そして大変お待たせしておりまして申し訳ございませんが、とうとう50話。
平均文字数ほど、よろしければどうぞ!!
第50話 ぐ~~~ (前編)
“
やった! 10分経過。記録更新だ~!!
すんごいきついけど、嬉しいな~。僕も結構鍛えられてるってことだよね~、これは。
だって揺れる甲板の上でこの姿勢を10分以上保ってられるんだから、我ながら大したもんだって思ってしまうんだけど。
「……風が変わりそうだ。当直員は各
ベポさんの大音声が船尾甲板上に響き渡ってゆく。この大きさならきっと船首にまで届いてるに違いないよ。ベポさんの言う通り甲板上は揺れそうだ。ベポさんの指示で甲板上を動く当直の人たちの足音が直に伝わってくる。
え? ちょっと、揺れるなんてものじゃ……。
さっきまでとは段違いの揺れに体勢を支えきれなくなって、僕は甲板にとうとう膝を付いてしまい、さらには勢いそのままにして甲板上を転がされてしまう。
「ハハハッ、カール、お前もまだまだだな。見てみろよ、ペルは微動だにしてないぞ」
「そんなばかな……」
天地をぐるぐるとされてしまったために視界が数瞬定まらずにいたけど、何とか思ったことを口にしてみた後に船尾甲板の前端手摺りが目の前にあると分かって、掴んで立ち上がってみたら……。確かにペルさんはまだ甲板上で姿勢を崩さずにいた。両肘を甲板上に付けて足はつま先立ち、体の線をしっかり甲板と一直線に保つことが出来ている。しかも傾く甲板の上でだよ。
うそだ~、こんなの人間じゃないよ。
こんなこと言ったらウチにいる人たち皆人間じゃない人だらけになってしまうけど、そう思わずにはいられない。僕もあの姿勢をさっきまで10分以上保ってたんだけど、ペルさんはかれこれ20分以上はあの姿勢を保ってることになる。これは体幹を鍛えるためのトレーニング。体幹ってどこだろう? って話だけど、体の奥底にある筋肉たちをそう言うんだってさ。取り敢えずこのトレーニングは腹直筋に直に効いてくるみたい。
「ペルさん、あなたは人でなしですか?」
船が傾いていて当然のように甲板上も傾いている中で体勢を崩さずにいるペルさんの姿を見て思わず口をついてくる言葉。
僕の言葉が耳に入ったようでようやくにして起き上がって半裸の鍛え上げられた上半身を見せてくるペルさん。
「いいや、俺は人だ、カールくん。これぐらいで体勢を崩すようではダメだぞ。どうやら俺がしっかりと見てやる必要がありそうだな。次からは我が祖国に伝わる体術、“アラバスタ体術”を教えてあげようか」
穏やかな口調で真っ正直に言葉を返してくるペルさんに僕は毒気を抜かれてしまいそうだ。
今、船はジャヤと言う島を目指しているんだって。キューカ島を出発したのが昨日の朝だったから出発して2日目の夜を迎えつつあるんだよね。太陽はその一欠片を水平線上に覗かせるのみで、オレンジと赤の広がりも姿を消して空は薄い紫を纏っているそんな時間。船上で当直に立っているのはベポさん。僕はこの時間に鍛錬をするのがすっかり日課になっていて、それにペルさんが付き合ってくれた形だ。
キューカ島からの出航は慌しかったんだ。オペラ会場で起こった出来事によって僕たちは少し足止めを食らっていたし、外に出たら出たで総帥が直ぐに出航だって言いだすし。それに今この船にはロッコ爺がいない。
ロッコ爺がいないんだよ。まだ全然信じられないよ。何があったのか詳しいことは知らないし、知ったところで僕に理解できるかどうか怪しいところだけど……、やっぱり寂しいよね。
「クエーッ!!」
カルガモの鳴き声がする。確か名前はカルーって言ったっけ。僕と名前がちょっとだけ被ってるんだけど……。
「カルーはビビ様といつも一緒なんだ。旅の合間に船の上が好きになってしまったのかもしれないな。……ところで、ロッコさんと言う方は君の中で大きな存在だったのかな?」
え?
ペルさん……。僕の心の中を読んでるのかな? まさかジョゼフィーヌ会計士みたいな見聞色の覇気?
「……驚かせて済まない。この時間の当直は実はロッコさんと言う方の受け持ちだったらしいじゃないか。それに、君はさっきからずっと舵輪の方向を見詰めていた。だがベポ君を見詰めていたわけでもない」
この洞察力。ペルさんはやっぱり人でなしだ……。
「……そうだよ。ロッコ爺は偉大な存在だったんだ。もちろん、キレイなお姉さんを除いてだけどね。ベポさんだってああやって何も問題なさそうにして舵を取ってるけど……。心の中じゃあ穏やかでいられてないはずなんだ」
ベポさんはこの船尾甲板上でロッコ爺といつも一緒だった。ロッコ爺を師と仰いでいたベポさんなんだから簡単にやり過ごせるはずないんだよね。
でも、ベポさんはすごいや。ロッコ爺がいなくなってもちゃんと船の舵を取れてるわけだし。ピーターさんが居なくても全く問題なさそうじゃないか。
「…それはどうだろうね……」
呟くようにそう言ったペルさんの視線を辿っていくと、ベポさんが右手で舵輪を握りながら左手を自分のお腹に当てていて、
「なあ、お前らも手伝ってくれよ~。そろそろ当直時間も終わりだろ? なのにこれじゃあ間に合わねぇよ。俺、腹ぺこぺこなんだ。……あ~、腹減った」
心の叫びがだだ漏れてきた。確かにこの時間帯の当直はそろそろ終わりを迎えつつある。ベポさんの側に据えられている砂時計の残りも随分と少なくなっているし。
でもベポさん、僕の思いとは裏腹に俗物過ぎるよ。砂が減り続けると共にベポさんは夕ごはん時間までの残り時間を数え上げていたとでも言うのかな……。
「ほらね。君もあまり気にしないことだな。人生に出会いと別れは付き物だ。ロッコさんともまたいずれどこかで出会うこともあるだろうさ。カルーも上がって来たことだしベポ君を手伝ってあげようじゃないか」
ペルさんが言うように黄色いカルガモが船尾甲板へと上がって来ている。クエーという鳴き声と共に。まだ船の傾きは収まっていないと言うのに上がって来たということは中々器用な鳥みたいだ。
「そうだね、ペルさん。僕もそう思うよ。実際、僕らは当直じゃないからベポさんなんて放ったらかしでも別に構わないんだけど、それじゃあ夕ごはんの味がちょっとだけ不味くなるかもしれないもんね」
「……君もさらっとヒドイことを言うもんだな。カルー、さあこっちだ。カール君、君は知らないかもしれないがカルーは超カルガモと言ってな、我が祖国では最速の生き物なんだ」
僕の返事に対してペルさんは何やら面喰ったようで、一瞬だけ驚きの表情を見せていたんだけど僕には一体どこに驚きポイントがあったのかって話なんだけど、まあいいか。
それよりもこのカルガモはメチャクチャ速いんだって。へ~、良いこと聞いちゃったな~。
「わお、そうなんだ。あのF-ワニよりも速いの?」
「ふむ、Fーワニを知っているとは……、君も中々我が国に精通しているな。確かにF-ワニも速い生き物だが我が国での
「クエーッ!!!」
ペルさんの言葉に対して元気良く反応して見せたカルガモは早速にもミズンマストの帆の向きを調整しようとする集まりに加わろうとして、黄色い右羽根をロープに伸ばしたのちに羽根ではロープをしっかり掴めないことに愕然としているみたいだ。
ハハハッ、面白い奴だね。
と思いきや、自分の羽根ではロープを掴めないことから直ぐさまに切り替えて今度は器用にも片足立ちをして脚を使ってロープを掴んで見せ、自らの爆発的スピードを使ってロープを引っ張っている。
う~ん、中々やるな。
「カルーは中々やるだろう? 今度君も乗ってみるといい。ビビ様にしっかりと断りを入れてな。さあ、俺たちも手伝ってあげようじゃないか。お互いに腹は減ってるようだけどな」
ぐ~~~。
お腹が空いていることを知らせる二つの音が重なり合うようにして鳴って、僕たちは笑いだしながらも甲板上を移動してロープを引っ張るのを手伝うことにした。ベポさんのために。
あ~、今日の夕ごはんは何だろうな~。
****
静寂……。
この空間を表現するのに相応しい言葉は多分これ。
もちろん、物音ひとつしないような空間ではない。船内に入り込んでくる水を常に排水し続けるポンプの躍動音がお腹に響くように聞こえてくるし、船材の外側から漏れ聞こえてくる海中の音もある。
けれど、ジョゼフィーヌさんが羽根ペンを走らせる音もしっかりと聞こえてくるのだから、この空間は静寂と表現するのは間違ってないと私は思うの……。
今、私たちが居るのは波間を往くブラック・ネルソン号の喫水線より下に存在している船倉。交易を生業としている私たちネルソン商会にとってはまさしく心臓部と言ってもよい場所。
フフ、
まだ入って間もないと言うのに、私はなんでそんな風に思うんだろうか?
この人たちに自分が既に馴染み始めていることに、自分がもう一員であることに躊躇いなどないことに驚きを禁じ得ることが出来ないでいる。
なぜなら私はついこの前まで別の船に乗っていることが当たり前であったから。羊の頭を先頭に象る海賊船に居ることが当たり前であったから。
「よし。これで傘はOKね。伝票と数量は合ってるわ。あ~、もう疲れちゃった。3,000本も数えたんだもん。こんなに仕入れるんじゃなかったわ。ビビ、ちょっと休憩にしましょうか」
私の物思いをゆっくりと閉じるようにしてジョゼフィーヌさんの言葉が私の耳に注がれてくる。
船倉内には明かりなんてほとんどなくて、私が右手に翳しているランタンが主な明かりと言っていい。それを頼りにジョゼフィーヌさんはさっきまで新たな積荷のチェックをしていたのだ。キューカ島にて新たに積み込んだ大量の傘、占めて3,000本。
数え始めたのは11時の早めのランチ後からだから…、もうかれこれ6時間ぐらいは数えていたことになる。
フフ、物思いに耽ってしまっても不思議ないわ……。
最初はカルーも一緒にいたけれど、どうにも退屈そうにしていたし、途中からは寝てしまっていたしで開放してあげることにした。今頃は甲板まで出て夕闇の海風を全身に受けていることだろう。羨ましい限りだ。
「ビ~ビ、ほらあんたも早く来なさいよ。コーヒー入れたげるから」
「は~い、今行く~」
軽い返事を返して私もカラフルな傘の山から自らを開放してあげることにする。オレンジが500本、レッドが500本、グリーンが……、あ~、今晩の夢に出てきそう……。
船倉の入口近く、手作り感がたっぷりと詰め込まれたテーブルと椅子がこじんまりと置かれていて、もうひとつのランタンが仄かなオレンジ色を演出してくれている。船倉内の狭い通路を行きながら遠目に見るジョゼフィーヌさんはとても綺麗。漆黒のドレススーツと燃えるように赤い髪……。片手に真白なコーヒーカップ。
でも、
テーブル上にはそれ自体を潰しかねないほどにうずたかく積み上げられた書類の山。
ジョゼフィーヌさん、なんか全てが台無し。
台無しな空間に私が近付いて行くと書類片手に私のコーヒーカップを渡してくれるジョゼフィーヌさん。湯気が立っているのがとても有り難い。この船倉内はちょっとひんやりしているから。
ジョゼフィーヌさんの向かいの椅子に腰掛けながら一杯を口にすると、
美味しい。
「フフフ、美味しい? オーバンが淹れたわけじゃないわよ。私のお手製だからね。結構美味しいでしょ、コレ」
そう言って一瞬笑顔を書類の山の間から覗かせた後に、再びジョゼフィーヌさんの視線は書類に落ちていく。
「とっても美味しい。でも、…もうジョゼフィーヌさん、書類に目を通してたら休憩になってないわよ」
「何言ってんのよ、ビビ。もう少しで積荷目録が完成するっていうのに、ただコーヒーを飲んでいるだけの時間なんて勿体なさ過ぎるじゃない。それともあんたが代わりに完成させてくれるって言うの?」
う……、う~ん、それは出来ないな~。
「でしょう。だったらあんたは黙って美味しいコーヒーを飲んでなさい」
私の表情だけで答えを読み解かれてしまって何も言い返せそうにない。
再びの静寂な空間……。
羽根ペンを走らせる音を聞きながら私は香り高いコーヒーに身を委ねてゆく。
積荷目録……。
船に積み込んでいる荷の詳細な記録。私も過去分を見せて貰った。今ジョゼフィーヌさんが仕上げに入っているのは最新版の積荷目録。キューカ島を後にしてさあどうなったのかという記録だ。
過去分を紐解いてゆけば、この船の歩みそのものを知ることが出来る。私がこの船に乗り組んだのはキューカ島からだけど、これまでの歩みは既に私の頭の中に記憶されている。
始まりはロイヤルベルガーと呼ばれる
今現在積み込まれているのは
積荷目録を完成させればそうなるはず。ああそうだ。印刷機も1台載ってたわね。
~「俺、腹ぺこぺこなんだ。あ~、……腹減った」~
フフ、そうよね。私もお腹空いたな~。15時のおやつも食べ損なってしまったし。
カルーが甲板上に出たのを能力で確認していたついでに甲板上のやりとりをしばらく聞いていたわけだけど、ベポ君の声に思わず頷いてしまいそうになる。
「ジョゼフィーヌさん、積荷目録は出来た? そろそろ夕食の時間でしょ」
私は別に自分の欲望に従って言葉を放っているわけじゃない。これはジョゼフィーヌさんのアシスタントとしての務めだ。夕食の時間を知らせてあげるのは立派なアシスタントの仕事であるはず。
一定間隔で脚を組み替えていたジョゼフィーヌさんが何度目かの組み替えを済ませて走らせていた羽根ペンを止めることもなく顔だけこちらへと向けてくる、多分4度目なはず。
私がそんなことをなんで数え上げていたかって、だってジョゼフィーヌさんのドレススーツは下がフレアなスカートなんだけど、丈が短いんだもん。いいえ違うわ……、短か過ぎるんだもん。
ジョゼフィーヌさん、脚が見えてます。脚が見え過ぎてます。何度心の中で叫んでいたことだろうか。この船の積荷に思いを馳せながらも、芳しいコーヒーを口に付けながらも、書類の山の間から覗かせるんだからしょうがないじゃない。
「そんなもの、とっくに出来てるわよ。私を誰だと思ってんの? ネルソン商会の会計士様よ。そんなことより、私の脚がそんなに気になる? あんたの視線、どっかの中年オヤジと大して変わんないことになってるわよ。気になるんならあんたにも貸してあげようか? かなり短めのやつ」
「いいえ、結構ですっ!!」
「あら、そう。……あんたがたまに履いてるホットパンツと大して変わんないと思うんだけどな~」
いいえ、大きな違いがありますよ。また敬語に戻っちゃいそうじゃない。私にはスカートでその丈の長さを身に纏う覚悟はまだ有りません。
「ジョゼフィーヌさん、そんなことよりも積荷目録が出来たんなら一体今何してるっていうの?」
スカートの丈の長さよりも私は至極尤もな質問をしないといけない。
「何って、お仕置きプランを練っていたのよ。ねぇ、ビビ、あんたにひとつ教えといてあげる。世の中には食べ物の恨みが一番怖いって言うわよね。あれって嘘だからね。この世で一番怖いものは金の恨みに決まってるじゃない」
ジョゼフィーヌさん、言ってる顔が既に怖すぎます。あ~、もうほんとに敬語に戻っちゃいそうじゃない。
「私が考えたお仕置きプラン聞きたくない? ねぇ、聞きたいでしょ。ひとつめは煙草のカートンの山を作ってあげて盛大に燃やしてあげるとか……。給金の支給をこれからずっとパンに変更してあげるとか……」
ジョゼフィーヌさん、聞きたくありませんでした。地獄絵図しか想像できません。この船の誰かにとって……。
「でもね、さっきからずっと考えてるんだけどクラハドールに対してのお仕置きプランが全然思い付かないのよね~。もう腹立たしいったらありゃしない」
「……じゃあ、クラハドールさんが計画失敗したシロップ村での出来事を題材にして童話を作ってあげたら?」
「……はい、それ採用!! さすがは私のアシスタント。いい仕事するじゃない。計画は絶対成功するもんだッて思ってるあいつには最高のお仕置きプランだわ」
え~、軽く思い付きを言っただけなのに~。クラハドールさん、ごめんなさい。私はどうやら悪魔に何かを売り渡してしまったみたいです。
「早速作って毎日枕元で読み聞かせてあげたいな~。フフフ、良い気味」
ジョゼフィーヌさん、止めてください。あなたが悪魔にしか見えなくなってしまいそうです。
ぐ~~~~。
こんな時でも実に正直にお腹がなってしまう私、自分が自分で嫌になってしまいそう……。でも……、
「もうっ、ビビったらそんなにお腹が減ってるの? フフフ、まあ私のお腹の音でもあったけど……。これは二人だけの内緒よ。レディがお腹から音を出すわけにはいかないんだから」
私の能力は正確に自分のお腹の音とジョゼフィーヌさんのお腹の音を聞き分けていた。
それにしても、悪魔の笑顔は天使の笑顔に早変わりもするんだから……。
取り敢えず、美味しい夕食を口にしたいな……。
****
その場所は闇の中だった。
天井で星々が煌いているような夜闇では決してない。
それは真の闇とでも呼べるものだった。
そして、
その場所は寒かった。
俺がいた場所、
「――――――
そこからまた始めんのか……。
あの日の出来事を夢に見ない日の方が少なかった。
あれは絶対に忘れちゃならねぇ出来事だ。
俺は聞こえやしねぇはずなのに全身全霊を以てして宝箱を中から拳で叩きつけていた。
「もう放っといてやれ!!! あいつは自由だ!!!」
その言葉の意味を何度噛みしめたことか知れねぇ。
俺の涙は決して止まりはしなかった。
あの
俺は有らん限りに拳を叩き続けながら涙を流すことを止めることが出来なかった。
今なら分かる……。
俺はあの人に生かしてもらっていたんだってことが……、痛ぇほどにな。
あの人の最後に振り絞られた
感謝している。
だからこそ、
あの人には生きていて欲しかった。
俺はあの人に何も伝えることが出来なかった。
後悔……。
もうどうすることも出来ねぇその思いが俺にこの夢を見させるのかもしれない。
と共に俺の中に生まれ落ちてきた思い。
憎悪……。
あの日こそ俺が誓いを打ち立てた時だったのかもしれない。
だとすれば、
俺たちの出会いは必然だった。
「……ついて来い。……まだ生きる意味が少しでも残ってるのならな……」
突然目の前に現れたあんたが口にした言葉に俺はあの時ただただ泣き叫ぶことしか出来やしなかった。
言葉の意味を理解していたのかどうかさえ定かじゃねぇ。
だが俺たちがまだこの船に共に乗ってるってことはそういうことだったんだろうな……。
ひどい雪だった。
大砲の轟音が鳴り響いて止みはしなかった。
この夢はいつもここで終わってしまいやがるんだ。
――――――――――――――――――、今日は違うとでも言うのか?
「……お前の一番大切な大恩人を救ってやることが出来なかった。……すまない。本当にすまない。だが、生きろ。お前をその場所には連れて行ってやる。舞台はしっかりと整えてやる。だから、ついて来い」
……………………………、あの日あの時そんな言葉をあんたから掛けられてたなんて俺は知らねぇんだが……。
轟音に被せやがって、声量まで抑えやがって、あんた、どういうつもりだよ……。
夢に続きがあったことを今になって明かしやがって、一体どういうつもりだよ……。
いや、違うな。
今、だからこそなのか?
多分そういうことなんだろうな。
ついてってやるよ、どこまでもな。
だから俺にその場所の景色を見せてくれ。
俺もあんたの道筋には付き合ってやるから……。
「…………ロー先生、そろそろ夕方の当直が終わりますよ。夕食の時間です」
ピーターの声で俺の意識は覚醒し、眼前に現れたのは医学書が詰め込まれた本棚という見慣れた光景だった。
どうやら医務室内のいつものハンモックで眠りに落ちていたようだ。夢の内容はいつも見るものとは少しだけ結末が違っていたが……。
「何か飲まれますか?」
「……ああ、頼む」
いつもの起きぬけと違い、どこか心は晴れ晴れとしている。室内は中々の揺れ具合だが、それでさえ逆に心地いいと思えるぐらいだ。
いつもとは違った夢の結末、その意味合いを噛みしめたい。
俺はその場所に近付きつつあるのかもしれねぇな……。俺たちは目指すべき場所の景色を何とかして眺めようとここまでやって来た。これからも同じように進んでけばいい。
己の中ではっきりと形作られる確信めいたものが芽生えつつある。
進むべき道筋。進まなけりゃならない道筋。
「さあ、どうぞ」
ハンモックに揺られたままの俺にピーターは熱めの湯呑を手渡してきた。医務室では常に熱い緑茶を飲めるようポットを常備している。
視線だけで感謝の意をピーターには伝えて、湯気の立つそれを啜る。喫水線下にある若干寒気が漂うこの部屋では実に有り難いもんだ。
「もう完成したんですね、船の模型。潜水艦って言うんでしょ、そういうの……」
「ああ……」
ピーターが振ってきた話の内容。デスクの側に置いてある精巧に作り上げた木組みの模型だ。俺たちは来るウォーターセブンにて新たに船を新造し二手に分かれる腹積もりでいる。それに当たり、俺が受け持つ新造船はピーターが言う潜水艦にするつもりでいた。何とかして専門書をかき集めて見よう見まねで図面も引いてみたのだ。それを元にして船大工と打ち合わせをするつもりでいる。
「ロー先生、素晴らしい出来栄えですね。これなら模型職人でもやってけそうだ。完成した暁には僕も乗せて下さいよ?」
「……二手に分かれるんだ。お前はボスの方だろうな……」
「ハハ、そりゃそうだ。って、一度乗るくらいいいじゃないですか~。まあでも、実際そうなるんでしょうね。ロー先生がそっちに乗船するなら。僕はボスの方だ。……あ~、ロー先生なしに僕やってけるかな~」
緑茶を啜りながら、今一度ピーターの船医としての能力について考えてみる。オペオペを食っちまっている俺自身と比べてもあまり意味はないが……、差し引いて考えてみても、こいつならまあ何とかやるだろう。
「大丈夫だ。問題ない」
ピーターを慮り、安心させるべく肯定してやる。
ぐ~~~。
ん? もしかして俺か?
「ハハ、ロー先生、いいタイミングですね。何だか本当に大丈夫な気がしてきましたよ。取り敢えず夕食に行きましょう」
全くそんな気はしてなかったんだが、俺はどうやら空腹のようだ。
読んで頂きましてありがとうございます。
話も二手に分かれるようです。
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