ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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今回は10600字ほど。

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第49話 闇夜は深い

偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

闇夜の時刻であってもここキューカ島では純粋な闇夜にお目にかかることは出来ないらしい。人々は寝る間を惜しむようにしてキューカを満喫していた。島を縦横無尽に駆け巡るフラッグガーランドは輝かしいまでに電飾を施されていた。故に闇夜を彩る光に事欠くことはない。

 

そして深夜1時の刻限。一際輝く光を煌々と放つ場所が存在している。

 

オペラ会場。全ての人の波を吸い込んでいきながらもそれは悠然と佇んでいた。巨大建造物と言う程ではないが決して小さな建物というわけでもない。石組みされた優美な構造物の上には無数のパラソルが織り成していた。フラッグガーランドに吊るされているようなカラフルなものとは違い、真白なそれは建物内から放たれている光によって淡いオレンジに揺れており、得も言われぬ美しさに溢れていた。

 

会場入口には俺たちに似たタキシード姿の係員が待ち受けており、顔を一瞥しただけで俺たちが最高級のもてなしをするべき相手であると判断したようで、上層のVIP席へと向かう螺旋階段へと案内されてしまった。どうやらタリ・デ・ヴァスコからの招待は本物のようで、俺たちは顔パスと相成ってしまったわけである。

 

そんな案内の末に通されたのはボックス席の扉前。最後に案内役の係員から敬礼を受けたわけだが、やはり手の角度と位置がどうもおかしい。タリ・デ・ヴァスコと同じなのだ。こいつら一体どんな思考回路をしているんだろうかと思いたくなるところを微笑の仮面で覆い隠して扉を開けた先では演目が既に始まりを告げていた。

 

上層から見下ろした先にある舞台上では男が一人、響いてくる歌声は柔らかく透き通るような美しさだ。少し照明が落とされた舞台上でスポットライトを一身に受けている姿には神々しいという形容が浮かんできそうである。

 

ダークレッドに包まれているボックス席に足を踏み入れてみれば3席ずつの二手に分かれており、一方では既にクラハドールが席についていた。

 

 

 

だが、

 

 

もう一方の3席の内2席を占めている後姿が目に入ってきた瞬間、

 

 

俺はタリ・デ・ヴァスコを撃ち殺してやりたい気分に襲われている。

 

 

小柄でポニーテール、大柄で短髪、そしてどちらも白髪。

 

 

「ターリー屋に感謝しねぇとな。ろくでもねぇ組み合わせだ……」

 

 

ロー、全く以てお前の言う通りだよ。よりによって、おつるとガープと来たもんだ。

 

 

「久しぶりだね、いい子にしてたかい?」

 

 

ああ、いい子にしてたんだから勘弁してくれと心底言ってやりたい。

 

 

勿論、そんなことは言わないが……。

 

 

 

 

 

今回の演目は『海の戦士ソラ』ということらしい。道理で会場が満員御礼になるわけだ。世界経済新聞が毎日欠かすことなく掲載し続けている絵物語であり、超が付くほどに人気な企画らしい。それをオペラとしてやっているわけであるから人気が出ない方がおかしいのだ。

 

なるほど、タリ・デ・ヴァスコはこれを演じて回っているのか……。儲かってないわけがないな……。

 

これだけの大盛況を見せつけられてしまうと、どうも穿った見方をしてしまうものである。元ネタは世界経済新聞というわけであるから、当然そこから莫大な援助が為されていると勘繰りたくなるし、題材が題材なだけにさらにバックに控える政府の影を感じてならない。隣に海軍の重鎮二人が居座っているのも納得がいくと言うものだ。

 

 

舞台上より響いてくる声が俺たちを包み込む。

 

 

悪はなぜ存在するのか?

 

倒しても、倒しても、倒しても、奴らはまた立ち上がる。

 

海を渡って押し寄せてくる。

 

奴らは求めている。欲している。すべてを。すべてをだ。

 

悪はなぜ存在するのか?

 

答えは存在していない。

 

悪は悪でしかない。

 

悪は生まれながらにして悪なのだ。

 

答えを求めてはいけない。

 

今日もまた何の罪もない人々が泣いている。

 

恐怖に打ち震えている。

 

怒りを必死に押し隠している。

 

求めるべきは何か。

 

それは正義だ。

 

だから今日も歩こうか。

 

この海原を。

 

 

バリッ、バリッ、バリッ。

 

「これだからアンタと観劇するのは嫌いなんだ。私がここのオーナーだったなら摘まみ出してるところだよ」

 

脳内に直接響いてくるようなタリ・デ・ヴァスコの歌声を台無しにしてしまいかねないような煎餅をかじる音。それを嘆くおつる。

 

「おつるちゃん、茶をくれんか?」

 

「アンタ、人の話を聞いてるのかい? ここはそもそもが飲食禁止だよ。それに私はアンタの女房じゃないんだよ、まったく」

 

悪びれもせずに煎餅に合わせて茶を求めてくる奴の相手は実に大変そうだ。少々苛立ちが声に現れているのも頷けるというものである。たとえどんな聖人君子であろうとも声を荒げさせてしまうような能力がガープと言う人間には備わっているのかもしれない。

 

「おお、そうじゃったな。おつるちゃんはオペラが嫌いじゃったな。……ん? じゃあなんでここに来とるんじゃ?」

 

「…………、観劇が好きだからに決まってるじゃないか」

 

「そうなのか」

 

バリッ、バリッ、バリッ……。

 

 

俺には、俺たちには理解出来そうもないな。諸々突っ込みどころ満載なんだが一体どこから突っ込んでいいものか分からないので、

 

「おつるさん、俺はあんたを尊敬してしまいそうだ」

 

逆に褒めてしまうわけだ。この婆さんに対して皆が一様にして()()()()する意味がようやく分かったような気がしてくる。

 

「全くだ。俺なら無言を貫いてるな。年の功とはよく言ったもんだ」

 

「たまにはあなたの能力で綺麗にしてやった方がいいのでは? 老いてもしつけは大事でしょうに……」

 

ローとクラハドールも思ったことを口にしている。ここで一番思ったことを口にしていないのはおつるさんなのかもしれない。

 

「知ってるかい? バカに付ける薬は存在しないんだよ。それで察して貰いたいもんだよ、お前たちにはね……」

 

おつるさん、あんたは本当に聖人君子だよ。人の話をまったく聞いていない爺さん相手に声を荒げもせずに柔らかな返しをするなんて芸当は到底俺たちには出来そうもない。あんたもう随分と生きてきてるんだろうから怒ったっていいんだよと、無視を決め込んだって罰が当たったりはしないだろうよと言ってやりたいが、そうしないからこそのおつるさんというわけなのかもしれない。

 

それにしても爺さん、否、(ジジイ)という表現の方がしっくりくるな。あんたの会話は成立しているようで全く成立してやしないぞと。成立しているようになってるのは全ておつるさんのお蔭だ。ウチのジョゼフィーヌが酔っ払った時でももう少しまともな返答をするものだが。

 

バリッ、バリッ、バリッ。

 

煎餅から手を離せっ!!!!!

 

と、叫んでやりたいところだが俺には出来そうもないな。

 

すまない、おつるさん。あんたにはウチのジョゼフィーヌみたいな奴が必要そうだ。酔っ払った時のあいつは全く以てして手に負えないが、何でも言いたいことを相手を気にせずズバッと言える。そういう奴があんたには必要だな。あんたの心労は慮って余りある。長生きしてくれ……。

 

 

拙いな……。

 

仮にもついこの間までは敵であった相手に対してこんなにも心を寄せてしまうとは……。俺も相当に何かが溜っているのかもしれない。

 

さて、ジョゼフィーヌたちはどこだ?

 

あいつらは俺たちとは席を別にしている。出会いたくはない相手と出会ってしまう可能性を考慮しての予防策だ。なぜなら、あいつらにはビビとペル、そしてカルガモが含まれているからだ。案の定、ここにあいつらがもし居たのなら厄介なことになっていた可能性が高い。要らぬ詮索は受けないに越したことはないのだから……。

 

…………居たな。

 

俺たちとは随分離れたボックス席に居るようだ。角度的にはギリギリだが何とか視界に収めることが出来るところに居る。随分と楽しそうにしているではないか。ビビ、それにペルと談笑しながらの観劇は実に心地が良さそうだ。俺たちの居心地がいいかどうかと問われれば首を縦に振ることは決して出来ないというのにな……。

 

まあ、それはいいだろう。これも仕事の内だと思えば大したことではない。

 

カール、お前はいつも本当に素晴らしいな。オペラもしっかりとメモを取りながら観ているのか……。

 

ベポ、…………お前は後でお仕置きだ。完全に寝てやがる。

 

カルガモ、お前の鮮やかな黄色は目立つな。……墨はどこにあっただろうか。

 

 

これはオペラを観終わった後でもやること満載だな。

 

 

 

「今日は吸わないのかい? あれから少しはいい子になったのかねぇ」

 

不意におつるさんの話の矛先は俺へと向かってくる。

 

「俺たちは別に外道ってわけじゃないんだ。マナーぐらい守るさ。煙草を愛する者として最低限の心構えだ」

 

おつるさんに初めて相対したのはフレバンスにある珀鉛鉱山のトンネル内だった。あの時はありったけの反骨精神を持ち寄っていたものだ。マナーもへったくれもありはしなかった。まだ大して月日は経っていないと言うのに随分と昔のことのように感じられてしまう。

 

「さすがは四商海様だね。立派なことを言うじゃないか」

 

「あんたからそんなことを言われると嫌味にしか聞こえないな」

 

「私も褒め言葉を言ったつもりはないよ。今でも私はお前たちをあの場所で終わらせてやるべきだったと信じて疑ってはいないんだからね。だが……、空いた穴は塞がないといけないのさ。その意味においては歓迎の意がないわけじゃない」

 

奪え。奪うのだ。

 

おつるさんとのやり取りをする間にも舞台上では物語が進みゆく。歌手が代わり、歌声も変わる。野太くも力強さに溢れるその声は……。

 

「わしはあきらめてはおらんがな。四商海になったことが海兵になることを阻む理由にはならんじゃろう。ぶわっはっはっ、むしろやり易くなったというもんじゃ。毎朝勧誘の電伝虫を掛けてやろう」

 

恐怖を与えてやるのだ。

 

「海兵に出来そうな者は見つかったのではないですか?」

 

「お前が“脚本家”だね。わざわざ御膳立てをしてくれたってわけかい? 実はお前の動向も注視しているよ。遠い昔に東の海(イーストブルー)で何があったのかも承知はしているつもりなんだ。伊達にお前たちより倍の人生を生きてるわけじゃないからね」

 

支配。圧倒的なる支配をせねばならん。

 

「わしはお前の方じゃな、トラファルガー・ロー。お前の能力と覇気であればいい海兵になりそうなんじゃがな」

 

「おいジジイ。あのオカマで我慢しておけ。俺は海兵やるほど暇じゃない」

 

「な~にがジジイじゃ。爺ちゃんと呼ばんかっ!! ……そう言えばお前の爺ちゃんじゃあなかったわいっ!!!」

 

我らは悪。悪そのもの。この世界を悪で染めてやればいい。

 

「俺から右腕を奪おうとするのは止めてもらっていいだろうか。ローを海兵にしなくても代わりはいるんじゃないのか、クロコダイルは捕らえたんだろう?」

 

「あの男はインペルダウン送りと決まっている」

 

世界は悪を求めている。悪の支配を求めている。

 

「何か事情でもあんのか?」

 

「心惹かれるお話ですね。もしかして、中枢のどなたかと繋がっていたりとか……」

 

「……まったく、油断ならないねお前という男は。これはまだお前たちが関わっていいことではないんだよ」

 

行こうではないか。今日もまたこの海原を。

 

「じゃあクロコダイル自体の穴は埋まったのか? それぐらい教えて貰ってもいいだろうに」

 

「いいとも。四商海の権利には政府の内情を知る権利も含まれているからね」

 

「じゃが何も決まってはおらんのだ。はっきり言ってな」

 

「七武海の選定には時間が掛かる」

 

「クロコダイルの後釜としてこの島を掌中に収めるのがこんなにも早いってのにか? この島の実権はヒガシインドガイシャが握る。あんたがこの島に居るってことはそういうことなんだろう?」

 

「言ってくれるね。そうとも、お前の言う通りだよ。鷹の目が巨大樹を真っ二つにしたのを見ただろう? あんなことは私たちが入りこんでないと出来ない芸当さ。でも些かやり過ぎだけどね。」

 

「そう言えば、鷹の目屋の姿が見えねぇが……。この会場には一同勢揃いってわけじゃねぇのか」

 

「あやつはいつも気まぐれなんじゃ。年から年中暇つぶしの方法を探っておるが暇を潰すことが出来た後には用がないと、まあそういうことじゃ。言うなれば変態じゃな」

 

「鷹の目屋もジジイには言われたかねぇだろうよ」

 

「それは私も同感だね。ガープ、アンタもいい加減にした方がいい」

 

「おつるちゃんまで何を言うとるんじゃ。わしがジジイならおつるちゃんもババアとい……」

 

 

この世のものとは言えないようなおぞましい光景が一瞬見えたような気がしたが、否、俺には、俺たちには何も聞こえなかった。何も見えやしなかったんだ。……ということにしておきたい。

 

そんな中でも舞台上は次へと移り変わってゆく。3人の女たちが現れてのアンサンブル。

 

歌いあげられるのは悲しみ。この世には必ず虐げられる者たちがいて、その悲しみが重みを伴った高らかな声で歌いあげられてゆく。そしてそれらは折り重なりひとつの大きな悲しみとして観客席を包み込んでゆくのだ。

 

だが、どうだ。隣のガープがたんこぶを積み重ねた姿は……。これも一種の悲しみだろうか? 否、これは驚きだな。拳骨のガープでもたんこぶが出来るのかという。洗い清められてもいたが、果たしてこのジジイに効き目はあったのだろうか。

 

「ところでお前たち、鷹の目の奴が何やら褒めておったがあやつと何があったんじゃ? 面白い奴らだと随分と上機嫌であったがのう……」

 

っておい、鼻の穴に指を突っ込みながら話をしているではないか。つまりは何の効き目もありはしなかったということだ。おつるさん、あんたこの男とウン数十年付き合ってきたわけだ。全く尊敬に値するな。このジジイには幼少期にまで遡ってしつけをし直した方が良さそうだが、それには一体何十年遡らないといけないのか……、とにかく面倒くさいことは確かだ。

 

「巨大樹の近くで大量のベリーの燃え跡を確認している。大方想像は付くけどね~。これもお前の仕業のような気がしているよ。クラハドールとやら……、面白いことを考えるじゃないか」

 

「お褒めに与り何とも光栄ですね。と申し上げたいところですが、私など総帥の執事の片手間でのこと。大層なことはしておりませんよ。我らにはこちらの副総帥がおりますから……」

 

「随分と謙遜するじゃないか。確かに副総帥というトラファルガー・ロー、お前も厄介な男だよ。サイレントフォレストではウチの者が世話になったみたいじゃないか」

 

「さぁな……」

 

「その顔はあまり詮索はされたくないっていうことかい。あの場にはニコ・ロビンが居た。私としては実に興味深いのだけどね~」

 

「そのニコ・ロビンはどうやら噂の麦わら一味に加入したらしいですね」

 

「おやおや、中々情報通じゃないか。それに……上手い話のはぐらかし方だよ。確かにニコ・ロビンは麦わらの一味と一緒に居ると聞いている。ガープ、アンタの孫のところだよ」

 

「わしの孫じゃ、それぐらいはするじゃろうて。いずれは止めにいかにゃならんが……」

 

「本当に止める気があるんなら早い方がいいだろうよ。あいつの成長速度は末恐ろしい」

 

「なんじゃ、知った口を利きおって。……もしや貴様ら孫に会ったんじゃなかろうな」

 

「俺たちもアラバスタに居たんだ。そんなことがあっても不思議じゃねぇだろ」

 

「何を生意気な。わしが随分会っとらんと言うのに、何で貴様らが会っとるんじゃーっ!!! で、どうじゃった? ルフィは元気にしておったか?」

 

「ガープ、あんたみっともないことはおやめよ。仮にも億越えになった賞金首だ」

 

「何を言うとるんじゃ、おつるちゃん。わしの孫じゃぞ!! わしはあやつを立派な海兵にしようと思っておったんじゃ。だと言うに、あやつとくれば海賊なんぞになりおって。わしはまだ諦めてはおらんぞっ!!!」

 

「アンタが行ったところで話が纏まるとは到底思えないけどね~。好きにするといいさ。……ところで、さっきアラバスタに居たと言ったね。じゃあ、あそこに居る者たちはお前たちのところに加入すると、そういうことなのかい?」

 

「だったらどうなんだ?」

 

「どうと言うことはないけどね。感心しないのは確かだよ。特に政府の上層部はね。仮にも王族だ」

 

「ですが、王族を加入させてはならないという禁止事項があるわけでも有りませんが……」

 

「なるほど、協定内容はきっちり把握済みというわけかい……。まあ、いいさ。確かにそんな禁止事項があるわけではない。でも上に報告を上げないわけにはいかないよ、これは」

 

「上げてもらって構わない。俺たちは何も悪いことはしていないからな」

 

「それよりもだ。協定内容には確か獄中ないし護送中の囚人を交渉により貰い受けることが出来るなんてもんがあったよな」

 

「細かいところを突いてくるじゃないか。確かに協定事項としてそういう内容は存在しているよ。さらに誰かを加入させようっていうのかい? ……それは、ロッコの件と繋がってくるんじゃないのかい?」

 

「……おつるさん、あんたは本当に痛いところを突いてくるな。一体何をどこまで知っているんだ?」

 

「貴様らはアラバスタでクザンの青二才と遣りあっておるんじゃろう。当然そこからロッコの事には気付く。わしらも長年密かに足取りを追ってた相手じゃ。この島でも気配は追っておった。じゃが島の北側で突然途絶えたというわけじゃな」

 

「ロッコがお前たちの前から姿を消した。つまりはそういうことじゃないのかい」

 

「ああ、その通りだよ。だからこそ俺たちは急ぎで航海士を必要としている」

 

「四商海の管理監督は最終的には五老星にあるが、実際はヒガシインドガイシャが担う。必要とあらばその話受けて構わないよ」

 

「丁度インペルダウンへ護送中の海賊たちがおるが、どうする? 海賊は海賊じゃが相手は魚人じゃ」

 

「魚人か……。海には俺たちなんかよりも詳しいんじゃねぇのか。水先案内人にもなりそうだ」

 

「興味深い筋書きになりそうですね。私は東の海(イーストブルー)におりましたので、少々察しがつきますよ」

 

「決まりだ。取り敢えずその護送船をジャヤに寄らせてくれ。そこで直に会って判断する」

 

「いいだろう。ジャヤが次の寄港地ということなのだろうが、それは根拠地申請をするということかい?」

 

「そのつもりだ」

 

「根拠地申請は五老星に諮る必要がある。上げてはおくよ」

 

 

いくつかの懸案事項を片付けていく中でも舞台上からの歌が途切れゆくことはなく、また場面は切り替わろうとしている。新たな舞台装置が下から姿を覗かせつつあるのだ。それはたっぷりと水が張られており、何とも青い。全てを包み込まんとするブルー。海を表現しようと言うのだろう。つまりはこれから正義と悪の戦いと言うわけだ。

 

そして歌。互いの歌が交錯する。

 

正義と悪、それぞれの歌。

 

 

 

 

 

そこへ、

 

背後の扉へと近付くひとつの気配。

 

隣の3席の内、最後の1席が空いたままであることが頭の中で引っ掛かってはいた。

 

そこに座るはずの奴がいるってことだ。

 

「やァ、遅れてしまって申し訳ない」

 

「主催者が遅れるとはどういう料簡だい、モルガンズ。これはあんたの興行でもあるんだよ」

 

言葉とは裏腹に悪びれもせず現れたのは小粋な羽根付きハットを被った鳥だった。こいつが噂に聞く世界経済新聞社の社長、“ビッグ・ニュース” モルガンズか……。

 

「丁度スクープが舞い込んで来たものでして……。おつる総督、失礼を致しました。ガープ中将、ご無沙汰致しております。……これはこれは、お初にお目に掛かりますかな? ネルソン商会のハット総帥にお歴々とお見受けするが……、あなた方の件もビッグ・ニュースでしたな。明日にはしっかりと掲載させて頂きますよ」

 

「お前たちに紹介しておくよ。と言っても……、お前たちのことだ、粗方の背景は知ってるんだろうがね。世界経済新聞社の社長、モルガンズだ。この歌劇の演目は知っての通りのもの。当然ながらこの男とは密接な関係にあるからね」

 

「フフ、これはあなたの筋書きですか?」

 

「クラハドールとやら、お前は一体どこまで先を読んでいるのかね~」

 

「いえいえ、他意はございませんよ……」

 

「おお、モルガンズ、久しぶりじゃな。どうじゃ、そろそろわしの孫で特集を組んでみると言う話は?」

 

「ガープ中将、その話ならきっと近いうちに実現できると思われますよ」

 

「ガープ、アンタの孫の話はもう置いといておくれ」

 

「おつるちゃん、何を言うか。わしの孫じゃぞ。それともなんじゃ、おつるちゃんが特集されたいと言うことかのう? それは今更じゃ、おつるちゃんはもうババ……」

 

隣で情け容赦なく鉄槌が下されている様子は見なかったことにしよう。学習しない奴の末路は往々にして決まっているものだ。そこに同情が入り込む余地は存在しない。

 

「……お見知りおきを……。スクープには目がないものでして始終あちこちを飛び回っておりますが、本社はヤードに構えております。今後いらっしゃることが増えると思われますので、互いに有用なお話が出来ることと思います」

 

「ええ、こちらこそ。また伺わせて頂きますよ」

 

鬼の居ぬ間に何とやらで互いに握手を交わして少しばかりの関係を作り上げてゆく。

 

 

舞台上は戦い。

 

海の上の戦い。

 

海の戦士ソラが戦いゆく。

 

 

だが、

 

何かがおかしい。

 

少し前と何かが違っている。

 

何が違っているのか?

 

 

「ターリー屋の配役が変わったな……」

 

そうか、それだ。タリ・デ・ヴァスコは正義の役柄、つまりは海の戦士ソラであったはず。だが今は奴が悪役、つまりはジェルマを演じている。

 

 

そして、歌いあげられるものは、

 

 

悪とは何か?

 

時に正義はその名のもとに悪行を振りかざす。

 

正義が振りかざした悪行に反するは悪か?

 

我は振りかざされた者の代弁者である。

 

正義に反するは悪か?

 

正義とは何か?

 

悪とは何か?

 

我は何者か?

 

我は正義の名のもと悪を振りかざされた者の代弁者。

 

故に正義である。

 

正義は悪になり得る。

 

故に悪もまた正義になり得る。

 

正義が悪に身をやつす時、

 

それを正すは誰か?

 

我である。我は悪に身を染める正義を断罪するものである。

 

 

 

オペラ会場を静寂が包みこんでいる。当然だ。『海の戦士ソラ』にこんな歌はなかった。台本にないことが行われているということだ。

 

「……雲行きが怪しいね」

 

「ああ、拙いことになりそうじゃな……」

 

歴戦の古強者たちが懸念を示す通りの事が起こりつつある。

 

壮絶な海上の戦いを繰り広げ、歌いあげていた舞台上に突然幕が下りて、

 

 

 

再び幕が上がった時、

 

舞台上に立っているのはタリ・デ・ヴァスコのみ。

 

だがその背後には巨大な図柄が掲げられており、それは

 

 

 

天翔ける竜の蹄。天竜人の紋章そのもの。

 

「正義が悪に断罪を下す」

 

耳を澄ませなければ聞こえないような、だがとても透き通るような声でそう歌いあげると同時に、

 

「モルガンズ、これはお前も承知のことなのかい?」

 

「いえ、私は出資者に過ぎません。演目内容まで口を挟むことはない。特に今回は……」

 

おつるさんが事の重大性に逸早く気付き、モルガンズに問い質している。

 

そして答えを聞くや否や、

 

 

大瀑布(ナイアガラフォール)

 

おつるさんは席から両手を広げながら跳躍して洗い清めの正義の滝を叩き落としてゆく。その動きはタリ・デ・ヴァスコより多分に一瞬早い。見聞色の為せる業。

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

ただ、タリ・デ・ヴァスコが大音声でそう叫んだあとに傘を取り出した時には離れたこの場からでも感じ取れるような強烈過ぎる武装色が清めの滝を払い落とし、返す傘にて行く先は天翔ける竜の蹄。

 

天竜人の紋章は真っ二つ、

 

どころではなく高速でずたずたに切り裂かれてゆく。

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

舞台上からはターリーの叫びの連呼。

 

狂気だ。

 

狂っている。

 

狂いに満ち満ちている。

 

 

払い落された清めの滝は観客席へと向かい、舞台上の狂気を見せつけられている観客たちを中和させる役割を果たしているのかもしれないが、これがとんでもない大事件であることは間違いない。

 

既に隣の席に孫の名を連呼していたジジイの姿はない。右腕を真っ黒に変容させて跳躍し、今は会場の中空に居る。

 

一瞬後に繰り広げられるは強烈な武装色の激突、衝突。

 

かち合うのは拳と傘。

 

だがそれでも傘は止まらない。

 

互いの重みのぶつけ合いはここからでも相当にヘビーであると感じられるが、それでもタリ・デ・ヴァスコがさらりと払いのけ、

 

「今宵のご観覧に感謝申し上げましターリー!!」

 

高い跳躍を見せると、会場天井を覆っていたパラソルを掴み取り、そのまま闇空へと消えてゆく。拳骨ジジイはどうやら追跡不能のようだ。右腕を抑えているところと苦しそうな表情を見るからに相当な深手を負っている。

 

 

オペラの幕引きはタリ・デ・ヴァスコの一言。

 

スタンディングオベーションは勿論ない。拍手もない。あるのは静寂のみ。

 

 

「……いいスクープになりそうですね」

 

「……お前、これを報道出来るとでも思っているのかい?」

 

「やァ、冗談ですよ……。だが、我々は政府の傀儡(かいらい)ではございませんので、判断は我々自身が下します」

 

「ひとまず、観客全員退出禁止だよ。この場に海軍を呼ぶわけにもいかない。ここの後始末はCP(サイファーポール)に任せた方が良さそうだ」

 

「観客全員ってのは俺たちも含まれるのか?」

 

俺の質問に対して一瞬の間……。

 

「……、好きにすればいい。だが、このことは他言無用だよ。お前たちには言うまでもないことだろうけどね」

 

そんなことは言われなくとも分かっている。それに従うかどうかは何とも言えないが……。

 

「ロー、拳骨ジジイの手当てぐらいしてやれ。仮にも俺たちは()()()()だ」

 

「分かった」

 

「クラハドール……」

 

「……了解です」

 

俺の指示に対して階下へと向かってゆくローを見送りながら思案してゆく。当然ながらクラハドールにもそれを求めている。声を掛けたのはそれが理由だ。今後の筋書きを練り上げていく必要があるだろう。この出来事がどのような影響を及ぼしてくるのか。タリ・デ・ヴァスコは何者か? 奴の本当の意図は一体どこにあったのか? 政府はこれを揉み消すだろうか? モルガンズはどうする? 

 

考えるべきことは多い。

 

分かっていることは俺たちが歴史的大事件を目撃してしまったのかもしれないということだけである。

 

 

天井を見上げればそこを覆っていたはずの真白なパラソルは存在していない。視界に入り込んでくるのは真っ黒な闇夜でしかない。

 

 

 

闇夜は深い……。

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ネルソン商会は王下四商海となりました。

これにてキューカは終了となります。

さらに闇深きところへと参ります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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