ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変長らくお待たせ致しております。
今回は9,500字ほど。

よろしければどうぞ!!


※加筆が必要であると思い至り、1,000字ほど追加致しました。


第51話 ぐ~~~ (後編)……

偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

 

部屋には見事に何も残されてはいなかった。

 

元々あいつは自分の持ち物と呼べるものを持ってはいやしなかったが、それでもこの何もない空間を目の当たりにすれば己の感情を揺さぶられるものがある。

 

伽藍堂は嫌でも過去からこれまでの道筋を思い起こさせてくる。

 

 

 

俺がこの世に生まれ落ちた時には既にロッコは存在していた。常に海を往く父に帯同していたので幼いころは数え上げるほどしか顔を見ることは無かったが、父が消息を絶ってからは常と傍にいるのが当たり前であった。

 

商売のいろはを最初に教えてくれたのはロッコだった。

 

戦闘のすべてを叩き込んでくれたのもロッコだった。

 

そして、

 

偉大なる航路(グランドライン)の只中まで俺たちを導いてくれたのもロッコだった。

 

ロッコと共にあった数々の情景が脳裡に浮かんでは消えてゆく。

 

俺は感傷に浸っているのだろうか?

 

そうだな。俺は今、感傷に浸っているのかもしれない。

 

悲しいのだろうか? 俺の心の中を満たしている感情は悲しみだろうか?

 

確かにこの感情は悲しみかもしれない。

 

この部屋にひとつ存在する丸窓。丸窓の外に見えるのは海原と水平線、そして宵闇の迫り具合。一日でも素晴らしい時間のはずであるがそれを堪能する気には到底なれそうもない。

 

 

丸窓の横に取り付けられている金具。シルクハットを掛けておくためのものである。何の変哲もないその金具を指に力を込めて押し込んでみる。これがスイッチであることを知っているのは取り付けた当の本人と俺ぐらいのものだろう。続けざまに別の場所で何かが動く音がして……。

 

現れるのは壁に埋め込まれた隠し戸棚。俺が知っている時点で隠し戸棚とは言えないのかもしれないが保管庫としては重宝するものであった。そこにロッコが入れていたもの。

 

記録指針(ログポース)、それも針がひとつだけのものではなくて新世界で使用するための針が3つあるタイプだ。緊急時の備えとしてそれは保管しているもの。万が一にも敵襲に遭って進退窮まった場合の緊急脱出用……。それが残っているのか残されていないのかでは意味が違ってくるだろうということだ。

 

果たして……、

 

隠し戸棚の開き戸を引き開けてみれば……、

 

記録指針(ログポース)は無かった。

 

 

 

だが、

 

さらに俺を困惑させるものがそこに入れられていたのだ。

 

 

漆黒のシルクハット……。

 

 

これはどういうことだろうか? どう考えればいいのだろうか?

 

単純に考えれば記録指針(ログポース)を持ち出して、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。俺たちの象徴(シンボル)であるシルクハットをだ。

 

これには意味がある。意味もなくこんなところにこんなものを置いたりはしないはずだ。

 

先程まで無色であったものがほんの少しだけ濁り始める。生まれ出でた疑念が何かを芽生えさせてくる。ひとつの碌でもない考えが頭をもたげてくる。

 

 

あいつが、ロッコが姿を消したのは当初からの計画だったのではないか……と。

 

 

ローによればロッコは海賊カポネ・“ギャング”ベッジに用があったらしい。そしてそいつと突如姿を現した第三者と共に姿を消した。それは偶然の出来事だったのかもしれない。ロッコはベッジが現れたから、そこに第三者が乱入してきたから姿を消した。ただそれだけのことなのかもしれない。

 

だが、

 

俺たちが四商海に入ったタイミングでというのは出来過ぎていやしないだろうか。このタイミングで居なくなったことには何か別の意味があるのではないだろうか。

 

思考は途切れることなく次から次へと生まれ出でてくる。次から次へと波窪に船が突っ込んで行っているであろう今この時と同じようにだ。

 

ただそれでも我が船の進路はしっかりと取れているようで、ベポはうまくやっているのかもしれない。

 

そんな安心感を抱かせるような想像も露と消え去ってゆく。そして思考は再び碌でもない方向へと舵を切ってゆくのだ。

 

波頭を往く船が生み出す大きな揺れ。だが己の体勢が崩れることはない。鍛えているとはそういうことであり、勿論思考を邪魔することもないが、それは嫌でも考えざるを得ないということを意味している。

 

濁り始めたものは色を生み出してくる。靄がかかったような灰色だったものは思考の連続と共に次々と濃さを増していく。

 

それは今まで確かに存在していたものが根底から覆ってしまうのではないかという恐れのようなもの。

 

漠然とはしているがそれは白く光り輝くものではなくて、黒くすべてを塗り潰してしまうような何か。

 

闇、それが己の中に芽生え、そして漂いつつある。

 

言葉にするのが非常に躊躇われる問いが存在する。それは実に碌でもない問いだ。言葉として形作ってしまったが最後、それはこの先ずっと答えが明かされるまで問い続けなければならなくなるだろう。

 

それでもやはり、問わねばならない。

 

 

果たしてロッコは俺たちの味方なのか、それとも敵なのか?

 

 

二者択一の実にシンプルな問いであるが碌でもないことこの上ない。なぜなら現状答えは出ないからである。であるのにも関わらず嫌でも考えてしまわざるを得ないからである。

 

 

 

………………………………、

 

 

 

…………………………………………………、

 

 

 

止めだ。考えても仕方がない。泥沼にはまる一方だ。

 

心の中に闇が漂おうと問題ないではないか。俺たちは闇夜を突き進んでいるのだから。

 

光を感じるのはまだ先でいい。

 

それにこいつは絶対にまだ他言無用だ。己の中に留めておかなければならない。

 

 

己の中で何とかして結論を作り上げたのち、俺は主のいなくなった部屋の扉を後ろ手に閉じて行った。

 

 

 

「それで、解決策は見つかったか?」

 

船尾を占める自らの居室に戻ってみれば、皮肉たっぷりにメガネをくいと上げながら我が執事からの問いが飛び出してきた。奴は主の居室であるにも関わらず、応接ソファのひとつにゆったりと腰を落ち着けている。

 

「……嫌味な奴だな。聞こえなかったのか? 俺は用を足してくると言ったまでだぞ」

 

俺たちの参謀でもある奴の問いに対して、やれやれといった具合に答えを返しつつ奴の対面となるソファに戻りゆく。

 

「……確かに、貴様は用を足すと言って席を立った。だが、王手(チェック)を掛けられた瞬間に席を立ったとなれば意味合いが変わってくる……。……時間にして28分と40秒。用を足すには十分な時間だが……、何かを考えるにも十分な時間と言える。まあ、結果は変わらんだろうがな、……やれやれだ」

 

そう言って眼前のメガネ野郎は懐中時計の蓋をパチンと閉じながら再びくいと上げて見せるわけだ。自らのメガネを。まったく、とんだやれやれ返しをされてしまったではないか……。

 

そうだとも。俺と奴を分け隔てるテーブル上に広げられているモノが示す通り、俺たち二人は何を隠そうチェスの真っ最中だった。盤面の駒配置は紛れもなく俺の黒が奴の白に王手(チェック)を掛けられていることを表しているし、30分近くの時間が経とうとも状況が変わることは当然ながらない。どれだけ盤面を見詰め続けようとも同じくである。残念なことではあるが……。

 

ただ、用を足しに席を立ったのは純粋に生理的現象でしかないと断言出来る。状況を打開出来はしないだろうかという下心が無かったかと問われてもそんなものはとうの昔に捨て去っているのだ。トイレから戻ろうとしてふとロッコが使っていた部屋に寄ってみたというだけのこと。それ以上でも以下でもない。

 

だがそれゆえに解決策も何もない。ただ感傷に浸っていたに過ぎないのだから。

 

現実逃避をしているべきではなかったな。

 

俺が真に取り組まなければならないのは目の前の王手(チェック)から如何にして逃れるのかを考えることだった。とはいえ、チェスにかまけていること自体が現実逃避なのではという問題もあるにはあるが……。

 

ひとまず、今ここで俺がしなければならないことは、

 

「参ったよ……、俺の負けだ」

 

の一言を口にして奴との通算成績にまた黒星を重ねるのを確定することだ。

 

「……、28分40秒を無駄にしたな。悪あがきにもなりゃしない愚行そのものだ」

 

「ひどい言い草だな。仮にも主人だ。少しぐらいはオブラートに包んでみても……」

 

負けを認めてそれなりに落ち込んでいるところへ塩を塗り込むような言葉を投げ掛けてくるクラハドールに対して反論したくなるわけだが皆まで言わせても貰えず、

 

「いいか。死人に口なしという言葉がある。同じように敗者に口なしという言葉もある。何より勝負に主従は関係ない」

 

まさにぐうの音も出ないようなダメを押される始末だ。返す言葉が見つからないとはこのことなのかもしれない。

 

「……そろそろ夕食時だろう。そう気落ちするな。食前酒ぐらいは出してやる」

 

船室の反対側でたっぷり氷の入ったクーラーに浸かっているスパークリングワインを取り出しながらクラハドールが放った言葉を聞くと一体どちらが主人なのか分からなくなってくる。

 

「そいつは最高に冷えてるんだろうな?」

 

よって、デスクに移動しつつも主人らしいことを言ってみるわけだが、

 

「貴様に冷静さを取り戻させるぐらいには冷えているだろう。貴様の欠点は火を見るより明らかだ。チェスとなると熱くなってしまうところ。それを何とかしねぇ限りは貴様が俺に勝つのはどう考えても無理だ」

 

見事に傷を押し広げられてしまうわけである。

 

それでも、磨き上げられたグラスを滑るようにして卓上に置き、軽快な音と共にスパークリングワインの栓を抜いて見せ、輝くような黄金色の液体を注ぎ込む奴の仕草は実に素晴らしいものがあるし、弾ける黄金色を一度(ひとたび)喉に流し込めばそれは一気に歓喜の瞬間へと変わってゆくのだ。

 

「……ああ、美味いな。全てがどうでもよくなるような美味さだ」

 

執務机を前にしたたっぷりと背凭れがある椅子に己の体を沈み込ませながらそんな言葉が出てくる。

 

「貴様、アレムケル・ロッコが居た部屋にでも行っていたのか?」

 

スパークリングワインの給仕をさっさと済ませて再びソファへと移動しながら飛び出してきた奴の言葉は少々以上に不意をつくものであるが、

 

「……くっ、モヤモヤの能力か。そんなことまで分かるようになったってことは腕を上げたってことなのか?」

 

辛うじて言葉を返すことが出来ているが内心はそれどころではない。こいつは俺が先程見た光景、見つけたものまでも気付いているのだろうか。

 

「貴様の覇気は加速度的に増幅中だ。よって全てを見通せるわけではないが輪郭は想像できる。貴様の脳内を何が占めているのかがな」

 

こいつはどこかしら全てを語らないところがある。言葉にすることと胸の内にしまっておくことを選り分けているような感じだ。この反応だけでは何とも分からないではないか。

 

「ああ、その通りだ。あいつの一件はそう簡単に割り切れることじゃないからな」

 

ひとまずは感情的なものを覗かせてみる。

 

「アレムケル・ロッコに何かしら秘密があるのは確かだろう。でなければこんな形で居なくなることはないはずだ」

 

返ってきた言葉はそりゃそうだとなるもの。それにクラハドール、お前はどこまで俺に塩を塗り込む気なんだよ。

 

俺との会話を続けながら奴は王手(チェック)の段階で負けを認めた盤面上の続きを詰み(メイト)になるまでやり切ろうとしてやがる。そこまでやるか? 負けを認めた俺の目の前で……、全く以て碌でもないな……。

 

そんな苦虫も再びスパークリングワインを喉に流し込めば、これがまた綺麗さっぱりと洗い流せるわけだから素晴らしい。この黄金色の液体はもしかして万能薬か何かなのではないだろうか。

 

「クラハドール、お前、何か掴んでいるのか?」

 

苦虫を洗い流すと同時に気付かれてはいないような気がして安堵の思いついでにさらにもう一歩踏み込んだ質問をしてみれば、

 

「…………いや、掴んじゃいない。ただ過去を辿り遡れば何かにぶち当たるだろうという想像は出来る。だがそれは今ではない。今このタイミングではない、……ってことだな」

 

そんな言葉が返ってくる。それは意味のない言葉のようでいて実に多くを含んでいるような言葉でもある。奴は不意に立ち上がって振り返り、

 

「どれだけチェスが弱かろうと貴様が俺の主であることには変わりない。俺の筋書きは常に主のために存在しているしそのために最善の選択肢を選びとる。王手(チェック)の瞬間は必ずやって来るものだ。そして詰み(メイト)の瞬間を作り出すのも不可能ではない」

 

厳かな声音で言葉を紡ぎだしながら、胸に手を当てて見事なお辞儀を披露して見せるのである。

 

こいつは何かを掴んでいるのかもしれない。掴んでいないのかもしれない。先程見つけたものにも気付いているのかもしれない。気付いていないのかもしれない。どちらにせよこいつを信じてみるしかない。ただ、まだ俺も明かすわけにはいかない。

 

 

王手詰み(チェックメイト)の瞬間……か。

 

 

俺たちがやっていることはまさにその準備である。ドフラミンゴを、政府の五老星を何とかして王手詰み(チェックメイト)の瞬間に追い込みたくて俺たちはここまでやって来たのだ。

 

始まりはいつからだろうか? 父が亡くなったと知らされた時からだろうか。それとも、ドフラミンゴとの一件で1億ベリーを手にした時からだろうか。それとも、ベルガー島を最後に出航した時からだろうか。

 

否、始まりがいつなのかには意味がないだろう。言ってみれば全てが始まりと言えるわけなのだから。

 

北の海(ノースブルー)ではまだ話にもならなかった。故に偉大なる航路(グランドライン)を目指して準備をした。蒸留酒(ウイスキー)という商売の元手を作り上げ育て上げ、ヒナを海軍に潜入させるという種を蒔いた。偉大なる航路(グランドライン)に入る準備が整えば、今度はそこで王下四商海(おうかししょうかい)となってさらに力を蓄えるべく種を蒔いた。珀鉛(はくえん)に手を出し、ダンスパウダーに手を出し、資産を着実に増やしていった。その過程で武力にも磨きが掛かっていった。海軍本部大将に中将、そしてCP9の諜報員、七武海に名うての海賊ども、さらにはドフラミンゴそのものと対峙して覇気が覚醒し、能力は研ぎ澄まされていっている。

 

富、名声、力……。かの海賊王を表す言葉じゃないが俺たちにもその全てが必要になってくることは間違いがない。奴らに王手(チェック)を掛けるにはその全てが必要になるはずだ。勿論王手詰み(チェックメイト)に追い込むのであれば尚更である。

 

 

 

ぐ~~~。

 

 

 

王手(チェック)云々を考える前にまずやるべきことがあるようだな」

 

ああ全く以てその通りだ。

 

 

こいつを黙らせるのがまず何よりも先決であることは間違いない。

 

 

碌でもないことに思いを馳せるのはひとまず後でもいいはずだ……。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どないしょうか……。

 

 

あいつを忘れとったわけちゃうんやで。ただ()うても直ぐにはあいつとは分からんかっただけで……ってそれを忘れとったって言うんか……。

 

 

わいの故郷は東の海(イーストブルー)のとある島。せやけど今は存在せえへん。あん時や、あん時わいの故郷は跡形もなく無くなりよった。突如としてやって来よったでっかいカタツムリみたいな船がぎょうさん……。わいらは全てを失ってもうた。

 

島そのものは無くなったわけやない。せやけど家族を失い、家を失い、金をいっぺんに失ってんやから島がなくなったんと(おんな)じやろ。もう島で生きてくのが無理になってしもうたんやからな。

 

わいの故郷には敵対関係にある島があって、“戦争屋”を引っ張り出されて潰されてもうたと知ったんはベルガーでしばらく経ってからのことやった。そんときにはもうそんなことはどうでもええことやった。

 

 

 

せやけどな……。

 

確かにわいらは誓いを立てたんや、あの日あん時にな……。

 

 

 

わいらは幼馴染やった。家も(ちこ)うて、しょっちゅう遊びよった仲やった。わいはそん時から暇があれば包丁持ってなんか捌いとったし、あいつは踊って歌いよった。二人で一緒にショーレストランやろうやなんて言うとったなー。

 

それがあん時全部無くなったんや。

 

地獄やった。

 

あれは確かに地獄やった。

 

あいつの顔は見てられへんかった。

 

泣いてんのとちゃうんや。確かに涙は流しとるんやけど、泣いてんのとちゃうんや。かといって怒ってんのともちゃう。あれは……、

 

死んでたんちゃうかと思う。もちろん、息はしとったし話もしとったけど、心は死んでたんちゃうかと思う。

 

もう逝ってもうてたんやな、向こう側へ。

 

 

 

あいつら……、絶対……ぶち殺したる。どっから来たんか知らんけど……、絶対探し出して……ぶち殺したる。わいらで殺ったるんや……オーバン、お前との約束や。忘れんなや……。

 

 

 

あいつのあん時の目、忘れてた思ったけど……、忘れてへんかったな……。ただ一点だけを見詰めとって闇のように漆黒やった。

 

 

 

この前も(おんな)じ目をあいつはしとった。あれからもう20年は経つっちゅうのに、あいつはずっとあん時のままやったっちゅうことなんか……。

 

 

 

もう直ぐや。もう直ぐであいつらに手が届くんや。オーバン……、また来るわ。

 

 

 

あいつはその一言だけ残して去って行きよった。また来るってことはそういうことやろうな。わいも腹括らなあかんっちゅうことや。

 

わいらの故郷を潰したんは“戦争屋”のジェルマ66。昔はそうそう世に出回っとる名前ちゃうかったけど奴らは新世界に実在しとる。ひとつの王国として存在しとる。政府に対して強大な発言権を持っとるらしい。そりゃそうやろ。奴らは今となってはわいたちと(おんな)じ立ち位置。王下四商海(おうかししょうかい)の一角なんやから。そんな奴らにもう直ぐ手が届くってあいつは今何やっとんねんや。

 

あいつはタリ・デ・ヴァスコっちゅうただのオペラ歌手やないってことなんか。一体ヴァスコは何者なんや。

 

 

 

それで、わいはどうしたらええんや……。

 

 

 

 

 

キューカ島を離れてから(おんな)じことばっかり考えとる。答えなんか直ぐに出るわけないのにな。それでも考えんのをやめられへんのや。気付いたら頭ん中はそれでいっぱいになってんねんやからな。

 

 

 

……なんやて、もう18時回ってるんかいな……。あいつらそろそろ下りて来よんな。

 

食堂が騒がしくなって来とる。当直の交代時間やからや。で、この時間はあいつらの夕飯の時間でもある。

 

せやけどや……。あいつら怒るやろなー。

 

 

「ベポさん、早く、早くーっ!! もうお腹ぺこぺこだよーっ!! オーバン料理長、今日の夕ご飯ってさ……」

 

「カール、そんなに急がなくてもメシは逃げたりしないんだ。だよな~、シェフ~!!」

 

「二人とも、相当腹が減ってるようだな。まあ私もなんだが。料理長殿、今晩も楽しみにしておりましたよ」

 

「クエーッ!! クエ、クエ、クエーッ!!!」

 

「オーバン、もうお腹減った~!! 早く出してちょうだい!!」

 

「オーバンさん、私もお願いします。もう待てそうにありません」

 

「オーバン先生、ロー先生もお腹がさっきから鳴りっぱなしなんですよ。ねー、ロー先生」

 

「……料理長、頼む」

 

「俺も少し手伝おうか、何から運べばいいい?」

 

「オーバン、今日は何だ?」

 

 

あいつらが厨房前のカウンターに横一列に並んで座りよってからに、切実に腹が減ってると顔に書きながら言葉でもそれを表現しとるんやけど、わいが言えることはひとつだけや。

 

「すまんな。まだ出来てへんねんや」

 

わいはその時初めてほんまの激怒っちゅうもんを見てもうた。言葉にならへん怒りっちゅうやつや。

 

でもその後に出てくるのは、

 

 

ぐ~~~

 

 

全員からの切実なる音色や。

 

それにはわいの分も含まれとってな。

 

 

さっさと作らんかーいって怒鳴り散らされたんは言うまでもないことやわな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナ大佐、本部より入電の通り前方に極秘情報船を確認」

 

その報告が部下より(もたら)されてから数時間後にはメインマストに極秘と大書された船が直ぐ間近に確認できる位置まで接近して来ていた。

 

 

ソリティ(アイランド)でのハットとの密会を終えて(わたくし)は船へと戻り、一路マリンフォードを目指す航路の途中。アラバスタ近海での任はお役御免となり、海軍本部情報部監察での新たな任務が私を待っている。そんな中本部より舞い込んで来た電伝虫による入電。それはアラバスタへと向かう極秘情報船と接触せよというものだった。

 

極秘情報船というからには早速にも新たな任務かもしれないと思い、ヒナ津津なのだけれど。

 

甲板上に出てみれば、相手方を出迎える準備が整えられつつあった。整然と片付けられた甲板上では長剣を準備する者、捧げ(つつ)の準備をする者、管楽器両手に号笛の準備をする者。沢山の私の部下たちがびっしりと整列している様は壮観である。

 

まさにヒナ満足。

 

これだけの準備をする理由は極秘情報船が少将旗を掲げていたからに他ならない。言ってみれば上官を出迎えるわけである。軍隊における上下関係は絶対的なもの。一分の隙とてあってはならない。

 

ヒナ緊張、だわ。

 

でも、

 

「ヒナ嬢、今日もキレイですっ♡」

 

「ヒナ嬢、今日も素敵ですっ♡」

 

この二人ときたら相変わらずで、ヒナ憂鬱ね。

 

そんな間にも極秘情報船からはボートが下ろされて、ゆっくりとこちらへと向かって来ている。

 

そして接弦され、昇降口より顔を出した瞬間に一斉に吹き鳴らされてゆく管楽器たち。長剣は抜き連なり、さらには捧げ(つつ)の号令が飛び交ってゆく。上官を出迎える栄誉礼。

 

「海軍本部情報部監察、モネ少将に敬礼!!!」

 

私たちの敬礼に頷きを返して甲板上に降り立ったのは鮮やかな黄緑色の髪を風に靡かせ、正義のコートをはためかせた女性将校。多分私よりも若いわね。

 

「ヒナ大佐、話はあなたのお部屋でするわ。行きましょう」

 

風に乗せられたような彼女の声を耳にして、私たちは互いの挨拶もそこそこにして船室へと降りて行った。

 

 

 

 

 

「まずはあなたへの任命書。ヒナ海軍本部大佐、本日付で海軍本部情報部監察への異動を命じると共に、本部准将に任命するものとする」

 

厳重に封緘された書類入れから3つ折り1枚の紙を取り出して見せ、モネ少将が読み上げてくれる。アイスカフェラテを片手にしているけれど。礼儀には頓着しない方なのかしら……、ヒナ困惑。

 

「謹んでお受け致します。ヒナ拝命」

 

「うふふふふ……、あなたも面白いひとね。じゃあ改めてヒナ准将、何か質問はある?」

 

私たちはただ椅子を向かい合わせにして座っているだけの状態。本来ならば彼女が私のデスクに座って私は起立した状態というのが普通だと思うけれど……。

 

ヒナ驚愕、だわ。

 

「モネ少将が私の直属の上官と考えてよろしいでしょうか?」

 

「ええ、そうね。情報部監察自体のトップはセンゴク元帥が務めているの。この組織はセンゴク元帥の直轄組織みたいなものだから。ヒナ准将、あなたはすこぶる優秀だって聞いているわ。これからよろしくね」

 

話の合間でも彼女の口がアイスカフェラテのストローを含まない時はない。何かしらこの自由な感じ……。何だかヒナ呆然。

 

「あともうひとつ。こっちは新たな命令書。まずは読んでみて」

 

そう言って手渡されたもうひとつの封緘の中身は書類の束。目を通してみれば……、

 

 

『アレムケル・ロッコ並びにカポネ・“ギャング”ベッジ、ギルド・テゾーロに関する調査』とあった。

 

「先日、キューカ島にて不可解な出来事があった。その3人が一瞬にして忽然と姿を消してしまった。3人の素性はそこに書いてある通り。推測する限り、彼らは見聞色と六式を使って船も使わずに島を離れたといったところかしら。そして一番近い島と言えば……、バナロ島。開拓者の島ね。あなたにはそこへ行って情報収集をお願いしたいの。書いてある通り、まずはあくまでも情報収集。そのあとどうするかは追って連絡を入れるわ」

 

表情から悟られるわけにはいかないけれど、なんてこと……。

 

これはハットの下からロッコが姿を消したってことなのかしら。一体何がどうなっているっていうの? この前ロー君が言っていたようなことが現実味を帯びてきたっていうことなの? 

 

考える時間が欲しい……。ヒナ切実……。

 

「ひとまずあなたの今居る部下たちを連れて行ってもいいけれど……。バナロ島での行動は情報部監察に一緒に行くメンバーだけよ。あとは島に到着次第マリンフォードへ向けて出航させること。情報部監察っていうのは基本は単独行動がメインだから……以上」

 

そう言い終わると同時にモネ少将が持つアイスカフェラテのグラスの中身も氷だけとなってしまい、立ち上がろうとしたが思い出したかのようにして……、

 

「……最後にもうひとつ、あなたに共有しておくことがあったわ。この先このあたりの周辺海域が慌しいことになる。実はこの一帯がCP‐0の作戦海域に入る。作戦の要はジャヤ……。標的は王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会」

 

そんなさらにとんでもない内容を口にしてくる。なに? ヒナ絶望でも望んでいるっていうのかしら。そう思いながらも、

 

「CP‐0がなぜ?」

 

何とか質問を返して見せる。

 

「そう思うのも無理ないけれどね。確かに四商海は天竜人に奉仕する存在だから自らの利権を潰すようなものだけど……。あなた、ひとつ覚えておいた方がいいわ。彼らは理で動くことなんかない。大抵は気まぐれでしか動かない。天竜人というのは9割方そういうもの。CP‐0が知らせて来ること自体が稀なのに、一体どういう風の吹き回しかしら……」

 

拙いは……、ハットが……。何とかして知らせてあげないと……。

 

「とにかく直ぐにでもツノ電伝虫を使って念波妨害が始まるはずだからさっさとこの海域を抜けた方がいいわね」

 

さっきからモネ少将の声音が冷徹さを帯びているように聞こえるのは気のせいだろうか。どこかしら不敵な笑みさえ浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

ハット……。

 

「じゃあヒナ准将、よろしく。私はこれからアラバスタへ向かわないといけないから」

 

そう言って私の船室をあとにしようとするモネ少将を辛うじてお見送りすることに成功はしたけれど、

 

 

私の内心は全く以てそれどころではなかった。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

また新たなる何かが始まります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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