ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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みなさま、大変長らくお待たせしてしまいました。

10800字ほど、よろしければどうぞ!!



第52話 ああ、ロマンを見てる

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

(うら)らかな波風のそよぎと共に姿を現した島。俺たちの目的地であるジャヤ。その西端に位置している町、モックタウン、海賊が入り浸る無法地帯と化していたはずの町の波止場にはカモメのマークを帆に掲げた一隻の海軍船が錨を下ろしていた。

 

無法地帯というのはそこに法が存在していないからこその呼称。であるのにもかかわらず、法の番人と呼べる海軍がここに居るということはどういうことだろうか?

 

その答えは俺たちの船が波止場に横付けされた時に垣間見られた存在から理解することが出来た。後ろ手に枷をはめられ屈強そうな二人の海兵に両側を抑え込まれている存在。抑え込まれている相手と身長は変わらないが色鮮やかに染め上げる身体の紫色は明らかに人間とは違った存在。

 

魚人……。

 

キューカ島にておつる、ガープとの話の中で護送中の囚人を貰い受ける交渉を行っていた。その際にガープは確かに囚人は魚人であると言っていた。その結果が今、波止場の向こう側で待ち受けている状況というわけだろう。王下四商海(おうかししょうかい)ともなればこんなにも素早い対応を政府から受けることが出来るらしい。俺たちも随分と偉くなったものだ。

 

 

「ボス!! どうでしたか、俺の航海は?」

 

思考を遮るようにして、ここまでずっと舵輪を離そうとしなかったベポがようやくにしてそれを手離しながら問い掛けてきた。

 

「ああ、上出来だ」

 

間髪入れずにそう答えてやるとベポは実に嬉しそうにしてはにかんで見せ、カールの小さな体に合わせて少し屈みながらハイタッチをしている。傍らにてペルも優しい笑顔を見せている。こいつも少しはこの船に馴染んで来たような気がする。随分と長い間(おか)での暮らしをして来たであろうに、否、むしろ海になど出たことなどないであろうに既に当直のアシスタントを務めあげるぐらいには船と航海というものに精通しつつあるのだ。こいつとの契約は実に有意義なものとなりそうである。そもそもが飛べる能力者なわけであるのだから。

 

さて、キューカ島からここまでの航海が本当のところどうであったか? 

 

ベポには上出来だと答えてやったわけであるが、少なくとも目的地に無事到着できたのであるから言葉通りであることは間違いない。とはいえ順調であったかそうでなかったかと問うのであればそれは勿論後者ということになる。ここは偉大なる航路(グランドライン)。世界で最も航海することが難しい海である。

 

とんでもない嵐に見舞われて転覆の危機に陥ったこともあった。竜巻(トルネード)に襲われそうなところを間一髪で免れたこともあった。ああ、そういえばオーバンのしでかしによって中々夕食にありつけなかった日もあったな。あの日、空腹に身を()じらせていた俺たちに向って奴は断罪してみせたわけである。全く以て奴のほうが断罪に相応しい行いをして見せたというのにだ……。だがあの日の食事は待った甲斐があった。あの日あの時のカレーライスはまさに至福であった。一生忘れえぬ何かというやつである。まあこれは別の問題であろうが……。こうして諸々の瞬間を思い浮かべたとしても決して順調ではない航海であったのだが、やはり無事次の島に着いているわけであるのだからこれは上出来というべきであろう。

 

キューカ島にてロッコは消えたのだ。俺たちの航海士が忽然(こつぜん)と姿を消したのだ。故に航海士補佐を無理矢理にでも航海士として船を進めてきたのである。オーバンが料理をすることを忘れていたとしても無理はないわけだ。否、……無理はあるか。

 

「ほれ、ハット。早う、行くぞ」

 

人の気も知らずにとはこのことであろうが、まあいいだろう。

 

まずは眼下に待ち受ける状況に思いを馳せなければならない。新たに契約を結ぶかもしれない相手に対してだ……。

 

 

 

 

 

王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会総帥、ネルソン・ハット殿ですか?」

 

波止場の桟橋を進んだ先は町へと連なるメインストリートを前にして広場のようになっており、囚人とそれを抑える海兵に加えてもう一人が少し離れた場所にて待ち受けていた。そのもう一人は一際突き出た縦に長いのかもしれない髪を頭の上に載せていることが推測できるほどに縦長な帽子を被っており、さらには顎の下に垂らしている髭までもが腹辺りでその先端が揺れているほど実に長い。スーツを着込んだ上には数々の勲章に彩られた真っ白な正義のコートを風になびかせながら羽織っている。

 

こいつは多分……、

 

「私は海軍本部中将ストロベリーと申す者でございます。この度は王下四商海へのご栄転、誠におめでとうございます。つきましては手前どものガープにご依頼頂きました内容を遂行すべく参りました」

 

やはりな……。

 

俺の無言の首肯に対して先を続けて自らの紹介と俺たちへの祝福の言葉を述べたてた海軍本部中将。

 

「ここは元はと言えば(あざけ)りの町、モックタウン。我々が関与しない場所ですが捕縛すべき対象を目撃した以上は動かざるを得ない。……ですが、貴殿が署名をした時点にてこの島の管轄は貴殿のものとなっております。よって我々はこの地にてただ待っていたに過ぎません」

 

謹厳実直を地でいくような表情を全く変えることなく言葉を並べたてた本部中将の腰には二振りの刀。

 

剣士か……。

 

(兄さん、船外にいる海兵と思われる気配はこいつらだけ。嘘はついてなさそうね)

 

見聞色“無地(むち)の領域”によって己の気配と姿を消しているジョゼフィーヌとは見聞色を同期しており、脳内に木霊するようにして言葉が入り込んでくる。

 

協定によって同じ側の立場になったとはいえ、これは紛れもなく取引である。用心しておくに越したことはない。ましてや取引の相手はついこの前までは俺たちを捕縛しようとしていた奴らなのだ。

 

「周囲に注意を引くような会話をしている人たちもいませんよ」

 

故にビビにも能力を使っての“音拾い”をやって貰っている。二重の予防策からしてこの取引が罠である可能性は無さそうだ。

 

「海軍本部中将直々の出迎え痛み入る。そいつが例の者か?」

 

ようやくにして俺も本部中将に向かって口を開いてみる。

 

「……ええ、そうです。“ノコギリのアーロン”、懸賞金2000万ベリーの海賊。この男の氏素性に捕縛までの経緯は貴殿の参謀殿が詳しそうだ。私から申し上げるまでもないでしょう」

 

必要最小限の内容しか口にしない本部中将殿は実に優秀そうだ。

 

偉大なる航路(グランドライン)魚人島の魚人街出身。タイヨウの海賊団に所属してたこともあるみたい。フィッシャー・タイガーや海侠(かいきょう)のジンベエの弟分と認識されていた。タイガー死亡後に一度投獄されてるわ。だけどジンベエの七武海入りと共に出獄。その後東の海(イースト・ブルー)に放たれてるわね。そして麦わらのルフィに敗れて再び捕縛と……)

 

「そいつは麦わらに敗れるまでは東の海(イースト・ブルー)最高額の賞金首だった。ある諸島一帯を支配下に収めて国家運営のまねごとをしていた奴だ。俺たち人間を虫けら程度にしか思ってねぇ極めつけの種族主義者でもある。契約を交わす相手としてはどうだかな……。想像するに、奴の中にあるのはただ憎悪だけだ」

 

我が会計士と参謀も中将殿に負けず劣らず優秀ではないか。

 

アーロンという眼前の魚人。紫色に覆われた身体は優に2mを超えているであろう。特徴的なギザギザの鼻を持ち、目には……射殺すような殺気が纏われている。確かに俺たちを良く思っていないであろうことは容易に察しが付くというものだ。

 

さて、どうしたものかな……。

 

「……俺が話そう。元はと言えば俺が言い出したことでもあるしな」

 

この場の打開策を考えようとしていたところへ、今の今まで黙して語らずを貫き通していたローがようやくにして口を開き、

 

「カール、お前も来るといい」

 

さらにはカールがこのタイミングで呼び出されるとは思っていなかったのか、何とも有難迷惑そうにしてローの後へと続いていく。何やら考えがあるのだろう。そこで、

 

「ロー、頼んだ」

 

と任せる旨を言葉にしてみれば、頷きを寄越しながらローがゆっくりとした足取りでアーロンの目と鼻の先まで近づいていく。そしてカールがその後に付き従ってゆく。奴らが近づいて行こうともアーロンの殺気を孕んだ表情が変わっていくことはない。

 

「下等種族が俺に何をさせるつもりだ? 俺はてめぇら人間の為に働くつもりはねぇ。てめぇら下等な人間どもの下で働くぐらいなら死んだほうがましだ。それかさっさとこの枷を外してみろよ。……シャハハハハ、この場でてめぇら全員皆殺しにしてやる」

 

ローを見下ろし圧迫するようにして吠えたてられたアーロンの言葉にも殺気以外のものは存在していない。襲われれば骨も残らないような鋭利なサメの歯を剥き出しにしながら迫ろうとする様には確かに俺たち人間に対しての憎悪が有りそうだ。

 

「総帥さん……、あの人はルフィさんが戦った相手なんですよね? ルフィさんと戦えば甦ってくるはずなんです。たとえ失ってしまっていたものだとしても、心の奥底で大切にしていたものが甦ってきて目の前に突きつけられるはずなのに……」

 

眼前で敵意むき出しの魚人が麦わらと関係していると知って思うところがあるのか、ゆっくりとした口調でビビが言葉を紡ぎ出してくる。言いたいことは分かるがな。

 

「人が憎悪を生まれ持って出てくることはない。あのアーロンって奴にも過去に何かがあったんだろう。人間は器用な奴もいれば不器用な奴もいる。そう簡単に積年の考えを捨て去ることは出来ないものだ。……とはいえ、奴が言っていることは負け犬の遠吠えでしかないがな……」

 

アーロンの方を真剣な眼差しで見つめ続けているビビを横目で視界に捉えつつも、そのアーロンと面と向かい合っているローへと意識を割いてゆく。ギザギザ鼻を間近に見せつけられようとも当のローは黙して語らず。アーロンに対して一切の返事をしようとしていない。

 

「……あの人はああいう方法しか知らないだけなのかも。光は必ずあるはずなのに…………。ローさんは大丈夫でしょうか?」

 

出たな。またこいつの心配性ってやつが。

 

「奴は大丈夫だ。まったく相変わらずの心配性な奴だな、ローは無言を貫いている時ほど頭の中ではとんでもないことを考えていることが多い」

 

カールを側に居させているのは何か考えがあってのことだろうしな。

 

アーロンによる人間という生物に対しての呪詛と憎悪に満ち満ちた言葉の応酬は止めどなく続いている。それでもローは何も言葉を発するということをしていない。アーロンに言いたいことを言いたいように言わせている。側に控えている海軍本部中将がアーロンを制止しようと試みているがあまり意味は無さそうだ。

 

「トラファルガーがそろそろ動く頃合いだ……」

 

能力によってローの考えていることに想像が付いているのかクラハドールが言葉を挟んでくる。

 

 

そして、

 

事は一瞬の出来事であった。

 

メスと短く呟いた後にローは己の得物を素早く抜いて見せ、アーロンの胸中にあったはずの心臓を抉りだして見せていた。その数瞬後にはアーロンの身体が意識を失って崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

ノコギリザメの魚人が意識を失って数刻が経ち、目覚めた時にはローが不敵な笑みを湛えながら奴の心臓片手に見下ろしている状況であった。

 

そして今、奴らは何かを話し合っている。否、違うな。あれはどう見ても脅し脅されているようにしか見えない。ローは眼前で横たわっている奴の心臓をポンポンと片手の上でボール球よろしく弄びながら口角を下げることなく何か言葉を紡ぎ出している。

 

やり取りの内容が聞こえない理由は一つ。傍らにいるカールがサイレントを使っているからである。もしかしたらビビの能力を使えば聞き取れるのではないかと思ってしまったのだが、どうやらモシモシの能力とナギナギの能力に相互の関係性はなく完全に別個のものらしい。要はビビを以てしてもカールにサイレントを張られてしまえば聞き取ることは出来ないということだ。これはこれで興味深いことではあるが。俺ぐらいはその空間の中に入れてくれよと思わないでもない。

 

ローの考えは隣のストロベリー本部中将に聞かせたくないってことなんだろう。もしかしたら俺にさえ聞かせたくないのかもしれないが、まあそれはいい。ローのさらなる考えも読めるところがあるからだ。俺たちが二手に分かれるとき、ローの奴はアーロンを連れていくつもりなのではないかというわけだ。あいつは自分の船を持つなら潜水艦にすると言っていた。海中に関しては魚人の方が上をいっているのは確かだ。

 

どうやらローの脅しは紛糾しているようだ。アーロンが横たわりながらも罵っているように見える。ローは一体どんな脅し文句を使っているのだろうか? 伊達に毎度毎度ジョゼフィーヌに脅しを掛けられているわけではないようだな。アーロンの苦渋に満ちた表情が見て取れる。考えているな。やるじゃないか、ロー。呪詛を吐くしか脳がなかった奴に対して考え込ませているんだからな。

 

さらにローが畳み掛けている様子が見て取れる。アーロンに少し驚きの表情が見え隠れしている。

 

結果、

 

アーロンは立ち上がり、不意に、

 

「枷を外してやってくれ」

 

ローの言葉が聞こえてくる。

 

どうやらカールがサイレントを解除したようだ。

 

「よろしいのですか?」

 

成り行きを見守っていた海軍本部中将が尤もな聞き返しをしているがローは頷くのみであるので、渋々ながら

暫くアーロンの側から離れていた海兵二人に指示を出している。

 

後に、

 

枷が無くなり解き放たれたノコギリのアーロンは自身の凶悪な歯を使って噛み砕こうとローに対して襲いかかろうとしているが、数瞬早くにローの帯刀が動き出しており首から上に対して一閃、それでも伸ばされてくる相手の右腕に対して肩から先にもう一閃。

 

「……俺が言ったことを聞いてなかったのか? 現実を見ろと言ったはずだ。お前の動きは遅すぎる。これが現実だ」

 

ローの容赦ない物言いに対し、アーロンは何か言葉を返そうとしているのだが怒りに満ち満ちている様でどうやら言葉にならないらしい。

 

(兄さん、どうするの? あいつを船に乗せたとしてこんなこと毎日やられたんじゃたまったもんじゃないわよ?少なくともカールはあいつには勝てないだろうし、ビビだって怪しいものだわ。あいつを船に乗せるんならそれこそ枷を嵌める必要がある。でもそれならそもそも船に乗せる必要があるのって問題でしょ……)

 

俺の中に生まれた懸念材料を見事に我が妹は代弁してくれているわけであるが、俺も答えを持ち合わせているわけではない。

 

さて、どうしたものかな?

 

と、振りだしに戻るが如く考えを巡らしていたところへ、

 

再びローが動き出す。奴が出した答え。

 

それはカールがずっと後生大事に自分の股下にて温めていたバッグの中から取り出して見せた新たな枷を目にしたところで、本当にそれでいいのかと問い質したくなったのだが……。斬られたままの状態にある紫色の胴体に新たな枷を嵌めさせ、尚且つそれにはもうひとつの枷がくっ付いているところを見た瞬間、俺は気は確かなのかと叫び出しそうになっていた。

 

アーロンの3分割されていた身体を接合した後に現れ出でた光景に俺は目を疑うしかなかった。

 

それはそうだろう。

 

なぜなら、

 

ローとアーロンが背中合わせになっており、互いが枷にて繋がれているのであるから。

 

どういうつもりなのかと問い質せば、

 

これで危険はねぇだろうと返ってきたもんだ。どうやら背に負う紫色の身体を引き摺ってでもこの状態で暫くやっていくつもりらしい。

 

「てめぇ、下等種族が一体どういうつもりだぁ!!!!!」

 

アーロンとやら、お前の言葉に今日初めて俺は賛意を示すことが出来そうだ。

 

ストロベリー海軍本部中将が去り際にて大将黄猿の名を出してきたことを軽く流してしまうぐらいには俺の心はどこか遠くへ行ってしまっていたことは間違いないような気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ、もっと上手く歩けねぇのか。くそっ、下等種族が……」

 

背後から聞こえてくる呪詛の言葉が止まることは決してない。

 

くそっ……。呪詛の言葉を吐き出してぇのは俺の方だって言うのにな。

 

足取りは重い。そりゃそうだろう。背後に俺よりでかい奴を胴体だけで括りつけながら歩いてんだからな。否、引き摺ってるって言った方がいいのかこの場合。

 

己で選択した結果とはいえ、このとんでもない動きにくさは想定以上だ。だが致し方ねぇのも確か。背後の奴が何をしでかすかわからねぇ奴である以上はこうするしかない。種族主義などという面倒くせぇもんに凝り固まってやがる以上はな。じゃあ他の奴にすれば良かったってのもあるのかもしれねぇが……。

 

種族主義ってのは元を辿ってけば政府への不信に繋がるんじゃねぇかと思い至り、ならば俺たちの目標にも合致しないこともないと結論して向き合ってみたのがつい先程のこと。

 

奴から迸ってくる怒りと憎悪に満ち満ちた呪詛の言葉を叩き込まれるにつれ、こいつは脅しが必要だと方針転換して心臓を奪うことにした。そして麦わら屋の名前を出してやったわけだが、こいつには効果てき面じゃねぇかという俺の読みは間違いじゃあなかったようだ。俺の能力を持ってすれば心臓を入れ替えることで麦わら屋と魂を入れ替えることなどわけねぇと言ってやれば、奴は初めて考える仕草を見せ始めたんだからな。

 

あとは畳み掛けてやるだけだった。俺たちの目的とボスの素性、さらにはそこから推測できることを話してやり、復讐上等じゃねぇかと持ち掛けてやれば奴は渋々ながら話に乗ってきたというのが先程までの事の顛末である。

 

 

それにしてもだ……。全員が俺を置いていっているというこの状況は一体どういうことなんだろうか?

 

ボスとビビに黄色いカルガモは探索だと言って島の奥へと入って行った。

 

ジョゼフィーヌさんはトロピカルホテルというリゾートホテルがひとまずの本拠地として使えないかどうか見てくると行ってしまった。それにはカールとベポも付いて行っている。どうやらリゾートホテルならプールがあるだろうからキューカ島で泳げなかった分、ここで泳ぐのだと言う。

 

料理長は料理長で新たな食材が手に入りそうだと言ってこれまた奥へと行ってしまっている。

 

ハヤブサはどうしてやがるのか。多分、飛んでんだろう。

 

俺にとって最後の砦はクラハドールであったのだが、奴もまた執事としての職務を果たすべくこの島の下調べに行っているようだ。

 

まったく薄情な奴らめ……。俺は俺の職務を果たせってのか……。

 

「おい、下等種族。メシだ。何か食わせろ」

 

「黙れ」

 

条件反射的に雑な返しをしてしまったが俺は悪くないはずだ。こいつの体重を背負って動いてるようなもんなんだからな。

 

俺にこそメシを食わせろっ!!

 

と言っても罰が当たりはしないだろう。

 

 

 

 

 

ん?

 

通りの先が何とも破壊の跡(おびただ)しい状況となっていた。この町の通りは板張りとなっているが無残にも抉れ返っており、周囲の建物にも何かが無数にぶつかった跡が残っている。

 

決闘でもあったのか?

 

「この島はてめぇらのもんになるとそう言ったな?」

 

思考を遮ってアーロンが言葉を投げ掛けてくる。ようやくメシはあきらめたようだな。

 

「ああ、そう言ったが……、どうした?」

 

抉れて足場の悪い板張りの通りを何とか通りやすいところを選びながら進むことにも意識を割きながら答えてやると、

 

「ってことはこいつら海賊連中をどうにでもしても問題ねぇわけだよな。叩き潰しちまえよ、虫けらどもだ」

 

アーロンが言うように通りの両側に存在している破壊の跡はあったとしても店として何とか成り立ってはいそうな酒場やレストランにはいかにも海賊といった風情の連中が(たむろ)している。海軍がやっては来たが自分たちが標的ではないと知って呑気にもこの地にいまだのさばっている連中である。

 

「放っておけ。こいつらは雑魚だ。あとでどうにでもなる連中だからな」

 

そこへ目に飛び込んで来たもの、

 

通りの板張りの上に無造作に置かれていた一枚の大判の紙。

 

スマイル……。

 

ファミリーのマーク……。

 

まさか、奴らがこの島に来てるっていうのか。

 

その紙の周囲に目をやってみれば大量の血が飛び散っており、連なっており、その連なりの先には背中を覆う藍色のマントを凄惨にも真っ赤に染め上げた男が(うずくま)っていた。さらにその近くには刃に血の跡を残した巨大ナイフ片手に座り込む男。右往左往してやがる何人かの男女。巨大ナイフを持つ男はコートの下に何も着ておらず、これ見よがしにでかでかと彫りこんであるスマイルマークの刺青を見せつけている。

 

こいつら、なるほどそういうことか……。

 

「何だ? 虫けらどもでショーでもあったってのか」

 

背中合わせで俺と同じものを見ているこいつの勘は中々に鋭い。

 

「ああ、そんなところだろう」

 

 

「……ドフ…………ドフラ……ミンゴ……、あん……たに…………ついていく」

 

「おい、ベラミー。よせ、俺たちはもう見捨てられたんだ。んなことより傷を何とかしねぇと」

 

目の前に居る奴らが何者でここで何があったのか、詳しいところは分からねぇが大方想像は付く。クラハドールのように完璧にってわけじゃないが。

 

こいつらはジョーカーからあのマークを借りて海賊でもやっているごろつきなんだろう。見る限りは大して名のある海賊とは思えない。つまりはジョーカーのチンピラ共ってわけだ。そしてこいつらはヘマをしでかした。少なくともジョーカーの逆鱗に触れたのかもしれねぇ。で、奴の能力によって見事に操り人形にさせられて同士討ちになったとそんなとこだろう。

 

「おい、見せてみろ」

 

「何だてめぇは、……」

 

「俺は医者だ。背中に居るのは気にすんな」

 

「シャハハハハハハ、助けんのか。死なせてやった方が世界の為だろうが」

 

 

かもしれねぇがな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭に栗を載せたその男は切り株の椅子に座ってずっと何かを待っていた。傍らの巨大切り株のテーブル上には吸い殻の山と白い布袋に包まれた何か。

 

俺はと言えばテーブルのさらに傍らにあるもうひとつの切り株を椅子にしてその男と同じように紫煙をたなびかせながら同じ方向を眺めている。

 

そこには当然のように海が広がっているが、上空は何とも暗い。そこだけがまるで夜の訪れを受けている様に。

 

俺たちの間に今のところ会話はない。摩訶不思議なことではあるが……。

 

向こうではビビが黄色いカルガモの背に乗って栗男の住まいらしい風変りな建物を見て回っている。確かにその建物は異様ではある。まるで巨大な刃物で真っ二つにされたような形になっておりその断面らしい片側に一枚板が張られており、その板には張りぼてのように巨大な城が描かれている。作為を感じずにはいられない。

 

何とも不思議な空間である。

 

 

俺たちはこの島の西側の町モックタウンにて海軍より人間への呪詛の言葉を喚き散らす奴を引き取った。正確に言えば引き取ったのはローではあるのだが……。奴は今もあの状態のままでいるのだろうか? 俺には到底出来そうもない行為だ。あのアーロンとか言う魚人に対してリスクを最小限にして引き入れるための策であるのは確かだが。まあそもそもに契約自体をまだ交わしていないのであるからこれは確定事項ではない。

 

これからどうなることやらだな……。

 

そんな懸念を胸に秘めながらも俺たちはローとその背中にくっ付いているワンセットを放ったらかしにしてこの島の奥へ奥へとやって来ていた。

 

途中、少しばかり懐かしい連中とも再会を果たしている。サイレントフォレストにて俺の愛銃を提供してくれた相手、共にビジネスを立ち上げることを約束した相手。そう、南の海(サウスブルー)からやって来た天才的銃器設計者ブロウニーである。奴とは確かにここジャヤで再会することを約束していた。だが一抹の不安材料が存在していたのも確かである。なぜなら、ブロウニーが俺たちと仕事をすると決断した決め手はロッコの存在にあったから。当然のようにロッコは既にもういない。この取引自体が雲散霧消する可能性を考慮に入れていたのだが……。これがまた不思議なことにそうはなっていないのだ。

 

有ろうことかあの男は今度はビビのファンだから感激だとそうのたまっていた。この世は摩訶不思議だな、まったく。

 

「カルー!!! ねぇ、見て。すごいっ!!!」

 

突如として海からやって来た轟音。轟音以上の轟音。

 

あの夜の真っ只中で天高くへと突き上がる特大の水柱。その突然の大迫力はまるでここまで水飛沫が飛んできそうな錯覚さえ起こしてしまうような代物。カルガモの鳴き声が止むことはない。相当に驚いているようだ。ビビの歓声が止まることもない。確かにこんなものを見せられてしまってはな。

 

だが、栗男が驚きを見せることはない。ただ静かに煙草を口にしながら眺めているだけである。

 

「あんた、さっきから何を見ているんだ?」

 

どうにもこうにも気になった俺は思わず質問していた。

 

「……何を見ているか、だと? ……ああ、ロマンを見てる。分かるか?」

 

ロマンという単語が耳に入って来た瞬間に俺は何かを悟り、ゆっくりと、本当にゆっくりと紫煙を口から吐き出していた。

 

「ロマン、か……」

 

俺にはそんなことを口にするのが精一杯ではあったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベラミーと呼ばれている奴の治療は終わった。こいつらは言ってみれば後輩に当たる連中なわけだが、先輩風を吹かせるつもりは毛頭ない。そもそもにファミリーを薦めるつもりがない。こいつらはまだどうしようもないチンピラでしかなさそうであるが。

 

まあ、助言をするつもりもねぇがな……。

 

「おい、下等種族。これはてめぇらのことなんじゃねぇのか」

 

俺の物思いを邪魔してきたアーロンは一体どこから手に入れたのか最新の新聞を背後から寄越してきた。こいつは治療中も背後にいながら手伝おうともせずに勝手にメシを食らっていた奴である。まったく碌でもねぇ野郎だ。

 

で、

 

渡された新聞に目を通してみれば、

 

何だと!!!!!!!

 

これまた碌でもねぇ内容であった。

 

『ネルソン商会、キューカ島を強襲。“海の英雄”ガープ海軍本部中将に傷を負わせて逃走』

 

となっている。どういうことだ? 本来であればここには俺たちが四商海入りを果たしたという記事が載っていておかしくない。だというのに、この記事はキューカ島での出来事が全て俺たちによるものとしており、さらには最新の懸賞金額が載せられている。つまりは俺たちはまだ賞金首ということになっている。

 

何だ? 一体何が起こっている?

 

もっと深く考えようとして新聞から目を上げる。

 

逃げまどう海賊連中。

 

何だ? 今度は何があった?

 

「トラファルガー、また海軍船が現れた。今度は大将赤犬の船だ」

 

ようやく現れたクラハドールが(もたら)した情報は特大に碌でもねぇ情報であった。

 

 

俺たちはどこまで行こうとも地獄の中を進んで行くしかないらしい。

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

約半年ですか、
現実と折り合いを付けることの方を選択しておりました。
こうして次に繋げられたこと。今はそれだけが嬉しくてなりません。
言葉を紡ぐこと、言葉とストーリー、そしてキャラクターに向き合うことは難しいことではありますがやはり楽しい。

今後ともどうぞよろしくお願い致します!!!
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