 

「よし、決まりだ。そうだ、ビビ王女。今の内に少し聞かせてくれないか? 俺たちはアルバーナの宮殿でお前たちネフェルタリ家がドフラミンゴと接触していることを知っている。話の内容を教えてくれ」

 

四商海入りの話に方向性を付けた後にビビ王女に対して視線を合わせ、彼女の瞳の奥に問い掛けるようにして言葉を紡ぎだしてゆく。ドフラミンゴという名前を出したところで一瞬揺らめく憎悪の炎を瞳奥に見たような気がしたが直ぐにそれは消え去り、畏まった表情で淡々とビビ王女はあの日アルバーナで俺たちが双眼鏡越しに眺めていた光景を追体験させてくれるかのように話し始めた。 

 

俺たちは黙って聞いていた。ただ黙って聞いていたのだ。ビビ王女から迸る言葉の連なりを耳にし、忌々しいまでのドフラミンゴの様子を脳裏に描き出していた。俺たちが口を挟むことは何もなかった。ある1点を除いては……。

 

「……今、なんて言った?」

 

ビビ王女の迸りを遮ってまで割って入ったのはローの鋭い一声。

 

「……へ? ネフェルタリの本当の意味……」

 

「違う。そのひとつ手前だ」

 

「タマリスクの興業は()()()()に一任しておくってドフラミンゴが言った部分かしら?」

 

「ああ、それだ。奴は本当にそう言ったのか? ()()()()に一任しておくと……」

 

「……ええ」

 

怖いくらいの形相を浮かべて迫るようにして問うてくるローに対しビビ王女は何が何だかわけが分かっていないようである。それはそうだろう。その名前は俺たちにしか、特にローにとってしか重大な意味を持ってはいないのだから。

 

「……ジョーカー……」

 

一言そう口にした後ローは一心不乱に考え始めている。

 

 

 

そう来たか。

 

俺たちとしての心情はこうだ。コラソン、ロシナンテは11年前北の海(ノースブルー)ミニオン島にて死んでいるはずだ。だからこそ、今ナギナギの実をカールが食している。ではドフラミンゴが口にしたコラソンというのは誰なのだということになる。ドンキホーテファミリーに名を連ねる者はコードネームをあてがわれている。コラソンも例外なくそのひとつだ。もしかしたらローがそのコラソンを名乗っていた可能性も無きにしも非ずなのである。

 

新たなコラソンが現れたのか? だが、サイレント・フォレストにてあのマジシャン風な男ラフィットは言っていたではないか。ドフラミンゴはハートの席を空けて待っていると。……待てよ、アラバスタの件にてドフラミンゴは確信したのではないか。ローがファミリーに戻ることは決してないと。どちらに転ぼうとも代役は見つけだしていたのではないだろうか。そして、そいつを新たなるコラソンにして……。

 

「やられたな……。奴がどこまで俺たちの動きを読んでるのか分からねぇが……。いずれコラソンの名が広まって俺たちの耳に入るであろうことは計算してるはずだ。そして俺たちがその名前を無視できねぇこともな!!!」

 

「ロー、落ち着きなさい! 心を乱してしまったらそれこそドフラミンゴの思う壺じゃない」

 

ジョゼフィーヌの言う通りなんだが、多分にそこもドフラミンゴは計算しているはずだ。コラソンの名を出してローが平静ではいられないであろうことを……。

 

「名が独り歩きをする。実に見事な策だな。その名前には覚えが有りすぎる。だが実体は分からねぇ。存在しているのかどうかも定かではない。名前を至る所で小出しにしてばら撒くだけで動きを誘導出来る。……これを考えると奴は時間を稼ぐ必要に迫られている。そうは思えないか? 奴が自ら出張って事を構える余裕がもしないのだとしたら、無視をしてもいいんじゃねぇだろうか」

 

クラハドールの見方は実に面白い。確かにそうとも考えることは出来る。

 

「……だが、無視は出来ねぇ……」

 

ロー、それも道理だ。

 

 

「皆に言っておくことがある。俺たちはジャヤに向かった後で水の都ウォーターセブンに向かうことになるだろう。そこでは新たに2隻船を新造するつもりだ。その意味は分かるな? 俺たちを二つに分けるつもりだ。どう分かれるかはまだ先の話でしかないが少なくとも片方はロー、お前に任せることになる」

 

一旦言葉を切り、皆を眺めまわしてみる。皆と言ってもここに居ない奴の方が多いがそれは仕方がない。

 

「ドフラミンゴの動きは分からないことの方が多い。俺たちはまだまだ先手を打たれてばかりだ。よって先回りをして俺たちが先手を打つ必要がある。そのためには隠密に動くもう一つのグループが必要になるだろう。それをロー、お前に任せるつもりだ」

 

「ちょっと、聞いてないんだけど……」

 

そりゃあ、言ってなかったからな、当然だろう。

 

だが、前々から考えていたことではある。ドフラミンゴを潰すためには搦め手から迫るものがどうしても必要だ。それは五老星相手でも然りであろう。

 

「ひとまずはこの島でのことを何とかしないといけない。ビビ王女、ベッジのところに戻ってくれ。ロー、お前も一緒に行け。ジョゼフィーヌ、お前は俺に付いて来い」

 

締め括りとしての言葉を放ち、我が参謀に視線を向けてみる。これでお前は満足かと……。向けられた当のクラハドールは完璧だとでも言わんばかりに笑みを浮かべながら眼鏡をくいと上げて見せた。

 

 

 

 

 

このパラソルカフェに皆が集まってくる前、一人煙草を吹かしながら遠くを見つめていると、近付いてきたのがクラハドールだった。鷹の目に対する答えを俺は何とかして用意する必要があった。だがそれは考えに考えたとてそう簡単に出てくるものではなかった。パラソルカフェの開放的な渡り通路から眺めることが出来る青と赤の世界は忌々しいほどに綺麗ではあったが、それとて俺に答えを導き出す助けとなってくれるものではなかった。

 

そんな俺に対して奴は言ったのだ。

 

筋書きは出来ていると……。

 

あとはボス次第だと……。

 

そしてこう問われた。

 

 

一か八かの勝負事に命を賭ける覚悟はあるかと……。

 

 

 

 

 

一瞬の煌きであった青の世界は既に闇の世界へと姿を変えている。良いことではないか。俺たちの重要なことは常に闇夜にて決まるのだ。俺たちの展望は闇夜にしかない。

 

 

 

勝負どころだ。

 

 

 

心は熱く、頭はクールに。

 

 

 

鉄則を胸に刻み込み、

 

 

 

「行こうか、ジョゼフィーヌ……」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

俺たちは再び闇夜に己の姿を溶け込ませるが如く動き出した。

 

 

 

 

                       




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ島もそろそろ大詰めです。

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