ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

59 / 99
皆さま、ご無沙汰しております。

今回は9400字程。

よろしければどうぞ!!


第57話 僕はここにいるよ

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

世界をとる……。

 

俺たちのボスはそう言った。抽象的ではあるが非常に端的でもあるその言葉は俺たちの中で確かに意味を持ち始めている。

 

世界は地獄であることの方が多い。生まれて間もなくして気付いたことのひとつだ。少なくとも俺にとってはそうだった。

 

有る筈だった希望を根こそぎ奪い、どこまでも変わらぬ絶望を与えられ……。

 

 

だが、

 

地獄とは与えられるもんなのか? 見せつけられるもんなのか?

 

否だ。

 

そんな決まりは存在しやしない。

 

ならば、

 

与えてやればいいじゃねぇか。見せつけてやればいいじゃねぇか……。

 

 

地獄ってやつをな……。

 

世界をとるにはそれが必要だ。

 

 

 

 

 

太陽が沈む直前、世界にその存在を誇示する最後の瞬間。俺は最大限の能力発動を以てして、この島に二つの“(サークル)”を張り出していた。

 

ひとつはこの島全体をすっぽりと覆うもの。それは俺の執刀領域。

 

もうひとつはこの町を範囲指定しようかというもの。それは俺の集中治療域。

 

俺の世界。俺が(つかさど)る世界。

 

 

今、世界は回っている。

 

 

「……トラファルガー、貴様が回転屋稼業にも興味を持っていたとはな」

 

少し離れた先にてぐるぐると回っているクラハドールから飛び出してきた言葉。回転(ローテーション) “大気(アトモスファー)”で集中治療域内の空気に回転運動を起した上で、さらに“大地(グラウンド)”で地に対しても回転運動を起こしてやった。

 

故にクラハドールはぐるぐると回っている。少し離れた先にて俺の周りを……。とはいえ、奴は回りながらも微動だにはしておらず、時折眼鏡をくいと上げる動作も怠りはしないが……。

 

回転屋稼業ってなんだ? 俺にはそれがどんな職種なのか皆目見当もつきはしない。……遠い昔にそれに似た野郎がいたが果たしてな……。

 

「クラハドール、俺は医者だぞ」

 

至極真っ当な俺の返事に対し、

 

「医者は世界を回転させたりしねぇだろうがーっ!!」

 

枷にて俺と背中合わせになって浮遊しているアーロンから言葉が飛び込んでくる。こいつも回転させられてぇんだろうか。

 

でも確かにな、医者は世界を回転させたりしねぇのかもしれねぇが、世界を回転させる医者がいてもいいんじゃねぇかとも思うわけだ。

 

建物を形作っていた、街路を形作っていた板が空中を回っている。さっきまで悠然とそこに聳え立っていたヤシの木でさえも地から引き剥がされたうえで空中をただ回っている。

 

そして、

 

この世のものとは思えない業火で燃え盛るマグマの塊もまた空中を回っている。しかも複数がだ。

 

見せつけてやる地獄。これがそうである。

 

相手は海兵。その中でも頂点にいる奴だ。……赤犬屋。奴もまた回っている。地に足を付けてはいるがぐるぐると回ってやがる。例外は存在しないのだ。俺の執刀領域、はたまた集中治療域にては。

 

「……回せば何とかなろぅ、思うちょらせんやろぅなぁーっ!!!」

 

ぐるぐる回されながらも、凄絶なまでの気迫を以てしてぶつけられてくる赤犬屋の言葉。

 

バカ言え。誰も回すだけで海軍本部最高戦力をどうにか出来るなどとは思ってはいない。

 

それでもだ。集中治療域内の外縁部は地獄そのものの様相を見せている。マグマの塊は飛び交う木片を次々と炎に変えていっており、それが外縁部にて回されている海兵どもに容赦なく襲い掛かるのだ。聞こえてくる叫びは魂から迸るもの。終いにはマグマの塊そのものが襲い掛かり更なる地獄絵図を描きだす。

 

「……おまえ、本当に医者か?」

 

俺が描きだす光景を目の当たりにして背後から呟かれる言葉に対し返す言葉はひとつだけ。

 

「ああ、治療中だ」

 

だから、黙れと言いたい。医者の治療中には黙ってるもんだろう。

 

「テェルゥゥ」

 

それでも医者の言うことを聞かねぇ奴はいるもんで、

 

「御大将っ、それがしならここにーっ!!! むむっ、鉄矢(クロガネーヤ)

 

塔の上にて我が物顔をしていた弓使いが空中をぐるぐる回る中でも上司に対して答えて見せ、姿勢さえ定まらないであろうにテルと呼ばれるそいつは漆黒に武装硬化された矢を放ってきやがった。

 

「どいつもこいつも、医者の言うことは聞くもんだぜ」

 

大気が回転運動中でありながらも覇気を纏った矢はそれを抗って、突き破ってこちらへと向かってくるわけであるが、っておい。

 

 

なんだこれは、人の姿か?

 

「クロガネーヤは亡き祖母の名前ーっ!! (くろがね)のような方であったわーっ!! 食らえ! 食らえ!」

 

怒りの形相である(ババア)が幻視出来る。それが倍倍にて増えてゆくのだ。漆黒のババアが倍々で増殖してゆく。

 

悪夢でしかねぇな……。

 

「シャンブルズ」

 

「むむっ、なにゆえ……、婆様っ、それがし昨日もしかと墓前にて……」

 

バカ言え。老婆からしたら医者の言うことは絶対だ。

 

こちらへと飛翔してくる矢を入れ替えて奴へと逆戻りさせてやれば返ってくる言葉は疑問の声。

 

孫と医者ならどっちが大事か? そりゃ医者に決まってんだろ。

 

「そうだな。執事としても医者の意見には従うのみだ。……一目斬(いちもくさん)

 

さすがはクラハドール。頭が回る奴は医者に抵抗したりはしねぇもんだ。

 

回転運動に身を委ねながら両手に装着した“猫の手”を以てして一直線に弓使いへと立ち向かってゆく。

 

対する弓使いは己に返って来る覇気を纏った矢とクラハドールの研ぎ澄まされた十本刃を、

 

鉄塊(テッカイ)武装 “(ヨロロイ)”……。爺様、どうか猛る婆様をお鎮め下されーっ!!」

 

自らの身体に武装色の覇気を纏わせることで受け止めやがった。六式までもを駆使してるに違いない。さらにはこいつの爺の名がヨロロイなのかもしれないと。まあどうでもいいな。

 

とはいえ、最高速であろうスピードを弾き返されたクラハドールが今度は空中をぐるぐると回転させられる羽目に陥っている。

 

まあ、良かったじゃねぇか、これでお前も回転屋稼業とやらの仲間入りだな。

 

だが、

 

こいつの本業は執事であり参謀稼業であったはず。

 

参謀として考察の時間を与えてやる必要があるだろう。

 

ゆえに、開いていた右の掌を勢いよく拳状へと変えてぴたりと止める。

 

引き起こされるは回転運動からの緊急停止。

 

 

つまりはご臨終ってわけだ。

 

 

緊急停止は急激であるからこそ時が止まる瞬間を作り出すことが出来る。一瞬だけではあるがその一瞬だけでも止めることが出来れば必勝の形を生み出すことが可能。

 

現に赤犬屋であろうとも無防備に体勢を崩しつつあり、俺の左手は鬼哭(きこく)を……否、途中で離した得物は空中にあり、左手を動かせば鬼哭(きこく)は抜刀されて、

 

死の刀(ステルベン)

 

赤犬屋の背後目掛けて突き貫いてゆくのだ。俺はシャンブルズを駆使して奴の懐へと潜り込むだけであった。

 

そして、生み出すは大気を一瞬にして煌めかせるような光……、

 

「イエローナイフ “死の光(カルネージ)”」

 

(ノース)の極圏では稀に煌めくような発光現象が起こると云う。こいつは体内に一瞬の光を、癒しのような煌きを放つが、それは体内全てを、内臓を、血管を、神経を、精神を虐殺(カルネージ)。武装色のマイナスを纏えば確実に相手の根源を断ちゆく一撃となるもの。

 

死の光は赤犬屋の背中を穿ち……、奴の口より夥しい量の血反吐を吐かすことに成功するも、眼前の(いわお)のような身体は一瞬にして燃え盛り、業火へと変わり果て、急激な燃焼にて酸素を奪われ()せ返るところを。

 

「……ごほっ……、ええ……、覚悟じゃぁ……」

 

赤犬屋が口から鮮血を迸らせながらも、こちらを見詰める瞳は(いささ)かも光を失っておらず、

 

冥狗(めいごう)っ!!!」

 

強烈なまでの熱と炎を(たぎ)らせた右拳を繰り出してくる。それは間違いなくも黒く変色しており、纏われているのは最大級の武装色。

 

奴の根源に対して激烈なダメージを与えてやったと見るも、放たれた右拳のスピードは衰えたようには知覚できず、たとえ見聞色を働かせていようとも回避出来るようには到底考えられない。

 

「大将でも下等種族だろうがっ!! やってやるぅっ!!!」

 

そこへ俺自身の体勢が崩されてゆき、否、背後のアーロンが魚人としての桁違いの(パワー)を使って無理矢理にでも赤犬屋の放つ右拳に正対し、

 

「“(シャーク)ON(オン)COMBAT(コンバット)”」

 

同じく拳を振りかざしてゆく。

 

「おい!! バカっ!! てめぇの拳なんかじゃ……」

 

 

一瞬の激突。背後で感じられる爆発するような熱風、(たぎ)る炎。人間とは桁が違うはずの魚人の(パワー)が押し潰されたことがはっきりと伝わるも一瞬の静寂が漂い、

 

「ぐっ……、……ぐっおぉぉぉっ!!!!」

 

凄惨とも表現出来る雄叫びが背後より放たれて、

 

アーロンは、俺は、……俺たちは、意識を刈り取られるような衝撃と共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

地獄を見せてやる。地獄を見せられてるのは果たしてどちらか。

 

くそ……、相手は大将だ。地獄そのものの相手だ。

 

這い蹲ってる場合じゃねぇ。

 

無理矢理にでも立ち上がり、枷の先に繋がっている相手を再び能力によって浮遊させてゆくが、背後からの反応は明らかに乏しい。無理もねぇだろう。マグマと化して武装色を纏われた拳の一撃は魚人と言えどもひとたまりもないはずだ。

 

とはいえ決して一方的な戦いではないのだ。赤犬屋にもダメージを与えることは出来ている。覚醒の序章を迎えたオペオペの能力(ちから)は海軍本部大将相手にも確かに通用した。

 

地獄を見せつけられるだけじゃねぇ、地獄を見せつけてやることが出来る。多少なりとも……。

 

だがそれでも、正攻法ではまだ分が悪いか……。

 

であるのならば、必要となるのは俺たちの参謀の力だ。先を見通して、業火のその先へ地獄そのものであるその先へと筋書きを通す閃きである。

 

「クラハドールッ!!!」

 

想いをぶつけるようにして奴を呼んでみれば、

 

「……最初から分かっていたことだ。駆け抜けるには筋書きが必要になることは。……ここは、シャンブルズ作戦(フォーメーション・シャンブルズ)といかねぇか」

 

不敵な笑みを湛えながら鋭い刃先で自らの眼鏡をくいと上げて見せる俺たちの参謀の冷静も極まる声音が聞こえてきた。

 

 

なるほどな、更なる治療をというわけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そら、そうやろなぁ……。

 

わいたちはこのジャヤっちゅう島で有りえへん事態に陥っとるみたいや。ハットもローもジョゼフィーヌも敵と相対しとる。ばら撒かれた新聞にはわいたちが四商海やないっちゅうことになっとるらしいし、さらには電伝虫を使えんよう念波妨害されとるっちゅう話や。

 

ほんまにど阿呆な話やで。

 

せやけど、わいたちにはジョゼフィーヌがおる。あいつの見聞色マイナスは本物や。わいたちの見聞色に同期が出来るんやからな。あいつはほんまど阿呆な奴なんやけど、それはまあええか。

 

ほんで、クラドルの奴が脚本用意しよったと。そこへ向けて頑張れっちゅうわけや。

 

「なぁ、ペル隊長」

 

「……料理長殿、何度も申し上げておりますが私は隊長代理でして……」

 

「そんな固いこと言わんと……」

 

わいは今、空を飛んどる。まあ実際飛んどるんはこのペル隊長やけどな。世界でもトリトリの実を食べた奴はそうそう居らんっちゅう話や。さっすがペル隊長やないか。ビビの嬢ちゃんがキラッキラッした()で見るわけやで。

 

わいもキラッキラッした()で見詰めとったんかもしれへんなー。

 

いつやって来るか分からへんけど、狙撃するタイミングが出てくるやろうってことで(たっか)いヤシの木の上で昼寝、もとい、監視をしとったわけなんやけど。どうやって探したんか知らんがどこからともなく現れたんやなペル隊長は。

 

ええことやでー、ほんまに空飛ぶっちゅうんはな。ロマンがあるやないか。ハットに聞かせたったら泣いて悔しがりよるかもしれへんな。あいつはほんまにけったいなロマンチストやさかいなー。

 

「ところで、料理長殿。先程、狙撃を行うとおっしゃいましたね。しかも飛んでいる私の上にいながら。そのようなことが可能で?」

 

「アホ言うたらあかんで、ペル隊長。わいを誰やと思っとんねん。オーバンやで。阻撃者(ブロッカー)って呼ばれとるザイ・オーバンや。舐められたらかなんなー」

 

「……、隊長……、……失礼しました」

 

ペル隊長は申し訳ないっちゅう顔しながらわいの方見上げてくれるんやなー。

 

風が心地ええわー。これはあれやろ、秋風っちゅうやつや。

 

「わいに任しとったらええねん。大船に乗ったつもりでおったらええ。……って、ハハハッ、こらペル隊長、あんたのセリフやったなー」

 

「ええ、そうですね」

 

ペル隊長はそう言ってにんまりしながら茜の空を駆け抜けていくんや。かっこええやつやでー。

 

「そうや、ペル隊長。実はあんたに聞いとこう思ってたことがあるんやけどな」

 

「なんでしょうか?」

 

「あんたがわいらの船に乗るんはビビの嬢ちゃんを守るためなんやろ。まああの()はええ子やからな。可愛いし、何とも可憐や。分かるで、うんうん。痛いほど分かるなー。で、想い人やとそういうわけやな」

 

「……、え? 何を……」

 

「ああ、隠さんでもええんやで。わいは全部(ぜーんぶ)わかっとるんやさかいな。王女と隊長か……、忍ばれる恋っちゅうわけやな。おおう、切ない話しやないか」

 

「……、まさか、……料理長殿っ!!! ビビ様ですぞっ!!!!!」

 

「……うぉ、うぉうぉうぉっ!!」

 

わいの話に突然のように感情的になって急降下してしまうペル隊長や。あかん、図星やないか。

 

「……申し訳、……ありません」

 

「そないに心揺れ動かされるっちゅうことは、まあそういうことなんやな」

 

「いいえっ!! 私は一言もそんなことは申しておりません」

 

「それやったら、ビビの嬢ちゃんのことは(なーん)も想ってへんっちゅうことでええんか? 大嫌いやと、それでも世話せなあかんから付いてきたとそういうわけか?」

 

「……そうおっしゃられますと……。ビビ様のことは大好きでありますが……」

 

「ほれみー、やっぱりそうやないか」

 

「いえ、決してそういうことではなくてですね」

 

「せやったら、どういうことやねんな。何事も中途半端はあかんで、ペル隊長。男ってもんはな、はっきりせんとあかんねん」

 

「……う………、そうですね……。…………? ……って、その手には乗りませんよ」

 

「ちっ、あと一息やったんやけどなー」

 

「料理長殿もお人が悪い」

 

「ああ、勘忍や。勘忍やからもうちょっと飛んでくれへんか」

 

あの陽が沈むころには作戦開始やろなー。

 

 

さて、一丁やったるかー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……来る。

 

 

今だわ。

 

 

見聞色にてタイミングを図っていた私はその時が来たと“花道(はなみち)”に手を掛けて、

 

抜刀し、振り上げた先にて私たち目掛けて高速で飛翔してくる矢を一刀両断にに叩き斬って見せた。

 

武装色を纏われたそれは中々の威力にて背後へと飛び退いてゆく。もう何回飛んでくる矢を叩き斬ったことだろうか。

 

「ふぅ、間に合ったはいいけど。相手もしつっこいわね~。ビビ、大丈夫?」

 

花道(はなみち)を鞘に納めながらもビビを案じてみれば、

 

「ええ、ありがとう、ジョゼフィーヌさん」

 

迸る汗を拭いながらも微笑みを浮かべて返してくれる。

 

 

 

ローとの情報交換を終えて、危険が迫ってると急いで駆けつけたところ、間一髪でこの子のピンチを防ぐことが出来た。手足に少なくない傷を負い、血を流しているところを見るに既に何度か矢の攻撃を受けていたことが見て取れた。やられてなかっただけ良かったと言えるがもう少し合流が遅れていれば危うかったであろう。

 

王女とはいえ、それなりに戦闘経験を積んでいるし度胸もあるように思うけど、覇気使いを相手にするには厳しいことは確か。守ってやらなければならない。

 

優に10mは超えるであろう木々が聳え立つ森の中でも陽が傾いていることは感じられ、生い茂る葉によって少しばかり暗がりが広がりつつある。

 

「あんたにもレッスンを付けなきゃね、覇気について。これから先のことを考えたら必要だわ。……でも、見聞色は素質がありそうな気がする。なんたって、モシモシの能力だもん。ある意味見聞色みたいなものだし……って、ビビ、どうかした?」

 

少しだけ陰りを帯びた表情を見せているビビに対して声を掛けてみる。彼女を載せているカルーも少しだけ心配そうな表情で様子を窺っている。

 

「……ジョゼフィーヌさん、16歳ってもうおばさんに入るんでしょうか?」

 

は? こいつはまた……。

 

「ねぇ、ビビ、あんたそれ……、私に喧嘩売ってんの?」

 

「……へ? いや、決してそんなつもりは……」

 

私の怒気を孕んだ表情にようやく気付いたのだろう。首を左右に振りながら、手を左右に振りながら何とも必死の表情で弁解をするビビ。

 

この子は本当にどこかしらが抜けているのだ。まあそれがとても可愛く思う部分であり、良いところでもあるのだが。時々、本当に王女だったのか。よくも務まったものだと思ってしまう時がある。

 

「はぁ~、あんたねぇ……。あんたがおばさんだって言うんなら私はどうなっちゃうのよ」

 

まったくである。28にもなった私は一体どうなってしまうというのだろうか。30代からの美の秘訣について真剣に考えなければならないなどと考えてしまっている私は一体……。

 

まあそれでもそんなことを考える切っ掛けになったことがあるに違いないと思い問い質してみれば、

 

「そんな生意気なガキはね~、もう両のほっぺたをおもいっきり引っ張ってやればいいのよ。どの口がそんなことを言ってんのって具合にねっ!!!」

 

私の怒りはさらに増幅してゆき、気付けば黄色いカルガモのほっぺたと呼べるのかどうか分からない部分を思いっきり(つね)っていた。

 

「クッ、クッ、クエ―ッ!!!」

 

「ジョゼフィーヌさん、落ち着いて!!! それはカルーよ!!!」

 

「……ああ、ごめんごめん。怒りに我を忘れてしまってたわ」

 

眼前のカルガモは若干涙目になりながら私の方を睨んできている。相当に痛かったらしい。まあ仕方がない。私の怒りの沸点を超えさせるには十分な話の内容であったから。

 

 

 

 

 

その後、気付けば飛んでくる矢が止まったなと思えば、見聞色に訴えかけてくるものがあり、クラハドールからの作戦概要を聞かされていた。勿論私の機嫌の悪さは大して変わっていなかったので存分に八つ当たりに使わせてもらったが。

 

開始は陽が落ち切る頃合い。

 

やってやろうじゃないの。このどこに向けたらいいのか分からない怒りの矛先を求めてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

 

島の東、暮れなずむ時刻に差し掛かり、空は帯状に薄らとピンク色が漂っている。ビーナスベルトの時間ってわけだ。

 

「あんたの首を貰い受けるに当たり、決闘方式を取らせて頂こうか」

 

子連れのダディとやらは確かにそう言った。

 

下界にビーナスが舞い降りて来ているというのに、決闘とは穏やかではないな……。否、首を貰い受けると宣言されている時点で既に穏やかではないが……。

 

相手になると口にした以上は提案に乗ることも(やぶさ)かではない。互いに銃を武器として扱うわけであるし、戦いにある種の制約を設けるというのも面白いかもしれないではないか。

 

賞金稼ぎという生業はこのような方式で戦うものなのかもしれないな。なんでもありという状況で戦ってきた身としては少々新鮮な部分がある。

 

そして、善は急げってやつなのか。早速にも手続きは始まってゆき、キャロルと呼ばれるダディの娘が何やら書類を持ち出してきた。決闘誓約書なるものらしい。この決闘の条件が記載されている。

 

俺が負ければ身柄を海軍に引き渡される。賞金額を下げることを避けるために殺しはしないらしい。逆にダディが負ければ賞金稼ぎ稼業から足を洗うとある。互いに退けない条件だな、これは。

 

最初に背中を合わせたところからスタートして互いに1歩ずつ離れていき10歩以内に引き金を引きあうと書かれている。チキンレース、望むところではないか。

 

 

だが、問題がひとつある。それはこの場にずっといるわけにはいかなくなったということ。女神が織り成したビーナスベルトは儚くも消え去りつつある。宵闇は島の東側より急速に迫って来ている。

 

シャンブルズ作戦(フォーメーション・シャンブルズ)

 

俺たちの目的は何なのか? 最も重要な目的は何になるのか?

 

それはカールを何としてでも失わないことだ。

 

そのためにはカールを追う存在がどうしても必要になる。だからこその作戦(フォーメーション)

 

俺がここにとどまっているわけにはいかない。時間はもうない。全くとないと言っても過言ではない。

 

さて、どうするか……。

 

 

サイン欄……、――――――――――――!!

 

 

「ネルソンと、ただそれだけにさせてもらってもいいだろうか」

 

己の感情を億尾にも出さずに、形振り構わない選択肢を俺は選び取っていた。

 

 

ただその後にダディより告げられる言葉。

 

これは誇りを懸けて行うものであると。銃を持つ者は、扱う者は己の銃に誇りを懸けて戦うのだと。

 

その言葉を放った時の奴の眼光は一際鋭いものであり、自らの娘に対する態度とはかけ離れた厳しさが存在していた。当の娘も沈黙を貫いており、その様子に思うところがあるのかクリケットでさえも厳かな佇まいを見せ……、

 

 

決闘は前置きを挟むことなく始まりを告げる。

 

 

 

互いに背を合わせ。

 

 

 

勝負は一瞬、物言うは反転動作と射撃のスピード、さらには正確性。

 

 

 

つまりは、積み重ねた鍛練と経験、幾許かの運を賭け合う。

 

 

 

それでも、

 

 

 

1歩目、俺は何でもないことを考えていた。

 

 

 

晩酌のお供である『ロイヤルベルガー』はあと何本船に残っていたんだったかと。

 

 

 

海風がそよぎ、

 

 

 

辺りは暗さを増してゆき、

 

 

 

互いの息遣いだけしか聞こえず、

 

 

 

己の右足は決まった歩幅を以てして、

 

 

 

視線下の草叢(くさむら)を踏み固め、

 

 

 

2歩目の…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島

 

森の中のカフェ。

 

僕たちはそこを目指して進んでる。

 

 

でも、本当はそうじゃないことを薄々だけど知っている。

 

これはどこまでいっても化かし合いでしかなくて。

 

余裕なんてちっとも持っちゃいないのに、心底余裕があるフリをして。

 

キレイなお姉さんのあとを尾いていく。

 

 

森の木々の背丈はとても高くて見通しは悪い。

 

この演技は一体いつまで続ければいいんだろうか。

 

どこまで続ければいいんだろうか。

 

それでも、

 

キレイなお姉さんは時々振り返って優しく微笑みかけてくれる。

 

そんな笑顔を見た僕はどうしようもなく信じてしまいそうになるんだ。

 

本当にどうしようもないね、僕ってやつは……。

 

 

ただ、

 

カフェはあるんだよ。

 

目の前に見えてくるんだよ。

 

どこまでも演技は続いていくんだよ。

 

だから僕もそれに合わせて微笑みかけるんだ。

 

何も疑ってなんかいないってね。

 

 

 

でも、

 

僕はひとつだけ、

 

だたひとつだけ、

 

仕掛けをしたよ。

 

自分がこのあとどうなるのか気付いてしまっていたから。

 

ダルマさんが転んだをしたんだ。

 

キレイなお姉さんが鬼になってさ。

 

僕は逃げるんだ。

 

 

そこで一瞬だけサイレントを使った。

 

声の途切れをこの島に残した。

 

聞いているお姉さんが必ずいると知っていたから。

 

僕はそこに懸けた。

 

精一杯の叫びを残したんだ。

 

サイレントだけどね。

 

 

 

 

僕はここにいるよって。

 

 

 

 

 

でも演技は終わりさ。

 

キレイなお姉さんが微笑みを忘れることはないけどね。

 

ただ違うんだ。

 

今までとは違うんだ。

 

微笑みの種類が違う。

 

カフェは小屋になっていてさ。

 

海が近くに見える。

 

とてもキレイな場所だ。

 

それでもそこにあるのは箱がひとつでさ。

 

キレイなお姉さんは棺桶だって言うんだよね。

 

微笑みと共に。

 

 

 

ただ驚いたことがひとつあってさ。

 

それは、

 

ベポさん。

 

違うな、白クマだけどベポさんじゃない。

 

もっと年上だ。

 

サングラスをしている。

 

思ったことはひとつだけだ。

 

 

 

嫌な予感しかしなかったんだよ。

 

 

 

 

 

 




皆さま、読んで頂きましてありがとうございます。

ご感想を頂きたいっと、欲してみたり。

人間、切実に燃料は必要でして。

今後ともよろしくお願い致します!!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。