第五話投稿いたします。
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ガタゴトと揺れる幌馬車の荷台、一番奥で幌を背に俺は進行方向を見つめている。
右手には食料、その他装備品を詰め込んだ各々のバッグ、装備品の中には物騒なダイナマイトも含まれている。
ダーニッヒで交渉して手に入れたものだが、どうも胡散臭い連中であった。
まあこの手の交渉相手にまともな連中など滅多にいないが。
そいつらは、俺たちがネルソン商会であることに気付き、今朝の新聞でベルガー島での大規模な森林火災の記事があったことを仄めかしてきた。
気に入らない連中だが、まあいい。
交渉にはベルガー特産であったシングルモルトを使った。古より存在するウイスキーであったが、どうも知名度が高くなかったところを、俺たちの手で育て、金の生る木に替えてきた代物だ。ベルガーを後にする際にはありったけを船倉に詰め込んできたので、当分はこいつを使って商売をすることになる。
まあ自分用にも残さないといけないんだが。
左手ではべポが幌を背に横たわっている。体の白さと黒いコートとのコントラストは目に映える。べポも例外なくタイを締めなければならないのだが、自ら締めることができないため、それをやるのはべポの右足を背に寝息を立てているカールの仕事だ。今回のヤマはリスクが高いので出来ればこいつは連れてきたくなかったが、本人の直訴もあり、また思うところもあって帯同していた。
そんな物思いを断ち切った俺は、べポに目配せをしてカールを起こさぬようにそうっと起き上がり、前方の御者台に出る。御者台では同じく帯同してきた4人の船員が座り手綱を握っている。眼下には4頭の茶色い毛並みの馬が2列になって並走しており、俺たちをフレバンスまで運ぼうと疾走してくれている。前方からは雪交じりの風が吹き流れてきており、コートに身を包んでいても、体を寒気が襲ってくる。
右ポケットから煙草とライターを取り出し、火を点ける。
左右に流れていく景色は畑や牧草地で草をはむ牛たちの群れ。道は石畳で舗装されているため、揺れはなかなか大きい。上を見上げれば雪を降らせる雲が厚く覆っている。
ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、今朝ダーニッヒで行った作戦会議の様子を脳裏に思い出す。
夜明けを迎えた6時、俺たちは朝食もそこそこにして、今は、俺の船室に副総帥兼会計士、航海士、船医、料理長の幹部を集め、ミーティングを始めようとしている。港に停泊していて当直を解いているが、一応航海士補佐に甲板を任せている。いつものように小間使いもコーヒーポット片手に控えている。船室は船幅いっぱいの広さがあるので6人がその部屋に居ても窮屈感はない。
俺たちはコノ字型に配置されたソファに座り、早速にも、
「まず俺たちが考えなければならないことは、前回の戦いの件だ。俺たちは覇気使いであるにも関わらず、なぜ覇気を知らない奴らを圧倒できなかったのかということだ」
俺はそう述べてミーティングの口火を切った。
先日のバジル・ホーキンス相手の戦いはてこずった。最終的に勝利をおさめはしたが、こちらも負傷者を出してしまっていたし、船にも損傷を受けるところであった。戦いの後、負傷者を医務室に運び、当直表を再編成してと、てんやわんやの状態でようやく昨晩ダーニッヒに入港することができた。
特に会計士のジョゼフィーヌは大忙しで、負傷者への臨時給金、戦いの後は食堂で宴となるため、臨時にどこまで食料を使うのかオーバンとの交渉と、何やらかんやらで、しまいにはイライラと不機嫌になってしまい、触らぬ神にたたりなしの状態となっていた。
全くジョゼフィーヌの奴め、きっと負傷者に対する臨時給金の妥当な額について再考などしていたに違いない。そんなことは考えるまでもないことである。まあそれはさておきだ。
「まずは俺からか。俺の見聞色では、相手の気配が俺に向いてない限りは先読みをすることはできないらしい。未熟ですまないがな」
船尾窓側の席で前かがみになり、己の覇気の状態を真っ先に説明すると、
「俺も同じくだ。ホーキンス屋の先を読むことはできてねぇ」
と、目の前に座るローは言い、テーブルに置かれた湯呑に手をかけている。ローだけは緑茶なのだ。
「ロッコはどうだ?」
「わっしも見聞色に秀でているわけではございやせんので、小僧っ子と同じでやすよ。ただわっしの武装色なら船に纏わせることができやしたんで、奴の思惑通りにはさせやせんでしたがね」
ロッコがローの隣でそう述べる。こいつは50を超えて初老の域に入っているが、咄嗟の判断は些かも衰えておらず化け物然としていた。
「ジョゼフィーヌ、おまえは見聞色だろう?」
「私もダメ。船尾にいたあいつの先読みまではできないわ。確かに私は見聞色だと思うけど、私よりもオーバンの方じゃない? カール、お代わりをくれる?」
俺のはす向かいに座るジョゼフィーヌはカールに向けてカップをあげて見せ、隣のオーバンに水を向ける。カールが待ってましたとばかりにポット片手にジョゼフィーヌの下に移動する。
ジョゼフィーヌの奴め、何とかイライラを抑えているように見受けられるが、こっちを見つめるときの眼力に殺気がこもっているのはどういうわけだ。あれか、事業計画書が適当すぎたからか。
「わいは、少し胸騒ぎのようなもんを覚えたんやけどなー。敵船に注意向けとったさかい、先読みはできてへんわー。どうや? 今日のコーヒーは。美味いはずやでー、ローも遠慮せんと茶ーお代わりせーよ」
と、オーバンは相変わらず暢気なものである。ああ、おまえのコーヒーは今日も美味しいよ、まったく。そう思いながらコクコクとうなずいてやる。
「結局あれか? 俺たちはまだまだ精進が足りないっていうのが結論になるのか」
そう言いながら、俺は溜息でもつきたい気分になってくる。
「まあまあ、坊っちゃん。そう早まりなさんな」
もう呼び名を指摘するのも面倒臭いなと思っていると、ロッコが居住まいを正して話し始める。
「わっしは皆さんのために覇気の指導をしてきやした。ご存じのとおり、覇気には3種類ありやす。見聞色、武装色、覇王色。わっしには覇王色の資質がないもんで、それだけは教えられやせんが他の2つについては教えられやす。覇気の習得には時間がかかりやす。まあ稀に短期間で習得しちまう方もおりやすがね。わっしがこれまで皆さんに教えてきやしたのはまだまだ基礎の段階でやす。」
そこで一呼吸おいて、ロッコはコーヒーを口にする。皆一様にしてどういうことかと身を乗り出している。
「わっしは新世界にしばらくおったことがありやす。そんでさらに、
「その書によればね、覇気には種類それぞれに方向性と段階があるそうでやす。そして、これは何度も言っておりやすが、得意な覇気はひとつに偏るとね。全ての覇気を高めるのは不可能に近いでやす。それこそ不老不死でもないとね。よって偏るんでさぁ。それに、覇気には目に見える色がありやす。武装色はおなじみの黒、見聞色にも色がありやす。白色でやす。覇王色は金色だとそこには書いていやした」
ロッコが珍しくも饒舌に話す内容は興味深いものだ。
「方向性と段階ってどういうことだ?」
ローがすぐさま先を促すように口を挟む。興味津津であることが視線からありありとわかる。
「方向性、これはマイナスとプラスでやすよ。たとえや武装色だとね、プラスなら己に纏いやすし、または武具に物に纏わせやす。おっと、そうでやした。大事なことを言い忘れてやした。実は物にも気配があるんでさぁ。この世に存在するものにはすべからくね。てわけでやして、マイナスなら相手の纏いを消すんでさぁ、物の纏いもね。覇気は方向性に沿って段階を進んでいきやす。人によってね方向性も偏るんでさぁ」
「じゃあ見聞色だと、相手の気配を読むのと、もしかして自分の気配を消す二方向性なの?」
ジョゼフィーヌの質問が飛ぶ。
「そういうことでやすね」
「それならわたし心当たりがあるわ。たまに兄さんに近付く時びっくりされることがある。あれって、もしかして気配を消しているのかしら」
「そうかもしれやせん。嬢さんは見聞色に偏ってるのは間違いありやせんが、方向性がマイナスなのかもしれやせんね」
二人のやりとりを聞いて、俺にも心当たりがあるなと感じる。
確かにジョゼフィーヌは最近気配を感じない時があるし、俺の場合は武装色で方向性はプラスの方だろうと思う。ローは武装色マイナス、オーバンは見聞色プラスなのではないかと思う。こう考えると、覇気使い相手の戦闘は相当ややこしいことになるな。それに覇王色、俺には資質があるのだろうか? いまいちよくわかっていない。
「なんやけったいなもんやなー。もっと単純にいかんのかー?」
オーバンよ。激しく同意だ。
「考え方を変える必要があるな。1対1を疎かにもできねーが、ユニット、連携、組み合わせが肝になるってことか」
ローの意見は至極もっともだ。そういうことになるな。
「そういうことじゃ。新世界ともなるとな、悪魔の実の能力に覇気が入り乱れるのじゃ。補完して戦わねば生きていくことができんのじゃよ」
ロッコはロー相手には諭すように口調を変える。なかなかに役者なところがある。
まあそんなことはいい。
「だが結局、精進あるのみということになるな」
そう言って締めくくるしかない。だが面白くもある。現にローの目は生き生きしているぞ。あれはまた高速回転中だな。
さておいて、
「ここでブレークといきたいところだが、そのままフレバンスの作戦会議に入る。カール、皆に新しいコーヒーと緑茶を頼む」
丸椅子にちょこんと腰かけていたカールが立ち上がり、途中で船室を抜け出して用意していた新しいコーヒーと緑茶の準備に取り掛かかる。
ジョゼフィーヌが立ち上がり、コルクボードの前で立ち止まり、ジェットランド島周辺の地図を張りつける。
フレバンスはジェットランド島に存在する。ジェットランド島は中心にフレバンスがあって東西南北にそれぞれリガル、ワルシャビーキ、ネーデリッツ、ツカジナと別の国が広がっている。
「今回はでかいヤマになる。リスクも相当に高い。俺たちはフレバンスで再び掘り出されていると思われる
こうして、今回の案件内容の説明を開始する。ジョゼフィーヌなら案件と呼ぶだろう。俺にはヤマがしっくりくるが。
「先行偵察には私が適任じゃない? さっきの覇気の話も踏まえれば」
ジョゼフィーヌの名乗りだしはもっともだ。見聞色の覇気マイナスにより気配を消すというのは偵察にはもってこいだ。
「そうだな。それからローも同行してくれ」
「ジョゼフィーヌさん、あんた俺の気配も同時に消せたりできそうか?」
そのつもりがあったのか、ローがすぐに頷いたあと、ジョゼフィーヌに疑問をぶつける。
「大丈夫。一人なら何とかなるわ。私の呼吸にあなたのを同調させるから」
ジョゼフィーヌはOKのサインを出す。
「俺は爆薬をこの町で調達して後を追う。べポも連れて行こう」
俺がそう説明すると、カールが新しいコーヒーをテーブルに置きながら、
「総帥! 是非僕も連れて行って下さい! 総帥のお世話が必要ですよ」
とにこやかに懇願してくる。
表情はにこやかだが目は本気だ。こいつが実は日々鍛錬をしていることを知っている。仕方がないか。
「わかった。ついてこい」
カールの懇願を受け入れ、話を先に進める。
「フレバンスに入って内情を掴み、先行隊は俺に報告。その時点で俺たちもフレバンスに入ってる。そして先行隊は陽動を仕掛けて、その間に俺たちが
俺の計画に対し、ローは何か言いたそうだ。そりゃそうだろうとも。俺もこんな計画でいいとは思ってない。目で言いたいことがあれば言えとローに促す。ローは立ち上がって、地図の下に行きペンを使って説明を始める。
「行きはいいが帰りが問題だ。ルートを変えた方が良くねぇか。フレバンスから西のダーニッヒに引き返さずに、南へ抜けてネーデリッツに入る。船を回して南の港町ランテダームで合流だ。そして、当然追手が来るからどこかで食い止めないといけねぇ、そこで料理長の出番だ。料理長が俺たちと全く別行動を取って、ダーニッヒから南東に島の環状街道沿いを回り込み、国境を越えて北からの街道との結節点であるここ、アーヘムで予め待機、追手を狙撃して食い止めて合流というわけだ」
俺も大体同じ意見だ。ローが説明を終えて、俺に説明させやがってと若干こちらを睨んでいる。試そうとしていた魂胆はバレバレのようである。
「ああ、それでいこう。というわけだロッコ、船は頼んだぞ。今回こそはロッコには後方でスタンバイしてもらいたい。気を引き締めてよろしく頼む」
作戦通りうまくいくかどうかなどわからないが、俺たちは方針を決めた。今回こそはロッコは守ってはくれない。俺たちの真価が本当に試されているのだ。
ああ、そうだ。べポにも伝えてやらないとな。
作戦会議の様子を反芻して、煙草を3本吸い終え、幌の中に戻ると、カールは起きだしており代わりにべポが眠りに付いていた。
「総帥。お食事にしませんか? オーバン料理長がサンドイッチを用意してくれましたよ。アツアツではないですけれども美味しいコーヒーが水筒に入ってます」
こいつのタイミングは絶妙だな。小腹もすいてきたところだし、食後のコーヒーはまた煙草にぴったりだ。
「べポさんを起こさないようにしないといけませんね。良く眠っておられます」
カールはにっこりしながら、さあどうぞとサンドイッチを渡してくれた。
「……そうだな」
確かにそうなんだが、べポの奴め。御者の船員にも交替で食べさせてやらないといけないというのに、俺が交替で御者をやるのか。
まあいい、また煙草が吸える。
俺たちにとって、初めてのでかいヤマがはじまろうとしている。
読んでいただきありがとうございます。
フレバンスで何が待ち受けているんでしょうかねー。
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