ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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今回は8500字程、よろしければどうぞ!!


第53話 BH

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

 

頭の上に栗を載せたその男はモンブラン・クリケットと言った。

 

モンブラン・クリケット……?

 

モンブラン……?

 

…………!!

 

モンブラン・ノーランド!!

 

俺たちの故郷、北の海(ノースブルー)では広く知れ渡っている童話の中に登場する人物。そう言えばノーランドも頭の上に栗を載せていたではないか。この男を一目見た時からどこか懐かしい気持ちに囚われていたのはこういうことだったわけだ。

 

かくして本人にそれをぶつけてみれば、あっさりと認め、合わせてこれまでの紆余曲折な身の上話を語ってくれた。そこには何とも言えないロマンと哀愁が溢れていて、ビビも興味津津の態で話を聞いていた。というのも、俺たちには共通点がもうひとつ存在していたからである。

 

それは麦わらの一味……。

 

俺たちは皆、奴らを知っている。奴らがどういう人間たちかを知っている。奴らとどういう時間と空間を共に過ごしたかを知っている。それは皆それぞれ違うようであって同じであり、同じようでいて違うものかもしれないが、それぞれの中でもでかい存在であるのは確かだ。

 

いつしかテーブル代わりの切り株上には増え続ける吸い殻の山と布袋にたっぷりとラムの入った樽型マグ二つが加わっていた。

 

俺たちは奴らがとんでもなくバカであり、どうしようもない連中であることを嘆きあったし、どこまでも優しくてどこまでも情に厚い連中であることに涙した。

 

「……で、奴らは今あの立ち上る海流に乗って空島に行ってしまったと……、そういうわけか?」

 

ここまでの会話に思いを馳せて紫煙をまたひとつ吐き出しつつ言葉を乗せてみる。突き上げる海流(ノックアップストリーム)と呼ばれる先程のあり得ない光景をも思い返しながら。

 

「ああ……、多分な」

 

同じように紫煙を燻らせながら返ってきたクリケットの言葉には、奴らなら何事もなかったようにしてあの化け物海流を上って行ったであろうという思いと、あの化け物海流に遭遇すればどんな奴らでもひとたまりもないであろうという思いが交錯して含まれているような気がしてならない。

 

「……ルフィさんたち、ほんとに大丈夫かな……」

 

実はクリケットの思いはビビの呟きのように心配でたまらない方向に傾いているのかもしれないが……。とはいえ、不思議と俺には奴らがくたばっている姿は全く想像出来ないわけで、つまりはこいつらは心配し過ぎであるわけだ。

 

降り注ぐ陽光は辺りを覆う野原を柔らかくも照らしており、海風のそよぎは心地よくも優しく潮の香りを運んで来ている。

 

奴らはまたロマンを追っているんだろうな……。

 

樽マグを傾けながら奴らの笑顔を脳裡に思い浮かべてみる。

 

実に楽しそうではないか。

 

 

 

 

 

「おめぇらはアレだろ。ここを治めることになったとか言う商人じゃねぇのか。確かマシラがそんなことを言ってやがった」

 

クリケットからの話しの矛先はようやく俺たちに向く。それにしても情報が駆け巡るスピードは速い。もう俺たちの情報が出回っているらしいが、ならば話は早い。

 

「ああ、そうだ。俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)であるネルソン商会、この島を拠点にするつもりでいる」

 

返事と共に喉を潤して、またラムの甘い香りを少し堪能すれば、俺の口は更に柔らかいものとなり、

 

「実は俺たちも北の海(ノースブルー)出身なんだが、そこで酒を造っていた。『ロイヤルベルガー』っていう蒸留酒(ウイスキー)でな。こいつに少し残っていたはずなんだが……、飲んでみるか?」

 

と、スキットルを内ポケットから取り出しながら俺の口は勝手に自慢の一品を紹介している。

 

「おめぇら故郷の酒か。どれ……、……美味いな。たまには辛口も悪くねぇ」

 

「美味いだろ。こいつは北の海(ノースブルー)では結構な値打ち物になりつつあってな。かなりの高値で取引が可能だったんだが、俺たちはもう偉大なる航路(グランドライン)にいる。そこでだ……」

 

余程口に合ったのか中身を飲み干すようにしてスキットルを急角度で傾けたのちに、

 

「……フー、美味ぇーっ!! いい酒だな。……俺もこの通り酒には目がなくてな。少しばかり造ってもいる。この島に住み着いて随分と長いんでな、……だがこのラムじゃねぇぞ。ラムを造るにはこの春島の気候じゃあ無理だ。ここではトウモロコシを栽培してる。それをおめぇらの酒みたいに蒸留すりゃあいい味が出て来るんだ」

 

クリケットから語られる興味深い話は俺の話の続きを遮る価値は十分にあった。

 

「総帥さん、いい話ですね。またお酒が造れそうで………………」

 

全く以てビビの言う通りだ。

 

「ああ、そうだな。ここはひとつあんたが造った酒も飲ませて貰おうじゃないか。ゆくゆくはっていう先の話もあるがまずはそこからだろう。なぁ…………、うん? どうした、ビビ?」

 

クリケットと共に美味い酒と煙草に身を委ね、互いに上機嫌で今後の明るい展望へ向けてさらなるご馳走に与ろうとしていたところへ、まるで急に心変わりでもしたかのようにして眉間にしわを寄せながら目を閉じているビビ。

 

漆黒のシルクハット越しに左手で頭を押さえ、右手は自身の右のこめかめにやっている。

 

「水を飲んだらどうだ? 気分が和らぐかもしれん。汲んで来てやろう。ここの水は最高だからな……」

 

ビビの姿を突然頭痛にでも襲われたと考えたのであろう言葉がクリケットから飛び出すと、多少赤らんだ顔を見せながらも立ち上がって見せ、特にふらつくこともなくしっかりとした足取りで自分の住まいへと奴は戻っていく。バケツでも取りに帰ったのであろう。

 

奴の気遣いには悪いがビビの様子を見るに頭痛ではなさそうだ。能力を行使している中で引っかかる何かが聞こえてきたに違いない。この眉間にしわを寄せた表情は多分に良くない兆候であろうからして、酒と煙草の楽しいひと時もおしまいというわけだろう。

 

良くない兆候と言えば俺にも心当たりはある。

 

先程から見聞色にて感じられる二つの知らぬ気配。それはゆっくりとではあるが確実にこの場所へと近付いてきており、明らかにその動きには目的が感じられるのだ。

 

まあ、いいだろう。こんなことは俺たちにとってはいつものことである。

 

さあ、何が起こったのだ? お前が聞いているであろうそれを俺にもさっさと聞かせてくれ。

 

心の中で問い掛けながらビビを見つめてみる。

 

よく考えればこいつはついこの間までは真っ白な出で立ちでいたものである。全く以て有り得ないことではあるが。だが今ではもう俺たちのシンボルである漆黒のシルクハットを被り、漆黒のジャケットに腕を通し、漆黒のホットパンツを履いている。れっきとした俺たちの正装姿である。

 

素晴らしい。やはりこうでなくてはな。だが待てよ、あいつは黄色いままだったな。そこの草むらで足を伸ばして呑気にも寛いでやがるあのカルガモは……。

 

今に見ていろ、カルーよ。お前が黒に身を包むのもそう遠くない未来だ。特注のシルクハットも用意してやるからな。

 

「……総帥さん、事件です。モックタウンが騒がしくなってるみたい。海軍大将赤犬の船が現れたって……」

 

ようやくにして閉じていた瞳を開け、身を乗り出すようにしてビビが俺の知りたかった答えを寄越してくる。

 

「そいつは確かに事件だな……」

 

事件と表現して見せたビビのセンスに敬意を表して俺も同じ表現で返事をしてみる。

 

海軍大将の船が港に姿を現すことはそうそう滅多に起こることではない。ましてや首に賞金を掛けられている者にとっては絶対に起こってはならない事件のひとつだろう。だが今の俺たちはそうではない。ついこの間まではそうであったのだがそれは卒業したのだ。故にこれは事件なのかもしれないが大した事件ではない。逃げる必要も当然なく、何の用だと挨拶してやればいいだけのことである。

 

暫し黙考に身を委ねていた俺の手は再び樽マグを掴み取り喉へと流しこんでゆく。

 

実に美味い……。

 

酒の美味さに任せて、まだ続きを話したそうにしているビビに向かって頷いて見せ、先を促してみれば、

 

「それに、ローさんの声が聞こえてたんですが――――」

 

聞きたくはなかった内容が飛び出してきたわけである。俺は決して口に出すつもりはなかったが心の中で叫びをあげていた。

 

大事件ではないかと……。

 

こいつは本当に楽しい酒談議をやってる場合ではなくなってしまったようだ。首に掛けられていた賞金が消えたと思っていたところへそのまま継続中という情報を大々的に知らしめられているところへ、最も来て欲しくない相手である海軍本部大将が現れているわけなのだから。しかもよりにもよって相手はあの赤犬である。

 

新聞内容がどうであれ、俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)になっているのは間違いないはずである。俺たちは確かにキューカ島にてサインしたのであるから。先程アーロンと呼ばれる魚人を突飛な方法で引き取ったのであるから。

 

では新聞内容が間違っているのか? 有り得る話だ。キューカ島のオペラ会場にはモルガンズが居た。奴こそがその新聞を出している会社のトップなのだ。奴には情報操作屋という頂けない別名が存在している。

 

では情報操作されていると訴えてみればどうだろうか? ダメだ、誰に訴えるっていうのだ。少なくともあの赤犬が聞く耳を持っているようには思えない。故によりにもよっての相手なのだ。

 

新聞はここら一帯にばら撒かれていると見ていいだろう。俺たちの操作された情報は世に出てしまっていると見ていいだろう。

 

くそ……、やられたな……。

 

俺たちが取れる道は何だろうか?

 

 

「おい、あいつらもおめぇらの仲間か?」

 

深い沈思黙考から掬い上げるようにしてクリケットの言葉が飛んでくる。視線を移してみれば奴の手には木製のバケツが提げられていた。

 

そしてクリケットが言うあいつらとは……。

 

「いいえ、クリケットさん。知らない人たちです」

 

ビビが俺の代わりに返事をしてくれているが、ビビの言う通り俺も知らない奴らである。気配が近付いていることには気づいてはいたが……。

 

ひとりは異様な少女だ。なぜなら舞踏会にでも行くのかというようなドレス姿で鮮やかな金髪は巻きに巻かれているのである。ジャヤの東にあるこの未開の地に居ていい姿ではない。

 

もうひとりは戦場に赴く兵士が持つようなマントを羽織った男。色褪せた黒のハットを被り、もみ上げがこれでもかという主張を見せており、立派な口髭と顎髭がさらなる主張を重ねている。さらにはこちらへと向ける鋭い眼差しが主張に主張を重ねていた。

 

組合せといい、それぞれの佇まいといい妙でしかない。カルーが体を起して怪訝な表情を見せているのも頷けるというものである。

 

「嬢ちゃんたち、ここはダンスパーティーの会場じゃねぇぞ」

 

どうやらクリケットの奴も俺と同じように思っているようだな。

 

「お気になさらず……、私たちはダンスをしに来たわけではありませんのよ。……ねぇ、パパ?」

 

パパ? パパだと……? こいつら親子だっていうのか?

 

「こぉら、こぉら、キャァロォルゥ~♪ パパより先に行っちゃあダァメじゃないかぁ~~。ここは危ない島なんだよぉ~~」

 

なんだこいつら……。何なんだこいつらは……。

 

娘と思われる少女が振り返った途端に男からは先程までの凛々しくも鋭い眼差しが消え去って目尻は下がり、口元もだらしなく垂れ下がっていき口をついて出てきた言葉はこれだ。

 

「でもパパ? ケムリのおじちゃんがいないよ?」

 

「キャァロォルゥ~♪ ケムリのおじちゃんは今、カタナのお姉ちゃんと一緒に船の上だって言ったじゃないかぁ~~」

 

「え~、そうだったっけ~? ケムリのおじちゃんに会えると思ってたのに~。カタナのお姉ちゃんもいな~い」

 

「うぅぅ、キャァロォルゥ~、ごめんよぉ~~。パパがいけなかったんだねぇ~~。今度は必ずケムリのおじちゃんに会わせてあげるからねぇ~~」

 

「うううん、パパ♥ 私はパパがいてくれればそれでいいの」

 

「はぁわぁわぁ~~、なんて優しい子なんだぁ~~、キャロルゥ~ちゃん♪ 愛してるよぉ~~、キャァロォルゥ~~♪」

 

「パパ、大好きよ~♥ パパ♥ パパ♥」

 

さて、俺たちはこの光景を見てどうすればいいんだろうか? 生温かい目で見守ってやればいいのだろうか? それともなんだ、祝福の拍手でも贈ってやればいいのだろうか?

 

そのキラキラとした光景を見ていられなくてふとビビに視線を移してみれば、こいつはこいつでなぜか少し羨ましそうに眺めている。

 

もしやお前も幼少期にはそんな感じだったのか? あの賢人と呼ばれるコブラ王があのような感じだったって言うのか? もうあの頃には戻れないという寂寥感(せきりょうかん)と共に昔を懐かしんでいるとでも言うのか?

 

なんと嘆かわしいことだろうか。否、嘆かわしくはないか、寧ろこれは賞賛すべきことなのかもしれない。これこそ親子の有るべき姿なのかもしれないではないか。

 

「どうだ、嬢ちゃんたち。今からこの島の美味い水を汲みに行くところなんだが、嬢ちゃんたちも飲むか?」

 

少なくとも少しは酔っているはずのクリケットがこの光景を本当に理解しているのか何とも疑わしい介入の誘いだが、

 

「かたじけない。頂こうか」

 

「うん。ちょうだ~い」

 

また鋭い顔つきに戻った父親と可憐な少女には申し分ない誘いだったらしい。二人の答えに気を良くしたクリケットは森の中へと消えて行った。

 

 

それでだ、そう言えばこの親子の会話の中で妙に引っ掛かってくる言葉があったな。……ケムリのおじちゃん。そう、ケムリのおじちゃんだ。ケムリのおじちゃんとは……?

 

己の脳内で検索を掛けていくと思い当たる人物が浮かび上がってくる。ケムリ……、白猟のスモーカー。そうかあのケムリ野郎のことに違いない。だがそうなるとこいつらは海兵と知り合いということになる。一体こいつらは何者なんだろうか?

 

「あんたらはあのケムリ野郎と知り合いなのか?」

 

本人たちに直接聞いてみるのが一番であろうというわけで質問をぶつけてみるわけだが、

 

「あぁん?! ぶっ殺されてーのか?? ケムリのおじちゃんだって言ってんだろが、おっさんっ!!」

 

思いもよらない答えが返って来たのである。

 

今こいつは何と言った? おっさんと言いやがったな。確かにこいつは今俺のことをおっさんと言いやがった。

 

絶句である。これはまさに絶句だ。

 

今ようやく理解できた。こいつらは豹変親子ってわけか。

 

くそ、それにしても、それにしても、おっさん、おっさん、おっさんか……。甘んじて受け入れるしかないのだろうか。

 

「……キャロルちゃん、ごめんね。ケムリのおじちゃんだよね。……でも、この人にはせめてお兄さんって呼んであげてくれないかな?」

 

ビビ、お前は優しいな。素晴らしいよ、その健気にも俺をフォローしようとしてくれるその心遣い。

 

「は? おっさんはおっさんだろーが、おばはん」

 

っておい。お前は俺たちの心をどこまで折れば気が済むんだ? もう勘弁してやってくれ。俺はいい。俺はいいのだ。百歩譲って、百歩譲ってだがおっさんを甘んじて受け入れようではないか。受け入れてやろうではないか。だがしかしだ、この可憐な王女(プリンセス)であるビビを捕まえておばはん呼ばわりしてはダメだ。そんなことをすればこいつの父親が泣くぞ。あの賢人で名高いコブラ王が号泣するぞ。

 

心優しいビビはぐっと堪えて笑顔を崩さずにいるかもしれないが、

 

「うぅぅ、総帥さ~ん……」

 

振り返ったビビの目には涙。

 

そうなるよな。

 

「ビビ、お前はよくやった。よくやったよ。お前は何も悪いことはしていない」

 

慰めの言葉を掛けてやるしかないのだ。

 

「キャァロォルゥ~~♪ ぶっ殺すだなんて言葉を使っちゃあダァメェ、ダァメェよぉ~~。お行儀が悪いじゃないかぁ~~」

 

「パパ~、ごめんね~。私、パパのためにもっとレディになれるように頑張るわ~。だから許して~」

 

「キャァロォルゥ~~♪ いい子だよぉ~~。パパは許しちゃうぞぉ~~」

 

まったく、こいつら……。勝手にやってくれ……。

 

「……あんたかい、ネルソン・ハットってのは……」

 

不意に飛び出してくるのは父親からの低く押し殺したような声音での質問。どうやらこいつらは俺たちに用があるらしい。

 

「懸賞金4億8000万ベリーの賞金首、ですわよね」

 

娘の方から掛けられた言葉の内容がそれをさらに裏付けてゆくと同時に、ローが話していたという新聞の内容までもが裏付けられてゆくわけだ。その新聞を見た人間が目の前にいるわけであるから。でなければ俺の最新の賞金額を口にしたりは出来ないであろう。

 

だが一体こいつらは本当に何者なんだ?

 

正義のコートを羽織ってはいないのであるからして海兵というわけではなさそうだ。であるならば……。

 

「ああ、そうだが。ひとつ訂正をしておきたい。俺はネルソン・ハットで間違いないが賞金首ではない。今朝の新聞には新たな賞金額が載せられていたのかもしれないが、俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)なんでな」

 

まあいいだろう。ここはしっかりと正しいことを口にしておくべきだ。こいつらがどう判断するのかはまた別の話ではあるが……。

 

「……総帥さん、いつもドレスを着ている女の子を連れたマントの男。私、そう言えば知ってた。……あなたは狙撃手(スナイパー)ではありませんか? そのマントの中、見せて貰ってもいいですか?」

 

そこへ、切り株の上に涙で濡らした顔を伏せていたビビがふと思い出したかのようにして顔を上げ立ち上がると、父親の前まですたすたと歩いてゆき呟くのである。

 

「いいだろう」

 

の返事と共に逞しいもみ上げを誇らしげに風に靡かせる父親が自身のマントをさらりと広げて見せる。そこで俺の目に飛び込んで来たものは……。

 

イチ、ニ、サン、シ、…………、一体何丁持っているのだ。こいつは一体……。

 

「……31丁拳銃……、あなたは子連れのダディですね」

 

「いかにも」

 

ビビの問い掛けに対してその父親は鋭い眼差しを湛えた不敵な面構えを見せてそう言ってのけた。

 

「わたしも似たようなことを昔やっていたのであなたのことは知っています。政府に極めて近い賞金稼ぎ組織が存在していると。その名は“イトゥー会”……。いつからか忽然と世に現れた謎の組織。でもその組織に属している賞金稼ぎは途轍もなく強くて億越えの賞金首にしか手を出さないと……。そしてあなたはそこで“中堅”を務めている“BH”ですね」

 

「……申し遅れた。イトゥー会“中堅”BH、我が名、ダディ・マスターソンと申す者」

 

奴はビビの言葉に黙して耳を傾けたのち、とても静かに己の名を名乗って見せた。

 

そして次の言葉にて、

 

「ネルソン商会総帥、ネルソン・ハット。“黒い商人”、懸賞金4億8000万ベリー。イトゥー会の名に懸けてその首、貰い受けに来た」

 

そうのたまったわけである。

 

 

まるで決闘に参上して来たかのようにして……。

 

 

 

 

 

俺たちがまずやるべきことは何か……。

 

それは連絡を取り合うこと。故にして懐から小電伝虫を取り出して見せたわけであるが反応がない。小電伝虫は寝ているわけではない。寧ろその眼は爛々とこちらを見つめ返しているのだが受話器の向こうからは全く何も反応がないのである。

 

「総帥さん、まずい状況かも。広域の念波妨害をされている可能性があります」

 

聴く力に一際(ひときわ)秀でたビビが物騒なことを言い出している。

 

念波妨害だと……、しかも広域の……。

 

一体全体何が起こっている?

 

真実を捻じ曲げられた新聞報道、海軍本部大将赤犬と億越えしか狩らない賞金稼ぎの登場、そして広域の念波妨害による通信遮断。

 

俺たちの与り知らないところで何かが動いている。そしてその矛先は間違いなく俺たちに向かっている。

 

 

地獄の業火を駆け抜ける一本道……。

 

 

「嬢ちゃん、この水は美味いぞ。たんと飲むがいい」

 

「おっさん、……失礼、レディとしてはしたない言葉でしたわ。おじさま、頂きますわ」

 

「キャァロォルゥ~~♪ 偉いじゃないかぁ~~。おじさまだなんて言葉使い、パパは嬉しいぞぉ~~」

 

「パパ~。私はもう立派なレディになったんだもん」

 

「あぁ~~、そうだねぇ~~、キャァロォルゥ~~♪ そんなキャァロォルがパパは大好きだよぉ~~」

 

「パパ~~♥ もう私も大好きよ~~、パパ♥ パパ♥」

 

……これが地獄の業火だろうか?

 

キャッキャしている眼前の光景を眺めるにそれとは程遠い状況である。

 

否、そんなことは考えまい。真実がどうであれかかる火の粉を振り払わなければ俺たちに明日がなさそうなのは確かだ。

 

「ビビ、すぐにモックタウンに向かえ!! この場の状況をあいつらに伝えてくれ。ペルの声は聞こえるか?」

 

ビビからの返事は首の横振り。奴は単独行動をしているってわけか。

 

「ペルとも何とか連絡を取り合ってくれ。この状況での通信手段はお前たちが頼りだ。俺たちはこいつらを退けない限りは何も発言することは叶わないだろう。ここは何とかしておく。急げよ。……カルー、今日はお前のアラバスタ最速の健脚が是が非でも必要になるぞ、気張れよ!!」

 

俺の叫びに対してビビは強く頷いて見せ、カルーは威勢良く鳴いて見せる。

 

 

「さあて、相手になろうか、BH」

 

(なび)く風の心地良さとは裏腹にして辺りには張り詰めた空気が漂っていた。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

区切りがよくてここまでとさせていただきました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!

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