ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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お気に入り登録していただいた方が2ケタにのぼり、本当にありがとうございます。
身が引き締まるおもいです。
今回、かなり短いんですが
フレバンス本編突入とさせていただきます。では、どうぞ。


第1章 フレバンス ~北の海~
第4話 想い


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 フラーセル

 

 

 その大地はただひたすらに純白であった。この世のものとは思えないほどに。

 

 

 だがその大地は何もなかった。ただそこにあるのは、無……。

 

 

 一片の曇りもないその白さは綺麗を通り越して不気味。

 

 

 もちろん何もないただただ、だだっ広い平原が真っ白に広がりを見せて、白い海原のようになっているわけではない。

 

 

 そこに家が建っていたであろうこと。像が聳え立ち睥睨していたであろうこと。広場が存在しベンチが置かれていたであろうことが、残骸と廃墟から見てとれた。だが、その姿さえ純白に包まれていた。

 

 

 人の営みが存在していたであろうに、今は何一つとして感じられない人の気配に、滅亡した国の姿がそこにはあった。

 

 

 そして、雪が降っているのだ。雪の白さは、珀鉛(はくえん)がもたらすこの純白の大地にさらなる死に化粧を施しているとしか思えなかった。

 

 

 舞い降りる雪が、この大地、そして世界が涙を流しているように感じさせた。

 

 

 こんな金に汚い私が……。

 

 

 

 

 ホーキンス海賊団を返り討ちにして、ワルシャビーキ公国にある港町ダーニッヒに錨を入れた私たちは、準備もそうそうに馬を駆って陸路を疾走し、かつてこの元王国を隔離するために築き上げられた防御壁を、今目の前をいくローの能力によって破壊することなく突破し、ワルシャビーキの元隣国、珀鉛(はくえん)の栄華によるなれの果てに、先行偵察として二人、足を踏み入れている。

 

 

 “白い町”とかつて呼ばれていただけあって、想像を絶する白さではある。地層に眠る、珀鉛(はくえん)と呼ばれ、鉛の一種である鉱物が地表に滲み出た結果であるらしい。滅亡などしていなければ、心奪われる景色だったかもしれないが、今はそんな見る影もない。

 

 

 それにしても……、ローときたら……。

 

 

 ダーニッヒからの道中から口数は少なかったが、フレバンスに入ってはそれがいや増している。何度か話しかけてはみるも、彼は終始無言を貫いて、まるで私など存在しないかのように馬を駆っていた。私は内心青筋を立てていたし、亡き父に聞かせることなどとてもできないようなことばを心の中に並べ立てていたが、彼の気持ちが痛いほどわかるし、どこへ向かおうとしているのかなんとなく想像できることもあって、黙ってあとを付いていくしかなかった。

 

 

 ローがふと、馬を止めて降り立ち手綱を近くの柵跡に括って、門柱と門扉の残骸を抜けて、何か建物の跡地に入っていく。

 

 

 ここなのね……。

 

 

 門の残骸奥には、大きな建物が建っていたであろうことが見受けられ、崩れた屋根に記された十字のマークが今はもう純白に覆われている。

 

 

 病院か……。

 

 

 その跡地の前でローは何をするでもなく、ただただ立ち尽くしている。舞い降りる雪が彼が被るトラ柄のふわりとした帽子に、真黒なコートの両肩に降り積もっていく。

 

 

 私も馬から降り、馬止めをして、立ち尽くす彼の元に向かう。用意していた花束を持って……。

 

 

「はい……。必要かと思って……」

 

 

 ローはこちらを見おろしたが、言葉は発さずにただ花束を受け取りかがむと、そっと純白の跡地に置いた。

 

 

 私を一瞬見おろした彼の顔は見ていられない表情をしており、痛々しかった。心の奥底で涙を流していた。

 

 

「俺にも妹がいた……。ラミって名だ。父様も母様もここにいる……」

 

 今の今まで口を開いてこなかったローが、そっと言葉を紡ぎだす。

 

 

「そう……」

 

 

 ローがどういった境遇にあったのか、どこで生まれ育ち、今までどうやって生きてきたのか詳しいところはわからない。

 

 

 

 

 だが私たちは、大方のところは知っていた。私たちは彼を徹底的に調べ上げたうえで、ミニオン島にて彼の前に姿を現したのだ。

 

 

 私たちはあの頃、無謀にもドンキホーテファミリーに対し、隠れて対抗しようとしていた。あいつらの弱点はどこにあるのか調べまわっていた。そこで導きだしたのがコラソンの存在。彼には何かある。

 

 私たちはひそかに接触した。コラソンというコードネームをドフラミンゴより与えられたロシナンテに。そう、ドフラミンゴの実の弟に。

 

 彼は私たちの野望と目的を聞いて、自分はドンキホーテファミリーに潜入している海兵だと打ち明けてくれた。私たちにも情報を寄越してもいいと言ったが、それよりも、ファミリーを足抜けさせたい奴がいるから、何とか協力してくれないかと持ちかけられた。その足抜けさせたい奴というのがロー。私たちはローに付いてロシナンテより聞き出し、ほとんど集まらなかったが独自にローの情報を調べ上げた。

 

 

 そこからのミニオン島での出来事、私たちはロシナンテごとネルソン商会に抱えるつもりがあった。だが彼はそれを拒否してきた。今おまえたちがドフラミンゴと対抗できるほど奴は甘くないと、俺を抱えてしまえば全面戦争となってしまうと、そうなればおまえたちは骨も残らないと。私たちはまだ息がある彼を救いだすつもりだった。でも断固とした拒否。俺の運命は自分で決めると、そしてローを頼むと言い残して彼はこの世を去った。

 

 

 あれから10年近く経とうと言うのに、今なお私たちの心の中に存在し続ける悔恨の思い。

 

 

 この事実を私たちはまだローに告げられずにいる。ミニオン島で全てを打ち明けたうえで彼を迎え入れればよかったのかもしれない。でもその時の彼はもうぼろぼろであった。ぼろぼろの上にさらなるぼろぼろであった。必死に気を奮い立たせていた彼に私たちは全てをその場で伝えることはできなかった。

 

 10年近くの歳月が、私たちにこの事実をどのタイミングで彼に打ち明けるべきなのかわからなくさせてしまっている。彼がこの事実を知ってどう反応するのか見当もつかなくなってしまっている。ただ、私たちは確かにローをロシナンテより託されている。私たちが正面から考えなければならない問題のひとつなのだが……、

 

 

 本当にどうすればいいのだろうか……。

 

 

 彼が背に負うハートの図柄が私を思考のループにとどまらせる。

 

 

 

 

「恩に着る……。俺一人ではここを再び訪れることができたかどうかわからねぇ。本当……、恩に着るよ……」

 

 ローが私の物思いを中断させ、ゆっくりとだが少し吹っ切れたような口調で感謝の言葉を紡ぐ。

 

 

 兄さんなら、こういう時、ここを眺めながら煙草に火を点けると思う。

 

 いつか言っていた。

 

 俺は煙草を愛しているが、煙草に逃げてもいる。人間誰でも逃げるところは必要だと。

 

 

 ローは逃げるところがあるだろうか?あると思いたい……。

 

 

 私は少し泣きそうになっている。

 

 

「行きましょう。兄さんが報告がないと、やきもきしているかもしれないわ」

 

 

 

 私は彼に表情を悟られたくなくて、せっかちな風に踵を返し、そこを後にした。

 

 

 

 

 生きていくって、何だか切ないものね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物の性格を一致させるって難しい。
今さらながら物語を書くことの難しさを痛感しております。
フレバンスをどれぐらいでまとめ上げられるかどうか。

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